男に戻るためにTS姿でダンジョン配信するのは本末転倒か否か!?   作:赤石アクタ

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第一章 プロローグ
第一話 【初配信】初めまして!クーちゃんです!!【ダンジョン探索】


──俺がTSするまでのあらすじ。

 

 

 数年前、突如ここ日本に『ダンジョン』なるものが現れた。

 

 RPGに出てきそうな見た目まんまのそれは、中にモンスターが生息する本当にまんまなダンジョンだったのだ。

 

 放置すると中のモンスターが地上へ領土を広げ出すため定期的な討伐が必須なのだが、命の危険を伴うこの『ダンジョン冒険者』になろうとする人間はほぼおらず、初期はほとんど自衛隊の仕事になっていた。

 

 しかし、最初のダンジョン出現から間を置かずに二つ目のダンジョンが現れた。

 

 これを皮切りにどんどんと出現し出すダンジョンを受けて、民間に対する『冒険者制度』が制定。

 

 しかしそれは、モンスターの心臓である『魔石』を市役所に持っていくと、金銭と換金してくれるというシンプルなものであり、なおかつ手続きが煩雑な上に低賃金。明らかに収入が労力に見合わないこともあってか、大して冒険者は増えなかった。

 

 

──そんなある日、ダンジョン冒険者の一人がその様子を動画サイトで配信する、という事件が起きた(本人が配信中に死亡したためアーカイブは残っていないが、今でも見る方法はある)

 

 そこに映る完全な非日常は人々を虜にし、『ダンジョン配信』という行為は瞬く間に人々の間に浸透した。

 

 流行になるのを後押ししたのは『その配信者の死体がすぐに回収された』という事実である。

 

 配信によって場所が特定できたため、配信を見た他の冒険者が回収に成功したのだ。

 

 これを受けて『ダンジョン配信』は黙認すべきという空気感が国と配信サイトに流れ出した。

 

 こういった経緯があり、『ダンジョン配信』は今やメジャーなコンテンツとなったのだった。

 

 

 しかし──

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「──よしッ!撃破!ははっ、今日調子いいぞ!!」

 

 

 剣を振るい、モンスターの身体を引き裂く。

 

⋯⋯他の冒険者なら、このタイミングでコメントを確認したりするのかもしれない。

 

──しかし、この俺は違う⋯⋯!

 

 配信なんて軟派な行為は一切しない、そんな行為をするのは自己顕示欲に溺れた愚か者だ。

 

 ダンジョン探索とは非日常に身を置き、一心不乱にそれを感じる神聖な行為⋯⋯!

 

 決して、電子機器などで水を差すべきものではないのだ。

 

 今日はいつもより調子が良いこともあり、脳内で『ミーハー(笑)』を見下すのにも力が入る。

 

 

「ふ、ふふっ⋯⋯」

 

 

 高校生という若さでこの硬派っぷり⋯⋯!という優越感が俺を包む。

 

 悠々と、しかし油断はせずに階段を降り、次のフロアへと進む。

 

 このダンジョンもかなり深層へと降りてきたのではないだろうか。

 

 周囲の様子から見て、ここまで降りたのは俺が初めて、というのは少なくとも確かだった。

 

 

「⋯⋯いるな」

 

 

 汗を拭ったタイミングで、前方にモンスターの気配を感じる。

 

 一体、どんな奴が──

 

 

「──ぇ」

 

 

──化け物。

 

 数多のダンジョンを巡り、数々のモンスターを見てきたはずの俺が、本能的にそう感じた。

 

 拭ったはずの汗が、再び滝のように流れ出す。

 

 

「ひ、っ⋯⋯」

 

 

──それは触手と血の集合体だった。

 

 触手が絡み合って三メートル程の人型を形成しているが、不安定なのか動く度に一部が崩れる。

 

 そして、血で形作られた真っ赤なシルクハットの様なものを被っていた。

 

 そのシルクハットも溶けているかの様にドロドロと変容し、常に赤黒い液体が滴っている。

 

 それは深層にただ佇んでいた。

 

 

──逃げなきゃやばい⋯⋯ッ!

