白狼救済録 作:らんらん出荷マン
皆様、お待たせしました。
今後の展開の構築に少々苦戦しております。
今まで以上に投稿期間が延びると思いますが、ご了承ください。
ヒナとカフェで過ごした、あのひとときから数日後――
何事もなかったかのように、日常は続いていた。
任務をやり遂げたWOLFとFOXに対する非公式の表彰が、
SRT総司令室で執り行われることになった。
「総員、敬礼!!」
副司令の号令が響き渡る。
WOLFとFOXは寸分の狂いもなく、同時に姿勢を正した。
号令の余韻が壁に貼りついたまま、室内の空調音だけがやけに大きく聞こえた。
靴底が床に吸い付く。制服の布が擦れる――ほんの僅かな生活音すら、ここでは“ノイズ”になる。
だから誰も、息の仕方さえ慎重になる。
総司令は腰まで届く蒼黒の髪を静かに揺らしながら、二つの部隊の前に立つ。
「諸君の類稀な献身により、任務は達成された……」
総司令はレナと同じく、
表情を動かさないまま、淡々と言い放つ。
「今回の任務は、公式には『無事』に終了した。
“公式”には、だ……。
任務というものは、“終わったこと”にならなければならない。
……そうでなければ、次が始まらないからな」
空気が、目に見えないほどに締まる。
誰もが理解している“建前”を、あえて言葉にした瞬間だった。
「諸君が現場で何を見たか、
何を判断し、何を切り捨てたか――」
総司令は視線を逸らさない。
「私は……聞かない。
……聞く必要もない」
その言葉は、赦しではない。
“記録しない”という形で、責任だけが静かに移管される。
知らないふりをすることも、
時には“責任”の一部になる。
「諸君がここに立っている……。
今は、それで……十分だ」
「この表彰は記録に残らない。
だが諸君の配置と評価には、反映される」
それが、彼女なりの最大限の保証だった。
「……以上だ」
副司令が一歩前に出る。
全員分の『勲章(識別章)』を載せたトレイを手にし、
時刻を確認すると、平板な声で告げた。
「では――
これより、“識別章”授与および階級“特任”式を始める」
「まずは……七度ユキノ分隊長」
名を呼ばれたユキノが一歩前に出る。
「…………はい!」
返事が、わずかに遅れた。
考え事をしていたのだろう。肩がほんの少しだけ強張って見えた。
(……全員に伝えられた『真実』は、“保護”という名の隔離。
彼女たちの胸の奥では、『会いたくても会えない』という焦げつく痛みが渦を巻いているはずだ。
思い詰めるな――そう言える立場じゃない。そう言われて収まる種類でもない)
総司令はトレイから識別章を取り、ユキノの胸元に留めた。
だが、その「輝かしい識別章」とは裏腹に、
ユキノの手は固く、指先は白くなっていた。
「今回の功績を称え、FOXを正式に『指定即応部隊』として承認する。
我々に『休む』という言葉はない。
浮かれることなく、今まで以上に、キヴォトスの平和に貢献することを期待する」
「……ハッ! 拝命いたします!」
ユキノは敬礼し、列へ戻る。
その一瞬だけレナに視線を投げ、すぐに逸らした。
“言えないこと”が、二人の間に横たわっている。
――言葉にした瞬間、壊れてしまう種類の何かが。
「続いて、大上レナ分隊長」
(……栄誉じゃない。口を塞ぐための飴だな)
「………はい」
レナは一歩前に出て姿勢を正す。
背筋を伸ばせば伸ばすほど、胸の奥が冷えていく。
凍るような計算の気配が、背中から忍び込む。
総司令は識別章を手に取った。
「貴官の活躍は………通常の階級では報いきれない。
よって今回は、特別枠を設けることにした。
『特務上級小隊長』の階級を与える」
総司令は一拍置く。
その“間”は、言葉以上に重かった。
「貴官は既存の部隊の指揮系統から完全に外れる。
独自の指揮権が与えられ、現場に展開したあらゆる部隊を隷下に加えることが可能だ」
「ただし――“作戦番号が付いた案件”に限る。
そして発動した権限は、必ず事後報告として書面に残せ」
総司令は識別章を、レナの胸元に留めた。
「越権だと分かっている。
だが、貴官なら“問題ない”と連邦生徒会は判断した。
せいぜい励め。私も期待している。
……以上。今この瞬間より、貴官は“上級小隊長”として扱う」
「特務上級小隊長」
その言葉が落ちた瞬間、室内の空気が一段変わった。
誰もが息を呑み、同じ結論に辿り着いた顔をしている。
(独立した指揮権……およそ少佐クラスの権限か?
