白狼救済録 作:らんらん出荷マン
正義とは、支配者が編む物語だ。
正義とは、大義名分という仮面だ。
正義とは、冷酷さを正当化する刃だ。
正義とは、責任を曖昧にし、罪を霧散させる霧だ。
そして――
その正義を“正義と呼ぶ”資格を持つのは、誰だ?
――ペロちゃんねる。掲示板
《【速報】軍事技術発表会 襲撃事件【雷帝“辞任”】【複数名死亡】》
―――
1:名無しのペロロ様
[悲報] 雷帝、生徒会長辞めるってよ
2:名無しのペロロ様
ソースは?
3:名無しのペロロ様
> > 2
速報テロップ出てた。今も回ってる
「責任を取って辞任」って一文だけな。雑すぎ
4:名無しのペロロ様
影武者説出てて草
顔違うって比較画像貼られてた
5:名無しのペロロ様
比較どれ?URLクレマンティーヌ
6:名無しのペロロ様
> > 5
これ(※魚拓)
「目尻の角度が違う」って言ってる奴いた
なお照明と角度で変わる模様
7:名無しのペロロ様
爆発の跡エグくて草枯れる
親衛隊も巻き込まれたか
8:名無しのペロロ様
草とか言ってる場合じゃねぇ!
生徒会と親衛隊が解体されてゲヘナは今大騒ぎや!
9:名無しのペロロ様
突入したSRTかっけぇ……
やっぱエリート部隊は違うわ
10:名無しのペロロ様
いやいや、警備ガバすぎじゃね?
普通侵入許す?
11:名無しのペロロ様
> > 10
親衛隊が無能なわけねぇだろ
”見せてた”だけじゃね?
わざと穴作って狩るやつ
12:名無しのペロロ様
武装集団=悪
Q.E.D.証明終了
13:名無しのペロロ様
でもさ、テロリストが立て籠もった三階が丸ごと消滅って何があったよ……自爆か?
普通に闇深い
14:名無しのペロロ様
> > 13
どうせ裏で企業と癒着してたんだろ
15:名無しのペロロ様
はいはい、陰謀論おつ
16:名無しのペロロ様
動画見たけど、爆発後の建物、地獄絵図だったな
会場にいた親衛隊も鎮圧に出たはずだよな……?
17:名無しのペロロ様
自業自得
18:名無しのペロロ様
> > 17
流石にそれは言い過ぎ
死んでんだぞ
19:名無しのペロロ様
いや、テロリストやん?
同情の余地なくね
20:名無しのペロロ様
でも、顔も名前も出ないまま「全員死亡」って、なんかモヤる
21:名無しのペロロ様
身元不明=ゴミ処理
22:名無しのペロロ様
> > 21
人の心とか無いんか?
23:名無しのペロロ様
いや待て、さっきの映像さ——
突入班の顔に違和が
24:この投稿は削除されました
[deleted]
25:名無しのペロロ様
> > 24
え?今の消えた?
26:名無しのペロロ様
はっやwwwww
人力じゃねーな、監視でもされてんの?
27:名無しのペロロ様
陰謀論者また湧いてて草
28:名無しのペロロ様
てか“辞任テロップ”出るの早すぎじゃね?
29:名無しのペロロ様
> > 28
それは広報が優秀なだけでは
30:名無しのペロロ様
雷帝辞任は英断だと思うわ
責任取るだけマシ
31:名無しのペロロ様
逃げただけじゃね?
32:名無しのペロロ様
> > 30
“辞任”って便利な言葉だよな
33:名無しのペロロ様
> > 31
逃げるんだよォー!スカルマァーンッ!!
34:名無しのペロロ様
SRT爆発物処理班の耐爆装備がかっこよすぎて脳汁出る
35:名無しのペロロ様
[朗報] SRT株 爆上がり
36:名無しのペロロ様
> > 35
爆発だけに?
37:名無しのペロロ様
> > 36
人の心定期
38:名無しのペロロ様
次の募集倍率ヤバそう
39:名無しのペロロ様
で?死んだの何人?