 

 浮かれていた思考が一瞬で塗り替えられ、静かに後ずさろうとする。

 

 

「⋯⋯はっ⋯⋯はぁ⋯⋯ッ」

 

 

⋯⋯もう少しだ⋯⋯もう少しで降りてきた階段に⋯⋯

 

 

──ぎょろり。

 

 

「──ぁ」

 

 

──終わった。

 

 

 瞬間、踵を返して一目散に走り出す。

 

 階段を駆け上がり、上りきったところで──

 

 

「──ぐ、あッ⋯⋯!?」

 

 

──肩を貫かれた⋯⋯ッ!

 

 しかし、アドレナリンのお陰か痛みはそこまで感じず、そのまま走る。

 

 化け物は階を上がってくることはしなかった。

 

⋯⋯いや違う、ただ振り返る余裕が無かっただけだ⋯⋯兎にも角にも今分かるのは、命からがら生き延びたということだけだった。

 

 

 

──翌日──

 

 

 

「⋯⋯ん、んぁ⋯⋯」

 

 

 目を覚まし、見慣れた天井をぼんやりと眺める。

 

⋯⋯生きてる。

 

 昨日のことを夢に見なくて良かった、などと思いながら身体を起こし⋯⋯あれ?

 

 

「⋯⋯ん?なんか⋯⋯え?」

 

 

⋯⋯なんか、声高くね⋯⋯?

 

 なんとなく喉を触ってみるが⋯⋯なんか、すべすべしてる⋯⋯?

 

 

「てか、ベッドこんなデカかったっけ⋯⋯?」

 

 

 高校二年生にして百八十センチを超えている俺にとって、小学生から使っているこのベッドは手狭なはずなのだが⋯⋯

 

 

「⋯⋯まぁいいや。とりあえず飯、を──」

 

 

 ベッドから起き上がり、部屋に置かれた姿見をちらりと見た瞬間、俺は固まってしまった。

 

 

「⋯⋯は?」

 

 

⋯⋯誰、だ⋯⋯?

 

 

「⋯⋯いやいや⋯⋯」

 

 

 恐る恐る右手を上げてみると、姿見に映る『ソレ』も右手を上げる。

 

 

「⋯⋯いやいやいや⋯⋯い、や⋯⋯」

 

 

⋯⋯声の高さ、ベッドの違和感、いつもより低い視点、そして目の前に映る『美少女』⋯⋯

 

 

「──もしかして、これが⋯⋯俺⋯⋯?」

 

 

 目の前の鏡には、未だ引き攣った顔の美少女が映し出されていた。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯はぁ⋯⋯君、お家がどこか言えるかな?」

 

「⋯⋯ここの隣だよ」

 

「この家の隣にはあなたみたいな可愛い子いないわ⋯⋯はっ⋯⋯もしかして、あいつが連れ込んだの⋯⋯?」

 

「お前の中で俺はそんなイメージなのか!?俺だよ!剣崎鴎(けんざきかもめ)!!」

 

 

 目の前の幼馴染はため息をつきながら、頭痛を堪えるようにこめかみを揉んでいる。

 

⋯⋯いや、今は俺の方が『少女』か⋯⋯はは⋯⋯

 

 

「⋯⋯あんたが私の幼馴染だとして、なんでここにいるの?」

 

「⋯⋯?窓を伝って⋯⋯この身体でもなんとか届いたよ」

 

「はぁ⋯⋯それやってたの小学生の頃でしょ⋯⋯中学になってからはお互いなんとなくやらなくなってたじゃない⋯⋯」

 

「⋯⋯いや、そうなんだけどさ」

 

「まぁ、どうせ外に出られなかったんでしょうけど」

 

 

──仰る通りだった。

 

