白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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お待たせしました。
やっと原作の話に絡めます。
いやー、ここまで長かったです。


第35話 悪義

 

 

総司令によれば、報告書と暗号化された令状請求を連邦生徒会長へ送ってから、返信が届くまで、一分とかからなかったらしい。

 

異様な速さだった。

 

――まるで最初から、この局面に至るまでのすべてを織り込み済みだったかのように。

 

しかも返答には、『ヴァルキューレ公安局を秘密裏に動かす』と明記されていた。

 

それもまた、防衛室を出し抜くための一手なのだろう。

 

 

 

――

 

――SRT・LAV(装輪戦闘車)車内。

LAV分遣隊コールサイン:WARDOG。

 

無機質な人工光が、D.U.の夜に沈むビル群を白々と照らしている。

 

灰色の車体に青いストライプを走らせた三両の装輪戦闘車が、夜道を力ずくでねじ伏せるように疾駆していた。

総重量およそ十二トン。その巨体を支える大径八輪が、アスファルトを重々しく噛み締める。

ターボチャージド・ディーゼル特有の細かな振動は、無骨なベンチシート越しに背骨を揺らし、腹の底まで鈍く響いていた。

 

先頭車両にはWOLFが乗り込み、レナが全体指揮を執る。

中央車両にはFOX。

最後尾にはEOD(爆発物処理班)第3班が分乗していた。

 

レナたちは左右向かい合わせの座席に身体を押し込み、狭いキャビンの中で揺れに耐えていた。

膝が触れ合いそうなほど窮屈な空間には、出撃前特有の沈黙だけが満ちている。

誰もが口を閉ざし、ただエンジンの轟音と車体の振動に身を預けていた。

 

レナは無線機に手を添え、全体チャンネルへ呼びかける。

 

「WOLF1より各隊。ラジオチェック」

 

『こちらFOX1。5 by 5――!』

 

『こちらEOD第3班、班長。5 by 5――!』

 

「感度良好、了解。まもなくAO(作戦地域)へ進入する。各員、装備の最終確認をしろ」

 

そう言って、真横の砲塔バスケットを数度叩き、車長へ合図を送る。

それを受けて車内灯が切り替わった。

白色灯が落ち、代わって赤色灯が灯る。

赤い光は全員の顔に深い影を刻み、装備の輪郭まで血の色に染め上げていった。

 

EOD隊員たちは、全身を覆う防爆スーツの留め具を黙々と締め直していた。

足元には爆発物処理器材を収めた耐衝撃ケースや、遠隔確認用の機材箱が隙間なく詰め込まれている。

WOLFとFOXもまた、それぞれマガジンと各種装備を、最後にもう一度だけ確かめていた。

 

レナはARのチャージングハンドルをわずかに引く。

 

――カチャ。

 

乾いた音。

チャンバーを覗き込めば、ボルトに噛んだ薬莢がわずかに顔を覗かせていた。

 

その直後――全員のヘッドセットへノイズが走る。

 

『あー……あー……こちらヴァルキューレ公安局、公安第1課。

――主任捜査員、現場指揮官の尾刃です。

現在、封鎖班は第二工場周辺にて待機中。突入班、応答願います――』

 

爆音を遮断するヘッドセット越しでも、その声の鋭さははっきりと伝わってきた。

生真面目さをそのまま刃へ鍛え上げたような声。

あるいは、獰猛な牙を理性で無理やり鞘に収めているようでもある。

 

だが、威勢や対抗心とは別種の――もっと内側の硬さが、声の奥にかすかに滲んでいた。

 

(語尾に力が入っているな……緊張しているのか)

 

レナは送信スイッチを押し、即座に応じる。

 

「こちらWOLF1、了解。ETA(到着予定時刻)180秒。到着次第、展開する。

お前たちはそれと同時に封鎖線を張れ――ネズミ一匹逃がすな」

 

レナの応答に、尾刃は間髪入れず返した。

 

『い……言われなくとも。D.U.は我々の管轄です……公安を舐めないでいただきたい』

 

わずかに上擦った、反発を含んだ声。

叩き上げの意地が透けて見える返答に、レナは小さく鼻を鳴らした。

 

「……了解。頼もしい限りだ。頼んだぞ」

 

無線を切ると、向かいに座るスイがヘルメットの装甲バイザーを指で弾き上げ、インカムへ手を伸ばした。

エンジン音に負けじと声を張る。

 

『主任ちゃん、気合い入ってるねぇ!』

 

続いて、無線にニコの声が割り込む。

 

『なんだか、気難しそうな人だね』

 

