白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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エ駄死の要素があります。
全国のコハル様は、ご注意ください。


第23話 帯電

 

 

――雷帝襲撃まで、残り0日。

 

時刻は夜――太陽は既に姿を消し、遠方に見える街の光が代わりに夜空を照らしている。

 

 

車のドアが閉まる音が外から響く。複数のエンジン音が重なり合い、やがてそれらは遠ざかっていった。

 

会長製装備のうち、WOLF・FOX分は既に搬入済み。VIPER分は裏口侵入後に現地回収する段取りだった。

WOLFとFOXは用意されたドレスに着替え、たった今、現地へ向けて出発した。

 

準備と訓練、そして選択は、すでに終わっている。

 

廃工場に残されたのは、彼女たちとは対照的に、油で黒く汚れた作業服を着たVIPERのみだった。

 

「レナちゃんたち、行ったわね」

 

「姉御……」

 

「……私たち、悪い子ね。お仕置きが必要かも」

 

「隊長、悪い子。おしりペンペン」

 

「まぁ……姉さんや。やれるところまで、やりましょうや」

 

「そうね。……既に“賽は投げられた”。私たちは――どこまでも落ちる……我らが剣は、義の下に!」

 

「「「我らが剣は、義の下に!」」」

 

「出撃!」

 

号令とともに、残されたVIPERも動き出す。その中でナツメが足を止め、揶揄うようにミオへ問いかけた。

 

「それで……姉さん。この残された設備類、片付けなくていいのかい?」

 

ミオは一瞬だけ沈黙し、やがて苦笑を浮かべる。

 

「……誰かがやるでしょ。行くわよ」

 

VIPERチームも車に乗り込む。ミオはドアを閉め、シートベルトを締めようとした手を一瞬止めた。

 

「隊長、早く行って。運転、忘れた?」

 

「んなわけないでしょ……」

 

キーを差し込んで回すと、エンジンが低く唸りを上げる。ミオはバックミラー越しに工場を見つめた。

 

(……楽しかったわ)

 

スマホに手を伸ばしかけて、思いとどまる。

 

「連絡は……いらないわね。あの子の邪魔をしちゃ、悪いわ」

 

サイドブレーキを外し、シフトをDへ。

車は静かに走り出し、VIPERもまた戦場へと向かった。

 

取り残された工場内は暗く、すでに人の気配はない。

置き去りにされたテントや装備品だけが、無言で佇んでいる。

 

稼働を止めて久しい機械群は、

誰の命令も、誰の息遣いもなく――ただ静寂だけを生み出し続けていた。

 

 

 

――

 

――会場内駐車場・FOXチーム。

 

「はい、到着」

 

「招待状と偽造学生証は、忘れてないな?」

 

「うん、大丈夫。私が最後に確認したから」

 

「ユキノ……この作戦、成功するわよね?」

 

クルミは、いつもの明るさを失い、不安を滲ませた声で尋ねる。

 

「成否は関係ない……失敗は許されない。ただそれだけだ」

 

「うーん……何か、引っかかるんだよね」

 

「どうしたの、オトギちゃん。おいなりさん持ってきたけど、食べる?」

 

「いや……ニコ、今は大丈夫……」

 

車を降りたFOXチームは、髪型やドレスの乱れがないかを互いに確認した。

 

ユキノの深紅のドレスは、露出を抑えつつも身体の線を際立たせる。

姿勢、歩き方、視線の運び――

その佇まいは、まるで儀仗兵のように隙がなかった。

 

クルミは象牙色のドレスを着ている。

一見すると可憐で年相応だが、スカート丈は短く、少し動くだけで脚の自由が奪われる。

 

「ねぇ、これ落ち着かないんだけど……それに走れないわよね?」

 

「走る想定はしていない。装備を拾うまでは」

 

オトギは黙ったまま、若緑色のドレスの袖口を何度も確認している。袖が長く、手の動きを制限しているのが気に入らないらしい。

 

「似合わないなぁ」

 

「そう? そんなことないと思うけどな」

 

ニコは桜色のドレスに身を包み、柔らかな微笑みを浮かべている。

一見すれば完璧な“会場の華”だったが、その笑顔はどこか貼り付いたようにも見えた。

 

「……綺麗だね、この服」

 

「準備はいいか。行くぞ」

 

 

 

――

 

