白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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続きでございます。


第30話 索条

 

 

「――OVERLORD、こちらHUNTER1-1。監視の目が付いた。UAV(無人偵察機)の支援を求む。オーバー」

 

『HUNTER1-1、こちらOVERLORD、了解。UAV進路変更、ETA(到着予定時刻)10分――』

 

その通信に割り込むように、ニコの飄々とした声が響く。

 

『ブレイク、ブレイク――こちらFOX2、補足だよ。右耳に通信機を確認』

 

店内の空気が凍る。

ヒフミが息を呑む。——その音だけが、やけに大きかった。

リノの手が腰へ行きかけ、スイの笑みが消える。

 

レナは一切表情を変えず、部隊内無線に切り替える。

 

「WOLF1了解。監視を継続。接触はするな。オーバー」

 

『FOX2了解。アウト』

 

無線を切ると、レナは地図を折って胸ポケットへ入れた。

 

「……店主。今日は聞かなかったことにする」

 

「……何を言っている?

最初から、何も話してないぞ」

 

「ヒフミ、一旦買い物は終わりだ。行くぞ」

 

「は、はい!」

 

ヒフミは袋を抱え直し、緊張で背筋を伸ばす。

 

店主は包装紙を重ねるふりをして、口だけ動かした。

 

「……旧整備区画に行くなら、表通りからは入るな。 そこより手前の東側、17番地の細道を使え。

そのまま進めば監視塔の死角に出る……」

 

レナは一歩カウンターに近寄り、窓の外を眺める。

 

「借りは作らない主義だ……少し待て」

 

ジャケットの下に手を滑らせ――

畳んでいた予備の封筒を振り返りざまにカウンターに置く。

 

「釣りは要らん」

 

店主は封筒とレナの背中を交互に見つめ、静かに受け取った。

 

「……次来たらサービスしてやる」

 

レナは背を向けたまま、短く手を上げて応えた。

 

「――集合!ダイヤモンドフォーメーション!

……“お嬢様の散財帰り”だ」

 

ヒフミは袋を抱えたまま、こくこくと頷く。 だが、その指先にはまだ僅かな震えが残っていた。

 

レナはそれを横目で見て、声量を落とさずに言う。

 

「ヒフミ。今のお前は“客”だ。 怯えるな」

 

「えっ……あ、は、はいっ……!」

 

一拍遅れて、ヒフミの表情がいつもの明るく少し抜けた調子に戻る。作り物めいてはいるが、素人目には十分な偽装だ。今は何よりも、“それらしく見える”ことが重要だった。

 

レナが先頭、右にリノ、左にメイ、後端にスイ。

ヒフミはレナの左斜め――レナの手が届き、メイの盾が覆う“最も安全な位置”にぴったりと張り付いた。

 

店のベルが鳴り、五人は通りへ出る。

 

通りを行き交う住人は、金持ちの小娘と護衛だと早合点して、視線だけで道を開けた。

 

午後の薄光に負けじと、毒々しい色のネオンが滲んでいる。

湿り気を帯びた路面。

廃棄された機械油の匂い。

遠くで木霊する、誰かの怒鳴り声。

入り組んだ路地の奥で、重たい金属が打ち捨てられる音。

 

ブラックマーケットは、先ほどと何も変わっていない顔で彼女たちを迎えた。

 

――だが、さっきまでとは決定的に違う。

 

(……肌を撫でるような、粘り着く視線の感触)

 

FOXの報告通り、確実に見られている。

だが、向こうは“こちらの目的”ではなく、“こちらの存在”を見ているだけだ。

監視は疑いで止まり、確信には届いていない。

 

捕まえるのは簡単だ。だが、今は駄目だ。

ここで接触しても、ただの尻尾切りで終わる。 本線には辿り着けない。

 

必要なのは糸を辿り、針先まで行き着くことだ。

 

「FOX1、レポート」

 

レナは唇の動きを最小限に抑え、無線に囁いた。

 

『――こちらFOX1。対象は依然として向かい側にいる。

角のミラー越しに店の出入口を確認し、そちらから見えないようにしている。

間違いない……訓練されている』

 

