白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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第22話 適合

 

 

雷帝襲撃まで、あと十一日――

 

時刻――06:43。

廃工場・オフィス内、臨時隊長室。

 

レナは簡易ベッドの上に寝袋を敷き、その中に包まれたまま眠っていた。

窓から差し込む朝日が顔に当たり、ゆっくりと意識が浮上する。

 

(……朝か)

 

寝袋のファスナーを下ろし、身体を起こす。

下着姿のまま桶に水を張り、顔を洗った。冷たい水が皮膚を打ち、眠気が一気に引いていく。

 

鏡を見つめる。

 

(……人形。血の色のヘイロー)

 

そこに映っているのは、傷だらけでやつれた顔ではなかった。

シミ一つない白磁のような肌、少女らしい柔らかな輪郭、歪みのない絵画めいた顔立ち。

 

文句のつけようのない顔だ。ニコライに見せたら、求愛されるかもしれない。

 

“デフォルメ会長”のウィンクを思い出し、理由も分からないまま同じ動きを真似てみる。

だが、表情筋が張り付いたように動かず、ただ不自然な表情になるだけだった。

 

(……引きつった顔にしかならないな)

 

以前まで感じていた身体への違和感。

なぜか今は、ほとんど何も感じない。それが、少しだけ怖かった。

 

タオルで顔を拭き、乱れた髪をブラシとドライヤーで整える。

 

男だった頃は、髪を短く刈り上げて終わりだった。

ドライヤーなど使ったこともないし、戦場でそんな余裕があるはずもない。

 

だが今は、切りたくても切れない。以前、ユメに猛反対されたのだ。

 

排泄ひとつ取っても、手間と時間がかかる。

前世なら外でも適当に済ませることもできたが――今の身体では、そうはいかない。

 

構造上、立ったまま用を足すことはできず、必然的にしゃがむことになる。

その間は完全に無力だ。そんな状況で襲われ、命を落とすなど、兵士にとってこれ以上ない屈辱的な最期だろう。

 

そして中身は“大人の男”でも、外見は一応“少女”だ。

周囲の目も、それに相応しくない態度を許さない。

 

ハンガーに吊るしてあったACUを身に纏い、レナは隊長室を後にした。

 

 

 

――

 

寂れた工場内には所々穴が空いており、朝日の光が差し込んで、動かなくなった機械群を照らしている。

かつての稼働時の騒々しさを彷彿とさせる、どこかノスタルジックな光景だった。

 

それを横目にエナジーバーを噛じりながら、円卓のある区画へ向かう。

 

「おはよう、レナ」

 

背後から声をかけられた。

 

「おはよう、ユキノ」

 

レナと同じくACUを着たユキノが隣に並び、共に歩き出す。

 

「昨日は体調を崩していたが、大丈夫か。

貴官はSRTきっての特殊部隊員だ。不調があれば、すぐに言ってほしい」

 

彼女なりの気遣いなのだろう。声色はどこか親身だった。

ここで否定しても、ユキノの性格からして、きっと食い下がる。

 

「……気遣い、感謝する。異常があれば伝える」

 

「……そうしてくれ」

 

レナが素直に応じると、ユキノの表情がわずかに緩んだ。

 

(よくないな……他部隊の隊長に気をかけられている)

 

「レナ」

 

「……なんだ?」

 

ユキノの視線が逡巡し、一瞬だけ言い淀む。

 

「……同級生なんだ。世間話でもしようか」

 

 

 

――

 

「戦闘は一流だが……勉強は苦手なんだな。

弾道学と戦術理論以外、ボロボロじゃないか」

 

「……最低限、点数が取れていれば問題ないだろう」

 

「ダメだ。君は“学生”なんだ。しっかり学べ。

首席の名が泣くし、古巣の友人たちが悲しむ」

 

ユキノとの距離が、やけに近い。不自然なほどに。

 

「……お前は、私の何なんだ」

 

 

 

――

 

そんな二人を、物陰から観察する影が二つあった。

 

「ユキノちゃんが誰かとあんなふうに話すの、久しぶりに見たかも」

 

「ニコさん……それ以上顔を出したら、隊長が勘付きます」

 

「え、これでもダメなの? リノちゃん……」

 

