サイレンススズカの娘。   作:宮川 宗介

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第十二話

***

 

「……」

 

彼は息を詰め、【suzuka_Training Log】と銘打たれたPDFファイルをクリックする。

 

「うぉっ!」

 

するとファイルが開くと同時に、どんどんスクロールバーが縮んでゆく。

その様子に、思わず驚きの声がこぼれた。

 

開かれた資料の情報量は膨大で、ようやく全部読み込んだページ数を確認すると、それはなんと600ページ以上にも及んでいた。

 

最初の数ページに、ざっと目を通してみる。

 

「これは……」

 

PDFファイルの中身はレイナの父――サイレンススズカのトレーナー――がスズカと出会った初日から記録していた、トレーニング日誌であった。

 

スズカのその日の調子、トレーニングメニュー、トレーニング後の疲労具合が、詳細に書き込まれている。

 

「すごいな……」

 

その圧倒的な情報密度に、息を呑む。

 

同時に彼はトレーナーとして、レイナの父に敬意と軽い嫉妬を覚えずにはいられなかった。

 

しっかり担当を観察し、密にコミュニケーションを取り合い、そしてウマ娘のことを、考えて考えて考え尽くしていないと、これだけ濃密な内容は書き記せない。

 

そんな貴重な記録を、彼は夢中で貪り読んだ。

サイレンススズカの記録を紐解くことで、(レイナ)のスランプの原因を探り出すことができるかもしれない。

 

書き残されていたのは、レースやトレーニングに関することばかりではなかった。

 

スズカの勉強や学園内での人間関係の悩み、生理からくる体調不良のようなデリケートな内容まで記録されていることから、当時から二人が本当に強い信頼関係で結ばれていたことが察せられる。

 

それに結果の出ていなかった、サイレンススズカのクラシック期におけるトレーナーとしての懊悩(おうのう)も。

 

スズカはデビュー前から、その高い素質を周囲から評価されていた。

 

なんせ当時のサイレンススズカがトレーニングで叩き出していたタイムは、GⅠウマ娘のものと比べてもまったく遜色のないものだったのだから。

 

レイナの父も当然、トレーナーとしてサイレンススズカという稀代の天才に大きな期待を寄せていたことだろう。

 

そのことが、デビューからわずか2戦目でGⅡ・弥生賞への挑戦という形で現れている。

 

初めての重賞に挑む前日の日誌には、こう記されていた。

 

『3/1 強い相手も2000mという距離も、スズカなら素質だけで全てクリアできる。何も問題はない。サイレンススズカというウマ娘は、それだけの才覚を持っているのだから』

 

しかし弥生賞では、経験不足から来るゲート難を露呈して8着に終わる。

 

皐月賞は態勢を立て直すために回避を余儀なくされ、ダービーではまったく自分のレースをさせてもらえずに9着と、サイレンススズカは一生に一度の三冠路線で結果を残すことができなかった。

 

そのような日々をレイナの父は『どうしたら彼女の素質を開花させてやれるのか』『俺は無能だ』『もっとスズカにはふさわしいトレーナーがいるのではないか』と、厳しい言葉で振り返っている。

 

「そうか……」

 

この時、彼は初めて理解した。

 

あいつもサイレンススズカも、最初から天才的な存在だったわけじゃない。

 

様々な問題に直面し、壁にぶち当たり、二人で思い悩み、それでも試行錯誤を重ね続けた末に……サイレンススズカという最強最速の中距離ランナーが生まれたのだ。

 

そう思うと同時に、自分の担当だったエアグルーヴをいとも簡単に退け、現役最強への階段を軽々と駆け上がっていったように見えたサイレンススズカとそのトレーナーの結果ばかりに目を向け、『元々才能のある奴らはいいよな』と腐っていた当時の自分を、深く恥じた。

 

特にスズカのクラシック期末。

遠征した香港から帰ってきた直後あたり、レイナの父は相当に追い詰められたようだった。

 

