白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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第52話 伏牙

 

 

All tanks(全車)! Move up(前進)――!!」

 

ブォオオオン――!!

 

操縦手がクラッチを踏み込み、変速レバーを一速へ入れた。

 

アクセルを細かく調整してエンジンの回転を合わせ、クラッチを慎重に繋いでいく。

 

HVSS(水平渦巻ばね式懸架装置)に支えられた幅広い履帯が軋み、泥を押し潰しながら、鋼鉄の車体を前へと押し出した。

 

エンジンの轟音に満たされた薄暗い車内では、壁面に固定された装備品が絶え間なく細かく震えている。

 

チエは車長用キューポラを囲む視察口へ、順に目を走らせた。

 

分厚い防弾ガラス越しに切り取られた視界は、あまりにも狭い。

 

ハッチを開け、直接外を見渡したい衝動に駆られる。

 

しかし、脳裏に蘇ったレナの言葉が、それを押し留めた。

 

――顔を出すな。

 

チエはハッチに取り付けられた旋回式ペリスコープを回した。

 

視察口からは見えない死角を補いながら、左右を進む僚車の位置を確認する。

 

Driver(操縦手)、減速して」

 

Roger(了解)、減速します』

 

操縦手がアクセルを戻し、左右の操向レバーを均等に引いた。

 

制動が両履帯へ伝わり、サスペンションを軋ませながら、イージーエイトはゆっくりと速度を落としていく。

 

チエは右手を伸ばし、胸元の送信機を握った。

 

「マカロン2、先頭へ。マカロン3はマカロン1の後方に付いて」

 

Wilco(了解、実行する)

 

Roger(了解)、後ろに付く』

 

送信機を手放し、旋回式ペリスコープを左へ向ける。

 

切り取られた狭い視界の中で、林道入口の左脇にいたマカロン2がイージーエイトを追い抜き、隊列の先頭へ出ていった。

 

「つぅ……」

 

不意に、包帯の下で傷口が脈打つように疼いた。

 

チエは僅かに顔をしかめる。

 

「チエちゃん……大丈夫?」

 

砲尾を挟んだ向こう側から、装填手が案じるように声を掛けてきた。

 

「……ちょっと痛んだだけ」

 

「無理はしないでね」

 

「……分かってるよ」

 

そのとき、無線に短いノイズが走った。

 

『――マカロン1、こちらWOLF1』

 

チエは即座に送信機を握る。

 

「こちらマカロン1」

 

『RAVENがドローンで路面を走査した結果、遠隔操作式IED(即席爆発装置)の類を示す兆候は確認されなかった。ただし――』

 

僅かな雑音を伴ったレナの声が、ヘッドセットに響く。

 

『圧力作動式や非金属製地雷の存在まで、否定できたわけではない』

 

「……」

 

『各車、既存の車両通行線を維持しろ。車間20m。路肩には寄るなよ』

 

「マカロン1、了解。車間20m、既存の通行線を維持します」

 

続いて、レナの声が全隊回線へ流れた。

 

『総員、割り当てられた戦車の車尾から5mを保ち、履帯跡の上を歩け! 不用意に左右へ外れるな!』

 

チエは小隊無線へ切り替える。

 

「マカロン2、既存の轍を踏んで。路肩には寄らないように」

 

Wilco(了解、実行する)

 

指示を受けた歩兵たちは、それぞれ割り当てられたシャーマンの後方へ駆け寄った。

 

マカロン2の後方にはGOAT。

 

マカロン1にはWOLF。

 

マカロン3には正実歩兵が続く。

 

横へ逃げる余地はない。

 

たとえ敵弾を受けても、地雷の疑いが残る左右へ散開することはできなかった。

 

既存の轍とて、決して安全が保証されているわけではない。

 

それでも、誰も踏んでいない地面へ足を置くよりは、先に通過した車両の履帯跡を辿る方がましだった。

 

レナの指示の下、突撃部隊は林道上に細長い縦列を作り、薄い霧が漂う奥へと進み始めた。

 

 

 

――

 

――右翼林間/ユキノ。

 

右翼林間には、いまだ薄い霧が残っていた。

 

