サイレンススズカの娘。   作:宮川 宗介

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第十話

中央のレース界には【2勝の壁】というものが存在する。

 

ウマ娘がトレセン学園に入学し、メイクデビューや未勝利戦を勝ち上がれる確率がだいたい50%ほどだ。

 

だが2勝目をあげるウマ娘の数となると、ぐっと減ってしまって学園全体の25%ほどしかない。

つまり学園に所属しているウマ娘のほとんどが、プレオープン以下のクラスで走っている、ということになる。

 

ちなみに3つも勝って重賞の常連になっているようなウマ娘はトレセン学園の中でも上位10%の存在だし、ステークスウイナーともなれば、さらにその中の数%しかいない。

 

重賞ウマ娘ともなると、世間的な知名度も『レースはあまり詳しくないけど、そのウマ娘の名前ぐらいは聞いたことあるよ』というぐらいになる。

 

お母さんのようにGⅠを勝利しているウマ娘なんてのは、もうほとんど神様のような存在だ。

 

ただ、神様の娘が神様のように強いか、というと、そういうわけではないらしい。

 

……GⅠウマ娘・サイレンススズカの娘である私もメイクデビュー以降、数多のウマ娘の前に立ちはだかった【2勝の壁】を前に、夢とキャリアを阻まれつつあった。

 

*

 

ジュニア級9月、中山レース場プレオープン・芝2000M戦。

『5番、今1着でゴールイン! 一番人気サイレンスレイナは2着です!』

 

ジュニア級11月、京都レース場プレオープン・芝1800M戦。

『なんと勝ったのは6番、12番人気の6番の娘です! メイクデビューと同じ距離で一番人気の支持を集めたサイレンスレイナでしたが、どうやら3、4着争いまでのようです』

 

年が明け、クラシック級2月、阪神レース場プレオープン・芝2200M戦。

『1着は13番のウマ娘! サイレンスレイナはバ群に沈んだ! 母が制した宝塚記念と同じレース場、同じ距離で走った今日のレース、残念ながら一番人気に応えられませんでした……』

 

*

 

ウイニングライブでバックダンサーを務め終えた私は、痛いぐらいに唇を噛み締めながら、控室に戻ってきた。

 

一番人気に推されたのに惨敗して、称賛される勝ちウマ娘を見ながら後方で踊ることほど、悔しいことはない。

 

そんな私を、トレーナーさんがいつものようにおだやかな笑みで出迎えてくれる。

 

「お疲れ様、レイナ。厳しいレースだったけど、よくがんばってくれた」

「……うん、ありがとう」

 

一応返事はしたけれど、私の目の周りはひどくこわばっていたと思う。

今日のレース、スタートこそは良かったもの、道中リズムを崩して結局逃げバテてしまい、結果は11着。

 

結果も内容も、本当に最悪だった。

 

険しい表情をなかなか崩せないまま、私は彼が用意してくれていたスポーツドリンクを手に取り、火照った体に一気に流し込こんだ。

 

刺すように冷たいスポドリが、喉を通ってオーバーヒート気味の全身へ染み入るように広がってゆく。

 

なのに、未だに汗が滲み出る顔や体から、一向に熱が引いてくれない。

 

デビューして半年以上が過ぎ、私もすでにクラシック級になっている。

なのに、私はなかなかプレオープンから抜け出せないでいた。

 

今日も敗けてしまって、現役引退のタイムリミットまで残り6戦。

 

こんなことで、私はお母さんの見たかった景色に、たどり着けるのだろうか……。

 

「疲れているところすまないんだが、体がレースを覚えているうちに、今日の振り返りをしておきたい。俺の見たところ、2200mは君にとって少し長いように感じたんだけど、君の体感ではどうだった?」

 

トレーナーさんは備え付けのパイプ椅子に腰掛けると、長机に置いてあったノートPCを開き、棒立ちしている私にそう尋ねてきた。

 

「……正直、ちょっと厳しかったわ。最終コーナーを周ってくる直前にはもう、スタミナが切れそうになってしまっていたから……」

 

しかめっ面して(いら)ついていても、レースの結果が変わるわけでもない。

私は大きくため息をついてからトレーナーさんの質問に率直に答え、意識してスポーツドリンクを静かにテーブルに置いてから、彼の正面に腰掛けた。

 

