サイレンススズカの娘。   作:宮川 宗介

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第十話・幕間

あれは私がまだ『二戦目は負けてしまったとはいえ、僅差の二着だった。この調子なら最悪でも今年中にオープンへ勝ち上がれる』などと、お気楽に考えていたジュニア級の秋のことだった。

 

ルームメイトで友だちのシェリルは、秋の緒戦を九月の中山で開催されるセントライト記念(!)に狙いを定めた。

そして、まるで【お気持ち】を表明した『彼女』に対して実力を見せつけるかのように、コースレコード勝ちを収める。

 

シェリルはその勢いを駆って、秋の天皇賞に乗り込んだ。

 

ところでダービー直後、シェリルが菊花賞を蹴って秋の天皇賞参戦を表明した際、『二冠を制したウマ娘が三冠に挑戦しないなんて!』と騒いだ人がたくさんいたことを覚えているんだけど……。

 

なのにファンはすでにGⅠを3勝し、シニア最強と目されているシンボリライザを差し置いて、昇り龍の若き天才・シェリルジョーダンを結局一番人気に推した。

 

ファンってのは、結構現金なもののようだ。

 

*

午後3時35分。

寮の部屋に、秋らしい柔らかな西日が差し込んでくる。

 

もうそんな時間か、と思いつつ、私は机の上においていたバッグからスマホを取り出し、URAの公式アプリをタップして【ライブ中継】を表示させた。

 

もうすぐシェリルの出走する、秋の天皇賞が始まる時刻だ。

 

そんな大一番の朝も、彼女は実に気楽なものだった。

今私が腰掛けているベッドの隣で、

 

「ねぇレイナ。あたし結構イエベ系なんだけどさ。ネイルの色、シニアのウマ娘たちにナメられないようにハデハデなゴールドにしていこうかな、って思ってんだけどね。でも天皇賞ってフォーマルなイメージのあるレースじゃん? それならやっぱ落ち着いたアースカラーの方がいっかな~って迷ってんだけど、どっちがいいと思う?」

 

なんてことを私に聞いていた。

 

イエベ系?

あなた、確かゼダーン系なのでは?

 

メタい冗談はともかく、ネイルについて私は詳しくなかったので、

 

「……格式高い伝統のレースに挑むことだし、落ち着いた色合いのほうがいいんじゃない?」

 

と手堅く答えておいたのだけど。

 

そうでなくても今回の挑戦は厳しい視線を向けている人も多いのに、これ以上目立つことをしないほうがいいのでは、という老婆心もあった。

 

『天候に恵まれました、本日の秋の天皇賞。一帖の盾を求めて、選ばれしウマ娘たちが次々とゲート入りしていきます』

 

スマホから、男性実況の高揚した声が聞こえてきた。

マイクの拾うスタンドのざわついた声が、レース前の盛り上がりを伝えてくれている。

 

カメラは、ゲートインするウマ娘の顔を一人ずつ捉えていた。

 

シニア最強の実力を持ちながら、二番人気に甘んじたシンボリライザさん。

それでも彼女は皇帝・シンボリルドルフの娘という威厳を微塵も揺るがすことなく、堂々とした歩様でゲート入りする。

 

複雑な思いのファンの期待を背負い、一番人気に推されているシェリルはいつもと変わることなくすんなりとゲートに入った。

 

全員、ゲートイン完了。

 

2秒間の沈黙。

 

秋の府中の空気を震わせて、ゲートが開いた。

 

まず飛び出したのは、戦前から逃げるであろうと予想されていた8番の娘だった。

誰も彼女に競りかけに行くようなことはせず、先行勢が彼女の2バ身ほど後ろに固まった。

この先行集団の前方にシンボリライザさんが位置取る。

 

自在脚質のシェリルがどのような戦法を取るのか注目されていたが、今日のシェリルは逃げや追込のような極端な戦法を取らず、前にシンボリライザさんを見る形で先行集団の殿(しんがり)に控えた。

 

レースは淡々と流れ、最初の1000Mを通過する。

タイムは59秒1。

ペースは平均的と言ったところ。

 

有力ウマ娘たちが前の方でレースを進めていることもあってか、どのウマ娘も慎重に勝負の流れを伺っているようだ。

 

順位は大きく変わることなく、残り800Mを切った。

 

後ろの娘たちが差を詰め始め、バ群がぐっと凝縮される。

 

第四コーナー手前でスパートを掛け始めたのは、シンボリライザさんだった。

 