GAの歩兵部隊をやり過ごしたユキノは、踏み荒らされた地面に残る不自然な空白や、一度剥がして敷き直したように見える落ち葉を一つずつ避けながら、霧の中を進んでいた。

 

姿勢を極力低く保つ。

 

片足ずつ泥へ沈めるように置き、枝を踏まないよう足音を殺す。

 

スナイパーヴェールの隙間から覗く獣耳が、周囲の音を拾い上げるように、左右へ小刻みに向きを変えていた。

 

林道の方角からは、前進を始めたシャーマンのエンジン音が、地面を伝ってくるように低く響いている。

 

だが――それ以外の音がない。

 

人の足音も、装備が擦れ合う音も聞こえない。

 

鳥の囀りはおろか、虫の羽音さえなかった。

 

林全体が息を殺し、この場所へ踏み込んだユキノの存在を窺っているかのようだった。

 

ユキノは周囲へ視線を巡らせ、目の前を塞ぐ茂みへ身を滑り込ませる。

 

枝葉を手の甲で静かに押し分け、音を立てないよう慎重に抜ける。

 

茂みの先には、林道とは別に、林の奥へと続く古い整備路があった。

 

長く使われていないのか、路面の大半が泥と落ち葉に埋もれている。

 

ユキノは木々の影へ溶け込むように移動し、整備路を見下ろせる太い幹の陰で足を止めた。

 

「……」

 

泥の上に、二条の痕跡が刻まれていた。

 

幅が広い。

 

牽引砲やトラックのタイヤが残すものではない。

 

浅いV字を描く履板の圧痕が、一定の間隔で連なっている。

 

左右の痕跡が作る幅も、泥への沈み込みも、軽装甲車両のものとは考えにくかった。

 

整備路に沿って延びていた履帯痕は、途中で唐突に右へ折れている。

 

そのまま木々の隙間を縫うように、林の奥へ入り込んでいた。

 

ユキノは目を細める。

 

右へ折れた先で、履帯痕が不自然に途切れていた。

 

よく見れば、土の表面を枝か箒のようなもので掃った跡が残っている。

 

その上から落ち葉を撒き直し、履帯が通過した痕跡を覆い隠したのだろう。

 

何かが、この先で息を潜めている。

 

「これは……」

 

ユキノは一歩だけ後退し、太い幹の陰へ身を隠した。

 

周囲の気配を改めて探った後、無線機へ手を添える。

 

「……WOLF1、こちらFOX1。古い整備路上に、履帯と思われる痕跡を発見。オーバー」

 

『こちらWOLF1、了解した。――FOX1、車種か重量区分まで判別できるか?』

 

ユキノは幹の陰から僅かに顔を覗かせ、路面をもう一度確認する。

 

「履帯の形状と幅、沈下量から見て、重量級の装軌車両――戦車である可能性が高い」

 

 

 

――

 

――林道。

 

「……了解。痕跡を辿れ。ただし、深追いはするな。何か見つけたら即座に報告しろ」

 

『了解。FOX1、アウト』

 

通信が途切れる。

 

ヘッドセットから響いていた低出力通信特有のノイズが収まった後も、レナは手元の送信機を握ったまま、隊列に合わせて歩き続けていた。

 

「戦車……」

 

副委員長から告げられた『消えたシャーマン』の報告が、脳裏をよぎる。

 

それが、この林の中に潜んでいると決まったわけではない。

 

しかし、偶然と切り捨てるには、あまりにも符号が重なりすぎていた。

 

レナは浮かびかけた推測を思考の奥へ押し込み、無線機のチャンネルを切り替える。

 

「WOLF1より全隊。FOX1が前方右翼で、戦車級の履帯痕を確認」

 

レナは霧に閉ざされた林道の奥へ目を凝らした。

 

「敵装甲車両が潜伏している可能性あり。各車、対戦車警戒を厳にせよ」

 

『マカロン1、了解』

 

チエは小隊無線へ切り替える。

 

「監視正面を分担する。マカロン2は正面。マカロン3は左。マカロン1は右を受け持つ」

 

『マカロン2、了解』

 

『マカロン3、左を警戒』

 

先頭を進むマカロン2の砲塔が、低い駆動音を響かせながら旋回を始めた。

 

砲身が正面の林道から左右の林縁まで、敵影を探るようにゆっくりとなぞっていく。

 

マカロン3は砲身を左へ振り、霧に包まれた林間を照準器へ収めた。

 

チエは砲尾越しに装填手へ叫ぶ。

 

Loader(装填手)! HVAP(高速徹甲弾)!」

 

装填手は足元の湿式弾薬庫を開き、数少ない切り札――黒い弾頭のHVAP弾を引き抜いた。

 

重量のある砲弾を両腕で抱え、薬室へ一気に押し込む。

 

ガシャン――!

