白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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第56話 衝角

 

 

――トリニティ北東部/旧聖バルバラ要塞南方。

 

ブォオオン――!!

 

イージーエイトのV型8気筒エンジンが唸りを上げる。

 

車体後部から吐き出された排煙が林道へ流れ、三十トンを超える車体がゆっくりと動き出した。

 

履帯が湿った土を踏み締める。

 

その後ろにはマカロン3が続き、さらに後方から、村正レン率いるGOATチームが駆け足で追いついてくる。

 

「WOLF1!」

 

レンの呼び声に、レナが振り返った。

 

「GOAT、合流するわ!」

 

「よし、前進する! 後ろに付け!」

 

短く返し、レナはすぐに前方へ視線を戻す。

 

進むにつれて、周囲の木々は徐々にまばらになっていく。

だが同時に上り勾配もきつくなり、前方の地形が視界を遮っている。

 

この先にあるはずの旧聖バルバラ要塞は、まだ見えない。

 

霧が薄くなり、木々の隙間から差し込む光が少しずつ強くなっていく。

 

林道の先――。

 

上り勾配の頂点。

その向こうだけが白く開けていた。

 

「……出口か」

 

レナが呟く。

 

同時に、先頭を進むイージーエイトが速度を落とした。

 

「マカロン1、停止! 稜線を越えるな!」

 

『了解! 停止します!』

 

履帯の回転が緩む。

 

ギィィ――。

 

土を噛み締めながら、三十トンを超える巨体がゆっくりと停止した。

 

後続していたマカロン3も、その後方で速度を落とす。

 

二両が止まったあとも、エンジンの低いアイドリング音だけが林間に響き続けていた。

 

GOATも足を止める。

 

「この先ね……」

 

レンがレナの横まで駆け寄ってくる。

 

「全隊に通達。RAVENとツルギが来るまで待機だ」

 

レナは無線へ短く告げ、勾配の先を睨んだ。

 

出口まで、もう百メートルもない。

そこを越えれば、林道は林を抜ける。

 

 

 

――

 

――旧聖バルバラ要塞/第三防衛線。

 

ガチャッ――。

 

金属製の弾薬箱が、掩体壕の床へ置かれた。

 

「こっちに、二箱下さい!」

 

「了解! 持って行って!」

 

声が飛び交う第三防衛線。

 

そこに、林間から後退してきた生徒たちが次々と収容されていた。

 

一本の長い塹壕ではない。

古いコンクリート製の掩体壕が点在し、要塞を囲んでいた。

 

その旧時代の防御施設へ、急造された火点が継ぎ足されている。

 

土嚢を新たに積み直した防御陣地。

半ば土に埋もれた古い防空砲座。

 

それらを繋ぐ、短い連絡壕。

 

「Velites-1、配置につきました!」

 

「Velites-2も入った! 負傷者は後ろへ!」

 

泥に汚れた生徒たちが、息を切らしながら掩体壕へ滑り込む。

 

制服には焦げ跡が残り、何人かは腕や額へ包帯を巻いている。

 

それでも、武器を置く者はいない。

 

空になったマガジンを補給班に渡して新しいものを受け取る。

 

ありったけの弾をポーチに詰め、弾帯を肩に担いだ。

 

「その弾帯は左翼のA-3掩体壕へお願いします」

 

「よいしょ……と。了解、A-3ね」

 

生徒たちが防衛線の準備を進める中、すぐ後ろの地下壕では前線指揮官が戦術図を見下ろしていた。

 

「林で警戒に当たっている全ての部隊を呼び戻しなさい」

 

「りょ、了解!」

 

通信手が慌ててハンドセット(送受話器)へ手を伸ばす。

 

「Arxより全警戒班。現在の警戒任務を終了し、速やかに第三防衛線へ帰投せよ。繰り返す――」

 

ハンドセットへ叫ぶ通信手を横目に、前線指揮官は戦術図から顔を上げた。

 

「それと……敵戦車を見ても撃ってはなりません。各防御陣地には命令あるまで待機の指示を」

 

「イエスマム!」

 