王者の堂々たる進撃に、スタンドが大きく湧く。

 

シェリルはまだ、仕掛ける様子を見せていない。

 

さぁ、長い府中の最後の直線。

最初に立ち上がったのは、シンボリライザさんだ。

 

シニア最強ウマ娘の実力を誇示するかのように、2番手以下を2バ身、3バ身と引き離してゆく。

 

完璧なフォームでホームストレッチを疾走するシンボリライザさんからは、差せるものなら差してみろ、と言わんばかりの威厳が満ち溢れている。

 

独走態勢に入ったシンボリライザさんを目の当たりにしたスタンドから、喝采と悲鳴が入り混じった大音声(だいおんじょう)が上がった。

 

今日の主役、シェリルジョーダンはどこだ!?

 

私は目を皿のようにして、前から慎重に彼女の姿を探す。

 

シンボリライザさんが残り400mのハロン棒を通過したところで、私はようやくシェリルの姿を見つけた。

 

内ラチギリギリの位置にいた彼女は、後ろからまだ、5、6番手の位置だ。

 

こんなところから届くのか?

 

私が首を傾げたのと同時に、シェリルはわずかに体を沈める。

 

その瞬間、カメラは広角から先頭へ切り替わり、シェリルの姿が見えなくなった。

 

残り、200m。

 

カメラは先頭のシンボリライザさんだけを捉え続けている。

皇帝の娘は歯を食いしばり、前だけを見つめ、一心不乱に府中の直線を駆け抜ける。

 

残り100。

 

カメラは再び広角へと切り替わり、後続の様子を映し出した。

 

その左端。

 

内ラチスレスレを突いて矢のように疾走してくるウマ娘の姿を、カメラは確かに捉えていた。

 

シェリルだ。

 

ようやくやってきた今日の主役に、スタンドが大きく沸く。

 

一人次元の違うスピードで、前のウマ娘を一人、また一人と呑み込んでゆく。

 

それは背筋が震えるほどの末脚だった。

 

スマホを握る手に、思わず力が入る。

 

残り50!

 

もう差はほとんどない。

 

内、シェリルジョーダン。

外、シンボリライザ。

 

内外かなり離れて、二人のウマ娘がほぼ同時にゴール板を駆け抜けた。

 

その瞬間、スタンドからは耳をつんざくような大歓声があがる。

 

ほどなく立ち止まった二人は、荒い呼吸を繰り返しながらターフビジョンへ視線を向けた。

大画面は際どいゴールシーンをスローモーションで再生している。

 

私もスマホで何度かゴール前を再生してみるが、どちらが勝っているのか判断がつかなかった。

 

シェリルもシンボリライザさんも、険しい表情でその映像をみつめている。

 

微差を競った本人たちも、勝利の確信を得られていないようだ。

 

ターフビジョンの着順掲示板は、3着以下の順位と着差を点滅させている。

だが1、2着は空欄で、着差の欄は【写真】になっていた。

 

それにしても……まだ結果が出ていないのに、場内はかなりざわついているようだ。

ひょっとして故障者でも出たのかしら? と不安になったが、表示されているタイムを見てその状況に納得がいった。

 

「……!」

 

今のレースの走破タイムは、なんと1分55秒4!

【天才】イクイノックスさんが記録した芝2000mの世界レコードに、わずか0.2秒及ばないだけという、とんでもないタイムだった。

 

シニア最強のウマ娘と、クラシック級最強のウマ娘。

 

お互い負けられないものを背負った二人が競った今日の天皇賞・秋は、レース史に残る非常にレベルの高い戦いになっていたのだ。

 

「…………」

 

これだけのレースをしたんだ。

友だちとして、できればシェリルに勝っていてほしい、とは思う。

 

でもシンボリライザさんの方も、今まで挑んできた天皇賞で、【盾の守護者】メジロ家の令嬢たちに何度も優勝を阻まれてきた。

 

彼女はあの皇帝の娘としてのプレッシャーの中トゥインクルシリーズを戦い続け、生徒会長という重責を担い、学園の顔として日々激務をこなしていると聞く。

 

そんなシンボリライザさんの負けを願う気持ちにもなれない。

 

相反する気持ちを抱えながら、私は息を呑んで手の中のスマホを見つめる。

 

僅差の決着が電光掲示板に表示される瞬間は、いつも冷静で残酷だ。

 

