男に戻るためにTS姿でダンジョン配信するのは本末転倒か否か!? 作:TSとはなんぞや?
第二十一話 割と最悪な村
——優秀な妹がいた。
頭が良くて、大人びていて⋯⋯それでいてとびっきり可愛い!
⋯⋯そんな、あたしなんかじゃ釣り合わないくらいに素敵な妹だから、おじい様の関心があたしではなくあの子に向くのも、分かりやすく扱いに差をつけられるのも、当然のことだった。
「フタバと比べてお前は⋯⋯」
⋯⋯うん、事実だ。
「あまりフタバに近づくな。悪影響だ」
⋯⋯否定できないということは、きっとあたしが悪いのだろう。
「どうして、こっちが姉なんだ⋯⋯」
⋯⋯⋯⋯何それ。
「喜べイチカ。お前はこれから、村一番の名誉を授かることになる」
⋯⋯どうしてあたしが?
「お前が、姉だからだ」
⋯⋯あぁ、せめて。
「い、いやっ——」
「——ありがとう、イチカ」
せめて、最期くらいは⋯⋯
「あたしは、まだ——」
「——今日まで生きててくれて、ありがとう」
——嘘を、吐かないで欲しかった。
——ダンジョン内。ダンジョンコアVSダンジョン攻略組——
「——このダンジョンがいつからあるのかは知らないけど、化け物が村を襲うようになったのが一年前くらい⋯⋯かな?」
「ここにいると時間感覚狂うから、あんまよく分かんないけど」と、目の前の少女はわざとらしくおどけてみせる。
「村の被害は酷くって、でも冒険者を雇えるお金なんて無かった。だから、お金のかからない対処法を採ることにしたんだ」
「それは⋯⋯」
「うん、それがあたし」
少女は淡々と説明を続けた。
「おじい⋯⋯村長はすぐに決断した。それでまずは、あたしが差し出されたの」
「ッ⋯⋯ダンジョンに対する生け贄なんて、意味があるわけないだろう⋯⋯ッ」
オリヴィアさんの声が怒りに震える。
「⋯⋯うん。それは村長も分かってたと思う⋯⋯賢い人だから。きっとあれは、村の人達の精神を一時的に落ち着けるためのその場しのぎだったんだと思う」
「そ、そんな理由で子供を⋯⋯っ!」
「あたし、嫌われてたから」
そう告げる少女の声色は、ほんの少しの寂寥感を湛えていた。
「……」
寂しげな少女の姿に、俺達はつい言葉を詰まらせてしまう。
「⋯⋯え?ちょっと待って。結局あの子人間ってこと?しかも村の子供なの?」
——明るく響く声。
重苦しい空気の中、不気味なくらい普段通りなヒマワリさんの声が響いた。
「ヒマワリさん⋯⋯」
「えっ!?みんな何その目!?大事なことでしょ!?」
「それは、そうなんですけど⋯⋯」
しかし、感情の話はともかく事実だけを整理するならばたしかにヒマワリさんの言葉はもっともだ。
——彼女は、明確に自分が人間だと主張している。
「だけど⋯⋯」
繋がらない電子機器に、彼女の姿。たしかに人型ではあるのだが、人間とするには背中の羽と身体を覆うツタがノイズすぎる⋯⋯
「嘘ついてるってのはどう?クーちゃんは知らないかもしれないけど、ダンジョンコアって割と嘘つくからね」
「えぇ!?そうなんですか⋯⋯!?」
⋯⋯意外な事実だった。しかし、だからといって一概に嘘と決めつけるのもどうなのだろう⋯⋯
「⋯⋯まだ、話をするつもりはあるか?」
混乱する俺達の中で、最初に口を開いたのはやはりオリヴィアさんだった。彼女は、最初と比べて明確に暗い顔をしている少女のメンタルを気遣うように告げる。
