白狼救済録 作:らんらん出荷マン
――右翼林間/林道側砲座。
コールサイン、Longinus-2。
「
「
砲手は照準ハンドルを握り、盛土の陰から這い出したイージーエイトを照準器の中央へ追い込んでいく。
「
その声を断ち切るように、遠く左翼林間で一発目の白燐弾が炸裂した。
間髪を入れず、林道側砲座の前方へ二発目が飛び込んでくる。
ボシュウウウッ――!!
「……ッ!」
白熱した燐片が土と枝葉の間へ撒き散らされ、噴き上がった白煙が照準器の視界を一息に塗り潰した。
「
イージーエイトを見失った砲手は、照準ハンドルを止めた。
「落ち着け! 向こうもこちらは見えない! 方位、仰角、そのまま!」
砲長は白煙の奥を睨み据えたまま、ふと左翼へ目を向けた。
林道を隔てた先。
木々の梢を越えて、もう一つの白煙が膨れ上がっている。
Longinus-1の砲座がある位置だった。
「……待て」
砲長の声から、熱が消えた。
「なぜ、あそこにも落ちている?」
先に発砲し、位置を晒した自分たちなら、まだ分かる。
だが、Longinus-1は偽装の下から、まだ一発も撃っていない。
正面の敵に、その位置を知る術などないはずだった。
にもかかわらず、白燐弾は迷うことなく、二つの砲座の視界を塞いでいる。
「まさか……!?」
砲長は通信班へ振り返った。
「Arxへ報告! 敵観測員が浸透している可能性あり!」
通信兵は即座に野戦電話機のハンドセットを持ち上げた。
「Arx、Arx! こちらLonginus-2!」
『…………』
沈黙。
砲座の正面では、白煙の向こうからイージーエイトのエンジン音だけが低く響き続けていた。
「……な、なんで?」
通信兵は再びハンドセットを耳へ押し当て、呼出用の発電ハンドルを強く回した。
カリカリと、乾いた機械音が鳴る。
だが、受話器の向こうは死んだように静まり返っていた。
「砲長……応答ありません。回線が死んでいます」
砲長の目が見開かれ、頬からゆっくりと血の気が引いていく。
「何……?」
左翼砲座へ落ちた白燐弾。
自分たちの正面を塞いだ白煙。
そして、途絶した有線電話。
偶然ではない。
砲座を割られたうえ、通信線まで断たれている。
「くッ……! 裏を取られた!」
未確認の敵がいる。
自分たちの側面か、背後。
バルバラへ続く林の、どこかに。
砲座の位置は、完全に暴かれていた。
砲を捨てて後退するか。
護衛に断線箇所を探らせるか。
だが、その判断に使える時間が、もう残されていない。
「……」
白煙の向こうでは、イージーエイトのエンジン音が途切れることなく唸っている。
「戦闘続行ッ――!」
砲長は、喉元までせり上がった恐怖を噛み殺した。
「イエスマム!」
砲手は白煙しか映さない照準器を睨み、撃発レバーを握り締める。
「
「
ズドォオオンッ――!!
眩い砲炎が霧と白煙を橙色に染め、放たれた
――
――第一防衛線/マカロン1。
イージーエイトは塹壕線の盛土を越え、黒煙を噴くマカロン4のすぐ右後方へ出た。
(――ッ、光った!)
そう認識した、次の瞬間――。
ヒュッ――バン!!
超音速の弾芯が生み出す鋭い衝撃音とともに、何かが車体左側とマカロン4の間を一直線に貫いていった。
直後、後方の盛土が深く抉られ、弾け飛んだ土塊が塹壕の中へ降り注ぐ。
一拍遅れて――。
ズドォォン……!
霧の奥から、重い砲声が追いついた。
前進八メートル。
そして、右偏差三メートル。
煙幕に呑まれてから進んだ、その僅かな距離が、イージーエイトを弾道から紙一重で外していた。
「第二目標、発砲確認!」
チエの声が
『どうする!? 第二目標を狙うか!?』
砲手の声が焦りに上擦った。
だが、第一目標は、まだ沈黙したまま残っている。
ここで照準を振れば、その一射を許す。
「照準そのまま! 第一目標を優先!」
『第一目標! 了解!』
砲手は照準を維持し、受領済みの射撃諸元へ微調整を加えた。
『
「
『
ドンッ――!!
