男に戻るためにTS姿でダンジョン配信するのは本末転倒か否か!? 作:TSとはなんぞや?
「——国の役に立てる人間になりなさい」
私が小さい頃から、母はずっとそう言っていた。
それは、議員としての責任感から来るものだけではなく、純然たる彼女自身の思考であり思想。
「⋯⋯」
彼女の在り方が良いものか悪いものか、というのはともかくとして⋯⋯
「⋯⋯分かったよ。お母さん」
私は、そんな母のことが好きだった。
母の思想に共感したことこそないが、それでも母の言葉に逆らうなんてことも、一度として考えたことはなかった。
「中学受験をしましょう。早めに周りと差をつけるのよ」
「うん、分かった」
「高校生になったからといって、あまり浮かれないようにね。国のために生きるというあなたの目標を忘れないで」
「うん、分かった」
「大学は私が選んであげる。国の役に立つために必要なことを学ぶのよ」
「うん、分かった」
⋯⋯存外、幸せな生活だったと思う。ただ母の望み通りに生きる⋯⋯私は一切の不満なく、そんな人生を歩んでいた。
「総理は今、特にダンジョン関係の対策に力を注いでいるの。国の主導で攻略チームを作るなんて話もあるのよ。ねぇ、やってみない?これはチャンスよ」
「⋯⋯うん、分かった」
私は母に言われた通りにダンジョンへと赴き、そして見事魔法の才能があると判明した。
しかし⋯⋯
「こんな魔法では、とても⋯⋯」
悲痛そうな声と悔しげな顔。残念ながら、私の魔法は強いとは言えないものだった⋯⋯こればかりは仕方がない。運が悪かった。
「⋯⋯おかあ、さん⋯⋯」
「っ⋯⋯大丈夫よ。あなたが国の役に立てる生き方を、私がちゃんと見つけてみせるから。今回は、才能に恵まれなかっただけよ」
「⋯⋯」
悔しさを滲ませながらも、私を励ますその顔。
「才能⋯⋯」
——その顔を見た瞬間、私の中に明確な自我が芽生えた。
「待って」
「⋯⋯え?」
母はいつだって自信に満ち溢れていて、自らの判断を疑うことなどない。そんな母のことが、私は⋯⋯
「私、できるよ」
「でも⋯⋯」
⋯⋯そうだ。私が、今までずっと母の言葉通りに生きてきたのは——
「——私は私の才能でもって、この魔法を完璧に扱ってみせる⋯⋯ッ」
——ただ母に⋯⋯悔しさに滲むその顔を、して欲しくなかったのだ。
——ダンジョン内。ダンジョンコアVSダンジョン攻略組——
——オリヴィアの魔法。
それは、一言で言えば『念動力』。つまり『サイコキネシス』である。
「⋯⋯殺す?あたしを?」
「ああ」
⋯⋯しかし、その射程距離はせいぜい三メートル。
「お姉さん、本気で言ってる?その細い剣一本で、神様から力を貰ったあたしを殺せるの?」
「⋯⋯ああ」
加えて、距離が離れる程に魔法の効力は弱まり、加護の消費は著しく増大。この消費効率もはっきり言って酷いものである。
「⋯⋯田舎の子供だからって舐めてるでしょ?」
「それは違う」
『念動力』という分かりやすい能力分類に対して、およそ戦闘には適さないその出力効率。
「ッ⋯⋯もういいよ。殺してやる⋯⋯ッ!」
そんなオリヴィアが、『ダンジョン攻略組で最も強い冒険者』と謳われる理由は——
「——」
——刺突音。
「⋯⋯ぇ」
それは一度ではなく、瞬く間に複数回の振動をその場に響かせた。
「おま、ぇ⋯⋯なにを⋯⋯ッ!?」
少女は決して防御行動を取らなかった訳ではない。オリヴィアの斬撃は目で捉えるのも難しい速度で放たれたが、血走った少女の瞳は確かにその軌道を捉えていた。
「私は⋯⋯きっと君より正しくない」
しかし、少女がツタを束ねた『槍』でカウンターを決めようとした瞬間、オリヴィアの身体がありえない軌道でもって『回転』したのだ。
「しかし⋯⋯私は君より強い」
結果として少女の槍は空を切り、オリヴィアのレイピアは歪な角度から少女の心臓部を貫いた。