「⋯⋯分かってるよ。お姉ちゃん達が気になってるのって結局、どうしてあたしがこんな姿をしてるかでしょ?ごめんね、変な愚痴聞かせちゃって」
少女はやはりどこか寂しそうにしながらも、考え込むように顎に手を当てた。
「うーん。でもどうしようかな⋯⋯あたしの状況って結構ショッキングだから、都会の人には刺激が強いかもしれないの」
「だからちょっとだけ待って。考えるから」と少女は何でもないふうに言い放った。
「——どうすればあたしの『正当性』を分かってもらえるか、ね」
————————————————————————
——あの日、あたしは『村の名誉』とか『神聖な巫女』なんて村人にとって耳触りの良い言葉とともに、ダンジョンへと投げ込まれた。
当然納得なんてできるはずなかったあたしはすぐにダンジョンから出ようとしたけど⋯⋯でもすぐモンスターに囲まれちゃって、入口からはどんどん遠ざかっていった。
半日か、一日か。それでもあたしは必死に逃げ回った。
それは、全て——
「——た、たず⋯⋯けて⋯⋯っ」
「⋯⋯え?い、イチカちゃん⋯⋯?」
「ど、どうしてイチカちゃんがここに?巫女として洞窟に捧げられたはず⋯⋯」
血だらけだっただろうし、もはや這うような状態にすらなっていたが、それでもあたしはダンジョンを出て、真っ暗な山を下りて村へと戻ったのだ。
「ど、どうしましょう⋯⋯!?このままじゃまた村に祟りが⋯⋯っ!?」
「お、落ち着け!とにかく村長に伝えよう!あの人なら、きっとどうにかしてくれる⋯⋯!」
走り去っていく二つの足音。
「ま、まって⋯⋯!いかないで⋯⋯っ!いたいの⋯⋯それに、すごくさむくて⋯⋯たす、けて⋯⋯っ」
『最悪な村に最悪の村人どもだ』と毒づいてやりたかったけど、痛みと寒さでそれどころじゃなかった。この場であたしにできることは、ただ身体を丸めて、必死に意識を繋ぎとめるだけ。
「——イチカ」
「⋯⋯おじい、さま⋯⋯」
どれだけ経ったのだろう。響く冷徹な声に、あたしは必死に答えた。
「何をしている?」
「あた、し⋯⋯死にたくないっ⋯⋯あたしはいつかこの村を出て、都会に行って⋯⋯それで、いつかフタバを⋯⋯っ」
「⋯⋯はぁ」
おじい様は深いため息を吐くと、あたしの身体を起こしゆっくりと抱きしめる⋯⋯しかし、彼の身体と声は驚くほど冷たく、何の感情も纏ってはいなかった。
⋯⋯今も遠巻きにこちらを窺っているさっきの村人どもに、聞かれたくないことを話すつもりなのだろう。
あたしの予想通り、おじい様はあたしの耳元に口を近づけた。
「やはりお前は頭が悪い⋯⋯この小さな村の中でさえ上手く立ち回れなかったお前が、都会に行けば幸福に生きられるとでも?」
「おじいっ、さま⋯⋯っ」
「断言しよう、無理だ。フタバと違ってお前には才能が無い」
「あた、しはっ⋯⋯」
「改めて言うぞ。これはお前の人生において唯一の名誉だ」
「どう、して⋯⋯」
「⋯⋯いいか?勘違いをしてはいけない。これは正当性のある行いなんだ。私や村に恨みをぶつけるのは筋違いだ」
⋯⋯自業自得だとでも、言いたいのだろうか。
感じたのは憤りと、微かな悲しみだった。あたしはこの期に及んで『おじい様に認められたい』と、心のどこかで思ってしまっていたのだろう。
「⋯⋯あたしも、おじい様の孫じゃないの⋯⋯?」