着順掲示板の一番上に表示された番号は6。

 

その瞬間、スマホから爆発的な大喝采が聞こえてきた。

 

「シェリルが、勝ったんだわ……!」

 

思わず出た声が、震えている。

 

三冠の掛かった菊花賞を袖にし、世間から厳しい指弾を浴びても自分の夢を追いかけたシェリル。

シニア最強のウマ娘を打ち負かし、母・トーセンジョーダンが制した天皇賞を、見事自身も勝利した。

 

改めて思う。

すごい()だ。

私の友だちは、やっぱりすごいウマ娘だった。

 

彼女は、お母さんを超えるウマ娘になることが夢なんだ、といつも言っていた。

 

シェリルはイクイノックスさんの世界レコードこそ超えられなかったけど……彼女は母の記録を破り、夢の世界レコードタイムに間違いなく手を掛けたのだ。

 

友だちのその姿に、胸が熱くなる。

 

……だが、その熱が純粋な感動だけからきているものじゃない、ということにも気づいてしまった。

 

もし。

 

もし来年、私が秋の天皇賞の舞台に立つことになったら。

母が見たいと願い、私の追い求めている、先頭の景色の前に立ちはだかるのは……。

 

「ふふっ。未勝利の内から、心配することじゃないわよね」

 

私は独り言をつぶやき、沸いてきた妄想を苦笑とともに首を振って追い払う。

 

今日はただ、友だちの勝利を喜ぼう。

 

おめでとう、シェリル。

 

心のなかで祝辞を送り、スマホに視線を戻すと、勝者のシェリルに負けたシンボリライザさんが笑顔で握手を求めているシーンが映し出されていた。

 

負かされた先輩の行動が意外だったのか、シェリルは一瞬ポカンとしたようだけど、すぐにあの人懐っこい笑みを浮かべ直して、差し出された偉大なウマ娘の手を力強く握り返す。

 

レースが終われば、ノーサイド。

 

トレセン学園の美しい伝統を体現する二人の姿に、目の奥が熱くなる。

 

満員のスタンドからは、惜しみのない拍手がいつまでも鳴り響いていた。

 

***

 

劇的なレースとウイニングライブを終えて、シェリルは誰もいない控室に戻ってきた。

 

通常、レース後の控室には担当トレーナーが待機していて、勝利したウマ娘を称賛したり、負けたウマ娘を励ましたりするものだが、そんな人影は見当たらない。

 

トレーナーになにか特別な事情があって今日はレース場にこれなかった、というわけではなく、今の彼女には指導を請け負っているトレーナーというものがいないのだ。

 

いや、厳密に言えば彼女はとあるチームに所属していて、そのチームを統括している人物がシェリルの担当トレーナー、ということになっているのだが……。

 

しかし彼とは書類上だけのトレーナーとウマ娘という関係であり、実際になにかの指導を受けたことは一度もない。

 

彼と顔を合わせたのは、契約を結んだ日に一度きり。

普段連絡を取るのも出たいレースがある時に、LANEで出走登録をお願いするときだけ。

 

どうしても意見を交換して決めなければならないことがあった場合は、電話かオンライン会議のアプリを使って行う。

 

お互いに時間を決めて会うのが、面倒で無意味と思っているからだ。

 

一応チームメイトもいるらしいのだが、シェリルは彼女たちの顔を見たことすらない。

 

なぜ、そんなチームにシェリルは所属しているのか?

そもそも、なぜそんな闇の組織みたいなチームが、トレセン学園という輝かしい場所に存在しているのか?

 

世の中、光があれば、闇もある。

 

それはエリート集うトレセン学園も例外ではなく、当然様々な事情を抱えたウマ娘がいるからだ。

 

もうレースへの情熱は残ってないが、親の期待や地元の応援がある手前、引退するわけにはいかないウマ娘。

トレーニングは程々にして、とりあえず出走手当や賞金目当てに、距離やメンバーが楽そうなレースにだけ出たいウマ娘。

 

それにシェリルのように、トレーナーからあれこれ指示されることを嫌うウマ娘。

 

そんなウマ娘たちをチームメンバーとして囲い込み、特に指導をすることなく、彼女たちが運んでくる賞金と出走手当、それにURAから支給される指導手当だけを目的にしているようなトレーナーも、ごく少数だが存在するのだ。

 