『鏡に映る美少女は自分である』という事実をなんとか飲み込んですぐ、とりあえず幼馴染である神里雛(かみさとひな)に相談しようと決意した。

 

 

「両親がどっちも海外で良かったわね」

 

「いや本当に」

 

 

 ヒナの家はうちの隣なのだが、この姿で玄関を開け、その少しの距離を歩くなんてことはとてもできなかった。

 

 ご近所さんに見られたら変な誤解をされかねないし、そもそもヒナの家には母親がいるためインターホンは押せない。

 

 そのため、昔使っていた窓から窓への移動という方法を取らざるを得なかったのだ。

 

 

「⋯⋯はぁ、それで?」

 

「え?」

 

「──せ・つ・め・い!!」

 

「⋯⋯⋯⋯はい」

 

 

──本当に、彼女の仰る通りだった。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「──へぇ?ダンジョンで出会ったモンスターにねぇ⋯⋯」

 

「⋯⋯あの──」

 

「──私、それ知らなかったんだけど?」

 

「⋯⋯⋯⋯はい」

 

「はぁ?」

 

「すみませんでした!!」

 

 

⋯⋯そう、俺はダンジョンに入り浸っているという事実をただ一人を除いて誰にも言っていなかった。

 

 ここで大切なのは、そしてなにより最悪なのは、そのただ一人というのが目の前で不機嫌そうにこちらを見下ろす幼馴染では無い、ということである。

 

 ちなみに、今この部屋の内情⋯⋯というか俺達の位置関係を説明すると、ヒナがベッドに脚を組んで座っており、彼女から見て正面の床に俺が正座している⋯⋯数秒前に土下座に変化したが。

 

 今の俺は忌々しいことに見た目が美少女のため、客観的に見ると中々に中々な絵面ではあるが、しかしまあこの上下関係は元から据え置きである。

 

 頭が上がらないくらいに優秀で、頼りになる幼馴染。それが俺のヒナに対する印象であり、こうして真っ先に助けを求めた理由でもあった。

 

 

「はぁ、信じらんない。よりにもよってダンジョンなんて⋯⋯」

 

 

 ヒナは頭痛をこらえるようにこめかみを揉む。

 

 

「⋯⋯ほんとに知らなかったんだな」

 

「はぁ?」

 

「すみません⋯⋯!!」

 

 

『お前が隠してたんだろ』と言わんばかりの鋭い視線を受けて、どんどんと土下座のフォームが洗練されていく。

 

⋯⋯しかし、正直な話本当に意外ではあったのだ。

 

 

「⋯⋯いやなんていうか、とっくにバレてると思ってたから」

 

「⋯⋯これでも一応、あんたのプライベートを尊重してたのよ。ほら、中学の頃私が生活を管理しようとしたら嫌がったじゃない」

 

「分単位で書き込まれたスケジュール帳は今でもトラウマだよ」

 

 

 どうやら何かを隠していることには気づいていたようだが、しかし俺の自由を尊重してくれていたらしい。

 

 なんて会話をしながらもヒナはスマホを素早く操作し、俺の症状について調べてくれている。昔からマルチタスクができるタイプなのだ。

 

 

「⋯⋯うーん、モンスターの攻撃で性別が変わった、なんて前例は無さそうね。『呪い』って言うのは存在するみたいだけど」

 

「あぁ、モンスターから与えられる変化や強制力。俺のも分類は『呪い』で間違いないと思う」

 

 

 ヒナは『呪い』という言葉にも馴染みが無い様子だった。どうやら、ダンジョンについての知識はほとんど無いらしい。

 

 今や一大コンテンツとなったダンジョンに一切触れていないそんなアウトローさがかっこいい、流石は俺の幼馴染だ。

 

 

「呪いなら『解呪』ができるんじゃないの⋯⋯って、馬鹿みたいな値段してるわね⋯⋯」

 

 

