サイレンススズカの娘。   作:宮川 宗介

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第十五話

*

 

暑い。

 

まるで私の肌を焦がすかのように、灼熱の太陽光が絶え間なく容赦なく、降り注いでくる。

少しでも身体から熱を逃がそうと、まるでスコールに打たれたあとのように、全身が汗みずくになっている。

 

初めての夏合宿、2日め。

 

他のウマ娘たちがタイヤ引きやビーチフラッグなどの人目を引くトレーニングに勤しむ中、私は海岸に打ち寄せては引いてゆく波の音と、たまに吹きつける潮風だけを救いに、延々と砂浜を走り込んでいた。

 

(中距離を走り切るスタミナと、それを支えるしなやかな筋肉を身につけるためには、やはり地道な走り込みが一番効果的だ)

 

合宿直前のミーティングで、トレーナーさんは合宿中のトレーニングメニューとその意図を伝えてくれていた。

 

(メイントレーニングをインターバル走に据えて、中距離レースでペースを維持し続けるためのスタミナと体内時計をしっかり鍛え上げよう。あとは合宿中にしかできないトレーニングとして、海での遠泳で脚に負担を掛けずに心肺機能の強化を図ったり、クロスカントリーで体幹を鍛えてバランス感覚を養おうと思う。自然の中での練習は、きっと良い気分転換にもなるはずだよ)

 

プログラムの内容は私の筋肉の質に合わせて徹底的に身体を基礎から作り変え、1800mと2000mに特化しようというものだった。

 

その方針に異論はなかったけど、あえて不満を言わせてもらえるなら、メインのインターバル走がとにかく地味で単調なことだ。

 

地道な練習は炎天下の熱を倍増させ、孤独感を強調する。

これは必要なトレーニングなのだと頭では理解していても、辛い。

 

見た目が華やかでダイナミックなトレーニングをしている他のウマ娘が、羨ましく思えてくる。

彼女たちも楽しいだけでそのトレーニングをこなしているわけではない、ってことは分かっているだけど……。

 

「レイナ! ラップ乱れてるよ! しっかり走るテンポに意識を集中して!」

 

そんな私の心中を見透かしたかのように、トレーナーさんから檄が飛ぶ。

 

「はい!」

 

私は自分の弱気を叱咤するように大きな声で返事し、無理やり意識を脚のリズムに戻した。

 

*

 

夕食後から消灯までの時間は、厳しくスケジュール管理されている夏合宿での、わずかな自由時間だ。

 

日中のトレーニングは学園にいるときのものよりハードなものが多く、私たちの心身を疲弊させる。

 

その疲れを癒すために合宿所でのウマ娘たちは、食堂で消灯まで気の合う相手とおしゃべり(トレーナーや練習に対するグチであることが多い)したり、部屋でボードゲームやスマホゲームに興じたりする。

 

そんな時間に私は人気(ひとけ)のないデイルームのソファーに腰掛け、パックのにんじんジュース片手に何をするでもなく、ただぼんやりしていた。

 

普段と違う環境にいるせいか、それともハードなくせに単調で退屈を感じるトレーニングをしているせいか、どうもモチベーションがあがらない。

 

合宿に来たら自然とモチベも上がって厳しいトレーニングにも没頭できるもの、と思いこんでいたけど、どうも私はそうではないらしい。

 

「う~ん……」

 

誰もいないのをいいことに、私は浮かない気分を声に出して吐き出した。

 

自分でも知らなかったのだけど、私は練習環境が大きく変化すると意欲が減退してしまうタイプの人間のようだ。

 

練習環境が激変したトレセン学園入学直後の頃にさえ、トレーニングへのモチベの低下なんて一切感じていなかっただけに、今回のことは意外だった。

 

しかし少し考えてみると進学という人生の節目のイベントには、なんとも言えない特別感がある。

 

そのおかげで脳が『こういう状況なら環境の変化は当然のこと』と受け止めて、むしろやる気を強化してくれていたのだ。

 

「……」

 

なるほど。

モチベーションが上がらない原因らしきものはわかった。

 

でもそれが分かったところで、やる気の低下が改善されるわけでもなかった。

 

復帰戦は3週間後に迫っているというのに……。

こんなメンタルの状態で、厳しいレースをまともに戦えるのだろうか。

 

最近少し鳴りを潜めていた焦りと弱気が、またお腹の奥からせり上がってくる。

私は手にしていたにんじんジュースを喉に流し込んで、慌ててその塊を腹の奥へと追いやった。

 

「ふぅ……」

 