他の通信手が防御陣地へ指示を飛ばしていく。

 

「Arxより各陣地。準備完了次第、待機せよ。

なお、命令あるまで発砲を禁ずる。繰り返す――。

命令あるまで発砲を禁ずる。無闇に火点を晒すな」

 

『こちらA-1、了解しました!』

『A-2、了解っ!』

『A-3、りょーかーい!』

 

返答が次々と戻ってくる。

 

前線指揮官は戦術図へ視線を落とした。

 

「未だ士気は十分……」

 

林道は南から伸び、抜けた先は開けた平原になっている。

 

真正面の坂――。

 

そこから敵は来る。

 

二両のシャーマン。正義実現委員会。連邦の特殊部隊。

 

そして。

 

「……剣先ツルギ」

 

小さく呟き、眉を寄せた。

 

先の交戦で、牽引式対戦車砲は全て失った。

 

120mm迫撃砲も、後退援護の遅滞射撃で弾切れ。

 

(……防御火力が不足している)

 

だというのに、敵のシャーマンは二両も健在。

 

(そして無傷のツルギ……)

 

前線指揮官の額に脂汗が伝う。

 

(彼女は……必ず来る)

 

前線指揮官は唇を強く結んだ。

 

残っているのは、要塞外周へ配置した機関銃と小火器。

 

それと。

 

「……Lampyrisは?」

 

「まもなく配置につきます!」

 

通信手の返答とほぼ同時だった。

 

ブォォン――。

 

地下壕の外から、聞き慣れたエンジン音が響いてくる。

 

前線指揮官は顔を上げた。

 

「頼れるのは……歪な試作兵器のみ」

 

 

 

――

 

――第三防衛線/東側旧防空砲座。

 

ガラガラガラガラ――。

 

履帯が砕けた瓦礫を踏み越える。

 

林間から後退してきたシャーマン改Lampyrisが、ゆっくりと円形陣地へ車体を進めていた。

 

低いコンクリート製の壁。

かつて対空砲を据えていた円形の砲座。

 

その中央へ、薄汚れた車体が収まっていく。

 

「そのまま……そのまま!」

 

外から誘導していた生徒が両腕を振る。

 

「止まれ! 止まれ!」

 

ギギッ――。

 

履帯が止まった。

 

Lampyrisが、砲座の内側へ完全に収まる。

 

古い防壁が車体を隠し、露出しているのは砲塔と、その前方へ突き出した長大な17ポンド砲だけだった。

 

だが、その砲塔には、これまでの戦いで刻まれた傷跡が残っている。

 

増加装甲と砲塔上端には擦過痕。

そして正面左端には、HVAP(高速徹甲弾)による痛々しい貫通痕。

 

内部では、砲手が砲架の隅々まで目を走らせていた。

 

「駄目です……目視では、固定部の歪みを特定できません」

 

砲手はそう答えながら、照準ハンドルへ手を掛けた。

 

ゆっくりと回す。

 

ギィ……。

 

長大な砲身が僅かに上下する。

 

「俯仰機構は?」

 

「取り敢えずは動きます。操作系自体に問題はありません」

 

「では……まだ戦えますね?」

 

「……はい。発砲は、可能でしょう」

 

歯切れの悪い返答だった。

 

砲手は照準器を覗き込み、レティクルの中央を確認する。

 

「林道までの距離は、二五〇。普通ならば問題ない距離ですが……命中は保証できません」

 

砲手は軽く笑い、肩を竦めた。

 

「……」

 

車長は黙って砲尾横の空間へ目を向ける。

 

そこに、本来いるはずの装填手がいない。

 

彼女は先ほどの被弾で戦闘不能と判断され、要塞内の救護区画へ運ばれていた。

 

車内に残っているのは三人――。

 

車長。

 

砲手。

 

そして操縦手。

 

「……Driver(操縦手)!」

 

『は、はいッ!』

 

「もう動く必要はありません。代わりに装填をお願いします」

 

『……』

 

一瞬の沈黙。

 

操縦手は名残惜しそうに、操向レバーを一度だけ撫でた。

 

『……了解』

 