さらにユキノが、先ほどの相手を淡々と補足した。

 

『――“尾刃カンナ”。その容赦の無さから、巷では「狂犬」と呼ばれているらしい』

 

だが、その説明を遮るように、オトギが無線へ割って入る。

 

『なんだか、すごーく心当たりがあるなぁー! どこかの小隊長みたい!』

 

その軽口に、クルミも即座に乗った。

 

『お硬そうな感じも、既視感があるわね!』

 

スイの隣に座るリノは、レナの顔色を一瞬だけ窺い、慌ててインカムへ手を伸ばす。

 

『み、みなさん。任務中ですよ……』

 

そのやり取りを聞きながら、レナはわずかに目を細めた。

 

(悪くない空気だ。誰も気負っていない。

……一人を除けば、だが)

 

隣に座るメイを横目で見る。

 

いつもの微笑みはない。

普段なら真っ先に会話へ混ざるはずなのに、今日は黙ったままだ。

目尻を伏せ、沈むように俯いている。

 

(……気にするな、と言える立場でもない)

 

レナは視線を戻し、再び無線機へ手を伸ばした。

 

「こちらWOLF1。各員、私語は慎め。……無線は玩具じゃない」

 

短く断ち切った、その直後――

先頭車の車長が張り上げた声が、そのまま車内回線に流れた。

 

『WARDOG1より全隊。――ETA60秒!!』

 

「了解、60秒――!」

 

レナが叫ぶと、全員が確認を重ねるように呼応する。

 

『『『『60秒!』』』』

 

それぞれが愛銃のグリップを握り締めた。

さっきまでの軽さは、もうどこにもない。

代わりに、張り詰めた気配がキャビンの隅々まで満ちていく。

 

LAVのサスペンションが大きく撓み、車体が上下に跳ねた。

角を曲がったのか、重力の向きが一瞬ずれ、身体がわずかに傾く。

 

『――30秒!』

 

レナが拳を突き出す。

 

スイが勢いよく拳を重ねた。

リノも迷わず拳を出す。

そして、ずっと俯いていたメイが、ためらうように一拍だけ遅れて拳を作った。

 

最後に――全員の拳が中央でぶつかる。

 

『――10秒!』

 

「気を引き締めていけ!」

 

『『『了解!』』』

 

拳を離すと同時に、車体が大きく揺れた。

ブレーキが軋み、金属を削るような甲高い音がキャビンに響き渡る。

 

『WARDOG隊、現着! ハッチ開け! ――DISMOUNT(降りろ)!』

 

リノがロックを外し、後部ハッチが左右に開け放たれた。

密閉されていた赤い空間へ、D.U.の夜気と雑多な白色光が一気に流れ込む。

 

「――GO! GO! GO!」

 

盾を構えたメイが最初に飛び出す。

続いてリノ。

その後ろにレナが降り、最後にスイが跳び下りてハッチを閉めた。

 

LAVのディーゼル排気に混じる、油と熱の据えた匂いが肺に染みる。

 

レナは無線機のスイッチを入れた。

 

「WOLF1より全隊。ヴァルキューレ指揮官と合流!」

 

D.U.の生暖かい夜風に吹かれ、全員が一斉に動き出す。

その背後で、WARDOGの三両はすでに第二工場へ巨体の正面と砲塔を向けていた。

25mmチェーンガンに動力が入り、低く唸る。

砲塔上部の火器管制装置が、静かに目標を捕捉した。

 

 

 

――

 

――SRTが到着する三分前。

 

カンナたちヴァルキューレ封鎖班は、第二工場から少し離れた場所に散開していた。

覆面車の車内から窓越しに第二工場を監視しつつ、息を潜めて待機している。

 

「主任〜……もう20時ですよ? おにぎり食べてもいいですか?」

 

後部座席の部下の一人が、腹を盛大に鳴らしながら、助手席のカンナへ情けない声を投げた。

 

カンナは腕時計を一瞥し、即座に切り捨てる。

 

「あと三分でSRTが来る。我慢しろ」

 

空腹の部下の隣にいたもう一人が、今度は遠慮がちに手を挙げた。

 

「あの、主任!」

 

カンナは振り返り、じろりと睨む。

 

「何だ? ……お前もか?」

 

すると、手を挙げた部下は慌てて首を振った。

 

「ち、違います! こんなバカと一緒にしないでください!」

 

腹を鳴らした部下が即座に目尻を吊り上げる。

 

「はぁ!? バカってなによ!」

 

吠え返す声も意に介さず、彼女は続けた。

 

「突入班を指揮しているのって、あの“白狼”なんですか……?」

 