入口付近には黒一色の制服姿に身を包んだ生徒が二人立っていた。

ひさしと後頭部が延長された、独特な鉄製ヘルメットを被っている。

 

その姿を確認したユキノは、小声で告げる。

 

「親衛隊……自然にな。怪しまれる」

 

衛兵の一人が一歩前に出て、FOXチームを制止した。

 

「御一行様。ようこそお越しくださいました。身分証と招待状のご提示をお願いいたします」

 

ユキノはドレスを靡かせながら歩み寄り、悟られないよう口調を切り替え、僅かに微笑む。

 

「ええ、こちらでよろしくて?」

 

全員がそれに続き、招待状を差し出す。

 

「拝見いたします……はい、ありがとうございます。今夜はどうぞ、お楽しみください」

 

「ふふ、ありがとう」

 

 

 

難なく受付を通過した。

 

しばらく進み――

 

「えぇ⤴こちらでよろしくて⤴?」

 

オトギが裏声で、わざとらしく真似をする。

 

「ブフッ! 今の、似てたわ!」

 

「ふ、二人とも……」

 

「……」

 

ユキノは何も言わない。ただ、口角がほんのわずかに動いた。

 

 

 

――

 

――WOLFチーム。

 

「隊長、大丈夫ですか?」

 

胸元が際どいが、どこか上品な深紫のドレスに身を包み、髪をアップにまとめたリノが声をかける。

 

「い、いや。大丈夫だ……うう。少し捲っただけで下着が見えるぞ……?」

 

レナが着ているのは、薄青のドレスだった。

生地は薄く、胸元は深く開き、視線を逸らす余地を与えない。スカートには左側に大胆なスリットが入り、歩くだけで太腿が露わになる。

 

「隊長、可愛いですよ。自信、持ちましょう」

 

そう言いながらも、リノは無意識にスカートの裾を何度も直している。背筋は相変わらず真っ直ぐだが、足元だけが落ち着かない。

 

「隊長〜❦ 似合ってる〜❦」

 

メイは明るい声を上げ、くるりと一回転してみせた。向日葵色のドレスがふわりと広がり、羽根と美しく調和する。だが、その足取りはいつもより慎重だった。跳ねることも、踏み込むこともない。

 

「ぼ、僕……場違いじゃ……」

 

「スイちゃんも可愛いよ❦」

 

スイは黒を基調とした、比較的露出の少ないドレスを選ばされていた。それでも首元と肩は露わで、私服のコートとは比べ物にならない。壁際に寄るように立ち、無意識に影の多い場所を選んでいる。

 

「隊長〜❦ こういうのは任せて❦」

 

「……頼む、お嬢様」

 

車から立ち上がったレナは、ずっとスリット部分を押さえていた。

 

(……気になって仕方がない)

 

パーティー慣れしたメイを先頭に、受付へと向かう。

 

無事に突破したレナは――

ハンドバッグから「スマホに偽装した特戦用端末」を取り出し、FOXと連絡を取る。

 

「まるで社交界ですね……軍事技術発表会とは思えません」

 

(会場の警備は軽装の親衛隊10人前後、思ったより少ないな……

裏には重装備の即応部隊がいるはずだが……)

 

リノの視線の先には、各学園の生徒会メンバーや、様々な企業の大人がドレスコードに準拠した服装で談笑し、ワインを嗜んでいる光景があった。

もちろん、学生たちはジュースだ。

酒は飲んでいない。

 

その周囲には最新兵器のモックアップが展示されており、異様な光景を作り出していた。

 

ユキノと連絡を取ったレナが、メンバーに伝える。

 

「……FOXは西側の女子トイレに向かっている。私たちは東側のブースに行く。そこに情報部が装備を隠しているはずだ」

 

「「「了解」」❦」

 

目的地へ向かう途中、タキシードを着た”柴犬”の役員がレナに話しかけてきた。

 

「おや、お美しいお嬢さんだ。少し……お話でも如何ですか?」

 

(犬……またこの展開か)

 

レナは内心、呆れ返っていた。

 

三人に目配せを送り、先に行かせる。ここで下手に断って目立ってしまえば、作戦成功率が下がる。

 

(……どうする。女の話し方はしたことないぞ)

 

とりあえず、リノの喋り方を参考にしてみることにした。

 

「え、ええ。お付き合いします」

 

 

 

――

 

――展示会場裏口・VIPERチーム

 

暗い車内、潜入準備に入る部下たちの横で、ミオはスマホを眺めていた。

 

