白狼救済録   作:らんらん出荷マン

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第55話 波及

 

 

――その日の朝。

アビドス砂漠/大オアシス跡地。

 

朝日に照らされたMERLIN2-2が、レナを乗せて舞い上がる。

 

ローターが朝焼けの空を激しく叩く音は、機体が高度を上げるにつれて遠のき、やがて砂漠の彼方へ溶けていった。

 

「……行っちゃったね」

 

静まり返った砂漠に、ユメの呟きだけが落ちる。

 

「……」

 

返事はない。

 

ホシノは黙ったまま、地平線から姿を現した太陽を見つめていた。

 

風が吹く。

 

乾いた砂が地表を這い、さらさらと微かな音を立てて流れていく。

 

ユメはしばらく機影の消えた空を見上げていたが、やがて小さく息を吐いた。

 

「レナちゃん、大丈夫かな……」

 

「大丈夫じゃないでしょう」

 

ユメが振り返る。

 

ホシノはポケットからスマートフォンを取り出した。

 

「あの人、昨日から寝てないんですよ?

そのまま二つ返事で戦いに行くなんて……正気じゃありません」

 

「でも、緊急招集だよ……?」

 

「だからって、行かせていい理由にはなりません」

 

ぴしゃりと言い切った。

 

その口調に、ユメは少しだけ眉を下げる。

 

「あの……ホシノちゃん、怒ってる?」

 

「怒ってません」

 

「え……でも」

 

「――怒ってません」

 

そう答えるホシノの手は、明らかにスマートフォンを強く握り締めていた。

 

画面には、つい先ほど二人の端末へ同時に届いた速報が表示されている。

 

――トリニティ自治区におけるGuardian Angels武装蜂起。

 

――旧要塞占拠。

 

――正義実現委員会と交戦中。

 

――周辺ライフライン施設に被害。

 

緊急速報としては、異様なほど具体的な内容だった。

 

ホシノはもう一度、その文字列を上から下まで目でなぞる。

 

「……正義実現委員会だけじゃ無理だから、SRTを呼んだ」

 

ユメがぽつりと言った。

 

「だったら、レナちゃんが行かなきゃいけないのも……」

 

「ユメ先輩」

 

低い声が、ユメの言葉を遮る。

 

「そうやって、すぐ鵜呑みにするのやめてください。何回言ったら分かるんですか?」

 

「え……?」

 

「SRTって、キヴォトスでも指折りの生徒を集めた学校なんですよ? 休暇中のレナさんを、わざわざ引っ張り出さなきゃいけない理由なんてないでしょう」

 

「そ、それは……そうかもしれないけど」

 

ホシノはスマートフォンの画面を消すと、ランドローバーの運転席へ乗り込んだ。

 

後ろでユメが何か言いたそうにしていたが、結局、何も言わなかった。

 

「……」

 

ホシノは無言のままハンドルへ手を置く。

 

この大きな車を、レナはまるで自分の手足のように扱っていた。

 

小柄なホシノも、バイク程度なら乗れる。

 

だが、砂地でこんな巨体を、それも見よう見まねだけで学校まで運転する気にはなれなかった。

 

(そもそも――)

 

試しに足を伸ばしてみる。

 

届かない。

 

クラッチもアクセルも、まともに踏み込めそうになかった。

 

「……」

 

諦めて身体を戻し、ダッシュボードに設けられた時計へ目を向ける。

 

レナが保護要請を出してから、すでに数分。

 

残りは二十分と少し――。

 

本当に、そんな短時間で駆け付けられるのか。

 

こんな僻地へ。

 

しかも、早朝に。

 

「……三十分」

 

「どうしたの?」

 

「何でもありません」

 

ホシノは運転席から降りる。

 

それから二人は、ランドローバーの車体が作る僅かな日陰へ身を寄せた。

 

朝日はすでに地平線から完全に顔を出し、砂漠に残っていた夜の名残を追い払い始めている。

 

