白狼救済録 作:らんらん出荷マン
レナとホシノがヘルメット団と交戦を始めた同時刻――
連邦生徒会のあるD.U.地区まで足を運んだユメは、天性のドジを発動することもなく、無事に手続きを終えた。
しばらく待たされた末、ようやく発行された新品の学生証と制服を紙袋に仕舞い、まるで“壊れ物”を扱うように両手で大事に抱えて庁舎を後にした。
特に不良に絡まれることもなく、ハイランダー鉄道学園が運営する高速鉄道の切符を改札の駅員に見せ、ホームへ向かう。
――ピーーーーー!!
近くの列車が発車するらしく、慌てた様子で他学園の生徒たちが走り抜けていく。その様子を横目に、ユメは落ち着いてアビドス行きの列車へと乗り込んだ。
「レナちゃん喜ぶかな〜♪」
発車まで少し時間がある。
ユメは袋を開け、傷一つない学生証を取り出して眺めた。
「そういえば……レナちゃんが笑ったところ、見たことない」
あの顔が笑ったら、きっととんでもなく可愛い。
喜んでくれたら、ここまで来た甲斐がある。
新しい後輩ができる――それがたまらなく嬉しかった。
――でも、もし笑ってくれなかったら?
そんな不安がよぎり、ユメは首を振って追い払った。
学生証には、狼の耳を立てた仏頂面の少女が写っている。
――今度は制服を広げる。
「レナちゃんは可愛いから絶対似合う!……でも来週にはSRTの試験に出ちゃうんだよね。もったいないなぁ」
せっかくできた後輩が、すぐに居なくなってしまう。
そう考えると、胸の奥が少しだけ冷えた。
一瞬、どす黒い願いが浮かぶ。
(試験に落ちたり……しないかなぁ……)
――いや、ダメ。そんなの先輩失格だ。
自分を置いて行った先輩たちの顔が脳裏をよぎる。
『ごめんねユメちゃん、生徒会は任せたよ……』
「はぁ……次の休日はみんなでショッピング行きたいなぁ」
車窓の向こうには、どこまでも続く青い空。
まるで新しい仲間を歓迎しているかのように広がっていた。
――ピーーーーー!!
――そろそろ列車が出る時間だ。
ユメは学生証と制服を袋に仕舞い、両手で抱えて目を閉じた。
◆
レナとホシノはヘルメット団から鹵獲した銃火器の整理をしていた――
「レナさん。すべてのUZIからマガジンを外し、BOXにまとめました……」
ホシノの前では、レナが自ら破壊したAKを修理している。
しかし、反応がない。
――上の空だ。
もう一度、声をかける。
「あの……レナさん?」
「あぁ?……あ、すまない。なんだったか?」
やはりどこかおかしい。
あの戦いは勝利だったはずなのに、何をそんなに気に病んでいるのか。
「えぇ、マガジンをBOXにまとめました」
「助かる。ところでホシノ、この学校に射撃場はあるか?」
「学校裏の倉庫の空き地がそれなりの長さがあります。端に的を置けば十分使えますよ」
「そうか。SRTの入試まで時間がない。射撃訓練をしたいんだが……頼めるか?」
焦っているようで、どこか焦点の合わない目つき。
心ここにあらず、といった感じだ。
「わかりました。私は倉庫に行って使える的がないか探してきます。弾薬は自販機が近くにあるので補充してきてください」
「自販機に弾薬?」
レナは目を丸くした。
少なくとも、驚く余力はまだ残っているようだ。
「えぇ、キヴォトスでは銃の携帯は当たり前ですから。いつでもどこでも弾が手に入ります」
レナは立ち上がり外へ出たが、足取りは重かった。
◆
レナは学校敷地を出て、向かいの自販機の前に立った。
「これは……凄いな」
多種多様な弾薬が並び、驚くほど安く売られている。
その光景に、レナは改めて〈キヴォトスは異世界〉なのだと痛感する。
『随分楽しそうだな? 隊長』
「ッ!?」
まただ。
頭の中に響く“声”が、背中にまとわりついてくる。
胸が痛み、鼓動が乱れ、視界が白く滲む。
「ぐぅ……」
気力を振り絞り、なんとか立ち続ける。
俺は――資格なんて。
「レナちゃん!? 大丈夫!?」
背後から聞き覚えのある声。振り向けば、紙袋を抱えたユメが立っていた。
◆
『次は、アビドス高校前〜アビドス高校前。次でお降りの方は停車ボタンを押してください』
「あっ!降りまーす!」
ボタンを押し、運賃を手にする。
柴犬の運転手はサムズアップし、速度を落とした。
校門近くのバス停に停車する。
支払いを済ませて歩き出すと、校門前の自販機の横に、どこか“朧げで消えてしまいそう”な雰囲気の後輩――レナが立っていた。
「あ!レナちゃんだ!」
胸の高鳴りを抑えられず、ユメは小走りになる。
しかし――レナが胸を押さえた瞬間、その足が止まった。
◆
「あ……ぁ、ユメか。戻ったのか」
見られてしまった。
取り繕おうとするが、喉が固まったように言葉が出てこない。
「レナちゃん……大丈夫? 具合悪いの?」
心底心配しているユメの表情が、なぜか胸を逆撫でする。
行き場のない苛立ちが内側で暴れた。
『いいのか、隊長?』
「……問題ない」
ユメは眉を寄せた。
「また“問題ない”って……レナちゃん顔が真っ青だよ?」
「……やめろ」
「それに汗も出てるよ? 保健室で休もう?」
ユメが一歩近づく。
喉の奥が熱くなり、焦りがこみ上げる。
触れられる前に――拒まなければ。
「問題ないと言った!!」
気づけば叫んでいた。
違う。俺は……!
「ぅ……レナちゃん……」
突然怒鳴られ、ユメは怯んで萎縮した。
やめてくれ……その顔だけは、見たくなかった。
後悔が胸を締め付ける。
沈黙が落ち、重たく沈んだ。
――やってしまった。
『お前はいつだってそうだ』
「ぁ……うん、わかったよ……私も疲れちゃったから、とりあえず今日は帰るね?」
何かを言いかけ、結局言わない。
ユメは胸の紙袋を強く抱きしめていた。
強ばった顔。
目ににじむ涙。
力が入り、紙袋がくしゃりと歪む。
――本当は笑顔で渡したかったのに。
踵を返す。
振り返ろうとしたが、振り返らない。
――ユメの背中が遠ざかっていく。
待ってくれ……。
俺はまた――
彼女の足跡は、風に流れる砂にさらわれ、掻き消えていく。
伸ばしかけた手が震え――
――止まった。
俺は……過ちを繰り返す。