76mm砲が火を噴き、イージーエイトの車体が重く揺れた。
榴弾は白煙を貫き、一直線に左翼林間へ吸い込まれていく。
ドォオンッ……!
榴弾は17ポンド砲の砲脚から僅かに外れた右脇へ叩き込まれた。
地面が爆ぜ、砲座を覆っていた偽装網と枝葉が、土砂もろとも宙へ舞う。
爆圧を受けた砲架が横へずれた。
防盾を回り込んだ破片が照準器を叩き割り、右輪を破壊する。
支えを失った砲架が、大きく傾いた。
周囲にいた砲員たちは衝撃波に薙ぎ倒され、砲脚や弾薬箱の間へ転がっていく。
「うぁ――!」
「あぁッ!」
積み上げられていた木箱も爆風に煽られ、蓋の開いていた箱から砲弾が土の上へ転がり落ちた。
「みんな、無事!?」
「砲がやられました!」
砲長は17ポンド砲へ目を向けた。
砲身そのものは折れていない。
だが、照準器と足回りを破壊され、もはや狙いを定められる状態ではなかった。
「持ち場を放棄! 後退よ!」
動ける砲員たちは倒れた仲間を抱え起こし、砲座を捨てて後方へ下がっていった。
――
――Longinus-2。
白煙の向こうが、一瞬だけ橙色に明滅した。
続いて、腹の底を震わせる76mm砲の発砲音が届く。
「クソッ!」
砲長が叫んだ。
先ほどの発砲で後座した砲身は、すでに元の位置へ戻っている。
開いた閉鎖機から熱を帯びた硝煙が立ち昇り、吐き出された空薬莢が砲尾の下を転がっていた。
「
装填手が細長いAPDS弾を薬室へ押し込む。
砲弾が収まった瞬間、閉鎖機が鋭い金属音とともに閉じた。
「
「
砲長が鋭く叫び、砲手は照準ハンドルを勢いよく回した。
「
「
「
ズドォオオンッ――!!
二発目のAPDS弾が、イージーエイト目掛けて飛び出した。
――
――マカロン1。
左翼林間で榴弾が炸裂した、その直後。
白煙の奥が再び閃いた。
(来る――!)
チエが反射的にキューポラの中へ首を引こうとした瞬間――。
ギャリィィンッ――!!
耳を劈く金属音とともに、APDS弾の弾芯が砲塔天板の前縁を浅い角度で掠めた。
弾芯は激しい火花を引きながら上方へ弾かれ、その延長線上にあった対空重機関銃の銃架を引き裂いて、後方へ消えていく。
削り飛ばされた天板の鋼鉄片が、扇状に砲塔上へ撒き散らされた。
その一つが、チエの左側頭部へ飛び込んだ。
ガンッ――!!
「――ぐぁッ!?」
視界が白く染まる。
鋼鉄片は、タンカースヘルメットの上から被っていたスチールヘルメットの左縁を斜めに叩いた。
帽体が大きく歪み、顎紐が引き千切られる。
弾かれたスチールヘルメットが宙へ舞い、衝撃を受けたチエの頭部がキューポラの縁へ激突した。
「……ぁ……」
声にもならない息が漏れる。
そのままチエは意識を失い、力なく砲塔内へ滑り落ちていった。
『小隊長が負傷ッ!』
装填手が目を見開き、榴弾を抱えたまま叫ぶ。
『クソッ……!』
『そんな……』
『ウソでしょ……?』
インターコムの向こうで、他の三人が息を詰めた。
『チエちゃん!』
「…………」
返事はない。
スチールヘルメットの下に着けていたタンカースヘルメットも、左側面が押し潰され、縫い目の一部が裂けている。
チエの額からは鮮血が流れ、濡れた黒髪が肌へ張り付いていた。
『しっかりして!』
装填手はチエへ呼び掛け続ける。
『チエちゃん! 聞こえる!?』
頭上のヘイローは激しく明滅していた。
何度呼び掛けても、チエの瞼は動かない。
だが、胸は僅かに上下している。
安否を確かめる間もなく、砲手の怒声がインターコムを貫いた。
『私が指揮を執る!』
砲手は旋回操作ハンドルを右へ倒した。
『
油圧機構の唸りとともに、砲塔が林道側へ素早い旋回を始めた。
『
装填手は、倒れたチエと開いた砲尾を交互に見る。
「
――
――Longinus-2。
「
二発目を撃ち終えた17ポンド砲の砲尾が開き、熱を帯びた空薬莢を吐き出した。
ガァンッ――!