周囲の気温も、少しずつ上がり始めていた。

 

ユメが水筒を取り出す。

 

「ホシノちゃんも飲む?」

 

「……もらいます」

 

「はい。どうぞ」

 

差し出された水筒を受け取り、一口だけ飲む。

 

(温い……)

 

それでも、乾ききった喉には十分だった。

 

「レナちゃん……」

 

ユメがまた、ぽつりと呟く。

 

「……」

 

ホシノは水筒の蓋を締めると、隣のユメを睨んだ。

 

「そんなに心配するくらいなら、止めればよかったじゃないですか」

 

ユメの手が止まる。

 

「あ……でも――」

 

その先を口にするより早く。

 

遠くから、低いエンジン音が聞こえてきた。

 

「「――!」」

 

二人が同時に顔を上げる。

 

砂丘の向こう。

 

朝日に照らされた一台の警察車両が、小さな砂煙を引きながらこちらへ向かってくる。

 

ホシノは反射的にスマートフォンを取り出し、時刻を確認した。

 

要請から――二十九分。

 

「……本当に、三十分」

 

「わあ!」

 

ユメが、ほっとしたように声を上げる。

 

警察車両はランドローバーの十数メートル手前で速度を落とし、砂を巻き上げながら停止した。

 

ドアが開き、降りてきたのは二人。

 

制服の上にコンバットベスト。

制帽には、ヴァルキューレ警察学校の徽章。

 

「お待たせしました~。ヴァルキューレ生活安全課の者です~」

 

やや間延びした、親しみやすい声。

 

柔らかな笑顔を浮かべながら、二人へ歩み寄ってくる。

 

「連邦生徒会経由で保護要請を受けています。お二人をアビドス高等学校までお送りしますね~」

 

「ありがとうございます!」

 

ユメが素直に頭を下げる。

 

その横で、ホシノは黙ったまま二人を見ていた。

 

「……」

 

「おや~?」

 

目の前の生徒が首を傾げる。

 

「ホシノさん……どうしました~? 私の顔に何か付いていますか~?」

 

「……いえ」

 

ホシノは一度だけ、彼女たちが乗ってきた警察車両へ目を向けた。

 

「時間通りだなと思って」

 

「ああ~」

 

生徒は朗らかに笑った。

 

「ちょうど近くを巡回してたんですよ~。運が良かったですね~」

 

「……そうですか」

 

それ以上、ホシノは何も言わなかった。

 

「それでは、こちらの車両を確認します」

 

もう一人。

 

生真面目そうな雰囲気の生徒がランドローバーへ歩み寄る。

 

運転席のドアを開け、車内へ身体を滑り込ませた。

 

「……」

 

ホシノの視線が、その背中を追う。

 

生徒は一度だけ車内を見回した。

 

ダッシュボード。

バックミラー。

メーター類。

 

そして流れるような手つきで、シフトレバーの遊びとクラッチの硬さを確かめる。

 

(……手慣れてる)

 

この旧型ランドローバーは、今となっては珍しい車だ。

 

多少なりとも操作系に戸惑ってもよさそうなものだった。

 

だが、その生徒は何の迷いもなくシート位置を調整し、ベルトを締めてキーを回した。

 

キュルルル――。

 

一拍遅れて、ディーゼルエンジンが低く唸る。

 

回転計へ目を送り、耳を澄ませる。

 

異音がないことを確かめると、クラッチを踏み込み、滑らかにギアを入れた。

 

「ほぉ……よく整備されてますね」

 

淀みのない一連の仕草に、ホシノは目を細める。

 

「……この車、乗ったことあるんですか?」

 

「ん?」

 

運転席の生徒が振り返った。

 

「ああ、似たようなのならありますよ。仕事柄、いろんな車に乗りますから」

 

「……生活安全課って、そんな仕事もするんですね」

 

彼女は笑いながら肩を竦める。

 

「しますよ。迷子を送り届けたり、放置車両を動かしたり」

 

「……へぇ」

 