『――こちらFOX2、またまた補足情報だよ。耳のインカム、やっぱり市販品じゃないね。小型で耳裏配線、骨伝導っぽい。たぶん企業系の支給品(プロユース)かな』

 

ユキノの報告に重ねるように、ニコが淡々と情報を足す。

 

レナは歩幅を変えず、ヒフミとの歩調を維持した。

 

(……表向きは、あくまで“無登録兵器”の調査と、情報提供者の護衛。……適当に情報を掴ませるか)

 

「FOX、監視を中断。合流しろ。

”戻って飯を食べる”」

 

『飯?……意図を確認したい。オーバー』

 

ユキノの声が低く返る。

 

「こちらが警戒していると悟らせるな。

いいか、今のお前たちは収穫が無かった”別働隊”だ。……奴を泳がせて、巣へ帰らせる。オーバー」

 

一瞬の沈黙の後、ユキノが応じる。

 

『……FOX1了解。警戒態勢を解除。合流する』

 

「雑談をしながら戻れ。油断を演じ、深入りさせろ」

 

『――了解』

 

レナはちらりと通りのガラスに映る反射を見る。 青い外套は、物陰から露店の後ろに位置をずらしていた。

 

「レ、レナさん……この後は、このまま旧整備区画に向かうんですか?」

 

ヒフミが小声で問う。

 

「……向かう。

だが、行くのは私たちじゃない」

 

「……え?」

 

「相手だ」

 

レナの答えは短い。 ヒフミは意味を測りかねて、瞬きを繰り返した。

 

その横でメイが、通りの先を眺めたまま軽く口を開く。

 

「んー……釣り糸って感じ〜?」

 

「似たようなものだ」

 

後ろのスイがぼそっと言う。

 

「じゃあ今の僕たち……エサ?」

 

レナは振り返り、スイの重装備を一瞥して一言。

 

「……お前は物騒すぎる。見えすいた毒餌だな」

 

「……うわ、酷いね」

 

短いやり取り――

だが、その軽口でWOLFの呼吸が戻る。

その空気にヒフミは一度だけ深く息を吸い、肩の力を落とした。

 

レナは商店街の入り口で足を止め、ヒフミへ視線を向ける。

 

「お嬢様。少し遅めの昼餉の候補を申し上げます。

戦闘糧食一型、二型、三型……それと、粉末コーヒー。

味の保証は致しかねますが、栄養価は十分です」

 

ヒフミは一瞬きょとんとしたが、徐々に顔が引き攣った。

 

「戦……?え……それって……お弁当ですか?」

 

「はい、要するにレーションです。最高の弁当でございます」

 

レナは真顔のまま言い切った。

 

ヒフミの顔が、見る見るうちに曇る。

 

「レーション……

そ、それはちょっと……夢も風情もないというか……」

 

「作戦行動中に風情を求めるな。死ぬぞ」

 

「言葉がッ……強いッ……!」

 

ヒフミの悲痛な叫びに、メイがくすっと笑いを漏らし、リノは呆れたように肩を竦めた。

 

「物も言いようですね……隊長、それは“お嬢様の買い物帰り”には見えないんじゃないですか?」

 

「そうか?……だがレーションは、一日の作戦行動に必要なカロリーが――」

 

レナの言葉を遮るようにヒフミが躍り出た。

 

「はい!はい!……わ、私!いい考えがあります!」

 

突然の提案に、WOLFチーム全員の視線が刺さる。

 

「う……えっと……そう!屋台です!屋台!

美味しいケバブ屋さんを知っています!

そこで一緒に情報収集しちゃいましょう!

