白狼救済録 作:らんらん出荷マン
――旧聖バルバラ要塞防衛線/林道。
「
偽装網の下。
泥と枝葉で覆われた砲座の中で、GAの砲手が照準ハンドルを回していた。
重厚なギアが噛み合う鈍い音を響かせながら、巨大な砲身が僅かに旋回し、滑らかに俯仰する。
白煙の向こう。
一両のシャーマンが、盛土を乗り越えた。
そのまま塹壕を突破し、車体の姿勢が一瞬だけ崩れた。
照準線の中心に、シャーマンのシルエットが重なる。
砲手は息を止めた。
「
囁くような報告。
隣で照準を確認した砲長の生徒が、短く頷いた。
そして、冷徹に命じる。
「
同時に、砲手が発射レバーを引いた。
「
ズドォォンッ――!!
爆炎と轟音が、狭い砲座を暴力的に満たした。
砲身と砲尾が一体となって凄まじい勢いで後座し、泥に沈められた砲架が悲鳴のように軋む。
次の瞬間、復座に合わせて尾栓が開いた。
ガシャンッ――!
細長い薬莢が白煙を吐き出しながら弾き出され、泥の上を跳ね回った。
――
――第一防衛線/塹壕。
それまで聞いていた6ポンド砲とは、まるで違った。
霧と白煙の向こうから、一本の閃光が走る。
そう錯覚した、次の瞬間。
ガァァァンッ――!!
マカロン4の正面装甲で激しい火花が弾け、30トンを超える車体が、激しく揺さぶられた。
着弾の圧力によって、分厚い圧延鋼板が内側へ向けてひしゃげ、裂け飛んだ。
ズドォォンッ……!!
一拍遅れて、重く鋭い砲声が空間を殴りつけた。
「――ッ!!!」
マカロン4の無線に、短い悲鳴が走った。
金属片が車内で跳ね回る音。
インターコムを焼くようなノイズ。
そして、乗員たちの絶叫。
『……あぁッ! 脱出! 脱出して!』
『火だ……! 逃げろ!』
『ゴホッ、ゴホッ……ハッチが開かない!!』
『目がッ! 前が見えないッ!』
叫び声が混じり合い、無機質な白いノイズに呑まれていく。
鋭い弾芯は、シャーマンの正面装甲を深々と穿っていた。
弾芯の破片。剥離した装甲の破片。そして赤熱した金属飛沫。
それらが極狭の車内を跳ね回り、乗員を容赦なく切り裂き、弾薬ラックの隔壁に深くめり込んだ。
幸い、弾薬そのものの誘爆は免れた。
だが、それだけだった。
飛び散った火花と超高温の金属片が、車内の布、油、装備に次々と燃え移る。
マカロン4の上面から、あっという間に黒煙が噴き上がった。
『ぁ……ぇ……?』
無線から、チエの声にならない音が漏れる。
その奥で、他の車長たちの悲痛な叫びが重なった。
『なっ!? 何の光――!?』
『今のは速すぎる!! 高初速砲だ!! 6ポンド砲じゃないッ――!!』
『まさか……
『相手はGAだぞ! ゲヘナの高射砲なんて持ってるはずがない!』
ノイズ越しに、チエが息を呑む音が聞こえた。
『……どうして?』
かすれた声。
『……なんで、ここに』
シャーマンのキューポラから、車長の生徒が半ば転がり落ちるように這い出した。
黒煙に包まれた彼女のヘイローは、生命の危機を知らせるように激しく明滅している。
顔は煤に塗れていた。制服は破片で裂け、所々が赤く焦げ付いている。
それでも彼女は、泥の中へ落ちる寸前で踏み止まり、燃え盛る車内へ身を乗り出そうとした。
「待っててッ……!! 今、助けるから!!」
彼女が再び車体によじ登ろうとした、その瞬間。
「おい!! 待て!! 行くな!!」
レナの怒号が飛んだ。
直後、林道奥から複数の機関銃が一斉に火を噴いた。
ズダダダダッ――!!
「きゃぁッ――!!」
カンッ――!!
カン、カンッ――!!