 

砲弾が収まった瞬間、半自動閉鎖機が勢いよく閉じた。

 

HVAP up(高速徹甲弾、装填完了)!』

 

Gunner(砲手)! Traverse right(砲塔、右旋回)! Scan 2 to 3 o'clock(二時から三時方向を捜索)!」

 

Aye, aye, boss(了解、車長)!』

 

砲手が旋回操作ハンドルを右へ倒す。

 

油圧ポンプの低い唸りとともに砲塔が旋回し、照準ペリスコープの狭い視界を、幾重もの木々と白い霧が横切っていった。

 

チエは小隊無線へ切り替える。

 

「マカロン2、マカロン3。WP(白燐弾)の残弾は?」

 

『こちらマカロン2、WPは残り一発』

 

『マカロン3、残り二発』

 

チエは内心で悪態をつく。

 

(マカロン4が残っていれば……もう少し余裕があったのに)

 

残り三発。

 

決して余裕のある数ではない。

 

(使いどころは、見極めないと)

 

「マカロン2、WPを装填。マカロン3はAP(徹甲弾)。WPを即応位置へ」

 

Roger(了解)!』

 

Wilco(了解、実行する)!』

 

チエは旋回式ペリスコープ越しに、右手の林間へ目を走らせる。

 

木々の間には、依然として濃い霧が淀んでいた。

 

「っ……」

 

視界の端で、枝葉が微かに揺れた。

 

風ではない。

 

何かが触れ、内側から押し退けたような動きだった。

 

チエは即座に旋回式ペリスコープを止め、揺れた場所を凝視する。

 

だが、そこに見えるのは幾重にも重なった木々と、その間に淀む白い霧だけだった。

 

 

 

――

 

――右翼林間/ユキノ。

 

ユキノは無線を切ると、幹の陰からゆっくりと立ち上がった。

 

影から踏み出すと同時にARの銃床を肩へ引き付け、いつでも射撃へ移れる姿勢を取る。

 

整備路の左右へ交互に銃口を向けながら、履帯痕が途切れた場所まで慎重に近付いていった。

 

枝か何かで掃われた地面は、周囲から浮かないよう、落ち葉や折れた小枝で均されている。

 

一見しただけなら、車両が通過したとは気付けない。

 

「……」

 

ユキノはARを構えたまま片膝を突き、左手で落ち葉を静かに退ける。

 

薄く撒かれた葉の下には、消し切れなかった泥の窪みが残っていた。

 

さらに数メートル先には、折り取られた枝や、表面を擦られた幹が点々と続いている。

 

(左右履帯の外端で……目測3m弱)

 

ユキノは視線だけを動かし、林の奥へ続く傷跡を追った。

 

(やはり、戦車クラスか)

 

静かに立ち上がる。

 

整備路を越え、一歩ずつ地面の状態を確かめながら、林の奥へ続く痕跡を辿り始めた。

 

やがてユキノはARの銃口を僅かに下げ、無線機に手を添える。

 

「FOX2……こちらFOX1。そちらは何か見つけたか。オーバー」

 

すぐに、ノイズ混じりのニコの声が響いた。

 

『こちらFOX2。放棄された塹壕を発見……。GAは、さらに後退したみたい』

 

「敵影は?」

 

『今のところ見えない。足跡は林の奥へ続いてるけど』

 

ユキノは一度、周囲へ視線を巡らせた。

 

「まずは、その塹壕を調査して安全を確保しろ」

 

『了解。そっちはどう?』

 

「こちらは――履帯の痕跡を見つけた」

 

微かに息を呑む音が、無線に混じる。

 

『それって……戦車?』

 

「恐らくは。そちらも警戒を怠るな」

 

『了解……FOX2、アウト』

 

無線が切れる。

 