……異常も異常だ。
奴め。俺を“火消し役”にして、便利に使い潰す気か――
それとも……飼い殺し、か。
どちらにせよ、選択肢は最初から与えられていない)
その後も授与は続き――
「では、これで以上となる。解散」
総司令が敬礼し、レナたちもそれに続いた。
全員が各々に退室していく。
レナも踵を返し、扉へ向かった――そのとき。
「上級小隊長、少し残ってくれ」
呼び止められた声は無表情のままなのに、妙に“重い”。
総司令が纏う空気が、さっきまでと違う。
(……なんだ。嫌な予感がする。こういう時は、だいたい当たる)
「……はい。なんでしょうか、総司令殿」
「貴官に、新たな任務を与えたい」
総司令が目配せを送ると、副司令が執務机から「極秘」と赤字で記された書類を取り上げ、
レナへ差し出した。
――
「あの……カイザー・コーポが、違法兵器の製造を……」
「そうだ……カイザーだ……」
(……忌々しい名前だ)
それもそのはずだ。
アビドスが抱える法外な借金――その元締め。
「加えて、“ブラックマーケット”に流しているとの情報も掴んだ」
「して、その兵器の名は……?
この書類には……ただ、特殊兵器と……書かれておりますが」
問われた総司令は視線を逸らし、押し黙る。
それを見た副司令が即座に補足する。
「……熱圧弾だ」
「……熱圧!?……サーモバリックか……」
その音だけで、喉の奥が乾く。
一度知った者ほど嫌う種類の名だ。
熱圧の呼び名なのに、背筋が冷える。
「ただし――まだ確証がない。あくまでも疑い……それを確かめるのが、今回の任務だ」
喉の奥が、ひゅっと細くなる。
嫌な一致が、頭の中で音を立てた。
(まさか……ミオが持ち込んだのも、カイザー製……)
「非常に危険な任務だ。なにせ……今回は“大人”が相手だ。
……生半可な生徒では、我々の立場が危うくなる」
(あの女……証拠の隠滅を、俺に押し付けやがったのか?)
総司令は大きく息を吸い、レナをまっすぐ見つめる。
ほんの一瞬――
一度だけ、視線を落とした。
「これは、君にしか頼めない……」
総司令の指先が、一度だけ机の縁をなぞった。
無意識の動き。癖なのか、躊躇いなのか――判別できないほど小さな揺れ。
それでもレナには分かった。
彼女は“命令”を下しているのではない。
“押し付ける側”であることを、理解したまま言っている。
総司令は、レナの顔を見つめ――
ただ一言。
「やってくれるか?」
その言葉は命令というより、祈りに近い。
総司令室の静けさが、やけに薄く感じた。
薄いのに、逃げ道がない――
(この任務は……遊びとは理由が違う。
子供には、荷が重すぎる)
それは前世で散々思い知らされた経験から来るものだった。
大人とは――成熟した顔をした捕食者だ。
法律を盾にし、正しさを弾にする。
油断すれば食われる。
食った側は、善人の顔で手を拭く。
レナはゆっくりと目を伏せ、呼吸を整える。
「了解しました……」
それは、子供の返事ではなかった。
以前、戦地に送られる前に必ず口にしていた――
儀式だった。
――生きて帰れるか分からない任務の前に、
“消費される歯車”に成るための。
――
――アビドス高等学校
レナから連絡があって二週間と少し――
「……レナちゃん。一体どうやって……連邦生徒会を説得したの……?」
あの時の夜。レナちゃんが言っていた通り、
支援物資と一緒にヴァルキューレのお巡りさんが来た。
あんなに懇願し続けてても無視されたのに、今さらどうして助けてくれるのか。
「ユメ先輩……きっとレナさんは、利用されたんです……これは恐らく、それの見返り……」
「私たち、助けてもらって……ばっかりだね……」
何もできない自分に怒りが湧いてくる。
何をやっても失敗続きで、おんぶに抱っこだ。