もしかしたら、そこの店主さんも何か情報を持っているかもしれません!」

 

ヒフミが半ば強引に提案する。

レナは数秒考え――小さく頷いた。

 

「……ケバブが何なのか知らんが……案内しろ。

端から見れば、女子高生が呑気に買い食いしてるように見えるだろう――」

 

レナが振り返ると、通りの向こうからFOXチームが歩いてくるのが見えた。

命令通り、大きな声で他愛もない会話を交えながらこちらへ向かってくる。

 

 

――

 

ユキノを先頭にオトギとクルミが言い合いをし

ている。

横を歩くニコは困ったように苦笑いをしていた。

 

重武装の少女たちが場違いな会話を、場違いな場所で繰り広げる。

その異様な光景に、すれ違ったゴロツキどもは不気味がって距離を置いた。

 

「いや、しかしね……?客観的データに基づけば――」

 

「なによ!『たけのこの県』の方がクッキーのサクサク感とチョコのバランスで上よ――!」

 

「いや……たけのこは、クッキーの主張が強い。やっぱりチョコとクラッカーの分離感が楽しい『きのこの岳』だよ」

 

「はぁ!?何言ってんの!クッキーとチョコの一体感が良いのよ!」

 

二人は、キヴォトス全土を二分すると言われる「お菓子の優劣」を決めようと、まるで重大な作戦会議のように必死だ。

 

クルミがニコに近付く。

 

「ねぇ、ニコはどうなの!

きのこ、たけのこ、どっちが好き!?」

 

突然話を振られ、ニコの肩がビクッと跳ねる。

 

「え!?……あは、えーっと……私は、どっちも美味しいと思うよ?」

 

ニコの当たり障りのない回答に二人は呆れたような顔を浮かべる。

 

「はあ……美味しいのは当然なんだよ、ニコ。そういうのは良くない。こっちは真面目なんだ」

 

「ホントよ。アンタに聞いたのは間違いだったわ」

 

「えぇ……そんな」

 

「――ねぇ、ユキノ!

きのこ、たけのこ、どっちが好き!?」

 

今度はユキノに飛び火した。

 

「……すまない。私はトップ派なんだ」

 

その予想外かつ斜め上の返答に、オトギが深く頷く。

きのこたけのこ論争は一旦の休戦を迎えたようだ。

 

「あーなるほど。最後までチョコたっぷりだもんね」

 

「確かに、トップ美味しいわよね」

 

その一連のやり取りを拾い、レナの獣耳がピクリと震える。

 

(……「きのこ」と「たけのこ」 何の話だ……?

意図は分からんが、実に自然だ。役者顔負けの演技力だな)

 

 

 

――

 

――???

 

「ただの日常会話だ……」

 

青外套を羽織った猫の獣人は、右耳の裏に這わせたインカムの配線に指を触れる。

市販品にはない、肌に張り付くような微かな熱。

”企業”から支給された軍用規格の感覚だ。

 

「――こちら『ビッグフット』。対象は別働隊と合流。警戒を解いた模様」

 

無線の彼方から、ノイズ混じりの機械的な声が響く。

 

『了解した。事前資料通りだな……白狼の動向は?』

 

「隊形は菱形。中心に“案内人”と思われる一般生徒(阿慈谷ヒフミ)を配置」

 

(端から見れば、金持ちの令嬢と物々しい護衛。だが……)

 

ビッグフットは目を細めた。

 

『先ほど文具店で粘っていたのも、ダミーの買い物を装った情報収集と見て間違いない……監視を継続。何かあれば報告しろ』

 

「了解。尾行を再開する」

 

 

 

――

 

昼下がりの光が傾き始める頃——

 

ヒフミ案内のもと、調査隊一行はブラックマーケットのメインストリートである大通りまで足を進めた。

すると遠方に、派手な装飾が施されたキッチンカーが鎮座しており、その前にはすでに人集りができているのが見えた。

 

キッチン内には巨大なグリルオーブンとその中で脂を滴らせながら回転する巨大な肉の塊。

店主と思わしき「くたびれたアロハシャツを着たロボット」が巨大なナイフで肉を削ぎ落してから鉄板の上で手際よく温め直している。

 

そこから立ち昇る煙は、油と香辛料の香ばしい匂いを混ぜて、BMの空気を上書きしていた。

 

「おー!美味しそう❦

こういうの食べてみたかったんだ〜❦」

 

メイが目を輝かせ、リノも香ばしい香りに顔を綻ばす。

 

「うーん……いい匂いですね。ミレニアムにもオートダイナー(全自動調理自販機)はありますが、人の手が入っているのは珍しいです」

 

スイは重たい機関銃を抱えたまま、鼻をヒクつかせて言った。

 