車体前部で金属音が鳴った。

 

狭い車内を這うようにして、操縦手が後方の戦闘室へ移ってくる。

 

砲塔内部へ身体を滑り込ませ、空席となった装填手の位置に付いた。

 

「……不束者ですが、よろしくお願いします」

 

操縦手の言葉に、車長は目を細めて口元を緩めた。

 

「まだ貴女に嫁入りは早いですよ」

 

「なッ……失礼な!」

 

思わず声を上げた操縦手に、砲手が小さく吹き出す。

 

「ふふっ……その元気なら砲弾は持てますね。淑女様?」

 

「もうっ……二人して!」

 

ほんの一瞬、狭い鋼鉄の箱の中へ、小さな笑い声が落ちる。

 

自分たちが戦場にいることを忘れさせるような――短い笑いだった。

 

だが、それも長くは続かない。

 

車長は一度だけ目を瞑り、静かに息を吐いた。

そして視線を正面へ戻す。

 

「さあ……お喋りは終わりです」

 

その一言で、空気が切り替わった。

 

「Driver――いえ……Loader(装填手)!」

 

「……はい!」

 

「Sabot(装弾筒付徹甲弾)用意!」

 

「イエスマム!」

 

操縦手――臨時の装填手が、足下の弾薬庫へ身体を向ける。

 

狭い車内で中腰になり、固定具へ手を伸ばした。

 

ガチャッ――。

 

金属製の留め具が外れ、APDSが弾薬庫から引き抜かれた。

 

臨時の装填手は細長い砲弾を両手で慎重に抱え上げ、即応弾ラックへAPDSを収める。

 

それを見届けた車長は、砲手へ視線を向けた。

 

「Gunner(砲手)。林道出口を監視」

 

「イエスマム」

 

砲手が照準器へ顔を寄せる。

 

レティクルの中央には、林道へ繋がる緩やかな上り坂が映っている。

 

その向こう側には、正実の突撃部隊がいるはずだ。

 

だが――。

 

稜線に遮られ、まだ何も見えない。

 

「……」

 

照準ハンドルを握り、ほんの僅かに回す。

 

ギィ……。

 

砲身が僅かに上がり、砲口が林道へ向けられた。

 

「照準点、林道出口」

 

車長は僅かに目を細め、ペリスコープを覗き込む。

 

「……」

 

霧は既にかなり薄れていた。

少なくとも、林道出口までの射線は通っている。

 

「恐らく、敵はシャーマンを先頭に出てくるでしょう」

 

横に立つ臨時装填手が頷いた。

 

「まぁ……普通は、それがセオリーですよね」

 

――ザザッ。

 

その時、全体無線へノイズが走った。

 

『Aegis-1より、各員へ達する――』

 

東雲シヅキの声が流れた。

 

「「「…………」」」

 

Lampyrisの三人が、互いの顔を見合わせた。

 

ほんの少し前まで残っていた笑いの気配が、完全に消える。

 

地下壕。

 

掩体壕。

 

連絡路。

 

要塞内部。

 

そして――Lampyris。

 

第三防衛線の至る所で、同じ声が響いていた。

 

『先ほど、Oculusより報告がありました。

 

三大派閥が資料の共有を開始――。

現ティーパーティーへの合同説明要求も提出されたとのことです』

 

一拍。

 

『皆さん……ここまで、よくぞ持ち堪えてくれました』

 

Lampyrisの車長が、静かに目を伏せる。

 

『情報封鎖は――破綻。

 

私たちの目的は……達成されました』

 

ある生徒は、小さく息を呑んだ。

 

ある生徒は、作業の手を止めた。

 

ある生徒は、壁へ背中を預けたまま、静かに目を閉じた。

 

長かった。

本当に――長かった。

 

これでもう、無かったことにはできない。

 

いや――。

 

『ですが……』

 

シヅキの声が続く。

 

『今ここで銃を置けば、証拠も、証言する者も押さえられ――全て偽りだったことにされるかもしれません』

 

僅かな間。

 

『だから、もう少しだけ……もう少しだけ。

 

