白狼救済録 作:らんらん出荷マン
サボってたら遅れました。
炎上するマカロン2のハッチから、乗員たちが次々と飛び降りる。
その中で、両足を負傷した車長だけが自力で退避できず、林道の泥に這いつくばっていた。
「車長!」
「大丈夫――!? 早く逃げよう!」
すぐさま装填手と砲手が駆け寄る。
「ま、待て……動けない。足をやられた」
二人は彼女の足先を見つめ、一瞬だけ顔を見合わせた。
だが、迷ったのはそれだけだった。
すぐに車長の両脇へ回り込み、泥に横たわる身体を抱き起こす。
そのままタンカースジャケットの肩口を掴み上げた。
「今から引き摺るけど、我慢して!」
次の瞬間、車長の身体が一気に後方へ引かれた。
「ぐぅッ……!」
負傷した両足が、容赦なく地面を擦る。
小石や深い轍に身体が跳ねるたび、車長の喉から押し殺した呻き声が漏れた。
その光景を捉えたレンは、傍らで武器を構える部下たちへ、鋭く前進のハンドサインを送った。
「GOAT! 後退を援護するわよ!」
「「「了解!」」」
マカロン2の乗員は、誰一人として武器を持っていない。
脱出するだけで精一杯だったのだ。
被弾した状況で、車内に置かれた短機関銃まで持ち出す余裕などあるはずもなかった。
GOAT2とGOAT3が即座に飛び出し、車長を引き摺る二人のもとへ走る。
「早く行って!」
「私らが援護する!」
二人の戦車兵は力強く頷き、泥に刻まれた履帯跡を辿って、再び車長を引き摺り始めた。
操縦手と機関銃手もまた、炎上する自分たちの戦車から必死に距離を取っていく。
「GOAT4、右を警戒!」
「了解!」
レンの声に応じ、GOAT4がその場で片膝を突いた。
ライフルの銃口を右林間へ向け、混乱に乗じて追撃してくる敵がいないか警戒する。
レン自身もその左隣でARを構え、木々の隙間へ鋭く視線を走らせた。
「急いで! マカロン1の後ろまで下がる!」
黒煙を背負いながら、五人の戦車兵が林道を必死に後退していく。
――
――
「
ペリスコープ越しに炎上するマカロン2を確認したチエは、即座に後退を命じた。
『
操縦手が勢いよくクラッチを踏み込む。
変速レバーをリバースへ叩き込み、アクセルを慎重に踏み足した。
ブォオオッ――!!
幅広い履帯が泥を噛み、イージーエイトの車体がゆっくりと後方へ下がり始める。
「そのまま! 真っ直ぐ!」
チエは旋回式ペリスコープを覗いたまま、炎上するマカロン2との距離を測る。
エンジンデッキからは絶え間なく黒煙が立ち昇り、その合間から赤い炎が何度も大きく噴き上がっていた。
砲弾そのものは湿式弾薬庫へ収められている。
だが、火勢がこのまま戦闘室まで回り込み、弾薬庫ごと長時間高温に晒されれば、何が起きても不思議ではない。
チエは旋回式ペリスコープから顔を離し、今度は背後の視察口へ目を寄せた。
「もう少し下がって!」
イージーエイトがさらに後退する。
「
『ッ……!』
操縦手がアクセルを戻し、左右の操向レバーを引いた。
履帯に制動が掛かり、三十トンを越える車体が大きく前後へ揺れて停止する。
マカロン2との距離は、およそ二十五メートル。
十分とは言い難い。
だが、これ以上後退すれば、今度は後続するマカロン3との間隔を詰め過ぎる。
チエは送信機を握ったまま、再び前方へ視線を戻した。
「早く……急いで」
黒煙を吐き続けるシャーマンを背に、GOATに援護されたマカロン2の乗員たちが必死にこちらへ下がってくる。
その直後だった。
『WOLF1より全隊! 敵の再攻撃に備えろ! 迫撃砲にも警戒!』
停止したイージーエイトの後部に身を寄せたレナが、全隊無線へ叫んだ。
「WOLF、後退を援護するぞ!」
「了解!」
「アイコピー!」
「イエスマム!」
リノ、スイ、メイが即座に散開する。
三人はイージーエイトの車体を盾に取り、それぞれ左右の林間へ銃口を振った。
レナは盾を構えたメイの背後へ張り付く。
無線機に触れた指先が、微かに震えていた。
「……ッ」
一度だけ拳を強く握り締める。
爪が掌へ食い込むほど力を込め、震えを強引に押し殺した。
「……RAVEN1、こちらWOLF1!」
短く息を吐き、送信機を握る。
「右翼林間から直接砲撃を受けた! 索敵支援を要請する! オーバー!」
『こちらRAVEN1、了解。ドローン、
RAVENが応答した――その瞬間。
「ッ!?」
キィンッ!