40:名無しのペロロ様
> > 39
連邦ニュースだと「複数名」
41:名無しのペロロ様
複数名は流石に草
雑すぎやろ
42:名無しのペロロ様
どうせ、お死体が原型を留めてないとか、そんなんやろ
43:名無しのペロロ様
> > 42
”お”を付けるな、”お”を
頭トリカスかよ
44:名無しのペロロ様
でもさ、なんで爆発したんだろ
それが目的?
こわE、キチガイかよ
45:名無しのペロロ様
洗脳されてた説
46:名無しのペロロ様
宗教系テロだろ
47:名無しのペロロ様
> > 46
宗教こわいな〜とずまりすとこ
48:名無しのペロロ様
結論:
悪い奴らが纏めて死んで、世界は綺麗になりました
めでたしめでたし
49:名無しのペロロ様
> > 48
[悲報] ペロ民、礼節を知らない
50:名無しのペロロ様
> > 49
今さら定期、ここはずっと動物園やぞ
51:名無しのペロロ様
あー、トリニティーの泥水連中も一掃してくれねぇかなぁ
52:名無しのペロロ様
> > 51
なんだぁテメェ……
ティーパーティー直轄、”
53:名無しのペロロ様
> > 52
試してみるか?私は元”親衛隊”だ
54:名無しのペロロ様
> > 53
あはは!例の時代遅れじゃない!
雷帝様はきっと悲しんでるわよ?
一緒にホテルにでも行って慰め合いなさいよ
55:名無しのペロロ様
> > 54
貴様、不敬だぞ
その汚い口を閉じろ
天使とほざくが、実際は堕天使のようだな
56:ペロキチ ★管理人
はい止め!止め!荒れるのはダメですー!
終わり!閉廷!…以上!皆解散!
代わりにペロロ様のお話しでもしましょう!
57:名無しのペロロ様
うわ、でた
58:名無しのペロロ様
> > 56
アンタのペロロ語り長いねん
論文かよ
59:ペロキチ ★管理人
> > 58
様を付けろよ
デコ助野郎
60:名無しのペロロ様
ヒェ……
61:名無しのペロロ様
今北産業
62:名無しのペロロ様
> > 61
爆発で死人多数
SRTが尻拭い
責任取って雷帝は辞任
ていうか
自分でソースと過去ログくらい調べろやカス
――――
―――
――
―
公式には、SRTが事態を収拾したことになっている。
出回っている映像は、そのために用意されたカバーストーリーだ。
雷帝が影武者だったのは事実。
――だが、本物の行方を知る者は連邦生徒会長だけだ。
指先が画面をなぞるたび、真実はピクセルの中に埋もれていく。
スクロールは、止まらない。
結局、真実を知らなければ、言葉はいくらでも吐ける。
吐き捨てても、踏み潰しても、自分のお手々は綺麗なままだ。
責任は匿名というフィルターを通し、ネットを媒介にして世界へ霧散する。
――責任。
その重さを、覚悟として引き受けた者が、どれほどいる。
だが戦場は誰よりも正しく、どんな正義よりも平等だ。
そこでは、理屈も、大義も、物語も、
一切、忖度されない。
その牙は容赦なく獲物を切り裂き、
死という形で、責任を支払わせる。
そして、その戦場の背後には――
いつも兵士というフィルターの向こうで、指導者が座り、正義を媒介にして世界を動かしている。
正義に殉じても、
政治屋の都合で歪められれば、
それはただ――
静かに踏み躙られるだけだ。
――
レナは連邦生徒会長からスマホを受け取り、静かに仕舞った。
そして、抜き身の刃のような視線を向け、問い詰める。
「どうだ……お前を信じて、最後まで貫いた者たちの末路だ。
これもエデン計画の内か?」
『あまり、あの子を恨まないであげてね?……あの子もまた、苦しんでるの……』
「ミオたちは、お前の……お気に入りだったんだろ……?
なぁ……今は、どんな気持ちだ?
……連邦生徒会長様……?」
執務机に座ったままの会長は、静かに手を組み、ゆっくりと目を伏せた。
「ミオさん……?