『12/16 香港遠征の疲れはほとんどないようだったので、ダートを強めに追ってもらう。スズカが走ったあとには、砂埃が舞っていた。相変わらずの力強い走りに惚れ惚れする。香港では初めての海外遠征で世界トップクラスのウマ娘たちに、あれだけ厳しいレースを強いられたにも関わらず5着に食い込んだ。スズカはやっぱり化け物だ。きっとシニアになってから大活躍するだろう。俺にできることは、そう信じることぐらいだ』

 

『12/17 今日は坂路を一杯に追ってもらう。夏合宿前の頃と比べると、トモの筋肉の付き方が全然違う。まるで短距離を主戦にしているウマ娘のような、立派な筋肉だ。スズカが厳しいトレーニングに耐え抜いてきた確かな証である。それなのになぜマイルCSを惨敗してしまったのか、俺にはまるで分からない。もうこれ以上俺はどうすれば良いのか。誰か教えてくれ』

 

『12/24 スズカと軽くトレーナー室でクリスマスを祝う。今年はレースで結果を出せなかったこともあり、あまり盛り上がらなかった。スズカを寮へ帰したあと、歴代の名マイラーや名中距離ウマ娘たちの走りとスズカのそれを見比べる。スズカの走りは、決して彼女たちに見劣りしない。スズカの素質は間違いなくGⅠ級だ。なぜ、勝てないのか。勝たせてやれないのか。何が足りていないのか。スピードか、スタミナか。……それともトレーナーの質なのだろうか。俺はこのまま、彼女のトレーナーを続けていていいのだろうか』

 

後の活躍を思えば意外かもしれないが、クラシック級の夏を超えてからもスズカは重賞未勝利で、G1では天皇賞・秋6着、マイルチャンピオンシップ15着、初の海外遠征となった香港カップでも5着と、トップクラスの壁の高さにことごとく跳ね返され続けていた。

 

そんな時期に書き連ねられた自責と疑惑の言葉が、当時のレイナの父の心情を、そのまま表している。

 

担当しているウマ娘の才能は素晴らしいものであるはずなのに、結果がついてこない。

 

トレーナーにとってこれほどもどかしく、自分の指導と能力に疑念を抱くことはない。

 

あいつは知り合った時から飄々とした男で、あの時期も顔には一切出していなかったけど、内面は本当にギリギリだったんだな……。

 

当時の彼の心境を思うと、同じトレーナーとして胸が痛む。

 

「……ん?」

 

その記録は、スズカがシニア級に進級してすぐに書かれたものだった。

 

『1/2 トレーニング始めということもあり、ダートで軽く調整。軽く、と言ったのに相変わらず派手に砂を舞い上げてスズカは力一杯走る。やる気があるのはいいことだが、こちらの指示に従ってもらわないと困る。そのことについて、それとなくスズカに注意した。はい、分かりました。すみません、と謝ってくれたものの、スズカは珍しく不満そうだった。俺ももう少し、言い方を気をつけたほうがいいかもしれない』

 

『1/5 今日はダートで強めに、と指示したのに、スズカは一杯で追ってしまった。年明けからずっとこんなことが続いている。俺も思わずなぜ指示に従わないんだ、と少し強めの口調で注意してしまう。スズカは、自分はトレーナーさんの指示通りに走っていると言う。そんなスズカに俺は嘘をついてまで走りたいのなら勝手にしろ! と思わず怒鳴ってしまった。悲しそうに目を伏せたスズカに俺はすぐさま謝ったが、激しい後悔だけが残った。二度と担当を怒鳴りつけるようなことはするまい』

 

『1/7 今日もダートを強めに追うように指示。やっぱりスズカは一杯に追ってしまう。だが戻ってきたスズカを観察していると、息の戻りは確かに強めに追ったあとのものだった。それで、気がついた。スズカは嘘をついていたわけじゃない。スズカに()()()()()()()()()()、強めに追っていても一杯と同じタイムが出て、走りに力強さが出てしまっていたのだ。原因は恐らく、あの立派なトモの筋肉だ』

