とある個性の禁書目録 作:とある作者の狂人編集
気がついたら、どっかの山林だった。辺りを見渡す。シェルターの残骸があった。体を見る。真っ裸。
空を見上げる。快晴。昼。おそらく爆発で、シェルターが破壊されて、どこかに飛んだのだろう。ロケットみたいに。
一歩間違えば、内側から噴き出す魔力で肉体が弾け飛ぶ所だった。第二の人生終了間近だった。
回避方法は、魔力に方向性をつけることだ。左手の平に爪で魔法陣を描いた。肉を抉った。血が出た。酔っぱらっていたから痛みはなかったが、素面ではできそうにない。その魔法陣を地面に向けて、発射。結果、ロケットみたいになった。
「ツッ!?」
痛い。歩く教会が今まであった。久しぶりに感じる痛み。これは痛い。左手を見る。手首から先がない。傷口は焼け切れたようになっており、わずかの出血のみ。よくこれで済んだものだ。身体を触診する。所々、内出血している。打撲痕。命に別状はない。
さてと、急ぐか。ヒーローが来る前に。
住宅街に出た。流石に裸で街に出る気はなかった。しかし、そうも言ってられない。まずは服を探したい。
ルーン文字には、神隠しの効果を持つものがある。それを大きめの葉っぱに刻んで持ち運ぶ。
ルーン文字。その中でも、神隠し。気配を断つ魔術。
なぜこれを雄英高校潜入時に使わなかったのか。答えは簡単です。舐めてました。正面から行けると勘違いしていた。傲り。
一度負けた相手を殺すことができ、さらにナンバーツーヒーローから逃げ切った。それだけの結果に、鼻が伸びていた。
もう二度と、慢心はしまい。
それに、このルーン文字は、気配を断つことはできるが、これだけでは、姿は隠せない。他と組み合わせないといけない。不便だ。カメラには映ってしまう。意味ない。
もう少し時間があれば姿を消せる魔術を実装できたかもしれないが、勘が長居を許さなかった。でも、しないよりはマシ。
ササササッと、壁に伝って移動。そろりと角を覗き。いなければ、進み、人がいれば後退。地道。
壁が高い。この身体では登れない。どこか侵入できそうな、民家はないか。
人がいた。こちらに来ている。後退。後ろの角に戻り、覗く。人がこちらに向かってきている。挟まれた。逃げ場がない。壁と壁に挟まれた道。
こういう可能性はあった。じゃあどうすればよかったのかと聞かれると困る。
はた、と見ると、目の前の民家の壁に扉があった。同色で見分けがつかなかったが、確かに扉だ。引き戸。鍵がかかっているかもしれない。
ええいままよ、と扉に手をかけた。素直に開いた。中に入った。扉を閉めた。一息吐く。
「あら? 誰?」
おばあちゃんがいた。人に見つかった。武器はない。素手だけだ。殺せない可能性が高い。武術なんて知らない。
「あらあら、裸で。どうしたの? 何があったの?」
これのどこが強キャラムーブだ。クソ。悔しい。涙が出る。
着の身着のまま。服さえない。当然、折角作った霊装は全て奪われた。魔術道具も、武器も、全て。
目がぼやける。泣いている暇があればこの状況をどうにかしようと思わないのか。泣いている暇なんてない。
突然、抱きつかれた。
「大丈夫よ。心配しなくても、ここに敵はいないわ」
頭を撫でられた。優しく柔らかく丁寧に。
頭の中で何かが切り替わる感触。淀んだ毒が溶けて流れていく情景。10万3000冊の知識はそのままに、確かな鼓動が安心させる。
私は歯を食いしばった。泣いてはダメだ。泣いたら何かが変わってしまう。しかし、11歳の身体では感情は抑えきれない。おばあちゃんの胸で嗚咽し、それがきっかけで声を上げて泣いた。
連日の疲れもあったのか、泣きつかれたのか、私は眠ってしまった。
〜〜〜〜〜
目が覚めると知らない天井だった。木目の美しい、なんか良さげな木材だろう。
顔を横に向ける。畳。日に焼けた古い畳ではなく、この間替えたばかりのイ草の香りがする。