何を……言っているんですか、レナ…ちゃん。そんな人は……データに……ありま…せんよ?
あの作戦に…参加したのは、
WOLFと、FOXのみ。
……恐れることなく危険な…現場に突入し、事態の収拾に当たったのは……
表彰されるべき……ですね……?」
(……もう話すことはない、そう言いたいのか)
「……そうだな。『綺麗』な勲章、待ってるぞ…………」
レナは会長に背を向けると、ドアへ歩みを進め――
思い出したように立ち止まる。
「……雷帝が1枚上手だったな。
分かっているだろうが、VIPERが消えた原因は……
お前の、リサーチ不足だ。
……それと、アビドスの件……忘れるな」
吐き捨てるように言い残して、退室した。
足音が廊下の奥へと溶けきるまで、会長は微動だにせず座り続けていた。
「…………」
やがて、重たい沈黙を振り払うように立ち上がり、窓辺へと歩み寄る。
そこには、いつもと変わらぬキヴォトスの街が、無関心なほど穏やかに広がっていた。
ガラスに映る自分の顔を見つめ、会長は小さく息を吸う。
そして、込み上げる何かを噛み殺すように、唇を強く噛み締めた。
「…………」
――
サンクトゥムタワーから出たレナは、ある人物と待ち合わせをしている。
「……ああ、私だ。待たせたな……そうか、すぐ行く」
スマホを耳から離し、振り返った。
(聳え立つ、クソッタレだな)
独りごちると、以前寄ったカフェへ歩みを進める。
――
――D.U.中央通り・カフェ
木製のドアを押し開けると、チリリンと小さなベルが鳴った。
カウンターの奥にはロボットのマスターと”背の低い白髪”の生徒。
「いらっしゃいませ」
「また来たぞ」
歓迎するマスターとは対照的に、白髪の生徒は不満げな表情を浮かべる。
「あ……ああ。待たせてすまない。……マスター、コイツとゆっくり話がしたい。奥の席に移っても良いか?」
「ええ、構いませんよ」
白髪の生徒はカウンター席から立ち上がり、レナと向き合った。
「お腹、空いちゃったわ」
「……そうだな、何か食べよう。ヒナ」
――
テーブル席に移った二人はメニュー表を眺める。
「どれも美味しそう……迷うわね」
「この店は私のお気に入りでな、店主はパンケーキが得意だ。オススメだぞ?」
「あらそう……じゃ、私もパンケーキで」
ヒナはメニュー表を閉じてスタンドに戻す。
顔を俯かせ、レナから目を逸らした。
それを少し見つめ、レナは口を開く。
「……ゲヘナはどうだ……”上手く”行っているか?」
ヒナは一瞬、肩を震わせた。
「……え、ええ。今は新しい生徒会の総選挙をやっているわ……中々決まらなくて、大変だけど……」
(選挙、か……果して、その選ばれた奴は……
本当に、選ばれた存在なのか……)
「……そうか、コーヒーはどうする?」
「モハで……」
「……奇遇だな。私もそれを頼もうと思っていた。
――マスター、パンケーキとモハを二つだ」
「かしこまりました」
オーダーを受けたマスターは、静かにカウンターの奥に消えた。
ヒナは顔を上げて神妙な顔つきでレナに問う。
「……あなたは、大丈夫なの?……その…………」
言葉が詰まり、目が泳ぐ。
「……その……作戦中に……倒れたって聞いたから……」
(『システムの負荷で自我が崩壊しました』と言っても……信じないだろうな)
「……ああ、最近は……寝不足でな……」
「そうなの……?」
ヒナはレナの返答に引っかかりを覚えたのか、訝しんだ視線を向ける。
「……かく言うお前も、満足に寝てないだろ?」
ヒナは痛い所を突かれたのか、バツが悪そうに応えた。
「……ッ。
ええ、そうね……栄養ドリンクで凌いでるわ。
でも……それも、もうすぐ終わる。選挙が終われば少しは、安定すると思う。
これも全部、あなたたちのお陰よ……ありがとう」
『爆破テロに見せかけて、全てを隠す。……プランBよ……』
「……ああ」
”存在しない”先輩たちの顔が、レナの脳裏にちらつく。
その瞬間、右手が震えだした。
(……クソッ、またか……)
気付かれる前に、咄嗟にテーブルの下に隠した。
「お待たせしました。
パンケーキとモハでございます」
「ありがとう、マスター」
礼を言うとマスターはゆっくり頭を下げ、カウンターの奥へ消えた。
レナは”左手”でコーヒーカップを持つ。
「――さあ、食べよう」
――
――ヒナ視点
白磁のカップからは柔らかい湯気が立ち上る。
香ばしく、フルーティな香りが鼻腔を包んだ。
(こうして、ゆっくりコーヒーを飲むなんて……いつ以来だっかしら)
対面に座っているレナは、左手でコーヒーを飲んでいる。
「……いい味だ。
さあ……冷める前に飲め、美味いぞ」
(彼女は右利きだったはず、なぜ……わざわざ左手で?)