無数の弾丸が車体を叩き、雨のように火花を散らす。
車長の生徒は銃弾を浴び、力なく滑り落ちるように車体から転がり落ちた。
ばしゃりと泥が鈍く跳ねる。
「マカロン4、大破!」
「早く救出を!」
「どうやって!? さっきの見たでしょ! 無理だよ!!」
塹壕内の正実生徒たちの間に、恐慌が走った。
燃えるシャーマン。もうもうと噴き上がる黒煙。
ハッチの内側を必死に叩く音。無線に混じる、乗員たちのくぐもった悲鳴。
助けに行かなければならない。
行かなければ。
誰もがそう思った。
だが、レナの足は微動だにしなかった。
戦場の理性が、冷たく「見捨てろ」と囁き、両足に足枷をはめたのだ。
今走れば、助けられるかもしれない。
ハッチを叩いている生徒たちを、無理やり引きずり出せるかもしれない。
だが、レナの目には同時に見えていた。
林道の奥。霧と黒煙の向こう。
今撃ったばかりのあの化け物じみた砲が、次弾を装填している光景が。
救出に人を出せば、間違いなくそこへ二発目が来る。
戦車だけではない。駆け寄った正実生徒も、SRTも、すべて吹き飛ばされるだろう。
安易な情けは、部隊全体を致命的な危険に晒す。
それは前世の記憶で、骨の髄まで思い知らされた戦場の鉄則だった。
レナは奥歯を強く噛み締める。
「全隊、停止!!」
張り裂けんばかりの怒号が、戦場の爆音と悲鳴をねじ伏せた。
「誰も林道へ出るな!」
「で、でも……っ! まだ中に! 助けないと!」
我を忘れて塹壕から身を乗り出そうとした正実生徒の襟首を、レナは容赦なく掴んだ。
そのまま、力任せに泥の中へ引きずり戻す。
「次は榴弾が飛んでくる! 吹き飛ばされたいのか!?」
「あぐッ……!」
塹壕の壁に叩きつけられた生徒が、肺の空気を抜かれ、嗚咽を漏らした。
レナは蹲った生徒を一瞥するに留め、塹壕の縁から黒煙を噴く車体の向こうを鋭く睨みつける。
「チエ!
『え? ……あっ……ま、マカロン1、了解!
――盛土手前で待機! ハルダウン維持!』
レナの怒号で、チエが辛うじて正気を取り戻す。
送信機を握り締め、震える声で各車へ指示を飛ばした。
『マカロン2、了解!』
『マカロン3、停止! 停止!』
三両のシャーマンが、盛土の手前で横に広がった。
履帯を軋ませ、泥を噛んで停止する。
車体は地形の裏に隠したまま、砲塔だけが霧と黒煙の奥へ向けられた。
「チエ!
距離は大雑把でいい! とにかく射線を切れ! 次弾を撃たせるな!」
レナが怒鳴り、即座にチエは復唱した。
『――
『
『
マカロン2と3の砲塔が、ほとんど同時に林道奥へ向く。
煙を吹き続けるシャーマン。
そのさらに向こう側。
強烈な閃光が走った、おおよその位置へ、二門の75mm砲が照準を合わせた。
『
ドンッ――!
ドンッ――!
二発の白燐弾が、シャーマンの左右を掠めるように飛び越え、林道の奥へ落ちる。
ブシュァァァァッ――!!
白い火片と濃密な煙が、霧の奥で一気に膨れ上がった。
林道を完全に塞ぐように白煙が広がり、砲座とマカロン4の間に分厚い煙幕を作る。
だが、レナは知っていた。
煙は、あくまで目眩ましであり、装甲を貫く砲弾は防げない。
ただ、次弾の照準を狂わせ、数秒の時間を稼ぐだけのものだ。
「ジャスティス4! 二名を出せ!」
「りょ、了解!」
「WOLF4!」
「――イエスマム!」
レナの声に、メイが即座にタワーシールドを構えた。
白い翼を畳み、泥にまみれた塹壕の斜面を力強く蹴る。
「あそこで倒れている車長を回収しろ! 戦車には近付くな!」
「……ッ、行ってくる!」
一瞬だけ、メイの目が揺れた。
燃える車内には、まだ生徒がいる。それを見捨てる命令だったからだ。
だが、彼女はレナの判断に逆らわなかった。
巨大な盾を前に押し出し、ジャスティス4の二名を伴って塹壕から飛び出す。
白煙の向こうから、再び機関銃が唸り声を上げた。
ズダダダダダッ――!!
