男に戻るためにTS姿でダンジョン配信するのは本末転倒か否か!?   作:赤石アクタ

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第九話 とび☆きゅる!リリちゃんの魔法少女チャンネル!!

「──ねぇ、ほんとによかったの?」

 

「あぁ、じゃなくて⋯⋯えぇ。俺⋯⋯じゃない、私は特に『魔石』を必要としていませんから」

 

「わざわざダンジョンに潜ってるのに?そんな人もいるんだね」

 

「はは⋯⋯」

 

 

──『とび☆きゅる!リリちゃんの魔法少女チャンネル!!』

 

 魔法少女のリリちゃんがダンジョン配信をする、というのがメインコンテンツの人気チャンネル。

 

 魔法少女という言葉の通り、彼女は変身したりビームを撃ったりするのだが、どうやらあれは『魔法』の一種らしい。

 

⋯⋯『人によって使える魔法は違う』というのは聞いたことがあるが、流石になんでもありすぎないだろうか⋯⋯?

 

 しかし、そんな派手なコンセプトと対照的に、彼女のダンジョン攻略はとても効率的なのが特徴だった。

 

 彼女は基本、『できる限り短時間で、できる限り多くの魔石を獲得する』ことを目標としているのだ。モンスターとの戦いも素早く、かつ魔石を傷つけないというやり方で一貫している。

 

 そのため、配信内容も攻略というかRTA⋯⋯戦いというよりは暗殺⋯⋯といった感じになっており、しかしその新感覚が人を集めていた。

 

 

「でも、とにかくありがとね。魔石譲ってくれて」

 

「いえいえ。むしろごめんなさい、片方は粉々になっちゃってて⋯⋯」

 

「大丈夫、それでも一応換金はしてもらえるから」

 

 

⋯⋯そして、今俺はそのリリちゃんとダンジョンを歩いている。

 

『上で仲間とはぐれたため戻りたい』という俺の目的を聞いた彼女が、『自分ももうこのダンジョンを出るつもりだから、上に戻るまで一緒に行動しよう』と提案してくれたのだ。

 

 特に断る理由もないため承諾したのだが⋯⋯しかしこれはチャンスなのだろうか?

 

 ダンジョン攻略組からの招待によって有耶無耶になってこそいたが、目の前の彼女もヒナがピックアップした『相談相手候補』の一人である。

 

 そのため、この機会を逃さずになにか聞くべきなのだろうが、しかしどう切り出せばいいのか迷っているのが現状だった。

 

⋯⋯ちくしょう、ここにヒナがいてくれれば⋯⋯

 

 頭の中で幼馴染を恋しがるも、当然それで状況が好転する訳では無い。俺達は道中現れるモンスターにも一切苦戦せず、どんどん上へと登っていた。

 

 

「クーちゃん強いんだね。配信で見た通りだ」

 

「ありがとうございます!リリちゃんも配信で見るよりキラキラしてて素敵です!」

 

 

⋯⋯リリちゃんは言わずもがな美少女だし、今は俺も美少女である。傍から見れば、この状況は中々に良い絵面なのではないだろうか?

 

 

「クーちゃんは髪サラサラだね。私くせっ毛だから羨ましい」

 

「そうですかね⋯⋯ってうわ血塗れの手で触らないでください!?!?」

 

 

⋯⋯いや、今は二人とも血に塗れているのだった。中々の絵面である。

 

 

「でもやっぱり不思議。クーちゃんほんとに魔石いらないの?」

 

「⋯⋯実は、お恥ずかしいことに換金手続きが苦手で⋯⋯」

 

「あー、確かに。めんどくさいよね」

 

「リリちゃんもそう思いますか?」

 

「うん。でもお金に関わることだから、苦だと思ったことは無いかな」

 

「あー、いますよねそういう人。割り勘の計算めっちゃきっちりやってくれたり」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯リリちゃん?」

 

「っ⋯⋯う、うん⋯⋯」

 

「⋯⋯?」

 

 

 なんて事ない会話をしながら歩いていると、段々リリちゃんの口数が少なくなっていることに気がついた。

 