 ヒナがげんなりとした顔で見せてくれたスマホの画面には『解呪』の料金表が載っていたが、学生の自分達に払えるような額で無いことは明らかだった。

 

 立ちはだかった現実的な問題に、二人して黙り込んでしまう。

 

 

「⋯⋯⋯⋯呪いの解呪方法は他にもある」

 

「え?そうなの?」

 

 

 重い沈黙を破った俺に対して、ヒナが驚きの声を上げる。

 

 

「──呪いをかけたモンスターを殺せばいいんだ」

 

「⋯⋯それ、は⋯⋯」

 

 

 ヒナが不安そうにこちらを見やる。

 

 俺に呪いをかけたであろうモンスターの話は既にしてある。

 

 彼女が心配するのも当然だろう。正直俺もあいつには二度と会いたくないが、しかしこれしかない。

 

 この姿じゃ学校にも行けないため時間はかけられないし、大金を稼ぐ手段なんて自分には無い。

 

── 一刻も早くあのモンスターを討伐し、呪いを解く。

 

 それが、今取れる最適解だった。

 

 

「とりあえず、もう一度あのダンジョンに──」

 

「──にしても」

 

 

 俺の言葉に被せるようにして、ヒナが声を上げた。

 

 彼女はベッドから立ち上がり、こちらに一歩距離を詰めてくる。

 

 

「あんた、ほんとに可愛くなったわね」

 

「⋯⋯は?」

 

 

 そして、俺の頬を優しく撫でた。

 

 

「銀髪に金色の瞳なんて、まるで童話のお姫様みたい」

 

「は⋯⋯?お、おいヒナ?ヒナさん?」

 

 

 なんか普段よりもヒナの距離が近い⋯⋯!?

 

 同性ゆえなのだろうか。しかし中身は男子高校生のため、どうしても気恥しさを感じてしまう。

 

 反射的に後ずさるも、今の小柄な身体ではたいして距離を取れず、すぐにまた捕まってしまう。

 

 

「おいヒナ⋯⋯っ!いい加減に──」

 

「──私」

 

 

 ヒナは俺の頬を両手で掴み、半ば無理やりに上を向かせ目を合わせる。

 

 そして──

 

 

「──私、良いこと思いついちゃった」

 

 

 どこか嗜虐的な笑みを浮かべて、そう言った。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

──ヒナはサディストである。

 

 

「は、はーい⋯⋯皆、見えてるかな〜?」

 

 

 中学時代の『あんたの生活、私が全部管理した方が効率的じゃない?事件』で俺が本気の拒絶を示して以来は鳴りを潜めていたが、元来彼女は人をからかったり支配したりするのがとことん好き⋯⋯かどうかまでは分からないが、まぁ今までを思い返すとずっとそんな感じだった。

 

 幼馴染として、それを知っていたからこそ思う。

 

 

「き、今日は、初心者でも安心って教えてもらったダンジョンに来てま〜す⋯⋯初配信で、緊張してますけど⋯⋯頑張りま〜す⋯⋯はは⋯⋯っ」

 

 

──今回も、本気で断るべきだったと。

 

 

 

──数時間前──

 

 

 

「──いや無理!配信だけはほんっとに無理だから!!」

 

「これが一番効率的でしょ。命をかけるよりも、お金で解決できる方がいいに決まってるわ」

 

 

──ダンジョン配信。

 

 俺が忌み嫌うその行為こそ、ヒナの思いついた『良いこと』であった。

 

 実際、俺が呪いをかけられた件のダンジョンに今すぐ向かうのは現実的では無いし、未だ慣れないこの身体で戦えるようにある程度の経験は積んでおきたい。

 

 ヒナはそこに目をつけたようだった。

 

 つまりは、今の見た目を活かして配信を行い、それによって得た収益を解呪に当てると言った感じだ。

 

 しかしここで問題なのは⋯⋯

 

 

「⋯⋯俺、ダンジョン配信という行為が大嫌いなんだ⋯⋯」

 