硬質な何かがイージーエイトの車体側面へ叩きつけられ、甲高い音を残して弾け飛んだ。
パンッ! パンッ!
タタタタタッ――!!
間髪入れず、無数の銃声が左右の林間から押し寄せた。
『敵歩兵ッ! 両翼にいる!』
誰かの叫び声と同時に、レナは反射的に頭を下げる。
カンッ――!
カン――! カン――!
次々と飛来した弾丸がイージーエイトの装甲を叩き、激しい火花を撒き散らした。
跳弾が甲高い唸りを上げ、林道の上を飛び去っていく。
「クソッ……反撃しろ!」
レナはメイの盾の脇から上半身を僅かに覗かせ、ARの引き金を絞った。
ダダンッ――! ダダンッ――!
銃口が瞬き、撃ち出された弾丸が霧の向こうへ吸い込まれていく。
そのすぐ横では、スイがLMGのバイポッドを泥へ突き立て、伏射姿勢を取っていた。
「WOLF3、弾幕を張れ!」
薄い霧の向こう。
白い影が木々の間を縫うように走り、左右へ散開していく。
「ウィルコ!」
スイは銃床へ頬を押しつけ、トリガーを引いた。
ダダダダダダダッ――!!
LMGの銃口から連続した発砲炎が瞬く。
排莢口から吐き出された空薬莢が次々と泥へ落ち、乾いた音を立てて跳ねた。
直後、無線から正実歩兵の叫び声が飛び込んでくる。
『いた! 10時方向!』
『2時――! 2時にもいる!』
左右の林から銃声が殺到する。
そのすべてを押し退けるように、無線へ味方の怒号が次々と重なった。
つい先ほどまで静まり返っていた林道は、一瞬にして敵味方の火線が交錯する戦場へと変貌した。
――
――シャーマン改 Lampyris。
「予定通り、後衛のVelitesが陽動を開始しました」
先ほどまで静まり返っていた林の向こうから、無数の銃声が響いてくる。
Lampyrisの一撃を合図に、伏せていたGA歩兵が一斉に動き始めたのだ。
敵の注意は、完全に林道両翼へ向いている。
「我々も動きます!」
送信機を握り込み、声を張った。
「
『
操縦手は計器盤へ素早く目を走らせ、燃料系統を確認する。
そして、スターターボタンを強く押し込んだ。
キュルキュルルッ――!
一拍遅れて――。
ブォオンッ――!!
眠っていたV8エンジンが咆哮を上げる。
後部から押し寄せた振動が車体全体を揺らし、狭い戦闘室の装備品が一斉に細かく震え始める。
「
操縦手がクラッチを踏み込み、変速レバーを後退位置へ入れた。
クラッチを繋ぐ。
履帯が軋み、Lampyrisの車体が偽装網を引き千切りながら、ゆっくりと戦車壕から抜け出していく。
十分に下がったところで――。
「
Lampyrisが停止した。
「
操縦手は変速レバーを一速へ入れる。
クラッチが繋がった瞬間、V8エンジンが腹に響くような低音を上げ、Lampyrisの巨体がゆっくりと前へ動き始めた。
左履帯が減速し、車体が緩い弧を描きながら左へ向きを変えていく。
履帯が泥を抉り、鋼鉄の車体が周囲の枝葉を押し退ける。
そのまま次の戦車壕へ続く連絡路へ入り込み――。
Lampyrisは、再び木々の奥へと姿を消した。
――
――林道。
タタタタッ――!
霧の奥で、発砲炎が断続的に瞬いた。
「ッ!」
リノは反射的に車体の影へ身を引く。
直後――。
カンッ――! カンッ――!