貴女たちの力を、貸して下さい』

 

第三防衛線の各所で、生徒たちが武器を握り直した。

 

誰も声を上げない。

 

その代わりに。

 

ガチャッ――。

 

掩体壕の中で、ボルトが引かれた。

 

ジャキッ――。

 

機関銃へ弾帯が送り込まれる。

 

カチッ――。

 

セレクター(射撃切替レバー)が切り替わった。

 

『皆さん』

 

シヅキは、無線の奥で小さく息を吸った。

 

『これが……最後の部活動です』

 

――ブツッ。

 

通信が切れた。

 

「……」

 

地下壕の前線指揮官は、しばらくハンドセットを見つめていた。

 

やがて、それを通信手へ返す。

 

「Arxより、最終通達」

 

戦術図へ手を伸ばし、引かれた赤線を人差し指で、ゆっくりとなぞった。

 

「最初の一発はLampyrisに任せます」

 

通信手が顔を上げ、ハンドセットを握り直す。

 

「Arxより各陣地へ通達! 最終指示!」

 

声が地下壕に響いた。

 

「Lampyrisの発砲を合図に交戦開始!

 

各火点、射界に入った敵歩兵を撃て!

 

要塞に近付けるな!」

 

 

 

――

 

――旧聖バルバラ要塞/西側林縁。

 

四つの影が木々の隙間を抜け、音もなく斜面を駆けゆく。

 

「……停止」

 

ユキノの合図で、他の三人は足を止めた。

 

クルミがその場で腰を落とし、背後へ銃口を向ける。

 

ニコも右側で姿勢を低くし、ショットガンのフォアエンドを軽く握り直した。

 

オトギは左側で幹に身を寄せ、背負った対物ライフルのスリングを掴む。

 

誰も言葉を発さない。

 

ユキノは待機のハンドサインを送ると、一人で林縁へ近付いた。

 

木の幹へ身体を寄せ、僅かに顔を覗かせた。

 

視界が、一気に開ける。

 

朝の薄い霧が残る平原の中央に――巨大な構造物が横たわっていた。

 

古い石造りの外壁。

 

その上へ継ぎ足された、無骨なコンクリート構造、そして屋上には古びた観測塔が突き出している。

 

――旧聖バルバラ要塞。

 

「……」

 

ユキノは、しばらく無言でその光景見つめていた。

 

建物の手前には、低いコンクリート製の掩体壕が点々と並んでいる。

 

その隙間を埋めるように、砲座と土嚢陣地が半円状に配置されていた。

 

一見すれば――疎らに置かれた小さな陣地だが。

 

(……動きが無い)

 

ARを構え、備え付けられたLPVO(低倍率可変式照準器)を覗き込む。

 

「……」

 

倍率を最大に上げた。

 

点在する掩体壕、砲座、土嚢陣地を一つずつ丁寧に走査していく。

 

(……戦車はどこだ)

 

ユキノはスコープを右から左へ、ゆっくりと流していく。

 

左右へ連なる防御施設。

 

敷き積まれた土嚢。

 

半ば地面へ埋もれたコンクリート製の掩体壕。

 

だが――。

 

人影が、ほとんど見えない。

 

「……」

 

一度、倍率を落とす。

 

視野が広がり、要塞全体を捉える。

 

その瞬間――。

 

「……!」

 

スコープの端で何かが動いた。

 

土嚢の陰から白いベレー帽の縁だけが覗き――すぐに引っ込む。

 

意識して探せば、僅かな痕跡はあった。

 

土嚢の隙間から僅かに覗く銃身や、連絡壕を一瞬だけ横切る白い影。

 

(待ち伏せへ切り替えたか)

 

ユキノはスコープをさらに左へ振った。

 

陣地の半分以上がコンクリート壁と土嚢に隠れ、さらに薄い霧と朝の逆光が細部を潰している。

 

(ここからでは、戦車を確認できない……)

 

だが、いないとも言い切れない。

 

ユキノはスコープから目を離し、そのまま数歩下がって手招きをした。

 

待機していた三人が、音もなく寄ってきた。

 

「……どう?」

 