ユキノはARを構え直し、前方へ歩を進めた。

 

 

 

――

 

――

 

しばらく進んだところで、ユキノは足を止めた。

 

「……」

 

足元には、後退していったGA歩兵の靴跡が残されている。

 

だが、その足跡は途中で、不自然な弧を描いて右へ逸れていた。

 

まるで、進行方向にある何かを避けるように。

 

しかも足跡は、そのまま要塞へ向かう最短経路から大きく外れて続いている。

 

(……何故、遠回りをする)

 

要塞へ戻るのならば、このまま真っ直ぐ進んだ方が早い。

 

それにもかかわらず、複数人分の足跡が、揃って右へ迂回している。

 

そして、何かが木々を押し分けて進んだ痕跡は、ここで途切れていた。

 

ユキノはARを構えたまま、足跡が曲がった方角と、本来進むべき正面のルートを交互に見た。

 

背後からは、エンジンの轟音と履帯が軋む金属音が、次第に近付いてきている。

 

このまま本隊が進めば、GA歩兵たちが避けた場所の傍を通過する。

 

そこに何が潜んでいるのか、確かめなければならない。

 

「……」

 

ユキノは迂回していく足跡を追わなかった。

 

彼女たちが避けた空白へ向けて、あえて一直線に踏み込んだ。

 

踏み込んでから十数歩。

 

行く手を塞ぐ茂みを掻き分けた先から、自然とは異なる匂いが漂っていた。

 

湿った空気に混じる、僅かな薬品臭。

 

ユキノは足を止め、ARを構えたまま、周囲を見渡す。

 

木々の間に、不自然な空間が広がっていた。

 

その一帯の下草が押し潰され、整備路で見た形状と同じ跡が残されていた。

 

その中央には、臭気の発生源と思われる油染み。

 

しかし――。

 

「無い……」

 

ユキノは地面へ片膝を突き、下草の履帯跡へ指先を近づける。

 

車両がここへ入ってきた痕跡はある。

 

だが、出て行った方向が無い。

 

下草周辺の痕跡は完全に掻き消されていた。

 

(……一体どこに)

 

土に残された油は、完全に染み込んでいた。

 

これは、つい最近できたものではない。

 

しばらくの間、ここに車両がいたことは間違いない。

 

前方の木々に、車体が通過した痕跡はない。

 

そして、信地旋回で履帯が地面を抉った形跡も見当たらなかった。

 

「ここは、ハズレか……」

 

小声で呟いたユキノは無線機スイッチを押した。

 

「WOLF1……こちらFOX1。オーバー」

 

『こちらWOLF1。どうした、FOX1』

 

「……痕跡を辿ったが、途中でLOST(追跡不能)。不明車両の行く方は不明」

 

『了解。現在地を送れ』

 

ユキノは胸元に固定した端末へ視線を落とし、現在地の座標を読み上げた。

 

「座標VH(ヴィクター・ホテル)41560 20290」

 

『確認した……要塞方面である北へ、50m先行しろ』

 

「了解、北へ50m先行する。アウト」

 

ユキノは端末を戻し、無線機から手を離した。

 

方位磁石で方向を確かめ、北に進路を向ける。

 

十メートル。

 

二十メートル。

 

トラップを警戒しながら、幹から次の幹へと短い躍進を繰り返す。

 

途中、何度か足を止めて耳を澄ませた。

 

林の奥から音は聞こえない。

 

だが、背後から近付くエンジンの音は、段々と大きくなっていた。

 

三十メートル。

 

四十メートル。

 

そして――五十メートル。

 

指定された距離まで進んだユキノは、太い白樺の幹へ背中を預けた。

 

周囲を見渡し、幹から顔をゆっくりと覗かせる。

 

その先は緩やかな起伏が続き、一段高く盛り上がった地面が視界を遮っていた。

 

ユキノはARを構え、LPVO(低倍率可変式照準器)を覗き込む。

 

ダイヤルを捻り、倍率を上げた。

 

視野が狭まり、白く霞んだ景色がレンズの中で拡大されていく。

 

霞む視界の中央に、土が堆積してできた低い盛土が映った。

 

高さは一メートル半ほど。

 

表面には苔が広がり、細い低木が根を張っている。

 

