白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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最近、寝落ちしてしまって中々筆が進まない状況が続いております。

不甲斐ない私をお許しください。


第29話 買物

 

 

――ブラックマーケット外縁。

 

キヴォトス標準時13:25。

 

「リノ。ここで一旦止まれ。予定時刻まで待機した後、HQに報告する」

 

「……りょ、了解」

 

ブレーキパッドが軋み、ハンヴィーが停車する。

 

――5分後。

 

「……OVERLORD、こちらHUNTER1-1。BMエリアに進入、境界線を通過。オーバー」

 

『――OVERLORD了解。以降は10分毎に報告を行え。

すでに貴隊はM.G.(マーケットガード)の監視下にある。繰り返す――常に監視されている。

慎重に動け。ROEを厳守しろ。

BM内は無法ではない。不意の発砲・威嚇行動を禁ずる。

淑女であれ。オーバー』

 

「HUNTER1-1了解。これより調査任務を開始する。アウト」

 

ライフルをぶら下げた黄色塗装のロボが、検問所の警備をしているのが遠目にも見えた。

 

ここは連邦とは“違う法”が支配している。

その法は、M.G.の銃口で執行される。

 

レナは無線を部隊内チャンネルへ切り替えた。

 

「FOX、スイーツは食べたな?」

 

『こちらFOX1。美味だった。

いつでも行ける。オーバー』

 

「了解したFOX1。金を用意しろ。

検問所を越えて目的地手前まで進んだ後、徒歩で調査する。アウト」

 

レナはハンヴィーの重いドアを押し開け、後方に停車しているFOX小隊の車両へ歩み寄る。

 

助手席のユキノがドアを開けた。

 

「……持ってきた金を使う。寄越せ」

 

レナは単刀直入に告げる。

 

「まさか……賄賂か? この金は情報の購入に使うものだろう……」

 

ユキノは眉をひそめ、不快感を露わにした。SRTというエリート校のトップである彼女にとって、“袖の下”という発想は受け入れがたい。

 

「違う。あくまで“通行権の購入”だ」

 

レナの表情は微動だにしない。

 

金を払い、相手を黙らせ、安全を担保する。

――それもまた、前世で叩き込まれた戦場の手順だ。

 

法も道徳も機能しない場所では、金こそが唯一にして絶対の共通言語(プロトコル)になる。

 

“友人”が自分たちとは異なる世界に立っていることを、改めて思い知らされたユキノは、苦い顔のまま懐から封筒を取り出した。

 

「……レナ、私たちは正義のもとで動いている。あまりこういうのは、好ましくないな……」

 

「ユキノ……ここでは、これが常識だ。覚えておけ。

それに私たちは余所者だ。礼儀は必要だろう」

 

ユキノは反論しかけて口を開いたが――レナの揺るぎない眼差しを見て、言葉を呑み込んだ。

 

レナはユキノの手から封筒を受け取ると、有無を言わせずハンヴィーのドアを閉めた。

 

――

 

――FOXチーム。

 

レナの背中を、ただ見つめることしかできなかった。

 

正義の側に立ちながら、平然と自分の手を黒く染める。

過去に何を見てきたのかは分からない。だが、言いくるめられて止められなかった自分に――

 

胸の奥が、ゆっくり冷えていく。

 

(……理解はできる。だが、受け入れがたい)

 

そう思わずにはいられなかった。

 

「……レナ」

 

「あら〜……レナちゃん、悪い子だねぇ……」

 

ハンドルを握るオトギが、いつもの飄々とした口調で茶化す。

だが、その声色はどこか重く、誰も笑えなかった。

 

「ユキノ、どうするのよ……あのまま行かせるの?」

 

後席のクルミが、不安そうに身を乗り出して問う。

 

「……悔しいが、止められない。あれが一番確実なのも事実なんだろう」

 

ユキノは拳を強く握りしめて答えた。

 

「こんな手……どこで覚えたのかな……」

 

ニコが窓の外を見つめながら、ぽつりと漏らす。

 

「ニコ……気にしても仕方がない。きっと彼女は、何も答えない」

 

確かに彼女は正しいのかもしれない。

だが、果して――それでいいのだろうか。

 

正義とは一体――何なのだろうか。

 

沈黙の後、ユキノは短く言った。

 

「……FOXは、任務に専念する。余計なことは考えるな」

 

自分自身に言い聞かせるような、その言葉だった。

オトギとクルミは顔を見合わせ、何も言わなかった。

 

 

 

――

 

レナは封筒を懐にしまい、WOLFチームのハンヴィーへ乗り込んだ。

 

(……5万。これだけあれば、小隊規模の通行料としては十分だ)

 

「よし……リノ、検問所まで前進」

 

「了解!」

 

アクセルに合わせて大型ディーゼルエンジンが唸る。

検問所のバーへ寄せ、M.G.の傍で停車した。

 

レナが降りると、M.G.が近づいてくる。

 

「……おたくらの飼い主から話は聞いている……学生証を見せろ」

 

レナは胸ポケットから学生証を取り出し、M.G.へ翳した。

 

「ふん……スキャン完了。WOLFチーム4名、FOXチーム4名、それに一般生徒が1名。計9人だな?

