白狼救済録 作:らんらん出荷マン
え?今日がFOX小隊の実装日なんですか?(※ユキノを除く)
待ってたぜェ!!この瞬間(とき)をよォ!!
――D.U.郊外、第6工業区画。
カイザー・インダストリー第二工場/正門前。
「みなさん、こんばんは! キヴォトスいち正確なニュースを、いち早くお届けするクロノス報道部です!」
カメラの前に立ったクロノスのリポーターは、周囲を覆う騒然とした空気に呑まれまいと、張りのある声を夜空へ突き上げた。
「本日はここ、カイザー・インダストリー第二工場前から、緊急生中継でお伝えします! 第二工場は、カイザー・インダストリーの弾薬生産の三割を担う重要施設ですが――」
そこで彼女は一拍置き、背後の惨状を大きく手で示す。
「後ろをご覧ください。門前に居座る二両の戦車、完全にへし折られた正門、そして周囲を取り囲むヴァルキューレの厳重な封鎖線!
先ほどから内部では、激しい発砲音や爆発音が断続的に響いています!」
一度言葉を切り、彼女は握ったマイクを持ち直した。
「関係者の話によれば、この工場では連邦生徒会条例に反する違法兵器、あるいは大規模破壊能力を持つ危険物が開発されていた疑いがあるとのことです」
一拍。
「これに対し、カイザー・インダストリー側はつい先ほど緊急記者会見を開き、『当該計画は産業安全と地域防災を目的とした危険物取扱研究であり、違法性は一切ない』と強く否定しました。しかし――現時点で、それを裏付ける資料は一切提示されていません」
カメラがわずかに引く。
夜の工業区画には、応援に駆けつけた緊急車両の赤色灯と青色灯が、絶え間なく明滅を繰り返していた。
無惨に破壊された正門。
砕け散ったコンクリート片と、ねじ曲がった鋼材が剥き出しになったその奥では、破壊の張本人と目されるLAV装輪戦闘車が砲塔を工場へ向けたまま、隙なく周囲を走査している。
ヴァルキューレの警官たちは簡易バリケードを展開し、押し寄せる野次馬と報道陣を必死に押し留めていた。
「下がってください!」
「封鎖線の内側に入らないでください!」
無数のざわめきと、絶え間なく弾けるフラッシュ。
その光と喧噪に晒されながらも、警官たちは負けじと声を張り上げ続けている。
その時だった。
「あっ! 工場から誰かが出てきました! 作戦は終了したのでしょうか!?」
リポーターの声に反応し、カメラが正門の奥へ素早くズームする。
その先に浮かび上がったのは――
SRT指定のセーラー服と、黒基調のブレザー。
二つの異なる制服を纏った生徒たちの姿だった。
正門奥の建屋から現れたのは、拘束した警備員を連行するWOLF。
そして工場区画の別口からは、押収したと思しき書類を抱えたFOX。
その後方では――耐爆スーツに身を包み、重いケースを抱えたEOD隊員たちが、慌ただしく工場内を行き交っていた。
「みなさん! あの方たちが――SRT特殊学園の生徒です!」
――
――カイザー・インダストリー第二工場/敷地内。
「ちょっと、これどういうこと? 報道部、多すぎない?」
封鎖線の向こう側でひしめくカメラとマイクの群れを見て、クルミは肩を落とし、露骨にうんざりした顔を浮かべた。
「それだけ派手にやったってことだよねぇ……」
オトギが目を細め、少し離れた場所で澄ました顔をしているレナへ視線を流す。
「はぁ……また面倒なことになるね……」