カンナは数秒だけ黙り、フロントガラス越しに工場の輪郭を睨んだまま答える。

 

「……そうらしいな」

 

短い返事だった。

だが、その短さこそが、彼女がすでにその名を強く意識している証でもあった。

 

「……色々、噂を聞きました。

孤立した部隊を単独で救い出したとか……入学してから、たった数か月で即応部隊入りしたとか……あの学園じゃ、知らない人はいないみたいです」

 

手を挙げた部下は、半ば呆れ、半ば面白がるように続ける。

 

「しかも、連邦生徒会長のお気に入りだとか。いやぁ……“エリート”はすごいですねぇ」

 

――エリート。

 

その一語に、カンナの眉がぴくりと動いた。

 

実力一本で主任の座まで上り詰めたカンナにとって、“お気に入り”という響きは、それだけで耳障りだった。

 

「……」

 

そして、鼻で笑うように小さく零す。

 

「……いいか? 失礼のないようにしろ。機嫌を損ねたくない」

 

その言葉に、後ろの二人は顔を見合わせた。

 

「え……意外」

 

「主任って、気遣いできたんですね……」

 

カンナは即座に振り返り、緊張感のない部下二人を射抜く。

 

「……勘違いするな。私は、ああいう手合いが嫌いなだけだ」

 

「「えぇ……」」

 

そこで会話が途切れ、車内に短い静寂が落ちた。

 

腹を空かせた部下は、空気を変えるように話題を差し替える。

 

「そ、そういえば……防衛室をすっ飛ばして、直接連邦生徒会長から命令が下るなんて珍しいですよね……?」

 

カンナは眉をひそめ、顎に手を添えた。

 

「違法兵器の取り締まりだからな……防衛室経由では時間がかかりすぎる、と判断されたんだろう」

 

「ほんと、あの人……“何を考えてるか分からない”から、怖いですよねぇ……」

 

「――カンナッ! ……来たぞ」

 

突然、それまで沈黙を守っていた上級生のドライバーが、会話を断ち切るように短く告げた。

 

「……!」

 

その一言で、車内の空気が一変する。

全員の目つきが鋭く変わった。

 

カンナは即座にトランシーバーを握り、封鎖班へ指示を飛ばす。

 

「各班、行動開始!」

 

『『『了解!』』』

 

覆面パトカーのドアを開け、夜のD.U.へ踏み出す。

 

カンナはネクタイを締め直し、立ち並ぶ三両の鉄塊――SRTのLAVへと駆け寄った。

 

砲塔が監視を続けるLAVの周囲には、すでに展開したSRT隊員たちの姿がある。

電光の下で見る彼女たちは、学園の生徒というより、研ぎ澄まされた精密機械の群れに見えた。

 

その中心――

 

ほの暗い紅の瞳。

白い長髪。

カンナと同じように鋭く立った獣耳。

そして毛並み豊かな尻尾を持つ、一人の生徒が指揮を執っていた。

 

(……あれが……)

 

その瞳が、こちらを捉えた瞬間――

 

「……ッ!」

 

カンナの心臓が、一度だけ跳ねた。

 

あれは“温室育ち”や“お気に入り”などという甘い言葉で括っていい存在ではない。

氷塊をそのまま切り出し、人の形へ無理やり押し込めたような気迫だった。

 

噂を侮っていた。

 

――さっきまでの自分を、カンナは一瞬で恥じた。

 

(このプレッシャー……連邦生徒会長が手放さないはずだ……)

 

だからといって、怯む理由にはならない。

カンナは封筒を抱え直し、一歩踏み出した。

 

レナもまた部下に集合のサインを出し、カンナへ駆け寄る。

 

高まる緊張。

カンナは背筋を伸ばし、踵を揃えて敬礼した。

 

「上級小隊長、お待ちしておりました。現場指揮官の尾刃カンナです」

 

レナも最小限の動きで返礼すると、間を置かずに口を開いた。

 

「……令状はあるか?」

 

開口一番、挨拶もない低い声だった。

カンナは一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに表情を引き締める。

 

「はい。ここに――」

 

懐の封筒から書類束を抜き出し、一番上の一枚をレナへ差し出した。

 

ヴァルキューレ公安局の公印。

連邦生徒会名義の緊急執行承認コード。

そして、第二工場に対する強制捜索令状。

 

レナはそれを受け取ると、その場で素早く目を走らせ、無表情のまま淡々と続ける。

 

「不備はなし……法的根拠は十分。……クロノスは?」

 

「いえ、まだおりません」

 

(真っ先にマスコミを警戒する……実務家か)

 

「……よし、始めるぞ」

 