「は?何そのこだわり」

 

 

 俺はできる限りの駄々を捏ねたが、こんな状況でわがままを通せるわけもなかった。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

『笑顔が硬いわ、もっと自然に』

 

「⋯⋯」

 

 

 耳につけたイヤホンから幼馴染の声が聞こえてくる。こうして、一方通行ではあるが指示を受け取れるという訳だ。

 

 しかし笑顔が硬いのも仕方がないだろう。何せダンジョン配信をしているのだ。

 

 加えて、服もなんかヒラヒラしたのになっているのがかなりキツイ。精神的に。

 

 ダンジョン配信はもちろんだが、スカートを履くことにもかなりの抵抗があった。

 

⋯⋯割と本気で嫌だったのだが、結局こちらも抵抗は叶わなかった。

 

 そして何より最悪なのが⋯⋯

 

 

「あっ、また同接増えた!ありがとうございますっ!皆、この調子で『クーちゃん』を応援してくださいね〜!!」

 

 

──『クーちゃん』って何だよ⋯⋯!!

 

 ヒナ曰く『覚えやすい名前にした方がいい』ということだが、名前に『ちゃん』が入ってるのはヤバい。男子高校生の自意識をなんだと思っているのか。

 

──認めざるを得ない。俺は今生き恥を晒している⋯⋯!

 

 ハイテク技術で付近を漂う撮影ドローンに恨めしげな視線を向けてやりたいが、配信中である今は当然そんなことできない。

 

 さらに、うろちょろと鬱陶しい撮影ドローンに加えて、定期的に手元のスマホでコメントを確認しなければならないというのが最悪だった。

 

⋯⋯配信者とやらはふざけているのだろうか?神聖なダンジョンでこんな慢心をかますなんて⋯⋯

 

 

「⋯⋯ん?『なんで剣持ってるの?』って⋯⋯あはは!これは〜⋯⋯間違えて持ってきちゃっただけ!ここはトラップがメインで、モンスターはいないんだよね。うっかりしてた!てへっ?」

 

 

──これ全部カンペ通りだから!ヒナに言われた台詞そのまま読んでるだけ!!俺の意思で『てへっ』って言った訳じゃありません!助けてください!!

 

 

「よ、よーし!それじゃあ進んでみます!緊張してきたぁ⋯⋯」

 

 

 これは嘘だ、緊張なんかしていない。俺が今までいくつのダンジョンを攻略してきたと思ってるんだ。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 しかしそれは、決して油断していいという訳では無かった。初見のダンジョンで気を抜いていい理由などひとつも無い。

 

 それに経験豊富と言っても、正直トラップメインのダンジョンに関してはそこまでじゃない。モンスターが生息するダンジョンの方が攻略経験は多いのだ。

 

 加えて⋯⋯

 

 

「──おっとと⋯⋯!あはは、転びそうになっちゃった⋯⋯まだ始まったばっかりなのに。えへへ⋯⋯」

 

 

──剣が重いのだ。

 

 身体が小さくなったことで、今まで振るっていた剣を思うように扱えないということが発覚した。

 

⋯⋯これはかなりまずい。ダンジョンの攻略はもちろん、あの化け物との戦いにおいて致命的だ。

 

 せめて武器を扱えるようにならなくては。

 

 焦燥感を抱えながらも、今はダンジョンを進むしか無かった。

 

⋯⋯引き攣った笑顔はそのままに。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「おっと、ここトラップだな」

 

『⋯⋯』

 

「ここもか⋯⋯あっ⋯⋯こっ、こういうトラップは珍しいですね〜⋯⋯えへへ⋯⋯はぁ」

 

『⋯⋯』

 

「ん、ここのトラップは上手いですね。視線の誘導が丁寧に行われていて、初見だと気づきずらいかも⋯⋯ここ、見えますか?こういった構造は基本的に──」

 

 

『──順調すぎる!!!』

 