 彼女は元々饒舌な方ではないが、その様子はどこか焦燥感に駆られているようにすら感じられる。

 

 

「⋯⋯あの、リリちゃん?なんか、大丈夫ですか?」

 

「⋯⋯⋯⋯クーちゃん、さ」

 

 

 心配から声をかける俺をリリちゃんは見定めるように見つめ⋯⋯

 

 

「口、堅い方⋯⋯?」

 

 

⋯⋯そう、質問してきた。

 

 

「⋯⋯え?えっ、と⋯⋯どうですかね⋯⋯?」

 

 

⋯⋯急にそんな答えようの無い、そして答えたくもない質問をされても困ってしまう。

 

『口が堅いか?』なんて質問、『今から秘密にしなきゃいけない事実を押し付けます』と同義ではないか。

 

 

「⋯⋯うん、まぁいいや。いいんだけど」

 

 

⋯⋯そして、この質問で一番最悪なのは、これを聞いてくる人間は往々にして、もう既に『立ち止まれない』場所にいるということだった。

 

 今回のリリちゃんも例に漏れず、やはりこちらの返事を気にしている様子はあまり無い。

 

 彼女は俺の煮え切らない返事に痺れを切らしたのか雑に話を打ち切り、そして懐のポーチへと手を伸ばした。

 

 

「──よし⋯⋯」

 

 

 リリちゃんが焦ったように取り出したのは⋯⋯

 

 

「⋯⋯は?リリ、ちゃん⋯⋯?嘘ですよね⋯⋯?」

 

 

──『タバコ』だった。

 

 彼女はそれを慣れた手つきで咥えると、ステッキを軽く振って器用に火をつける。

 

 信じられない光景が連続し、俺は完全に言葉を失ってしまった。

 

 

「⋯⋯できればこれ、秘密にしてくれると嬉しいかな。えへ」

 

 

 ニコチンを摂取して多少正気を取り戻したのか、リリちゃんは煙を吐き出しながら恥ずかしそうに微笑み、人差し指を口元に当てる⋯⋯いやいやそんな今さら美少女面されても⋯⋯

 

 

「え、ちょっ⋯⋯えぇ!?失礼ですがリリちゃん今おいくつですか!?」

 

「十六歳、じぇーけーだよ」

 

「ハイ未成年!!」

 

 

──しかも同い年かよ⋯⋯!!

 

 

「クーちゃん落ち着いて。ここはダンジョンだよ?」

 

「ダンジョンも日本ですよ!ていうかさっきの様子見るに絶対外でも吸ってんだろ!!」

 

 

 人気配信者のリリちゃんがまさか未成年喫煙を⋯⋯信じられな⋯⋯いやスキャンダルとしてはちょっと生々しいかも⋯⋯

 

 リリちゃんは俺のパニックを受け流すようにポーチから携帯灰皿を取り出すマジでふざけんなよそのポーチ中身は魔石にタバコに灰皿かよメルヘンなデザインしやがって。

 

 

「⋯⋯あー⋯⋯クーちゃん⋯⋯?」

 

「⋯⋯なんですか⋯⋯」

 

「⋯⋯えっと⋯⋯⋯⋯最近はキャメルの良さが分かってきて──」

 

「──掘り下げるな!!」

 

 

 信じられない話の広げ方につい悲鳴のような怒号を上げてしまう。

 

 

「⋯⋯はぁ」

 

 

⋯⋯しかし内心、俺はリリちゃんのスキャンダルが『この程度』で実は安心していた。

 

 

──ダンジョン内で法律は機能しない。

 

 これは正当性云々の話ではなく、そういった整備が未だ追いついていないという意味である。

 

 それゆえ、ダンジョン内が犯罪の温床となっていることは想像に難く無いだろう。

 

 表に出せないような闇取引をダンジョンで行うのは日常茶飯事。加えてそれを狙うマスコミや、『魔法』を用いて攻撃する私人逮捕系の配信者など、まぁ割と最悪な民度であった。

 

 そういった現実に比べれば、『大人気配信者のリリちゃんが喫煙していた』なんてスキャンダルには正直そこまでのインパクトは無い⋯⋯いや驚いたけどね。

 