いつも温和な笑みを崩さないニコでさえ、今回はさすがに呆れを隠しきれていなかった。
ユキノはWOLFの装備と歩調を一人ずつ確かめるように見渡し、ようやく口を開く。
「怪我は……大丈夫そうだな。無事でよかっ――」
「あのー!! こちらクロノス報道部です! すみません! 何か一言お願いします!」
門の向こう側から飛んできた大声が、その言葉を乱暴に断ち切った。
「あはは……どうする? ユキノちゃん。このまま行ったら囲まれちゃうよ?」
ニコが肩を竦める。
ユキノはほんの一瞬だけ目を伏せ、思案する素振りを見せた。
だが次の瞬間には、もう結論を出している。
「……仕方ない。強硬策に出た以上――世間にはアピールが必要だ。
これを機に、SRTの宣伝をするのも悪くない」
その答えを聞いたオトギが、露骨に顔をしかめた。
「ええっ!? 行くの!?」
ユキノは報道陣の群れをまっすぐ見据えると、乱れ一つない動きで赤いセーラータイを整えた。
つい先ほどまで銃火を交えていたとは思えない。
その所作には、わずかな綻びすらなかった。
「FOX、ついて来い」
「了解。こういうのも仕事だもんね」
「はいはい。広報任務ってことで」
クルミは肩を竦めつつも、即座に盾を持ち直した。
「じゃ、いっちょ頑張りますか」
オトギもまた、やれやれと言いたげに前髪をかき上げ、ユキノの背後へ付く。
その様子を少し離れた場所から見ていたレナは、無言のまま報道陣へ視線を流した。
「……た、隊長……私たちも前に出ますか?」
沈黙を貫くレナを見かねて、リノが恐る恐る口を開く。
「僕はやだ。そんなことより甘い物が食べたい」
LMGを肩に担いだスイは、間髪入れずに拒絶した。
「……隊長。できれば私も……行きたくない」
メイは正門の向こうから目を逸らし、盾の持ち手をぎゅっと握り締める。
(なるほど……トリニティか)
その反応だけで事情を察したレナは、わずかに首を横へ振った。
表へ出るべきはFOXだ。
少なくとも、こういう場では。
「いや、止めておこう。私は、ああいう柄じゃない」
そう言ってレナが一歩引いたのと同時に、FOXチームはひしゃげた正門を越え、無数のカメラの前へと歩み出た。
一斉にフラッシュが焚かれる。
四人の姿が、夜の報道のただ中へと押し出された。
眩い閃光の連打にも、彼女たちは目を細めることすらない。
堂々と、真正面から、報道の嵐の中へ踏み込んでいく。
「ユキノちゃん。頑張ってねー」
スイは他人事のようにひらひらと手を振り、彼女たちの背を見送った。
それを横目に、レナは無線機へ手を伸ばす。
「尾刃主任、聞こえるか。こちらWOLF1。今から、確保した容疑者を引き渡す――」
――
――正門手前。
「ちょっと、ユキノ……あいつら付いて来ないわよ」
「うわ、逃げたねぇ」
「……どうする? このまま行く?」
ユキノは目を逸らさない。
ただ静かに、ほんのわずかだけ口角を吊り上げた。
「私にいい考えがある……」
そう呟くと、ユキノは一歩、前へ出る。
待ち構える報道部の生徒たちへ近づいたその瞬間、再びフラッシュが激しく焚かれた。
「あ……! あの! 質問、よろしいでしょうか!」
ユキノの佇まいに気圧されたのか、最前列にいた若手の記者が真っ先に手を挙げた。
「……どうぞ」
「ミレニアム新聞部です! よろしくお願いします!