長い薬莢が地面へ落ち、先に転がっていた薬莢へぶつかる。
「
「分かっています!」
――
――マカロン1。
装填手は榴弾を抱え上げ、砲尾へ押し込んだ。
砲弾が薬室の奥へ収まった瞬間、半自動閉鎖機が勢いよく閉じる。
「
装填手は閉鎖を確認し、砲尾から身体を離した。
定められた方位へ砲身が向き、砲手は足元の発射ボタンに足を乗せる。
『
ドンッ――!!
二発目の76mm榴弾が砲口から飛び出した。
――
――Longinus-2。
装填手は三発目のAPDS弾を砲尾へ叩き込んだ。
「
「
「Fir――!」
ヒュッ――!!
砲長の声を、何かが空気を切り裂く音が塗り潰した。
ドォオオンッ――!!
76mm榴弾が、防盾の左前方へ叩き込まれた。
爆圧と無数の破片が、砲座へ襲い掛かる。
「きゃああッ!?」
防盾の外側にいた装填手が爆風をまともに浴び、砲脚を越えて投げ出された。
飛散した破片が照準器を砕く。
俯仰機構と砲身を支える
「砲長!!」
護衛の生徒が叫びながら、倒れた装填手へ駆け寄った。
「下がりましょう! ここには留まれません!」
砲長は砕けた照準器へ一度だけ目を向け、即座に決断した。
「砲は捨てる! ただちに
支えを失った長い砲身は俯角側へ落ち込み、地面すれすれで止まっている。
防盾の周囲では、白煙と土埃が渦巻いていた。
もはや、次弾を撃てる状態ではない。
「動ける者は負傷者を運べ! 行くぞ!」
――
――右翼林間/Longinus-2監視地点。
榴弾の爆風が林内の空気を大きく揺らした。
ユキノは倒木の裏へ身を伏せ、頭上を飛び過ぎていく小枝と土砂をやり過ごす。
爆風が収まると同時に、
照準器は砕け、砲身は地面へ垂れ下がっている。
動ける砲員たちは、倒れた仲間を引きずりながら後退を始めていた。
再装填の動きはない。
砲へ戻ろうとする者もいない。
『……FOX1、こちらFOX2。第一目標、砲座放棄。戦闘不能を確認』
僅かな間を置き、ニコの通信が入った。
「了解。第二目標も同様だ」
ユキノは無線機のチャンネルを切り替えた。
左翼からは、途切れ途切れに銃声が響いている。
「WOLF1、こちらFOX1。
『了解した! FOX、潜伏は継続しろ!』
ユキノは砲座から視線を外し、林道のさらに奥へLPVOを向ける。
「FOX1、了解。アウト……」
送信を終えても、ユキノはLPVOから目を離さなかった。
白煙の奥へARを向け、放棄された17ポンド砲より、さらに深い林道の先をゆっくりと走査する。
倒木。
崩れかけた石垣。
林道の左右へ積み上げられた土嚢。
砲声は途絶えていた。
「……」
聞こえるのは、遠くから響く銃声だけ。
とても静かだった。
まるで林そのものが、息を潜めているかのように。
――
――左翼林間/GA左翼歩兵部隊。
コールサイン、Velites-1。
ダダダダダッ――!