⋯⋯それに、リリちゃんのこんな一面を知ったからといって、俺に何ができるわけでもないし、なにかするわけでもない。

 

 

「⋯⋯」

 

 

 そう、できるわけないのだ。

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

──だって俺に、他者の罪を糾弾する資格なんて無いのだから。

 

 

 

──────────────────

 

 

 

「──幻滅した?」

 

 

 タバコを一本吸い終わったあたりで、リリちゃんはぽつりと呟いた。

 

 セリフの割に彼女は変わらずの無表情⋯⋯いや、少し満足げな表情をしている⋯⋯ニコチンパワーか。

 

 しかし声のトーンはいつも通りで、とてもこちらの答えを気にしているようには見えなかった。

 

 

「⋯⋯別に。幻滅できるほどあなたのことを知りませんから」

 

 

 そっぽを向いたままで答えるが、しかしこれは本心だった。

 

 

「へぇ?クーちゃんは優しいんだね?」

 

「そういうんじゃないですけど⋯⋯」

 

「⋯⋯一本あげよっか?」

 

「調子に乗るな」

 

 

 今の俺はどう見てもロリなのに⋯⋯この女イカれてる⋯⋯

 

 

「──私さ、たぶんずっとこんな感じなんだ」

 

「え?」

 

 

 リリちゃんはステッキを軽く振り、暗がりからこちらを窺っていたモンスターにビームを放ちながら、どこか諦念気味に呟いた。

 

 ステッキから放たれる眩い輝きが彼女を照らすが、しかしその表情は暗く無機質に見える。

 

 

「『まともに生きれない』って感じ。自分で分かっちゃうんだよね、そういうの」

 

 

 リリちゃんは出会った時と同じように、モンスターの死体に躊躇なく近づく。

 

 

「タバコもたぶん一生やめられないし、お金の使い方も荒くて、貯金とかできないし」

 

 

 彼女は自虐的に続けるが、モンスターの死体から魔石を取り出すその動作は少しの淀みもなく、言動とアンバランスなその姿はどこか狂気的にすら見えた。

 

 

「学校もあんま行ってないし⋯⋯親とも仲悪いしさ⋯⋯よし、取れた」

 

 

 魔石を取り出す際に血が跳ね、彼女の頬にはべったりとその痕が残っていたが、彼女はそれを素手で乱雑に拭っただけで、特に気にする様子もない。

 

 当然、彼女の腕も血に塗れているため、結局頬の血痕は悪化しただけだった。

 

 

「⋯⋯あっ、あと私酒癖も死ぬほど悪いと思う、まだ飲んだことないけど。なんかそう思わない?」

 

「失礼を承知で言いますが絶対そうだと思います」

 

 

 真顔で答えた俺にリリちゃんは「あはは」と笑って隣に戻ってくる。

 

 

「えっと、どこまで話したっけ?私は死んだ方がいい人間だってとこまでいった?」

 

「⋯⋯まだです」

 

「そっか」

 

 

 直観的にだが、リリちゃんはただ愚痴を言っている訳ではなく、この一連の独白には定められた着地点があると、俺は確信していた。

 

 しかしその着地点がどのようなものかは未だ判然とせず、それゆえ俺は安易に口を挟めない。

 

 

「まぁつまり、私は生きるのに向いてないんだ。できるだけ早めに死んだ方がいい人間なの」

 

 

 リリちゃんは二本目のタバコを取り出した⋯⋯まだ吸うのかよ。

 

 しかし、リリちゃんは取り出したタバコをすぐには咥えず、代わりに虚ろなため息を吐き出した。

 

 

「──でも、死ぬ決意を固めるより前に、気づいちゃった」

 

「⋯⋯気づいた?」

 

 

 あまりにもアレな会話内容に比べてずっと平坦で無機質だったリリちゃんの声色に、そこで初めて変化が加わった。

 

 それはどこか惜しむような、怒りをぶつけるようなやるせなさを孕み、そして彼女自身がそれを抑えようとしていると感じられるものだった。

 

 

「私は知っちゃったの。ダンジョンでなら私はチートみたいな『魔法』が使えて、他の人にはできないことが簡単にできちゃうって」

 