「ええ、いただくわ」
そう呟いて、ようやく一口飲む。
最初に来るのは穏やかな苦味と、甘い仄かな香り。
フルーツのような豊かさを含んでいる。
「はぁ……」
向かいに座るレナは、黙ってパンケーキを切っている。
ナイフとフォークの動きは静かで、無駄がない。
(パンケーキは柔らかいのに……とても綺麗に切るのね……
このナイフ、切れ味がいいの?)
試しにヒナは自分の分を切ってみた――
だが期待とは裏腹に、切断部分が少し潰れてしまった。
「あ……」
「……どうした?」
「い、いえ。何でもない」
レナは一瞬、首を傾げると、再びパンケーキを口に運んだ。
「やはり、美味い……」
無表情で淡々と動作をこなす。
いつも通りだ。
(――本当に?)
レナは、確かにいつも通りだ。
笑わない。
怒らない。
それなのに。
(……どうして、こんなに落ち着かないの?)
ヒナは切ったパンケーキにフォークを刺すと口に運んだ。
「確かに、美味しい……」
シロップのお馴染みの甘さと、
パンケーキの甘すぎず、かといって薄すぎない絶妙な甘さが合わさり、口の中に広がる。
噛むたびに唾液が滲み出て、あっという間に口の中が空になってしまった。
「どうだ?……美味いだろう」
「ええ、とっても。リピートしたくなるわね……」
二人は”友人”として囁かな談笑をしつつ、食事を楽しんだ。
――
パンケーキとコーヒーを平らげた二人は、カフェを後にし、肩を並べながら帰路についた。
「今日は誘ってくれて、ありがとう……」
「いや、いいんだ……。こうやって対等に話せるのは――」
人混みの中で、レナが一度立ち止まった。
視線が一瞬だけ逡巡し、ヒナと向かい合う。
「……お前くらいだ」
突然素直な気持ちをぶつけられ、ヒナは面を食らう。
「え……?