「総員! 援護しろ!」
メイと正実生徒たちが塹壕から這い上がった瞬間、レナの号令で全員が銃口を向け、一斉に撃ち返した。
ズダダダダッ――!!
ダダダダダッ!!
「くっ……!」
前後から飛び交う弾幕の中、メイのタワーシールドに次々と弾丸が叩きつけられる。
激しい火花が散る。
衝撃が分厚い装甲越しに腕を伝い、肩の骨を軋ませた。
足下の泥がズルズルと滑り、歩みを重くする。
それでも、メイは歩みを止めなかった。
「早く! 車長さんを引っ張って!」
「はいっ!」
「ほら! 持ち上げるよ!」
ジャスティス4の二人が、盾の陰から飛び出すように腕を伸ばす。
泥の中に倒れているマカロン4の車長は、まだ意識があるのか、指先だけを微かに痙攣させていた。
ヘイローは激しく明滅しているが、消えてはいない。
それだけが、この凄惨な場で許された、唯一の救いだった。
「「せーのッ!!」」
二人は車長の足首と脇を掴み上げ、後退を始める。
その瞬間、林道奥から別の機関銃が火を噴いた。
ズダダダダッ――!!
弾丸の雨が、シャーマンの車体を容赦なく叩き据える。
そのすぐ横に立つメイの盾へ、複数の火線が殺到した。
「うっ……!」
波状的に押し寄せる衝撃で、メイの体が半歩後ろへ押し戻される。
それでも、盾だけは決して下げなかった。
(戦車に近付いていたら……蜂の巣だった)
メイは歯を食いしばり、必死に盾を支え続けた。
「チエ、砲撃で援護だ!
『了解!
――
マカロン隊が、白煙越しに榴弾を容赦なく叩き込む。
ドンッ――!
ドンッ――!
ドンッ――!
三発の榴弾が、白煙の向こうへ吸い込まれるように消えた。
直後、林道奥で赤黒い土煙が舞い、砕けた木片が空高く跳ね飛ぶ。
機関銃の執拗な掃射が、一瞬だけ乱れた。
その僅かな隙を突き、ジャスティス4の二人はマカロン4の車長を引きずったまま、塹壕へ転がり込んだ。
「こっち! 早く!」
塹壕内から伸びた正実生徒の手が、三人を力強く掴む。
泥と煙に塗れた車長の身体が、壕の内側へ安全に引きずり込まれた。
「メディック! 包帯と水!」
「意識は!?」
「ある! 反応は薄いけど!」
その言葉に、張り詰めていた塹壕内の空気がほんのわずかに緩んだ。
だが、燃える車内には、まだ四人が残されている。
レナに安堵する余裕など微塵もなかった。
「クソッ。いい加減な情報を……」
情報にない、未知の兵器。
いや。
本当は、未知ではない。
(あのクルセイダーに大穴を開けたのは、さっきの奴か)
レナの脳裏に、
正面から食い破っていたあの無惨な貫通痕。
6ポンド砲の所業にしては、あまりにも暴力的な傷跡だった。
あの時の違和感が、今、目の前の黒煙と完全に結び付いた。
「チエ!」
レナは燃えるマカロン4から目を離さずに叫ぶ。
「今の砲は何だ!」
無線の向こうで、チエが息を呑む音がした。
『あれは……恐らく、17ポンド砲です』
「何……? 17ポンドだと」
レナが反芻した言葉に、塹壕内の空気が一瞬にして凍り付いた。
『……はい』
チエの声は微かに震えていた。
恐怖ではない。
怒りと、混乱と、信じたくない現実を、無理やり言葉の形にしている声だった。
『6ポンド砲じゃありません。砲声も、弾速も、飛翔音も、すべて桁違いです』
「……どうして、そんなものをGAが持っている。お前たちは、何か隠していたのか?」
レナの声は氷のように冷たかった。
だが、チエは即座に否定した。
『ち、違います! 本当に、私たちは知りません!』
「なら、なぜここにある」
『雷帝対策の一つとして、数門がトリニティに試験納入されたことは知っています。
ですが、あれは危険な兵器です。本来は厳重に保管されていて、ここに存在するはずがありません。