円盤型弾倉を備えたGAの機関銃が、低く重い銃声を林間へ響かせる。
ダダダダダッ――!
カチ――。
「マガジン交換! カバーして!」
弾倉を撃ち切った生徒が倒木の陰へ沈み込み、その隣から別の生徒が身を乗り出した。
SRTへ短い連射を浴びせ、すぐに頭を引く。
絶え間ない銃撃戦。
どちらも攻撃の手を緩めず、戦闘は膠着状態に陥っていた。
「押し返しなさい! このままでは後退できません!」
Velites-1の部隊長が、木の根元へ身を伏せたまま叫んだ。
その直後。
ヒュンッ――!
「!?」
第一防衛線の方向から、何かが猛烈な速度で頭上を通過した。
ドォオンッ――!!
一拍遅れて、木々の梢を越えるように土煙が立ち上った。
Longinus-1の砲座がある方向だった。
「……まさか、やられたのですか!?」
Velites-1の部隊長は、土煙の向こうを凝視する。
白燐煙に包まれていた左翼砲座の周囲へ、黒い煙が混じり始めていた。
傍らにいた通信兵が、野戦電話機のハンドセットを耳へ押し当てる。
「Longinus-1! こちらVelites-1! 応答してください!」
『…………』
返答はなかった。
聞こえるのは、回線の向こうで微かに鳴る雑音だけだった。
「もう一度呼び出しなさい!」
「Longinus-1! 応答を――」
ドォオオンッ――!!
林道を挟んだ右翼から、さらに一発の爆発音が響いた。
木々の隙間を抜けてきた衝撃が、地面へ伏せていた生徒たちの身体を僅かに揺らす。
部隊長は息を呑んだ。
一門だけではない。
林道側のLonginus-2まで、続けざまに攻撃を受けた。
先ほどまで聞こえていた17ポンド砲の砲声は、もう響いてこない。
「こんな、呆気なく……二門とも……」
幹に背を押しつけた部隊長の横で、通信兵がハンドセットに向かって叫ぶ。
「Arx、こちらVelites-1! Longinus-1方向に爆発を確認! 呼びかけるも応答なし!
Longinus-2方向でも同様の爆発を確認! 両砲座ともに戦闘不能の可能性大!」
『こちらArx。Velites-2からも、同様の報告を受けています』
僅かな間を置き、前線指揮官は声を整えた。
『……Longinus両砲座、戦闘不能と判断します。
Velites-1は、既命令どおり3rd Frontへの後退を継続してください』
「Velites-1、了解!」
通信兵はハンドセットを胸元へ下ろし、部隊長へ振り返った。
「――部隊長! Arxより、後退継続の指示です!」
正面では、SRTの銃撃が再び激しさを増していた。
ダダダダダッ――!
倒木の表面へ弾丸が食い込み、弾けた木片が部隊長の頬を掠める。
弾倉を交換した機関銃手が、再び銃身を倒木の上へ押し出した。
(……もう、砲座からの援護はない)
「部隊長――!」
部隊長は、黒煙の上がる林間を一度だけ見た。
「後退を再開します!」
この場へ留まり続ければ、いたずらに部下を消耗させるだけだ。
手持ちの弾薬も底を尽きかけている。
多少の被弾を覚悟してでも、今ここで退かなければならなかった。
「各班、負傷者を連れて3rd Frontまで後退!
機関銃班は援護! 殿を務めなさい!」
「「「イエスマム!!」」」
機関銃班が倒木の陰から身を乗り出した。
ダダダダダッ――!!
円盤型弾倉から次々と弾薬が送り込まれ、短い連射が林間を薙ぐ。
SRT側の立木や地面へ弾丸が食い込み、跳弾が甲高い音を響かせた。
「第一班、後退!」
部隊長の命令を受け、前方にいた生徒たちが負傷者の腕を肩へ回す。
一人では歩けない者を二人がかりで支え、木々の間を引きずるように後退を始めた。
援護射撃を続ける機関銃手の脇で、弾薬手が新しい弾倉を抱え、身を縮める。
射撃が途切れるたび、SRTの弾丸が殺到した。
パパパパパッ――!