「隊長、アレは絶対美味しいやつだよ」

 

どうやらWOLFチームの中にケバブを食べたことがある奴はいないようだった。

 

既にできている列の後ろに完全武装のSRT隊員8名が連なり、周囲の視線が一点に集まる。

 

ヒフミはその状況にたじろいでいる。

 

「あ……あはは。なんだか、居心地が悪いですね……」

 

「……気にするな。目立つのは承知の上だ」

 

肉を焼く鉄板の上で脂が弾け、客の列がゆっくりと前へ動く。

——並ぶ、という行為は便利だ。

 

立ち止まっても不自然じゃない。周囲を見回しても、ただの待ち時間に見える。

レナはヒフミの肩越しに、反射ガラスへ視線を滑らせた。

 

青い外套は道路の向こう側、ビル影に隠れてショーケースを鏡代わりにしている。

 

(……それにしても、随分デカい肉だな)

 

――無線機が鳴る。

 

『――HUNTER1-1、こちらOVERLORD。UAV《リーパー》、Heading(機首方位) 190、Angel(高度) 15。

IP(侵入地点) メイヴィスを通過、指定空域へ侵入中。オーバー』

 

「HUNTER1-1、了解――」

 

 

――数分後。

 

 

『OVERLORDよりHUNTER1-1。UAV、作戦エリア上空に到達した。オーバー』

 

「HUNTER1-1了解。基準点は我。方位北北西。道路向かいの四階建てビル、一階自販機裏。青い外套の猫獣人一名。確認できるか。オーバー」

 

『……スタンバイ。光学、赤外線へ切り替える』

 

――数秒のノイズ。

 

Visual Target(目標視認)

青い外套の猫獣人を確認。該当目標で相違ないか。?オーバー』

 

「……相違なし。オーバー」

 

『了解。以後、対象を“PM1”と呼称。HUNTER1-1、追加の指示はあるか?オーバー』

 

「PM1を継続監視。対象に動きがあれば即時報告。オーバー」

 

『OVERLORD了解。何かあれば即時コールする。

UAV、On Station(指定位置に配置)。旋回監視へ移行――』

 

一拍。

 

『……Orbit(旋回)確立。PM1をマークした。アウト』

 

レナはケバブ屋の派手な看板を見るふりをして、遥か上空の厚い雲に視線を滑らせた。

 

高度15.000フィート(上空約4500メートル)

もちろん地上から肉眼で確認することなど不可能な距離だが、確かにそこに「眼」が存在し、音もなく赤外線カメラのレンズが地上の獲物を見下ろしている。

 

――狩る側と狩られる側が、完全に逆転した瞬間だった。

 

レナは視線を戻し、列の進み具合を確認する。

一歩、二歩――前へ。

 

鉄板の上で脂が弾け、食欲をそそる音を奏でる。

すると店主が薄い半円状の何かを取り出し、白い袋に収めた。

その中に野菜と湯気を上げる肉を敷き詰め、上から軽くソースを振りかけた。

 

テープで軽く留めると、先頭にいる不良生徒に手渡した。

 

「ハイよ――!お待ちどう!」

 

「サンキューおっさん!」

 

彼女はケバブを受け取ると、笑顔を浮かべて列から離れていった。

 

次の客が一歩前に出る。

列が動き――その度に視線も動く。

 

(……まだ動かないか)

 

先頭にいるヒフミが喉を鳴らした。

 

「わぁ……お腹空きました……早く食べたいですね……!」

 

そんなヒフミの後ろにいるレナは、視線だけで周囲を撫でた。

列に並ぶ客。屋台の裏手。道路の反対側――ショーケースの反射。

 

青い外套は、まだ“そこ”にいる。

 

メイがヒフミをちらりと見て、軽い調子で囁く。

 

「ねえヒフミちゃん、辛さって選べるのかな〜? 激辛とかあるなら挑戦してみたいかも❦」

 

「も、勿論ありますけど……無茶しない方がいいのでは……」

 

「だいじょうブイ!私、辛党だからねぇ〜❦」

 

後ろからスイが恐る恐るヒフミに質問を投げる。

 

「ねぇ、ヒフミ。甘いソースってある?」

 

「私は”ソースなし派”なので、詳しくは分かりませんが……ヨーグルトベースのソースがありますね」

 

「おお、いいね。食べやすそう」

 

列がさらに進み、いよいよ彼女たちの番が回ってきた。

 

「ハイハイ!次の人!