 

「……!」

 

この記録は……。

 

今の俺たちに関係する、大切なことが書いてある気がする。

 

そう直感した彼は(きし)む古いパイプ椅子から立ち上がると、閉ざされていた部屋のカーテンと窓をすべて全開にし、インスタントではあるが渋みのあるブラックコーヒーをホットで淹れた。

 

思考をクリアにするためだ。

 

気がつけば、陽はもうずいぶん高くなっていた。

 

窓を開けた瞬間、初夏らしい爽やかな陽射しと、新鮮な風が部屋の澱みをすべて浄化させ、清冽な空気が部屋を満たす。

 

淹れたてのブラックコーヒーを口に含むと、心地よい苦みが彼の脳を覚醒させる。

 

彼はあらためて椅子に座ってPCに向かい、モニターを睨むように見詰めてマウスを握り直した。

 

『スズカの筋肉の質はすばらしいものだ。今だから言えるが、俺が一目惚れしたのは彼女の美貌でも走る姿でもなく、【典型的な走るウマ娘の骨格と筋肉】だった。あの脚のシルエットを見た瞬間、この娘は絶対モノになる! この娘はきっと俺をはるか高みに導いてくれる! クラシック三冠すら夢じゃない! と全身に電流が貫いたような思いがしたものだ』

 

「ふむ……」

 

思えば、ヤツの相マ眼には恐ろしいものがあった。

 

レイナの父がトレーナーとして活動していたのは、スズカの現役時代と同じたった3年だが、その間にレイナの父が『あの娘は走るようになる。きっとステークスウィナーになるよ』と言ったウマ娘は、間違いなく重賞戦線で活躍するウマ娘になっている。

 

そんなあいつがサイレンススズカという天才的な中距離ランナーに【一目惚れ】したのは、必然だったのだろう。

 

天才は天才を知る、ということなのかもしれない。

 

レイナの父は大学在学中からトップクラスの成績を収め、【10年に一度の天才トレーナー】とマスコミやプロ筋から太鼓判を押されていたような存在だったから。

 

トレーナーデビュー1年目から周囲に注目され、レース記者からも持ち上げられていたレイナの父だったが、若き天才にありがちな傲慢な態度をとることも、ビッグマウスを叩くこともなかった。

 

先輩たちには敬意を持って接し、後輩ができると偉ぶるでもなく、割とフランクに誰とでも付き合った。

 

そのように謙虚と親しみやすさを絵に描いたような男が、『この娘が俺をはるか高みに導いてくれる』とまで書き残していただなんて。

 

それほどの情熱と野望をあの淡々とした顔の下に隠し持っていたとは、当時の彼は気づきもしなかった。

 

レイナの父がサイレンススズカというウマ娘に抱いていた期待と希望は、友人であった自分でも推し量れきれないほど大きなものだったのだ。

 

友人の意外な過去の一面に触れ、頷きながら続きを読む。

 

『だから俺は、スズカにはしっかりとしたトレーニングを課してきた。筋トレも特に下半身を重点的に強化するものを指示していた。だがそれが良くなかったのだ。彼女の今の脚は素晴らしいポテンシャルを秘めているが故に、筋肉がつきすぎているのではないか。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そう仮説を立てた俺は下半身の筋肉を太く強靭なものから、細くしなやかな筋肉に変化、いや、進化させるようなトレーニングメニューを考案することにした』

 

「そうだったのか!」

 

シニアになってからのスズカは、当時の彼が見ても素晴らしく体のバランスが良くなった、と感じていた。

それは上半身の強化に力を入れたからなのでは、と推測していたのだが、現実は逆だったのだ。

 

トレーニングの改良によって下肢の筋肉がスマートになり、上半身とのバランスが最適化されたからこそ、全身のシルエットが格段に良くなったように見えたのだ。

 