「隊長は少女の皮を被った“獣”です……

野生の勘、とでも言えばいいのか……とにかく、気配察知能力が異常なんです。

あっ……今のは隊長に言わないでくださいね?」

 

「ふふっ。あの二人って……なんだか似てるよね。

妥協しないところとか、雰囲気とか」

 

「そうですね。髪を染めてしまえば……尻尾で判別するしかありません」

 

「んふふ」

 

「ふふっ」

 

 

 

――

 

一瞬だけ、生暖かい視線を感じた。

 

ユキノは戦術の話で盛り上がっており、気づいた様子はない。

 

――気の所為か?

 

「どうした、レナ。話は終わってないぞ」

 

「あ、ああ。すまない」

 

レナが謝罪すると、ユキノは再び語り始める。終わる気配はない。

 

「では帰りのハンヴィーが損耗した場合は――」

 

 

 

――

 

その二人を眺める、朝日を浴びても動かない影が存在していることに、誰も気づいていなかった。

 

「んふぅ、二人で並んじゃって……可愛いわね」

 

「隊長、キモい。変態」

 

「…………ぅ……」

 

「隊長、動かないまま泣かないで」

 

 

 

――

 

――廃工場・円卓区画。

 

薄暗い、開けた搬入路。

円卓の上にはホログラム投影装置が置かれ、起動音と共に青白い立体図が浮かび上がる。

 

映し出されたのは、複雑に入り組んだ建造物の内部構造だった。

ミオが円卓の端に立ち、全員を見渡す。

 

「これよりCQB訓練のブリーフィングを始める」

 

「シチュエーションは不法占拠した不良の排除。

交渉は失敗し、実力行使しかない状況よ」

 

一拍置く。

 

「想定環境は――突入前に破壊工作(Sabotage)で電力を遮断。

暗闇の中、ヘルメットの暗視機能を使いながら全員制圧すること。

人質は無し。動く者は、全員敵よ」

 

「この想定はレネゲイドシステムのアシスト下での即応性を測るために設定したわ。

取り敢えず誤射に注意して、ぶっ放せばいい。きっと楽しいわ」

 

ミオのざっくりした説明が終わり、一瞬だけ沈黙が落ちる。

 

“楽しい”という単語にメイが反応する。

 

「おー、腕が鳴るねぇ〜❦」

 

ユキノが手を挙げた。

 

「なに? ユキノちゃん」

 

「敵性生徒の数は?」

 

「うーん……数が少なくてもシステムを評価できないし……

キルハウスも広大だから使わないのは勿体無い。

うん。ざっと60でいいんじゃない? あなたたちなら、無双でしょ」

 

この三年生、敵の数を今まで決めていなかったらしい。

なんと雑なことか。

 

レナは、この先の不透明さに不安を覚える。

 

「60……少々、多くありませんか? 何か根拠は?」

 

リノも同様に疑問を投げかけた。

 

「もー、リノちゃん。自信無いの?

あなたたちは現状、キヴォトスでの最高戦力よ。

レネゲイドを装備したら、誰も勝てないわ。

きっとキヴォトスを“転覆”できるくらい」

 

転覆。その言葉に、WOLFとFOXの間にざわめきが走る。

 

(……転覆、笑えない冗談だ。俺は革命家になるつもりはない。……それに、この確信めいた言い方。

VIPERは、以前からこの装備を使用していた可能性が高い……なぜ、知らないふりをする?)

 

「ちょ、ちょっと! ミオ、物騒なこと言わないで!」

 

「クルミちゃん。ミオ先輩と言いなさい」

 

「何で私だけ、レナはどうなの!?」

 

「他に質問は? ……無いわね。じゃ、ゲームを始めるわよ」

 

「無視しないでよ!!」

 

――

 

――廃工場・第1倉庫内。

 

一番損傷が少ない第1倉庫は、CQB用のセットが運び込まれ、半ば複雑な迷宮と化していた。

スタート地点から先は真っ暗で、内部構造は窺えない。

 

「総員、ヘルメット装着」

 

ミオの号令で、一斉にヘルメットを被る。

 

スイッチを押すとOSが立ち上がり、デフォルメ会長が現れた。

今度は画面端からくるくると回りながら現れ、手を振っている。

 

(動きが変わった……意思でもあるのか?