起き上がろうとして、左手に激痛。見ると、手首から先がない。簡易的な手当はされている。意味はないが。現実。そして、思い出す。昨日は寝てしまったのだ、と。
襖が開いた。
「あら? 起きた?」
「え、っと。はい、あの」
「とりあえず、疑問はあるだろうけど、先に食べてからにしてね」
おばあちゃんの手には食事。卵雑炊っぽい。お腹が鳴った。
「ふふふ。はい」
「あ、ありがとうございます」
「いいえー」
右手で匙を持つ。掬って、食べる。うまい。特別上手な料理とは言えないが、今まで食べた中で一番うまかった。
無我夢中で食べた。
「ゆっくり食べてね」
おばあちゃんはそう言って微笑んだ。
食べ終わり。服を着ていることに気がついた。服まで着せてもらったようだ。子供服。
「ごちそうさまでした」
「おそまつさまでした」
食器トレーを脇に置き、おばあちゃんはニコニコしていた。こんな笑顔を向けられたのは、初めてかもしれない。居心地が悪い。そう、初めて。
今思うと、前世は碌でもなかった気がする。両親に恵まれていなかった。よく覚えている。そう、碌でもない
気がする、というのは、その家族形態しか知らなかったからだ。碌でもない、という発想は、アニメや漫画を大人になってから見てそう思った。
今世の親は、おそらく平凡。これも創作物での予想。しかし、ヴィランに殺された。
孤児院は、大勢いた。全員に平等というのは不可能。よって、格差があった。
さらに、その時私はすでに10万3000冊に汚染されていた。よって、たとえ幸せな食卓だったとしても、全員殺しただろう。
おばあちゃんを見る。ニコニコしていた。
「あなた、ヴィランでしょ?」
背筋が伸びた。
「……なんのことやら」
「嘘よ。だって、テレビでやってたんだから。あなたの写真が出てたわよ」
「……他人の空似、というのは?」
「あら、じゃあ、身元不明の子供として警察に連れていきましょうか?」
「はい、私はヴィランです。インデックスです」
ふふふ、とおばあちゃん。笑う所か?
しかし、このおばあちゃんは私をヴィランと知って通報しないでいた。何かあるのだろうか? 何か要求されたり臓器売らされたり。
「悪いけど、あなたが考えているようなことでもないわ」
「!? 心が読める個性!?」
「顔に出てたわよ。顔青白くなってたわ」
ふふふ、とおばあちゃん。
「じゃあ、なんで……もしかして、おばあちゃんもヴィラン?」
「違うわ。一般人よ。ヴィランでもヒーローでもない」
「じゃあ、ホントになんで?」
うーんと、と陽気に悩むおばあちゃん。
「どこから話したものかな?」
少し困ったような様子。
「私、余命が宣告されてね。そろそろ死んじゃうの」
あっけらかんと言った。ふふふ、とおばあちゃん。
「口を開けちゃって」
私はいつの間にか開いていた口を閉じた。先を促す。おばあちゃんが続ける。
「だからね、誰かに、殺されたいの」
「……………………………………正気?」
「ふふふ。ヴィランのあなたに言われるとは、長生きするもんだね」
私は咳払いをした。
「そこまでに至った、思考回路を説明してほしいかも」
ふふふ、とおばあちゃん。
「簡単よ。私は、病気が嫌いなの。だから、その病名が何であれ、病気で死ぬのだけは我慢ならないのよ」
「………………………………子供?」
死柄木を思い出した。死柄木は気に食わないからオールマイトを殺したがっていた。子供だ。それが悪いとか正しいとか関係なく、子供だと思った。
このおばあちゃんにはそれを感じた。
一旦一息入れよう。左手をさする。
「とりあえず、左手を治したいな」
祭壇を用意した。ちゃぶ台に血の魔法陣を描き、お菓子の箱やコイン、人形などでこの部屋を再現する。人形を用意した。人形の左手首から先を引き千切ってもらった。祭壇に置いた。おばあちゃんの代わりの人形も用意した。おばあちゃんは不思議そうに見ていた。軽く説明する。
「今から、魔術というものを使うんだよ」
「魔術?」