⋯⋯気づけば、縋るような問いが零れていた。
「はは。なんだ、分かっているじゃないか」
「⋯⋯え?」
彼は、いつもフタバを褒める時と似たトーンで、あたしに告げる。
「——孫ならば、
⋯⋯今思えば、祖父が私に笑顔を見せたのは後にも先にもその一回だけだった。
「そ、村長⋯⋯あの、どうすれば⋯⋯」
「こ、このままじゃ祟りが⋯⋯っ」
「落ち着きなさい。もう一度、彼女をダンジョン……洞窟に捧げるのだ」
「⋯⋯よ、よろしいのですか?その、血だらけですが⋯⋯」
おずおずと聞く村人に対して、おじい様はわざとらしく顔を背け、手で目元を覆った。
「⋯⋯頼む、早くしてくれ。こんな孫の姿を見るのは、どうしても辛いのだ。本来は私自身がやるべきなのだが、今はとても⋯⋯っ」
「っ⋯⋯!す、すみません村長!あなたのお心を察することができず⋯⋯!」
⋯⋯上手いな、と思った。
最初に捧げる生け贄が自分の孫ならば、後々更に生け贄を捧げることになった場合にはある程度の同調圧力が発生する⋯⋯まぁ、そもそも村人はおじい様に心酔しているのだが。
何より、彼自身にとっては無能な孫がいなくなるだけでデメリットが存在しないというのがやはり大きいだろうか。
「⋯⋯⋯⋯」
⋯⋯これは、仕方がないのかもしれない。あたしに生きる才能がなかったという、それだけの話。
そう、きっとあたしが悪い⋯⋯あたし、が——
「——待って!せめて最後にフタバに会わせてっ⋯⋯おねがい⋯⋯っ!」
無意識に、言葉が口をついていた。
「ぇ⋯⋯」
言ってすぐ、疑問が頭を埋め尽くす。
⋯⋯どうして、あたしは妹に会いたいのだろう?
正直、あの子のことは好きじゃない。あたしがおじい様に愛されない原因は、言ってしまえばあの子の優秀さゆえだからだ。彼女に直接、理不尽な怒りをぶつけたことだってあった。
「フタバ⋯⋯っ」
⋯⋯あぁ、そうか。あたしはあの子に、謝りたかったのだ。
「⋯⋯村長⋯⋯?」
勝手に敵視しててごめん、とか。理不尽に八つ当たりしてごめん、とか。分不相応に憧れていてごめん⋯⋯とかじゃなくて。
「ふた、ば⋯⋯っ」
「⋯⋯連れて行ってくれ」
——『約束』⋯⋯守れなくてごめん、って。
————————————————————————
「⋯⋯これは、ダメかな⋯⋯うわ思い出すだけで気分悪くなってきた⋯⋯」
「⋯⋯あの子、ずっとああやって考え込んでますね⋯⋯やはりそれ程複雑な事情を抱えているのでしょうか⋯⋯」
「ていうか、ふつーに時間稼ぎかもね。ねこまたちゃん達のことは知らなそうだったけど、それも演技かもしれないし」
「えぇ⋯⋯!?」
ずっとうんうん唸っている少女に対して、俺達は焦燥を募らせていく。
ダンジョンの討伐以上に調査こそが主目的であることは承知しているが、しかしねこまたさん達の安否が分からない今、果たして調査を優先すべきなのだろうか⋯⋯
「……っ」
やはり、今すぐ殺した方が——
「——あーもういいや。大事そうなことだけ話せばいいよね」
俺が剣を強く握りしめた瞬間、少女がぱっと顔を上げた。
「ダンジョンを沈めるための生け贄として捧げられたあたしは、ダンジョンの奥⋯⋯つまりこの部屋まで進んだんだ⋯⋯戻っても、どうしようもなかったしね」
少女は淡々と説明を続ける。
「その時のあたしは結構ボロボロだったんだけど、何故か怪物はあたしを襲ってこなかったの」