返事をしながらも、ホシノは視線を外さなかった。

 

説明は通る。

 

ヴァルキューレなら、様々な車両を扱う機会もあるだろう。

 

ただ――。

 

(……私、名前言ったっけ)

 

一瞬そう思ってから、すぐに打ち消す。

 

(……いや)

 

保護対象の情報に、名前くらい載っている。

 

知っていて当然だ。

 

そう言い聞かせても、胸の奥に刺さった小さな棘は抜けなかった。

 

「では、行きましょうか~」

 

柔らかな口調の生徒が、何事もなかったように声を掛ける。

 

ユメとホシノはランドローバーの後部座席へ乗り込み、生真面目そうな生徒が運転席に収まる。

 

もう一人は警察車両へ戻った。

 

やがて二台の車両はエンジン音を響かせながら、大オアシス跡地を後にした。

 

 

 

――

 

――アビドス高等学校/校舎裏ガレージ前。

 

「ここに駐車で、いいですか?」

 

「はい! お願いします!」

 

ユメの返事を受け、生真面目そうな生徒は小さく手を上げた。

 

クラッチを浅く繋ぎ、ランドローバーをゆっくりと後退させる。

 

キィ――。

 

ほとんど切り返すこともなく、巨体がすっぽりと駐車区画へ収まった。

 

サイドブレーキを引いてキーを捻ると、それまで低く響いていたディーゼルエンジンが止まる。

 

「はい。お預かりした車両は無事到着です」

 

運転席から振り返り、引き抜いたキーを指先で軽く揺らした。

 

「こちら、どなたにお渡しすれば?」

 

「あ、私が預かります!」

 

後部座席のユメが身を乗り出し、両手でキーを受け取る。

 

「ありがとうございます!」

 

「いえいえ。これも仕事ですから」

 

朗らかな笑顔を浮かべると、生徒はコンバットベストから端末を引き抜いた。

 

「それでは、保護対象二名の送迎完了……っと」

 

数度画面を操作し、端末をベストへ戻す。

 

「これで私たちの仕事は終わりです」

 

「わざわざこんな遠くまで、本当にありがとうございました!」

 

ユメがもう一度、深く頭を下げる。

 

「ほら、ホシノちゃんも! お礼を言わなきゃダメでしょ!」

 

「……ありがとうございました」

 

促され、ホシノも形だけ頭を下げた。

 

「はい。どういたしまして」

 

気にした様子もなく、生徒はひらひらと手を振る。

 

ランドローバーから降りてドアを閉めると、すでに警察車両から降りていた相方の隣へ歩み寄った。

 

「それじゃあ、私たちはこれで」

 

「はい!」

 

ユメが笑顔で応じる。

 

二人が踵を返しかけた――その時だった。

 

「ああ~。そうだ~」

 

柔らかな雰囲気の生徒が、不意に足を止める。

 

「ユメさん」

 

「はい?」

 

突然名前を呼ばれ、ユメが目を丸くした。

 

生徒は僅かに微笑むと、そのまま空を見上げる。

 

朝焼けはすでに薄れ、青みを増した空には雲ひとつない。

 

「最近、砂漠の天気って読みにくいですよね~」

 

「天気……?」

 

ユメもつられるように空を見上げる。

 

そして、何の疑いもなく頷いた。

 

「はい、そうですね!」

 

「今日みたいに遠くまで出る時は、気を付けてくださいね~」

 

「あ……はい!」

 

ユメは大きく頷く。

 

「気を付けます!」

 

「それなら安心です~」

 

満足そうに笑うと、生徒は今度こそ背を向けた。

 

二人は警察車両へ乗り込み、ドアを閉める。

 

ほどなくしてエンジン音が響き、車両は校舎裏を離れていった。

 

砂煙を残しながら、市街地の向こうへ消えていく。

 

「親切な人たちだったね」

 

「……」

 

ホシノは答えなかった。

 

警察車両が完全に見えなくなるまで、その方向をじっと見つめ続ける。

 