「そうか……。坂路でのタイムを見る限り、2200ぐらいまではこなせると思ったんだけど……」

 

彼はつぶやくと、カタカタとノートPCになにかを打ち込み始め、それが終わると今度はマウスを小刻みに動かし始めた。

 

多分私のトレーニング中の動画やタイム、それに今まで彼が担当してきたウマ娘たちのデータを見返しているのだろう。

 

そんな彼に私は特になにも言わず、両手の指を交互に絡ませて両肘をテーブルに置き、ノートPCの裏側をただぼんやり眺めていた。

 

「血統的な適性を重視して今までマイルから中距離を走ってきたけれど、ひょっとしたら君は、短距離の方が向いているのかもしれない」

 

視線をノートPCから私に移すと、難しい顔をして彼は言った。

 

「……短距離?」

「ああ。君のスタートダッシュは同世代の中でもトップクラスだし、脚の回転もかなり速い。トモの筋肉も中距離ウマ娘にしては、かなり発達してきている。どうだろう、次戦はスプリントのレースに挑戦してみないか?」

「……」

 

彼の意外な提案に、私は眉間にシワを寄せながら考え込む。

 

スプリントへの挑戦か……。

 

今までずっと母の蹄跡をなぞるように1600~2200mを走ってきたのに、何をいまさら……と思わないでもない。

 

でも同時に、短距離戦へのチャレンジというアプローチもプロのトレーナーらしい現実的な提案か、と冷静に受け止めている自分もいた。

 

実際のところ、ウマ娘の本当の距離適性やバ場適性というのは、レースを走ってみるまでわからない。

もちろんトレーナーもプロだから、バ体や血統、それに学園へやってくるまでの成績などから、ある程度はトゥインクルシリーズでの適性を推測することはできる。

だがトレーナーの見立てはあくまで推測、予想の域を出ない、というのが現実だ。

 

小・中学生のアマチュア時代は芝でいい成績を収めていたのに、トゥインクルシリーズではまったく芽が出ず、モノは試しとダートを走ってみたら、あっさりとオープンまで出世した。

 

そんな例はしょっちゅうある、とまでは言わないにせよ、稀というほどじゃない。

 

理性では、そうだと分かっているけれど……。

 

神速の中距離ランナーとまで言われた、サイレンススズカの娘の私が。

 

その血を誇りにアマ時代から中距離を主戦場にして、天皇賞・秋を目指している私が、短距離を走る。

 

血統へのプライドと中距離へのこだわりを捨て、貴重な一戦を消費してまで、適性も不確かな短距離レースへ出走することに、素直にうなずけない葛藤はある。

 

しかし勝てなければ夢もへったくれもない。

勝つことでしか、夢への扉は開かれない。

 

少しでもプレオープンから脱出できる可能性があるなら、2勝の壁を打ち破れる可能性があるなら、たとえ不本意であろうともスプリントのレースに挑戦するべきだ。

 

それに私がもし短距離寄りのウマ娘だったとしても……天皇賞・秋への挑戦は絶対に諦めたりなんかしない。

 

マイラー血統に生まれ、マイルGⅠを2勝し、スプリンターズステークスを2回2着しながらも天皇賞・秋を制した、ヤマニンゼファーさんのような先達もいる。

 

「了解。出走するレースについては、全面的にトレーナーさんにおまかせするわ……」

「……そう言ってくれると助かるよ。君が勝利できるよう、これからも最善を尽くしていくつもりだから」

 

いかにも渋々と言った感じの消極的な私の了承に、トレーナーさんは軽く笑って明るく返事してくれる。

 

努めて快活に振る舞ってくれている彼の笑顔は、どこか無理しているようだった。

その苦笑にも似た明るい笑顔が、私に矜持を捨てさせるトレーナーとしての苦悩を感じさせて、私の胸をざわつかせた。

 

*

 

だが、そんな涙ぐましい努力も実を結ぶことはなかった。

 

現役生活の折り返し地点になる5戦目の芝1200mで、私は6着に敗れる。

 

ダートにもチャレンジしてみよう。

たとえ初出走のダートでも、勝利したメイクデビュー戦と同じ距離でなら、勝つチャンスがあるかもしれない。

 