「……レナちゃん。ナンパされたって」

 

ミオが言った瞬間、車内が凍りついた。

 

「「「………」」」

 

「はぁ? ナンパァ!?」

 

「バカ犬。メス犬」

 

「姉御……あいつは、見た目だけは可愛いからな」

 

「犬のオジサマと展示品を見物しているらしいわ。やっぱりレナちゃんって、面白いわね」

 

「……姉さん。レナって、ちょいちょい犬の人に絡まれてますけど……好かれやすいんですかね?」

 

「……その人たちには、レナちゃんが“極上のメス”に見えるんでしょ」

 

「隊長、言い方。キモい」

 

「……ぅ……は、早く行くわよ! 作戦の命運は私たちにかかってる。さっさとコントロールルームを押さえて、情報部に繋げる。いいわね?」

 

「「「了解」」」

 

VIPERチームは車から降り、工具箱をぶら下げながら二人の衛兵に近づく。

 

ミオが先頭に立ち、衛兵に挨拶した。

 

「ちわ~っす! 配線の修理にうかがいました〜」

 

「そこで止まれ。

うーん、そんな予定あったかなぁ。今、確認する――」

 

一人が後ろを振り向いた瞬間、二匹の毒蛇が牙を向いた。

 

「ぐぅ!?」

 

「はーい、それ以上動かない。首が折れるわよ?」

 

「ぐえ!?」

 

「姉さん。やったよ」

 

ナツメはCQCで顎先を殴り、一発で気絶させた。

 

「隊長、カメラ壊した。早く」

 

それに合わせてマヤは、サプレッサー付きのハンドガンで監視カメラを破壊する。

 

映像は途絶えた。

いずれ、気づかれるだろう。

 

それを合図に、“運命のタイマー”が動き出した。

 

「クソ! 何だ、貴様ら!」

 

「うわ……テンプレ。それ言われて、素直に答える“怪しい人”はいないでしょ……中に入りたいから網膜貸して」

 

ミオは衛兵の頭を鷲掴みにし、瞼をこじ開ける。

 

「おッ!? おい、何を――!?」

 

「ほら、暴れない。目がなくなっちゃうよ〜」

 

 

 

――

 

――展示会場・WOLF1 レナ

 

「そうだ、よろしければお名前をお聞きしても? 私は犬山犬三郎と申しまして」

 

「ふふ。ご丁寧にどうも。私は西園寺エレナと申します」

 

「見た目通りに、可愛らしい名前だ。私は、『グィネヴィア・インダストリアル』の”取締役 兼 渉外本部長”を任されておりまして、雷帝閣下とは取引で良くしてもらっているのです」

 

(……情報源が自ら転がってきた)

 

「まあ、すごいですね! 雷帝様のお話、聞かせてください!」

 

レナの反応に気をよくしたのか、犬山は表情を和らげた。

 

「そうですな――」

 

 

 

――

 

――西側女子トイレ・FOXチーム

 

「ニコ、掃除中の看板は立てたか?」

 

「うん。多分、誰も入ってこないよ」

 

女子トイレに入ったFOXチームは情報部が隠したであろう装備の捜索に入った。

 

 

「隠し扉なんて、一体どこにあるのさ」

 

「未だに分かんないんだけど……どうしてトイレに、そんな機能があるのよ……」

 

「連邦生徒会の息がかかった水道屋が細工したからだ」

 

「この作戦、沢山の人が関わってるのね……」

 

FOXチームは手当たり次第に壁や床を叩き、棚をひっくり返していく。

 

ユキノが一番奥のトイレの壁を叩くと――

 

――カン、カン。

 

そこだけ、異様に軽い音がした。

 

「ビンゴ……

FOX、集合しろ。見つけた」

 

壁を引き剥がして中を覗くと、四つのボストンバッグと、二階へ続く裏道が現れた。

 

「うあ……思ったより汚い」

 

オトギが顔を突っ込み、観察する。

 

「配管スペースをくり抜いたんだ。これじゃ……アスレチックだよ」

 

そんなオトギの横で、ユキノが装備を広げていた。

 

「さあ、時間がない。着替えるぞ」

 

 

 

――

 

――展示会場・WOLF1 レナ

 

兵器ブース前のベンチに腰掛け、二人は並んでグラスを傾けていた。

 

(この犬……雷帝と直接取引していると吐かすが……さっきから当たり障りのないことしか答えない。

核心を避けている。取引のつもりか……?