アビドス高校の生徒会長という肩書きだけが、虚しく胸に残る。
ホシノちゃんと、レナちゃんがいなかったら、きっと今頃――
アビドスは消えている。
「情けないなぁ……私。
なんにも役に立ってないよ……」
手に力が入り、視界が滲む。
「ユメ先輩……」
「ホシノちゃん……私、悔しいよ」
私も何か……しないと……
――
――SRT特殊学園・Aグループ、第1小隊ブリーフィングルーム。
ブリーフィングルームにはWOLFを除いた第1小隊の全員が集まった。
小隊長のレンが前に出て説明する。
「というわけで、本日をもってWOLFチームは第1小隊から独立。
独自の裁量で行動を決定する部隊に格上げされたわ」
「……あのー! 小隊長! 質問いいですか?」
隊員の一人が手を挙げる。
「何かしら?」
「独立って言っても……すでに彼女らはディールーですよ?……それと何が違うんですか?」
「えーっとね……今回が初めての試みになるんだけど……」
レンは腕を組み、少しだけ天井を仰いだ。
珍しく、言葉を選んでいる。
「簡単に言うと……
WOLFチームは“第1小隊の部下”じゃなくなるの」
ざわ、と室内が小さく揺れる。
「SRTから外れるわけじゃない。
むしろ逆。
“SRT総司令部に、直接ぶら下がる部隊”になる」
レンがそう言い切った瞬間――
室内のざわめきが、一段強くなる。
「え、ちょ、待ってください……それって……」
「直轄……って、“総司令”の……?」
「つまり、小隊長の指揮が……通らない?」
矢継ぎ早に飛ぶ声に、レンは手のひらを軽く上げた。
制止の動作は最小限。だが、場は自然と静まる。
それだけ彼女の“存在”が、部隊の中心である証左だった。
「慌てないで、順を追って説明する」
レンはホワイトボードの前に立ち、ペンで四角を二つ描く。
片方に《第1小隊》、もう片方に《総司令部》と書き、線を引いた。
「これまでのWOLFは、ここ。第1小隊の中にいた。
任務の付与、装備の配分、展開許可、全部この枠の中」
ペン先が《第1小隊》の四角をトン、と叩く。
次に、線を滑らせるように《総司令部》へ移動した。
「で、これからは――こっち。
総司令部直結。いわゆる“直轄の特務枠”」
隊員の一人が、思わず声を漏らす。
「……直轄って、いい響きっすね」
別の隊員が即座に返す。
「いい響きっていうか、ヤバい響きだろ……」
隊員たちの中で動揺が広がる。
普通の部隊はまず――
連邦生徒会長→総司令→群長→小隊長→分隊長、
となる。
まさに異例の異例だ。
「そう……良いことばかりじゃない。
直轄ということは、群長や私が間に入って、調整したり、止めたり、庇ったりできない」
空気が冷える。
直轄の意味が、ようやく“現実の重さ”になって落ちてきた。
「それじゃあ!……良いように使われるだけじゃないですか!」
レンは、即答しなかった。
ほんの一拍。
その沈黙が、答えそのものだった。
「……裁量権はあることになっているわ……一応……ね。
でも、拒否した時点でレナさんの信用は一発で揺らぐ……
皆が知っている通り、彼女が背負っているものは、古巣の復興……非常に重いわ……まず断れない」
隊員の誰かが舌打ちをした音が響いた。
「……じゃあ、WOLFは便利屋ってことっすか」
「火消し、なんでも屋……」
「……」
レンは無言のまま、否定しない。
隊員たちの間に、淀んだ空気が満ちる。
「便利屋。……確かにそうかもね」
レンは視線を落とし、ボードにもう一つ線を引いた。
《総司令部》から《現場》へ向かう矢印。
その矢印を太くする。
「でも、もう一つの見方もある。
直結ってことは――“決裁が速い”。
装備、車両、支援、情報。必要なら、最短で引っ張れる」
「なるほど……レナのポテンシャルを最大限発揮できるポジションでもあるのか……」