弾丸が装甲を叩いた。
「隊長! 敵は回り込もうとしています!」
「見えている!」
レナはARを構え、そのまま撃ち返す。
ダダンッ――!
一射。
すぐに視線を左へ走らせ、無線へ怒鳴った。
「マカロン1! 10時方向!」
チエは旋回式ペリスコープを素早く左へ振る。
木々の隙間。
複数の白い影が横切っていくのを、視界の端で一瞬だけ捉えた。
『
即座に小隊無線から車内通話へ切り替える。
「
砲手が旋回操作ハンドルを左へ倒した。
油圧ポンプが低く唸り、右を向いていた砲塔が、一気に左へ旋回を始めた。
木々が照準器の中を横滑りしていく。
その狭い視野へ、走る白い制服が飛び込んだ。
『
「
『
ダダダダダッ――!!
砲塔の同軸機銃が火を噴いた。
照準器の中央を横切った白い影へ向け、曳光弾を織り交ぜた弾幕が林間へ叩き込まれる。
「ッ――!」
走っていたGA生徒の一人が咄嗟に身を投げ出す。
その頭上を機銃弾が薙ぎ払い、周囲の幹を削り取り、細い枝が千切れ飛んだ。
「
ダダダダダッ――!
ダダダダダッ――!
砲手は銃身の加熱を抑えるため、一定間隔で撃ち分けた。
放たれた弾丸が木片を彼方此方へ弾き飛ばし、GA生徒たちは頭を抱えて次々と地面へ身を伏せた。
その隙に――。
「ほら、着いたよ!」
「車長! 頑張って!」
マカロン2の装填手と砲手が、負傷した車長をイージーエイトの後方へ引き込んだ。
彼女のタンカースジャケットは泥に塗れ、両足から滲み出た血が、引き摺られた跡に細い線を残していた。
レンが駆け寄り、左翼の林間へ発砲しながら膝を付いた。
「GOAT2、止血して! GOAT3は他の乗員を確認!」
「「了解!」」
二人が左右へ分かれる。
GOAT2は直ちに車長の負傷箇所を確認し、GOAT3は砲手と装填手の二人へ駆け寄った。
操縦手と機関銃手も、息を切らしながらイージーエイトの後方へ転がり込んでくる。
レンは素早く人数を数えた。
五人――。
車長を含めた全員がいた。
レンはレナの背後へ近付き、肩を二度叩いた。
「WOLF1! 全員揃っているわ!」
「了解!」
レナは素早く頷き、無線へ叫んだ。
「WOLF1よりギャヴェル!
マカロン2が被弾、車長が両下肢を負傷、現在GOATが応急処置中!
至急
すぐに、副委員長の声が返ってきた。
『こちらギャヴェル、了解した。救護班をマカロン3の後方まで前進させる』
通信が切れる。
「……」
レナはARの銃口を僅かに下げ、周囲に視線を巡らせた。
(この攻撃は囮だ)
最も警戒すべきなのは、たった一撃でマカロン2を仕留めた奴だ。
(ユキノは”長砲身のシャーマン”と言っていた……)
三門目の17ポンド。
整備路に残された痕跡。
そして第五のシャーマン。
レナの脳内に、一つの仮説が浮かび上がった。
(まさか奴らは……シャーマンに、17ポンド砲を詰め込んだのか)
『WOLF1! こちらRAVEN1、
レナの思考を断つように、ヘッドセットに声が割り込んだ。
『貴隊の位置から東側、北から南へ連続した樹冠の揺れを確認! 恐らく風ではない、気を付けろ!』
(奴は……この間に射点を変えたか!)
だが、今からマカロン1に砲塔を向けさせても間に合わないかもしれない。
レナは背後へ振り返る。
そこには、右翼に向かって機銃掃射をするマカロン3が目に入った。
(シャーマン相手なら、75mm砲でも有効なはずだ)
頭の中で、自分たちと後方のマカロン3の位置関係を重ねる。
(マカロン3からなら――右真横だ)
レナはヘッドセットのマイクに向かって怒声を放つ。
「マカロン3! 3時方向だ! 敵戦車が移動している!」
――
――マカロン3。
「りょ、了解!!」
マカロン3の車長は震える声で新たな指示を
「て、敵戦車が来るよッ!