――おや!久しいネ!お友達もいっぱいだネ!」

 

店主が、トングをカチャカチャと鳴らしながら愛想よく尋ねてくる。

 

「はい!お久しぶりです!」

 

「何にする?」

 

「”いつもの”で!」

 

ヒフミが慣れた様子で注文する。

 

「ハイハイ!ソースなしネ!他は!」

 

「あ。僕はヨーグルトソースで」

 

スイが気怠げな声で、カスタマイズを要求する。

 

「じゃあ〜私は激辛で❦ 」

 

「わ……私は、普通でお願いします。あまり冒険はしたくないので……」

 

ノリノリのメイとは反対に、リノは無難な選択をした。

 

「ハイよ!ヨーグルトに激辛、それと普通ネ!」

 

注文を受けた店主は、最後にレナへと視線を向ける。

 

「そこの白髪さんは?普通でOK?」

 

「……ああ。それで頼む」

 

レナは無表情のまま頷き、懐から千円札を数枚取り出してまとめて支払いを済ませた。

これも「お嬢様の護衛」としての経費(偽装)だ。

 

数分後。

全員の手に、湯気を立てる紙包みが渡された。

 

(匂いはそそるが……何の肉だ?)

 

「店主。これは何の肉を使っている?」

 

レナの質問に店主は、頷きながら答える。

 

「牛と羊だネ!大丈夫!豚は使ってないよ!安心信頼のケバブだネ!」

 

「……そ、そうか……宗教上の理由ではない。ただの確認だ」

 

レナは短く頷き、列から離れた。

次はFOXチームが注文する番だ。

 

「何にするかな〜」

 

オトギが一歩近寄り、メニュー表を眺める。

 

「野菜多めで!」

 

「ハイよ!」

 

オーダーを受けた店主が肉を削ぎ始めた。

オトギは隣りでメニューを眺めるクルミに提案する。

 

「クルミ、激辛だって!」

 

「うっさいわね……食べないわよ。

あの!ガーリックソースを一つ!」

 

「ハイよ!ガーリックネ!――他は?」

 

ユキノとニコも近寄りメニューを眺めた。

 

「そうだな……」

 

ニコは料理人らしい理由を上げる。

 

「私は、ソースなしにしようかな〜。どんなスパイス使ってるか参考にしたい」

 

店主がトングを鳴らして笑う。

 

「通だネ!じゃ、肉多めにしとくよ!」

 

「やった。ありがとう」

 

ユキノが一瞬だけ眉をひそめ、メニューを指差した。

 

「私は……辛さは控えめでいい。ガーリックと、野菜多めにしてくれ」

 

「ハイハイ!ガーリック、野菜マシマシネ!」

 

――数分後。

 

「ハイよ!お待ちどう!」

 

ユキノが受け取った紙包みから、湯気がふわりと立ち上った。

ガーリックと肉の脂、香辛料――甘い煙が鼻先にまとわりつく。

 

「……匂いだけで食欲が湧くな」

 

ユキノが珍しく率直に呟いた。

 

ニコは包みを軽く持ち上げ、端を指で押して感触を確かめる。

 

「凄い……中身がぎゅうぎゅうだね。お腹いっぱいになりそう」

 

「はいはい、講評は後でいいから早く行くわよ」

 

クルミが小さく笑い、列から離れるよう促す。

 

 

 

――

 

一行は、キッチンカーから少し離れた、壁際の空きスペースに移動した。

通行の邪魔にならず、屋台の喧騒と匂いがカモフラージュになる位置。

レナは壁を背にせず、半身で立つ。

視線は紙包みではなく、人の流れと反射面――ショーケース、ガラス、車の窓――を順に撫でていた。

 

ヒフミは紙包みを胸の前でそっと開き、湯気に目を細めた。

 