隣でニコが囁く。

 

「敵はいる」

 

ユキノは短く答えた。

 

「ただし――姿を隠している。正確な戦力は不明だ」

 

「こっちが出るまで待ってるってこと?」

 

「そう考えるのが妥当だ」

 

クルミが林縁へ視線を向ける。

 

「ねぇ……戦車は見つけた?」

 

「いや。未確認だ」

 

「相手は被弾したらしいし……放棄されたとか?」

 

オトギの問いに、ユキノは首を横へ振った。

 

「希望的観測は身を滅ぼすぞ、FOX4」

 

「はぁ……相変わらずだねぇ」

 

オトギは肩を竦めて小さく息を吐いた。

 

その横で、ユキノは周囲へ視線を巡らせ、監視支援陣地に適した場所を探す。

 

オトギが使う12.7mm対物ライフルは強烈な閃光とマズルブラストを発生させる。

不用意な場所で撃てば、一発で位置を露呈してしまうだろう。

 

「よし……あそこだ」

 

ユキノの目が、現在地から数メートル左の一点に止まった。

 

太い木の根元の脇に、緩やかに土が盛り上がった場所がある。

 

「前方の灌木をブラインド(遮蔽)にして射線を通す。

 

あそこなら地面も湿っている。発砲時のダスト(土煙)も最小限に抑えられるはずだ」

 

「了解っと」

 

オトギは対物ライフルのキャリングハンドルを掴み取る。

 

身を屈めたまま素早く移動し、土盛りの斜面に伏せた。

 

カチンッ――。

カチンッ――。

 

対物ライフルのバイポッドを展開し、土へ食い込ませた。

そしてレンズの反射を防ぐため、スコープが枝葉の影に収まるよう、対物ライフルの位置を調整する。

 

「……ここでいいかな」

 

正面の枝葉と砲口の重なりを避け、スコープの両端にある保護キャップを指で弾いた。

 

パコッ――。

パコッ――。

 

小気味よい音が鳴る。

 

「FOX2、FOX3――」

 

オトギが狙撃準備を整える中、ユキノはニコとクルミに指示を飛ばす。

 

「敵歩兵の浸透に備えて側面を警戒。デッドスペース(死角)をカバーしろ」

 

「了解」

 

「はいはい、任せて」

 

二人が左右へ散開し、射撃陣地を守る近接警戒態勢へ移行する。

 

ユキノはオトギのすぐ右側へ伏せ、スポッタースコープ(観測鏡)の三脚を展開した。

 

「……いつでもいけるよ」

 

「了解」

 

ユキノは手元の無線機へ手を伸ばした。

 

「FOX1よりWOLF1。OVERWATCH(監視支援)に付いた。いつでも支援可能。オーバー」

 

 

 

――

 

――林道/旧聖バルバラ要塞南方。

 

「こちらWOLF1。報告せよ」

 

レナは無線機のスイッチを押し、短く返した。

 

『掩体壕の周囲に土嚢陣地、強化された砲座を複数確認。BREAK(送信区切り)――

 

敵兵は姿を隠しており、敵戦車も確認できなかった』

 

「……了解」

 

レナは勾配の先へ視線を向けた。

 

林間であれだけ粘った車両だ。

むしろ、ここまで後退した以上。

 

(待ち構えていると考えるべきだ)

 

最後の防衛線で、貴重な装甲戦力を捨てる理由はない。

 

「WOLF1よりFOX4」

 

『はいはーい、こちらFOX4。聞こえてますよー』

 

オトギの陽気な声が返る。

 

レナはマイクに手を添え、一度だけ息を吸った。

 

「FOX4……ラウフォス(徹甲焼夷榴弾)の使用を許可する」

 

『……』

 

短い沈黙。

 

『――了解』

 

オトギから、先ほどまでの軽い調子が消えた。

 

『FOX4、ラウフォス使用許可を確認』

 

「目標は――固定火点及びMMG(中機関銃)。歩兵の脅威となるものを最優先で潰せ」

 

『コピー』

 

「分かっていると思うが、それを戦車には撃つなよ。金の無駄だ」

 