……ちょっと照れるわね」
レナは突然、ヒナの両肩を掴み。じっと見つめる。
その両手は小刻みに震え、恐ろしく冷たかった。
「え……!?な、なに!?いきなりどうし――」
「ヒナ……。
私たちは、『屍の上に立っている』ということを…………忘れるな……」
「――ッ!」
とても真剣で、何かを訴えるような――
瞳の奥には達観したような、諦めのような、何かを秘めた光が灯っていた。
「えぇ……分かっている」
そう答えるとレナは肩から手を離し、一歩後退る。
「それなら、いい……。
今日は楽しかった。また機会があれば、一緒に行こう」
「そうね……」
二人は頷き合うと再び歩き出し、D.U.の人混みに消えていった。
――
先日……。
――連邦生徒会・生徒会長室。
夜。窓の外は静かで、街の光だけが揺れている。
会長は書類を閉じ、指先で軽く整える。
その動きは丁寧で、無駄がない。
扉の向こうから、控えめなノックが三回。
「……どうぞ」
ヒナが入室する。
制服は乱れていないのに、目の下だけが薄く影を作っている。
「失礼します……会長。呼び出しと聞きましたが……」
「ええ……すみません。こんな夜遅くになってしまって……。
さあ……座ってください」
会長は執務机からゆっくり立ち上がり、ソファへ移動した。
「……はい」
ヒナもソファに腰を下ろす。
一瞬だけ迷ってから、まっすぐ会長を見る。
「……展示会場の件。
私が把握している範囲と……報道が、噛み合っていません」
「……そうですね」
会長は頷く。言い訳を先に置かない。
それが逆に“本当の説明”が来る気配を作る。
「……ゲヘナ情報部は、多大な協力をしてくれました。
……その功績は、消しません」
「……功績、というより……責任が――」
「責任は……私が持ちます」
会長は静かに言い切る。
最後まで言わせず、場を制御する。
「……まず、結論から。
今回の件は……公式には“武装集団の襲撃”です。
そして……鎮圧と収拾は、SRTが行った」
ヒナの眉が僅かに動く。
「……公式?
は……そうでしょうね。
でも……突如発生した大規模EMPの件。
あれは、想定に入っていたんですか?」
「……入っていました。
ただし……私たちの想定より、ずっと強かった」
会長は少しだけ視線を伏せる。
“反省している”という形だけを残して、核心は隠す。
「……会場は、デモのために
“瞬間的に大電力を扱う”臨時構成になっていました。
……粒子砲、ですね。
そして、あの装置は……余波でオゾンとEMPが発生する」
「それは把握しています……だから、観客に保護ケースとマスクを配った」
「はい……。
安全対策の顔をしながら……実際は、演出も兼ねていたのでしょう。」
ヒナは小さく息を吐く。
怒りというより、納得の形。
「……あの人らしいわね」
会長は、淡々と続ける。
「EMPの影響で……会場内の設備は飽和しました。
監視、照明、無線。
……あなた方が想定していた“制御掌握”の筋は、途中から無意味と化した」
ヒナの指先が、膝の上でわずかに強張る。
「……じゃあ、流した“操作権限”や“隔壁の導線”は……」
「意味は、ありました。
……ただ、決定打にはならなかった。
現場は……昔ながらのアナログで戦うことになった」
「……SRTが、捨て駒にされるのは……?」
ヒナの声は低い。確認というより、祈りに近かった。
会長は否定しない。
否定した瞬間、ヒナの警戒は“確信”に変わるから。
「……はい。
失敗すれば……切られる。
それは、あなたの認識通りです」
ヒナが目を伏せる。
睫毛が揺れて、疲労が覗く。
「……」
会長は、そこで一拍置いた。
声色は変えない。だが、言葉の“向き”だけを変える。
「……だからこそ、私は
“成功の形”を社会に固定しました」
「……固定?」
「テロリストをSRTが鎮圧した。
……そういう物語に、しました。
それが残れば……次の処理で、余計な血が流れにくい」
ヒナは何か言いかけて、飲み込む。
“処理”という言葉が、彼女にとって嫌な匂いを持つから。
「……三階は、どう説明するの?