えーっと、まず確認です。SRT特殊学園は、連邦生徒会長が発足した“特別対応部隊”という理解でよろしいですか?」
ユキノの前にマイクが差し出される。
「ええ。その通りです」
差し出されたマイクを受け取ると、ユキノはそのまま正面のクロノスのテレビカメラを見据えた。
「――キヴォトスの皆様、はじめまして。
SRT特殊学園、指定即応部隊、FOXチーム分隊長、七度ユキノです」
一拍。
「SRT特殊学園は、連邦生徒会長の認可の下、ヴァルキューレ警察学校や各自治区の風紀委員会では対応の難しい事態に対処するため設立された組織です」
記者はメモ帳へ素早く書きつけながら、次の問いを投げる。
「対応の難しい事態……ということは、今回のような……企業の不正にも対応する、という認識でよろしいでしょうか?」
「はい。そう理解していただいて差し支えありません」
「なるほど……ご説明ありがとうございます。私からは以上です」
ミレニアム新聞部の記者はメモ帳を閉じ、静かに一礼した。
ユキノは記者団をひとわたり見回し、短く告げる。
「他には?」
その瞬間だった。
一斉に手が挙がった。
あまりの勢いに、ユキノはほんのわずかに身を引く。
「あー……では、そちらの方」
中堅と思しき、角を生やした女子生徒が人垣の後ろから一歩前へ出た。
若手のような勢い任せの熱はない。
だが、その目だけは鋭く、手にしたメモ帳の端は何度もめくられたせいか擦り切れている。
「……デモンプレスです。確認を一つ」
その声に、周囲のざわめきがわずかに静まった。
ユキノは視線を向け、短く頷く。
「どうぞ」
「第二工場についてお伺いします。
ここで、法に反する大量破壊兵器が秘密裏に開発されていた――それは、事実でしょうか?」
一瞬。
報道陣の空気が変わった。
ユキノの隣にいたニコが、小さく耳打ちする。
「今回の件については、口止めされてないし……大丈夫だと思うよ」
ユキノは頷き、手にしていたマイクをニコへ渡した。
「私が説明しますね」
ニコはマイクを両手で持ち直すと、正面のカメラをまっすぐ見据えた。
「……数日前、“匿名の情報提供”があり、違法兵器の保管を示す有力な証拠を入手しました」
数人の記者が、無意識に喉を鳴らす。
先ほどまでとは明らかに違う緊張が、その場を覆っていく。
だがニコは、それを意に介することなく続けた。
「カイザー・インダストリーは昨年、〈A.N.T.I.O.C.H.〉――“先進中和・熱不安定性観測化学取扱事業”を掲げ、危険物取扱と産業安全に関する公共協力事業だと説明していました」
声音は穏やかだ。
それでも、言葉の輪郭だけは異様なほど明瞭だった。
「しかし本日、第二工場に対する強制捜索の結果、その名目の下で、実際には連邦生徒会条例に抵触するサーモバリック弾、および弾道ミサイルの開発が行われていたことを確認しました」
記者団がどよめき、フラッシュが一斉に炸裂する。
「押収資料には、関連設備、危険物搬出記録、開発資料、保管区画に関する情報が含まれています。
現在、詳細については関係部署による精査が進められています――」
説明の切れ目を狙い、中堅記者がすかさず次の質問を投げた。
「その規模は……いかにカイザーとはいえ、単独では無理があるのでは?
他に協力者がいたのでしょうか?」
その鋭い問いに、ニコは一瞬だけ言葉を詰まらせた。
「そ、その点については……現在も関係部署が精査中です。現時点で軽々しく断定することはできません」
次の瞬間――
その言い淀みを見かねたクルミが、一歩前へ飛び出し、ニコの手からマイクをひったくった。
「――でも、それは私たちが確保した。だから、もう大丈夫」
中堅記者が、慎重に問い直す。
「サーモバリック弾頭……それは一体、どれほど危険な物なのでしょうか?」
クルミの手からマイクを取り戻し、ニコが続きを引き継ぐ。
「試作品ですので……正確な詳細は不明です。
ですが、弾頭の規模と押収資料から推測する限り――爆発の影響範囲は、半径数キロに達する可能性があります」
半径数キロ。
その言葉が、走っていたペン先の音すら呑み込んだ。
空気が、さらに一段重く沈む。
「そ、それほどの爆弾を、小隊規模で処理するのは……危険すぎるのではありませんか?」
ニコの真横に立っていたオトギが、彼女の手からマイクをするりと引き寄せた。
「な・の・で!