『
砲手は同軸機銃のトリガーから指を離し、旋回ハンドルを握り締める。
ギュイィィン――!
砲塔が甲高い駆動音を鳴らしながら真横へ旋回を始める。
銃弾が飛び交う中で車長はハッチから頭を出し、双眼鏡を構えた。
「……」
三時方向。
木々の向こうで、枝葉が不自然に揺れている。
「木の揺れを確認!」
無意識に双眼鏡を持つ指先に力が入った。
レンズに映る起伏、その後ろに不自然な盛土が見える。
「……ッ!」
車長の心臓がドクンと跳ねた。
違う、あれは盛土じゃない。
砲塔だ――。
「
車長の叫びを聞いた砲手は、照準器へ顔を押し付けた。
高低ハンドルを勢いよく回し、レティクルの中央と起伏の輪郭を合わせた。
次の瞬間――。
『……見えた!』
最初に現れたのは、異様に長い砲身だった。
続いて、丸い影が浮かび上がってくる。
『
「
『
ドンッ――!!
マカロン3の75mm砲が火を噴いた。
反動で車体が大きく揺れ、放たれた徹甲弾が林の奥へ吸い込まれる。
ガァンッ――!!
直後、硬質な金属が弾ける音が林間へ響いた。
車長が双眼鏡越しに息を呑む。
命中はした。
だが、敵戦車は75mm砲の直撃を受けたにも関わらず、動きを止める素振りを見せなかった。
「くッ……弾かれた!」
『何だって!?』
砲塔前面に溶接された増加装甲が、徹甲弾を跳ね返したのだ。
「
装填手が次弾を抱え上げようとした、その刹那。
揺れていた長大な砲身が、動きを止めた。
「撃たれるッ――! 衝撃に備えて!!」
車長は反射的に頭を下げる。
装填手は砲塔壁へ身体を押し付け、操縦手は身を縮め、機銃手は両手で頭を庇った。
だが、砲手だけは最後まで照準器から目を離さなかった。
ズドォオオンッ――!!
巨大な砲口炎が閃き、17ポンド砲の凄まじい砲声が林間を揺るがした。
「ッ――!」
ヒュッ――バン!!
超音速で放たれた
一瞬遅れて、後方の木が爆ぜる。
幹が砕け散り、木片が林道へ降り注いだ。
「外した!」
車長は肺の底から叫ぶ。
「撃て!撃て!撃て!」
装填手は全力で徹甲弾を砲尾へ叩き込んだ。
『
『
ドンッ――!!
75mm砲が再び火を噴いた。
放たれた二発目の徹甲弾は、後退する敵戦車の砲塔上端を掠め、火花を散らして林の奥へ消えた。
そのまま敵影は止まることなく、起伏の向こうへ沈んでいく。
『
「……ッ」
車長は双眼鏡から目を離し、大きく息を吐いた。
「
あと僅かに敵の照準がこちらへ寄っていたら――。
今頃は炎に包まれていただろう。
――
――シャーマン改Lampyris。
「
操縦手が左右の操向レバーを操作し、アクセルを踏み込む。
Lampyrisは砲身を正面へ向けたまま、起伏の陰へ後退を始めた。
その直後。
ギャリィン――!