表舞台を歩んできた同期たちが、皐月賞の栄冠を競うのと同じ日。

 

一縷の望みを懸けて、中山ダート1800m・プレオープン戦に出走したものの……結果は入着すらままならず、私は7着に敗れ去った。

 

「…………」

 

敗戦後、いつものようになんとかバックダンサーを務めた私は、痛む胃のあたりを押さえながら、地下通路の壁伝いに、控室に戻ろうとしていた。

 

激しいレース後の汗と、また一つ追い詰められたという焦燥の冷や汗が体中で混じり合って、べったりと肌にまとわりついている。

 

その感触が、ひどく気持ち悪い。

 

今日もダメだった。

また、勝てなかった。

 

これで私の走れるレースは、残り4レース。

 

現役引退のタイムリミットが、現実的な足音を立てて、私に忍び寄ってきている。

 

私に、走りの才能なんてなかったのか。

 

……私に、お母さんの見たかった景色を見たい、なんて大それた夢を見る資格なんて、なかったのか。

 

私はこのままプレオープンを脱出できないまま、何も成せずに散っていってしまうのだろうか。

 

勝てない現実と、確実に迫りくる未来が、私を激しく責め立てる。

その自責が、このまま一勝もできず、あの立派な正門を背にしてトレセン学園を後にする自分の姿を無慈悲に、鮮明に映し出す。

 

「……っ! げほっ、げほっ!」

 

不吉な空想が、胃を猛烈に締め上げる。

同時に、喉に熱いものを突っ込まれたような嘔吐感が込み上げてきた。

 

思わず反射的にお腹をさするが、痛みも吐き気も、まったく楽になってくれない。

 

ここ一ヶ月ほど、私は昼も夜もなく襲いかかってくる精神的な激しい胃痛に悩まされている。

 

私のメンタルと胃をズタズタに痛めつけてくるのは、敗戦とタイムリミットだけはなかった。

 

(ま、まぁスズカだって本格化したのはシニアになってからだし……)

(そうそう。長い目で見守ってあげたいよね)

(私、ずっとレイナを応援するからね! これからもがんばってね!)

 

負けた私が地下バ道に戻る前に、観客から掛けられた憐れみの声が、耳にこびりついて離れない。

 

勝てない私を、ファンたちはこりもせず一番人気に推し続ける。

 

今日出走したダートなんて、アマチュア時代を含めても一度も走ったことがないのに。

 

それでもファンは私を一番人気に仕立て上げた。

 

同じレースの出走者やマスコミたちは、実力もないのに母の威光だけで一番人気に推され続ける私に向かって、冷ややかな視線を隠そうともせずぶつけてくる。

 

私の精神は、もう崩壊寸前だった。

 

お願い。

 

あのサイレンススズカの娘というだけの理由で、非才な私を一番人気に祭り上げるのは、もうやめて!

 

私を、そんな目で見ないで!

 

そんな負け惜しみの叫び声が、喉から飛び出しそうになる。

 

しかし、叫んだところで現実は変わらない。

誰が、助けてくれるわけでもない。

 

私は苦い唾を飲み込み、こみ上げてくる熱い塊と一緒に、溢れ出そうになる慟哭を無理やり喉の奥へ追い返す。

 

「っぅっ!!」

 

途端に、胃が、内からなにかに突き刺されたかのように、鋭く痛んだ。

 

激痛から少しでも逃れようと、握りしめた拳を、通路の壁に思い切り叩きつける。

 

しかしそれでも、痛みはまったくマシにならない。

 

痛い。

 

痛い!

 

……っったいっ!