「⋯⋯普通じゃないな」
「でも、理由はすぐに分かったよ」
「⋯⋯理由?」
少女はとびっきりの笑顔を浮かべようとするが、それは表情筋が一部動いていないかのような不自然な笑みだった。
「——あたしを、『神様』に会わせるためだよ」
⋯⋯『神様』というのは、やはりダンジョンコアのことだろう。生け贄として捧げられた際の彼女は当然電子機器など持ち合わせていなかったはずだ。
——彼女は、ダンジョンコアと遭遇したのだろう。
「『神様』はあたしをじーっと見つめて、それからあたしの中に入ってきたの」
「中に⋯⋯?」
「結構最悪の気分だったかな。腐った果物をそうとは知らずに丸かじりしちゃったみたいな感覚」
「うっわ」
ドン引きするヒマワリさん。
「そんな感覚がずーっと続いたの。小さくて細かい何かが絶えずあたしの中に入ってきて⋯⋯それで、気づいたらこんな姿になってたんだ」
少女は自らの片羽をつんとつついた。
「⋯⋯ダンジョンコアと、一体化したということか⋯⋯?」
オリヴィアさんが呆然と零す。
「そんなこと⋯⋯今まで前例は——」
「——はぁ⋯⋯」
しかし、その言葉は気怠げなヒマワリさんの溜息に遮られた。彼女の瞳には多少の焦りと苛立ち、そして軽蔑が見て取れた。
「オリヴィア、難しく考えすぎじゃない?中に入ってきた云々は言葉のあやで、普通に『願望体』でしょ⋯⋯さっきから回りくどい質問ばっかりしてたけど、そろそろホントに時間ないよ?」
「⋯⋯『願望体』?」
急に知らない単語が出てきた。
「⋯⋯あれ?もしかしてクーちゃん知らない?」
「クーちゃんさん⋯⋯?総理から既にダンジョンコアの説明を受けていると思っていたんだが⋯⋯」
「え゙」
マジかよ⋯⋯
「ダンジョンコアが人間の願いに反応するのは知ってる?」
「えっと⋯⋯はい、それは聞いてます」
そんなことも言っていたか⋯⋯くそっ、この場にヒナがいてくれればこんな気のない返事もせずにすんだのに⋯⋯っ
「で、その『反応の影響を受けた人間』を『願望体』って言うんだけど⋯⋯」
「⋯⋯え?」
⋯⋯いや、それって⋯⋯
「⋯⋯つまり『願望体』っていうのは『ダンジョンコアに願いを叶えてもらった人間』ってことですか⋯⋯?」
「真っ当に叶えてもらえた願望体なんて見たことないけどね。大抵曲解されちゃうから」
「——」
「え何すごい顔」
「いっ、いやおれっ、おれ⋯⋯っ」
——今の俺ってつまり『願望体』では!?!?
「き、急にクーちゃんがおかしくなった⋯⋯!?」
「ダンジョンコアの攻撃か!?」
「いやあたしなんもしてないよ」
マジでありえない。あの総理普通に情報を出し渋ってやがった。というか『内密に』とか言ってたくせに攻略組もダンジョンコアの性質知ってんのかよ⋯⋯!
俺の口はぽかんと開き、頭の中では様々な感情が渦巻く。
「いやあの総理マジで⋯⋯!はっ⋯⋯!?曲解⋯⋯!?」
「すごいねクーちゃん百面相だ」
「流石はクーちゃん!どんな顔でも可愛いです!!」
「声でか」
——『大抵願いは曲解される』
ヒマワリさんの先程の言葉⋯⋯これはつまり。
「うぅ⋯⋯っ!良かった⋯⋯!俺には、女体化願望なんてなかったんだ⋯⋯!」
「今度はめっちゃ泣くね」
——つまり俺の女体化は曲解によるもの!俺に女体化願望はない!勝ったッ!!