レナが令状を返すと、カンナは了承と同時に振り返り、短く手を振った。

 

10-4(テン・フォー)!(承知)――封鎖班、前へ!」

 

『二班、了解!』

『三班、了解!』

『四班、了解!』

 

覆面車の陰や街路樹の死角に散っていたヴァルキューレたちが、一斉に第二工場へ向かって走り出す。

車道を横切り、カンナの一班が正門前へ展開。

二班が工場の左右へ。

三班が工場裏側へ。

四班は逃走車両を止めるための簡易阻止帯を、各道路へ素早く展開していく。

 

ヴァルキューレの封鎖班が工場の周囲を固めるのと同時に、レナとカンナは第二工場の重厚な正門前へ歩み寄った。

 

工場の敷地内から、数人の人影がこちらへ向かってくる。

タクティカルベストにサブマシンガンを提げた、カイザーの私兵たちだ。

彼らの戦闘用センサーが、門越しにこちらを射抜くように睨みつけてくる。

 

「警告する。ここはカイザー・インダストリーが所有する弾薬生産工場だ。直ちに退去しろ。

さもなくば、安全基準プロトコルに従い、然るべき対応を行う」

 

門越しに声を張ったのは、黒いプレートキャリアに身を包んだロボットだった。

頭部は増加装甲で覆われ、夜の白光を弾くレンズの奥から、こちらを値踏みするように見据えている。

 

キャリア正面上部にはカイザーのエンブレム。

だが、その佇まいも、武器の据え方も、ただのセキュリティには見えなかった。

 

(……ここにもカイザーPMCか。セキュリティじゃない時点で、答えは出たも同然だ)

 

レナは相手の姿を見て本命と確信し、カンナへ目線を送った。

それを受けたカンナは頷くと、懐から令状を抜き放ち、正門前へ突き出す。

 

「こちらはヴァルキューレ公安局、公安第1課だ。

連邦生徒会承認の強制捜索令状を執行する。

対象はカイザー・インダストリー第二工場――

施設内の危険物保管区画、研究設備、搬出記録、取引帳票一式を開示せよ。

直ちに門を開放し、査察に応じろ」

 

「何……令状だと? どういうことだ」

 

彼は奪い取るように書類を受け取り、大まかに目を通した。

 

「チッ……面倒な」

 

一言だけ悪態をつくと、インカムに手を添えて誰かと連絡を取る。

 

「……どうなさいますか?…………ええ。

はい…………了解しました」

 

そして、それが終わったかと思えば、大げさな動作で内容を読み上げ始めた。

一字一句、わざとらしく時間をかけるその態度に、カンナの眉間へ皺が寄る。

 

「……おい、早くしろ」

 

(時間稼ぎのつもりか……)

 

「焦るなよ、刑事さん。本物かどうか、法務部に確認する必要があるんでな……。不当な家宅捜索なら、後で高くつくぞ?」

 

警備員はわざとらしい態度で令状を指先でなぞりながら、首を振った。

 

「手続きには順序というものがある。……現在、本社の法務部がこの執行コードの妥当性を検証中だ。……おや、この項目の解釈については――」

 

レナは無言のまま、正門の向こうに佇む巨大な工場を見上げた。

外観に目立った変化はない。照明も、換気扇も、一見しただけでは異常を掴めない。

 

だが――経験が、警鐘を鳴らしていた。

 

(……初動の優位は潰れた。

このままでは、証拠が消される)

 

その時だった。

 

工場建屋の一部で、外壁に沿って走る赤色灯が順に点灯を始める。

 

一つ、二つ、三つ。

 

遅れて、甲高い警告音が轟いた。

 

ブウゥゥゥゥゥン!!

 

「……ッ!?」

 

カンナは即座に工場へ視線を向けた。

 

門の左右から、ガシャン――ガシャン――と連続した音を上げて、分厚い金属製の防火扉がせり出す。

鈍い作動音が、夜のD.U.に嫌でも響き渡った。

 

カンナは、防火扉に設けられた小窓の格子へ掴みかかり、声を荒げる。

 

「おい、これはどういうことだ!」

 

門越しのロボット警備員は、肩を竦めるような仕草を返した。

 

「施設内で保安上のインシデントが発生した。現在、規定に基づき一時封鎖中だ。査察は後ほど受け付ける」

 

(……埒が明かん)

 

レナは目を細めると一歩下がり、無線機のチャンネルを司令部へ繋げた。

 

「OVERLORD。こちらWOLF1。対象は捜索の執行を拒み、施設をロックダウン。

証拠隠滅を図る疑いが濃厚と判断。直ちに攻撃許可を求む。オーバー」

 