「私は正義として君と相対しない」
凛とした声が、少女を突き刺す。
「——ただ才能でもって、君を殺す」
——刺突音。
「くッ⋯⋯!?」
続けざまに歪な動きでレイピアを振るうオリヴィアから、思わず少女は距離をとった。
「はぁ、はぁ⋯⋯ッ」
「⋯⋯『念力』だ」
「なに?」
「『念力』でしょ。冒険者が特別な『魔法』を使えることくらいあたしだって知ってるの」
「田舎者だからって舐めないで」と、少女は血走った目でオリヴィアを睨みつける⋯⋯しかし、その目の焦点はやはり定まっていなかった。
「お姉さんは自分の身体を念力で動かすことで、本来ありえない速度と動きを可能にしてるんだ」
少女は自らの洞察に自信があった。実際に『魔法』を見るのは初めてだったが、『神様』と一体化した彼女は直感的にこれが『魔法』だと感じ取れたのだ。
⋯⋯しかし。
「残念ながら、当たっているのは最初だけだな」
「⋯⋯どういう意味?」
「確かに、私の扱う魔法は念力⋯⋯サイコキネシスだ」
「サイコ⋯⋯?あっ⋯⋯し、知ってるよ!海外の言葉でしょ!?」
オリヴィアが扱う魔法の制限はまだ存在する。
「しかし、私は自らの身体を動かしているわけではない」
「⋯⋯はぁ?」
——彼女の魔法は生命体には機能しない。
人間はもちろん、これはダンジョン内のモンスターも含まれる。
「魔法は決して万能じゃない⋯⋯私のは特に苦し紛れだよ」
つまり、彼女は魔法で直接モンスターを攻撃することができないのだ。
——刺突音。
「が、ァ⋯⋯ッ!?」
オリヴィアが素早く距離を詰め、またもや歪な軌道で少女の身体を貫く。
「はぁ、はぁッ⋯⋯!クソッ⋯⋯なんなのよ⋯⋯ッ」
⋯⋯正直なところ、既に決着はついているも同然だった。というのも、オリヴィアは最初の一突きで少女の心臓部⋯⋯つまりは魔石を砕いており、少女の意識は今も薄れゆくばかりなのだ。
「⋯⋯急に跳ねたり、回転したり⋯⋯動き、というよりは⋯⋯」
しかし少女は、決して自らの命を諦めない。霞む視界と思考を必死に繋ぎ止め、未だその小さい身体はオリヴィアと相対していた。
「⋯⋯」
確かに、彼女の動きは念力で動かしているにしては不格好で不自然だ。きっと、ここにヒントがあるはず⋯⋯彼女の動きには毎回なにか規則性が——
「——そうか⋯⋯ッ!『起点』だッ!!」
——刺突音。
「か、は⋯⋯ッ」
⋯⋯しかし今回のそれは、少女のツタがオリヴィアの腹部を貫いた音だった。オリヴィアが血を吐き、膝をつく。
「——『関節』でしょ?」
少女の冷たい声が、頭上から降り注ぐ。
「お姉さんの念力が身体に使えないのなら、まず疑うのは『服』⋯⋯最初は、着ている服を動かすことで擬似的に自らの肉体を操作しているんだと思った⋯⋯けど、これは違う」
「⋯⋯」
「服も動かしてはいるんだろうけど、それはあくまで補助。最も重要なのはそこじゃないんだ⋯⋯お姉さんの速度の秘密⋯⋯」
少女の声は無機質に響く。
「そこには何かしらの制限があると、あたしは考えた」
「⋯⋯」
「刺されながらも頑張って観察してたらようやく気づいたよ。お姉さんの素早い動きは決して全身の動きじゃない⋯⋯捉えられないくらいの速度で動くのはいつだって一部分だけだったんだ」
加えて、彼女の動きは速いだけでなく歪だったのだ。
「——『四肢の関節部分』ッ!動きの起点は常に『関節』だった⋯⋯ッ!!」
「⋯⋯っ」
「あなたは、関節に付けた固定具を念力で動かすことで、素早く歪な動きを可能にしているんだ」
少女は蹲るオリヴィアを見下ろしながら、冷たく告げる。
「念力を私に直接使わなかったのは距離による制限が厳しめなのかな?なんにせよ、お姉さんにできるのはその程度ってこと」
「けほ、げほッ⋯⋯」