砲弾は砲塔上端を掠め、装甲の角を削り取っていった。
『ぐッ……!』
「早く下がって……ッ! この場から離れてください!」
『は、はい!』
V8エンジンが唸りを上げ、Lampyrisは一目散にその場から離れた。
操縦手の巧みなクラッチワークで、木々の間を縫うように北へ走る。
「……居場所が見抜かれていた」
車長はキューポラから顔を上げ、樹冠から僅かに覗く空へ視線を向ける。
「……」
枝葉の向こうに浮いていた小さな黒点が、飛び去っていくのが見えた。
「……ドローン」
あれに見られた。
車体そのものではなく、木々を押し退けた時の揺れを追われたのだろう。
「次は、もっと慎重に動かなければ……」
車長がそう呟いた直後。
砲手の乾いた声がインターコムから流れた。
『車長……やはり、この戦車は未完成です』
「……クルセイダーを撃った時、異常は無かったのでしょう?」
『はい。少なくとも、弾着は正常でした』
車長はキューポラから顔を戻し、目の前の砲手の背中を見る。
『恐らくですが、砲架の剛性が不足しています』
「剛性……」
車長が眉をひそめる。
砲手は振り返り、車長の顔を見上げた。
『先ほどの射撃……私は、砲身の揺れが収まってから、目標中央へ照準しました』
「ですが――砲弾は逸れた」
『はい』
車長の言葉に、砲手は唇を噛んだ。
『照準器だけのズレなら、
その視線が、すぐ隣に鎮座する17ポンド砲の巨大な砲尾へ移った。
『発砲するたびに砲架の固定部が動いて、砲身と照準器の位置関係そのものが変わっているとしたら――』
「……」
車長は何も答えられなかった。
砲塔に大幅な改修を施し、無理矢理に収めた巨大な17ポンド砲。
そして先ほどは、砲塔前面へ75mm徹甲弾の直撃まで受けた。
貫通こそ免れたが、その衝撃が補強部材や砲架の固定部へ伝わり、僅かな歪みを生じさせた可能性は十分にある。
『……次に撃った時』
砲手は再び照準器へ顔を戻した。
『どこへ飛ぶか……私にも、分かりません』
砲手の低い声が、ガタガタと揺れる戦闘室へ落ちる。
「……だからと言って」
ほんの一瞬だけ目を閉じる。
そして顔を上げ、再びキューポラから顔を覗かせた。
「諦める理由にはなりません」
その言葉で、戦闘室の空気が張り詰める。
『『『……』』』
「できる限り、ここで削る。いいですね?」
『『『イエスマム!』』』
乗員の返事に頷いた車長は、送信機を握りかけ――止めた。
先ほど、樹冠の動きだけで位置を割り出された。
ならば、無線も同じだろう。
「Velitesから報告が来ても、原則受信のみ。応答はしません」
それから前方へ目を向ける。
木々の隙間に、北へ続く細い連絡路が、霧の向こうへ伸びている。
「
『
「今度は枝を押し退けないでください。時間が掛かっても構いません」
操縦手がアクセルを緩めた。
それまで唸りを上げていたV8エンジンの回転が落ちる。
Lampyrisは速度を落とし、木々の間へ車体を滑り込ませていった。
――
――林道。
「右! 右の木の根元!」
ダダダダダッ――!!
スイのLMGが再び火を噴く。
木の影から射撃していたGA生徒が飛び退き、無数の弾幕が直前までいた幹を削り取った。
リノが車体の陰から顔を覗かせる。
「隊長! 敵が下がっていきます!」
「構うな、行かせろ!」
レナは短く答えた。
(……戦車の後退に合わせたか)
GA歩兵の目的は、こちらを削ることではない。
戦車が射点を移す間、こちらの行動を縛り付けること。そして役目を終えれば、無理に踏み止まる必要もない。
木々の向こうでは、残った数名が短い連射をレナたちに浴びせ、その隙に白い影が一人、また一人と霧の向こうに掻き消えていく。
レナは全体無線へ切り替えた。
「撃ち方止めッ――! 無駄弾は撃つな!」
『マカロン1了解!