彼ら、彼女らのようなトレーナーは、決して褒められたものではない。

だが需要があれば供給が発生するもので、そういったトレーナーが、普通のチームやトレーナーからは敬遠されてしまうような訳ありウマ娘たちの受け皿になっているのである。

 

シェリルは、自分のような【天才】を指導できるトレーナーなんていない、と考えていた。

 

わずか23歳の時、母のトーセンジョーダンを天皇賞ウマ娘に育て上げた父のような【天才トレーナー】以外は。

 

実は自分を指導してくれていた父が亡くなった直後、ほんの1ヶ月の間だけ、違うトレーナーに担当を受け持ってもらったことがあったのだが……。

 

そいつは大して自分の能力を引き上げてくれもしないくせに、あれこれ口出ししてきてロクなもんじゃなかった。

 

だから、すぐに契約を破棄してやったのだ。

 

それからはウマ娘トレーニング特化型AI【メロス】を用いて、自らトレーニングメニューを組み立てている。

 

AIはいい。

無能なトレーナーよりよっぽど賢いし、余計なことは言わないし、こちらも何の遠慮もなく意見をぶつけられる。

 

さて、今日もメロスとレースの振り返りをしますか。

 

そう思ってスマホを手に取ると、例のトレーナーからLANEが届いていることに気づいてしまった。

 

「うわぁ……最悪……」

 

シェリルは思い切り顔をしかめながら、スマホをタップして内容を確認する。

予想通り、文面はろくでもないものだった。

 

『天皇賞見たぞ。菊花賞を回避するといった時はふざけるな、と思ったが、今回はよくやった。この調子で残りのシニア三冠のレースに出走するように』

 

その一文を見て、シェリルは大きく侮蔑のため息をついた。

 

ふん。

なにがよくやった、だ。

金しか興味のないトレーナーが偉そうに。

 

ダービー後。

シェリルが何の相談もなく菊花賞に出ないことを宣言した時、このトレーナーは烈火のごとく怒り狂った。

 

二冠を制したウマ娘が三冠への挑戦義務を放棄したことや、三冠ウマ娘の誕生を期待しているファンを裏切ったことに怒っていたわけではない。

 

三冠を制したウマ娘とそのトレーナーには、結構な額の【クラシック三冠奨励金】が出る。

その収入がおじゃんになりそうなことを、彼は怒り狂っていたのだ。

 

この手のトレーナーにとって、担当しているウマ娘の夢やファンの期待なんかはどうでもいいことで、大切なのはウマ娘が口座に運んでくる金だけなのである。

 

ちっ。

クラシック三冠がダメになったから、今度はシニア三冠奨励金を持ってこれるようガンバれ、とでも言いたいのか。

 

シェリルは乱暴にスマホの画面をスワイプすると、トレーナーの電話番号を表示させて荒々しくそこをタップした。

 

6回の呼び出し音のあと。

 

『なんだ。俺は電話が嫌いなんだ。連絡はLANEにしろって言ってあっただろ』

 

仮にも担当しているウマ娘が天皇賞という大レースを勝利した直後だというのに、彼はお祝いの言葉を伝えるでもなく、いかにもめんどくさそうな声でようやく電話に出た。

 

「じゃああたしに電話かけさせるようなことすんな! LANE見たけど、シニア秋三冠に出ろだって? あ~、ダメダメ。メロスも無理って言ってるし。今年のレースはこれでおしまい。おしまいで~す」

『ふざけんな!』

 

シェリルの小バカにしたような口振りが癇に障ったのか、彼の声に激しい怒気が孕む。

 

『お前のトレーナーは俺だ。菊花賞の時は譲ってやったが、もうこれ以上お前の我儘は許さん。担当ウマ娘のローテーションは、トレーナーが決めるもんなんだよ。ウマ娘は黙ってそれに従ってりゃいいんだ』

 

だが、シェリルはまったく怯まない。

 

「はぁ? ろくな指導もしないで賞金だけ掠め取ってるトレーナーがずいぶん偉そうに言うじゃん。菊花賞回避する時も言ったけどさ、あたしのすることにあんまりごちゃごちゃ言うようなら、トレーナー変えるよ? あたしを担当したいってチームトレーナーなんて、掃いて捨てるほどいるってことを忘れなんし」

『……このガキ……』

 

軽蔑を隠そうともしないシェリルの言い様に、彼は受話器からでも聞こえるぐらいに歯がみする。

だが結局、まともな反論は思い浮かばなかったようだ。

 