「わぁ……あったかい……!」

 

メイが躊躇なく齧りつく。

 

「んっ辛い、美味しい ……❦」

 

スイは変人を見るような目を向けつつ包みを捲り、小さい口で噛じる。

 

「うわ……ソース赤っ……よく食べられるね……

はむ……うーん。さっぱり、いいねこれ」

 

リノも恐る恐る一口。

次の瞬間、目を瞬かせた。

 

「……スパイスが効いてて美味しいですね。脂が切れて食べやすいです」

 

合流したFOXチームも、それぞれに包みを開く。

 

「うん……!このお肉、すごくジューシー!」

 

クルミが目を輝かせて頬張る。

 

「ふむふむ……クミンとコリアンダー、それにチリパウダーかな。絶妙なバランスだね」

 

ニコは包みを片手に、真剣な顔でスパイスの配合を分析し始めている。

 

「ニコ、分析してないで食べなよ……って、ちょっとユキノ、口元にソースついてる」

 

「え?……あっ」

 

オトギに指摘され、ユキノが慌ててハンカチを取り出した。

 

完全武装の精鋭部隊が、壁際でケバブを頬張り、口元のソースを拭き合っている。

どこからどう見ても、ただの仲の良い女子高生たちの買い食い風景だった。

 

――無線機が鳴る。

 

『OVERLORDよりHUNTER1-1。PM1が移動を開始。人混みに紛れて横断歩道を渡った。ケバブ屋の背後を通過。貴隊の直後方に位置。注意せよ。オーバー』

 

レナはさりげなく、最小限の動きで応じる。

 

「……了解」

 

(奴は……聞き耳を立てている。距離はおよそ……3メートル。背中の壁の向こう側だ)

 

レナは視線を動かさず、仲間へのハンドサインも出さなかった。今ここで下手に警戒を伝えれば、勘のいいヒフミの空気が固まり、背後の敵に悟られる。

レナは包みを持ったまま、あくまで自然に、一口だけ齧った。

噛むたびに香辛料が鼻を抜け、肉の脂が舌に残る。

 

(……こういう場所にしてはまともな肉だ。腐っていないし、血の味もしない)

 

ケバブ屋の店主の営業努力に対して、なんとも失礼な評価である。

 

(……ケバブ屋が落ち着き次第、餌を蒔く)

 

また一口噛じる。

 

(美味い……)

 

「――みんな聞け、食べながらでいい。お嬢様の提案通り、ケバブ屋の混雑が落ち着き次第、店主に聞き込みを行う」

 

レナは、わざと少しだけ声量を上げた。

周囲の喧騒に紛れる程度。だが――背後の“耳”には届く程度。

 

「聞き込み……?」

 

クルミが小声で復唱する。

 

「そうだ。武器の流通ルートを絞る。……まず“ここで”小さな情報を拾い、次の動線を繋ぐ」

 

レナは包み紙を指先で整え、わざとらしくない程度に視線を屋台へ戻した。

 

(背後の耳に“聞き込み”という単語を渡した。――あとは、店主を使って針を刺す)

 

振り返りざまの一瞬で、ユキノにハンドサインを送る

 

『壁の向こう』

『一名』

『聞かれている』

 

ユキノはただじっと見つめ、ゆっくり頷いた。

 

「でもさ〜。ケバブ屋さんって、武器の話とか知ってるのかな?」

 

メイが口元を拭きながら、軽く首を傾げた。

 

「知ってるかどうかは、こちらが決める」

 

「……こわ」

 

スイが半目で呟き、もう一口かじった。

 

ヒフミは不安げに袋を握り直す。

 

「あ、あの……ケバブ屋の店主さん、見た目はくたびれてますけど、意外と顔が広いんです。屋台って、色んな人が来ますから……」

 

「……そうか」

 

レナは短く頷き、あくまで“買い食いの途中”の顔を崩さない。

 

――無線。

 

『OVERLORDよりHUNTER1-1。PM1がポケットから端末を取り出し、操作中。録音の可能性あり』

 

レナは頬張ったまま、わずかに瞼を落とした。

 

(……録音か、都合がいい)

 