これが識別IDタグだ。そちらで住人と何らかの“トラブル”が起きても……我々は一切干渉しない。

だが――破壊行動や銃撃戦は別だ。その発信機で常に監視している。妙な真似はするなよ」

 

そう言ってM.G.は、プラスチック製のチープなタグ発信機を突き出した。

 

「了解した……」

 

レナは受け取る直前、M.G.の死角へ体を滑り込ませ、封筒をベストの隙間へ差し込む。

 

「……ご苦労だったな。これは『落とし物』だ。取っておけ」

 

M.G.の無機質なレンズが、茶封筒とレナの顔を交互にスキャンする。

 

「……現金か。“通行権の上位登録料”の形式として、確かに受理する。

それにしても、連邦の犬である生徒にしては、随分と“こちらの作法”に慣れているようだな?」

 

「検査は済んだだろう。

我々は急いでいる。道を開けろ」

 

レナの声は低く、威圧的だった。

 

「いいだろう……巡回を貴様らの居場所から少し離してやる。

ただし――もし問題を起こしたら、帰りに倍払ってもらう……」

 

一拍。

 

「――だが“足跡”は外せん。IDログは残る。勘違いするなよ」

 

「……心得た」

 

M.G.は無言で下がり、バーを上げるよう指示を出す。

 

「上げろ! VIPのお通りだ!」

 

レナは助手席へ戻り、ドアを閉めた。

 

(これで……しばらくは安全だろう。

最低限の『目』は逸らせた)

 

「リノ、前進だ」

 

「りょ……了解。

た、隊長……今のやり方、グレーですよ……」

 

リノが冷や汗を流しながらアクセルを踏む。

ハンヴィーは重い走行音を立て、ブラックマーケットの境界線を越えた。

 

「必要経費だ。これで一応の安全は保証された。調査中にM.G.の邪魔は入らないだろう」

 

(……マカロン50個分か。高い通行料だ)

 

レナは消えた5万円とマカロンを天秤にかけ、わずかに眉をひそめる。

 

後部座席では、ヒフミが「あわわ……」と口元を押さえていた。

 

「あ、あの!……レナさん?

今、お金を渡しませんでしたか……?

SRTって、正義の味方じゃ……」

 

裏社会の住人めいたレナの立ち回りに、純真なヒフミはあからさまに困惑している。

 

「人聞きが悪いぞ、ヒフミ。これは交渉だ――」

 

「いやいや、どう見ても賄賂だよ……隊長が悪徳警官みたいになってる……」

 

ルーフの銃座から顔を覗かせたスイが、呆れ顔で突っ込む。

 

「黙れ、WOLF3。持ち場に戻れ。

郷に入っては郷に従えだ。5万で数時間のロスと無駄なトラブルを消せるなら安い。

……正義を通すには、まず“通行証”が要る。ここではそれが金だ」

 

「はいはい……アイコピー」

 

スイは気怠げに返し、銃座に座り直した。

 

検問を抜けてから、数分経過。車窓の景色が徐々に“街の奥”へ沈んでいった。

 

レナは無線機のスイッチに手を伸ばした――

 

「OVERLORD、こちらHUNTER1-1。SITREP。チェックイポイント通過。FRND 8、CIV 1(民間人含む9名)、ネガティブ・コンタクト。異常なし。オーバー」

 

『――了解した。状況変化なし。ROEを厳守。オーバー』

 

「HUNTER1-1了解。アウト」

 

 

 

――

 

一行はしばらく進み、街の入口近くにある古びたコインパーキングへ二両のハンヴィーを滑り込ませる。

周囲にはタイヤのない車や、落書きだらけのバンが放置されており、治安の悪さが滲み出ていた。

 

「――総員、下車準備。装備の最終確認を行え。

忘れ物がないようにな」

 

指示を出しても、全員が動き出すまでには数十秒の間がある。

レナは無線を切ると、手元の小さな箱を見つめた。

 

(……食べていないのは、俺だけか)

 

慎重に箱の蓋を開ける。

 

丸い茶色の菓子を手のひらに乗せ、まじまじと眺めた。

 

「……ッ……これが……マカロン。

これで……1000円……」

 

無意識に喉が鳴り、口の中に唾液が満ちる。

 

レナはゆっくりと口元へ運ぶ。

 