即座に、オペレーターの無機質な声が返ってくる。

 

『こちらもUAV(無人偵察機)FLIR(前方監視型赤外線装置)が工場内の活発化を捉えた。証拠隠滅中と見て間違いないだろう。証拠保全を最優先。

攻撃を許可する。繰り返す――攻撃を許可する。三分以内に証拠を押さえろ。オーバー』

 

「WOLF1了解。強制捜索に移行する。アウト」

 

レナはインカムから手を離した。

視線を門へ向け、PMCと言い争っているカンナへ向かって叫ぶ。

 

「下がれ、カンナ! 門を吹き飛ばす!」

 

レナの鋭い号令が、警告音の鳴り響く工場前に叩きつけられる。

 

「「!?」」

 

PMCとカンナは言葉を失い、目を大きく見開いた。

 

「何をしている! 怪我をするぞ!」

 

「り、了解――!

一班、正門前から離れろ!」

 

カンナたちは即座に飛び退き、門の向こう側にいるPMCたちも狼狽えた。

 

「クソッ……おい!――そこの白いの! 今すぐ命令を取り消せ! ここは弾薬工場だぞ!?」

 

PMCが怒鳴る。

だがレナは、もう相手を見ていなかった。

 

「WARDOG、正門を突破。ロック機構を狙え、被害を最小限に抑えろ」

 

『WARDOG1、ウィルコ!』

 

車長は砲手に使用砲弾と目標を指定する。

 

『――GUNNER(砲手)SABOT(徹甲弾)MAIN GATE(正門)DIRECT FRONT(真正面)AIM POINT(照準点)LOCK(ロック機構)!』

 

砲手はコントロール・ハンドルの安全スイッチを親指で弾き、トリガーに指を掛けた。

目標を捕捉し、LRF(レーザー測距儀)で即座に距離を割り出す。

 

IDENTIFIED(目標視認)RANGE(距離)、50!』

 

FIRE(撃て)――!』

 

発射号令が下る。

 

ON THE WAY(発射)――!』

 

トリガーが落ちた。次の瞬間――

 

ズガンッ――!!

ズガンッ――!!

ズガンッ――!!

 

25mmチェーンガンが激しい閃光を吐き、APFSDS(装弾筒付翼安定徹甲弾)が凄まじい速度で砲口から飛び出した。

 

三分割に分離したサボット(装弾筒)が散弾のように門扉を叩き、強烈な打撃音とともに火花を撒き散らす。

そして中央のタングステン弾芯だけが一直線にロック機構を貫き、粉砕した。

 

『……TARGET(命中)! ……CEASE FIRE(撃ち方待て)!』

 

破壊を確認した車長が射撃終了を宣言し、即座に操縦手へ怒鳴る。

 

『――DRIVER(操縦手)MOVE NOW(突っ込め)!』

 

ブオォォォンッ!!

 

続いて、十二トンの巨体が咆哮を上げた。

ターボディーゼルが吹き上がり、排気管から黒煙を勢いよく吐き出す。

 

『そのまま突き破れ!』

 

そして、八輪の極大タイヤが地面を蹴り上げ、門に向かって急加速を始めた。

 

「クソッ、撃ちやがった!――――ッ!?」

 

門の向こうにいたPMCたちが、蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 

「奴ら――正気か!? 下がれ、下がれェ!!」

 

刹那――

 

ロックを粉砕された正門へ、全速のまま激突した。

コンクリートの支柱が周囲へ砕け散る。

重厚な鋼鉄の門扉は悲鳴を上げ、LAVの突進になす術もなくねじ曲がり、内側へ吹き飛んだ。

 

それを見届けたレナは、即座に指示を飛ばす。

 

「突入!」

 

待機していたWOLFとFOXはポイントマンを先頭に破孔へ飛び込み、EODは耐衝撃ケースを抱えて続く。

 

盾を構えるメイの後ろへ張り付いたレナは、無線機に手を添える。

 

「FOXチームは左翼に展開、LAVを援護しろ! WOLFは右を担当だ!」

 

『『『『了解!』』』』

 

「サボット片に注意! 前に出過ぎるなよ!」

 

もうもうと立ち込める粉塵を、LAVのヘッドライトが切り裂く。

エンジンが再び咆哮を上げ、ひしゃげた正門を踏み越えた。

 

左翼へ流れたFOXの先頭では、クルミが盾を押し立てる。

レナたちもまた、盾を装備したメイを先頭に右翼へ分かれ、縦列隊形を形成して死角を潰していく。

 