「⋯⋯」

 

「──私はその『おかげ』で、もう完全に死に損ねた」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

⋯⋯彼女の人生は、ダンジョンによって捻じ曲げられたのだろう。

 

 

「⋯⋯気づいちゃった才能を無視して生きていくことなんて、果たしてできるのかな」

 

 

 しかしそれを嘆くには、ダンジョンが彼女に与えたものは大きすぎて、そしてそれまでの彼女はあまりにちっぽけすぎたのかもしれない。

 

 

「私が配信者としてダンジョンに潜るのは、私にその才能があるから。他の人には倒せないモンスターを倒せて、その辺の人よりもお金を稼げるからなんだ」

 

「⋯⋯あなたは、それを嬉しくは思ってなさそうですけど」

 

「⋯⋯まぁ、今の私がまともじゃないのは自分でも分かってるからね。いつまでこれで稼げるかも分からないし、焦ってるっていうのもあるかも」

 

 

 そこで、リリちゃんはずっと俯いていた顔を上げ、こちらの瞳を真っ直ぐに見つめてきた。

 

 

「ねぇ──」

 

「──っ」

 

 

 その瞬間、俺は彼女の『着地点』を理解した。

 

 

「──『まともじゃない分野の才能があるって気づいちゃったまとも以下の人間』は、どう生きるべきだと思う?」

 

 

 視線を交錯させる俺達は、きっと今同じ直感を得ているのだろう。

 

 

「⋯⋯なんで、俺にそんなことを⋯⋯」

 

 

 彼女の質問が答えを求めるものではないことも、俺の言葉が時間稼ぎでしかないことも分かっていた。

 

 

「ふふ、だって──」

 

 

 当然、そんな俺の言葉は彼女にとって踏み台にしかならないことも、分かっている。

 

 

「──私達は似てるって、思わない?」

 

「──」

 

 

 きっと、今俺は動揺しているのだろう。

 

 彼女はずっと自分の話をしながら、その実俺のことを観察していたのだ。

 

 

「自分はダンジョンのおかげで⋯⋯もしくはダンジョンのせいで、未だに人間社会に溶け込めているだけの異常者だって、感じたことはない?」

 

「⋯⋯だま、れ⋯⋯」

 

 

──気持ち悪い。

 

 会って間もない少女に、自らの人間性をあっさり見透かされたことに、俺は隠しきれない恐怖と嫌悪を感じていた。

 

 

「ねぇ、君はダンジョンをどう思ってる?私は嫌い。ダンジョンさえなければ、こんな引き摺るような人生歩まずにすんだのにって、いつも思ってる」

 

 

 彼女は一歩ずつこちらに距離を詰めてくる。

 

 

「ねぇ、クーちゃん」

 

「⋯⋯ッ」

 

 

 俺の手は無意識に剣を強く握っていた。

 

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

 

⋯⋯しかし、それはあくまで握っただけ。

 

 

「⋯⋯ふぅー⋯⋯はぁー⋯⋯っ」

 

「⋯⋯クーちゃん?すごい顔してるよ?」

 

 

⋯⋯落ち着け、今の俺は冷静じゃない。クールになれ、アンガーマネジメントだ。

 

 俺は脳内で幼馴染のヒナを思い浮かべ、彼女に今の自分を戒めてもらおうと試みる。

 

 

『──はぁ、あんたって本当に愚かよね。他者に頼らなきゃ感情を鎮められないなんて、生物として欠陥品だって分かってる?そもそも、感情を抑えるためだけにここまで必死になってるって時点でもうありえないのよ。あとあんた一人称がブレすぎ』

 

 

⋯⋯よし、いい感じだ⋯⋯うん、ヒナはこの程度のこと普通に⋯⋯いや、ヒナはもっと言うかも⋯⋯他者を口撃する時のヒナは割と本気で恐ろしいから⋯⋯

 

 しかし、脳内幼馴染のお陰で俺は目の前の少女に対してある程度落ち着きを取り戻すことに成功した。

 

 

「クーちゃん、本当に大丈夫?的確に人格を否定されたような顔してるよ⋯⋯?」

 