まだパックに残っている中身を小刻みに揺らしてチャプチャプしながら、トレーナーさんに相談してみようかな……とかも考えたけど、『合宿に来たせいでやる気が出ないのですが、どうすればいいですか?』なんて聞かれたところで、彼も困惑するに違いない。

 

厳しいトレーナーだったら『もう帰れ!』と激怒されても仕方のない愚問だ。

 

同じ理由で、シェリルやクラスの友人にも相談できそうにない。

都会の喧騒から離れて行われる夏合宿は、日々の雑音や誘惑を遮断してトレーニングだけに集中できる貴重な機会なのだ。

そんな環境でモチベ高く頑張っている娘たちに、水を差すようなことはしたくなかった。

 

どうしたものかしらね……と気づかないうちにうなだれていた顔を上げると、ふと本棚にある月刊トゥインクルが目に入った。

 

デイルームには大きな本棚が壁沿いに3架設置されていて、神保町にあるような小さな古本屋さんに置いてあるぐらいの量の本がずらりと並べられている。

 

驚いたことに私の眼の前にある本棚には、1架まるごと月刊トゥインクルが収められているようだった。

 

蔵書プレートを確認してみると、この本棚には数十年前に発行された創刊号から最新号まで、すべての月刊トゥインクルが収納されているらしい。

 

「月刊トゥインクルって、こんなに発行されていたのね」

 

一人になると独り言が増えるのは、私のあまり良くない癖だ。

両親が言うには小さい頃からあった癖らしいが、お母さんが亡くなってから特にひどくなった気がする。

 

家でならまだいいけど公共の場では気をつけないとね……なとど思いながら、なにげなしに一番左上にあったものを手に取ってパラパラとページを眺めてみる。

 

手にしたのは、創刊号だった。

その記念すべき第一号の特集記事は【恐ろしき初代三冠ウマ娘セントライト! その能力の秘密に迫る!】というものだ。

 

少し時代を感じさせる写真に写っているセントライトさんは今と違って髪をショートカットにしており、その瞳には現役のウマ娘らしい闘志が宿っている。

 

彼女は様々な事情から結局菊花賞の勝利を最後に引退してしまったのだが、記事のインタビューからは三冠を制した当時の第一人者らしい、謙虚でありながらも力強い、自信に満ち溢れた言葉が記録されていた。

 

セントライトさんって温和なイメージがある方だけど、若い頃はけっこう意気軒昂なウマ娘だったのね。

 

先人の意外な一面に触れて感銘を受けつつ壁掛け時計に目をやると、まだ消灯までにはかなりの時間が残されている。

 

そうだ。

 

今夜は伝統あるレース雑誌・月刊トゥインクルを読み込んで、レースの歴史に想いを馳せるとしよう。

 

数ある記事の中に、もしかしたら私の心を動かしてくれるものがあるかもしれない。

 

と言ってもさすがに、創刊号から最新号までのすべてを読み切るのは不可能だ。

だから今夜は、特に興味が惹かれたものだけ手にとって目を通してみることにした。

 

最初はソファーに寝そべって、適当に目を通していただけだった。

 

でも1ページ1ページ読み進めるうちに、自然と背筋が伸びてくるのが分かった。

 

そこには偉大なウマ娘たちの残した蹄跡が、プロの写真家や文筆家、それに各界の著名人が寄せた文章などで色褪せることなく鮮やかに記録されていた。

 

スーパーカーと呼ばれ、生涯成績8戦8勝、走ったレースで後続につけた差は61バ身という圧倒的な実力差を見せつけ、惜しまれつつターフを去ったマルゼンスキーさん。

 

シンザンさん以来の三冠を達成したミスターシービーさん。

その翌年に現れた無敗の三冠ウマ娘、シンボリルドルフさん。

日本のウマ娘で初めてジャパンカップを勝った、カツラギエースさん。

 

史上初、トリプルティアラを達成したメジロラモーヌさん。

 

ハイセイコーさん、オグリキャップさんが生み出した、社会現象にまでなったレース界の熱狂。

 

永世三強、BNWの熱血ライバル物語。

 

トウカイテイオーさんの奇跡の復活。

 

ナリタブライアンさんの、【史上最強のウマ娘】とまで言われた全盛期。

 

彼女たちの、人生を懸けた走りの上に今のレース界の隆盛があるんだと思うと、身が引き締まる思いがする。

 

軽い高揚感を覚えながら読み終えた雑誌を閉じ、また本棚の前に戻ると、ある年の8月号の背タイトルが目についた。

 

「あっ……」

 

そこには【秋に向けて本格始動! 宝塚記念ウマ娘サイレンススズカの夏合宿に密着取材!】と書かれている。

 