録音――“聞いた”という証拠を、向こうに持たせる。これで、疑い深い企業が確実に動く”スパイス”となる。

企業というのは、疑いだけでは動かない。「証拠」と「損失の予感」が揃って、初めて腰を上げる。

 

奴が録音を持ち帰れば、上は「情報が漏れた」と判断する。

そうなれば次の行動は一つだ――証拠隠滅のために、人を動かす。

見つけるのはずっと簡単になるだろう。

 

口元の包みを少し下げ、喉を鳴らす。 “ただの雑談”の延長にしか聞こえない程度の声量で、レナは言った。

 

「ヒフミ……」

 

「は、はい!」

 

「ケバブ屋の列が落ち着き次第、店主に探りを入れてくれ。……例の候補地だ。

どこに怪しい荷が出入りしているか、さり気なくな」

 

「ま、任せてください!」

 

ヒフミが胸の前で小さくガッツポーズを作るのを見て、レナはほんの僅かに頷いた。

 

「頼んだ」

 

全員がケバブを食べ終える頃には行列もなくなり、店主が一息ついているのがキッチン内から見える。

 

レナは包み紙をゴミ箱に捨て、行動に移った。

 

「総員、休息は終わりだ。任務に戻るぞ」

 

「「「了解」」」

 

レナはわざと一拍置いて、頷いた。

 

「――お嬢様」

 

「はいっ!」

 

 

 

――

 

昼の時間が終わり、夕方に差し掛かる直前。列が完全に切れたタイミング。

キッチンカーの奥で店主が鉄板をヘラで擦り、焦げを落としている。

油と香辛料の匂いはまだ濃いが、空気は一段だけ軽くなっていた。

 

ヒフミはキッチンカーに近付くと両手を合わせ、にこっと笑う。

 

「店主さん!ご馳走様でした!ケバブ美味しかったです!」

 

「ヘヘ。そりゃどうも。

……今日のお友達は物騒ネ。緊張でバッテリーに穴が開くよ」

 

店主はロボットジョークを混ぜ、ヒフミの後ろで連なるレナたちの武器へ視線を向ける。

だが、すぐに鉄板へ視線を戻す。仕事の手は止めない。

 

(この店主……知っている目だ。少なくとも、ただテキ屋ではない)

 

レナは前世の記憶から、その油まみれのアロハシャツの奥に潜む“同類”の気配を察知した。

 

ヒフミは、肩をすくめて苦笑いする。

 

「えへへ……護衛さんです。最近は治安が悪いじゃないですか。それがちょっと怖くて」

 

「この辺は“怖い”で済めば優しい方だネ。……で? 何が怖い?」

 

店主はヘラを置き、布で手を拭きながら、わざとらしくない距離でカウンターから身を乗り出した。

 

「最近、物流の流れ……変わってません? 前より夜に動く車が増えた気がして、怪しい物が動いてそうな気配を感じます」

 

「……へぇ。物流ネ」

 

店主のレンズが細くなる。

“情報の匂い”に反応した顔だ。

 

「ウチは飯屋だよ。荷物より腹の減り具合の方が重要ネ……だが、まぁ……」

 

店主は顎に手を添え、悩む素振りを見せた。

 

「仕入れ先から聞いた話ネ。確証はない。不思議な物が追加されたって」

 

「不思議……?」

 

店主は指を空中に立て、順に答える。

 

「洗剤……溶剤……変な部品」

 

「洗剤、溶剤?……何の関係が?」

 

ヒフミが不思議そうに首を傾げる。

 

「さあ?知らないネ。掃除でもするんじゃない?」

 

「そ、それを運んでいるのは何ですか?」

 

曖昧な質問をする。

 

「……荷台付きの黒いトラック……何のロゴもないから、どこの会社か分からないけどネ」

 

「なんだか嫌な匂いを感じます……。

店主さん。黒いトラックの出入りが多い所はどこですか?