『了解……見つけ次第報告でいい?』

 

「ああ。任せた」

 

『了解。FOX4、アウト』

 

レナは続けてチャンネルを切り替えた。

 

「FOX1。FOX4の射撃統制は任せる」

 

『了解した。必要な火点から順に処理する』

 

「頼んだ。WOLF1、アウト」

 

通信を切った直後――。

 

ザッ――。

 

後方の林道から、複数の足音が聞こえてくる。

 

「WOLF1!」

 

聞き覚えのある声に、レナが振り返った。

 

「お待たせしました」

 

黒い翼を生やした長身の少女が駆けてくる。

 

羽川ハスミ。

 

その後ろから、数名の正実の生徒が続く。

 

さらに。

 

「きひひ……!」

 

甲高い笑い声。

 

「きひひひひッ……!」

 

茨のような翼。

 

血走った深紅の瞳。

 

二丁のレバーアクション・ショットガンを手にした少女が、ハスミの横にぬるりと現れた。

 

「……来たな」

 

その表情を見た瞬間、レナは露骨に眉を顰めた。

 

ハスミは僅かに息を整えると、背後を振り返る。

 

「少数ですが、すぐに動ける者を連れてきました」

 

後ろに並ぶ生徒たちが、それぞれ武器を抱えたまま小さく頷く。

 

装備には泥が付き、何人かは制服の上から簡単な包帯を巻いていた。

 

それでも戦列へ戻ってきた者たちだ。

 

さらに、その後ろから別の一団が姿を現す。

 

黒い戦術装備。

長いアンテナを備えた、大型スキャナー。

 

「RAVENチーム、合流する」

 

「了解。これで全員だな」

 

レナは短く応じ、集まった各生徒の顔を見渡した。

 

「WOLF1より全隊――」

 

レナは無線機のスイッチを押し、周囲に立つ者たちにも聞こえるよう声を張る。

 

「これより――我が隊は、バルバラ要塞へ前進する。

目標は要塞外郭防衛線の無力化だ」

 

一拍。

 

「FOXの報告では、敵は姿を隠して待ち伏せており、正確な戦力は不明。

 

……なお、敵戦車も未確認だ」

 

レナは林道の先を指差した。

 

「マカロン1を先頭に出す。マカロン3は後続。車間を詰めるな」

 

『マカロン1、了解!』

 

『マカロン3、了解!』

 

「歩兵は戦車に続け。ただし――出口を越えた直後に戦車へ密着するな。

敵戦車に砲を撃たれたら巻き込まれる」

 

正実の生徒たちが頷く。

 

「そしてFOXは現在、西から火点を監視している。

敵の反撃で位置を特定でき次第、対物ライフルで一つずつ潰していく予定だ」

 

レナは一度言葉を切った。

 

「ただし、FOXは西側から見ている。マカロン3、煙幕を張る場所は留意しろ」

 

『りょ、了解!』

 

「歩兵はSRTが先行。正実はその後ろから続け。

いいか、一箇所に纏まるな。稜線を越えたら左右へ展開しろ」

 

周囲の生徒たちが頷くその中で、ただ一人――。

 

ツルギだけは首を奇妙な角度で傾げ、喉の奥で「グルルル……」と唸り声を上げている。

 

レナは前方の稜線を睨み息を吸う。

 

「付け剣ッ――!」

 

鋭い号令が轟く。

 

正実生徒たちは一斉に腰の鞘から銃剣を抜き放ち、ライフルの先端へ装着した。

 

「マカロン1、前進!」

 

ブォォオオ――!

