サイレンススズカの娘。   作:宮川 宗介

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第十四話

*

 

宝塚記念は1番人気と2番人気を分け合った同期が、意地をぶつけ合う大熱戦になった。

 

1番人気を背負うのは、()()()()()()ウマ娘・リードエデルガルト。

 

彼女はシェリルが出走しなかった菊花賞を勝利したウマ娘だ。

 

春のクラシック二冠ウマ娘が欠場した年の菊花賞ウマ娘の宿命と言うべきか、リードエデルガルトさんもファンやマスコミから『シェリルジョーダンが出ていれば恐らく勝てなかっただろう』と言われ続けてきた。

 

それでもリードエデルガルトさんは去年の有マ記念で欧州帰りの現役最強ウマ娘・メジロラム、皇帝ルドルフの娘・シンボリライザに続く3着に入って現役トップクラスの力を示す。

 

シニア入りしてからは、不調にあえぐ同期の二冠ウマ娘・シェリルを尻目に大阪杯、天皇賞・春とGⅠを2連勝。

 

リードエデルガルトさんのことを、めぐり合わせの妙だけで菊花賞を勝ったラッキーウマ娘と見る者はもういない。

人気投票でも当日の勝ウマ投票券でも、ファンは春シニア二冠の彼女を一番人気に推した。

 

対するシェリルも宝塚記念の最終追い切りでその日の一番時計を記録するなど、復調気配を見せている。

シニア入りしてからは大阪杯5着、春天では7着と不本意な結果が続いているものの、皐月・ダービーの二冠を制し、去年の秋天でシンボリライザを撃破した天才の復活を望むファンは多く、当日は2番人気に推された。

 

デビューして初めて一番人気を譲り渡したとは言え、専門家やシェリルファンの期待はリードエデルガルトさんに勝るとも劣らないものだった。

 

『上半期の総決算、宝塚記念もいよいよ佳境を迎えました!』

 

関西の名物女性アナウンサーが声を張り上げた。

スマホを握る私の手に、思わず力が入る。

 

『さぁ最後の直線勝負、立ち上がったのはリードエデルガルト。リードエデルガルトが先頭! が、外から来たのは……シェリルジョーダン! ここ2戦、らしさが見られなかったシェリルジョーダンが、いい脚で追い込んできた!』

 

『シェリルジョーダン、リードエデルガルトに並びかける! 同世代の一騎打ちになりますか。リードエデルガルトが突き放す、しかしシェリルジョーダン食い下がる!』

 

『今度はシェリルジョーダンが先頭か、しかしリードエデルガルトが再び並びかける!』

 

『残り200m、火の出るような二人の叩き合い! 後続ははるか後方だ!』

 

『負けられないシェリルジョーダン! 負けたくないリードエデルガルト!』

 

『内、リードエデルガルト! 外、シェリルジョーダン!』

 

『二人並んで今ゴールイン! ほとんど同時、ほとんど同時! 手を上げるのは、シニア春二冠を制したウマ娘か、天才のクラシック二冠ウマ娘か!』

 

*

 

「うぇ~い! かんぱ~い!」

「……乾杯」

 

もう何度目か覚えていないけど、私はとりあえず持っているグラスをシェリルのそれにカツン、とぶつける。

 

繰り返される乾杯の要求に私は少し辟易としていたけど、シェリルはそんな私に気づくこともなく、うまそうににんじんジュースを喉に流し込んだ。

 

 

シェリルは寮の部屋に帰ってくるなり、宝塚市で一番人気の洋菓子店で買ってきたという、まるでウエディングケーキのように巨大なホールケーキを座卓テーブルの上にドン! と置くと、

 

『今からあたしの宝塚記念優勝パーティをするから、レイナはコップ用意してよ! ジュースは冷えてるの買ってきてるから!』

 

と、ハイテンションで私に言ってきた。

 

もう夜も9時を回っていて、消灯まであと一時間ぐらいしかないのに、だ。

 

今からあんな大きなケーキと甘いジュースなんか飲んだら、カロリー的にとんでもないことになるのでは……。

 

そもそも部屋でこんなものを食べるのに、寮長の許可は取ったのかしら?