傍に横たわる倒木の上端が削られ、砕けた樹皮が飛び散った。
「ッ……!」
部隊長は反射的に顔を伏せた。
敵の射撃は激しい。
だが、先ほどまでと比べれば、明らかに間隔が開き始めている。
連射が短い。
射撃位置を変える動きも鈍い。
(向こうも、限界のはず……)
ならば、今しかない。
「第二班、後退!」
「イエスマム!」
前線に残っていた生徒たちが、木の陰から一斉に飛び出した。
機関銃班はその背中を守るように、残った弾丸を正面へ叩き込む。
ダダダダダッ――!!
「走れ!」
「もう少しです!」
木々の間を縫うように、GAの生徒たちが要塞側へ下がっていく。
その動きを捉えたGOATの隊員が、無線へ報告した。
『敵が下がった!』
直後――。
「撃ち方、止め! 各員、残弾報告!」
レナの鋭い声が、SRTの動きを止めた。
――
――右翼林間/GA右翼歩兵部隊。
コールサイン、Velites-2。
車体機銃の弾丸が、倒木と盛土の間を絶え間なく削っていた。
ババババババッ――!!
土が弾け、木の幹から細かな破片が飛び散る。
GAの生徒たちは地面へ張り付き、僅かに頭を上げることさえできずにいた。
「部隊長! このままでは全滅です!」
「……」
17ポンド砲は、すでに二門とも失われた。
このまま残れば、一方的に削られる。
だが、遮蔽物から飛び出せば、要塞側の林縁へ辿り着く前に背中を撃ち抜かれる。
部隊長は地面に伏せたまま、通信兵へ目を向けた。
「Arxへ繋いで! 近接砲撃支援を要請!」
「イエスマム!」
通信兵は受話器を耳へ押し当てて叫ぶ。
「Arx、Arx! こちらVelites-2! 近接砲撃支援を要請!」
『こちらArx……却下します。彼我の距離が近すぎる。Velites-2も破砕圏内です』
「で、ですが! このままでは……!」
「貸しなさい! 私が話す!」
部隊長は通信兵からハンドセットを奪い取り、頭上を飛び交う機銃弾に負けじと声を張り上げる。
「Arx!
ババババババッ――!!
「ぐうぅッ!?」
倒木の上端が削られ、細かな木片が部隊長の後頭部へ降り注いだ。
それでも、ハンドセットを離さない。
「――
『……』
ハンドセットの向こうで、前線指揮官が息を呑む気配がした。
『いくらなんでも……近すぎます! その指定座標では、貴女たちの場所まで……!』
「危険は承知の上です! 着弾十秒前で後退を始めます! 撃ち込んでください!」
部隊長はハンドセットへ怒声を叩き込み、砲撃要請を続けた。
「
『……』
数秒の沈黙。
『……
前線指揮官から迫撃砲班へ、回線が切り替えられた。
『Pluvia,
部隊長は顔を上げ、地面へ這いつくばる隊員たちへ叫ぶ。
「まもなく迫撃砲の近接砲撃が来る! 総員、後退準備!」
「「「イエスマム!!」」」
数秒後、Pluviaから通信が入った。
『
「
部隊長はハンドセットを通信兵へ返し、息を殺して数え始めた。
動けない負傷者は、すでに二人一組で抱え起こされている。
弾薬箱や
残り十五秒。
十二秒。
十一秒。
「十秒! 総員後退ッ! 走れ!!」
通信兵はハンドセットを投げ置き、野戦電話機をその場へ残して立ち上がった。
GAの生徒たちが、一斉に遮蔽物から飛び出す。
ズダダダダッ――!!
逃げる背中を無数の弾丸が襲い、地面を一直線に抉っていく。
「走れ! 止まるな!」
一人が木の根に足を取られ、隣を走る生徒に腕を掴まれた。
残り七秒。
六秒。
五秒。
部隊長は振り返らず叫ぶ。
「あと四秒! 走り切れッ!」
空の奥から、複数の風切り音が降ってきた。
ヒュルルルルル――!