『ジャスティス1了解! 全隊、撃ち方止め! 撃ち方止め!』
無線に複数の返答が重なる。
そして、銃声が林間の奥へ遠ざかっていった。
やがて林道は静まり返り、アイドリングを続ける二基のエンジンと、炎上するマカロン2が立てる音だけが残った。
レナはイージーエイトの影から顔を覗かせ、黒煙を上げるマカロン2を睨む。
「……」
黒煙の下で、機関室から細い炎が時折噴き出している。
だが、先ほどまでエンジンデッキを覆っていた炎の勢いは明らかに弱まっていた。
レナは無線機へ手を掛ける。
「……チエ。そちらから見て、マカロン2の状態はどうだ」
『確認します』
チエは旋回式ペリスコープを前へ向けた。
『……機関室の火勢は落ちているようです』
チエはペリスコープへ目を押し付けたまま答えた。
『……ハッチから、炎が上がっている様子もありません』
チエは、黒煙の隙間から覗く車体を、もう一度確認した。
『少なくとも――今すぐ吹き飛ぶ可能性は低いと思われます』
『了解』
レナは短く返し、マカロン2の左側へ視線を移した。
林道を斜めに塞いだ車体。
右側は車体と林縁が迫り、通れる余地はほとんどない。
抜けるとすれば――左。
だが、その路肩は叢に覆われており、遠目からでは地雷の有無など分かるはずもなかった。
(……危険だが、調べるしかない)
レナは無線機チャンネルを切り替えた。
「ジャスティス、こちらWOLF1」
『こちらジャスティス1−1! どうぞ!』
「そちらで、五人選抜しろ。マカロン2左側の路肩を確認させるんだ」
『それは……地雷確認ですか?』
「そうだ。シャーマン一両が抜ける幅だけでいい。確認した場所には目印を残せ」
『り、了解! こちらで選抜します!』
ジャスティス1−1の返答を聞き届けると、レナはすぐさま別のチャンネルへ切り替えた。
「チエ、聞こえるか」
『……聞こえています』
「これより、地雷の有無を調べ、路肩の安全を確保する。
マカロン1は15m前進。地雷確認班を援護しろ」
『マカロン1、了解』
「――マカロン3、お前たちは
『マカロン3、了解!』
レナは通信を切り、左右の林間を警戒するWOLFとGOATを流し見た。
「WOLFは指示があるまで周囲を警戒。
GOATはマカロン2の乗員と共に隊列の最後尾へ、じきに救護騎士団が来る」
「了解」
「任せてちょうだい」
リノとレンの返事を聞き届けると同時に、後方から複数の足音が近付いてきた。
レナは振り返る。
マカロン3の横を抜け、五人の正実生徒が林道を駆けてくる。
先頭の生徒がレナの前で急停止して踵を揃えた。
「WOLF1! 選抜五名、ただいま到着しました!」
「よし」
レナは短く頷き、炎上するマカロン2の左側を指差した。
「調べるのはあそこだ。戦車一両が抜けられる幅を確保しろ。
確認済みの場所には、必ず目印を残せ」
「了解!」
五人が一斉に頷く。
レナはイージーエイトへ目を向け、送信機を握った。
「マカロン1。前進開始」
『
ブォオオオン――!!
チエの号令を受け、イージーエイトのエンジン音が一段高くなる。
「WOLF、前進だ。マカロン1に続け」
「了解」
「アイコピー」
「イエスマム」
泥を纏った履帯が重く回転し始める。
イージーエイトの巨体が、先ほど自ら刻んだ履帯跡を正確になぞりながら、炎上するマカロン2へ向けてゆっくりと前進していった。
「行くぞ」
レナが右腕を振る。
リノ、スイ、メイも即座に立ち上がり、イージーエイトの車体後方へ続いた。
さらにその後ろを、選抜された正実の五名が追った。
イージーエイトは速度を落としたまま、林道の中央を慎重に進んでいく。
炎上するマカロン2の車体が、徐々に迫ってきた。
「……」
チエは旋回式ペリスコープへ目を押し付けたまま、前方を凝視する。
砲塔は右斜め前方に向けられている。
いつ再び姿を現すか分からない敵戦車へ備え、砲手は右翼を警戒していた。
マカロン2の後部装甲が、すぐそこまで迫る。
「
『ッ!』
操縦手が操向レバーを引く。
ギギィ――ッ。
サスペンションが軋み、イージーエイトの巨体がゆっくりと停止した。
足を止めたレナは、停止のハンドサインを掲げた。
「始めろ」
レナの短い命令に、五人の正実生徒が一斉に頷いた。
「二人で探査。一人は標示。残り二人は左右を警戒して」
先頭の生徒が素早く役割を割り振る。
「「了解」」