……あまりやりたくはないが、仕方がない)

 

「ふふっ……犬山様……雷帝様は、どのような方なのですか?」

 

レナはワイングラスを胸元で揺らしながら距離を詰め、柔らかく身体を寄せる。

 

下着が見えない限界までスカートを捲る。

スリットから覗く太腿と鼠蹊部を無防備に晒し、”固まった表筋”を総動員して甘く微笑んだ。

 

犬山は息を呑み、目を細めた。

 

その舐め回すような視線に、虫唾が走る。

 

(なるほど……これが“消費される”ということか。……”泥遊び”の方がマシだな。

だが、効果は覿面……お利口さんのマーカスも、食らえば一撃爆散だ)

 

「……ええ。かれこれ三年ほど前からのお付き合いですが。仕事というより……あの方は“視察”が主ですな」

 

「視察……ですか」

 

「必要なことだけを見て、必要な言葉だけを残す。成果主義者ですな」

 

(……少し“色”を出すだけで、こうも変わるか。

俗物め……)

 

犬山は肩をすくめ、ワインを含むと、自然な仕草でレナの腰に手を回した。

 

ブラシで丁寧に整えられた尻尾を撫で、そのまま尻をなぞる。

 

反射的に跳ね除けそうになる衝動を、歯を食いしばって抑え込む。

 

撫で回される不快感と、微かな電流のような刺激が、精神を削っていく。

 

(――ッ!?!?…………コイツ……)

 

「それ以外には、まったく関心がない。彼女が興味を示すのは“変数”のみ……おや、どうされました?

息が浅い……それに、お顔も赤いですな?」

 

「んっ……んう……いえ、何でもっ……変……数とは?」

 

(クソッ……声が、勝手に……)

 

レナは不快な刺激に耐えつつ首を傾げ、興味を引かれた少女を装って問い返す。

犬山は満足そうに頷き、グラスを軽く揺らした。

 

「むふ……自身が動いた結果、何が起こるかを常に観察していらっしゃる。発明家らしい趣味ですな」

 

(悪趣味な……愉悦家の間違いだろ)

 

 

 

――

 

――東側ブース・WOLFチーム

 

「あ、ありました」

 

WOLFチームは会場の死角、巧妙に隠蔽されたスペースに運ばれた装備を発見した。

 

ボストンバッグのファスナーを、音を立てないようにゆっくり開けて中身を確認する。

 

そこには猛訓練で傷だらけになったヘルメットと、擦り切れた装具があった。

 

「よし、全部ある」

 

次の瞬間、スイが驚いたように声を上げる。

 

「……隊長、笑ってる。……うわ……お尻……

情報のために、あんな……」

 

「隊長、大胆〜❦」

 

「え? スイさん。隊長が何ですか?」

 

「リノは知らなくていいよ。そのままの君でいて……」

 

「……?」

 

 

 

――

 

――展示会場・WOLF1 レナ

 

「市場も、政治も、争いも……すべては予測の積み重ねです。しかし、完全に読める盤面ほど“つまらない”ものはない」

 

「それでっ……ん……雷帝…様は……変数…を?」

 

「さぁ……どうでしょうな?」

 

「くっ……」

 

レナは食いしばると、さらに距離を詰め、自身の”薄い胸”を差し出す。

 

「むふ……小ぶりなのに、素晴らしい柔らかさだ」

 

(クソッ……調子に乗るな)

 

「……んぁ……ぁ……ありがとう……ございます……」

 

非常に場違いな距離感。衛兵が飛んできても、おかしくない――

 

だが、誰も来ない。

 

犬山は満足気に語り続ける。

 

「彼女はいつも言っております。『痛めつけるほど、人は予測できない動きをする』と……」

 

一拍置き、ワインを含む。

 

「まあ、観察の結果として痛みが生まれることを、厭わないだけなのかもしれませんがね」

 

この情報を聞き、レナの脳裏に最悪の可能性が浮かぶ。

 

(……まさか、気づかれている?

――わざと泳がされているのか……?