「ホシノちゃん?」

 

「……何でもありません」

 

短く答え、校舎へ向き直る。

 

胸の奥に残った棘だけは、消えなかった。

 

 

 

――

 

――アビドス高等学校/生徒会室。

 

生徒会室へ入るなり、ユメは真っ先にテレビへ向かった。

 

「ニュース、やってるかな」

 

「……」

 

ホシノはリュックを机へ置きながら、その後ろ姿を見る。

 

ユメがリモコンを取った。

 

ピッ――。

 

古びたテレビに映像が灯る。

 

『――続いて、本日のキヴォトス主要自治区の交通情報です』

 

画面に映ったのは交通情報だった。

 

ユメがチャンネルを変える。

 

『ミレニアム自治区では本日――』

 

また変える。

 

『本日の気温は――』

 

「あ……あれ?」

 

ユメの指が止まった。

 

「おかしいな……」

 

さらにチャンネルを送るが、どのニュース番組にも出てこない。

 

Guardian Angelsによる武装蜂起。

旧要塞の占拠。

正義実現委員会との交戦。

 

今朝の速報に並んでいた単語が、一つとして聞こえてこなかった。

 

ようやく見つけたトリニティ関連のニュースも――。

 

『トリニティ自治区北東部において、一時的な通信障害が発生しています』

 

それだけだった。

 

『一部地域では停電および道路規制も確認されており、現在、関係機関が原因を調査中です』

 

ユメがテレビを見つめたまま呟く。

 

「……なんで?」

 

ホシノは答えず、スマートフォンを取り出した。

 

検索欄へ文字を打ち込む。

 

[検索:トリニティ 武装蜂起]

 

――該当する速報記事なし。

 

「……ない」

 

続けて入力する。

 

[検索:Guardian Angels 要塞占拠]

 

――該当情報なし。

 

「一体、これは……」

 

ユメが振り返った。

 

「ネットにもないの?」

 

「無いです」

 

ホシノは眉を寄せる。

 

「少なくとも、私たちが見た内容は……どこにも」

 

「報道規制……なのかな?」

 

報道規制。

 

あり得なくはない。

 

トリニティ内部の不祥事なら、外へ情報を出したくない理由はいくらでもある。

 

だが――。

 

「……そうだ。朝の速報」

 

「え?」

 

ユメが首を傾げる。

 

ホシノは通知履歴を開いた。

 

今朝の天気予報。

アビドス自治区関連の通知。

報奨金の入金通知。

アプリの更新通知。

 

いくつもの履歴が、時刻順に並んでいる。

 

その中に――。

 

「……無い」

 

「何が?」

 

「緊急速報です」

 

ホシノが画面をスクロールする。

 

上へ。

 

さらに上へ。

 

「朝、私たちに来た緊急速報が……無い」

 

「え?」

 

ユメも慌ててスマートフォンを取り出した。

 

通知履歴を開き、何度も指を滑らせる。

 

そして――止まった。

 

「……ない」

 

二人の間から、音が消えた。

 

テレビだけが、何事もなかったかのようにニュースを流し続けている。

 

『――現在、復旧作業が進められており――』

 

ユメが、不安そうに口を開いた。

 

「でも……レナちゃんには、本当に招集が来たんだよね?」

 

「……はい」

 

ホシノは答える。

 

「迎えも来ました」

 

だから、事件そのものが嘘だったわけではない。

 

トリニティで何かが起きている。

 

そして、本当にレナは呼び戻された。

 

なら――。

 

「……ユメ先輩」

 

ホシノが顔を上げる。

 

窓の向こう。

 

視線の先は、先ほど警察車両が消えていった方角だった。

 

「……あの人たち、本当にヴァルキューレだったんでしょうか」

 

「え?」

 

ユメが瞬きをする。

 

「ほ、ホシノちゃん……何言ってるの?」

 

「本当に、三十分で来ました」

 

「だって、レナちゃんが呼んでくれたんだから――」

 