二人がライフルを背負い、腰の鞘から銃剣を引き抜いた。
その後ろでは、一人が腰のポーチから赤と白の布を取り出す。
残る二人はライフルを構えたまま、左右の林間へ銃口を向けた。
「……前進」
五人は身を屈めながらイージーエイトの左脇を抜ける。
だが、路肩へいきなり踏み込むことはしない。
泥に刻まれた履帯跡――すでに車両が通過した林道上へ足を残したまま、その縁で膝を付いた。
「焦るな。確実に行け」
レナは背後から声を掛けつつ、ARの銃口を林間へ向ける。
林道の左側は、湿った叢に覆われた路肩が続いている。
戦車一両を通すには、あの中へ新たな通過帯を作らなければならない。
「まず、ここから」
先頭の生徒が小さく呟いた。
銃剣を逆手気味に握り、草を慎重に掻き分ける。
その下から現れた湿った土へ、刃先を斜めに浅く差し込んだ。
ザクッ――。
何もない。数センチ横へずらす。
ザクッ――。
「……異常無し」
すぐ後ろに控えていた標示役が、一歩だけ前へ出る。
確認された場所へ白い布を結んだ細い小枝を突き立てた。
もう一人の探査役も、隣接する地面を同じように確かめていく。
ザクッ――。
ザクッ――。
一度に進むのは、ほんの僅か。
確認された場所にだけ膝を置き、そこからさらに次の地面へ銃剣を伸ばす。
その後方では、二人の警戒役が決して未確認の路肩へ踏み込まず、林道上から左右を見張り続けていた。
「やっぱりこれ……怖いよ」
探査役の一人が、乾いた唇を舐める。
「喋ってる暇あったら手元見て」
「うぅ……分かってるよ」
小声を交わしながらも、手は止めない。
草を掻き分け、土を探り、何もなければ白布を一本。
二人は急ぐことなく、確実に安全な範囲だけを少しずつ広げていった。
レナたちはイージーエイトの背後で膝を付き、左右の林間へ銃口を向けたまま作業を見守る。
ガリッ――。
「……ッ!?」
不意に、探査役の一人の手が止まった。
「止まって……」
その一言で残る四人の動きが一斉に止まる。
生徒は銃剣を途中まで差し込んだ姿勢のまま、微動だにしなかった。
額に薄く汗が浮かんでいる。
「何か当たった……」
隣の探査役が顔を強張らせる。
「金属?」
「……分かんない」
生徒は刃先へ力を掛けないよう注意しながら、ゆっくりと銃剣を引き抜いた。
探査役は切っ先で腐葉土を僅かに払い除ける。
湿った黒土の下。
黒ずんだ円形の縁が、ほんの僅かに姿を覗かせる。
「……これは」
誰かが息を呑んだ。
「対人地雷……」
標示役は腰のポーチから赤い布を取り出し、探査役の生徒に手渡した。
地雷そのものには触れない。
十分に距離を取った位置へ小枝を差し込み、そこへ赤布を結び付ける。
「そこには近付かないで。右へずらして探すよ」
「了解」
二人の探査役が一度後退する。
自分たちが白布で確認した安全な場所を正確に辿り、地雷から距離を取った。
レナはその様子を見つめ、僅かに目を細めた。
(やはり埋まっていたか)
一個だけとは限らない。
むしろ、一個見つかった以上、その周囲にも存在すると考えるべきだ。
そして――。
(対人だけとも限らん)
レナは無意識に奥歯を噛み締める。
戦車を林道から追い出すことまで考えて配置された障害なら、対戦車地雷が混ぜられていても不思議ではない。
ザクッ――。
ザクッ――。
湿った土へ刃先が沈む小さな音が、静まり返った林道へ断続的に響いた。
それから数分。
白い布で示された細い帯が、少しずつ伸びていく。
(静かすぎる……)
先ほどまで四方から銃声が飛び交っていたとは思えない。
林の中は、不気味な沈黙に包まれていた。
その時――。
『WOLF1、こちらRAVEN1』
ヘッドセットから声が響いた。
『GA側と思われる短距離通信を傍受した。見られているぞ』
「内容は?」
レナは即座に問い返した。
一拍置いて、ノイズ混じりの返答が届く。
『“敵先頭車、残骸後方で停止。左路肩を確認中”――以上だ』
「送信元は?」
『林間北西。だが、極短時間の発信で正確な位置は不明だ』
「……了解」
通信を切る。
レナは胸元のポケットから、エドゥトの板を引き抜いた。
ピッ――。
指紋認証と同時に黒い画面が点灯し、幼い少女の姿が浮かび上がる。
『……ご要件は』
画面の向こうに立つ少女は相変わらずの無表情だが、目元を僅かに細めている。
(AIのくせに、無視したことを怒っているのか?)