私たちSRTは、伊達に厳しい訓練を受けてるわけじゃない――ってことです!」
ニコがオトギを軽く引き剥がすようにして、再びマイクを受け取る。
「……実際、今回の突入でも“3分足らず”で証拠を確保できましたからね――」
その横で、クルミが腕を組み、淡々と口を挟んだ。
「……2分30秒よ」
その訂正に、周囲の空気が一瞬だけ固まる。
沈黙を破ったのは、先ほどのデモンプレスの中堅記者だった。
「に……2分30秒。
それはつまり……突入してから確保まで、ですか?」
「そういうことになるわね」
クルミは当然のことのように答えた。
だがその口調には、誇張も、慢心もない。
ただ事実を述べているだけだった。
ニコが淡々と補足する。
「捜索令状を提示したところ、第二工場側は法的執行を拒否し、施設を封鎖した上で証拠の隠滅を開始しました。
それを受けて私たちは証拠保全を最優先と判断し、即座に強制捜索へ移行。
隠滅の直前で、違法兵器関連の資料と試作品を確保しています」
カメラのレンズが一斉に向けられ、無数のマイクがさらに一歩前へと突き出される。
「で、では……通常執行から即座に強制捜索へ移る判断を下したのは、やはり――
分隊長の七度ユキノさん、ということでしょうか?」
今度はクロノス報道部の生徒だった。
彼女たち特有の軽さは微塵もない。
問いそのものが、まっすぐ核心を狙っている。
「――いいえ」
ユキノは即座に否定した。
「今回の判断を下したのは、私ではありません」
報道陣の間にざわめきが走る。
ひしゃげた正門の内側――
捕らえた警備員をカンナへ引き渡していたレナへ、ユキノは“待ってました”と言わんばかりに視線だけを向けた。
(……ユキノめ……振りやがったな)
ずっと獣耳を傾け、取材の行く末を見守っていたレナは、聞こえてくる一連の会話から全てを理解した。
ユキノは手をレナに向け、さらりと言い放つ。
「突入判断を下したのは――
WOLFチーム隊長、大上レナ特務上級小隊長です」
その名が告げられた瞬間、記者たちの視線が一斉にひしゃげた正門の内側へ殺到した。
「大上レナ……!?」
「えっ――あの人が“白狼”!?」
「SRT入学式で首席宣誓をした……!」
「あの“モフモフ”のですか!?」
即座にフラッシュの向きが変わる。
無数のカメラのレンズが、まるで獲物を見つけた肉食獣のように一点へと集束した。
報道陣の反応に手応えを感じたユキノは、視線をカメラに戻した。
「彼女が適切な判断を下したおかげで、我々は決定的な証拠の確保を達成したのです」
オトギが身を竦めた。
「うわ……凄い人気」
ユキノとレナを交互に見ながら、クルミが半眼で呟く。
「なるほど、そういうことね」
警備員の身柄をカンナへ引き渡していたレナは、押し寄せる視線とフラッシュの熱を肌で感じながら、無言で目を細めた。
(ふざけた真似を……)
その刹那――
レナの周囲から、底冷えするような気配が滲んだ。
縛られた警備員たちは異様な圧を感じ取り、無意識に身体を引く。
隣にいたカンナもまた“それ”に当てられ、思わずレナの横顔を見た。
「……っ! ……だ、大丈夫ですか?」
カンナの喉が、無意識に鳴った。
「……問題ない……」
レナはそう告げるや否や、自身のARをリノに押し付けた。
「持っていろ。取材には無用だ」
「あ……は、はい」
そしてレナは硬い足取りで一歩を踏み出し、正門へ向かった。
「わぁ……あんな隊長、久しぶりに見た」
スイはリノの後ろから、覗き込むようにレナへ視線を向ける。
「……CQC訓練以来の……オーラですね……」