 

いろいろなことが気になったが、コンビニで買ってきたであろう紙皿を楽しそうにテーブルに並べ、ナイフで巨大ケーキを切り分けているシェリルを見ていると、とてもそんな野暮なことを言う気にはなれなかった。

 

 

「あ~、チキンもうめ~! ここんとこずっと節制してたからこのジャンキーな味がたまらんわ。ほら、レイナも食べて食べて!」

「……ああ、うん。いただくわ……」

 

シェリルの勧めに私はチキンと並べてあった五目春巻きを箸でつまむと、少し醤油をつけてから口に運ぶ。

 

コンビニ惣菜は美味しいけれど、私には少し味付けが濃すぎる。

私は一旦箸を置き、ジュースとは別に注いでおいた水で口の中を洗い流した。

 

こんな調子で、消灯時間を過ぎてもシェリルのノリはまったく変わらなかった。

 

皿と一緒に買ってきたらしい揚げ物類の惣菜を美味しそうに食べ、大きく切り取ったケーキを口に運び、たまにジュースを喉に流し込んで、いろんなことを喋りまくっている。

 

今夜のシェリルは『あのジュース、実は酒で割ってるんじゃないか』と疑いたくなるぐらい、異様にテンションが高かった。

 

でも、そうなってしまうシェリルの気持ちも分かる。

 

春の惨敗は、天才ウマ娘・シェリルジョーダンが味わった初めての挫折だったのではないだろうか。

 

4月5月のシェリルは普段通りに振る舞いながらも、どこか無理している感じがあった。

ふとした瞬間に見せる、暗い影の落ちた表情が、ひどく痛々しかったことを覚えている。

 

楽天的な性格で誰にでもフレンドリーに接するシェリルだが、彼女も超一流のウマ娘。

その心の奥底には、レースに対する強烈な自尊心とプライドを抱えていたのだ。

 

結果が出ず、周囲の雑音に自尊心を踏みにじられ、プライドを傷つけられた日々は耐えがたいものがあったに違いない。

 

宝塚記念の前夜、スマホでURAの公式サイトを見ていたシェリルは『今回は二番人気か~。今までずっと一番人気だったんだけどな~』なんて言って笑っていたけど、スマホを持つ手の震えは隠しきれていなかった。

 

そんな挫折と屈辱を乗り越え、同期の強敵を実力でねじ伏せた。

 

今日の勝利は、シェリルにとってトゥインクルシリーズにデビューしてから……いや、幼い頃にレースの世界に飛び込んでから、一番嬉しい勝利だったんじゃないかと思う。

 

「いや、マジでエデルさんは強かった! でも、なんとかしのげた! あたしも捨てたもんじゃないってことよ! 今日のレース、グラスさんとスペさんの有マ記念に負けないぐらいの名レースだったと思わね!?」

 

この話を彼女から聞くのも、覚えているだけでもう5回目だ。

 

酔っ払いは同じ話を繰り返すって聞いたことがあるけど、今シェリルが飲んでいるにんじんジュース、あれ、ホントはお酒だったりしないよね……?

 

「そうね。ゴールの瞬間は鳥肌が立ったわ」

 

私も同じような返事しかしてないけど、シェリルはそれでもご満悦なようだった。

 

「うんうん、レイナは分かってるね! やっぱレイナはそこらのウマ娘とはセンスが違うわ~」

 

私のことをテキトーに持ち上げ、今度はウインナーをフォークで突き刺してうまそうに口に運ぶ。

 

「いや、マジここ数ヶ月は辛かった。ソラに振られるし、ママは職場でケガするし……。そのせいだなんて言いたくないけど、トレーニングにもレースにも全然集中できてなかった」

 

ご馳走を食べ、甘いジュースを飲んでいるはずなのに、シェリルは苦虫を噛み潰したような顔をしている。

 

「でも、ほら。ふたりとも寝れんくて駄弁った夜あったじゃん?」

「……あったわね」

 

彼女の胸の中で泣いたことを思い出した私は、思わず苦笑してしまう。

 