「まぁ、個性よりも万能だけど、扱い辛い不思議な現象のことだよ」
なるほど、とおばあちゃん。納得するの早すぎ。
「今から行うのは回復魔術。この部屋の状況、特に現在の私の状況と同じ人形を用意して、その人形を治すことで、怪我を治す」
「でも、あなた。左手がないわよ? くっつけるのは不可能でしょ? ないんだから」
「なければ、作ればいいんだよ」
裁縫の腕はある。前世からインデックスの衣装を作ってきたからな。コスプレとして。だから、おばあちゃんにも裁縫道具を用意してもらったのだ。
魔力を込める。今日の星座と正確な時間・日付。これさえあれば、祭壇を構築できる。柔軟に、臨機応変に祭壇はその時々で変化するのだ。
「まずは、この部屋とこのミニチュアをリンクさせるんだよ」
歌を歌う。幸い、肺も喉もやられていない。おばあちゃんにも協力してもらって一緒に歌を歌う。聖歌だ。
祭壇を構築し、祭壇を維持するためにおばあちゃんには歌い続けてもらう。私は、人形の腕を作る。
左手がないから右手と口で。針と糸、布を駆使して、人形を修理していく。
なんとか成功。みるみるうちに腕が戻る姿は、不思議だった。やはり知識と経験では違うようだ。
左手をグーパーグーパーする。ちょっと違和感はあるが、概ね血管も神経も筋繊維も通っているようだ。
おばあちゃんは不思議そうに見ていた。私は少し恥ずかしくなって、話題を変えた。
「で、殺してほしい、って話だったけど……」
「あ、そうよ。ふふふ。もう殺してくれるの?」
ちょっと考えようとすると、チャイムが鳴った。身体が強張った。はーい、とおばあちゃん。階段を降りて向かう。私は潜む。
どうもヴィランの話だ。ここら辺にヴィランが来たということで、警戒してほしい、とのこと。十中八九、私のことだろう。
おばあちゃんは、はいありがとうございます、と見送って戻ってきた。
「あら、見て、この写真。あなたよ」
確かにチラシには私の顔が分かりやすく載っていた。情報提供求む。うんざりする。このままここを出てもすぐに捕まるだろう。せめて霊装を作る時間は欲しい。
しかし、さっきみたいに警官がやってくるとも限らない。その時に追い払ってもらう役が必要だ。
「そうだ。殺す代わりの対価をもらいたいかも」
「あら? 何かしら?」
「しばらく、ここに住まわせてほしいかも。出ていく時、殺すから」
ふふふ、とおばあちゃん。わかったわ、と承諾してくれた。
それから二週間、奇妙な同居生活が始まった。
最初の一週間は素材探し。深めのフード付き服があったので、それでおばあちゃんと外出。見つかるリスクはあるが、早く出たいのも事実。材料を集める。店になければ、路端、山林、川緑など。10万3000冊の知識がある上、子供の時に読んだ植物の本や動物の本、鉱石の本などから参照し、最適解を選ぶ。
計画としては、二週間で、【歩く教会】【アンデレの十字架】【タロットカード】【ルーン文字カード】などを作りたい。また聖人の力を制御する道具も必要だ。大量の十字架も必要となる。二週間後に、蠍座のアンタレスが一番輝く。それが魔術的に最適なのだ。
朝ごはんはおばあちゃんが作ってくれて、食卓での会話は決まって「本当に殺してね」という熱烈なラブコール。午前は近所のスーパーで買い物。昼食に一旦帰り、午後は山林や川緑などスーパーに売っていない材料探し。日が暮れたら帰って、夕食後入浴済ませて、道具や霊装、祭壇構築の下準備。料理で言うと下ごしらえ。
そんな毎日を一週間。
おばあちゃんは近所の人からも変わり者として扱われていた。まぁ、言動が飛んでいるからだろう。ヴィランに自分の殺害を依頼するなんて正気じゃない。
私はおばあちゃんの親戚の子ということになった。
時々、アイスクリームを奢ってくれた。アイスを何個も食べる私に微笑みを向けるおばあちゃん。不思議な感覚だった。
「明日から祭壇造りだから、部屋に閉じこもるんだよ」
「あら、そうなの? 食事は?」