ほんの一瞬、躊躇う。

 

恐る恐る、歯を立てた。

 

――サクッ。

 

外殻が砕ける。

同時に、内側のクリームが舌に触れた。

 

思考が、一瞬止まる。

 

甘い。

だが、ただの砂糖の甘さじゃない。

舌の奥に残る、油脂めいた“重み”。

溶けて、広がって、消えない。

 

(見た目に反して柔らかい……また未知の味だ……これが1000円か)

 

舌の上で勝手にほどけていく。

噛む必要すらない。

咀嚼という行為を拒むように、それは口の中で崩れていった。

 

乾いたクラッカー。

冷えたレーション。

泥の混じった雑穀。

血の味が染みついた形成肉。

 

どれも、歯で砕かなければ“生き延びるための栄養”にはならなかった。

 

だが――これは違う。

 

「美味い……」

 

レナはただ、じっくりと余韻を味わった。

 

(甘い物は判断を鈍らせる。

だが時に、それは精神に“余白”を作る)

 

瞳孔が開き、心拍が落ち着いていく。

手を握ると、ちゃんと力が入った。

 

ドアを開け放ち、BMの地へ降り立つ。

甘味の余韻を切り替え、視線を路地へ戻した。

 

「隊長〜❦

こんな所にハンヴィーを置いていって大丈夫なの〜?」

 

メイがドアを閉めながら、治安の悪さを指摘する。

 

「心配はいらん……そのための通行料だ。

ここから先は、ハンヴィーでは目立つうえに小回りも利かん」

 

レナは装備を念入りに点検し、ヒフミへ向き直った。

 

「――ヒフミ、ここからはお前の独壇場だ。

街の案内を頼む。有益な情報を持っていそうなブローカーや商人がいたら教えてくれ」

 

話を振られたヒフミは、ビシッと背筋を伸ばし、ドンッと自分の胸を叩く。

 

「は、はい――!

ブラックマーケットのお買い物なら、私に任せてくださいッ!」

 

笑顔は頼もしい。だが、レナたちが求めているのは“お買い物”ではなく“捜査”だ。

一抹の不安は拭えなかった。

 

 

 

――

 

――商店街前。

 

やる気に満ちたヒフミを先頭に、キヴォトス最高峰の戦闘力を持つSRTの精鋭たちがぞろぞろと続く。

 

その光景は、誰の目にも異様だった。

 

完全武装の特殊部隊員たちが、屋上や路地裏へ鋭い視線(クリアリング)を飛ばしながら、楽しげに歩く少女を護衛している。

今のヒフミは、連邦生徒会長や大企業の御令嬢よりも、はるかに強固な安全を与えられていた。

 

すれ違うチンピラたちが、ぎょっとして道を開ける。

 

「さあ! ここを曲がれば商店街です!

私もここには、よく足を運びます!」

 

あと少し、というところで制服を着崩した生徒が進路を塞いだ。

 

「はいはい。ストップだ、ストップ」

 

奥からガラの悪い生徒たちがぞろぞろ出てくる。

全員の手には銃火器。銃口こそ向けていないが、セーフティーは外れていた。

 

典型的な、縄張り意識の強い不良グループだ。

 

「ここはアタシらのシマだ。タダじゃ通さねぇよ……金目のモン寄越しなぁ……」

 

(……面倒な。相手は大人じゃなく生徒か……。

ここで撃てば、せっかく遠ざけたM.G.が介入する)

 

レナが右手を上げる。

“威嚇のみ”の合図に応じて、全員が一斉にセーフティーを外した。

 

――カチッ。

 

ローレディ(銃口が斜め下)から、わずかにハイレディ(へその高さ)へ上がる。

 

「ああ? なんだ? やんのかコラ」

 

不良が凄み、場に緊張が走った。

 

レナが太もものホルスターへ手を伸ばしかけた、その時――

 

「――ちょ! ちょっと待ってください!」

 

ヒフミがレナの前へ飛び出し、遮る。

 

「何をしている!? 下がれ!」

 

「わ、私がなんとかします!」

 

ヒフミは不良たちに向き直ると、揉み手するように両手を擦り合わせ、愛想笑いを浮かべて近寄っていった。

 

「やーやー皆さん! そうカッカしないで、仲良くしましょうよ〜!」

 

「あぁ? なんだテメェ!……どけよ!」

 

怒鳴り声にも動じず、ヒフミは目を皿のようにして細かく視線を走らせる。

 

(前は、こんな人たちいなかった……分布が変わったのかな……?)

 

服装の乱れ具合、持ち物のブランド、銃器のカスタム、アクセサリーの趣味。

一瞬で相手の情報を拾い上げる。

 

その中に、突破口があった。

 

(……ッ!)