 

イージーエイトのエンジンが再び唸りを上げる。

 

履帯が泥を蹴立て、巨体がゆっくりと勾配を登り始めた。

 

その後方へ、各歩兵部隊とマカロン3が続く。

 

履帯が稜線の頂点を越え――車体が僅かに前のめりになった直後。

イージーエイトの車体前部へ、霧の向こうから白い光が差した。

 

やがて――。

 

目前に、広大な平原と、その奥に聳えるバルバラ要塞の全景が広がった。

 

朝の薄霧の向こうには、コンクリートと古い石積みが混ざり合った異様な巨大建造物。

そしてその手前には、半円状に配置された掩体壕と土嚢陣地が行く手を阻むように点在していた。

 

「あれが……」

 

チエがペリスコープ越しに要塞を確認した、その瞬間。

 

防衛線の東端。

北東に位置する土盛りが、鋭い閃光で瞬いた。

 

「光っ――!?」

 

 

 

――

 

――第三防衛線/東側旧防空砲座。

 

「来ました!」

 

砲手の声が車内へ響いた。

 

緩やかな坂の向こうから、シャーマンの砲塔がゆっくりと現れる。

 

車長はペリスコープへ目を押し当てた。

 

「Tally-ho(目標視認)!」

 

イージーエイト――。

 

これまで何度も自分たちを追い詰めてきた車両が徐々に稜線から上がってきた。

 

「Gunner(砲手)! Sabot(装弾筒付徹甲弾)! Sherman(シャーマン)! Front(正面)! 250!」

 

砲手はレティクル中央にイージーエイトの車体を合わせた。

 

彼我の距離――250メートル。

 

本来なら、外す距離ではない。

 

(……お願い)

 

照準器の向こうに映る車体を見つめながら、砲手は奥歯を噛み締めた。

 

(今度だけは――)

 

砲架がどれだけ歪んでいるのか。

照準器と砲軸が、どれだけずれているのか。

 

もう分からない。

 

だが、それでも、狙うしかない。

 

「On(照準よし)!」

 

即応弾ラックからAPDSが引き抜かれる。

 

臨時装填手は砲尾へ身体を寄せ、砲弾を両腕で抱えた。

 

「おも……っ! せえぇい――!」

 

握り拳を作り、力いっぱい薬室へ押し込む。

 

ガコンッ――!!

 

砲弾が収まると閉鎖器が自動で落ちた。

 

臨時装填手は砲尾から一歩だけ離れ、安全装置を解除した。

 

「Sabot(装弾筒付徹甲弾)……Loaded(装填よし)!」

 

車長は息を吸う。

 

そして。

 

「Fire(撃て)!」

 

「Firing(発射)!」

 

ズドォォォォンッ――!!

 

 

 

――

 

――林道出口。

 

「――ッ!」

 

レナが反射的に顔を上げた刹那。

 

イージーエイトの砲塔上を――。

 

ヒュッ――バン――!!

 

一瞬で凄まじい衝撃波が突き抜けた。

 

「――全隊停止ッ!」

 

レナが叫ぶと同時に、イージーエイトの車体が沈み込んだ。

 

『Driver(操縦手)! Halt(停止)!』

 

『Roger(了解)!』

 

ギギギィィ――!!

 

履帯が地面を抉り、イージーエイトが急停止する。

 

「ッ……!」

 

後続していた正実の生徒たちも、反射的に左右へ散った。

 

「散開! 伏せろ!」

 

レナは叫びながら、その場へ膝をつく。

 

その瞬間。

 

ダダダダダダダダッ――!!

 

「クソッ!」

 

「撃ってきた!」

 

沈黙していた第三防衛線の各所から、機関銃と小銃が一斉に火を噴いた。

 

ズダダダダッ――!!

 

銃弾が林道出口へ殺到する。

無数の弾丸が稜線へ振り注ぎ、イージーエイトの正面装甲に叩きつけられる。

 

カンッ――カンッ――!

 

ガンッ――!

 

弾かれた弾丸が飛び回り、後方の木々へ吸い込まれていく。

 

「頭を下げて!」

 

ハスミが叫び、正実の生徒たちが稜線の影に身を滑り込ませる。

 

SRTの生徒たちは、レナのハンドサイン一つで即座に散開した。

 

「マカロン3!」

 

レナは振り返り、マカロン3の車長へ怒鳴る。

 

「WP(白燐弾)――!!」

 

――きえええええええええぇぇぇぇッ!!!!