一見すれば、長い年月が経った自然の地形にしか見えない。

 

ユキノは銃口を僅かに持ち上げた。

 

LPVOのレティクル(照準線)が、盛土の天辺へ重なる。

 

それから、ゆっくりと左へ滑らせる。

 

ふと、白い靄に掠れた盛土の縁に、違和感を覚えた。

 

枝葉が密集し、そこから太い枝のようなものが僅かに覗いていた。

 

(……)

 

ユキノは呼吸を止め、LPVOのレティクルを太い枝に重ねる。

 

枝は不自然なほど真っ直ぐだった。

 

節もなければ、途中から分かれる小枝もない。

 

表面を覆っているものも樹皮ではない。

 

細く裂いた偽装布。

 

紐で括り付けられた枝葉。

 

そして、その先端は、丸みを帯びた膨らみがある。

 

違う。

 

太い枝ではない。

 

あれは――。

 

 

 

――

 

――薄暗い車内。

 

車体後部のエンジンは停止している。

 

換気扇すら回されていない車内には、油と金属が混じった臭いが淀んでいた。

 

狭い砲塔の中央を、巨大な砲尾が占拠している。

 

乗員たちは、その砲を避けるように身体を押し込めていた。

 

砲手は照準器から一度だけ目を離し、強張った瞼を指先で揉んでいた。

 

装填手は即応弾架の固定具へ手を掛け、車長の命令を待っている。

 

操縦手は計器盤の針に目を走らせ、エンジン始動に必要なスイッチ類を最後に確認した。

 

車長はペリスコープへ額を寄せ、偽装網の隙間から見える林道を凝視していた。

 

「……来た」

 

カタカタ――カタカタ――。

 

遠くから響くエンジンの轟音。

 

履帯が泥を噛み潰す振動。

 

それらが林間を駆け抜け、車内に積まれた砲弾や装備類を小刻みに揺さぶった。

 

振動は、一秒ごとに強くなっていく。

 

やがて白い霧の向こうから、シャーマンが輪郭を現した。

 

その後方から、さらに別の車影が続いている。

 

Enemy contact(敵発見)! Stand by(戦闘準備)!」

 

車長の号令と同時に、砲手は照準器へ目を戻した。

 

装填手が即応弾架の固定具へ手を掛ける。

 

Shot(徹甲弾)! Leading tank(先頭戦車)! 250(距離二五〇)!」

 

装填手は、弾架から長大な徹甲弾を両腕で持ち上げた。

 

狭い戦闘室で身体を捻りながら砲尾へ運び、開いた薬室へ一気に押し込む。

 

ガシャン――!

 

閉鎖機が作動し、尾栓が閉じる。

 

Loaded(装填完了)!」

 

砲手は手動旋回ハンドルを回し、照準器の中央へシャーマンを捉えた。

 

シャーマンを中央に捉えつつ、慎重にハンドルを操作して、照準を僅かに下げる。

 

レティクルが僅かに下がり、砲塔直下の戦闘室側面へ重なった。

 

On(照準よし)!」

 

車長はペリスコープから目を離さないまま叫ぶ。

 

Fire(撃て)!」

 

Firing(発射)!」

 

砲手が足下の発射ボタンを踏み付けたと同時。

 

刹那――。

 

ズドォオオンッ――!!

 

巨大な発砲炎が偽装網の裂け目から噴き出し、砲口爆風が前方を覆っていた枝葉を一斉に吹き飛ばした。

 

砲尾が乗員へ殴りかかるように、凄まじい勢いで後退した。

 

駐退機が反動を受け止め、圧縮された油圧が砲身を元の位置へ押し戻していく。

 

復座と同時に閉鎖機が開いた。

 

ギィンッ――!