 

最初に凄んだ不良のホルスターには、ペロロのキーホルダーがぶら下がっていた。

 

「ああっ! そ、それはっ!

2年前に発売された地域限定・デスメタルペロロ様の蓄光バージョンですよね!? す、すごい! 実物、初めて見ました!」

 

ヒフミは素早く隣へ滑り込み、キーホルダーを指差す。

 

「うぇ? あ……ああ。そうだけど……分かるのか?」

 

予想外の食いつきに、不良の毒気が抜ける。

 

「はい!! どこで買ったんですか!? ここでも探してるんですけど、なかなか見つからなくて!」

 

「あーそれはだな。おい、ちょっと寄れ」

 

不良がヒフミを手招きする。

 

「はい!」

 

「この店に、たまに入荷するんだ」

 

不良はスマホを取り出し、説明を始めた。

 

「ここ、まだ行ったことないです! ありがとうございます!――いいセンスです!」

 

「お、おぉ。そうかな?」

 

 

 

――

 

――数分後。

 

「……この先は危ねえから気をつけてな!」

 

「はい! ありがとうございます!」

 

不良たちは笑顔で手を振り、道を開けた。

一滴の血も流れない、平和的な解決。

 

――“揉め事は商売の邪魔”。

それが、この街の暗黙の了解だ。

 

ヒフミはそれを、誰より理解していた。

 

レナは呆然と立ち尽くしていた。

手にはまだ、ハンドガンのグリップが握られたままだ。

 

「ふふ、言ったでしょう? 私に任せてくださいって!」

 

(イレギュラー……とんでもない奴だ。伊達にBMに入り浸ってるだけはある)

 

曲がり角の先に広がる商店街は、あの時アビドス市街地で見たものとは大違いだった。

 

むしろレナの故郷――薄汚れたスラムの闇市に酷似している。

 

(……まさかキヴォトスにも、あるとはな……)

 

水溜まりの浮いた薄暗い通路。

所狭しと無秩序に置かれ、店先から半分以上はみ出した商品棚。

パーツを剥がれ、放置されたボロボロのスクーター。

チカチカと明滅する、毒々しい色のネオン。

 

善良な子供が歩く場所ではなかった。

 

 

 

――

 

それから商店街を二、三ブロック。ヒフミの足は迷いがなく、WOLFとFOXは“護衛”の距離を崩さずに歩いた。

 

「――で、レナさん。どこから行きましょう?

ジャンク屋さんですか?……それとも情報屋さんですか?

どちらとも長い付き合いです。私がいれば大丈夫だと思います!」

 

「そうだな……まずは――“普通の買い物”をしろ」

 

レナが周囲を警戒しながら言うと、ヒフミは目を瞬かせた。

 

「え? はい……! でも、私たちって捜査――」

 

「捜査だ。だから最初に“捜査らしくない”ことをやる」

 

レナは周囲を見回す。

露店の奥。屋根の上。通路の曲がり角。

視線を向けずとも分かる――“見ている”気配がある。

 

(M.G.だけじゃない。ここは“売り手”も“買い手”も、互いを値踏みしている。

……そしてタコ野郎――カイザーの目が、値札の裏にまで潜んでいると考えた方がいい)

 

「ヒフミ。お前は“買い物客”として振る舞え。

私たちは、令嬢を護衛する私兵だ」

 

レナはユキノへ視線を向けた。

 

「FOX1、少し距離を置け。

商店街の人の出入りを監視しろ。誰かがカイザーにタレコミを入れる可能性がある」

 

「……了解」

 

ユキノは短く応じ、ハンドサインで散開を指示する。

 

それを見届けると、レナは咳払いを一つして、少しぎこちない手つきで――まるでダンスに誘うように手を差し出した。

 

「んッ……ん゙…………参りましょう。お嬢様……」

 

いつもの冷徹な声色ではない。

貴族の執事を真似たような、演劇じみた恭しさだ。

だが慣れていないせいで、顔は少し引き攣っている。

 

ヒフミは目を丸くし、予想外の態度に頬を赤くした。

 

「……え、あ。は、はい!――よろしくお願いします!」

 

ヒフミは少し震えながら、ぎこちなくレナの手を取る。

 

小さく、温かい。

あまり銃を握らないのだろう。しなやかで白い手だった。

 

「……で、では……あちらの文具店から……」

 

「文具?」

 

「はい! いきなり武器屋などは、いかにも“探り”になります。文具なら“日常”です。

多分、その方が都合も良いですよね?