ちょっと悩む。このおばあちゃんの食事はめちゃくちゃ美味しいという訳でもないが、好ましい味だ。私が悩むくらいには。
「えっと、簡単に食べれるものを……」
「わかったわ」
気にしないようにしていたが、この家には仏壇があった。年老いた男の人と、まだ若い女の子。女の子は私くらいの年齢かもしれない。
きっと、私と女の子を重ねている所があるのかもしれない。だから、助けた。可能性はある。
でも、それを聞く気にはなれなかった。
祭壇構築の準備に取り掛かった。
他の霊装や武器はほぼ完成している。あとは、月の光だけを浴びせるものと、太陽光のみを取り込むものとで出し入れを忘れなければ良い。
しかし、【歩く教会】は別だ。
服だから先に裁縫をして原型を作れば良い。と発想する者もいるが、それだと意味がない。
服の一針一針、布の一枚一枚。縫い方も布を切るタイミングも針を通す場所も時間も正確に完璧に、星座も考慮して、時間帯も気にして、七変化する場所の環境構築も毎度作り直して、初めてできるものだ。
最強の盾の作成時は、隙を与えてはダメだ。
最初は失敗した。二度目は邪魔が入った。三回目でようやく完成。
そして、今回で四度目の作成。魔術とは再現性が圧倒的に低いものが多い。日時。その時々の場所、その他条件。それに時間がめちゃくちゃかかる。不合理極まりない。
でも、扱えれば、最強になれる。強キャラムーブができるのだ。
そして、もう一週間が過ぎた。世間では夏休み終盤だろうか。興味はない。その時に、【歩く教会】は完成した。
着てみた。サイズもぴったし。もっと言うと成長していないことになる。作る前に採寸はしていたが改めて嘆く。
「あら? いい服ね」
一階に降りて、おばあちゃんに見せる。少し満足。得意になる。
「そうなんだよ。これが私の最強の盾、なんだよ!」
少し子供っぽかったか。ふふふ、とおばあちゃん。この笑い方にも慣れた。
「じゃあ、殺してくれるのね」
そして、呆れる。ここまで来ると呆れる。溜息。
「えっと、おばあちゃん? 私の魔術なら、おばあちゃんの病気も治せるかもしれないんだよ? そこの所、わかってる?」
そうなのだ。できない訳じゃない。ちょっと触診や採血、などした結果、タイミングがあえば死ぬ前に魔術で一度試せる。まぁ、失敗する可能性もあるが。
「ええ、だから、失敗よりも確実に殺してもらうのが一番なの」
「それに、生きていると、また病気にかかるかもしれないでしょ?」
はぁ、と苦笑い。
「でも、まだダメ。もう一日必要なんだよ」
「あらそう? それは残念ね」
そして、久しぶりに食卓についた。飯は美味かった。
次の日、おばあちゃんはいよいよ私が出るということで、おめでとうパーティーを開こう、と言ってきた。私としては食べられれば残り物でもよかったが、まぁ乗り気なので、午前中買い出しに見送った。
最後に作っているのは、【ロンギヌスの槍】【ゴルゴダの十字架】【ヨセフの聖杯】。それぞれのレプリカの雛形だ。
この三つは、原作で再現するのが不可能だと言われている。たとえレプリカだとしてもほぼ不可能。しかし、私は【神の子】と似通った魂を持っている。死んで生まれ変わるとは、それだけ魔術的には意味が強いのだ。
ただし、これには必要なものがある。
命だ。それもそんじょそこらの命じゃない。最も神聖な魂を持つ肉体の死。
それすなわち、私の死。
でも、私は死にたくない。人を殺すのは別にいいのだが、自分は助かりたい。あわよくば、強キャラムーブできれば良い。前提として自由であることが重要。
なら、代わりを用意すれば良い。誰の命なら良いか。簡単だ。この世界で、次に神性が高いのは、オールマイトだ。
オールマイトは国民から、世界から賞賛されている。宗教にも近い、畏敬、崇拝。それを、十字架で磔、槍で刺し殺し、聖杯にその血を注ぐ。
こうすれば、三つの霊装が完成する。
チャイムが鳴った。
(ん?)