 

焼けた空薬莢が薬室から吐き出され、砲尾に備えられた薬莢受けに叩き付けられる。

 

硝煙が換気されない砲塔内へ一気に広がり、乗員たちの視界を白く曇らせた。

 

砲手は衝撃で照準器から浮きかけた額を押し戻し、接眼部を覗き込む。

 

放たれた砲弾は鋭い弾道で林間を切り裂き、吸い込まれるようにシャーマンの右側面に突き刺さった。

 

赤黒い火花が弾け飛ぶ。

 

Hit(命中)! 車体後部から黒煙!」

 

車長が命中の報告をする。

 

だが、砲手の眉は僅かに寄っていた。

 

照準線を重ねていたのは、砲塔直下に広がる戦闘室側面の中央。

 

「……狙いよりズレてる」

 

実際の着弾点は、そこから僅かに後ろ――車体後部側に流れている。

 

車長はハッチを押し上げ、肩まで身を乗り出した。

 

巻き上がる土煙の向こうへ双眼鏡を向ける。

 

Re-engage(再攻撃)! Sabot(装弾筒付徹甲弾)! Same target(同一目標)!」

 

 

 

――

 

――林道/マカロン2。

 

(光った!?)

 

マカロン2の車長が目を見開いた直後――。

 

ガァアアンッ――!!

 

巨大な鐘を打ち付けたような衝撃が、乗員の耳を貫いた。

 

「ッ!!」

 

砲塔リング直下の側面装甲が、内側へ向けて爆ぜる。

 

次の瞬間。

 

装甲を斜めに食い破った徹甲弾が、車長席のすぐ下を通り抜けた。

 

砲弾が通過した熱と衝撃が、両脚を叩く。

 

履いていたブーツの先が裂け、金属片が脛へ突き刺さった。

 

「うぐッ――!?」

 

車長が悲鳴を上げ、咄嗟に足を引く。

 

突き抜けた弾体は隔壁を穿ち、そのまま車体後部の機関室へ飛び込んだ。

 

ガゴォン――!!

 

シリンダーブロックが砕け、クランクケースと補機類が破断する。

 

引き裂かれた燃料配管と潤滑油配管から、液体が勢いよく噴き出した。

 

ガガガッ――!!

 

それまで一定の回転を保っていたエンジンが、耳障りな異音を立てながら一瞬で崩れた。

 

『エンジン停止!!』

 

操縦手が叫ぶ。

 

マカロン2は駆動力を失いながらも、惰性のまま泥を押し分けて進み続けた。

 

車長は痛みで歯を食い縛り、林間を睨み付けた。

 

足元から滲む血にも構わず、送信機を握り締める。

 

Gunner(砲手)! Muzzle flash(発砲炎)! 2 o'clock(二時方向)! Fire(撃て)――!!」

 

砲手は旋回ハンドルを倒し、白煙の向こうに照準を重ねた。

 

On the way(発射)!』

 

即座に発射ボタンを踏み込んだ。

 

ドォンッ――!!

 

砲口から白煙が噴き出し、砲塔内へ発砲衝撃が走った。

 

最後のWP弾が右斜前の林間へ飛翔する。

 

ボシュウウウッ――!!

 

白燐片が枝葉と地面へ撒き散らされる。

 

瞬く間に白煙が広がり、射線からシャーマンを覆い隠した瞬間。

 

ボンッ――!

 

車体後部から、鈍い破裂音が響いた。

 

振り返った車長が叫ぶ。

 

「機関室から出火! Bail out(脱出)! Bail out!」

 

「早く出ろ!!」

 

装填手が砲塔上部のハッチを押し開ける。

 

車長は負傷した脚を庇いながら、砲塔から転がり落ちる。

 

砲手も照準器から離れ、車長席をよじ登って続いた。

 

車体前部では、操縦手と機銃手がそれぞれのハッチを開け、這い上がる。

 

マカロン2は惰性で数メートル進んだ後、林道を斜めに塞ぐように停止した。

 

車体後部から炎が噴き上がる。

 

『マカロン2、被弾!』

 

『乗員全員の脱出を確認!』

 

マカロン2の後ろにいたGOATが、悲鳴じみた報告を無線に叫んだ。

 

 

 

――

 

――マカロン1。

 

チエは旋回式ペリスコープ越しに、炎上するマカロン2を見た。

 

林道上で停止し、その巨体が進路を完全に塞いでいる。

 

Hold(停止)! Hold! Hold!」

 

『ッ!』

 

操縦手が左右の操向レバーを引く。

 

イージーエイトは車体を前後に揺らし、マカロン2の後方で停止した。

 

チエは全隊回線へ切り替える。

 

「全隊停止!!」

 

送信機を離し、砲手へ叫ぶ。

 

Gunner(砲手)! 2 o'clock(二時方向)!」

 

Scanning(捜索中)!』

 

砲手は照準器を覗く。

 

だが、燃え上がる枝葉と白煙が視界を遮っていた。

 

マカロン2が撃ち込んだWPによって、射線そのものが遮断されていた。

 

No joy(目標視認できず)!!』

 

敵の姿は見えない。

 

煙の向こうに、何かがいる。

 

 

 

――

 

――右翼林間/ユキノ。

 

ズドォオオンッ――!!