それに……あそこには、限定のスカルマンノートが――」

 

「……なるほど、強かな奴だ。行くぞ。WOLF」

 

「「「了解」」」

 

レナは歩幅を合わせる。

完全武装の護衛が、“ぬいぐるみ”柄のノートを目当てに歩く。

 

滑稽で――そして、極めて“自然”だった。

BMでは、“普通”が最も偽装に向いている。

 

 

 

――

 

「ごめんくださーい!」

 

ヒフミが案内した文具店の看板は派手で、子供向けのキャラクターが踊っていた。

だが入口の足元だけ妙に綺麗だ。泥が溜まっていない。

 

人の流れが“管理”されている店の床だった。

 

ベルが軽く鳴り、甘い紙とインクの匂いが鼻をくすぐる。

 

壁一面に並ぶノート、ペン、マスキングテープ。

ぬいぐるみ柄のファイルや校章入りの便箋が、整然と吊られている。

 

カウンターの奥から、眼鏡をかけたロボットが顔を覗かせた。

 

「いらっしゃい……ああ、ヒフミ嬢か。久しいな。新しいコラボ商品が入荷したぞ。買っていくか?」

 

「うぇえ! に、入荷ですか!?――見せてください!」

 

(コイツ……任務そっちのけで商談に行く気か?)

 

レナは軽く肘でヒフミを突いた。

 

「あ……すいません。忘れるところでした……」

 

店主は視線をヒフミから、後ろに控える黒ずくめのWOLFチームへ移す。

レンズの奥が鋭く光った。

 

「それで……今日は何の用で……?

こんな“物騒(SRT)”なお嬢さん達を引き連れて、またトラブルを起こす気か? 巻き込まれるのは御免だぞ……」

 

実際、店主の警戒は正しい。

これから尋ねるのは、厄ネタだらけの新型兵器の話なのだから。

 

「あ、あはは……えーっとですね……(レナさん! どうしましょう!)」

 

ヒフミが引き攣った笑みで、ちらちらと視線を送る。

 

(……クソッ、さっきの頼もしさはどこへ行った)

 

レナはため息を堪え、ヒフミの傍へ寄って耳打ちした。

 

「まずは目的のノートを買え……会計中の世間話に混ぜろ。軽くでいい」

 

「は、はい……」

 

レナは一歩下がり、店主へ答える。

 

「ご心配には及びません。私たちはお嬢様の護衛です。

……最近はこの界隈も物騒だと耳にしましたので、ご家族から依頼を受けました」

 

店主は数秒、真偽を測るような仕草を見せたが、それも一瞬だった。

 

(……商売を優先したか)

 

「なるほどな。それならいい。

ここは自由の街だ。金さえ払えば誰でも客だ。

珍しい商品が色々あるぞ。アンタらもどうだ?……銃ばかり撃ってるわけじゃないだろう?」

 

店主は緊張を解し、皮肉交じりに冗談を飛ばす。

 

「そうですね……ではお言葉に甘えて……。

お嬢様、一緒に選びましょう」

 

「は、はい!」

 

レナは振り返り、店内を物珍しげに見ているチームメンバーへ指示を出す。

 

「私はお嬢様と商品を選ぶ。それまで自由時間だ」

 

「「「了解」」❦」

 

――

 

店の奥、カラフルな商品が並ぶ棚の前へ二人は移動した。

レナは周囲の死角を確認しながら、ファンシーグッズを一瞥する。

 

(……これが、ももふれんず……)

 

極彩色のモモフレンズたちに見つめられ、レナはわずかに眉間を揉んだ。

 

一方のヒフミは目を輝かせ、“本来の目的”を忘れかけているように見える。

 

「おー! いつ来ても品揃えが豊富です!

トリニティーでは滅多にないですよ!」

 

ヒフミは商品棚に飛びつき、あれでもないこれでもないと吟味し始める。

 

「うぅ……予算が……」

 

突如、ヒフミが静まった。

財布の中身を思い出したらしい。

 

(……喜んだり、沈んだり、忙しない奴だ)

 

レナはヒフミの隣に立ち、商品の一つを手に取る。

 

「どうした……金に問題が?」

 

「……先日……ネットオークションで散財してしまって……」

 

(お嬢様のくせに金欠とはな。話題に事欠かない)

 

レナはふと、手元のグッズを見つめたまま固まる。

 

(…………)

 

それは――“出っ歯の茶色い生物”がプリントされた鉛筆削りだった。

 

「あ! Mr.ニコライですね! 彼、いつも哲学的でカッコいいんです!――レナさんにぴったりですね!」

 

『ユーイチ! 今夜はBARで女を引っ掛けようぜ!』

 

ニコライ。

前世で、よく聞いた名前だった。

 

(哲学……ギャンブル脳のアイツからは、最も遠い学問だ……)

 

「レナさん、見てください! これ、スカルマンの限定ハードカバーノートです! 表紙のエンボス加工がすごく凝ってて……っ! あ、こっちにはペロロ様の多色ボールペンも!」