お母さんもレースを走っていたGⅠウマ娘なのだから、こうして月刊トゥインクルに取り上げられているのは、当たり前といえば当たり前なんだけど……。

自分の母親のことが雑誌に掲載されているというのは、なんだか背中がむず痒い。

 

私はそれを手にとってソファーに戻ると、親の卒業アルバムを見るような気持ちで最初のページをめくる。

 

巻頭カラーは身体半分ステイゴールドさんを抑えて宝塚記念を先頭でゴールする、お母さんの姿だった。

 

記事のキャプション担当者は、その様子を熱のこもった力強い文章で綴っている。

 

それから数ページ、宝塚記念という大舞台を疾走するお母さんのグラビア写真が続く。

 

その数々の写真は、ターフ上で躍動するサイレンススズカを見事に捉えていた。

 

……写真の中のお母さんが私の知ってるものより美人に見えたのは、若さとカメラマンの腕のおかげだろう。

 

今のスマホカメラは高性能で、撮影する時にはAIがいろいろと調整してくれる。

それでも家族や友だちが撮ってくれたりしたものより、プロに撮ってもらったもののほうが私もはるかに写真写りがいい。

 

どんなジャンルでも、やっぱりプロってのはすごいものだ。

 

グラビアのあとに、なんかサイレンススズカの担当トレーナーへのインタビューみたいなものもあった気がするけど、特に興味が沸かなかったので読み飛ばした。

 

そんなものより私の関心を惹いたのは、【夏合宿中特別インタビュー! サイレンススズカ 秋の大目標・天皇賞に向けて】という記事だ。

インタビュアーと文責はあの名物記者、乙名史さんだった。

 

最初はお互いの挨拶から始まって、宝塚記念の振り返りやGⅠウマ娘になってからの環境や心境の変化のことなどがインタビューされている。

 

そして乙名史さんからの質問は、夏合宿の練習の内容にも触れられていた。

 

乙名史『やはり合宿中のトレーニングはハードですか?』

スズカ『そうですね。インターバル走を中心に、ほとんど一日中走っています』

乙名史『でもスズカさんは走るのが好きだから、苦にならないでしょう?』

スズカ『(控えめに苦笑しながら)いくら走るのが好きな私だって、炎天下で延々と走り続けるのは辛いものがありますよ。乙名史さんだって好きで今のお仕事を選んだと思うんですけど、辛いことや嫌なことはあるでしょう?』

 

お母さんらしからぬ皮肉めいた言い方に、私も微苦笑をこらえきれなかった。

それは少女でも大人でもない時期だけに許される、小賢しい発言だったと思う。

 

お母さんにも、そういう時代があったのだ。

 

乙名史さんはお母さんの可愛げのない逆質問を受けて『年下の女の子からの正論に、私も苦笑いを浮かべながら頷くよりなかった』と書いている。

 

それから話は秋のローテーションのことに移り、秋の天皇賞に向けての意気込みをお母さんが短く語る形でインタビューで締められていた。

 

母の取材記事を読み終えた私は、そっと雑誌を閉じて裏表紙を撫でる。

 

思えばお母さんは、本当に走るのが好きだった。

 

お母さんの脚はケガの後遺症のせいで全力疾走はおろか、ジョギングぐらいのペースで走ることも医師に止められているような状態だった。

 

それでも『お父さんと病院の先生には内緒よ?』と言って、私のロードワークに少しだけ付き合ってくれたりしたものだ。

 

そういえば、こんなこともあった。

私が小学3年生の時、運動会の応援にお母さんだけ来てくれたのだ。

お母さんが亡くなるまでは父も一緒によく学校行事に顔を出していたものだけど、あの年は確かどうしても外せない仕事が入ったとかで、父は来られなかったのだと思う。

 

【事件】が起こったのは、保護者参加型リレーのエントリー募集のときだ。

 

『参加してくださる保護者の方はいらっしゃいませんか~!』と声を上げる先生に、なんとお母さんが手を上げてしまったのだ。

 

エントリーを表明している他の参加者は、普通の人ばかり。

 

こういう時、ウマ娘の保護者は空気を読んで参加したりしないものなんだけど、お母さんはあまり場の雰囲気とか常識とかにこだわらないタイプの人だった。

 

空気も読めず(読まず)、参加しようとするウマ娘の母親に非難めいた視線を向ける人もいたけれど、そこは小学校の運動会という名のお祭りだ。

 

あのサイレンススズカが走るならむしろ見てみたい! という声に押されて、なんとお母さんが本当に出走することになった。

 