「あんな僻地で三十分ですよ?」

 

ホシノの声が僅かに強くなる。

 

「偶然で片付けるには、出来すぎです」

 

だが、証拠なんてない。自分でも分かっている。

考えすぎだと言われれば、それまでだ。

 

だからこそ、腹が立った。

 

「……あの速報は」

 

ホシノはスマートフォンを握り締める。

 

「あの速報は、誰かが私たちに見せたんです」

 

「ッ……」

 

ユメの表情が止まる。

 

「……誰かにとって、私たちがあれを見る必要があった」

 

「……」

 

ユメは、すぐには答えなかった。

やがて、小さく息を吐く。

 

「でも……レナちゃんは、困ってる人がいるなら行ったと思うよ」

 

「……また、それですか」

 

「え?」

 

「レナさんもそうですけど」

 

ホシノの口から、普段よりずっと鋭い声が漏れた。

 

「ユメ先輩も、そうです」

 

「わ……私?」

 

「『誰かが困ってるから』って言えば、自分が無茶してもいいと思ってる」

 

「そんなこと――」

 

「こっちの身にもなってください!」

 

突然声を荒らげたホシノに、ユメが目を見開く。

 

「……っ」

 

ユメの肩が僅かに跳ねる。

 

困ったように眉を下げ、それでも、いつものように笑おうとして――。

 

「大丈夫だよ……ホシノちゃん。私は……」

 

「その言い方、嫌いです」

 

「……ぁ」

 

その一言で、ユメの表情が凍りついた。

 

ホシノは顔を逸らす。

 

これ以上、その顔を見ていられなかった。

静かにユメから離れ、リュックを背負う。

 

言い過ぎだ。

冷静さを欠いている。

 

そんなことは、自分が一番よく分かっている。

 

それでも――。

 

謝罪の言葉は、喉の奥に引っ掛かったまま出てこなかった。

 

「少しくらい、自分のことも考えてください」

 

「……」

 

「レナさんも。ユメ先輩も」

 

それだけを言い残し、ホシノは生徒会室を出ていった。

 

「……待って。ホシノちゃ……ん」

 

ユメは引き留めようと手を伸ばしかけるが途中で止まった。

開け放たれた扉を見つめたまま、しばらく立ち尽くす。

 

廊下から足音が遠ざかっていった。

 

「……」

 

ユメはゆっくりと手を下ろす。

 

「あ……そうだ」

 

何かを思い出したように呟く。

 

そして机の前へ腰を下ろすと、散らばった書類をまとめ、引き出しへ手を掛けた。

 

ガラッ――。

 

「仕事……しなきゃ」

 

 

 

――

 

――トリニティ北東部外縁/林間。

 

「ギャヴェル、こちらWOLF1。GAが要塞へ撤退を開始した」

 

レナは拳を強く握り締め、指先の震えを押し潰す。

 

「……ツルギを出せ。次でタッチダウンだ」

 

即座に、インカムから副委員長の声が返る。

 

『こちらギャヴェル。よくやった、WOLF1。ただちにツルギと手隙の人員を送――』

 

『ギャハハハァ!!』

 

通信の向こう側から、ツルギの叫び声が割り込んだ。

 

『……やる気に満ち溢れている。存分に使え』

 

「了解した」

 

『それと、WOLF1。お前が頼んでいた追加調査の件だが……結果が出たようだ』

 

一拍。

 

『どうやら、APDSの受払記録が抹消されているらしい。こちらでは、保管庫から何発動いたのか追えん』

 

レナの瞳孔が僅かに開く。

 

「……用意周到だな」

 

『詳しく調べるなら、要塞を確保するしかない』

 

レナは林の向こうへ視線を向けた。

 

「了解……弾薬庫を押さえる理由が一つ増えたな」

 

林道のその先に、バルバラ要塞がある。

 

『ああ。現物が残っていれば、出所を追える可能性がある』

 

「コピー」

 