「動きの起点さえ分かれば、『反応が遅れる場所』も自ずと分かる」
——恐らく、起点にできる部分は四肢や身体の末端に集中している。
それゆえ少女は身体の中心⋯⋯腹部を狙って突いた。
「苦し紛れの意味がよく分かったよ。念力って言っても、あんまり強くないね」
「⋯⋯はは、制限の多い力にしては、よくやってる方だろう?」
「⋯⋯狂ってるの?都会の凄い技術で補助してるのかもしれないけど、肉体的負荷は確実にある。それ、自傷行為と変わらないよ」
一息に言い切った少女は、しかしそこで急に声色を変えると、慈しみを込めた態度でオリヴィアに歩み寄る。
「ねぇ⋯⋯お姉さんとあたしって、似てると思わない?」
「⋯⋯?なに、を⋯⋯っ」
少女に答えながらも、オリヴィアは疑問を感じていた。
少女の魔石は初手で砕いている。にも関わらず、彼女の身体は未だ崩れず、むしろ再生の速度が上回ってきているようにすら見える。
「きっとお姉さんも、死んだ方がマシってくらいの環境で生きてきたんでしょ?きっとそのせいで、頭がおかしくなっちゃったんだよ」
「あたしみたいにっ」と少女はおどけてみせた。
「同じ不幸を経験したあたし達は、きっと仲良くなれると思うの⋯⋯」
少女は数秒目をぎゅっと閉じ、それから弾けるような笑みを浮かべる。
「だからお姉さん!あたしと友達になろう?今聞いてみたら、神様も『お姉さんの方がいい』って言ってくれてるのっ!」
その姿は、まるで年頃の少女が友人との約束を思いはしゃぐようだったが、しかし少女が楽しげに飛び跳ねる度、バチバチと不快な金属音が響いていた。
「お姉さん!どお?」
「⋯⋯悪いが、応えられない」
「⋯⋯どうして?」
声が冷たく切り替わる。
「⋯⋯私は、国のために生きている。君や⋯⋯君の神様のためには、生きられない」
——そして、あの人のために。
「それに私は、君と違って自らを不幸だなんて思ったことは一度としてない」
——何よりも⋯⋯あの人のために生きたい、自分自身のために。
自らが望んだ生き方を掴み取るように、オリヴィアは『立ち上がった』。
「⋯⋯まだ立てるんだ。都会の人はみんな弱っちいと思ってたの、に⋯⋯あぁ、そういうこと」
少女は歪な光景に顔を顰める。視線の先には、未だ腹部から血を流す満身創痍のオリヴィア。当然、とても立ち上がれるような状態ではない。
「う、ぐァ⋯⋯ッ!」
しかし、彼女の腕は関節を起点に上昇し始め、彼女の身体を無理やりに立ち上がらせた。彼女の腕関節は空中に固定され、それ以外は力なく垂れ下がったなんとも歪な立ち姿。しかしその冒険者は、未だ武器を握っていた。
「⋯⋯まるで操り人形だね」
「⋯⋯⋯⋯自分でも『お似合い』だとは思うよ」
オリヴィアが無理やりに構えをとる。
「だが⋯⋯この『糸』も含めて、私が自ら選んだ生き方なんだ」
「⋯⋯⋯⋯失望した。お姉さんはそんな風に、自分の不幸を誤魔化しながら一生を生きていくつもりなんだね」
少女の周りで、ツタが鋭く巻き合わさっていく。
「もういい。ここでお姉さんを殺して、私は自らの不幸を直視し、慰める⋯⋯ッ」
「⋯⋯⋯⋯『この魔法なら、戦えるよ』」
「⋯⋯は?」
唐突に零れたオリヴィアのその声は、過去を思い起こすようにも、自らに言い聞かせるようにも感じられた。
「『確かに距離の制限は苦しいけど、ここは逆に考えるべきだったんだよ⋯⋯身体に密着させた物を密着させたまま移動させるだけならかなりの速度を出せるし、しかもこれならほとんど加護を消費しないって分かったの⋯⋯これがきっと、私の活路になると思う』」
「何ぶつぶつ言ってんの?何言っても、もう友達にはしてあげないよ」
「田舎の人間は閉鎖的だからね」と少女は自虐的に嗤うと、ツタの槍をオリヴィア目がけて放った。
「——『私なら、できる』」
オリヴィアは歪な動きで、紙一重ツタを躱す。