ところで子どもというものは、自分や自分の親が『他の子と違う』『他のお母さんやお父さんと違う』ということを妙に気にしたりする。

 

けれど私のお母さんが少し人と違うことをするのは、いつものことだった。

だから周りに渋い顔をされながらでもリレーにエントリーしようとしているお母さんに、私は何も言わなかった。

 

むしろ人の目を気にせず、自分が振る舞いたいように振る舞う母親を、幼かった私はどこか自慢に思っていたようだ。

 

そんなことより、いくら普通の人相手だからといってリレーなんて走って脚は大丈夫なの? と私は心配したけれど、お母さんはいつものように『お父さんと病院の先生には内緒よ?』と言ってウインクした。

 

悪い左足を少し引きずりながら、弾むような足取りでスタート地点に向かっていったお母さんの後ろ姿を、今でもはっきり覚えている。

 

お母さんがアンカーを務めることになり、最終走者の待機位置でチームメイトの走りを見守っていた。

 

チームメイトにも恵まれた。

 

暫定トップでバトンを任されたお母さんは、現役当時を思わせる素晴らしいスタートを切る。

 

さすがの走力の違いで、後ろをどんどん引き離していく。

 

けど左足が悪いお母さんのフォームはバラバラで、走りのことなんて何も分かっていなかった子どもの私が見ても『転んでケガしないかな……?』と心配させられるほどだった。

 

しかしそんなフォームであっても、サイレンススズカの走りを目の当たりにして、お母さんに白い目を向けていた観客たちが『おお~……』と感嘆の声を上げる。

 

お母さんの走りには人を惹きつけずにはいられない、なにかがあったのだ。

 

お母さんは歯を食いしばり、わずか100mの距離を全力で駆け抜ける。

 

そして見事先頭で1着のゴールラインを切ってみせた。

 

久しぶりに本気で走ったせいか、お母さんは顔から大量の汗を滴らせながら、両膝に手をおいて激しい呼吸を繰り返していた。

 

そんなお母さんに、会場から大きな拍手が送られる。

私もなぜか、泣きながら必死に手を叩いていた。

 

汗だくで戻ってきたお母さんはそんな私になにも言わず、私の髪を撫でながら、

 

「やっぱり、走るのは楽しいわ」

 

と珍しく相好を崩して笑っていた。

 

……今思うとあのリレーで見せてくれた不格好な走りが、私が自分の目で見た、最初で最後のサイレンススズカの全力疾走だった。

 

お父さんと病院の先生には内緒よ? と言ってはいたものの、サイレンススズカが運動会で保護者リレーに出走! という出来事はウマッターにポストする格好のネタだったらしい。

 

運悪くというか、そんな日に限ってウマッターでは特に大きな事件や炎上が起こっていなかった。

そのポストはニュースに飢えていたウマッターレース民の手によって必要以上に拡散され、それなりにバズってしまったのだ。

 

そのせいもあって、お母さんの禁則破りはその日のうちに父にバレた。

 

私の知る父の数少ない美点に、とにかくお母さんには優しかったというものがある。

だがこの日ばかりは仕事から帰ってくるなり、「なんてことをしたんだ!」「もう絶対こんなことはしないと約束してくれ!」と珍しく大きな声でお母さんをたしなめていた。

 

父に叱られ、シュンとして上目遣いに「ごめんなさい……」と耳を曲げて謝っているお母さんが、なんだか担当トレーナーに怒られているウマ娘のように見えて、思わずくすり、と笑ってしまった。

 

そんな私に父は「レイナ。お前も笑っていないで、今度こういうことがあったらしっかりスズカを止めるように」と言い聞かせたものだった。

 

走ることをこれほど偏愛していたお母さんでも、夏合宿での走り込みは辛かったのだ。

 

それなら、まぁ……。

 

「私がしんどく感じるのも、仕方ないかな……」

 

ひとりごちてみると、合宿が始まってからいつも思考にまとわりついていた(もや)が、晴れた気がした。

 

少しクリアになった頭で、お母さんはどうしてこんなに辛いことを頑張れたのか、考えてみる。

 

……それはきっと、走ることがなによりも好きだったから。

誰もいない先頭の景色を見てみたいと、誰よりも強く望んでいたから。

 

今はとても、お母さんと同じぐらい、と胸を張っては言えないけど。

 

私だって、走ることが好きだ。

 

そしてお母さんの見ることが叶わなかった先頭の景色を見たいと、望んでいる。

 

今は状況もトレーニングも苦しいけれど……夢を叶えたいと心の底から、願っている。

 

それならば結局。

 

「走り続けるしか、ないのよね」

 