いや……そう結論づけるのは、まだ早い)

 

「……今夜……雷帝閣下は……んぅ……いらっしゃるん……ですよね?」

 

必死に堪えながら出した、何気ない問い。

レナの形を”探るように”揉みながらも、犬山の反応は即座だった。

 

「ええ、もちろん。こういう場では――必ず」

 

「かっ…ぁ……必ず……ですか?」

 

「はい。たとえ五分でも、十分でも。

“姿を見せる”こと自体が、意味を持つのですから。ああ、それと……”最近は物騒”でしてね。雷帝閣下も気にしておられるようだ」

 

(……なるほど、物騒か)

 

必要な情報は揃った。

だがそれは、あまり良いものとは言えなかった。

 

(……時間をかけすぎた)

 

レナは犬山の耳元に顔を近づけ、目を細めて甘く囁いた。

 

「ふふっ……申し訳…ありません。少々、お手洗いに……行ってまいります」

 

急に近づかれた犬山は、手を離して身を引いた。

 

「お、おおぉ……そうか。……楽しませてもらったよ。

お嬢さんのことは気に入った……機会があれば、今度は『もっと良い』情報を教えてあげよう。無論”タダ”ではないがね?」

 

(クソッ……このロリコン野郎……「続きはベッドの上で」とでも言いたいのか……?)

 

ベンチから立ち上がり、踵を返した背に、犬山の声が飛ぶ。

 

「……ああ、そうだ。

もし、彼女と取引するなら……”何かを失う”覚悟をすることだ」

 

そう言う犬山は、達観と諦念の滲んだ目をしていた。

 

「ご忠告……ありがとうございます」

 

会場から離れ、女子トイレへ入る。

鏡の前に立つとハンドバッグからスマホを取り出し、チャットに書き込んだ。

 

 

 

――

 

『こちらアルファリード。会場内の民間人から情報を入手した』

 

Thunder Head(雷帝)は、盤面の“変数”を好む傾向があるとのことだ。意図的にこちらを泳がせ、反応を観察している可能性が極めて高い』

 

『各隊、装備の確保を急げ。状況は不透明。油断するな』

 

『ブラボー1了解。こちらは既に確保した。二階に潜伏し、監視する』

 

『ケベック1了解。ちょっと手こずってるから待ってて』

 

――

 

視線を上げて、目の前の大きな鏡に映る自身の顔を見る。

「作り物」のような顔を見続けると、胃の奥が痙攣するように縮み、無意識に呼吸が浅くなった。

 

「……お前は、誰だ」

 

その問いを、自分自身へと突きつけた刹那――

胃の底から、何かが反転するような激しい吐き気が、込み上げてきた。

 

「……ぅ……おぇ……うぇ……」

 

こらえきれず、便器に駆け込んで喉の奥から嗚咽とともに吐き出す。

視界が滲み、涙が頬を伝い落ちる。

膝が力を失い、レナはその場に崩れ落ちた。

 

 

 

 

――

 

――展示会場3階・VIPERチーム

 

VIPERチームは現在、連絡通路のある部屋に隠された装備の回収に向かっていた。

 

それが完了次第、同階にあるコントロールルームを占拠する手筈だ。

 

「数が多いわね……」

 

「姉さん、予定より遅れてるよ」

 

「……分かってるって」

 

巡回の目を掻い潜りながら目的地に向かっていると、突然ミオのスマホが震えた。

 

停止のハンドサインを出し、物陰に隠れる。

 

「うわ、……最悪ね」

 

「どうした、姉御」

 

「レナちゃんがハニトラで入手した情報なんだけど……雷帝は、私らの存在に気づいている可能性が高いらしいわ」

 

「……やっぱ、一筋縄じゃいかないか……どうする、姉さん?」

 

「……隊長、誰か来た」

 

マヤが足音を察知し、全員が息を潜める。

 

徐々に二人分の足音が近づいてきた。

呼吸を極限まで落とし、気配を消し去る。

 

「総統閣下は何を考えてらっしゃるのか……警備を緩めろって……」

 

「……招待客を刺激しないためかもしれませんよ?」

 

「あの方がそこまで気にするとは……思えないけど」

 

巡回兵はVIPERの存在に気づかず離れていった。

 

「だから裏でうろついてる奴が多いのね……まったく困っちゃうわ」

 

「急ごう、姉さん。時間がない」

 

物陰から飛び出したVIPERチームは、小走りで目的の部屋に向かう。

 

「姉御、ここじゃないか?」

 

そこは使われた様子のない用務室だった。

ドアは錆びついており、ドアノブには埃が付いていた。

 

「開けた形跡がないわね……どうやって隠したのかしら。ナツメ、ドアをチェック」

 