「伏せろッ!!」
ドドドドォンッ――!!
最後尾を走っていた生徒のすぐ背後で地面が爆ぜた。
「きゃあッ!?」
爆風に背中を押され、身体が前へ投げ出される。
隣を走っていた生徒が腕を掴み、そのまま引きずるように林へ飛び込んだ。
土煙が一気に膨れ上がり、Velites-2を追撃していた機銃射撃の雨がピタリと止んだ。
――
――第一防衛線/右翼。
ヒュルルルルル――!
『迫撃砲ッ!』
マカロン2の車長が叫び、キューポラのハッチを勢いよく閉めた瞬間。
第一弾が、マカロン2の前方右数十メートルへ落ちた。
ドドドドォンッ――!!
続く砲弾は、その左右へ間隔を置いて落ちていく。
爆発は奪取した第一防衛線と、要塞側へ走るGA歩兵との間を横切るように連続着弾し、追撃する機銃火力を爆煙の壁で遮断していた。
「伏せろ!!」
「きゃああ!!」
林縁を狙っていた生徒たちが、塹壕内で姿勢を低くした。
爆風に巻き上げられた土砂が塹壕内に振りかかり、シャーマンの装甲板へ雨のように叩きつけられる。
舞い上がる土煙の向こうで、Velites-2の生徒たちが林間へ駆け込んでいく。
迫撃砲弾は彼女たちを覆い隠すように、次々と落ち続けていた。
ドォンッ――!
ドドォンッ――!
数秒後。
砲撃が途切れたときには、右翼林間に動く人影は残っていなかった。
土煙が、ゆっくりと風に流されていく。
マカロン2の砲塔は、GA歩兵が消えた林縁へ向けられたまま動かなかった。
車長は閉じたキューポラからペリスコープを覗き込み、爆煙の切れ間を探す。
『敵影無し……あんな近くで砲撃させるとは、無茶をする』
『ザ……ザザ……』
無線に白いノイズが流れる。
『WOLF1より全隊。GA歩兵部隊は後退した、追撃は禁止。
繰り返す、追撃は禁止。部隊を再編せよ。アウト』
――
――第一防衛線/左翼。
レナは送信を切ると、霧の向こうへ銃口を向けたまま、ゆっくりと木の根元へ身体を沈めた。
遠ざかっていく足音。
枝葉を踏み折る音。
それらは次第に小さくなり、やがて林の奥へ消えていく。
「……はぁ……はぁ……」
ブルルッ――。
ポケットの奥で、エドゥトの板が震えた。
手に取ると画面が点灯し、無表情のアノラが現れた。
『心拍数および血圧、規定値超過。皮膚電位の高値継続。休息を推奨』
「……こうして今、休んでいるだろう」
『遮蔽物の陰へ座り込んでいるだけです。休息とは判定できません』
「……黙れ、これが私の休み方だ」
『否定、休息とは身体的および精神的負荷を低減した状態を一定時間継続する行為です。現在のWOLF1は――』
レナは画面を消し、エドゥトの板をポケットへ押し戻した。
ブルルッ――。
ブルルッ――。
中でエドゥトの板が震え続ける。
レナは無視した。
胸の奥では、まだ心臓が激しく脈打っている。
息を深く吸うたび、肺の奥が熱を持ったように痛んだ。
「隊長」
すぐ傍から声がした。
顔を上げると、立木の陰からリノが姿を現した。
「戻って弾薬を補給するぞ」
レナは身体を起こし、ARに
立ち上がる動作が、僅かに遅れる。
リノは何も言わず、その横顔を窺う。
「……」
「何だ」
「いえ……何でもありません」
言葉とは裏腹に、リノはレナの顔色を確かめ、続いて指先へ視線を落とした。
それから、いつでも身体を支えられる距離へ静かに寄る。
「怪我は?」
レナは何事もなかったように、リノの頬に残る傷を一瞥した。
「問題ありません」
「……PIATに吹き飛ばされたんだ。念のため、救護騎士団に診てもらえ」
「……はい」
レナは視線を戻し、無線機に手を添えた。
「WOLF、GOAT。集合しろ。後退して補給を受ける」
『WOLF3、ウィルコ』
『GOAT1、了解』
送信を切ろうとした直後、別の通信が割り込んだ。
『マカロン1よりWOLF1!』
聞き慣れたチエの声ではない。
砲手だった。
『平野小隊長が頭部を負傷! 意識なし!