レナは一度だけ目を閉じた。

 

「ギャヴェル。一つ確認したいことがある」

 

『言え』

 

「要塞への砲撃支援を頼めるか?」

 

無線の向こうで、副委員長が僅かに黙った。

 

『……それは、不可能だ』

 

「理由は」

 

『第一次攻撃後、砲兵隊へ射撃停止命令が出ている』

 

レナの眉が僅かに動く。

 

『再開にはティーパーティー側の承認が必要だが――』

 

そこで、副委員長の声に僅かな苛立ちが混じった。

 

『先ほどから呼び掛け続けているが、正規の指揮回線から応答なし。一般回線も、北東部の通信障害のおかげで使えん……』

 

「……」

 

『それに、お前たちは要塞に近すぎる。承認が下りた頃には、役立たずだろう』

 

外で何かが起きている。

 

少なくともティーパーティーが、これまで通りの統制を維持できていない。

 

それだけは分かった。

 

「了解した」

 

レナは林道の先を見据える。

 

「砲撃支援なし。現戦力のみで突破する」

 

『……やれるか?』

 

「やるしかない。WOLF1、アウト」

 

短く答え、通信を切る。

 

続けて、無線機のチャンネルを切り替えた。

 

「WOLF1よりFOX1。GAの要塞後退を確認した。林間偵察を終了。要塞南方林縁へ転進し、主攻支援に移れ。オーバー」

 

一拍置いて、ユキノの声が無線に響く。

 

『FOX1、了解。各員を南方林縁へ集結させ、主攻支援へ移行する』

 

「対物ライフルの出番だ。FOX4によろしく言っておけ」

 

無線の向こうで、ユキノが小さく笑った。

 

『フッ……了解した。FOX1、アウト』

 

ユキノとの通信が切れた――その直後だった。

 

――ヒュルルルルル……。

 

聞き覚えのある風切り音が、上空から降ってくる。

 

「――ッ!」

 

レナは反射的に顔を上げた。

 

「総員ッ!! 伏せろッ!!」

 

――ドドドォンッ!!

 

三発。

 

林道の先で地面が爆ぜる。

 

――ドドォンッ!!

 

続けて二発。

 

泥と枝葉が吹き飛び、要塞へ続く林道を爆煙が覆った。

 

爆風が林間を揺らす。

 

千切れた枝葉がばらばらと降り注ぐ中、レナは伏せたまま無線機に手を伸ばした。

 

「各隊! ダメージレポート!」

 

『こちらGOAT1! 無事よ!』

 

『ジャスティス各班! 問題無し!』

 

『マカロン1、マカロン3! 損傷ありません!』

 

レナは爆煙の向こうを睨む。

 

(……進路を潰しに来たか)

 

林を抜け、旧聖バルバラ要塞へ向かうためには、この林道を通るしかない。

 

「WOLF1よりRAVEN1。敵の通信は拾えたか。オーバー」

 

短い間。

 

『こちらRAVEN1、NEGATIVE(否定)。新規の電波発信無し。観測班らしき活動も確認できない』

 

「……了解した。現時点をもって監視任務は終了。主攻に参加しろ」

 

『了解。合流する。RAVEN1、アウト』

 

RAVENとの通信が切れる。

 

観測班はいない、無線も使っていない。

それでも、砲弾は正確に林道を捉えている。

 

(事前登録射撃……)

 

その時。

 

――ヒュルルルルル……。

 

「来るぞッ!」

 

近くに伏せていたWOLFの三人も、反射的に頭を庇う。

 

「ッ……!」

 

「うぅ……!」

 

「くっ……!」

 

――ドドォンッ!!