 

LPVOの視界が、光に塗り潰された。

 

ユキノは反射的に白樺の幹へ身を引く。

 

直後に爆風が盛土の枝葉を吹き飛ばし、遅れて届いた衝撃波が全身を叩いた。

 

「くッ!!」

 

ユキノは再び幹から顔を出した。

 

砲身を覆っていた偽装布は吹き飛び、異様に長い砲身が剥き出しになった。

 

「17ポンド砲……」

 

その根元。

 

枝葉と偽装網の隙間に、丸みを帯びた砲塔の輪郭が見えた。

 

「……いや、シャーマンか!」

 

だが、マカロン隊が使用しているものとは明らかに異なる。

 

ユキノは無線機を掴む。

 

「WOLF1! こちらFOX1!」

 

返答を待たずに叫んだ。

 

「右翼盛土裏に長砲身のシャーマン!」

 

次の瞬間、WP弾が盛土手前で炸裂した。

 

白燐片が降り注ぎ、白煙が敵車両の姿を覆い隠す。

 

レナの叫び声が、イヤーピースに轟く。

 

『FOX1! 今すぐその場から離脱しろ!』

 

「了解!」

 

ユキノはARを胸元へ引き付け、白樺の幹から身を翻した。

 

 

 

――

―――

――――

―――――

――――――

―――――――数日前。

 

――旧聖バルバラ要塞。

 

薄暗い講堂の正面で、大型スクリーンが淡い光を放っていた。

 

スクリーンの横へ、東雲シヅキが歩み出る。

 

「最後に、我々が保有する特殊車両を説明します」

 

映し出されていた要塞周辺の地形図が消え、代わって一枚の設計図が表示された。

 

そこに記されていたのは、見慣れたシャーマンの車体。

 

だが、その砲塔から突き出した砲身だけが、通常とは明らかに異なっている。

 

砲塔との均衡を欠いているようにさえ見えるほど、長い砲身だった。

 

整列していたGA生徒たちの間に、微かなざわめきが広がる。

 

シヅキはそれを制止することなく、スクリーンへ向けて片手を掲げた。

 

「シャーマン改。コードネーム――Lampyris()

 

設計図から写真に切り替わる。

 

一枚目。

 

車体前面と砲塔前面に溶接された増加装甲。

 

二枚目。

 

延長された砲塔後部。

 

続いて、内部の簡略図が映し出された。

 

「保管されていた予備車両を母体とした、17ポンド砲搭載改修車です」

 

その言葉に、今度こそざわめきが大きくなる。

 

正実が保有する17ポンド砲は、すべて牽引式だ。

 

それをシャーマンへ搭載する計画など、大半の生徒は聞かされていない。

 

「静粛に」

 

シヅキが穏やかに告げる。

 

講堂に広がっていた私語は、瞬く間に消えた。

 

「本車両は元来、ゲヘナが保有する重装甲戦力への対抗手段として、極秘に立案されたものです」

 

スクリーン上に、17ポンド砲と通常型シャーマンの砲塔を重ねた図が表示される。

 

「審議を重ねた結果――既存の75mm砲では、想定される目標に対して“不十分”であるとの結論が出ました」

 

一拍。

 

「そのため、砲塔と弾薬庫に全面的な改修を施し、17ポンド砲の搭載を可能としました」

 

図面には、乗員の配置を示す人型が描かれていた。

 

「乗員は四名――車長、砲手、装填手、操縦手」

 

シヅキが人型を一人ずつ指し示す。

 

砲塔内は巨大な砲尾に圧迫され、乗員が動ける範囲は極端に狭かった。

 

「車体機銃手は搭乗しません。

 

17ポンド砲弾を収める空間が不足したため、同区画は弾薬庫に転用しました」

 