リノの両足は、小鹿のように震えていた。
「君たちは……大丈夫なのか?」
カンナは傍にいる三人へ、恐る恐る尋ねる。
「ずっと一緒にいたら慣れるよ」
そう答えたメイの瞳は、どこか遠くを見ていた。
――
――正門手前。
「大上さん! 今回の強制捜索についてお願いします!」
「カイザー側の主張について、どう受け止めていますか!?」
「SRT特殊学園は、今後も企業施設へ同様の執行を行うのですか!?」
矢継ぎ早に投げられる問い。
針山のように突きつけられるマイク。
フラッシュが炸裂し、白光が視界を塗り潰す。
それでもレナは顔色一つ変えず、正門の前で足を止めた。
(……ここで拒絶の態度を出せば、SRTの看板に傷が付く。癪だが……乗るしかない)
覚えていろ……ユキノ。
レナは一瞬だけ鋭い視線をユキノへ刺す。
そして――彼女が差し出したマイクを手に取った。
一瞬、ざわめきがぴたりと止む。
テレビカメラが、白い髪と紅い瞳を執拗に追う。
レナは冷えた眼差しで報道陣を見渡し、必要最低限の声量で口を開いた。
「こんばんは、みなさん。
……突入班指揮官の大上レナ特務上級小隊長です」
冷たく、抑えた声。
だが、誰も次の言葉を被せられない。
その声音には、記者たちを押さえ付けるような圧があった。
「まず、大前提として――
今回の執行は匿名からの情報提供を基に、慎重な精査を行った上で、正式に連邦生徒会長が発令した案件であることを理解していただきたい」
最前列の記者たちが揃って口を閉じた。
「従って、今回の強制捜索は独断や越権によるものではありません。
法的根拠に基づいた、正規の執行です」
その言葉に、最前列にいたクロノスの記者が素早く身を乗り出した。
「で、では! カイザー側は『A.N.T.I.O.C.H.は産業安全と地域防災を目的とした研究であり、襲撃は不当』と主張していますが、それについてはどうお考えですか!?」
レナは、マイクを握り直した。
「どうもありません。令状に従えばよかっただけの話です」
短く返す。
短いだけに、その言葉は鋭かった。
「今回、対象施設は令状執行を拒否し、施設を封鎖し、証拠の隠滅を開始した。
――それが、我々にとっては十分な判断材料だった」
再びざわめきが起き、記者たちのペンが一斉に走り出した。
レナの一貫した語り口に誰もが躊躇う中で、若手の記者がおずおずと問いを投げた。
「その……強制捜索とはいえ、施設を破壊するのは、些か強引ではありませんか?」
「……状況というものは、常に変化する。
判断に手間取れば、その分だけ仲間も、自分自身も危険に晒す。
そして、状況に呑まれて“決断”を誤れば、すべてを失う」
レナは淡々と応え、そこに余計な感情は乗せなかった。
「……何を捨て、何を拾うか。
それに悩む贅沢な時間は、私には許されない」
一瞬だけ、耳の奥で過去の声が蘇る。
『おい、ユーイチ。囲まれたぞ……一か八か、賭けないか?』
「それに、私は……“ギャンブル”が嫌いでな」
「は、はぁ……ギャンブル、ですか?」
若手記者が困惑した顔で聞き返す。
だがレナは、それ以上答えることは無かった。
(もう……終わったことだ)
あの地獄の日々を、この世界に伝える必要はない。
それに、知ったところで意味もない。
今度はクロノス報道部のリポーター本人が割り込んだ。
「失礼を承知で伺います!」
彼女は周囲を押し分けるようにして一歩前へ出ると、息を整える暇もなく問いを放つ。
「SRT特殊学園は“権力を翳す武装組織”として、今後さらに規模を拡大していくのでしょうか!?