おばあちゃんはまだ帰ってきていない。まぁ、居留守を使おう。
チャイムが鳴った。無視。三回目。無視。四回目。しつこい。五回目で、フードを深くかぶり、玄関に向かう。
「……はい」
「あ、葛城幸子さんのお宅でしょうか?」
「……」
……そう言えば、おばあちゃんの名前を知らない。おそらくおばあちゃんの名前だろう。頷いておく。
「その、葛城幸子さんが病院に運ばれました」
ああ、なるほど、そろそろ向こうも寿命か。そしたら、早めに殺しておいた方がいいな。折角ここまで良くしてもらったんだ。恩返しくらいはしておこう。ご飯もおいしかったし。
まぁ、殺したらもう二度とあのご飯は食べれないのだが。
少し胸がチクリとした。
「えっと、発作か何かですか?」
「いえ、ヴィランに襲われて」
「え」
急に足元が崩れるような錯覚を覚えた。
病室についた。入ると、おばあちゃんがいた。先程緊急治療室で手術が終わったばかり。命に別状はないらしい。しかし、意識は戻らない。ヴィランは捕まっていない。
傍に立った。椅子に腰掛けた。手を握った。
「何やってんだろ……私」
人が死ぬのは当たり前だ。というか、殺してきた側だ。当然知っている。
しかし、ヴィランに襲われて意識不明と聞いた時は、何か、こう。嫌だった。快不快で言うと、不快。喜怒哀楽で言うと、怒り。何に対しての怒りかは不明。ヴィランにか? 今まで私は殺す側だった。それも快楽殺人だ。しかし、殺される側になって、怒りが湧くというのはなんと情けない。そうじゃないと思いたい。
「あら?」
「ん? 目が覚めた?」
「ええ。ここは?」
「病院」
「ああ、……生きてたのね」
その表情はなんだ? 嬉しそうな残念そうな顔は。イラッした。どうもおばあちゃんに怒りを向けていたことが判明した。しかし、理由は不明。
「ま、無事でよかったんだよ。じゃあ、私は霊装作成の続きに戻るから。ばいばい」
「待って」
手を取られた。振り返る。おばあちゃんは悲しそうな顔をした。どうして?
「ちょっと話を聞いてほしいの」
「う、うん」
なんだか真剣な顔で、つい椅子に座り直す。
「娘を病気で亡くしたの」
「それは、まぁ……何となく知ってた、よ」
「ええ、あなたと面影を重ねたわ」
「そりゃどうも」
でもね、とおばあちゃん。
「あなたと接するうちに、あなたはあの子の妹なんじゃないか、と思うようになったわ」
「……たった二週間で?」
「ええ」
それもあるのかしら、とおばあちゃん。
「死ぬのが怖くなった」
黙るしかなかった。しかし、おばあちゃんは続ける。
「もちろん、前から病気で死ぬのは怖かった。でも、あなたが来てから、あなたに殺されることを思うと、なんだか待ち遠しくなったのよ。だから、死ぬこと自体は恐れていない」
「うん。病気で死ぬのが嫌なんでしょ?」
「ええ、それと追加で、嫌なことができたわ」
「何?」
にっこりとおばあちゃんは笑った。
「あなた以外に殺されるのが嫌」
頭が真っ白になった。
「だから、お願い……早く、あなたの手で殺して……私が誰かに殺される前に……っ!」
狂っていると思う。理路整然としていない。私は黙ったまま、ナースコールを押した。その後、すぐに帰った。
霊装を片付け始めた。殺す気が失せた。別に殺したくて殺した訳じゃない。ただ、私の思い描く、自由なヴィランと強キャラムーブをしたかっただけ。殺しは、その手段でしかない。
別に殺さない方法もあったかもしれない。それで自由なヴィランと強キャラムーブが実現できたかもしれない。
まぁ、もう殺し以外の手段が思いつかないが。私も重度に狂ってる。
バッグも持った。武器も持った。
そして、どこに行こうか。
トボトボトボ、と歩く。すでに歩く教会を着ている。目立つ格好。しかし、今度は目隠しのルーン文字を刻みつけたカードを貼っている。これは私が10万3000冊の中から取り出したのではなく、新しく見つけたルーン文字だ。
理論上、あり得る文字がいくつかあるのだ。それで見つかっていない文字を見つけただけ。数学の定理みたいなものだ。まぁ偶然発見したのだが。
歩いていると、いつの間にか病院にいた。無意識だった。
流石にわかった。わかってしまった。こんなことは初めてだ。しかし、自覚すると、悔しさと悲しさと怒りと、虚しさが去来する。
私はおばあちゃんを大事に思っている。
なんて身勝手なのだろうか。生きていて欲しいと思ってしまった。
ため息をついた。悲鳴が上がった。
顔を上げた。あの方向は、おばあちゃんの病室がある方だった。嫌な予感がした。