そして、重装備で足の遅いEODはLAVの背後へぴたりと張り付き、車体を遮蔽物にして前進した。

 

「――撃て! 反撃しろッ!」

 

距離を取ったカイザーPMCの私兵たちが、工場の陰やコンテナの裏からアサルトライフルとサブマシンガンを乱射してくる。

 

幾重もの銃撃が盾とLAVの車体を叩き、激しい火花を散らした。

 

「WARDOG1、奴らを黙らせろ!」

 

『ウィルコ! 射線に注意! ――GUNNER(砲手)COAX(同軸機銃)SUPPRESS(制圧射撃)!』

 

IDENTIFIED(目標視認)!』

 

FIRE(撃て)――!』

 

ON THE WAY(発射)――!』

 

ズダダダダダンッ――!!

 

25mmチェーンガンの横に備えられた同軸機銃が唸りを上げる。

銃口から曳光弾の線が伸び、彼らの頭上を薙いだ。

 

「対装甲火器は!? RPGはどこだ!」

 

「保管庫だ! ロックダウンで取りに行けねぇ!」

 

「このままでは押し切られるッ!!」

 

7.62mm弾の嵐がコンテナを貫き、コンクリート壁を砕いていく。

それに合わせてレナたちも、盾の陰から銃口を突き出して弾丸を浴びせた。

 

その銃火にPMCは反射的に身を伏せ、反撃の勢いが目に見えて鈍る。

SRTはその隙すら与えぬまま、距離を詰める。

 

「ここはもう無理だ! 下がれ! 下がれ!」

 

「警備隊長! 警備班だけじゃ無理です!」

 

「分かっている! ラウンジで足止めをするぞ!」

 

押し負けたPMCは残りを集めて後退し、建物に籠城した。

 

レナはARを下げ、無線機に触れる。

 

「――撃ち方止め。

OVERLORD、こちら突入班。ラウンジ前に到達」

 

『こちらOVERLORD、了解した。そのまま続けろ』

 

「了解。これより施設に入る――。

FOXはEODと共に工場へ向かい、サーモバリックを捜索。

我々はオフィスに突撃し、情報を奪取する」

 

 

――

 

――第二工場・正門前。

 

SRTが強行突破し、見る影もなくなった正門の前で、カンナたちは絶句して立ち尽くしていた。

 

「む、無茶苦茶だ……執行で門を砲撃する奴があるか――」

 

唖然と漏れたカンナの一言は、工場から聞こえる爆音に半ば掻き消された。

 

だが、立ち尽くしている場合ではない。

 

正門の向こう側では、絶え間ない銃声と金属音が連鎖している。

工場を断続的に照らす幾重ものマズルフラッシュが、遠目にもその激しさを物語っていた。

 

「主任!!」

 

背後にいる部下の一人が叫ぶ。

 

「ど、どうしますか!? このまま突入班に追従を――」

 

「我々の役目は戦うことじゃない」

 

カンナはトランシーバーを握り締める。

 

「一班、正門前を確保! 二班と三班は予定通り封鎖を継続!

逃走車両、逃走者、搬出物――何一つ外へ出すな!

四班は一班と合流! クロノスと野次馬の流入を止める!

この場は、まだ危険だ! 民間人保護を最優先!」

 

指示が飛び、部下たちは一斉に動き出す。

 

ゆっくりとトランシーバーを仕舞ったカンナは、消し飛んだ門の残骸を一瞥した。

 

(……これが、SRTの存在意義……)

 

それは――もはや通常の執行ではなかった。

 

 

――

 

――第二工場内・オフィスエリア/ラウンジ。

 

正門を抜けた先に広がっていたのは、無機質な工場内部ではなく、来客用ラウンジを兼ねたオフィスエリアだった。

 

床は清潔感のある白色タイル。

正面には受付カウンター。

背後には発光するカイザーのロゴ。

左右にはソファとガラステーブル、壁際には人工樹と自販機。

 

だがその奥には、大型シャッター、防火扉、監視カメラ、二階へ続くガラス張りの回廊が並び、平時の利便性と有事の防御性とが奇妙に同居していた。

 

受付カウンターの裏。

横倒しのソファの陰。

二階回廊の手すり越し。

搬入口手前の資材パレット――

 

踏み込んだ瞬間、あらゆる物陰から銃弾がWOLFチームへ降り注いだ。

 

「WOLF3! 弾幕を張れ!」

 

「ウィルコ!」

 

盾を構えてしゃがんだメイの頭上から、スイがLMGを突き出す。

盾はそのまま即席の銃座へと変貌した。

 