 

「……おいレイナ、大丈夫か!?」

 

私はいつの間にか、自分の控室の近くまで戻ってきていたらしい。

壁からの衝撃音に驚いたのか、控室から飛び出してきたトレーナーさんが、しゃがみ込んで胃のあたりを押さえている私の背中を優しくさすってくれる。

 

「……大丈夫。いつもの胃痛と吐き気だから……」

「でも、本当に顔色が悪いよ。無理せず、医務室に行ったほうがいい」

 

心配してそう言ってくれるトレーナーさんに、私はゆるゆると首を横に振る。

 

「ううん、ほんとに大丈夫。いつもみたいに、少し休めば、収まってくるはず……」

「……そうか。でもひどくなるようならすぐに言ってくれよ。とにかく、控室に戻ろう。ゆっくりでいい。肩貸そうか?」

「お願い……」

 

私は右手をお腹の上部に当てたまま、左腕をトレーナーさんの肩に預け、脚を引きずるようにして控室に戻ってきた。

 

「薬はバッグの中か?」

「ええ……」

「分かった」

 

トレーナーさんは私を椅子に座らせ、ロッカーからいつも使っているバッグを持ってきてくれると、その中から小さな白い袋を取り出した。

袋の中からフィルムに包まれた錠剤を押し出し、私の手のひらに乗せてくれる。

 

「レース後はスポーツドリンクのほうがいいんだけど、薬は水で飲んだほうがいいから」

「そうね……ありがとう」

 

私は錠剤を口に入れ、手渡されたペットボトルの水で胃の奥へ流し込む。

 

それだけで痛みが少しマシになったような気がするのだから、プラセボ効果というのも、バカにしたものじゃない。

 

「ふぅっ……少し、落ち着いたわ」

「良かった。ともあれ、お疲れ様。勝てなかったのは残念だったけど、初ダートで入賞できたのなら大したもんだ」

「うん……そうよね」

 

とりあえず私は手に持っていたペットボトルを長机の上に置き、大きく息を吐きだした。

 

「ねぇトレーナー。今日の走りを見て、私、ダートに向いていると思った?」

 

恐る恐る質問する私に、彼は少し口ごもってから、言いにくそうに切り出した。

 

「正直、ダートで戦っていくのは厳しいと思う。それでもなんとか入賞できたのは、君のスピードとパワーが他のウマ娘より上だったからだ」

「……そう」

 

トレーナーとして、無理にでもなにかポジティブなことを私に伝えなければいけなかったのだろう。

まるで取ってつけたかのように、彼は私を褒めそやす。

 

「そうよね。今まで芝でしか走ったことのない私が、ダートに向いてるわけないわよね。……というか、そもそも私、走ること自体が、向いてなかったんじゃないかしら……」

 

こんな自虐、言いたいわけじゃない。

 

そうじゃないよ、と言ってもらいたいだけの、意地汚い自虐なんて言いたいわけがないじゃない!

 

でも溢れ出る涙が我慢できなかったように、口からこぼれ出る弱音を押し殺すことなんて、今の私には到底できなかった。

 

「何をバカなことを。レイナに走りの才能がないわけないじゃないか! 走ることに向いていなかったのなら、どうして小中学生時代、君はトップランナーとして君臨できたんだ。なぜ、メイクデビューでレコード勝ちなんて強い勝ち方ができたんだ!」

 

そんなトレーナーさんの励ましの言葉は、私のどこにも反響することなく、私の大きな耳をすり抜けてゆく。

 

「……私は、単なる早熟のウマ娘だったのかもしれない。メイクデビューだって、たまたま展開が向いただけだったかも、しれないじゃない……」

 

トレーナーさんは延々と独白を続ける私の正面に来ると、がしっと肩を掴み、しゃがみ込んで椅子に座っている私と視線を合わせた。

 

「レイナ。結果が出てない中、自信を持ち続けるのが難しい、というのは君の気持ちは痛いほど分かる。でも君はトレーニングでいつもいい時計を出しているし、負けていると言っても、勝ちウマ娘から0.7秒以上遅れたレースは一度もない。今は、なにかが少し噛み合ってないだけだ。それが分かれば、すぐにプレオープンを脱出することが……」

「なにかが噛み合ってないって、一体何が噛み合ってないのよ!?」

 

無責任なことを言うトレーナーの言葉を、私は自分の耳も痛くなるような大声で遮った。

 

「ねぇ、一体私になにが足りないっていうの? 今すぐそれを教えてよ。あなた、プロのトレーナーなんでしょ!? それぐらい分かってるはずよね? だから今、そう言ったのよね? ねぇ、答えてよ!!」

「……すまない。それは、今すぐ答えられない。でも必ず、次のレースまでには……」

「もういいわよ! できっこないこと、約束しないで! 着替えるから部屋からとっとと出ていってよ!!」

 