……少なくとも、公式の装備表では』
「装備表では、か」
レナは低く呟いた。
燃えるシャーマンの黒煙が、霧の中へゆっくりと溶けていく。
白煙の幕の奥で、敵の砲座は不気味なほど沈黙していた。
だが、沈黙しているだけだ。死んだわけではない。
「GAが書類を改竄して持ち出した。あるいは、共感した誰かが見逃した」
『……その可能性が高いです』
レナは塹壕の縁から身を引き、泥に濡れた壁へ背を預けた。
「アレは安易に運べる物じゃない。移動には大型の牽引車両が要る。
そのデカさ故に、射界を作るためには木を切る必要もある。
それをここまで運び込ん――」
そこまで言いかけて、レナは言葉を止めた。
自身の推測に、決定的な違和感が混じる。
(……いや、待て)
あの位置からでは平原までの距離がありすぎる。
それに、木が邪魔だ。平原側を狙うには、明らかに射界が足りない。
あれほど派手なマズルフラッシュなら、平原側の林縁に据え付けた時点で、何かしらの目撃情報があるはずだ。
レナの背中に、言いようのない悪寒が走った。
(牽引砲は、一度据え付ければ簡単には動かせない。なのに、正実は誰もあの砲を見ていない)
では。
あのクルセイダーを撃ったのは、何だ。
レナは再び塹壕の縁へ身を寄せ、燃えるマカロン4の向こうを睨み据える。
「少なくとも、分かっていることは一つだ」
霧の向こうで、立ち昇る黒煙が風に揺れていた。
その奥にある林道は、静まり返ったままこちらを待ち構えている。
「この道は、槍衾だ」
その言葉に、チエが息を呑んだ。
『槍衾……。ということは、複数あると?』
「そのつもりで動け。油断するな」
レナは短く、断定的に言い切った。
「これまでの情報は一切信用するな。奴らは、それを逆手に取ってくる」
『……ッ』
「GAは特務部隊だ。なら、兵器を紙の上から消すことも、ありもしない場所に置くことも、造作もないだろう」
塹壕内にいた正実生徒たちの顔が、一様に強張った。
ティーパーティー直轄の
護衛であり、監視であり、諜報であり、影の記録係でもある部隊。
そのGAが、重対戦車砲を密かに持ち出し、バルバラ要塞へ運び込み、砲座を作り、弾薬を集積していた。
それを、正実は知らなかった。副委員長も知らなかった。
少なくとも、小隊長の平野チエは知らされていなかった。
それはつまり、トリニティの
何が真実で、どれが嘘なのか。
この場にいる者たちだけで確かめることは、もはや不可能に近い。
「諜報が得意な子たちを敵に回すのは、厄介ね……」
近くに立つレンが、ぼそりと呟いた。
「隊長……これから、ど、どうしますか……?」
レナの傍らで、リノが問いかける。
声は震えていた。
けれど、その視線だけは、レナから逸らさなかった。
「正面は塞がれた。このまま林道へ進めば、もれなく全員ミンチだ」
レナは、再び林道奥の白煙へ視線を向けた。
「だが、GAの目的は殲滅ではない。ティーパーティーが政治的に折れるまで、我々をここで足止めすることだ」
「足止め……?」
正実生徒の一人が息を呑む。
「私たちを、ここで止めておくだけでいいってことですか」
「ああ、そうだ」
レナはARのマガジンを抜きながら頷いた。
残弾を確認し、迷いのない動作で再び挿入口へ叩き込む。
「戦闘が長引くほど、ティーパーティーはこの件を内密に処理できなくなる」
レナは一拍置き、周囲を一瞥した。
塹壕内にいる正実生徒たちの間に、ざわめきが広がる。
リノが白煙の向こうを睨み、息を呑んだ。
「GAの声明が漏れれば、三大派閥も黙っていません」
「そうだ……外が騒ぎ出すまで、耐えればいい。
だからGAは我々を相手に――“手加減”をしている」