 

 余計なお世話だよ。

 

 

『落ち着きなさい、沸点が低すぎるわ。そんな感受性で生きる一生はさぞグロテスクでしょうね』

 

 

⋯⋯よし。

 

 念の為もう一度脳内ヒナから口撃をもらって再度呼吸と心を落ち着けてから、俺は彼女の言葉に向き直った。

 

 

「⋯⋯俺とお前は、違う」

 

「え?」

 

「──だって俺は、『死にたい』なんて思ったこと一度も無いからな」

 

 

 俺は彼女を真っ直ぐに睨みつけ──

 

 

「──ごめんな、お前の傷を舐めてあげられなくて」

 

 

 冷たく、言い放った。

 

 

「──」

 

 

⋯⋯実際のところ、俺は未だに彼女を恐れているのだろう。

 

 口から出た刺々しい言葉は防衛本能の一種でもあり、それは半ば反射的に発したものだった。

 

 

「クー、ちゃん⋯⋯」

 

 

 それゆえ、ほんの一瞬だけ傷ついたように目を見開くリリちゃんに対して、俺はどうしても罪悪感を覚えてしまうのだった。

 

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯」

 

「⋯⋯あー、今のは⋯⋯なんて言うか──」

 

「──うーん?」

 

「⋯⋯は?」

 

 

 何とかフォローを入れようと口を開いた俺の言葉は、しかしいまいちピンと来ていない声色に遮られてしまった。

 

 

「別に『死にたいかどうか』は話の主題じゃ無いよね?」

 

「は?」

 

「死生観はともかく、ダンジョンに対する感情に関して、君は私の指摘を否定しなかった。ふふ、クーちゃんは律儀なんだね?たしかにそこは、私と違うところかも」

 

「え?いや、ちょっと俺の話を──」

 

「──でも、やっぱり似てるよ。私達」

 

 

⋯⋯反論から流れるように結論を出されてしまった。

 

 俺もさらに反論を返したかったが、しかしちょうどそこで、見覚えのある景色が目の前に広がってしまう。

 

 

「お、良かった。上がってこれたみたいだね」

 

「⋯⋯ですね」

 

 

 落ちた場所からは少し離れているが、しかしようやく同じくらいの高度まで上がってこれたようだ。

 

 

「⋯⋯」

 

 

⋯⋯まぁ、いいか。どうせこの人とはもう二度と会わないのだし⋯⋯『頑張ったけれど何も聞き出せなかった』みたいな感じで帰ったらヒナに謝ろう。

 

 

「それじゃあ私は行くね。クーちゃん、今度コラボしようよ。いつでもDMしてね」

 

「はい」

 

 

 絶対にしない。

 

 

「あっ、そうだ。クーちゃん」

 

「なんですか?」

 

 

 柔らかな笑みを浮かべ、軽やかに手を振っていたリリちゃんは急に動きを止め、俺の耳元へその口を近づけた。

 

 

「っ⋯⋯」

 

 

 美少女に急接近され、思わず心臓が跳ねる。

 

 彼女は内緒話をするように声を潜め──

 

 

「──ここの『ボス』はやめといた方がいいよ」

 

 

 そう、告げた。

 

 

「⋯⋯え?ボス⋯⋯?」

 

 

 今、リリちゃんは『ボス』と言ったか?

 

 

『我々は今回、このダンジョンのボスを──』

 

 

 思い出されるのはアレスさんの言葉。

 

──ダンジョン攻略組のコンセプトに因んだ固有名詞だとすら考えていた『ボス』を、リリちゃんも知っている⋯⋯?