周囲には聞こえないほどの声で、レナは短く呼びかけた。
「アノラ、敵戦車の位置を割り出せるか」
『――否定』
即答だった。
『敵車両の直接視認情報なし。現在位置を確定するための情報が不足しています』
「分かった。言い方を変える」
レナは画面から視線を逸らさないまま続けた。
「射撃可能な地点を割り出せ。
……あれだけ長い砲身だ。林の中で撃てる場所は限られるはずだ」
『……ユーザーの要求内容を確認。当該エリアの地形データを展開します』
画面に現在地周辺の等高線と、林間を俯瞰した
[解析要求:次回射撃地点推定]
[敵車両直接視認:なし]
[最終確認位置:第二射点]
[車種推定:
[主砲推定:
[既知移動経路:登録]
[MACARON-1予想進路:暫定]
[最終移動方向:北方]
[経過時間:更新]
[到達可能区域:算出中]
[射線成立区域:抽出]
[車体遮蔽可能区域:推定]
[後退経路成立区域:抽出]
[射点候補:3]
[基準:MACARON-1進行軸/0000mil]
[SECTOR-1]
[方位:0018mil]
[SECTOR-2]
[方位:0560mil]
[SECTOR-3]
[方位:0910mil]
目にも留まらぬ速さでログが次々と流れる。
レナは画面へ食い入るように目を凝らした。
A.N.O.R.A.が弾き出した候補は三つ。
射撃位置として利用できる可能性がある地点が、赤い円形の領域として地図上へ浮かび上がっている。
レナは三つの赤い領域を順に見つめる。
一つ目は、林道のほぼ正面。
二つ目は、右斜め前方。
三つ目は、さらに東へ離れた林間。
『これは暫定値です』
レナは目を細めた。
『当該区画に敵車両が存在することを示すものではありません』
「いや、十分だ」
レナは顔を上げた。
マカロン2の左側では、正実生徒たちが一歩ずつ地雷探査を続けている。
路肩には赤い布が一つ、また一つと増えていった。
さらにその後ろでは、別の生徒が安全を確認した場所へ細い白布を結んだ小枝を突き立てている。
(……俺なら)
セクター1。
確かに撃てる。だが真正面での撃ち合いは賭けでしかない。
セクター3。
東へ寄りすぎる。射撃そのものは可能だが、退路まで織り込むと条件がやや悪い。
「セクター2……」
約三十二度。
進行方向を十二時とすれば、ほぼ一時方向。
(――俺なら、そこから狙う)
レナに迷う理由はなかった。
七年も戦場にいれば、こういう場所が嫌でも分かる。
撃てる場所ではない。
合理的に撃ちたくなる場所だ。
エドゥトの板を胸元へ押し込みながら、レナは無線機へ手を伸ばした。
「WOLF1よりマカロン1」
『はい、こちらマカロン1』
「砲塔を一時方向へ回せ。方位五六〇ミル付近を警戒しろ」
一瞬、無線の向こうが沈黙した。
『……何故そこを?』
「
『三つですか?』
「ああ」
「その中から一つ選んだ」
チエが僅かに間を置いた。
『……根拠は?』
チエは旋回式ペリスコープを一時方向の林間へ向ける。
視界には霧と木々があるだけだ。
そのどこにも、敵戦車の姿はない。
「私なら、そこから狙う」
『……』
「正面から撃ち合う馬鹿はヘルメット団だけだ。そして、東へ回り込みすぎれば退路が悪くなる」
レナはARを構え直した。
「だが一時方向なら、こっちが残骸を抜けたところを斜めから撃てる。
地図を見る限り、そのまま北へ逃げることもできる」
『なるほど、了解しました。貴女を信じます』
チエの声から、先ほどまでの戸惑いが消えた。
「
砲手が旋回操作ハンドルを右へ倒す。
ギュイィィン――。
油圧ポンプが唸り、それまで右斜め前方を向いていた砲塔が、さらに僅かに右へ振られた。
『
装填手が、目の前の閉鎖機を確認する。
操縦手はレバーのグリップを握り締め、機銃手は弾帯ベルトのたわみを直した。
チエは短く息を吐いた。
「……来るなら、来い」
その呟きは、インターコムにも拾われないほど小さかった。
モチベーションが死んでるので、今後も投稿期間は空くと思います。
気長にお待ちいただけると助かります。