『同時に気がついた。スズカの適性距離の幅は、きっと極端なまでに狭い。1600mでは短すぎる。2000mでは長すぎる。この娘の最適性距離は芝の1800、それもできれば左回りがいいのだ。となると、次走は来月東京で行われるバレンタインステークスがいいだろう。一月半あれば、ある程度はトレーニングの効果も確認できる。去年の天皇賞の頃から試みている、呼吸法の試行錯誤もそろそろ成果が出てくるころだ』

 

『俺はスズカが本当に良くなるのは、シニアになってからだと常々感じていた。肉体改造、呼吸法の改良。そして真の本格化。もしこれらが目算どおりすべて噛み合えば、スズカは化ける。距離の壁さえも、いずれ克服できる。そうなればきっと、どんなウマ娘も追いつけない最強のミドルディスタンスランナー・サイレンススズカが誕生する』

 

彼の仮説と実践は、正しかった。

 

シニア級からのサイレンススズカの鬼神も避けよの覚醒ぶりは、もうあらゆるメディアで語られつくされている。

 

ただ世間の熱狂とは裏腹にスズカが連戦連勝中の日誌の中身は、客観的な彼女のトレーニングの様子とその日の体調が記録され続けているだけだった。

 

そしてスズカがレースに勝利した日の日誌には、静かに『おめでとう、スズカ。お疲れ様』と記されているのみだ。

 

自分の手柄やトレーナーとしての能力を誇るような記述は、一切ない。

『勝利はウマ娘のもの、敗北の責任はトレーナーのもの』というのが口癖だった、サイレンススズカのトレーナーらしい記録だった。

 

……今まで一度も口に出したことはないが、彼はレイナの父のそういうところを友人として、そしてトレーナーとして、とても尊敬していた。

 

最後の日誌は、こう綴られている。

 

『10/31 いよいよ明日は、今年の大目標にしていた秋の天皇賞。スズカは宝塚記念で距離の壁も克服してくれた。今や2000mの距離は、スズカにとってベストディスタンスだ。体調も万全、今までで一番の仕上がりといっていい。飛ばしてこい、スズカ。今の君には、誰も追いつけない。君が見たいと願った、君だけの先頭の景色を見てきてくれ。そして願わくばそこで君が見たものを、ぜひ俺に聞かせてくれ』

 

このレースでの結末のことを思うと、ふたりの願いは、あまりにも切ない。

 

サイレンススズカはすでにこの世に亡く、スズカのトレーナーは彼女の引退と共に、レース界から身を引いてしまった。

 

だが、ふたりの願いが断絶されたわけではない。

 

ふたりの確かな絆の結晶が、苦しい中にいてもターフの上で戦い続けている。

 

願いは、夢は、まだ続いているのだ。

 

***

 

日誌を読み終えた彼は、いても立ってもいられなくなってスマホを手に取り、レイナの父に電話を掛けていた。

 

いつもはなかなか電話に出ないレイナの父にしては珍しく、2コールぐらいで電話に出た。

まるでこちらの電話を、待ち構えていたかのようだった。

 

『なんだ』

 

ぶっきらぼうな声が、電話の向こうから聞こえてくる。

電話に出る時のレイナの父の声は、いつもこんな感じだ。

 

基本的にレイナの父は電話があまり好きではないらしく、

 

『電話が鳴って幸せになった記憶がほとんどない』

 

と、スマホに電話がかかってくる度、若い頃からいつもそう言っていたのを思い出す。

 

「すまん。今朝PCを確認したらお前からのメールが届いていて……。日誌、読ませてもらったよ。ありがとう、本当に参考になった」

『そうか。……要件はそれだけか?』

 

要件はそれだけだ。

しかし。

 

「どうして、あんな貴重な日誌を俺に見せてくれる気になった? お前にとってあの日誌はかけがえのないものなんだろうし……レイナがトゥインクルシリーズで走ることも、本当はあまり良く思っていないんだろう?」

 

彼は、そのことを確かめずにはいられなかった。

 

レイナの父が送付してきた日誌の内容は、間違いなく今のレイナに役立つものだった。

レイナのしていることが心底気に入らないのなら、娘を助けるような真似をする理由はないはずだ。

 