一部では『連邦生徒会長の私兵ではないか』という声もあります!」
その踏み込みすぎた問いは、周囲の空気を凍りつかせるに余りあるものだった。
誰もが息を呑み、視線だけがリポーターとレナの間を往復する。
走っていたペン先が宙で止まり、フラッシュも鳴り止む。
レナは、差し出されたマイクを持つ手に力を込め直した。
紅い瞳は、目の前のリポーターを真っ直ぐに射抜いている。
「……訂正が必要だな。
私兵というのは文字通り、”私事で動く武装集団”を指す言葉だ。
少なくともSRTは、法的根拠無しでは動かない」
一拍。
「むしろ私兵は、我々とは真逆の存在だ。
令状など必要ない――奴らの行動理念は一つだけ……。
『積まれた札束で引き金を引く』それが私兵だ」
レナは一度だけ息を吸うと報道陣の顔を流し見た。
「我々はそうではない。
SRTの正義は、いかなる状況でも揺らぎはしない。
――『我らの剣は、義の下に』ある」
最後の一言の余韻だけが残り、誰もすぐには口を開けなかった。
ピピ――
インカムから無機質な着信音が響く。
「――失礼。ユキノ、後は頼んだ」
「……了解」
レナはユキノにマイクを渡し、一言だけ詫びると報道陣に背を向けて門から離れた。
「……こちらWOLF1」
『あ!レナちゃん私です、連邦生徒会長です!
お疲れさまでした!素晴らしい演説でしたよ!』
「……なんだ新手の詐欺か? 私は今、忙しいんだ」
『むう、酷い言い草ですね……。
せっかく褒めたのに』
聞こえる声は相変わらず柔らかく、どこか安心するような声色だった。
「用件を言え」
『……ええ、冗談はここまでにしましょう。
では単刀直入に――
キサラギ技術主任の現在地が判明しました』
連邦生徒会長の柔らかな声は、耳の奥へあまりにも滑らかに入り込んできた。
だが、その声はレナの内側を一気に冷ます。
「……何?」
発したレナの声は低かった。
先程までの余韻は、跡形もなく剥がれ落ちていた。
『キサラギ技術主任は、現在D.U.北部の高級住宅区――カイザー名義の社宅兼保護施設に潜伏しています』
(まだ俺は、何も情報を送ってないぞ……何故、技術主任の動向を把握している。
やはり……俺以外の駒が存在する……?)
レナは無言のまま、無線機のクリック音で続きを促した。
『…………あちらも、第二工場の件をもう把握しているでしょう。時間を置けば、必ず逃げます』
会長はまるで「お茶でもどうですか?」と誘うかのように自然な口調で告げる。
「……今すぐ動けと?」
『――はい、よろしくお願いします』
即答だった。
『ヘリを手配しました。今から座標をPDAに送るので、可及的速やかに、そちらへ向かってください』
「令状は?」
『ありません』
令状は無し――
つまりこれは、非正規の任務。
雷帝の
レナは、ゆっくりと目を閉じる。
やはりそう来たか、と思った。
連邦生徒会長の目的は、最初から拉致だった可能性が高い。
工場の強制捜索も、技術主任を炙り出す餌に過ぎなかったのだろう。
『”今となっては”……貴女にしか頼めないのです、レナちゃん』
レナの胸の奥に鈍い苛立ちが沈み、”裏の人格”が悲鳴を上げる。
貴方にしか頼めない。
貴方を信じる。
貴方なら任せられる。
耳障りの良い言葉ばかりを並べて、選択肢の無い人間へ命令を流し込む。
「拒否権は?」
ただ、短く返す。
『アビドスへの支援は継続中です』
柔らかい声。
だがそれは、質問に答えているようで、答えていなかった。
「……了解した。直ちに移動する」
レナはそれ以上、何も言わなかった。
言ったところで、自らの首を絞めるだけだからだ。
『パイロットには話を通してあります。コールサインは《エンバー46》。
到着まで4分。急いでください。
……朗報を期待しています』
プツリ、と回線が切れる。
レナは数秒、そのまま立ち尽くした。