肩に乗っていた彼の手を思い切り振りほどき、その勢いのまま出入り口を指さす。

 

「分かった。着替え終わったら、声をかけてほしい」

 

彼は静かな声でそれだけ言うと、すっと立ち上がって控室から去ってゆく。

 

「…………」

 

椅子に座ったまま彼が出ていった扉を見つめているうちに、呼吸が止まってしまいそうなほどの羞恥心が、まだ痛む胃の奥からせり上がってくる。

 

「……ははっ。負けてトレーナーに当たるようになっちゃ、私ももう、本格的に終わりね……」

 

無限に沸いてくる恥を振り払うように、私は首を何度も横に振りながら自嘲した。

 

私は信頼すべきトレーナーを、あまりに身勝手な感情のゴミ捨て場にしてしまったのだ。

 

あまりの恥ずかしさに震える手を不器用に動かし、すっかり汗の乾いた体操服の裾を力いっぱい、ぎゅっとつかんだ。

 

***

 

中山でのレースを終え、レイナを学園の寮まで送り届けた後。

 

彼はやるせない気持ちを抱えて、トレーナー室へ戻ってきていた。

 

帰りの、電車の中でのこと。

 

レイナは恥ずかしそうに上目遣いになりながら、

 

「八つ当たりしてしまって、本当にごめんなさい。負けた悔しさと胃の痛みで、ちょっとイライラしちゃってて……」

 

と謝ってくれたのだった。

 

本当に、できた担当ウマ娘だと思う。

彼はそんな教え子に、

 

「いや。俺の方こそ申し訳ない。もっと俺に力があれば……」

 

と丁寧に頭を下げたが、本当は土下座でもして、彼女に自分の至らなさを詫びたいぐらいだった。

 

レイナの才能は、本物だ。

スピードもスタミナもレースセンスも、抜群のものを持っている。

 

彼女の能力は間違いなくステークスウイナー級だ。

 

サイレンスレイナは、絶対にこんなところで終わるウマ娘じゃない。

 

それなのになぜ、彼女は勝つことができないんだ?

 

部屋の明かりも点けず椅子に腰掛け、彼は思考の海に沈み込む。

 

そうしていると、思い出したくもない様々な外野の声が、脳の奥から聞こえてきた。

 

(あの人も決して、悪いトレーナーじゃないけどね……)

(やっぱりあのトレーナーじゃ、サイレンススズカの娘を育てるなんてことは無理だよ)

(スズカは才能の塊みたいなウマ娘だったけど、育成するのが難しい気性をしていた。天才は天才を知るっていうのかねぇ……。彼がトレーナーだったからこそ、スズカの気性を理解して彼女の全部の才能を引き出すことができたんだ。誰にでもできたことじゃない)

 

「……ちっ」

 

分かってる。

確かに俺は、サイレンススズカの素質を完全に開花させた、ヤツほど才能あるトレーナーじゃない。

 

だが、そのことを嘆いてどうなるというのか。

才能がなければ、努力で、知識で、時間で、その差を埋めればいいだけの話だ。

 

彼は自分を奮起させ、ノートPCを開いた。

まずは現役時代のサイレンススズカのレースとトレーニング動画を、もう一度すべて見返す。

 

俺だってここ一年、ぼーっとサイレンスレイナの担当をしていたわけじゃない。

レースは言うに及ばず、トレーニング中に、体育の時間も。

 

網膜に焼き付くほど、走っているレイナを観察してきた。

 

今の眼でサイレンススズカの走りを見れば、そこから娘のレイナにも当てはまりそうな、効果のありそうな練習方法を編み出せるかもしれない。

 

気合を入れてマウスを握った瞬間だった。

 

尻ポケットに突っ込んでいたスマホから、まるで彼のやる気を切り裂くような鋭い着信音が部屋中に響き渡る。

 

「……!」

 

青白い光が発信者の名前を浮かび上がらせるや否や、彼は慌てて応答の表示を叩くようにタップした。

 

「もしもし」

『俺だ。娘のレイナのことで、少し話したいことがあってな』

 

愛想も挨拶もない、いきなりの不遜な声。

それは、レイナの父親からの突然の電話だった。

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