現在は、自分がマカロン1の指揮を代行しています!』
レナの足が止まった。
「……無理に起こすな。呼吸を確認しろ。頭と首を動かさず、その姿勢で救護を待て」
『
レナはチャンネルを切り替えた。
「マカロン2、こちらWOLF1。平野が復帰するまで、小隊指揮を継承しろ」
『マカロン2、了解。指揮を引き継ぐ』
「マカロン2、3はマカロン1の左右へ展開。林道入口を封鎖しろ。奥へは入るな」
『
通信が切れた。
レナは無線機から手を離し、ゆっくりと振り返る。
先ほどの戦闘が嘘のように、林間は静まり返っていた。
辺りには、まだ硝煙の臭いが充満し、手元からは熱を持った銃身が鳴らす微かな金属音が聞こえた。
木々の間には、撃ち尽くされた薬莢が無数に散らばっている。
レナは再び無線機の送信スイッチを押した。
「ギャヴェル、こちらWOLF1」
『こちらギャヴェル。WOLF1、状況を報告せよ』
無線から副委員長の声が流れた。
「たった今、林縁を確保した。補給を受けたい」
『よくやった、噂どおりだな。補給部隊および救護騎士団を前進させる』
無線の奥で、副委員長の声が僅かに弾んだ。
レナは一度呼吸を整え、続ける。
「GAの迫撃砲は健在だ。中央に車列を滞留させるな」
『了解した』
「補給車は分散配置。荷下ろしが済み次第、ただちに後退」
『了解。ハスミに車列を分けさせる』
「平原上でジャスティス3とTORTOISEが迫撃を受け、戦闘不能。後送を頼む」
『後送だな……了解した』
無線の奥で、副委員長が誰かへ声を掛けた。
『よし、ツルギは先頭車両を護衛。救護騎士団はその後ろだ。補給車両は間隔を空けて続け』
僅かな間を置いて、聞き慣れた甲高い笑い声が通信へ混じった。
『キヒッ……キヒヒヒッ……!』
レナは眉間を押さえた。
「……ツルギから目を離すな」
『無論、そのつもりだ。ギャヴェル、通信終了』
――
――右翼林間。
複数の足音が、次第に近付いてきた。
ユキノは倒木の裏へ身体を押し込み、ARを胸元へ引き寄せる。
枝を踏み折る音。
装備同士が触れ合う、乾いた金属音。
荒い呼吸と、負傷者を励ます声。
「もう少し、頑張って……!」
「ほら! 急いで!」
Velites-2の隊員たちが、倒木を挟んだすぐ向こうを通過していく。
ユキノは呼吸を浅くし、身体を動かさなかった。
発見されれば、この距離では撃ち合いになる。
無用な戦闘を起こす必要はない。
泥に汚れたブーツが視界の端を横切り、木々の奥へ遠ざかっていく。
『FOX1、こちらFOX2』
イヤーピースから、抑えられたニコの声が流れた。
『左翼の部隊が後退を開始。こちらに気付いた様子はないよ』
「FOX1、了解。右翼も同様だ」
『このまま合流する?』
「いや、そのまま左翼を頼む。私は単独で右翼を進む」
僅かな沈黙。
『分かった……一人で無理しないでね』
「ああ」
ユキノは通信を切った。
周囲へ視線を巡らせてから倒木の陰を離れ、放棄された17ポンド砲を大きく迂回する。
照準器を失った長い砲身は、地面へ力なく垂れ下がっていた。
ユキノは振り返らず、そのさらに奥へ歩みを進める。
霧の中を進む彼女の姿は、やがて見えなくなった。