正門前ではまだユキノの声が響いている。
フラッシュが夜を白く裂き、記者たちのざわめきが波のようにうねって見えた。
――憧憬。
あの光の中にいる者たちは、今のSRTをそう見るのだろう。
だが憧れは、”理解から最も遠い感情”だ。
「……っ」
レナはぐっと舌打ちを堪え、誰にも気取られぬように踵を返し――
闇の中へ沈んだ。
――
――同時刻。某自治区。
薄暗い部屋の中で、液晶画面だけが青白く光っていた。
カーテンは半分閉じられ、外の光はほとんど入らない。
机の上には開きっぱなしのノート、途中まで使った筆記具、飲みかけのペットボトル。
生活感が溢れた部屋。
だが、今その空間を支配しているのは、テレビから流れる緊急速報の声だけだった。
BREAKING NEWS。
――工場前で激しい銃撃戦。
『――あっ! 工場から誰かが出てきました! 作戦は終了したのでしょうか!?』
デスクチェアに腰掛けていた月雪ミヤコは、無意識の内に身体を乗り出していた。
『みなさん! あの方たちが――SRT特殊学園の生徒です!』
画面の向こうでは、夜の工場地帯が明滅する警光に染まっている。
ねじ曲がった正門。
厳重な封鎖線。
その前で、報道陣のフラッシュを浴びながら立つSRTの生徒たち。
「……SRT……」
小さく零した声は、自分でも驚くほど熱を帯びていた。
これまで何度も名前だけは耳にしてきた。
連邦生徒会長が作った特別な学園。
風紀委員会でもヴァルキューレでも手に負えない案件へ投入される、特別対応部隊。
『……SRT特殊学園、指定即応部隊、FOXチーム分隊長、七度ユキノです』
堂々と記者の前に立つ狐耳の少女。
乱れない姿勢。
淀みなく返る言葉。
その一つ一つに、ミヤコは息を呑んだ。
だが、本当に目を奪われたのは次の瞬間だった。
画面の端。
ひしゃげた正門の内側から、一人の少女が引っ張り出されるように前へ出てくる。
自分と同じ白い髪。
紅い瞳。
鋭く立った獣耳。
黒基調の制服。
その姿が画面いっぱいに映し出された瞬間、ミヤコは無意識に息を止めていた。
『こんばんは、みなさん。……突入班指揮官の大上レナ特務上級小隊長です』
低い声。
抑えられているのに、不思議と耳へ刺さる。
気取っていない。
大げさでもない。
なのに、そこに立っているだけで空気が変わる。
ミヤコは、知らず知らずのうちに画面へ顔を近付けていた。
『我々はそうではない。
SRTの正義は、いかなる状況でも揺らぎはしない。
――“我らの剣は、義の下に”ある』
その一言が、一直線に胸へ差し込んできた。
正義。
守るべきもののために振るわれる
あまりにも真っ直ぐで、あまりにも綺麗な言葉だった。
「……っ」
ミヤコの喉が小さく鳴った。
誰かを守るために立つ者。
法と責任を背負って前へ進む者。
自分にはまだ届かない、高い場所にいる者。
画面の中で、彼女はそのまま報道陣から離れていく。
フラッシュがまた弾け、映像が揺れる。
次の瞬間には、もう別の角度からFOXの姿が映されていた。
ミヤコは思ってしまった。
あの光の中へ。
あの人たちの隣へ。
あの剣の列の、一振りへ。
それでも、思ってしまった。
あそこへ行きたい、と。
例え、無理難題だとしても。
画面に映る彼女たちは、眩いほど輝いて見えた。
「……私も」
月雪ミヤコの瞳には、希望に満ちた――
まだ見ぬ未来だけが映っていた。
「軍事用語にルビを振るか」に関しては、その回で一度だけ表記する方向で行こうと思います。
(前回のLAV乗員のFire Commandsのように読みやすさ優先で複数回入れることも視野に入れます)
軍事用語にルビを常時付けるべきか
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付けてほしい
-
初出の一度でいい