悪役作家アルファベットが往く!   作:柳カエル

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ショーンside後日談

「……アルファベット先生から手紙が来るなんて……初めてだ。どんなことが書いてあるんだろう……」

 

 ショーンはペーパーナイフで手紙の封を切り、折り畳まれた手紙をシワがつかないようにゆっくり丁寧に広げる。

 そこに書かれていたのは──

 

【ショーン様へ

 

 お手紙、いつもありがとうございます。

 シンプルでとてもわかりやすいお手紙なのですが、少々、寂しく感じます。

 厚かましいお願いだと自分でもわかっておりますが、もうすこし、具体的にどの部分をどうして欲しいのか、詳細を書いていただけると、助かります。

 すでに出版された本の内容を変更することはできませんが、次回作に活かせる内容であればぜひ、読者の意見を取り入れたいです。

 今回、このようなことをお願いしてしまい、本当にすみません。

 

 これからも読者の皆様に良い物語をお届けできるよう、精進いたします。

 

 アルファベットより】

 

 ショーンはその手紙を読んだ瞬間、頭が真っ白になった。

 うまく内容が頭に入ってこない。

 

(これってつまり……どういうことなんだ……?)

 

 最初の挨拶までは読めるのだが、それ以降がまったく読めない。

 脳が理解を拒む──といったふうに。

 かといって、ショーンは手紙の内容にショックを受けたわけではない。

 本当に──読めないのだ。

 一行以上の文章が。

 

 読みたいのに読めない。

 これはいまに始まったことではなかった。

 一行なら当然、読めるのだがそれ以上となると、ショーンの頭に入ってこない。

 だから、どうしても長文を読まないといけないときは、文章から自分が理解できるフレーズ、単語だけを抜き出して、それ以外の文章は全て無駄なものとして脳内で省略していた。

 

 ショーンは長文を見る度にこう思う。

 

 ──なんて、無駄が多い文章なのだ。と。

 

 そして、長文を書く人間をこのように思っていた。

 

 ──なんて、頭が悪い人間なんだ。きっと、まともな教育を受けていないに違いない。

 

 ショーンの知能、教養に問題はないとショーンは思っている。

 

 ──僕は読めないんじゃない。読む価値が無いから読まないだけだ。

 

 長文が読めないのは自分のせいじゃない。

 長文を書いた人間が悪いんだ。

 いままでずっと、そう信じ込んできたのに。

 

 ショーンはそれとは別にもうひとつ、ショックを受けていた。

 

 アルファベット先生は小説家だから、頭は決して悪いほうではないはず。

 だが、そのアルファベット先生が、頭が悪い人間が書く長文を送りつけてきた。

 であれば、アルファベット先生は頭が悪い小説家ということになる。

 

 ──本当にそうなのか? アルファベット先生は本当に頭が悪いのだろうか? いや、そんなはずが……でも、本当に頭が良かったら短い文章を書くはず……。

 

 理想と現実がごっちゃになり、葛藤しているだけでショーンの頭は、いまにも茹で上がりそうだった。

 考えることが嫌になったショーンは、ひとつの結論を出した。

 

 ──そうだ。小説家は皆、頭が悪いんだ。頭が悪いから、あんな長ったらしい文章を書くんだ。本当に頭が良かったら、僕のようにたった一行で済むはずだ。

 

 しかし、そこでもうひとつの疑問が湧き出た。

 

 ──じゃあ、僕はなんで本当に小説を読んでるんだ? 僕は頭が悪い人間が嫌いなのに。頭が悪い人間が書いた小説を読んで、何になるって言うんだ? 僕は……僕は……なんで……自分から積極的に、頭が悪い人間と関わろうとするんだろう……? なんで……? なんで……?

 

 ショーンにはわからない。

 わからない、考えてみてもわからない。

 そうして、ショーンは──考えるのをやめた。

 と、同時にあることを思い出した。

 

 父親の罵声が、ショーンの脳内でフラッシュバックする。

 

『ああ……ショーン!! お前を見ていると……イライラする!! この、出来損ないが! お前なんか──俺の息子じゃない!!』

 

 続けて、母親の怒声がフラッシュバックする。

 

『あのね、あなたのお父さんはね、とっても頭が良い人なのよ……。なのに、あなたは……。あなたの出来が悪いのは私のせい、って言われたわ……! 違う! 私のせいじゃない! 私は馬鹿じゃない! あなたのせい、あなたのせいよ! ショーン! あんたなんか……産むんじゃなかった……!!』

 

 あのとき、父親と母親がどんな顔をしていたのか、ショーンには思い出せない。両親の首から上がどうしても思い出せなかった。

 それらのトラウマを思い出したショックで、さらにショーンは思い出した。

 

(そうだ……昔の僕は……小説を楽しく読むことができてたんだ……。でも、あの日から僕は……小説が読めなくなって……)

 

 

 子供のころ、ショーンは父親の書斎が大好きで、いつも入り浸っていた。

 そのとき読んでいた小説が面白くて、ショーンがクスクスと忍び笑いをしていた──そのとき。

 