 

レナはMr.ニコライの鉛筆削りを棚へ戻し、真顔のまま声を潜めた。

 

「……ヒフミ。遊びに来たわけじゃない。さっさと買い物を済ませろ。本題に入るぞ」

 

だがヒフミはノートとペンを抱きしめたまま、首を振る。

 

「いえ! 遊びじゃありません! これも立派な“プロセス”です!」

 

「……プロセス?」

 

「はい……! あの店主さん、ああ見えてすごく警戒心が強いんです。

でも、常連客や、自分のお店でちゃんとお金を落としてくれる“上客”には甘いんです。だから……まずは――」

 

ヒフミは商品を抱え、会計へ向かった。

 

「楽しんで商品を選んでいるところを、見せるんです」

 

「……金を落とす上客として振る舞え、か……分かった」

 

ヒフミの助言は理に適っていた。

相手は商人だ。金の匂いとコネに敏感だ。

 

「さあ、お嬢様。そろそろレジへ向かいましょう。

……『裏のルート』について、店主に尋ねる時間だ」

 

「はい! お任せください!」

 

ヒフミはコホンと咳払いを一つして表情を引き締めると、足取りも軽くレジカウンターへ向かう。

その後ろ姿を見つめながら、レナは無線機のスイッチを入れた。

 

「WOLF1よりFOXに通達。フェイズ2(情報収集)へ移行する。……周囲警戒を厳となせ」

 

すぐに返事が返る。

 

『FOX1了解。何かあれば報告する――』

 

レナは無線機から手を離し、カウンターへ視線を向けてヒフミの後を追った。

 

 

 

――

 

「よいしょ……店主さん! これください!」

 

ヒフミは両手に抱えたグッズをカウンターへ置き、ペロロ様のバックパックから財布を取り出す。

 

店主のロボットは、積み上がった商品を見てレンズを細めた。

 

「相変わらず……気前がいいな、ヒフミ嬢」

 

「えへへ……ありがとうございます」

 

店主は手慣れた手つきで商品をスキャンし、ピッ、ピッ、と軽い電子音を鳴らしていく。

 

レナはさりげなく店内を見回し、監視カメラの位置と、窓から視線が通る角度を確認した。

 

(……露骨だと感づかれる)

 

ヒフミは会計端末にカードを差し込みながら、自然な調子で切り出す。

 

「そういえば店主さん、最近この辺、ちょっと雰囲気変わりました?」

 

「……雰囲気?」

 

「はい。さっき商店街の入口で、知らないグループに止められちゃって……前はあそこ、もう少し平和だった気がするんですけど」

 

「ああ。また……抗争が始まってな。

それも、ただの小競り合いじゃねえ」

 

そこまで言うと、店主はまた商品を箱に詰め始める。

距離はある。だが、“口を閉ざす”ほどではない。

 

「え……抗争ですか?」

 

店主はちらりとレナたちを一瞥し、声を一段低くした。

 

「ああ……何故だか知らんが、今まで見たこともない“未登録兵器”が出回っていてな。

この街のパワーバランスが崩れ始めてる」

 

「未登録兵器……?」

 

「どこから流れてきたのかは知らんが、最近、質のいい重火器や見慣れない装備を手に入れた中堅ギャングどもが、一気に戦力を拡大してシマ争い(領地戦)を始めたのさ」

 

店主はヒフミのノートを丁寧に袋へ入れながら、金属的なため息をつく。

 

「……M.G.がいない所でサクッとおっ始めるから、たちが悪い。

……いつウチの店が巻き込まれるか、ヒヤヒヤものだ」

 

文具の入った袋にテープを貼り、ヒフミへ差し出す。

 

「さっき商店街の入口で絡まれたって言ったな? あのガキども、元は3つ隣のブロックを仕切ってた連中だ。

だが、重武装の対立組織にシマを追われた。今はあんな入口の端っこで、必死に縄張りを守ってるだけの……ただの負け犬(被害者)さ」

 

ヒフミは袋を受け取り、悲しそうに目を伏せた。

 

「そんな……だから、あんなにピリピリしてたんですね……」

 

さっきまで笑っていた不良たちの顔が浮かぶ。

ペロロの話をした時、少しだけ年相応に見えた表情。

スマホを見せながら得意げに店を教えてくれた、あの声。

 

(“悪い人”って、決めつけてたかもしれない……)

 

袋を抱える指先に、少し力が入る。

 

「……ブラックマーケットって、自己責任の世界ですけど……。

“ここで生きるしかない”んですよね……」

 

(私は……選べた。トリニティーに入れた。でも、あの人たちは――)

 

先ほど笑顔で道を開けてくれた彼女たちの背景を知り、胸の奥が痛んだ。

 

店主は返事の代わりに、短く電子音を鳴らす。

肯定とも否定ともつかない、商人らしい相槌だった。

 

一方、レナの頭の中では散らばっていたピースが急速に組み上がっていた。

 

(未登録兵器の大量流入……中堅ギャングの急激な武装化……

意図的に混乱を撒き、誰かがこの状況を作っている。

ここまでの規模は、“企業”にしかできない)

 

レナの赤い瞳が細くなる。

そのわずかな空気の変化を察し、ヒフミが不思議そうに首を傾げた。

 

「……?