それとも複数用意された(Layer)か)

 

『Renegade System:STANDBY』

 

その文字が浮かび上がった瞬間、何かが触れてくる。

後ろから抱きつかれたような重さ。

 

「……ぐ」

 

だが前回よりは軽い。身体が干渉に慣れたのか。

 

(NVモード、オンライン)

 

Night Vision:Online.

 

心の中で唱えると、HUDが反応し、視界が一気に明るくなる。

 

「ッ……これは……」

 

今まで見慣れてきた“緑”や“白”ではない。完全なフルカラーだ。

前世でも、正規軍が導入し始めたばかりの最新技術だった。

 

IFFが起動する。

隊員たちの頭上に識別IDが浮かび、緑色に縁取られる。

非常に分かりやすく、誤射の心配はなかった。

 

「ダミーシステム、オンライン」

 

ミオの宣言と共に表示が切り替わる。

 

Safe Mode.

Dummy Systems:Online.

 

Enemy:60/60

 

HUD左下に残敵カウンターが表示された。

 

「指揮はアルファ1。任せたわ」

 

ミオ――ケベック1から、指揮権が移譲される。

 

「了解……指揮権の移譲を確認」

 

レナはハンドサインを出し、即座に指示を飛ばす。

 

ブラボー(FOX)は右、アルファ(WOLF)は左だ。ケベック(VIPER)は後方警戒」

 

WOLFとFOXが左右の壁際に展開し、各隊が淀みなくポジションを取る。

 

「……いけるな。よし、ムーブ!」

 

三個分隊は隙間なく一列に集合(Stack Up)し、

一つの生物のように乱れぬ動きで、暗闇の中へと消えていった。

 

ゆっくり、しかし確実に前進する。

 

「右クリア」

「左クリア」

「フロアクリア」

 

廊下を抜け、開けた場所に出る。

 

複数箇所にドアを確認。

すべて閉じられており、内部は窺えない。

 

ハンドサインを出して手分けを指示する。

各隊が散開し、それぞれのドアに張り付いた。

 

データリンクの影響か、他の隊員の状況が手に取るように分かる。

澄んだ思考。部下のバイタル情報から、精神状態すら予測できた。

 

メイがドアノブに手をかける。

各隊から、準備完了のサイン。

 

全ポイントマンが同時にドアを開け、一斉になだれ込む。

 

最初に突入したのはメイ。

その真後ろにレナ、続いてリノとスイ。

 

部屋の中には、生徒を模したターゲットが散り散りに立っていた。

 

全員が洗練された動きでライフルを構え、

サプレッサー越しの、くぐもった唸り声が重なる。

 

――バシュ!!

 

Enemy Status:K.I.A.

 

過剰な火力。

一発で、完全に無力化した。

 

レナは部屋の角を抑え、安全を確認する。

 

「ルームクリア」

 

そのまま流れるように広場へ出る。

 

Enemy:51/60

 

すでに九体が排除されている。

 

通信回線から、スイの声が聞こえた。

 

「隊長……KIAって」

 

「なに……?」

 

意味が分からず、一瞬思考が止まる。

その指摘で、ようやく気付いた。

 

そうだ。今回のターゲットは、仮にも“生徒”だ。

 

何も感じなかった自分を自覚し、背中に冷たいものが走る。

 

やっと、このシステムの正体が理解できた。

 

これは、人を“真の意味”で兵器に変える禁忌だ。

 

『Chain requirement:FIXED.』

 

――

 

その後も部隊は順調にターゲットを排除し、CQB訓練を終えた。

 

結果は、楽勝だった。

各隊の連携という最も難しい行動が、

システムの介入によって手に取るように把握できたからだ。

 

表示された戦績を見て、オトギが声を上げ、ニコも感嘆する。

 

「うわ……何これ。マジ?」

 

「確かにすごいね。これを私たちがやったなんて」

 

結果は――

圧倒的な命中率。

ディールー隊員の平均を大きく上回る反応速度。

異様なまでに短い殲滅時間。

そして、全員被弾ゼロ。

 

圧倒的だった。

 

「これなら雷帝確保も楽勝じゃない!?」

 

クルミが、楽観的な意見を口にする。

 

それを、ユキノが即座に叱責した。

 

「クルミ、敵を侮るな。

油断した結果、足を掬われ、壊滅的被害を受けた事例はいくつもある」

 

「お〜? 私も隊長に近づけたかなぁ❦」

 

メイも自身の成績が伸びており、嬉しそうだ。

 

「……」

「……」

 

スイとリノは、暗い表情のまま立ち尽くしている。

 

(……気づいたか?)