 パァンッ! と破裂音が響いた。

 本が手元から吹っ飛んだ。

 頬がカァッと熱くなる。頬がじくじくと痛んだ。

 自分の身に何が起こったかわからず、慌ててショーンが辺りを見回すと、恐ろしい顔つきで怒りを剥き出しにする母親が目の前に立っていたのだった。

 

「ショーン!! あなた、なにを笑ってるの!? あなたはね、人より物覚えが悪いから、人よりたくさん勉強しないといけないのよ! こんなもの、没収よ!!」

「やめて! 母さん……! 悪いのは、僕だから……! 本は、なにも悪くないから……!」

 

 ショーンの嘆願など聞きもせず、母親は地面に落ちた本を拾って、わざと乱暴に地面に投げ捨てると、

 

「こんな物のせいで!! こんな物のせいで……!!」

 

 何度も何度も何度も、さっきまでショーンが読んでいた本をハイヒールで踏みつける。

 

「こんな本のせいで、うちのショーンが馬鹿になってしまう……!!」

 

 そのときの母親はまるで、悪魔が取り憑いたかのようだった。

 ある程度、落ち着くと母親は、ショーンにこう言った。

 

「あなたが読んでいいのは、勉強に関する本だけよ。わかったわね、ショーン?」

 

 返事をしないと、またぶたれてしまうから、ショーンはコクリと無言でうなずく。

 しかし、それが気に障ったらしい。

 パァン! と母親はショーンの顔を平手打ちする。

 

「返事は必ず声に出して言うこと! 返事は!?」

「わ、わかりました……」

 

 このときはそれで済んだが、それ以降もショーンは母親にぶたれ続けた。『返事が遅い』『声が小さい』と言った些細な理由で。

 しかも、『いいえ』と言ったら問答無用でぶたれる。

 ショーンに許された返事は、『はい』だけだった。

 

(このことがあってから……僕は……小説を楽しく読めなくなった……。勉強と関係がない本は、いっさい、読めなくなってしまった……)

 

 それでも、ショーンは両親を恨めない。

 それが愛情故か恐怖故かショーンにはわからない。

 なぜなら、ショーンにはもう──

 《自分で考える》ということができなくなってしまっていたからだ。

 子供のころのショーンには、ちゃんと《自分の考え》というものがあった。

 もちろん、子供の考えは甘く、間違うことのほうが多かったけれど──自分で考えることは楽しかった。

 けれど。

 

『おい、ショーン。お前はな、馬鹿だから、いくら考えても……無駄なんだよ。お前は……お父さんとお母さんの言うことを黙って聞いていればいいんだ。わかったな、ショーン?』

 

 ショーンが自分で考えて行動する度に、父親と母親はショーンの考えを鼻で笑い、馬鹿にした。

 ショーンはいつしか、自分で考えるのをやめた。

 偉い父親、偉い母親、偉い医者、偉い政治家、偉い学者、偉い科学者、偉い教師──

 段々、ショーンは自分で考えて行動するよりも偉い人間に従うほうが楽だと思うようになった。

 でも、それのなにが悪いのだろう?

 ショーンにはわからない。

 だって、もう、ショーンには────

 

 

 アルファベットの本を買うのはもうやめて、別の作家の本を買おうと書店を訪れたショーンは、そこである女性に話しかけられた。

 

「すみません、ちょっと……お話できませんか?」

「はい……? あなたは……?」

 

 修道女のように、全身真っ黒なローブ姿の女性が笑顔で微笑みかけてくる。

 

「初めまして。私は……インコ万理教の者です」

 

 なぜ、自分に話しかけてきたのか。ショーンが問う前に女性が話し始める。

 

「私があなたに話しかけたのは……なにか悩みがあるように見えたからです。もし、よろしければ……あなたの悩みを私に聞かせてくださいませんか?」

 

 怪しい。とは思うものの、それはショーンの直感であり、根拠はない。相手を試すためにショーンは、自分の悩みを打ち明けてみることにした。

 

「その……僕……趣味で小説を読んでるんですけど……どうしても気になるところがあると、そこで読むのをやめちゃうんです……。あの……僕って、おかしいんでしょうか……?」

 

 女性は表情ひとつ変えず、ショーンに微笑んだ。

 

「いいえ、決しておかしくありません。あなたは……正常です。悪いのは、そのいい加減な文章を書いた不誠実な小説家です」女性は続けてこう言った。「ですが……安心してください。その小説とは違い、私たちの教義に穴はありません。いかなる質問にもお答えできます。我々の教義は完璧なのです!」

「そう……なんですか……。じゃあ……興味が湧いたから、ちょっとお話を聞いてみようかな……」

「ありがとうございます! 近くに我々の施設がありますので、そこでぜひ、説明させてください!」

 

 思考を全て、他人に委ねる──

 それがどんな結果と混乱を生むのか、いまはまだ誰も────知らなかった。

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