『…………』

 

重たい沈黙が、二人の間に落ちる。

 

やっぱり聞くべきではなかったか、と彼が後悔し始めた頃に、レイナの父の平坦な声が聞こえてきた。

 

『……スズカが生きていたら『あの日誌、レイナのトレーナーさんに見せてあげたら?』って、俺に言っていたような気がしてな。……ただ、それだけだ』

「……そうか」

 

彼は急な鼻の詰まりをレイナの父に気づかれないよう、できるだけ平静を装ってそれだけ言う。

 

今でもレイナの父は、サイレンススズカを深く愛している。

サイレンススズカはこの世にいなくとも、その魂はきっとレイナの父とともにあるのだ。

 

そのことを思うと、胸の奥から温かいものが溢れ出そうになる。

 

『ああ。それから、分かっているとは思うが余計なことはレイナに言うな。あの娘にはあまり、母親の影を背負わせたくない』

 

レイナの父のその言い回しと声色は、本音を隠しきれていない、どこか婉曲的なものだった。

 

その声はどこかひんやりとしていて冷たく、レイナの父とスズカの絆に思いを馳せて温かくなっていた彼の胸の熱を、急速に奪ってゆく。

 

……娘のレイナにサイレンススズカの面影が重なることが、それほど心外なのか。

 

よっぽどそう言ってやろうかと思ったが、今は礼の電話を掛けているのだ。

彼は持ちうる良識を総動員させ、言葉の槍をなんとか喉の奥に押し留める。

 

「……分かってるよ」

「それならいい。じゃあ、切るぞ。娘のことよろしく頼む」

 

社交辞令的にそう言うと、レイナの父はあっさりと電話を切った。

 

レイナの父が娘に対して難しい感情を抱いていることを、彼は知っている。

レイナがそのことを、それとなく察してしまっていることも。

 

どうにもならない二人の心情を想像すると、なんともやるせない気持ちになる。

 

「ふぅっ……」

 

スマホを長机の上に置き、彼は大きくため息をついて椅子に浅く腰掛けた。

 

彼にとってレイナの父は若い頃からの友人であり、レイナは担当するウマ娘だ。

 

あまりに理不尽な事故で妻を(うしな)った友人の悲しみは、察するに余りある。

未だその悲しみに囚われているであろう友人に、いまさらどのような言葉をかけて良いのか、彼にはまったく分からなかった。

 

そんな父親に後ろめたい気持ちを抱えて生きているレイナのことも、痛ましく思う。

 

自分をかばったせいで、母は死んだ。

 

レイナも幼い日に母を奪われた被害者であるにもかかわらず、彼女はそんな強迫観念を背負い続けていて、そのことがレイナの心に暗い影を落としている。

 

言葉を尽くして彼女の罪悪感を取り除いてやりたいと心から思うが、しょせん自分は部外者(トレーナー)でしかない。

 

レイナの父の友人として。

サイレンスレイナの担当トレーナーとして。

 

彼は目を閉じ、なにか自分にできることはないだろうか、と思いを巡らせる。

 

しかし、いくら思考を重ねてみてもそんな妙案は思い浮かばない。

 

彼にできたことは、いつか二人の溝が消え、お互いに歩み寄れる日が来るといい、と願うことぐらいだった。

 

「……レイナの復帰後のトレーニングメニューを考案するか。まずは中距離ウマ娘の筋肉に関する資料と文献集めからだな」

 

締め付けてくる無力感ともどかしさを振り払うかのように、彼は作業内容を声に出す。

 

親子の感情の諍いは、結局親子で解決するしかない。

 

トレーナーである自分ができることは、担当するウマ娘を鍛え上げることだけだ。

 

それでも、もし。

 

もしレイナが秋の天皇賞へ挑戦することができたのなら。

 

二人の間に、また違った想いが宿るかもしれない。

 

彼はそんな希望を胸にしてノートPCに向かうと、必要な知識を探し求めるためにネットの海にダイブした。

 

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