「はいよ~」

 

ナツメは懐から糸のようなガジェットを取り出した。

「スネークカメラ」――隙間などに差し込んで、向こう側を確認する道具だ。

 

「敵影なし、トラップなし。ルームクリア」

 

スネークカメラを仕舞ったナツメはドアノブを回そうとしたが――

 

「……鍵、かかってる」

 

(どうする……発表まで、残り二十分を切っている)

 

「しょうがない……痕跡は残るけど、テルミットで焼き切る。みんな、誰か来ないか監視して」

 

ナツメに言われた三人は散開し、通路を監視する。

 

「この粉と、これを混ぜて〜よし。着火」

 

即席のトーチを作り、セットする。

ナツメがドアから離れた途端、ドアノブ付近から火花が散り、金属が溶け落ちる。

 

「ひらけゴマ〜ってね」

 

「バカ言ってないで。装備を見つけて着替えるわよ」

 

埃の積もった部屋の中央に、ボストンバッグが置かれていた。

 

マヤが何か気づき、ミオを呼び止める。

 

「隊長、忍者。あいえー」

 

視線を上げると、開いたダクト。

 

「あー、なるほどねぇ……情報部も、中々やるじゃない」

 

――

 

VIPERチームはACUとプレートキャリアを身に付け、12.7mmARを、胴に巻いた伸縮性ベルトへ固定する。

 

最後はヘルメットを被るのみ。

 

「……さあ、ここからが本番よ。“Ω”ヘルム起動」

 

全員がヘルメットを被る。

 

「……」

「……」

「……」

「……」

 

「……大丈夫?」

 

「隊長、これ重い。代わりに持って」

 

「嫌よ」

 

ミオはドアに振り返り、無言でハンドサインを出す。

全員が先ほどよりも洗練された、無機質な動きで部屋を出ていった。

 

 

 

――

 

――バシュ!

 

「ぐあ!」

 

――バシュ!

 

「うっ!」

 

12.7mmARから発射される亜音速の凶弾が、一撃で意識を刈り、引きずって物陰に隠す。

最低限の数だけ排除し、足音を立てずに目的地へ接近する。

 

彼女らが通り過ぎた場所は、またたく間に静まり返り、不気味な静寂だけが満ちた。

 

まさに“迷わない”兵器だ。

 

機械的で効率化された動きのまま突き進み、通路の一番奥、突き当たりにあるコントロールルームに到着した。

 

ミオのハンドサインでドアの周りにスタックする。ナツメが一歩ドアに近づき、隙間にスネークカメラを差し込んだ。

 

カメラを抜いて立ち上がると、ドアノブを回して即座になだれ込む。

 

中には二人の監視員がいた。

親衛隊員ではなく、雇われのゲヘナ生のようだった。

 

監視員の一人が物音に気づき、振り向いた。

 

「……だれ? ノックくらいし……!?」

 

鈍い発射音が響き、即座に脳天に銃弾が叩き込まれた。

頭は勢いよく仰け反り、身体は力を失って椅子に深く沈み込む。

 

「ひ!……なに!?」

 

ミオは一瞬にして距離を詰め、コントロールパネルに顔を叩きつける。

 

――ガンッ!!

 

「うっ……!」

 

「余計なことは言うな。質問にだけ答えろ」

 

感情の抑揚がまったく感じられない声に、監視員は怯えきってしまった。

 

「う……うぅ」

 

「メインフレームのアクセスコードを言え。そうしたら何もしない」

 

「え……X12u348hs2……っ 、何を……ぁ!」

 

ミオはもう用済みと言わんばかりに、先ほどよりも強く頭を叩きつけ、床へ放り投げる。

 

マヤは脳天を撃たれて座ったままの一人を引き摺り下ろし、代わりに座ってPCにUSBを差し込んでキーボードを叩く。

それを確認したミオは、マヤに指示を出す。

 

「……メインフレームへ侵入。情報部とネットワーク接続開始。隠蔽用のダミーコードも流し込んで」

 

「ケベック3、4。こいつらを片付けといて。

……ただの警備バイトよ」

 

ナツメとアヤハは気絶した監視員を担ぐと、部屋を出ていった。

 

それを横目に、ミオはスマホを取り出すと、チャットに"作戦開始"の符牒を三回書き込んだ。

 

 

 

――

 

 

『Rolling Thunder.』

 

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