レナの放った言葉に、塹壕内の空気が凍てついた。
「手加減……? あれで、ですか?」
正実の生徒が、震える声で呟いた。
塹壕のすぐ先には、絶望的な黒煙を上げるマカロン4。
TORTOISEとジャスティス3は、後方で既に戦闘不能。
平原には、迫撃砲弾が抉ったすり鉢状の跡が無数に刻まれている。
これで手加減だと言われても、誰もすぐには呑み込めなかった。
だが、レナは表情一つ変えなかった。
「本当に殲滅する気なら、マカロン4一両で終わらせない。二両目が林道へ出るまで待つか、撃破直後に迫撃砲と歩兵を同時に叩き込んでいたはずだ」
「……」
「GAは告発者という立場を捨てたくない。正実とSRTを必要以上に血祭りに上げれば、ただの危険な反乱部隊に成り下がる」
正実生徒が、青ざめた顔で塹壕の外を見た。
「では……私たちにとって時間は」
レナは静かに頷いた。
「敵だ。地の利はGAにある」
その時だった。
RAVEN1は背負ったセンサーパックから伸びる指向性マイクを塹壕の縁へ向け、ヘッドセットに手を当てた。
「……WOLF1、面倒な事態だ。林間から複数の音源を検出。かなりの数だ」
「どれくらいだ」
レナの短い問いに、RAVEN1は耳を澄ませたまま答える。
「正確な数は不明。ただ、分かるのは……一個小隊では済まない規模だ」
「どこから来る」
「音源の分布から推測して、左右から。包囲する気だ」
「……そうか」
レナは、冷たく事実を並べた。
「この塹壕は囮だ」
GAは、この塹壕を奪われたのではない。奪わせたのだ。
ここに誘い込み、足を止めさせ、正面を巨大な槍で塞ぐ。
そこへ左右から歩兵を流し込み、塹壕ごと押し潰す。
(よく訓練されている。流石マンモス校のエリート部隊だ)
単純だが、嫌になるほど堅実で狡猾な罠だった。
レナが思考を切り上げると同時、無線越しにチエの声が震えた。
『どうして……このタイミングで?
さっきの混乱に乗じて、歩兵を突っ込ませれば良かったのに』
チエの疑問はもっともだった。
マカロン4が撃ち抜かれ、指揮系統が最も動揺していた数十秒前。
あの時に左右から歩兵が雪崩れ込んでくれば、 塹壕から追い出されていたかもしれない。
だが、GAはそれをしなかった。
「ツルギだ」
レナは一言で答えた。
「奴らは、あのツルギが突っ込んでこないか極度に警戒している。包囲の足が鈍いのはそのためだろう」
レナは白煙の向こうを睨みながら、淡々と続ける。
「……我々はそこを突く。スピードが命だ。あいつがここにいないと悟られる前にな」
レナは塹壕内の部隊へ、手早く、そして的確に指示を飛ばした。
「WOLFとGOATは左の連絡路から進出して防衛線を展開、左翼林間に潜むFOXと連携して包囲を崩す。
RAVENは引き続き、敵の動向を監視。
正実はジャスティス1と2で右翼を防衛。
ジャスティス4は左翼で警戒、すり抜けた奴らが来たらマカロンと協力して追い返せ」
「17ポンド砲は?」
正実生徒の一人が切実な質問を投げる。
レナは、燃えるマカロン4の向こうを見据えたまま答えた。
「我々が左翼から接近し、奴らの目を引く」
白煙の奥には、まだ見えない槍の穂先が、静かにこちらを向いている。
「その間にFOXが左翼林間から回り込み、潜んでいる砲の位置を割り出す」
レナはARのセレクターを弾き、ジャスティス1と2の正実生徒たちを一瞥した。
「塹壕から出るなよ。守るだけでいい。右翼の詳細は不明だ」
「了解しました!」
レナの指示を受け、正実生徒の隊員たちが塹壕内で素早く配置に散った。
平原へ視線を移せば、マカロン隊の残存三両が、盛土の影でハルダウンを維持しつつ、砲塔を林道奥と左右の林間へ向けている。