「よしッ!気分上がってきたァ!!」
「今日のクーちゃんは見てて飽きないなぁ」
俺は改めて剣を握り直す。マジで最高の気分だありがとうヒマワリさんふざけんなよ総理大臣。
「⋯⋯あの子が、『願望体』だとしたら⋯⋯」
しかし、抱えていた恐ろしい疑念が解消され晴れやかな気分の俺と違い、オリヴィアさんの表情は暗かった。
「⋯⋯っ」
オリヴィアさんだけでなく、先程まで俺の百面相に感涙していたアレスさんも、今はどこか不安げな表情をしている⋯⋯ダンジョン攻略組は、『願望体』に対して複雑な感情を抱いている様子だった。
「——はぁ、二人とも相変わらずだなぁ」
⋯⋯ヒマワリさんを除いて。
「クーちゃん。願望体にとって大事なのは『願いの方向性』なんだ」
「方向性⋯⋯?」
ヒマワリさんは笑顔で俺に解説をしてくれる。普段通りの笑顔⋯⋯というか、むしろいつもより楽しそうにも見える。
「願望体って、つまり願いで変質した人間のことだから、願いの内容でだいたい決まっちゃうんだ」
⋯⋯いや、やはり明確だ。ヒマワリさんは明確に普段より機嫌が良い。
「⋯⋯何が、決まるんですか⋯⋯?」
「あははっ!分かるでしょ?」
ヒマワリさんは弾けるような笑顔で笑う。
「——殺すべきか、だよ」
華が咲くような笑みと裏腹に、その声は冷たかった。
「ちなみに、今まで遭遇した願望体は全員殺してるよん」
「ヒマワリ⋯⋯!」
「事実でしょ?」
オリヴィアさんやアレスさんとは対照的に、ヒマワリさんのテンションはどんどんと高くなっていた。
踊るように身体を揺らしながら、ヒマワリさんは未だぶつぶつと呟く願望体に向き直る。
「ねぇ、願望体ちゃん?」
「⋯⋯?お姉ちゃん⋯⋯?」
「あなたが『神様』に願った内容を聞かせてくれる?」
ヒマワリさんの言葉に、少女がぴくりと反応する。
「どうして⋯⋯私が神様に願い事をしたって知ってるの⋯⋯?もしかして都会の力⋯⋯?」
少女は驚いたように目を見開くが、その片目は上手く開いておらず、不格好な半開きになっていた。
「うん、そうそう」
そんな少女に、ヒマワリさんは適当な相槌を打つ⋯⋯早く答えが聞きたくて堪らない、といった様子だ。
「あたし、の⋯⋯願いは」
少女は思い出すように数秒考え、それから無機質な声色で告げた。
「——こんな村、死んじゃえばいいのにって」
「っ⋯⋯」
——沈黙。
「⋯⋯⋯⋯あは♡」
静まり返った空間に、ヒマワリさんの喜色に満ちた吐息だけが、静かに零れた。
「神様はあたしの願いに応えてくれたの。最初はこのダンジョンに近づいてきた村人を殺して、そうやってどんどんダンジョンを拡大していって⋯⋯村を呑み込むのも、時間の問題だった」
少女の声色には、様々な感情が混じっているように感じられた。
「でもある日、あの村が生け贄を捧げてきたの」
「⋯⋯二人目、ということか」
「良いね。『生け贄を捧げる行為が裏目に出た』じゃなくて『足りなかった』になるのが嫌な宗教っぽくて」
——村に子供が少ない理由。
最悪な答えだった。
「馬鹿みたいだよね、ホント⋯⋯でもさ——」
——小さな呟き。
「——その生け贄を見た瞬間、あたし救われたんだ」
「⋯⋯え?」
少女の声に明確に狂気が混じったと、その時俺は感じた。
「『あぁ、この子は私と同じ不幸な子供なんだ』って、そう思った」
少女は淡々と、しかしどこか興奮した様子で続ける。
「そして、もしその子を殺せば——」
目がぎょろりと動いた。
「——あたしより、不幸な人間が生まれる」
「⋯⋯」
「素敵な気分だった⋯⋯『あたしはまだマシなんだ』って、『あたしよりも可哀想な人間がここにいるんだって』⋯⋯本当に、救われたの」