「うわっ⋯⋯!?」

 

 

 カメラに向かって軽くトラップの説明をしていると、突如耳元のイヤホンから大声が響いた。

 

 反射的に声を上げてしまうが、しかしカメラ目線の笑顔は崩さなかった。つまり配信者として順調に調教されてきている⋯⋯

 

 

『いい?配信っていうのはトラブルが大事なの。生放送の意味を考えなさい、視聴者は分かりやすい刺激を求めてるのよ』

 

「⋯⋯」

 

 

 こちらが答えられないのを良いことに好き勝手言ってくる幼馴染。

 

⋯⋯しかし、一体どうすればいいというのだろうか?

 

 

『──ピンチを演出しなさい』

 

 

 まるでこちらの思考を読み取ったように、ヒナが言葉を続ける。

 

 

『一回くらいわざとトラップに引っかかりでもすれば、初配信のパンチとしては充分よ』

 

「⋯⋯」

 

 

⋯⋯ヒナは俺の自慢の幼馴染のはずなのだが、そんな彼女にも不調というのものはあるらしい。いや、彼女はダンジョンについての知識がまだ浅いのだ。とても責められることではないだろう。

 

 しかし、『トラップにわざと引っかかる』だなんて、そんなダンジョンを舐めているとしか思えない行為を、俺がするとでも思っているのだろうか?

 

 俺はヒナの『アドバイス』を完璧に無視し、ダンジョンを進むことにした。

 

 当然、その意思を今彼女に伝えることはできないので、ヒナは俺が指示を受け取ったと判断したのか、それ以上は何も言ってこなかった。

 

 

「このダンジョンは命に関わるトラップはほとんど無さそうですね。だから初心者向けなのかな?」

 

 

 ヒナの言葉に逆らうと言うのは正直心苦しかったが、しかしコメントを確認する限り、どうやら配信前に思っていたよりも好評っぽい。やはりこの見た目ゆえだろう。美少女パワーだ。

 

 これならば、ヒナも許してくれるのではないだろうか⋯⋯?

 

 

「⋯⋯?『今の角度良かった』?⋯⋯あっ、映り方のことかな?『可愛い』⋯⋯?ありがとうございます!」

 

 

 淡い幻想を抱きながらもコメントを読み上げていると⋯⋯段々と不思議な感覚に襲われる。

 

 

『小さい』『可愛い』『美少女』

 

 

 何せ、書き込まれるコメントのほとんどが、今まで言われたことの無いものだったのだ。

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

 俺は幼少期から背が高く、体格にも恵まれていた。

 

 褒められることが無かったとは言わないが、それは『スポーツで強い』や『高いところのものが取れる』など、背が高いことによるメリットに対するもので、『自分の外見そのもの』を褒められたことはほとんど無かった。

 

『自分の見た目がシンプルに賞賛され、肯定される』⋯⋯その感覚がどこかむず痒く、身体が火照るのを感じてしまう。

 

⋯⋯俺は一体、どうしてしまったのだろうか?

 

 

「わ、わわっ⋯⋯コメントの流れが早い⋯⋯す、すごい褒めてくれる⋯⋯ありがとう、ございますっ⋯⋯えへへ」

 

 

 あぁ、無闇に今の姿を肯定しないで欲しい。この身体に愛着が湧いてきてしまう⋯⋯

 

 

「っ⋯⋯そ、それでは引き続き進みましょ⋯⋯え?」

 

 

──その時。

 

 何気なく流れてきたコメントが目に止まり、俺はその内容に固まってしまった。

 

 

『あークソ、もう少しで見えそうなんだけどな』

 

 

──『見えそう』⋯⋯?何が?