塹壕の隅。
放置された木箱に腰を下ろし、ぼんやりと一点を見つめているスイのヘルメットを、レナはコンッ――と小突いた。
「起きろ、WOLF3。休息は終わりだ」
「え……? あっ、アイコピー!」
スイが弾かれたようにLMGを抱え直す。
レナは塹壕内を見渡し、声を張った。
「――総員戦闘体制! お嬢様方がダンスをご所望だ! 存分に相手をしてやれ!」
レナは叫ぶように号令を上げると、集まったSRT隊員たちへ視線を向けた。
「WOLF、GOAT、
「「「
呼応と同時に、WOLFとGOATが動いた。
塹壕の角を蹴り、左へ伸びる連絡壕の角へ、流れるような動作で張り付いた。
「WOLF4! 先行しろ!」
「イエスマム!」
メイは自身のコンバットショットガンをセミオートモードに切り替え、盾を構えた。
「ムーブ!」
レナが低く叫ぶ。
即座にメイは、角から飛び出した。
狭い連絡壕を、白い翼を畳んだ巨体が滑るように抜ける。
タワーシールドの縁が板材を擦り、湿った土がぱらぱらと崩れ落ちた。
その後ろに、レナ。 さらにリノ、スイ。 GOATの四名が続く。
レナは前を往くメイの盾の陰から、ARの銃口を先へ向けたまま歩を進めた。
「止まれ」
レナが短く囁くと、メイがピタリと足を止める。
「ここを防衛線とする。GOATは左の壕へ展開、林に紛れて来る奴を狙い撃て」
レンは無言で二本指を振った。
GOATの隊員たちが、土嚢の低い位置へ散開し、互いの射界を重ね合わせる。
「WOLF3と4は敵側へ続く連絡壕を警戒」
「ウィルコ」
「イエスマム」
メイが姿勢を低くすると、片膝を泥に沈め、分厚い盾を地面に突き刺した。
その後ろでスイはLMGを構え、二脚を盾の縁に引っ掛けて連絡壕の先へ銃口を向ける。
「WOLF2は私に付いてこい。右の壕を押さえるぞ」
「了解」
リノは短く答え、レナと共に右へ伸びる壕に走る。
ここは林道に最も近い。迂闊に頭を出せば、機関銃か、最悪、あの17ポンド砲に吹き飛ばされる。
リノは土嚢の隙間からDMRを据える。
必要最低限の露出に留め、スコープの倍率を上げた。
『――WOLF1、こちらRAVEN1』
レナのヘッドセットに、緊張感を孕んだRAVEN1の声が滑り込んできた。
『注意しろ。そちらの位置から約150mで敵が停止。足音が散った。遮蔽物の陰に――』
途中で、RAVEN1の声が不自然に途切れた。
『上だ! 複数の風切り音! 伏せろ――!!』
RAVEN1の焦ったような報告に、レナは空を仰いだ。
「総員、伏せろ!」
レナの叫びと、ほぼ同時だった。
ヒュルルルルルッ――!
死神の笛の音にも似た鋭い風切り音が、幾筋も空から降ってくる。
直後――。
正実が守る塹壕の周囲と、レナたちが張った防衛線で連続した爆発が起きた。
ドォォォンッ!!
ズドォォンッ!!
『きゃあッ!』
『うぐッ……!』
爆風が泥と木片を天高く舞い上げ、雨のように塹壕の中へ降り注ぐ。
衝撃波が周囲を駆け抜け、鼓膜を激しく殴打した。
レナは降り注ぐ泥と木片に塗れながら無線機のスイッチを押した。
「FOX1!FOX1! こちらWOLF1だ! 聞こえるか!?」
『こちらFOX1……援護は必要か?』
ユキノの抑制された冷静な声がヘッドセットに流れる。
「その必要は無い! こちらは対戦車砲に戦車を一両破壊され、頭を抑えられている状況だ!
お前たちは、敵の突撃に合わせて後方へ回り込み、潜んでいる対戦車砲の座標を送れ! オーバー!」
戦車を破壊された。
『ッ……! FOX1了解……これよりFOXは
その報告に、ユキノが僅かに息を呑んだのが分かった。
「恐らく、対戦車砲は複数ある!