 

地面が震える。

 

レナは着弾位置を見て、目を細めた。

 

(……動いてる)

 

だが――こちらへ近付いているわけではない。

 

逆だ。

 

先ほどより、要塞側へ落ちている。

 

一定の間隔で、着弾点を奥へずらしている。

 

「クソッ……足止めか」

 

レナは小さく吐き捨てた。

 

「WOLF1より各隊。敵迫撃砲の目的は後退掩護の阻止射撃だ。

着弾間隔を見て前進を再開する。空に注意せよ」

 

『GOAT1、了解!』

 

『ジャスティス、了解!』

 

『マカロン1、了解!』

 

『マカロン3、了解!』

 

メイを先頭にWOLFは隊列を組み直し、先行したイージーエイトへ向かった。

 

その後ろをマカロン3、正実、GOATが追随する。

 

地雷原を抜けた先には、砲撃で抉られたクレーターがイージーエイトの周囲に点々と広がっていた。

 

土煙の向こうから、焦げた土と火薬の臭いが漂ってくる。

 

「足元注意。転けるなよ」

 

レナは小走りで前へ進みながら、再び空を見上げた。

 

(……まだ来ない)

 

十秒。

 

十五秒。

 

――ヒュルルルル……。

 

「伏せろ!」

 

全員が反射的に身を伏せる。

 

――ドドォンッ!!

 

今度は二発。

 

爆煙が膨れ上がる。

 

着弾地点は、さらに要塞側へ五十メートル近く移っていた。

 

レナは伏せたまま顔を上げる。

 

(二発だけ……)

 

さっきまでより、明らかに火力が落ちている。

 

(そろそろ弾切れか)

 

ARを構え、再び立ち上がった。

 

「ムーブ!」

 

レナの号令で、隊列が一斉に動き始める。

 

先頭を進むメイの背中を追いながら、レナは空と林道の先を交互に睨む。

 

「……」

 

耳を澄ます。

 

直後。

 

――ヒュルルル……。

 

生徒たちが、一斉に身構えた。

 

(……音が大きくならない)

 

だが、レナだけは音の流れを追い、即座に叫ぶ。

 

「大丈夫だ! こちらを狙っていない!」

 

――ドォンッ!!

 

――ドォンッ!!

 

着弾地点は、すでにレナたちのいる場所から大きく離れていた。

 

「……」

 

砲弾が飛んでくる音は――もうない。

 

十秒。

 

二十秒。

 

三十秒。

 

聞こえるのは、シャーマンのエンジン音と、生徒たちの荒い呼吸だけだった。

 

「う……撃ってこないね」

 

スイは空を見上げ、ヘルメットのバイザーを左手で跳ね上げた。

 

「弾切れでしょうか?」

 

「……誘ってるのかも」

 

空を見上げるリノとメイの横で、レナは視線を要塞へ向けた。

 

「早くマカロン1の後ろに付くぞ。進め」

 

スイがバイザーを下ろし、メイは盾を構え直す。

 

四人は足を速め、林道の先へ進んでいった。

 

砲撃で抉られた地面を避けながら、先行していたイージーエイトの後方へ駆け寄った。

 

 

 

――

 

――トリニティ自治区/北東通学路。

 

「……どうしたんだろう」

 

ヒフミはバスの窓を開けて小さく呟いた。

 

スクールバスは、先ほどから一メートルも進んでいない。

 

前方には長蛇の車列が続き、そのさらに向こうには、正義実現委員会の戦車が道路を封鎖していた。

 

「あれは……クルセイダー。一体何が……?」

 

車列の脇。

 

黒と赤の制服を身に纏った生徒たちが、赤色の誘導灯を慌ただしく振り回している。

 

普段の登校時間には、まず見ない光景だった。

 

「全然動かないね、ヒフみん」

 

隣に座る同級生が、不満そうな声を上げる。

 

「そうですね……このままだと一限目に遅れてしまいます」

 

「あ! 学校に連絡すればいいんだ!」

 

同級生は鞄からスマートフォンを取り出した。

 

「遅刻するの、私たちのせいじゃないし。道路がこんなことになってるって言えば――」

 

言いながら、画面を操作する。

 

だが――。

 

「あれ?」

 

指が止まった。

 

「どうしました?」

 

「圏外だ……」

 

