クローン姉妹の生きどころ 作:涙で濡れた枕
これは、夢だ。
オレが転生する前の、何気ない夢。
両親がいて、友人がいて、恩師がいて。
今日起きたくだらない出来事を両親に話して、クソほどくだらない冗談を友人と交わし、くだらない夢を恩師に語る。
ありふれた日常。けれど、オレはそれがどれほど幸せなことか、知っている。
普通に暮らして、普通に過ごして、それで、普通に死ぬ。
それがどれほど幸福なことか。
オレは知ってる。
だからオレは、それを求めてる。
普通を。
日常を。
だから、オレは………。
「やあやあハトちゃん。体調はどうかな?」
ドライにフュンフの銃で腹部を撃ち抜かれたオレが、次に目を覚ました時、目の前にあったのは、この世で最も嫌いな男の顔だった。
腹部には包帯が巻かれており、どうやら処置済みのようだった。
「って、めぇ…!」
激情のままに男に拳を振おうとする。が、オレの腕が動くことはなかった。
動かそうとしても、ジャリジャリ、と、無機質な鎖の音が響くだけで、オレの手が男の顔を殴る打音が空気を震わせることはなかった。
「とんだ暴れ馬だ。念の為鎖で繋いでおいて正解だったね。ごめんね、手荒な真似をしたとは思っているよ。僕だってこんなことしたくないんだ。けど、ここで働いている職員達の安全を考えたら、こうするしかなかったんだ」
美しい金の髪色に、垂れ目気味で穏やかな雰囲気を纏う、美形な男。
物腰柔らかく、甘い声でこちらに安心感を与えるように振る舞っている。
が、こいつの本性は最悪だ。
オレ達クローンを利用して、とんでもないことを計画していた、極悪非道のマッドサイエンティスト。
名をシェイプ。
この研究所の責任者でありながら、第一人者でもある、狂気に取り憑かれた研究者だ。
「それで、脱走しようとしたモルモットに与える罰はなんだ? 死か?」
「物騒なこと言わないでよ。僕がハトちゃんにそんなことするように見える? だとしたらがっかりだなぁ。僕はむしろハトちゃんを守ってあげようとしているのに」
まるで当たり前のように、平然と嘘をつく。
この男の言葉は、何一つとして信用できない。
「いい加減仲良しごっこは終わりにしたらどうだ? 主任さんよ」
「やあアルド君、どうしたのかな?」
「友好的に接して、優しくしてやりゃあ従順に従ってくれるって理屈、唱えたのあんただったよな? 結果はどうだった? ほとんどが脱走。施設に残ったのは4つだけ。あんたの理屈は正しくなかった。いい加減、猫被るのはやめたらどうだ?」
「猫を被るだなんてとんでもない。僕は振る舞い方を改めるつもりはないよ。なんていったって、僕はハトちゃんの味方だからね」
オレに顔を向け、ウインクをしながら、そう語るシェイプ。
………気持ち悪い。よくそんな嘘が吐けるもんだ。
オレ達のこと、利用しようとしている癖に。
「ま、いいか。とにかく、ここに俺を呼んだってことは、俺のやり方を通してもいいってことなんだよな?」
「そうなるね。君のやり方で、ハトちゃんを躾けるといいさ。ごめんねハトちゃん。僕も本当は手荒な真似なんてしたくない。したくないんだけどね、でも、ハトちゃんがわるーいことしちゃったから、僕はハトちゃんの親として、ちゃーんと躾けてあげる義務があるんだ。だから、怖い思いをするかもしれないけど、頑張って耐えてね?」
気持ちの悪い喋り方をしながら、シェイプの体はまるで分解されるかのように粉々になっていき、その場から消えていく。
……やっぱり偽物だったか。
本物のあいつは、今頃本職の研究に没頭しているところなんだろう。
「……さてと。おいグズ。お前、覚悟はできてんだろうな?」
「貴重な実験モルモットの脱走を許した傭兵崩れに向ける覚悟はねえよ」
「言うじゃねえか。前々から生意気な奴だとは思ってたんだ。こっちが下手に出てるからって言い気になりやがって!!」
研究所が雇った用心棒、アルドはオレの体を殴る蹴るなどして、オレの精神を屈服させようとしてくる。
が、暴力には屈しない。力で従えることしか頭にないような奴の下につくつもりなど、オレには毛頭ないのだから。
腹部が赤く染め上がっていく。
おそらく、ドライに撃たれた傷口が再び開いたのだろう。
が、関係ない。
「そう…やって、ただ、力を振るうことでしか……自尊心を、満たせ…ないん…だな、お前…は」
「ふん、その態度がいつまで続けられるか、みものだな」
「ああ、吠えて…ろよ三…下。オレは…いくら暴力を振るわれようと、……お前らの……思い通りになって……やるつもりは……ない! ごふっ……幸い、オレを縛るものは…もうないからな。フュンフの奴も…裏切りやがったし、他の……2人も……最初からオレをハメるつもりだった!! がはっ……ごふっ……。へっ、あんなクズどものことなんか……放って……おいて、こんな……場所……さっさと……抜け出してやるよ!!」