レンは頷き、続ける。
「そう、連邦生徒会は彼女の能力を最大限使うことにしたの」
「小隊長……言葉遊びは、止めてください」
隊員の一人が不快感を隠さず、きっぱりと言い放つ。
無理もない。最愛の後輩が、万が一のスケープゴートにされるかもしれないのだ。
「そうね、ごめんなさい……私たちにできることは彼女を最大限サポートすること。
もし要請があったら、真っ先に引き受けるつもりでいるわ」
レンは一拍置き、室内を一瞥する。
「何か異論は?」
全員が即座に答える。
「「「ありません! 小隊長殿!!」」」
「よろしい! それでこそ第1小隊よ!!」
――
三日後――
WOLFチーム専用隊舎――ブリーフィングルーム。
第1小隊から切り離されたWOLFチームは、専用の隊舎に移動となった。
ブリーフィングルーム内には、WOLFの他にFOX。
全員一年生ながら、SRTの最高戦力が集まっている。
「よし、集まったな。これより任務の内容を説明する」
レナは部屋の照明を消して、ホログラムを起動した。
「連邦生徒会によると、とある企業がコソコソ悪事を働いているらしい」
ホログラムを操作し、壁面に赤字で《極秘》《対外秘》の文字が投影される。
室内が静まる。
ユキノは腕を組み、表情を動かさずレナを見ている。
“表彰”のあの空気がまだ抜けていない。沈黙だけが、重くのしかかる。
レナは大きく息を吸う。
「いいか……? 結論から言う。今回の任務は――殲滅でも制圧でもない」
室内が一瞬、揺らいだ。
だが、誰も口を挟まない。ここにいる全員が、言外の意味を理解している。
「標的は、カイザー・コーポの子会社――カイザー・インダストリー。
“違法兵器の製造”および“ブラックマーケットへの横流し”の疑いがある……。
相手は大人だ。いつものように、“銃をぶっ放せば終わり”という単純な話ではない」
ホログラムを操作し、映像を変える。
「だが……まだ確証を得られていない、噂レベルの話だ。
そこで、今回の主目的は情報収集になる」
一拍。
「ブラックマーケットへ直接赴き、現地人に聞き込み調査を行う。
強制捜索は裏付けを取って、身の安全を固めてからだ」
説明が途切れたタイミングで、一人が手を挙げる。
「あの~……」
「なんだ……? ニコ」
「ブラックマーケットには、制服で行くの?」
「ああ、制服で行く……
向こうの決まりで、生徒は制服の着用が義務付けられている。身分が無い住人と区別するためだ。
観光と称しても、無意味だろう。
この制服は……人目を引く。
我々は、SRTの看板を背負って……正々堂々と活動しなければならん」
ある程度の自由が許されている企業と違い、レナたちは学生でありながら、その性質は公務員だ。
ルールを守って行動する制約が、常に付きまとう。
そして――
その制約を、最も巧みに利用するのが“大人”だ。
リノが口を開く。
「それでは……カイザーに筒抜けです……」
「……仕方あるまい。私たちは公的機関だ。
どちらにせよ、『マーケットガード』が人の出入りを常に監視しているから偽装は不可能だ」
レナは淡々と続ける。
「あそこの住人ではない身元不明者は、“商品”か“障害物”として処理される。
制服を着ていれば、それが身分証となり、少なくとも“生徒”として扱われる。
危害を加えると学園が出てくる、後が面倒な存在――という意味でな。
つまるところ、制服は盾であり、足かせだ」
レナがホログラムを操作すると、簡素な入場規約が投影された。
――
《MARKET RULE》
・入場者は識別タグを携行せよ
・入場者の行動は記録される
・規約違反者は“保護対象外”とする
――
「礼儀正しく振る舞え。ボロを出すな。
大人は、銃ではなく証拠を突き付け、“発言”を撃ってくる」