「あたしあん時、けっこーエラそうなこと言ったような気がするんだけどさ。あれ、レイナに言ってただけじゃなくて、きっと自分に言い聞かせてたんだと思う」

「……そうだったのね……」

 

あの夜のシェリルも、道に迷い、途方に暮れ、泣きたい気持ちになっていた孤独な旅人だったのだ。

 

だからこそ彼女から語られた旅のアナロジーが、あんなにも私の心を打った。

 

シェリルの言霊は私たちの心の間を反響して火花を散らし、そして二人の心に密やかな熱を宿して……旅人が持つランタンに、小さな明かりを灯した。

 

「厳しい旅路を歩いているのは自分だけじゃない。あたしの友だちも、重い荷を背負ってがんばってる。そう思ったらさ、あたしもヘコんでばかりいられないなって。不思議なもんだよね。メロス(AI)にどんだけ励まされてもモチベ上がんなかったんだけど、あの日の朝から脚が軽くなって、また本気でレースと向き合えるようになったんよ。だからさ……」

 

シェリルは少し頬を赤らめると、慌てたようにコップを手にとって口づける。

 

らしくなくテレている友だちを見て、人の機微に聡くない私もさすがに気づいた。

 

今日の美味しくて大きなケーキは自身のお祝いだけでなく、私への感謝でもあったんだ。

 

……にくいことをしてくれるじゃない。

 

こんなことをされてしまっては、『明日もあることだし、さすがにそろそろ……』なんて言えなくなってしまった。

 

明日のトレーニングと摂取カロリーのことは、もう忘れることにしよう。

 

私は空になっていたグラスにジュースを注ぎ込み、今夜はシェリルの気が済むまで付き合おうと腹を括った。

 

*

 

後日談。

 

あの日の0時すぎ、『隣の部屋がうるさい』と寮長に苦情が入ったらしい。

 

「いつまで騒いでいるの?」

 

と、アドマイヤシャノンさんが私たちの部屋に踏み込んできた。

 

ケーキやジャンクフードがとっ散らかっている惨状を見た瞬間、アイスドールと評されている彼女の瞳が大きく見開くという珍しいものを見てしまった。

 

しかしそこは曲者揃いの栗東寮をまとめる氷の寮長。

 

すぐさまいつもの無表情に切り替えると、冷静沈着に深夜の事情聴取を開始した。

 

その中で明らかになったのだが、やっぱりシェリルは部屋での食事の許可を取っていなかった。

 

シェリルは寮長から

 

「あなた、中等部からこの寮にいるわよね? なのにまさか、寮のルールを知らなかったとか言うんじゃないでしょうね?」

 

とか、

 

「GⅠを勝ったからと言って、何をしてもいいと思ってるの?」とか、結構ネチネチ責められていた。

 

その度にシェリルは愛想笑いを浮かべて「いや、さーせん」「もうしないんで」と、反省してるんだかしていないんだか、よく分からないような態度で寮長の説教をやり過ごしていた。

 

私も共犯者としてお説教を食らい、最後に「あなたは真面目な娘だと思っていたのに。ルームメイトを選べないのはわかるけど、友だちはしっかり選びなさい」と、当然のごとく嫌味を言われてしまった。

 

実は寮長のシャノンさんとは小学校に入る前、同じちびっこレースクラブに通っていて、同じ先生に指導してもらっていたという縁がある。

 

昔から生真面目で、友だちを作ろうとしない幼馴染に私は、

 

「シェリルは私が選んだ友だちなのよ」

 

と笑顔で言い返すと、寮長はそれ以上なにも言おうとはせず、

 

「各自反省文を10枚書いて、明後日までに寮母さんと私に提出するように」

 

と申し付け、足音も立てずに私たちの部屋から出ていった。

 

まぁ嫌味ぐらい言われても仕方ないことをやった自覚はあったし、両隣の部屋の娘たちに迷惑をかけてしまったことは申し訳なかったと思う。

 

でも、文字通り傍迷惑だった横紙破りの祝宴は、私たちにとってどうしても必要な儀式だった。

 