アルドは馬鹿だ。脳筋という言葉がこれほど似合う男はいない。だから、オレが言った言葉は、そっくりそのまま、アルドの脳に刻まれる。
オレがフュンフに裏切られたということは、アルドにとっては紛れもない事実として脳内に刻み込まれるのだ。
これでいい。オレが反抗的な態度をとって、暴力を振るわれて、そうすれば、アルドは冷静な状態じゃなくなる。刷り込みは簡単だ。
「ああ、抜け出せるといいなぁ? ま、お前だけは何があっても逃すつもりはないけどなぁ……! 一生ここで飼い殺してやるよ」
アルドはオレの髪を掴み引っ張る。髪が傷んでしまう、将来はハゲるかもな、なんて、どうでもいい思考を巡らせて冷静さを保つ。
痛みに呑まれるわけにはいかないからな。
オレはアルドの顔を睨みつける。
反抗的な態度を取り続けていれば、アルドのヘイトはオレにしか向かない。
これなら、こいつの怒りの矛先を、フュンフ達に向けないで済む。
「ちっ、本当に可愛くない奴だな。俺の躾けがまるで効く気がしねえ。……こりゃ要相談かもな。……おい、今日のところは終わりにしといてやる。だが、明日は覚悟しとけよ?」
もう少し嬲られるものだと思っていたが、予想に反して、アルドはオレへの躾をこれで終わりにすることにしたらしい。
血で汚れた手をぱんぱんと払いながら、アルドはオレのいる真っ暗な部屋から立ち去っていく。
「クソ……野郎が……」
殴られた場所が痛む。血も滲んできた。手加減というものを知らないのか、あいつは。クソが。
まあ、間違ってもオレが死ぬことはないだろう。何故かって? シェイプがそうさせないからだ。
「アハト………」
アルドが去ってから暫く後、入れ替わるようにオレの目前へとやってきていたのは、オレと同じクローン人間の1人、フュンフだった。
「フュンフ、どうした」
「血が……」
「ああ、これ、か。別に……気にしなくて……いい……。どうせ……シェイプが……なんとかする……だろ」
「アハト……すまない……。お前は、私のせいで、沢山傷ついて……」
「だから……気にするなって……そうや……って……変に……罪悪感…持たれる方が、嫌だっつの……」
オレが左目を失ったのも、ある種フュンフが原因とも言えなくもないからな。別にオレはなんとも思っていないが、フュンフからすれば、オレはフュンフのせいで左目を失い、フュンフを庇ってここまで血みどろになっているわけなのだ。
何も思うなという方が無理あるんだろう。
けど、オレはそういう辛気臭いのは嫌いだ。
だから、そんな顔をしないでくれよ。
「なあ、今からでも、私も脱走しようとしたって、伝えた方がいいんじゃないか? そうすれば、少しはアハトの負担も……」
「馬鹿が! ごふっ! げほっ………馬鹿なこと……言うんじゃ……ねえ。そんなことされても…はぁ………嬉しく………ねえよ」
「ご、ごめん…。せっかくアハトが体張ってくれてるのに、馬鹿だよな、私……」
そうだよ。オレが銃で腹を撃ち抜かれた意味がなくなるだろうが。
それに、シェイプ達からしても、フュンフにお仕置きしてる暇なんかないだろうしな。
詳しくは知らんが、おそらくこの施設の所在地や計画は公開されているわけではなく、その実験は秘密裏に行われているはずだ。
だが、キューレやアインス達が施設から抜け出した以上、その情報が外に流出しても何らおかしくはない。
つまり、外部からこの施設の研究をよく思わない連中が、ここを潰しにかかってくる可能性だって考えられる。
そうなった場合、外部の連中に保護してもらうと言う手もあるが、まあ、そいつらがまたオレ達を利用しようとする可能性がないとも言い切れないし、研究をよく思わない連中なら、クローンの存在も許容できない連中の可能性もあるだろう。そうなりゃ待ってるのは死だ。
だから、オレ達には、どさくさに紛れてここから逃げる必要がある。
なら、その時のために、できるだけ体力は温存しておくべきだ。
「なあ………フュンフ」
「なんだ?」
「絶対に……抜け出す……ぞ……オレ……達で……」
「………ああ! そうだな……。絶対にここから、出て行こう。そしたら、アハトもこれ以上傷付かなくて済むだろうから…」
ああ、オレは屈してなんかやらない。
痛みが何だ。裏切りが何だ。
オレはずっと、普通の日常を送ることを夢見てる。
オレは幸せを知っている。だから、絶望したりはしない。
どこまでも食らいついてやる。
曇らせものって主人公が愉悦部かメンタル弱者か楽観思考風で実は本人も曇りまくってる信頼できない語り手型とかがいると思うんですけど、個人的には頑張る子が好きなので、本作の主人公はメンタル強者でお送りいたします。