危ない所を避けるための……参考にしたいんです」

 

ヒフミの問いに、店主は鉄板の上の肉片をヘラで小突いた。

 

「……恐らく、南だネ」

 

声が一段、低くなる。

鉄板の弾ける音に紛れさせるような、小さな声だった。

 

「南寄りの……旧整備区画のあたり。

黒いトラックが行くのは、聞いた限りだとそこだけだネ。……近づかないことだ。

いいかネ?ここまで素直に言ったのは、お嬢ちゃんたちのためだ、迂闊に近付くんじゃないよ」

 

(……これで確定した)

 

レナは無表情のまま、心の中で快哉を叫んだ。

先ほどの文具店で得た情報と完全に一致する。そして何より――このやり取りは、壁の向こうにいる「耳」に確実に届いているはずだ。

 

「分かりました! 近付かないように気をつけます。店主さん、有益な情報をありがとうございます!」

 

ヒフミがぺこりと頭を下げると、店主は「ハイハイ、気をつけるんだヨ」と軽く手を振った。

 

レナはヒフミの肩を軽く叩き、踵を返す。

 

「行くぞ。……これでお嬢様の不安も解消されただろう。危険な『旧整備区画』は避けて、安全な道を通って帰るとしよう」

 

レナのその言葉は、誰に宛てたものか。

WOLFとFOXの面々は、その真意を完璧に理解していた。

 

「「「了解」」」

 

一行はケバブ屋台を離れ、再び大通りの人混みへと紛れていく。

 

――無線機が鳴る。

 

『OVERLORDよりHUNTER1-1。PM1が急速に離脱。釣り針に掛かったようだ。オーバー』

 

その報告を聞き、レナの口角が僅かに上がる。

 

「HUNTER1-1了解。追跡を継続しろ。続報が入り次第、送れ。オーバー」

 

『OVERLORD了解。PM1の追跡を継続する。アウト』

 

通信を切ると、レナはヒフミと、周囲を固める部隊員たちに短く告げた。

 

「……表向きは、このままコインパーキングへ直行し、ハンヴィーで休息を挟む。お嬢様の買い食いツアーは無事終了、というわけだ」

 

「じゃあ、休んだ後は帰るの?」

 

オトギが首の後ろで手を組みながら、”わざと”気の抜けた声で問う。

 

「まさか。敵が“巣”へ帰り、サーモバリックの証拠隠滅に忙殺されている隙を突く。……ヒフミ、パーキングに向かうルートの途中で、例の『17番地の細道』へ分岐できるか?」

 

ヒフミはコクリと頷いた。

 

「はい。大通りを跨いで、すぐ左の路地に入れば、直通で17番地まで抜けられます」

 

「上出来だ……。

聞け――これよりチーム分けを行う。リノ、オトギ、お前たちは別で動け。

まずは、指定のポイントを目指した後、旧整備区画の倉庫群を見渡せる所に行ってもらう」

 

「……りょ、了解」

「了解、小隊長」

 

「メイ、クルミ。お嬢様をハンヴィーまでお連れしろ。ここから先は荷が重い」

 

「イエスマム」

「はいはい、任されたわ。ほら、行くわよヒフミ」

 

クルミがヒフミの腕を引く。メイはすでに半歩先を歩き、周囲へ視線を流していた。

 

「あ、はい……っ! レナさん、皆さん……どうかお気をつけて!」

 

その顔には、不安と、言葉にならない何かが混ざっていた。

ヒフミの切実な声に、レナは短く頷くだけで応えた。

 

それで十分だった。

 

「残りは私に続け……」

 

「アイコピー」

「……了解した」

「了解」

 

「行動開始!」

 

レナの号令が落ちた瞬間――九人が一斉に動き出した。

 

「OVERLORD、こちらHUNTER1-1。Oscar Mike(移動を開始)

隊を二分して旧整備区画へ向かう。オーバー」

 

『HUNTER1-1、こちらOVERLORD。了解。任務を遂行せよ。オーバー』

 

「HUNTER1-1。ウィルコ。アウト」

 

反転、浸透開始。

獲物を求める狐と狼が動き出す。

 

レナの背後に、ユキノとニコ、スイが影のように続く。

喧騒の中に紛れた女子高生たちの姿は、人混みが重なった次の瞬間には姿を消していた。

 

 

――針は刺さった、あとは手繰り寄せるだけだ。

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