……あれ、ただの爆発じゃない。
正直……サーモバリックを疑う人も出てる」
会長は首を横に振る。
断言するが、強くはない。
柔らかい否定。
「サーモバリックは“外から持ち込まれた爆弾”としては扱えません。
少なくとも……そう立件できる痕跡は残っていない」
「……言い方が、引っかかるわね」
「……ふふ。ごめんなさい」
会長は小さく笑ってから、言葉を選ぶ速度を上げる。
“理屈”で納得させるモードに入る。
「三階が消し飛んだのは……臨時電源設備の事故連鎖です。
粒子砲デモのために会場は“瞬間的に大電力を扱う”臨時構成になっていた。
そこに、強い電磁攪乱が重なって……保護系が機能不全になった」
「……それで?」
「アーク放電。過熱。
火花が……上層階に溜まっていた可燃性蒸気に引火した。
展示会場では、溶剤、樹脂、洗浄液……“揮発するもの”が珍しくないでしょう。
本来は換気で散らす。
……でも、換気と監視が同時に死ねば、滞留は起こる」
ヒナが静かに目を見開く。
“爆弾じゃなくても起きる地獄”の説明として、一応は現実的である。
「……展示会の会場で、そんな条件が揃うの?」
「揃います。
機材、溶剤、発電、配線。
……それに、兵器のデモ。
“最悪”は、簡単に完成します」
ヒナは口を閉じる。
否定しきれない。
そして“爆弾”よりは、まだ受け入れやすい。
「……でも。観客には保護ケースとマスクを配った。
そこまで分かってたなら……会場設備も守れたんじゃない?」
会長は、すぐに首を横に振らない。
視線を外し、責任の“置き場”を作ってから答える。
「個人端末を守るのと、建物インフラの連鎖障害を止めるのは別問題です。
ケースで守れるのは……“持っている端末”だけ。
会場全体の電源系や配線の事故は、保護の前提を壊す」
「……つまり、“観客は守る”。
“会場は壊れていい”。そういう設計だった?」
ヒナの声は低い。
会長は否定しない。
ただ、言葉の角を落とす。
「……結果としては、そう見えるでしょうね」
一拍。
「その事故で亡くなった……死者の内訳は?」
「……現時点では、非公表です。
身元確認中……とだけ。
遺体の損壊が酷い。
確定できない、と言えば……報道とも整合します」
ヒナの表情が曇る。
「……胸糞悪いわね」
「……はい、仕方ありませんでした」
会長は肯定する。
ここで反論しないほうが、会長の“誠実な顔”が立つ。
「……私たちは、協力したのよね」
「はい」
会長は即答する。
逃げない。
それがヒナの罪悪感を“会長の掌”に収める。
「……あなたは、善意で動いた。
それで十分です」
「……十分じゃないッ……!
結果が、あれなら……!」
会長は少しだけ身を乗り出し、ヒナに優しく声をかける。
「ヒナさん。
……善意は、組織の正義に吸われます。
あなたが背負えば……あなたは壊れる」
ヒナが唇を噛む。
「……会長は、大丈夫なの?」
会長はすぐに答えない。
“壊れている”のを隠すための間。
「……いいんです。
……私の役目だから」
ヒナは目を伏せ、黙り込む。
会長は一つ、短い紙束を差し出す。
そこには、ヒナが今後口にするべき“最低限の説明”が、箇条書きで書かれている。
「……もし聞かれたら、これだけを答えてください。
“私は情報提供のみ。現場指揮はSRT”
“会場はデモで強い電磁攪乱が発生した”
“上層階の崩落は臨時電源設備の事故連鎖”
“テロリストを含めた死傷者の内訳は非公表、身元確認中”」
ヒナは紙束を見つめ、乾いた笑みを零す。
「……テンプレね」
「……そのテンプレが、守ります」
「……守るのは、誰?」
会長は、答えをぼかさない。
ただし“範囲”を限定する。
「作戦に協力した情報部と……あなた個人。
それから……次のゲヘナを生きる人たち」
ヒナは小さく頷く、納得ではない。
受け入れただけだ。
「……分かった。
私が話すのは、そこまでにする」
「……ありがとうございます」
立ち上がるヒナ。
扉に向かいながら、最後に振り返る。
「会長。
……SRTは“英雄”になる。
でも、その裏で切り捨てられる人間が出たら……私は許さない」
会長は微笑まない。
ただ、静かに目を伏せる。
「……はい。
その時は……私が、許されません」
ヒナはそれ以上言わず、退室する。
扉が閉まり、足音が遠ざかる。
会長は一人になってから、机の上の書類に指を置き――
そこに“存在しないはずの名前”が書かれていないことを確認するように、ゆっくりとなぞった。
「…………」
何も言わない。
言えない。
罪は――
自分一人が、背負えばいいのだから。
主人公は、ひなちゃに”決して抜けない釘”を刺して行きました。
これで、ワーカーホリックひなちゃの完成です。