『……ちっ。じゃあ勝手にしろ。用がそれだけなら、もう切るぞ。俺もヒマじゃねえんだ』

「はいはい。せいぜい下手な舟券の買い方して、あたしの稼いだ金散財してちょーだい。じゃーねー」

『……』

 

図星だったのか、彼はそれ以上なにも言わず、通話終了をタップしたようだ。

 

なにがヒマじゃねえんだ、だ。

電話の向こうからは、迫力あるエンジン音が聞こえていた。

今彼は、いつものように競艇場にいるのだろう。

忙しいトレーナーがレースが開催されている日曜日(もちろんウマ娘のレースのことだ!)に、そんな場所に出入りしているわけがない。

 

まぁ、もうあんなトレーナーのことはどうでもいい。

 

「メロス。今日のあたしのレース、どうだった?」

 

AIを起動させたシェリルは、先ほどとは打って変わって朗らかな声で話しかける。

彼女にとってメロスはただのAI(機械)ではない。

 

AI(メロス)は自分の能力を引き上げてくれるトレーナーであり、メンタルを支えてくれる心理士であり、喜びを共有する仲間だった。

 

『すばらしいレースでした。特にシンボリライザを破ったことに大きな価値があります。彼女は超一流のウマ娘ですからね。シンボリライザを打ち負かしたことにより、あなたは名実とも現役トップクラスの仲間入りを果たしたと言えるでしょう』

「うん、それはあたしも同感」

 

メロスの見立てに、シェリルはウンウン、と首を縦に振る。

 

シンボリライザの実力には、正直驚いた。

 

シンボリライザはシニア最強と言われてはいたが、GⅠ・9勝のメジロラムは現在欧州に遠征しており、実力を周りに認められた真のナンバーワンではなく、言ってしまえば繰り上がりの最強ウマ娘であった。

 

そんな状況も相まって、彼女と戦う前は『まぁ弱くはないんだろうけど、まさかあたしが負けることはないだろう』と、シェリルはシンボリライザを少し侮っていたのだ。

 

だが、結果はギリギリのハナ差勝ち。

 

写真判定を待っていたあの時間。

 

彼女はトゥインクルシリーズにデビューして初めて本気で、『ひょっとして負けたんじゃないか』と心配させられた。

 

「ライザさんはマジですごいウマ娘だった。今日のレース、道中はいい感じで走れたし……最後は前を走るライザさんを本気で追いかけて、全力で走れたと思う。……でも、世界レコードは出せなかった」

 

すべての力を出し切ったのに目標には届かなかったという悔しさが、シェリルの声に滲み出る。

 

『そうですね。しかしそれはあなたの能力が足りないからではない、と私は考えています』

「と、言うと?」

 

シェリルは小首を傾げ、AIの生成回答を待つ。

 

『イクイノックスが保持する歴史的世界レコードを更新するには、あなたの無意識の先にある、能力の限界を突破する必要があります。そのためにはあなたの闘争心に火を点け、競うことで限界点を突破させてくれるような、そんな強力なライバルが必要なのです』

「…………」

 

超一流のウマ娘を全力で追いかけ、追い抜いても、世界レコードを更新するに至らなかった。

となると……。

 

「あのレコードタイムを更新するには、歴史的な強さを持つウマ娘と競い合う必要があるってことかな?」

『はい』

「そっか」

 

シェリルは、そっと大きな瞳を閉じた。

 

自分を打ち負かすほどの素質を秘めたあの娘の全盛期の力を、恐れていちゃダメだったんだ。

むしろあのウマ娘こそが、自分の夢のキーパーソンだったのだ。

 

あの娘が逃げる。

 

あの娘の母を彷彿とさせる、何者も寄せ付けようとしないオーバーペースで。

 

あたしは、それを追いかける。

 

並のウマ娘では、あの娘に追いつけない。

 

でも自分は天才だ。

 

歴史的ウマ娘・ウオッカのレコードを塗り替えた、トーセンジョーダンの娘なのだ。

 

ゴール直前。

逃げ切ろうとする彼女に、最後の一撃を加える。

 

その先に、きっと誰も見たことのない景色が広がっている!

 

シェリルの瞳が、ゆっくりと開かれる。

 

「来年はきっと、あの娘が出てくる。あの娘……サイレンスレイナを打ち負かせば、世界レコードはついてくる!」

 

彼女の瞳は、激しい闘争の炎と希望に満ちた光が入り混じったような、妖しい輝きを湛えていた。

 

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