少女は祈るように指を組もうとするが、上手く動かなかったりそもそも欠けていたりで、その指が綺麗な形で組まれることはなかった。
「だから、村が生け贄を捧げてくれる限り、あたしはあの村を生かしてあげることにしたんだ⋯⋯自分の心を慰めるために」
「⋯⋯ダンジョンが拡大しているにもかかわらず村付近にモンスターが出没しなかったのは、そのためか⋯⋯」
「面白いんだよ。生け贄と引き換えでちょっと『キラキラした石』を渡したら、生け贄を捧げる頻度が増えたりして。あははっ、笑えるよね」
「ほんっと、最悪な村」と、少女は吐き捨てるように嗤った。
⋯⋯『キラキラした石』は恐らく『魔石』のことだろう。
——あの村は、子供と引き換えに『魔石』を得ていたのだ。
魔石は役所に持ち込めば換金できる。正直大した金額ではないが、しかし田舎の村にとっては中々の収入源となるだろうか⋯⋯
「⋯⋯君、は——」
「——オリヴィア、もういいでしょ?」
悲痛そうなオリヴィアさんの言葉に、甘ったるい声が被さった。
「ねぇ、もう充分でしょ?あの子は明確に罪を犯してる。既にあたしらの『攻略対象』だよ」
「だがっ——」
「——だいじょーぶっ⋯⋯!いつも通り、とどめはあたしがやってあげるから、ね?」
「⋯⋯え?」
ヒマワリさんの言葉に、俺は反応せざるを得なかった。つい零れた疑問符に、彼女はいつもと変わらぬ笑顔でこちらを振り返る。
「ほら、願望体は一応人間だからさ。オリヴィアやアレス君にはちょっと荷が重いんだよ」
「ねこまたちゃんにもね」とヒマワリさんは楽しげに付け足した。
「大して強くもなくて魔法の燃費も悪いあたしがこのパーティにいるのは、そういう役割ってのもあるんだよ」
「⋯⋯それ、は⋯⋯」
それは、つまり——
「——あたしは別に、そういうの気にしないしさ」
ヒマワリさんは、心底楽しげに答えた。
「⋯⋯罪?」
——低く冷たい声。
少女の瞳が、鋭くこちらを睨む。
「あたしが罪を犯してるって、今そう言ったの?」
その目は、明確な怒りを宿していた。
「じゃあ、あの村は?」
少女は尋ねる。
「あの村は悪くなくて、あたしだけが悪者なの?」
不満を零す。
「あたしは⋯⋯被害者、なのに⋯⋯ッ」
強く、宣言する。
「——あたしにはッ!復讐をする権利と正当性があるッ!!」
——明確な殺意。
彼女の感情に呼応するかのように身体のツタは蠢き、片羽は不快な音を立て始める。
「もういい、殺してやる⋯⋯ッ」
「あはっ、良いね。さっきより人間らしく見えるよ」
冷たい殺意を振りまく少女に、興奮した様子のヒマワリさんが嗤う。
既にこの場は一触即発。今にも殺し合いが始まろうと——
「——私にやらせてくれ」
——凛と響く声。
特段強く発した訳でもないその声は、しかし一瞬で熱くなっていた場の空気を変えた。
「⋯⋯オリヴィア?」
声の主、オリヴィアさんは身につけている手袋をはめ直し優雅にレイピアを構えると、一歩前へと踏み出した。
「あた、しはッ⋯⋯間違ってない⋯⋯不幸、なんかじゃ⋯⋯ッ」
「⋯⋯確かに、君の復讐には正当性があるかもしれない」
「ちょっ、オリヴィア⋯⋯!?」
殺意だけをその身に湛え、苦しそうに呻く少女と、オリヴィアさんが相対する。
「うるさい黙ってッ⋯⋯!あたし、はッ——」
「——しかし、それを成し得る才能があるかは別の話だ」
オリヴィアさんに迷いは一切見られなかった。彼女は依然凛とした振る舞いながらも——
「——私は私の才能でもって、君の正当性を殺す」
——どこか自罰的な口調で、そう宣言した。