一拍。
「制服を脱いだ瞬間、連邦生徒会の加護は消え、““保護対象外”になる。
ヘイローに護られているからと油断するな。
下手をすれば、マーケットの掟に従って“加工”される」
部屋に沈黙が落ちる。
「何か質問は……?」
レナの言葉に、誰も手を挙げなかった。
いや、挙げられなかった、が正しい。
この任務は正しく動くほど、首を締め付けられる。
カイザーは、レナたちがブラックマーケットに入り次第、聞き耳を立てるだろう。
下手に動けば、証拠を消されてしまう。
――ブラックマーケット。
連邦生徒会の権力が及ばない、独自の社会を築いた完全なブラックボックス――
追いやられた者たちが集う、“最後の楽園”でもある。
「いいか……原則、発砲禁止だ。
奴らに口実を与えないため、
一瞬、空気が固まり、苛立ちが募っていくのを肌に感じる。
「威嚇射撃は禁止。
先制攻撃は禁止。
企業施設内での発砲も、原則禁止だ」
スイが眉をひそめる。
「向こうが武器をチラつかせても?」
「ああ、“当然”だ。脅しだけではダメだ。
奴らは会社に属している……“不良のガキ”どもとは次元が違う」
メイが砕けた口調で質問をする。
「じゃあ〜、いつ撃てるの〜?」
レナは即答しなかった。
一拍置き、指で条件をなぞるように空中を切る。
「主に三つだ。
一つ。
相手が明確な敵意を持って攻撃を開始した時。
二つ。
回避、退避、拘束が物理的に不可能な時。
三つ。
撃たなければ、味方や周辺施設、一般人に被害が出ると断定できる時……」
オトギが眉を寄せる。冗談ではない顔だ。
「ちょっと……厳しくない?
しかも断定……撃てないじゃん」
「そうだ。撃てないように作ってある」
レナは即答した。
「これは連邦生徒会のメンツを守るためのもの……。
そのためのROEだ。
残念だが……お前たちの身を保証するものではない」
ホログラムに赤線が走る。
《発砲原則》
「拘束が最優先。
頭部射撃は禁止。
胸部への集中射も禁止。
背後からの射撃は、“処罰”の対象とされる」
「えー……何これ……手足を狙えって?」
クルミが呆れた表情を浮かべる。苛ついているのか、全く隠そうとしない。
「……何を言っている。お前なら余裕だろう」
「そ、それは……そうだけど?
私にかかれば、無力化なんて余裕よ!」
(((チョロい……)))
「って! そうじゃなくて!……なんでこんな優しいのよ!」
「あくまで、正当性を主張するためだ。『暴力じゃありませ〜ん⤴』ってな」
レナは冗談めかして裏声を披露するが、逆に部屋は凍り付いた。
全員が互いの顔を見合わせている。
(前世では、笑いが起きたんだがな……)
固まった空気の中、そのまま続けることにした。
「…………この任務で一番危険なのは、銃じゃない」
レナは全員を見回した。
「“ルール”だ――
なので、こちらも記録を重視する。全員、ボディカムを身に付けろ。それが、御守りになる」
この任務は、
銃の腕前も、勇気も、正義も――
何一つ、守ってはくれない。
「弾が当たって終わる話じゃない。
一発でもこちらが先に撃てば――
翌日には『SRTが民間企業に暴力を振るった』に化ける。
正当性は剥がされ、尻尾は切られ、責任だけが残る。
……その時、守られるのは“私たち”じゃない。それを忘れるな
――以上が、交戦規定だ。質問は?」
――沈黙。
ユキノが無言で手を挙げる。
「……何だ?」
「どういう名目で現地に行く……?あそこはパトロール範囲外だ」
「それは連邦生徒会が、”大義名分”を用意した――
表向きは、無登録兵器の確認。
『出処不明の戦車やミサイルが後を絶たないから、お前たちの所も調べるぞ』とな。
実際、最近の不良共の武装が豪華なのは事実だ……」
ユキノは目を細める。
「調査に出るのは、我々だけか?