スイは即座にトリガーを引き絞る。

弾薬ベルトが勢いよく吸い込まれ、受付背後のカウンターへ火花を散らした。

反撃しようとしたPMCへ銃弾を浴びせ、遮蔽物の奥へ押し戻す。

 

「WOLF2! 左だ!」

 

「了解!」

 

リノはDMRを撃ちながら左手の休憩区画へ身を滑り込ませ、人工樹の幹と自販機を弾除けに使って射線を刻んだ。

 

レナもまた反対側へ回り込み、資材パレット前の死角へ銃口を向ける。

ARが連続して薬莢を吐き出した。

 

「押せ――!」

 

その合図でLMGの連射が一段落し、メイが再び盾を押し立てて前進を始める。

スイはメイの背中へぴたりと張り付き、盾の脇から銃口を突き出して制圧射撃を継続した。

 

正面はメイとスイ。

左はリノ。

右はレナ。

 

無駄のない照準。

正確無比な射撃を三方向から浴びせられ、PMCたちは一人、また一人と数を減らしていく。

 

もはや彼らは、組織的反撃の形を保てなかった。

 

「クソッ――速すぎる! 何なんだ奴らは!?」

 

「警備隊長! もう私たちしか居ません!」

 

「こっちは軽装だぞ!? LMGの相手なんて割に合わねぇ!」

 

士気が崩壊寸前のPMCたちに、警備隊長が飛ばした怒号がラウンジの白い壁へ鈍く反響する。

 

「狼狽えるなッ! 奴らが戻ってくるまで、何としてでも死守しろッ――!」

 

だが、その叫びも長くは続かなかった。

メイの前進に合わせて、リロードを済ませたスイのLMGが再び火を噴く。

 

二階のPMCへ弾幕を浴びせ、次いで奥の通路から来た増援まで舐めるように薙いだ。

 

「クソッ! 好き放題撃ちやがって!」

 

「貴様ら、何をしている! 撃ち返せ!」

 

「無理ですよ!!」

 

弾丸によって受付カウンターの縁が削り取られ、横倒しのソファが引き裂かれ、調度品が次々と砕け散っていく。

 

不運にも貫通した弾が、一人のPMCを叩きのめした。

 

「がッ!?」

 

「――おいッ!」

 

白いタイルの上へ、黒い装備の身体がもつれるように転がる。

それを見た残りのPMCたちは、完全に腰が引けた。

 

「ああ!――やってられるか! 俺は降りる!」

 

「おい、貴様! 逃げるな!」

 

反撃の密度が、目に見えて落ちる。

その瞬間を、レナは見逃さなかった。

 

ポーチからグレネードを抜き取り、勢いよくピンを引き抜く。

走りながら大きく振りかぶり、受付カウンターの裏へ投げつけた。

 

「フラグアウト!」

 

安全レバーが弾け、内部の撃針が信管を叩く。

 

そして、散発的に反撃を続けていたPMCたちの中心へ――

吸い込まれるように転がり落ちた。

 

「しまッ!?……グレネ―――!!」

 

――ドガァン!!

 

爆風と爆音が、来客用ラウンジの空気そのものを激しく揺さぶった。

飛び散った破片が受付カウンターを吹き飛ばし、巻き上げられた書類が高く舞い散る。

 

もうもうと立ち込める白煙と粉塵の中、パラパラと崩れ落ちる天井材の音だけがラウンジに響いた。

 

「右クリア!」

 

「左クリア!」

 

「ラウンジ一階クリア!」

 

立て続けに、三方向から報告が重なる。

 

レナは、倒れ伏して呻き声を上げるPMCたちの間を抜け、銃口を向けたままカウンターの裏へ踏み込んだ。

誰も抵抗する余力は残っていない。完全な制圧だった。

 

「WOLF4、二階を警戒」

 

「イエスマム」

 

メイはしゃがみ込み、盾の下端を床へ据える。

そのままショットガンの銃口を二階回廊へ向けて構えた。

 

レナは衝撃で意識が朦朧としている警備隊長へ銃口を向け、口を開いた。

 

「おい、お前。質問にだけ答えろ」

 

彼は辛うじて意識を保ち、途切れながらも言葉を紡ぐ。

 

「……う、あ……なんだ?」

 

「取引情報はどこにある」

 

警備隊長は掠れた電子音を漏らし、力なくレンズを巡らせた。

 

「この……奥の通路……情報が残っていると、いいな」

 

機械である以上、表情は読み取れない。

だが、その声音には、不敵な笑みを浮かべているような気配があった。

 

「WOLF2、コイツらを縛り上げろ」

 

「了解」

 