分かっていると思うが、交戦は避けろ!」
『了解した。偵察に専念する。アウト』
通信が切れた。
レナはARを構え直し、泥だらけの顔で声を張り上げた。
「エンゲージ! 奴らを追い払え!」
――
――左翼林間/FOXチーム。
「了解した。偵察に専念する。アウト」
ユキノは、無線機から手を離すと同時に片手を上げた。
FOXの三人が、音もなく視線を向ける。
「FOX、新たな任務だ」
短く告げた。
「シャーマンが一両やられたらしい」
「「「……」」」
三人の間に、一瞬だけ鋭い動揺が走った。
「現在、本隊は対戦車砲と迫撃砲に頭を押さえられ、塹壕内で拘束されている」
ニコが、無言のままショットガンのチャンバーをチェックした。
「じゃあ、今度は裏側を見るってことだね」
「そうだ」
ユキノは頷く。
「我々に与えられた任務は、敵対戦車砲の捜索だ。
交戦は極力避けろ。レナの予測では、対戦車砲は複数あるとのことだ」
「うーん……撃てたら楽なんだけどねぇ」
オトギが背負った対物ライフルに手を添えて笑う。
だが、その目は全く笑っていなかった。
「却下だ。撃った瞬間にバレる」
ユキノは即座に切り捨てた。
敵の全容が不明な状態で、こちらの存在を知らせるのは悪手でしかない。
ユキノはゆっくりと立ち上がり、ARの銃口を下げたままハンドサインを出した。
「ムーブ」
クルミを先頭にFOXは、再び霧の海へ影のように溶け込んでいく。
霧の向こうでは、また迫撃砲が降っていた。
爆発のたびに木々の枝が震え、くぐもった轟音が林全体を駆け巡っていた。
平原側へ向かって前進していくGA歩兵たちの足音が、次第に聞こえてくる。
観測班排除の時よりも、森は明らかに騒がしかった。
木々の隙間を抜け、窪地を這い、苔生した倒木を跨ぐ。
張り詰めた感覚器官が微細な敵の気配を拾い上げ、死角から死角へと縫うように進み続ける。
やがて周囲から激しい銃声が響き始めた頃、クルミがピタリと足を止め、ハンドサインを出した。
全員が姿勢を極限まで下げ、傍の茂みに身を潜める。
クルミは、少し開けた地面へ、ゆっくりと指差した。
ユキノが音もなくクルミの隣へ移動し、視線を落とす。
轍だった。
湿ってぬかるんだ腐葉土の上――尋常ではない重量物が碾き潰したことを物語る、深く太い二本の溝が伸びている。
「……野砲を牽引した跡だね」
ニコが小声で囁いた。
ユキノは轍の幅と深さを一瞥し、短く頷く。
「随分深い。あれがターゲットのものと見て間違いない」
轍は少し先で二手に分かれていた。
片方はFOXのいる左翼林間の奥へ。もう片方は、林道へ向かう作業道へ続いていた。
「少なくとも……二門ある」
その言葉に、オトギが小さく舌打ちする。
「レナの読み、当たりかぁ……」
「まだ断定はしない」
ユキノは立ち上がり、周囲を鋭く見渡した。
「轍を辿る」
ユキノが短く告げる。
クルミが頷き、再び先頭を取った。
FOXは霧の中を進む。
濡れた下草を踏み潰さないよう足を置く場所を選び、GAが使った踏み跡の外側を、なぞるように脚を踏み出していく。
その時、前方の霧の奥で、微かな金属音がした。
クルミが片手を上げる。
全員が止まった。
数秒後、霧の奥から白い制服の影が二つ現れる。
GAの生徒だ。
一人はライフルを持ち、もう一人は肩から巻かれた黒いケーブルを下げている。腰には小型の野戦電話機らしき箱。
伝令か。通信班か。
どちらにせよ、ただの歩兵ではない。
そして、そのすぐ後ろには――。
大径の車輪と、ハの字に突き出た巨大な砲脚がユキノの視界に入った。
あまり筆が乗らないので、来週は投稿をお休みするかもしれません。
無事に書き上がったら投稿します。