土地勘が無ければコネも無い……」
「そこは問題ない、善良な生徒でありながらマーケットに入り浸っている物好きを見つけた。
オークションやショップに出入りして――”気味の悪い鳥”のグッズを集めている変わり者だ」
「連邦生徒会に彼女の情報を調べてもらったが、企業の息がかかっていないクリーンな生徒だった。
なので、現地のブローカーに紹介してもらうより安全と判断した」
ニコが思わず声を漏らし、メイが補足する。
「凄いアウトローな子……将来が心配だね」
「隊長、それは多分、”ももふれんず”の……あー、ぺろろ?だよ……」
「も……もも……ペペロ……?」
「それで……隊長。その子の名前は、なんと言いますか?」
リノが真面目な顔で尋ねる。
「……ああ、そうだったな。名前は、阿慈谷ヒフミ。
トリニティー所属だ」
――トリニティ。
その名が出た瞬間、メイの雰囲気が変わった。
「…………」
彼女の指が、膝の上で一度だけ握り込まれた。
顔を伏せ、表情は見えない。
(そういえばメイは、トリニティ出身だったな……知り合いか?)
――
――カイザー・コーポレーション/会議室。
D.U.のとある区域、そこには一際大きなビルが立っている。
会議室は無機質で、空調は静かだった。
机上の水だけが冷たい。
誰も、咳ひとつしない。
中央の長机。
薄いタブレット端末が並び、投影された資料の文字だけが淡々と流れていく。
「それで……”例の兵器”はどうなっている。技術主任?」
理事が、紙束の角を指で軽く叩く。
その動きは、催促というより“確認”に近い。
――この場で確認するのは、進捗ではなく、責任の所在だ。
技術主任は背筋を正し、視線を一度だけ落とした。
言葉を選ぶというより、“残す言葉”と“残さない言葉”を仕分けるような間。
「……はい。現状、二系統で並走しております」
タブレットに触れる。投影が切り替わり、箇条書きが淡々と流れ始めた。
「第一に、“弾頭側”。熱圧――サーモバリック弾頭の量産前段階です。
第二に、“運搬側”。転用を前提とした推進・姿勢制御の最適化でございます」
誰も頷かない。
頷くのは承認であり、承認には責任が付いてくるものだ。
技術主任は続ける。
「熱圧弾頭のメカニズムは単純です。
爆薬で破壊するのではなく、可燃性エアロゾルを散布し、点火し、酸素を奪う――
“爆発”というより、環境そのものを一瞬で武器に変える方式です」
理事の視線が動いた。
“講釈は要らない。結論を言え”という圧が、空気に混ざる。
技術主任は即座に、言い換える。
「要点は三つ。
一つ、散布の均一性。
二つ、点火のタイミング。
三つ、容器の破断設計――散布と点火の順序を“狙って”作る必要があります」
役員の一人が、穏やかな声で刺す。
「で……“順調”なのかね」
技術主任は即答しない。
“順調”とは、成功しているかどうかではない。
事故が起きても、こちらに飛んでこないか――その意味だ。
「……試験段階としては、順調です。
まず小型弾頭で、散布・点火の再現性を取っております」
投影が変わる。グラフ。検証回数。成功率。温度上昇。圧力波形。
数字が並ぶほど、会議室は静かになる。
「現時点の再現性は、室内条件で九割台。
ただし実環境――通気、粉塵、湿度、構造材の差で波形が崩れます。
そのため燃料混合比と噴霧粒径を“環境別”に最適化している最中でございます」
理事が、指先を止めた。
「環境別……?」
「はい。つまり、“同じ弾頭でも効き方が変わる”。
それを嫌うなら燃料を一種類に絞り、安定性を優先します。