レナさん。どうしたんですか?」

 

返事はない。

 

さっきまでのレナは、“怖いけど頼れる人”だった。

だが今の沈黙は違う。

会話を聞いているのに、意識だけが別の“どこか”へ行ってしまったような顔だった。

 

(まただ……時々、急に遠くを見る……)

 

「……レナさん?」

 

レナはようやく視線を戻した。

 

「いえ、お嬢様。何でもございません」

 

ヒフミは首を傾げつつも仕切り直し、店主へ尋ねる。

 

「“大きい荷”が増えてるって、本当ですか? 最近、一週間前にジャンク屋さんでも『倉庫が埋まってる』って聞いて……」

 

不良たちを気遣う顔から一転、今度は好奇心旺盛な買い物客の顔だ。

この切り替えの早さも、彼女の武器なのだろう。

 

だが店主のレンズはヒフミを通り越し、はっきりとその後ろのレナを捉えた。

 

「おたくら……そっちが本題か。もう、その猿芝居はやめろ」

 

店の奥で商品を見ていたスイが、冗談を言いかけて口を閉じる。

リノは無言で姿勢を正し、メイの気配が鋭くなる。

 

空気が一段、重くなった。

 

ヒフミの肩が、びくりと揺れる。

 

(あ……踏み込みすぎた)

 

咄嗟にレナを見る。

怒られるかもしれない。呆れられるかもしれない。

そんな不安が、喉を締めた。

 

だがレナは一歩前へ出ただけだった。

迷いも苛立ちもない動きで、ヒフミを半歩ぶん庇う位置に入る。

 

その背中を見て、ヒフミは小さく息を呑んだ。

 

レナはカウンターに肘をつく。

先ほどまでのぎこちない執事の面影は消え、戦場を知る暗い瞳が店主を射抜く。

 

「おい……早とちりするな。“摘発”しに来たわけじゃない。こっちは“危ない物”の行方を知りたいだけだ」

 

店主のレンズが、ジーと音を立てて回り、レナへ焦点を合わせる。

 

「ふん……危ない物ねぇ……その言い方は曖昧すぎる。ここにそんな物は、ごまんとある」

 

「……そうか。なら具体的に言う」

 

レナの声は低い。だが脅しではない。

あくまで“取引”の声だ。

 

「最近、搬入が増えた“揮発性の高い薬品”の荷だ。銃や爆弾じゃない。もっと嵩張って、保管に気を使う類いの荷物――心当たりはあるか?」

 

「そんなことを聞いてどうする」

 

「ここが灰になったら、お前も困るだろう」

 

「……」

 

店主は沈黙した。

数秒――店内の明るいBGMだけが、やけに響く。

 

やがて彼は、カウンターを軽く指で叩いた。

 

「……ある」

 

その一言に、ヒフミが息を呑む。

 

「ただし、詳しいことは知らん。運び屋から噂を聞いただけだ。

いや、知ってても言わん。ここは“知りすぎない”ことが長生きのコツだ――」

 

「――手がかりだけでいい」

 

レナが即答する。

 

「荷の出入りが増えた区画、時間帯、運び屋の癖。そこまで分かれば、お釣りが来る」

 

店主は動かなかった。

レンズがゆっくり絞られ、カウンターの指先が一度だけ叩く。

 

「……その話、タダでは言わん」

 

「いくらだ」

 

「金じゃない。保証だ」

 

店主の声が一段低くなる。

 

「もし俺が喋ったと知れたら、ウチの店はその日に終わる。連邦もSRTも、ここには手が届かない。分かってるか?」

 

レナは一拍も置かなかった。

 

「情報源は秘匿する。これは私の流儀だ」

 

「……流儀、ね。それだけじゃ、足りねぇな」

 

「これは非公式の作戦だ、我々はここで”火遊び”をしている」

 

店主のレンズが、ゆっくりレナの顔を上から下まで走る。

数秒。BGMだけが流れた。

 

その後、店主は鼻で笑うような電子音を鳴らした。

 

「――はっ!……アンタ、本当に生徒か?」

 

「……便宜上はな」

 

「便宜上……?