車体右前方にあった機銃手席は撤去され、代わりに細長い砲弾を収める弾薬庫が設けられていた。

 

「巨大な砲尾との干渉を避けるため、無線機は増設した砲塔後部へ移設しました。

 

この区画は、前方へ偏った砲塔重量を補う役割も兼ねています」

 

次の図面には、砲架と砲塔を繋ぐ支持構造が表示される。

 

「主砲安定装置は撤去。俯角も、従来のマイナス12度からマイナス6度まで制限されています」

 

整列する生徒たちは、誰も言葉を発しなかった。

 

スクリーンに映し出された砲塔内部は、兵器というより、巨大な砲の隙間へ無理やり人間を押し込めた箱に見えた。

 

シヅキは表示を切り替える。

 

今度は、要塞周辺の地形図だった。

 

中央を縦断する林道。

 

その左右に配置された二門の17ポンド砲。

 

そして、右翼林間の一角に描かれた、赤い長方形。

 

「本車両は『試験射撃後』、Longinus-1およびLonginus-2の後方に配置します」

 

指示棒の先端が、左右の砲座を順番になぞった。

 

1st Front(第一防衛線)と17ポンド砲で敵部隊を減耗させ、すり抜けた車両をLampyrisが処理します」

 

赤い長方形から伸びる射界が、中央林道を斜めに横切っている。

 

「通常はエンジンを停止し、偽装陣地内で待機。発砲後は必要に応じて射点を変更します」

 

さらに、右翼林間の一部が黄色く塗り潰される。

 

「この区域への立ち入りは原則禁止とします」

 

整列した生徒たちの視線が、スクリーン上の黄色い区画へ集まった。

 

「砲口前方、砲塔旋回範囲に該当します。

 

命令なく侵入した場合、友軍であっても安全は保証できません」

 

シヅキは生徒たちへ向き直った。

 

「これで以上となります――何か質問は?」

 

「……はい」

 

列の中から、一人の生徒が手を挙げた。

 

「シヅキ様。先ほど……試験射撃後と、仰っしゃられましたが」

 

シヅキは僅かに目を細めた。

 

「実弾を用いた最終確認だけが、まだ残されています」

 

質問した生徒の表情が強張った。

 

周囲に並ぶ生徒たちも、互いに顔を見合わせる。

 

「そんな状態で、実戦へ投入するのですか?」

 

「――投入します」

 

シヅキは即答した。

 

「ゲヘナ情報部への漏洩を防ぐため、設計段階から徹底した秘匿下に置かれてきました」

 

「ですが、故障の可能性は……」

 

「それは否定できません」

 

講堂が静まり返る。

 

「危険が無いとは申しません。しかし、我々には時間がありません」

 

シヅキはスクリーンへ向き直った。

 

「第一波のクルセイダーを射撃標的とし、異常が見られなければLampyrisの完成とします」

 

トリニティの生徒が乗った戦車を、自分たちの大義のために射撃標的にする。

 

誰も異議を唱えなかった。

 

否――。

 

唱えられなかった。

 

「試験で確認する項目は、砲架の強度、駐退機の作動、照準器との同調です」

 

スクリーンに、確認項目が順番に表示されていく。

 

「射撃は一発のみとします」

 

先ほどとは別の生徒が、恐る恐る口を開いた。

 

「シヅキ様。し、失礼します……一発だけですか?」

 

シヅキは視線だけを、その生徒へ向ける。

 

「一発以上撃てば、敵に17ポンド砲の存在を悟られる可能性があります。

 

外部への情報漏洩は、我々の敗北に直結すると理解してください」

 

シヅキは翼を畳み、両手を後ろで組んだ。

 

「他に質問は?」

 

誰も手を挙げない。

 

スクリーンを冷却する送風機の音だけが響いていた。

 

「では各員、配置へ移ってください」

 

「「「「イエスマム!」」」」

 

 

 

―――――――

――――――

―――――

――――

―――

――現在。

 

白煙に閉ざされた薄暗い砲塔内へ、装填手の声が響いた。

 

Sabot(装弾筒付徹甲弾)――Loaded(装填完了)!」

 

車長は、煙の向こうに停止したシャーマンの影を睨み付けた。

 

 





ニコイチ兵器って、ロマンありますよね。
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