 

突然。

 

鼓膜を劈く甲高い叫び声が、戦場に響き渡った。

 

「なッ――!?」

 

レナの視界の端を、黒と赤の影が弾丸のように通り過ぎていく。

 

「おい! 待――!」

 

「ぎゃはははぁ――!! ぎぃええええぇ――!!」

 

レナの声を掻き消すように、ツルギは奇声を上げた。

両手にレバーアクション・ショットガンを握りしめ、背中の翼を大きく広げる。

 

彼女は全員を置き去りにして、たった一人で平原へと飛び出していた。

 

「ツルギ! 戻りなさい!!」

 

ハスミが叫ぶが、狂笑の主には届いていない。

 

(あの馬鹿……ッ!)

 

レナは咄嗟に判断を切り替えた。

ここでツルギを呼び戻すことは不可能だ。ならば、起きてしまったこの異常事態を、そのまま突破口へ変換するしかない。

 

「クソッ!」

 

レナは無線機へ怒鳴りつけた。

 

「マカロン3! ツルギの進路にスモークを展開! 射線を分断しろ!」

 

『Wilco(了解、実行する)!!』

 

続けざまに、周囲へ叫ぶ。

 

「全隊突撃ッ! ツルギに続けッ――!」

 

正実生徒が、真鍮のホイッスルを咥えた。

 

ピイィィィィィィッ――!!!

 

「Chaaaaarge(突撃ぃぃぃ)――!!!」

 

鋭い笛の音を合図にSRTと正実――。

 

そしてマカロン隊が一斉に平原へと雪崩れ込んだ。

 

 

 

――

 

――第三防衛線。

 

「け、剣先ツルギ!?」

 

掩体壕で索敵を行っていたGAの生徒が、悲鳴のような声を上げた。

 

「正面! 真っ直ぐ突っ込んでくる!!」

 

その一言で、掩体壕の空気が完全に凍りついた。

 

土嚢の向こう。

薄れた霧に紛れて、猛烈な速度で迫る黒い影。

 

トリニティの生徒であれば誰もが本能的に恐れる、理不尽の権化。

 

「撃てぇッ!! 近付かれたら終わりだッ!!」

 

誰かが叫ぶと同時。

防衛線正面の撃てる火点という火点が――。

 

ただ一人、剣先ツルギへと向けられる。

それは、GA全体の火力配分が、完全に歪められた瞬間だった。

 

 

 

――

 

――東側旧防空砲座/Lampyris。

 

「外れた!」

 

砲手からの報告に、車長は奥歯を噛み締めた。

やはり、イージーエイトを精確に抜くことはできなかった。

 

「Re-engage(再交戦)――!」

 

指示を出しかけたその時。

ペリスコープ越しの車長の目に、異常な光景が飛び込んできた。

 

稜線から飛び出し、猛烈な速度で突進してくる黒い影。

 

振り注ぐ弾丸を全く意に介さず、被弾すら無視して、ひたすら距離を詰めてくる。

 

『け、剣先ツルギ!? 正面! 真っ直ぐ突っ込んでくる!!』

 

無線から悲鳴のような報告が流れる。

 

(……剣先ツルギ)

 

車長の背筋に冷たいものが走った。

 

「Gunner(砲手)! HE(榴弾)! Front(正面)! 剣先ツルギへ撃ち込みなさい!」

 

「は!? ――HE!?」

 

臨時装填手は抱えていたAPDS弾を下ろし、HE弾へ手を伸ばす。

 

砲手がハンドルを素早く回し、砲塔が僅かに旋回する。

レティクルの中心、突進してくるツルギの少し手前の地面を捉えた。

 

「On(照準よし)!」

 

臨時装填手は全力で榴弾を持ち上げるが、狭い車内での長大な砲弾は――。

 

「くっ……うぅ……!」

 

初めて立つ装填手席。

身体の使い方も、砲尾との間合いも分からない。

 

「急ぎなさい!!」

 

僅か数秒――。

 

ようやく薬室へと押し込まれ、閉鎖機が音を立てて閉じられた。

 

即座に臨時装填手が身を引く。

 

「Loaded(装填よし)!」

 

「Fire(撃て)!」

 

「Firing(発射)!」

 

 

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