「はッ!それもうさっきやったからァ!!」
しかし、続けざまに放たれたツタは正確にオリヴィアの腹部を狙ったもの。
——最初の攻撃はフェイク。避けられることは想定済みだ。
オリヴィアが関節を起点に回避を行った際に生じる『隙』を、既に少女は見切っていた。彼女の想定通り、二本目は正確に彼女の腹部へと——
「——はッ⋯⋯!!」
——歪な金属音。
その歪さは、本来レイピアからは発されない種類のものだった。
「なッ⋯⋯はァッ!?」
オリヴィアはレイピアを『横に薙ぐ』ようにしてツタを無理やり逸らしたのだ。
——レイピアは『突く』ための武器。
横に薙ぐような使い方は想定されていないし、そもそも細い剣身でそんなことをすれば当然折れる。しかし、オリヴィアのレイピアは歪な音を響かせながらもツタを横から弾いてみせた。
「ッ、レイピアそのものに念力を⋯⋯ッ!」
「使えない訳ではッ⋯⋯ないからな」
——サイコキネシスでレイピアの剣身を固め、ぶつけた瞬間ツタにまで魔法を届かせ逸らした。
オリヴィアからレイピアの剣先までたった一メートル。ツタまではせいぜい二メートル。
「ふぅー⋯⋯ッ」
⋯⋯にも関わらず、この動作だけでオリヴィアは大量の加護を消費していた。
「ッ、まずい⋯⋯ッ!」
しかし、この間合いで回避行動をとる必要が無くなれば——
「——届く」
オリヴィアが真っ直ぐに距離を詰める。
「——ッ」
本命のツタを逸らされた少女は無防備な状態でオリヴィアの間合いに晒されたが、それでも彼女は咄嗟にツタでレイピアを絡め取ろうとした。既に人間でなくなった彼女の反応速度は凄まじく、オリヴィアの剣が届くよりも先にそれは形を成して彼女の剣を腕ごと包もうとする。
「勝ったッ!」
捕まえてしまえば、あたしの勝利——
——骨の折れる音。
「ぐ、ァ⋯⋯ッ!」
呻き声を上げたのはオリヴィア⋯⋯彼女の取った行動は、もはや歪なんて次元ではなかった。
彼女はレイピアを構えていた自らの腕を無理やり『丸め』、ツタの拘束範囲を抜けさらに一歩踏み込んだのだ。音と動きからして彼女の腕は確実に折れているが、それでもオリヴィアの腕は何事も無かったかのようにレイピアを握っている⋯⋯否、握らされている。腕、手首、そして指の一本一本にまで付けた『固定具』。彼女はその全てを未だ正常に『動かしていた』。
「ッ!?はぁッ!?!?」
「私が、自分の魔法で唯一気に入ってるのは⋯⋯」
「ま、まって——」
——刺突音。
「——暴かれても大して勝敗に影響しない⋯⋯というところだ」
気づいたところで、結局オリヴィアの方が速いのだから。
「——はぁ、はぁ⋯⋯ッ」
「⋯⋯」
⋯⋯しかし今回、オリヴィアのレイピアは少女の寸前で止まってしまった。
少女は自らの手と手の間にツタの膜を形成し、奇跡的にレイピアを受け止めていたのだ。
「や、やった⋯⋯ッ」
まだ、勝機は——
「——」
——剣先が折れる音。
「ぁ⋯⋯まだ力残って——」
——弱めの刺突音。
「⋯⋯私の、勝ちだ」
オリヴィアは残りの加護を全て消費してレイピアに魔法を用い、剣先を折って先端だけを少女の眉間へと突き刺した。
攻撃部位は魔石のあった心臓部ではなく、心臓と同じく人間の急所である脳天⋯⋯モンスターは本来魔石以外を傷つけられても絶命することはないのだが、しかし何故か少女の意識は段々と薄れていく。
「あぁ、なんで⋯⋯」
揺れる視界に映るのは、満身創痍だろうに凛と立つ女性の姿。少女はその姿に、確かな才能を見出してしまっていた。
——自らの境遇によって左右されない程の、圧倒的な才能。
⋯⋯あぁ。
「——あたし、も⋯⋯そう在れたら⋯⋯」
オリヴィアは少女の意識が完全に消えるまで、凛とした立ち姿を崩さなかった。
「⋯⋯⋯⋯君を救えるだけの才能を持っていなくて、すまない」