「ヴィランだっ」
誰かが叫んだ。私は駆けた。横目で見る病室や廊下はどこも扉が開いて、血がべったり。
目の前でちょうどおばあちゃんの病室に入ろうとしていた不審者。あきらかに異形種のヴィラン。横っ面に魔力を込めたルーン文字カードを叩きつけた。意味は、火と剣。火炎が上がった。勢いよく弾けて、ヴィランが飛ばされた。
私は急いで病室に入った。おばあちゃんが震えていた。
「おばあちゃん!」
「その声は、インデックスちゃん?」
目隠しのルーン文字カードを剥がす。姿がたぶん見えるようになった。
「おばあちゃん心配しないで、私が何とかするから」
ホッとした様子のおばあちゃん。
「何が心配しないで、だ」
振り向く。ヴィランがいた。
「まったく、誰だガキ?」
「お前に名乗る必要はないんだよ」
「なんだと! ……って、ガキ。お前インデックスだな。ヴィランじゃねーか」
まったく有名なのも不便だな。自由じゃない。
「お前がインデックスなら、俺と協力しねーか?」
「協力?」
「ああ、俺はな、病人が大っ嫌いなんだ。医療費がかさむし、国の経済にも悪影響だ。俺は病人を片っ端から殺して、国に貢献したいと思っている。どうだ? 崇高だろ?」
私は呆れた。破綻者だ。そんなくだらないことのために、私の大事なものを奪われようとしていた。
……いや、あれは私だ。
私は今まで人を殺してきた。それは、どこかの誰かの大切な人を奪う行為だった。
そんなことに気が付かず、私は強キャラムーブをするために、殺した。うん、サイテーだな。
だが、それでも私は強キャラムーブをしなければならない。いや、それが私のあり方として正しいと信じていなければならない。
なぜなら、それが私の宗教防壁だからだ。10万3000冊の汚染から私の精神を守るため、汚染にさらされながら構築した宗教観だ。宗教防壁がなければ、私は10万3000冊の汚染で狂気に染まり、精神崩壊していただろう。
宗教観は簡単に変えられない。それは頭から信じているものをまず否定する所から始めなければならないからだ。つまり、宗教防壁を一度壊す必要がある。違うのを再構築するのは時間がかかる。
それは、10万3000冊の汚染に常にさらされている私にとって、致命的だ。
だから、私は強キャラムーブをしなければならない。そして、それには強い敵を殺すというサイコパス的な行動が必要だ。
孤児院や施設での惨殺は、そのための贄だ。
いや違う。そう植え付けられたのだ。自分自身から。
ダメだ。否定してはダメだ。あの狂気に浸りたくない。あの甘美で邪悪で救いのない絶望。あんなのは精神が保たない。だから、苦しみながら宗教防壁を作ったというのに、ここで壊したら、また振り出しに戻る。
「なんだ? 苦しそうじゃないか。まさかビビってんのか?」
客観的になる。汗が大量に流れている。手足が震えている。歯がカチカチ鳴る。怖い。10万3000冊の汚染が怖い。
「ハッ、しょせんこの程度か。ニュースはあてにならないぜ」
近づいてくるヴィラン。私は動けない。その時、ふふふ、とおばあちゃん。ヴィランが眉をひそめた。
「あ? 何がおかしい、ババァ」
「いえね。おかしくって」
「だから、理由聞いてんだよ」
だって、とおばあちゃん。
「インデックスは、あなたの何倍も強いのよ? この子の努力を見てきた私だからこそ、言えるのよ」
何かが崩れた。10万3000冊の脅威が頭に流れていく。狂気が絶望が、救いのない精神世界。そして、そんな汚染まみれの空間で、私は笑った。
「あ? な、なんだよ、お前」
「パンドラの箱」
「あ、あ?」
「この世の最悪が解放されたんだよ。私は、今壮絶に気分がいいかも」
だって、と私。
「箱に残るのは、希望だから」
はぁ? と言ったヴィランは真っ二つに割れていた。血が噴き出す。病室の天井床壁が血に染まった。手には一枚のルーン文字カード。
私はおばあちゃんに向き直った。
「それじゃ、殺すね」
「……ありがとう」
ナイフを取り出して、おばあちゃんの頸動脈を斬った。血が噴き出し、全身を血のシャワーで浴びた。
そう言えば、聖書の一節で、『神の血で洗礼を受ける』という文言がある。そう、それに似た、感動を覚えた。
ナイフを収めた。おばあちゃんに向いた。
誰にも理解されないだろう。誰もが身勝手だと批判するだろう。当然美談ではない、醜い点しかない。それでも、私とおばあちゃんだけは知っている。この死が大切なものだと言うことを。
「ありがとう。良い来世を」
私はヒーローが来る前に消えた。