 

 

「私達みたいなのには、辛いタイプのやつだったから」

 

「あっ、あの⋯⋯っ!それって──」

 

「──じゃあバイバイ。DM待ってるから」

 

「ちょっと待ってうわ足速いな!?!?」

 

 

 こちらが質問をする間もなく、リリちゃんは輝きを纏って走り去ってしまった。

 

 

「えぇ⋯⋯」

 

 

⋯⋯薄々感じてはいたけど、あの人自由すぎる。

 

 

「──あっ!いた!!いたぞ!!」

 

「ん?」

 

 

 しかし、呆気にとられる間も無く、聞き慣れた声に意識が引っ張られた。

 

 

「っ、皆さん──」

 

「──新入り!!」

 

 

 安堵を携え振り返った時には、ダンジョン攻略組のメンバーであるねこまたさんが目の前まで迫っていた。

 

 彼女はそのまま躊躇無く俺に抱きついてくる。

 

 

「わぷっ⋯⋯!?ね、ねこまたさん──」

 

「──お前マジでああいうの勘弁しろよぉ⋯⋯!ああいうのは心臓に悪いってマジでぇ⋯⋯!!」

 

 

 ねこまたさんは身体を震わせ、今までの緊張を全て吐き出すかのごとく言葉を重ねる。

 

 その声色には、もはや涙すら滲んでいるように感じられてしまった。

 

 どうやらかなり俺のことを心配してくれていたらしい。

 

 

「クーちゃん!無事で良かったです!!」

 

「アレスさん!皆さんもご無事で何よりです!」

 

 

 ねこまたさん以外のメンバーも確認できたところで、俺もある程度緊張が解けたようだった。

 

 

「あはは!クーちゃん血だらけじゃーん!ねこまたちゃんも泣きすぎでしょー!!」

 

「黙れヒマワリ!仲間とはぐれたら心配くらいするわ!」

 

 

 ヒマワリさんは俺の心配⋯⋯というよりは、涙ぐんでいるねこまたさんに爆笑していた。

 

 

「ぐすっ⋯⋯新入り、こいつのことは信用するな。こいつお前が落ちた時も普通に爆笑してたぞ。こいつの精神性は仲間なんかじゃない」

 

「ヒマワリさん⋯⋯?」

 

「えぇっ!?いやいや!あたしだって心配してたよ!?ねぇオリヴィア!?」

 

「許してやってくれクーちゃんさん、ヒマワリは根本的に危機感が薄い人間なんだ。本人に悪気は無い」

 

「フォローになってないよ!!」

 

「⋯⋯⋯⋯」

 

「く、クーちゃん⋯⋯?怒ってる⋯⋯?」

 

 

 お互いを気遣い、賑やかに会話をする。

 

 以前の俺にはほとんど経験のなかった状況に、思わず俺は笑みを零していた。

 

 

「いえいえ、皆さんと無事合流できて本当に良かったです」

 

 

 ヒマワリさんに美少女スマイルを向け、心からの本心を口にする。

 

 

「うぅ⋯⋯っ!さすがクーちゃん⋯⋯!!聖人、可愛い、推せる⋯⋯!!」

 

 

 アレスさんは何故かボロ泣きしていた。相変わらずこの人は面白いな。

 

 

「⋯⋯あー⋯⋯なんつーか、その⋯⋯新入り?」

 

「⋯⋯?ねこまたさん?」

 

 

 再会を喜びあっていると、ねこまたさんがもじもじとこちらを窺っていることに気がついた。

 

 

「あ、あのねこまたさん?この体勢、そろそろ恥ずかしいんですけど⋯⋯」

 

 

⋯⋯いや、というか未だに抱きつかれているので気づかざるを得なかったのだが。

 

 ねこまたさんは視線を右往左往させた後、意を決したようにこちらと目を合わせる。

 

 

「──その⋯⋯今までキツく当たって悪かった。さっきはありがとう⋯⋯た、助けてくれて⋯⋯」

 

「⋯⋯え?」

 

 

 俺は思わず驚いてしまった。

 

 まさかここまでストレートに感謝を伝えられるとは思っていなかったのだ。

 

 彼女を助けた時に思い描いた理想の未来図が、今俺の目の前に広がっている。

 

 

「⋯⋯うぅ⋯⋯っ」

 

「え?し、新入り!?泣いてるのか⋯⋯?」

 

「ねこまたちゃんのが感染(うつ)ったんじゃない?」

 

「黙れヒマワリ!そもそもボクは泣いてねーよ!?」

 

 

⋯⋯色々あったが何はともあれ、結果として俺とねこまたさんの関係は少し改善されたのだった。

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