逆に効果を優先するなら用途別に燃料系を分ける必要がある」
用途別――という単語が、この場では「言い逃れ」と「納期遅延」の匂いを持つ。
技術主任は先に“逃げ道”を塞いだ。
「ただし用途別にしても、部材は共通化できます。
外殻、作動機構、ヒューズ系は共通。
燃料カートリッジのみ差し替える構造にすれば、ラインは増やさず回せます」
別の役員が、すぐに“利益”へ変換する。
「……流通は?」
「既に、分割して供給しております。
“工業用混合剤”“洗浄溶剤”“樹脂硬化促進剤”の名目で別会社を経由。
単体では揃いません。揃った時点で初めて“それ”になるよう、組み方は分散しております」
会議室の空気が、ほんの僅かに軽くなる。
“こちらに飛んでこない”という手触りが生まれたからだ。
だが、理事は軽くならない。
「それで、弾道ミサイルは?」
技術主任の喉が一度鳴った。
ここからが“本題”だ。
「推進系は、まず“小型”で量産し技術ノウハウの蓄積に努めております。
姿勢制御の誤差は許容範囲内。
ただ大型化に向けた燃料混合比と燃焼圧の最適化は、詰めが必要でございます」
「詰めが必要――便利な言葉だな」
笑いそうで笑わない。
技術主任は、声の温度を落とした。
「大きくすると、全部が増幅します。
推力、振動、熱、偏差。
小型で誤差一度なら、大型では十度になる。
“当たらないミサイル”は、兵器ではなく花火です」
理事が、視線だけで続きを促した。
「ですので現在は、燃料の混合比を固定せず複数案で回し、
燃焼室の内壁材と冷却構造も同時に検証しています。
納期を落とさず、“事故にならない形”で完成させます」
役員が小さく頷いた。
納期ではない。“事故にならない”にだ。
理事が結論を求める。
「……つまり、いつ“使える”」
技術主任は、言い方を選ばない。選ぶ余地がない。
「小型の熱圧弾頭は、実運用の供給が可能です。既に“流した分”もあります。
弾道ミサイルへの転用――大型化は、次の四半期で試験段階に入れます。
ただし“露見しない形”でやるなら、試験場の確保が必要です」
「試験場?」
「人目に付かず、監査が来ない場所でございます。
――なにせ、音が大きいもので……候補が見つからないのです」
一瞬、沈黙。
理事は淡々と言った。
「それは、そちらの仕事だ。こちらは“結果”だけ見たい」
技術主任は深く頭を下げた。
「……承知いたしました」
その言葉の裏には、別の意味がある。
――結果が出なければ、首が飛ぶ。
結果が出て事故が起きれば、首だけでは済まない。
役員の一人が、静かに話題を切り替える。
「まあ、良いでしょう……流した分で、利益は出ています。
ですが慎重に……SRTが何やら活動を開始したとの情報を掴みました。
……例の“白狼”が、特務階級を得たようです」
「ふん……泳がせておけばいい……所詮はガキだ」
別の役員が、即座に刺し返す。
「侮るのは感心しませんな……理事。
警戒しておくに越したことはありません。
アンテナを張り、彼女らの動向をチェックしましょう」
理事は、紙束を揃えるだけで返事に代えた。
この場において返事は、責任のサインだ。
「では、次の議題――」
「雷帝が辞任した影響で、ゲヘナの地価は上がっています。
彼女と専属契約を結んでいたグィネヴィアも全てが白紙になって大慌てでしょう……。
その隙をつき、我々も彼の地で影響力を強めます。
利益が出そうな土地を買い、商業施設の建設契約を獲得しました。ここを橋頭堡とし――」
会議は依然、続く……。