 

 

「⋯⋯⋯⋯ぁ」

 

 

 そのコメントの意味を数秒思考し、理解が追いついた、追いついてしまった瞬間、俺は思わずその場でしゃがみこんでしまった。

 

 

「〜〜〜っ!!?!?あ、ぁ⋯⋯っ」

 

 

 剣を放り出し、ひらひらと舞うスカートをぎゅっと握りしめて顔を真っ赤にしながらも、頭の中では先程のコメントがぐるぐると渦を巻く。

 

 

──『見える』

 

 それが意味するのはつまりっ⋯⋯⋯⋯そう考えると、先程のコメントに書かれていた『角度』と言うのも⋯⋯?

 

 ダンジョン探索に夢中で忘れていた現在の服装の危うさが、羞恥となって一斉に襲いかかってくる。

 

 今現在の俺は華奢でヒラヒラの格好をした美少女。

 

──当然、『そういう対象』としても見られているのだ。

 

 

「⋯⋯ぁ、ぇ⋯⋯っ」

 

『⋯⋯カモメ、どうしたの?大丈夫?』

 

 

 様子が変なのを察してくれたのか、ヒナが心配そうに声をかけてくれるが、しかしそれに答えることはできなかった。

 

 羞恥、恐怖⋯⋯そして微かな興奮。自分で自分の感情が分からなくなり、目をぎゅっと瞑ってしまう。

 

 そしてその時、唐突にヒナの言葉が思い起こされた。

 

 

『──ピンチを演出しなさい。一回くらいわざとトラップに引っかかりさえすれば⋯⋯』

 

 

 視聴者が、今俺に⋯⋯私に、望んでいるもの。

 

⋯⋯そして、ピンチ。

 

 視界の端に映るのは、先程解説したトラップ。命の危険は無く、引っかかってもせいぜい身体を拘束される程度のものだろう。

 

 ゴクリと喉が鳴る。

 

 もし⋯⋯もしあれに引っかかってしまえば⋯⋯

 

 

「⋯⋯っ」

 

 

──もっと、褒められてしまうのだろうか?

 

 

「っ⋯⋯ぁ、ごめっ、ごめんなさい!ちょっとふらついちゃって⋯⋯えへ、えへへ⋯⋯っ」

 

 

 私はカメラに笑顔を向けつつよろよろと立ち上がり──

 

 

「⋯⋯⋯⋯あっ」

 

 

──そして、トラップの方向へ『わざと』倒れ込んだ。

 

 

「⋯⋯っ」

 

 

 ぐちゃっ、とトラップに身体が捕まる。

 

⋯⋯いや〜油断していた。本当に油断していた。

 

 しかし、これで『撮れ高』とやらは充分だろう。そう、あくまでこれは幼馴染の顔を立てたに過ぎない、過ぎないのです。

 

 

「⋯⋯あ、あはは⋯⋯やっちゃいましたぁ⋯⋯えへへ⋯⋯」

 

 

 そんな情けない言い訳を頭の中でしながら、トラップを解除しようと身体を捻った瞬間──

 

 

「⋯⋯え?何、これ⋯⋯?」

 

 

──目に入ったのは、数多の『触手』だった。

 

 トラップに捕まると発生する仕組みだったのだろうか。

 

 それは抜け出そうとする私を押さえつけるように、身体を這い上がり絡みつく。

 

 

「──いや、ちょっ、はぁ!?な、何これっ⋯⋯ひゃっ⋯⋯♡」

 

 

⋯⋯今まで、トラップメインのダンジョンを攻略した回数は少ないが、トラップに引っかかった回数はさらに少ない。

 

 そのため私は、予想外の『触手』に対して完全なパニックに陥ってしまった。

 

 殺傷性こそ無さそうだが、しかしヌメヌメとした触手が容赦無く服の中まで入り込んでくるのには本能的な拒絶感を覚えてしまう。

 

 

「ひっ⋯⋯!?い、いやだめっ!!そこはダメだから!無理無理ほんっとに無理無理無理っ!!!」

 

 

⋯⋯何にせよ、こうして激動の初配信は幕を閉じ、『クーちゃん』は正式に配信者としてデビューを果たすのだった。

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