リノはDMRを背負うとハンドカフを取り出した。

 

「……貴方方には、黙秘権があります。

貴方方の供述は、法廷で貴方方に不利な証拠として用いられる場合があります。

もし自分で弁護士に依頼する経済力がなければ――」

 

小真面目に警告を告げながら、一人ずつ縛り上げていくリノを尻目に、レナは通路の奥に見えるオフィスへ視線を向けた。

 

「WOLF2……さっさと縛れ。――3、ついて来い」

 

「アイコピー」

 

 

 

――

 

――第二工場・オフィス奥、管理サーバー室。

 

ラウンジ奥の管理通路を抜け、荒らされたオフィスを、そのまま通り過ぎる。

レナとスイが足を踏み入れた最奥の部屋は、先ほどのオフィスとは対照的に、サーバーラックの冷却ファンの音だけが低く響く無機質な空間だった。

だが、部屋の中央、ひしゃげたデスクの上には、慌てて破壊した痕跡のある端末が数台転がっている。

 

床には、引きちぎられたLANケーブルや、焼け焦げたハードディスクの残骸が散乱していた。

 

「……やられたな」

 

レナはARを下げ、床に転がるラップトップを雑に掴み上げた。

画面は割れ、物理的な打撃で基板ごと砕かれている。

 

「情報……残ってるといいけど」

 

スイは部屋全体を見渡しながら、LMGのキャリングハンドルを掴み、バイザーを上げた。

 

「全てを消すことは、不可能な筈だ」

 

レナは砕かれた端末を投げ捨てると、なお稼働を続けているメインサーバーのラックへ歩み寄る。

引き千切られたLANケーブルの隙間に空いていた保守用ポートへ、自身の軍用PDA(携帯情報端末)からケーブルを直接繋いだ。

 

「おい、入り口を見張れ」

 

「ウィルコ」

 

スイがLMGを構えて廊下へ視線を向ける中、レナは画面を叩く。

緑色の文字列が滝のように流れ、データ復旧プログラムが強制的に残存ログをサルベージしていく。

 

「……やはり、完全に消しきれてはいないな」

 

レナのPDAに、断片化された取引履歴と承認ログが映り込む。

修繕プログラムを走らせると、[REDACTED]と黒塗りされていた『外部協力機関』の担当者名が、いくつか抽出された。

 

だが、その名を見たレナの眉がわずかに寄る。

 

(……防衛室の第一管理課、それに施設予算の監査担当か)

 

確実に関与を示す証拠ではある。

だが、一番上――室長クラスの名前は、物理破壊される前に綺麗に消去されていた。

これだけでは、防衛室トップの首を取るには弱すぎる。

 

(「私は知らない。数人が勝手にやったことだ」とでも言い逃れされるのがオチだな)

 

管理不行き届きで一応は罰せられるだろう。

だが、それでは根を断てない。

レナは舌打ちをこらえ、別のディレクトリへアクセスする。

 

STAFF_LOG(勤怠・入退室記録)

 

「……技術主任。今日の入退室記録がない。タイムカードを押した形跡もゼロだ」

 

レナが告げると、入り口を警戒していたスイが肩越しに振り返る。

 

「逃げられた? それとも、最初からここには居なかった?」

 

「後者だろう。この騒ぎでも顔を見せない時点で、工場には居ない」

 

レナがPDAを切り離した、その時――

インカムからユキノの冷静な声が響いた。

 

『WOLF1、こちらFOX1。

地下保管庫を制圧。サーモバリックの試作品と関連設備を確認。確保した。EODが保全処理に移行している』

 

「そうか、よくやったFOX。集合するぞ――」

 

労いを返した、その直後。

続いて聞こえてきたユキノの声には、先ほどとは違って、かすかな震えが滲んでいた。

 

『レナ。少々、問題が……』

 

「……何だ」

 

『……弾道ミサイルに搭載する旨を記載した書類を見つけた……。

試作品は予想外の大きさだよ……起爆したら、半径数キロが消し飛ぶと思う』

 

「弾道……ミサイル。USBの情報にあった大型化と一致するな……」

 

『君は……この事件を、どう見る?』

 

レナはサーバーラックの冷却ファンが吐き出す熱気に目を細め、ユキノの問いに思考を巡らせる。

 

ただの一企業が、戦略兵器の開発――

 

これは、明らかに常軌を逸している。

そして手元のPDAの画面には、“悪事”を事務的に処理しようとした大人たちの足跡が並んでいた。

 

 

「私からは……何も言えん。目の前の障害を取り除く。

――それだけだ」

 

 

 

軍事用語にルビを常時付けるべきか

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