私にそう思わせてくれたのは偉大なウマ娘たちの言葉や記録ではなく、お母さんが残してくれた努力の蹄跡だった。

 

母は偉大なり、ということなのかもしれない。

 

……ありがとう、お母さん。

 

目を閉じ、お母さんに感謝を捧げる。

薄い闇の中に浮かんだお母さんが、私に微笑みかけてくれた。

 

そっと瞳を開け、ふと時計を見ると時刻は9時55分を表示していた。

そろそろ、消灯の時間だ。

 

今夜はなんだか、いい夢が見られそうな気がする。

 

「明日も、がんばりますか」

 

私は自分をそう励まし、雑誌を本棚に戻して部屋へ戻ることにした。

 

*

 

今日の日差しも、また強烈だった。

天気予報での最高気温は、38度。

 

アイススラリーやAVA冷却で体温を下げ、暑熱馴化のトレーニングを積んでいても堪える酷暑だ。

 

「ふっ、ふっ、ふっ、ふっ……」

 

そんな中、トレーナーさんに指示されたペースを崩すことなく、灼熱の砂浜を走り続ける。

 

照りつける太陽光が、スタミナを奪ってゆく。

全身から吹き出る汗が、ひたすら不快だ。

 

今この瞬間立ち止まって、左に広がる母なる大海原へ飛び込んでしまいたいと思う。

でも、お母さんもこの地味で退屈なくせに辛いトレーニングに耐えていた。

 

見たことのない先頭の景色を見るために。

自分の夢を叶えるために!

 

そう思うと、不思議と頑張れる気がした。

 

ストップウォッチを持ったトレーナーさんの姿が、近づいてくる。

 

5本ワンセットの、1000mインターバル走。

もうすぐ本日4回めのゴールだ。

 

「ゴールっ!」

 

ピッ! というストップ音とトレーナーさんの声がきれいに重なった。

そしてすぐさま、持ってきていたクーラーボックスから取り出したスポーツドリンクと塩タブレットを手渡してくれる。

 

「ふぅっ……ありがとう」

 

ペットボトルから手のひらに伝わる冷気が、心地よい。

受け取ったスポーツドリンクを、一気に喉の奥に流し込んだ。

干からびかけていた身体に、水分とミネラルが染み渡っていく。

 

「タイムはどう?」

 

私が尋ねると、トレーナーさんは久しぶりに明るい笑みを浮かべながら、

 

「いい感じだよ。4本目なのにタイムも良好だし、ピッチもほとんど乱れていない」

 

と答えてストップウォッチを見せてくれる。

 

「ここのところ走りにピリッとした感じがなかったからちょっと心配してたんだけど、今日はいい調子で走れているみたいだね」

「ん……。そうかもね」

 

今回はお母さんの古い記事を読んで、モチベーションを復活させたわけだけど……。

そのことを素直に言うのがなんだか照れくさかった私は、曖昧に頷くだけにしておいた。

 

「なんにせよ、やる気が戻ってきたのはいいことだ」

 

トレーナーさんのその一言に、口にしようとしていた塩タブレットを思わず取り落としそうになる。

 

やる気のなさはそれなりに取り繕っていたつもりだったけど、合宿に来てからの、私のトレーニングに対するモチベーションの低下はしっかり見破られていたらしい。

 

担当に対する鋭い観察眼は、さすがにプロだ。

 

「不調が続くようなら、練習メニューを変えてレースの予定を組み直さなくちゃいけないと思っていたけど……うん、これなら今月末のプレオープンの2000mに出走できそうだね」

「あれ、合宿前に次走は8月の前期って言ってなかった?」

「そのつもりだったけど今のまま調子を上げていければ、きっと今月の最終週には完璧に仕上げられる。……秋の天皇賞を目指すつもりなら、少しでもローテーションに余裕はあったほうがいいからね」

 

秋の天皇賞。

 

そうだ。

もし次走で【2勝の壁】を超えることができれば、今年の秋の天皇賞への出走が現実味を帯びてくる。

 

……というより、あと4戦しか走れない現実を考えれば、次のレースが夢をつなげるための最後のチャンスになる。

 

トレーナーさんもそれが分かっているからこそ、私の夢のレース名をわざわざ口にしたのだろう。

 

次のプレオープン戦は、絶対に負けられない。

 

「そうね。じゃあラスト、しっかり消化して調子を上げていきましょう」

 

夢への最後のチャンス。

 

そのプレッシャーをはねのけようと、私はあえてそれが何でもないようなことのように装う。

そして最後の一本をこなすべく、スタート地点へと駆け出していった。

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