 

そして――

あのユキノが、何も気付いた素振りを見せない。

 

確信した。このヘルメットは人間性を削るのではない、人の認識そのものを捻じ曲げるのだ。

 

レネゲイド――

生徒会長から突き付けられた、皮肉に満ちた通告だった。

 

浮かれる者。沈む者。

そして、どちらでもない者。

 

その三様のレナたちは、第1倉庫を後にした。

 

――

 

その後、第2倉庫へ移動し、射撃訓練が続けられた。

12.7mmARという暴れ馬も、徐々にだが制御可能になりつつある。

 

時刻は16:36。

全員、射撃で疲れ切っていた。

 

「よし、今日の訓練は終了。片付けに移って」

 

「「「……了解」」」

 

「皆さん、私はゲヘナの方たちが用意した食材で、お夕飯の支度をします。先に失礼しますね」

 

ニコの手伝いに駆り出されたVIPERチームは、シューティングレンジを後にした。

 

一息つき、ヘルメットを外そうとするが、

スイッチの手前で指が止まる。

 

(……また、抑制していた分が、一気に襲ってこないか?)

 

そう思った瞬間、手が震え、動かなくなった。

 

「……はぁ……はぁ……う……くッ……」

 

バイタルが異常値を示す。

 

脈が安定せず、心拍数がみるみる上昇する。

可視化された数値は逆効果で、

暴れるグラフが、残酷なほどレナを追い詰めた。

 

(……ダメだ……押せない)

 

レナは、ゆっくりと手を下ろす。

 

「どうしたの? 隊長〜、脱がないの❦」

 

その場で立ち尽くしたままのレナに、メイが気付く。

 

「い、いや……今、外す」

 

再び手を伸ばそうとした、その時――

例の会長が現れた。

 

俯き加減で、どこか悲しげ。

両手の人差し指同士を、つんつんと合わせている。

 

(なんだコイツは……別れたくないとでも言いたいのか)

 

押そうとするが、手は動かない。

 

(……俺は、同情しているのか?)

 

そう理解した瞬間、悪寒が全身を駆け上がる。

 

「もしかして……隊長、脱げないの? どうして?」

 

周囲に、不審そうな視線が集まり始める。

 

(……クソが)

 

レナは会長を見ないようにし、意を決して――

 

ボタンを押した。

 

――

 

――ゲヘナ学園・生徒会長室。

 

時刻――20:44。

 

高い天井。過度な装飾はなく、

赤と黒を基調とした内装は威圧的でありながら、無駄な豪華さは一切ない。

 

壁面には、過去の戦果、工業プラントの設計図、

兵器産業の統計グラフ、治安推移を示すホログラムが淡く浮かび上がっている。

 

薄暗い部屋の中央。

執務机と向き合う雷帝は、書類に目を通しながら万年筆を走らせていた。

 

その動作は正確で、感情の揺らぎを一切見せない。

 

ペン芯が紙をなぞる、微かな音だけが響く。

 

静寂を破るように、ノックが三回。

 

「入れ」

 

低く、しかし明確な声。

 

ドアを開けて現れたのは、

真っ黒な親衛隊制服に身を包んだ、雷帝直属の情報担当官だった。

 

「こんばんは、総統閣下。ご報告があります」

 

雷帝は顔を上げず、ただ一言。

 

「簡潔に。私は今、忙しい」

 

情報官は一礼し、書類を捲って口を開く。

 

「我が親衛隊の秘密偵察部が、連邦生徒会の不審な動きを察知しました」

 

雷帝は動きを止め、万年筆を置く。

 

「続けろ」

 