「え?」

 

ヒフミも自分のスマートフォンを取り出し、画面上部へ目を向けた。

 

アンテナ表示がない。

 

念のため、学校の連絡ページを開いてみる。

 

[読み込み中……]

 

小さな円が、くるくると回り続け――。

 

[ネットワークに接続できません]

 

無機質な文字が表示された。

 

「本当ですね……」

 

「うがぁ……」

 

同級生が座席へ身体を沈める。

 

「これじゃ遅刻するって連絡できないじゃんよ~」

 

「でも、これだけ道路が混んでいるなら……学校も分かってくれると思いますよ」

 

「かなぁ」

 

「た、多分……」

 

自分で言っておきながら、ヒフミには自信がなかった。

スマートフォンを鞄へ戻し、再び窓の外を見る。

車列は、相変わらず動いていない。

 

「事故でもあったのかな?」

 

事故。

 

それにしては、物々しすぎる気がした。

 

「事故に戦車が必要でしょうか……?」

 

「あー、一理ある」

 

前方のクルセイダーは、砲塔を道路へ向けたまま停止している。

 

車体脇には正実の生徒が二人。

 

一般車両へ向けて、繰り返し叫んでいた。

 

「――この道は現在通行止めです! 迂回してください!」

 

「理由は何なんだよ!」

 

車列のどこかから声が飛ぶ。

 

正実の生徒は一瞬だけそちらを見た。

 

「安全確認のためです! 詳細については、現在お答えできません!」

 

「安全確認って何だよ!」

 

「繰り返します! 迂回してください!」

 

同級生が苦笑する。

 

「うわ……聞いた? 迂回だって」

 

「このまま帰って……14アイスとコラボした限定ペロロ様キーホルダー取りに行こうかな……」

 

「わおーぉ、真面目な顔してバックレ発言。流石だねぇ……ヒフみんは」

 

その時。

 

プツッ――。

 

車内スピーカーから、小さなノイズが鳴った。

 

『あー……乗車中の皆さんへお知らせします』

 

運転手の声だった。

 

『現在、北東部一帯で通信障害と道路規制が発生しています。前方の通行止めを回避するため、これより迂回路へ入ります』

 

一拍。

 

『到着時刻は、現在のところ未定です。学校側へは運行会社から連絡を入れますので安心してください』

 

「おおっ!」

 

同級生が勢いよく身体を起こした。

 

「聞いた!? ヒフみん! 学校に連絡してくれるって!」

 

「よ、よかったですね……」

 

ヒフミも胸を撫で下ろす。

これなら、少なくとも無断遅刻にはならない。

 

「じゃあ一限目の小テストも無くなるね?」

 

「あはは……それはどうでしょう……」

 

「無くなれ~。このまま無くなれ~」

 

隣で念を送る同級生に、ヒフミは苦笑した。

 

やがて、止まっていたスクールバスがゆっくりと動き始める。

 

すると同級生が、何かを思い出したように顔を上げた。

 

「あ、そうじゃん」

 

「?」

 

「遅れてもいいなら、限定ペロロ様取りに行けるんじゃない?」

 

「――ッ!」

 

ヒフミの目が見開かれた。

 

「そ、その手が……!」

 

彼女たちを乗せた車両は、北東部から遠ざかるように、ゆっくりと朝のトリニティ市街へ紛れていった。

 

 

 

――

 

――トリニティ北東部/旧聖バルバラ要塞南方。

 

「チエ! 前進用意!」

 

『了解!』

 

無線から、チエの声が即座に返る。

 

ブォオオン!!

 

イージーエイトの後部から排煙が噴き上がる。

 

遅れてマカロン3も地雷原を抜けた。

 

『こちらマカロン3! 合流します!』

 

レナは無線機に手を伸ばす。

 

「隊列を組め! 出口まで前進だ!」

 

二両のシャーマンが、低い唸り声を響かせながら林道を進み始めた。

 

 






もうちょっとだけ続くんじゃ。
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