次の日、お詫びのにんじんジュースを持ってシェリルと一緒に謝りに行った際、隣人たちも、「まぁほどほどにね」とだけ言って許してくれたところを見ると、私たちの気持ちと事情をある程度察してくれていたのだろう。

 

所属しているクラスやランクは違えど、ウマ娘は皆、同じような悩みを抱えて走っている。

 

迷惑をかけてしまったり、困ったことがあったときはお互い様、という精神が根付いているのだ。

 

だからもし、私が誰かに迷惑をかけられるようなことがあったともしても。

 

その時は「お互い様よ」と言って、苦笑でも浮かべて肩をすくめるようにしよう。

 

*

 

「お、来たね。問題児」

 

トレーナー室に呼び出した私の顔を見るなり、彼はニヤつきながらこちらをあおってくる。

どうやら昨夜の悪行が、彼の耳にも届いているらしい。

 

「私はあのサイレンススズカの娘なのよ。トレーナーとして、担当の多少の問題行動は織り込み済みのはずでしょう?」

「開き直らない。……だいたいそれを言われちゃ、こちらはなにも言い返せないんだけど」

 

ニヤケ顔の代わりに、今度は苦笑を浮かべて肩をすくめる。

 

あのおしとやかな見た目に騙されがちだけど、お母さんは現役時代、弥生賞ではゲートを壊しそうな勢いでフライングしようとしたり、門限お構いなしで走りに行ったりして、周囲の人達から『走ることしか考えてない、頭先頭民族なウマ娘』と言われていたほどの問題児(気性難)だったのだ。

 

……ごめんなさい、お母さん。

私は自分の悪事を天国の母親のせいにするような、いけない娘です。

ですが、お母さんの若気の至りにも原因があるのですよ。

 

心のなかで天国のお母さんに告解していると、トレーナーさんは急に表情を引き締めた。

 

「レイナ。もうすぐ夏合宿が始まるね。7月は合宿中にしかできない負荷の高いトレーニングに集中して、8月前期に復帰戦を予定しているよ」

 

復帰戦。

それを聞いて、身体に熱がこもる。

 

うだうだ考え事をしていたり、くよくよ悩んだりしていても、レースを走るとなると気合が入る。

苦悩や葛藤なんて、どこかに吹き飛んでしまう。

 

ウマ娘は、そういうふうにできているのだ。

 

「了解したわ。どこのレース場に出走予定なのか、教えてくれる?」

「もちろん。これからのスケジュールを話し合おうと思って、トレーナー室に来てもらったんだから。まぁでも、とりあえず座らないか?」

 

気持ちが入りすぎていたのか、私はどうやら立ったまま腕を組んでMTGを行うつもりでいたようだ。

 

私はこほんっ、と咳払いひとつして喉の調子を整え、用意してくれていたパイプ椅子に腰掛けた。

 




読了、お疲れさまでした。
サイレンススズカの娘。第十四話をお届けしました。

先月の半ばから少し体調を崩していたのですが、今月もなんとか、何度か更新できてホッとしています。

素晴らしい作品が毎日供給される今の世の中で、私の作品のように『刺さるひとには刺さるけど、一般受けしない書き手の小説』というのは、やっぱり一定の間隔で更新しないと、すぐに忘れ去られて埋もれてしまいますからねぇ。

その危機感が執筆の継続に一役買っている、という面もありますけどね(笑)。

楽屋ネタはこのあたりにしておいて、少し本文のネタの方にも触れておきましょう。

今回本文に使わせてもらった、レイナ(スズカの娘)とシャノン(アドマイヤグルーヴの娘)が幼い頃同じレースクラブに通っていた、というネタは、史実でサイレンススズカとアドマイヤグルーヴが同じ橋田厩舎に所属していた、というのが元になっています。

これからもこういう史実ネタを時々盛り込んで、知っている方をニヤリ、とさせたいですね。

次回はいよいよ夏合宿に突入し、レイナは復帰戦を迎えます。

いい加減レースシーン出してくれよ、と呆れていた読者さんにも、満足していただけるものを書きたいと思っていますので、引き続きのご愛読、どうぞよろしくお願いします!
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