「はっ。

SRTとサンクトゥムタワー間で、暗号通信が活発化した時期があります」

 

情報官は一歩前に進み、書類を差し出した。

時系列で整理された通信量の増減が記されている。

 

「ピークは七日前。以降、断続的に低強度通信が継続。

暗号方式は行政連絡用ではなく、ミリタリーレベルの可変鍵型です」

 

「頻度、符号長、誤差修正の癖――いずれも“準戦時”仕様」

 

雷帝は書類を眺め、顎に手を添えた。

その目に驚きはなく、ただ思考だけが走っている。

 

「……ただの報告ではないな?」

 

「はい。単なる監査や政治折衝であれば、通信量は三分の一以下で済むはずです」

 

雷帝はしばし沈黙した。

 

万年筆の先を指先で軽く弾き、

机上に浮かぶホログラムへ視線を移す。

 

治安推移、武装勢力の分布、工業生産指数――

そのどれでもない。

 

通信ログだけを、じっと見つめていた。

 

「……鍵の更新周期は?」

 

「最短で四十八時間、最長で七十二時間。

乱数生成の偏りは極めて少なく、人為的ノイズは排除されています」

 

「機械的だな」

 

雷帝は小さく息を吐く。

 

「はい。人間の判断ではありません。

――“最適化された意思”による運用です」

 

雷帝の唇が、ほんのわずかに歪んだ。

それは笑みとも、挑発とも取れない表情だった。

 

「連邦生徒会長か」

 

名を口にした瞬間、ホログラムの一角が切り替わる。

サンクトゥムタワーの構造図と、連邦生徒会の組織ツリー。

 

「彼女は変わらないな……

正義と秩序を盾に、裏側で“答え”だけを掠め取る」

 

雷帝は椅子に深く腰を下ろし、指を組んだ。

 

「他には?」

 

「はい。

SRT内部での人員再配置、装備更新、非公開訓練の痕跡を確認しています。

加えて――

 

市街地外縁部において、用途不明の資材移動と、短時間の人員滞留を示す断片的なログが散発的に観測されました。

 

いずれも、行政・物流・インフラ保守の通常ノイズに完全に溶け込んでおり、

単独では意味を成さない情報ばかりです。

ただ……

 

この頻度と時間分布は、偶然として処理するには、やや整い過ぎています。」

 

情報官は一瞬、言葉を選ぶ。

 

「“外部協力者”の存在も疑われます。

巧妙に隠蔽されており、詳細は掴めておりませんが……」

 

雷帝は天井を仰ぎ、思索に沈んだ。

 

「面白い。

敵は隠れているつもりだが、隠蔽そのものが信号になる」

 

立ち上がり、壁面の工業プラント図へ歩み寄る。

一本のラインを指でなぞり、別の線と重ねる。

 

「争いというものは……“言葉”で始まる」

 

振り返り、情報官を見る。

 

「彼女は私を“障害”と判断した。だから排除する」

 

淡々とした口調。怒りも動揺もない。

まるで数式の結論を読み上げるように。

 

「だが――」

 

一拍。

 

「彼女は致命的な勘違いをしている」

 

「……と、言いますと?」

 

「私は“混沌”を愛しているわけではない。

混沌を、利用しているだけだ」

 

机に戻り、再び万年筆を手に取る。

 

「連邦は秩序を信奉する。

だが秩序は、必ず硬直し、内部から腐る」

 

ペンが紙を走る。

 

「彼女は“最適解”を作ろうとしている。

だが社会は方程式ではない。

未知数を削除した瞬間、それは管理へと成り下がる。……社会などではない」

 

書類を閉じ、情報官を見る。

 

「こちらからは、何もするな」

 

「……何も、ですか?

せめてセレモニーを欠席するべきでは……」

 

情報官の進言を、雷帝は片手で制した。

 

「欠席すれば、答えを与えることになる」

 

万年筆を机に置き、雷帝は静かに立ち上がる。

 

「彼女は狸だ。不確定要素が動いた瞬間を、必ず記録する。

私が姿を消せば、それは“成功の兆候”として扱われる」

 

「……つまり、平常運転を装うと?」

 

「装う必要すらない。私は常に平常だ」





雷帝のキャラがやっと完成しました。
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