気に入った。アンタも何かを抱えていそうだ……。

正直、ウチも限界でな。誰でもいい、この流れを止めてくれるなら少しは喋る」

 

店主は一枚の地図をカウンターに置き、油性ペンで印をつける。

 

「……いいか?

まず一つ。南側の外れ――旧整備区画。昼間は死んだように静かだが、最近、夜だけシャッターが開く倉庫がある」

 

ペン先が四角を描いた。

 

「二つ。運河沿いの薬品倉庫群。薬品なんて名ばかりで、今は半分空だ。だが先週から警備が増えた。半分空なのに、だ。……なぜ増やす必要がある」

 

一つのエリアを丸で囲む。

 

「三つ。企業所有のジャンクヤード。ゴミを積んでいないトラックの出入りが多いらしい。

……ジャンクなのにゴミがない。不思議な話だな?」

 

レナは地図を覗き込み、頭の中で線を引く。

 

(兵器なら、どれかが保管庫……あちこちに分散している……

どれも条件は合う。だが、不自然だ)

 

「一つ聞きたい。最近、その三カ所で“タコ野郎”を見たのは?」

 

店主のレンズが、ほんのわずかに絞られる。

 

「南だ……旧整備区画。スーツ姿じゃなかったが、明らかに浮いてる連中を見たって話だ」

 

「そう思う根拠は――?」

 

「――足捌きだ」

 

店主は即答した。

 

「足捌き?」

 

「ここの住人は皆、“売り買い”の歩き方をする。だが、そいつらは違った。おたくらと同じだよ……探る歩き方だ。

 

目線が先に動く。壁際を取る。角で止まる。『知ってる連中』だろう……その目撃情報で皆、警戒してる」

 

レナの赤い瞳が、わずかに細まる。

 

ヒフミはその横顔を見て、背筋に何かが走るのを感じた。

それが殺気なのか、自分の汗なのか分からない。

 

(レナさんは、一体……)

 

レナの周囲だけ、空気が冷えていく。

怒っているわけじゃない。

怖い、でもない。

 

もっと深い、暗い底から、何かが浮かび上がってくるような顔だった。

 

(企業の暴力装置……)

 

嫌というほど覚えがある。

思い出したくもないのに、身体の方が先に思い出す。

 

(角を切る足運び。死角を見る目。ただの社員じゃない。――同業者だ)

 

過去は告げる――まだ終わっていない、と。

あるはずのない乾いた血の匂いが、レナの鼻腔の奥にこびりつく。

 

血は血を呼び、命に貨幣の貌を刻む。

殺し、殺され、また殺す。

宿業は輪となり、鎖となって、頸を絞めてゆく。

この身を灼く闘争。

業火はなお、潰えない。

 

(カイザーPMC。奴らの……傭兵)

 

レナは拳を、硬く握り締めた。

赤い瞳の奥の闇に、かすかな火が灯る。

 

その瞬間、レナの無線機が短く震えた。

 

『――FOX1よりWOLF1。報告。店の向かい、青い外套を羽織った猫(獣人)が三分前から停滞。入店せず、反射ガラス越しに内部を観察している』

 

その情報は――企業が動き出した合図だった。

 

ユキノの報告で、店内の空気が一変する。

 

スイが棚の影へ寄る。

リノの視線が窓へ流れる。

メイが背中のシールドに手をかける。

 

ヒフミがレナの背中へ隠れようとした瞬間――

 

「感づかれる。お前は堂々としていろ」

 

レナが制した。

 

「す、すいません……」

 

ヒフミは反射的に、抱えた袋を胸へ引き寄せる。

 

ついさっきまで、文具店で買い物をしていただけのはずなのに。

同じ場所が、急に“作戦現場”へ変わってしまった。

 

(……私、今……

本当に、とんでもない人たちと一緒にいるんだ……)

 

レナは手元のデジタル時計へ目を落とす。

 

(1453時……。

一度飯を挟んで、相手の出方を窺う)

 

文具店のガラスに、午後の光が斜めに差していた。

 

マイクをオンにした。

 

「待機だ、FOX1。アクションは起こすな」

 

『了解。監視を続ける。アウト』

 

チャンネルを司令部へ切り替える。

 

「――OVERLORD、こちらHUNTER1-1。監視の目が付いた。UAV(無人偵察機)の支援を求む。オーバー」

 

(……情報は十分だ。

未登録兵器の流入、抗争の激化、企業の影。

候補は三つ――本命は南側、旧整備区画……)

 

ふと、マカロンの甘さが舌の奥に残っていることに気づいた。

戦場の匂いと、甘味の余韻が、同じ口の中に同居している。

 

(……UAV到達は、およそ1503)

 

展開は、次の段階へ移行する――





時間の整合性を整えるのが面倒くさ過ぎます。
もう二度と描写したくないですね……。
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