サイレンススズカの娘。   作:宮川 宗介

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第五話

4月最終週の、日曜日。

 

ウマ娘がごった返している談話室の隅っこで、私はテレビに熱い視線を送っていた。

 

『三冠ロードの緒戦、皐月賞もいよいよ最後の直線です!』

 

力のこもった実況が、テレビのステレオから響き渡る。

観戦しているウマ娘たちからも、「がんばって!」「ここからだよ!」という声援が乱れ飛ぶ。

 

『最初に立ち上がったのは、7番! 7番が先頭! しかし2番の娘も追いすがる! 6番もやってきている!』

 

『残り200M、各ウマ娘横いっぱいに広がった! 今度は6番の娘が先頭か。しかししかし、やはりやってきた! 今日の一番人気、シェリルジョーダンがすべてを呑み込む末脚で外から一気にやってきた!』

 

『シェリルジョーダン、ここで先頭に躍り出た!』

 

『突き放す、突き放す! 2バ身、いや3バ身か。シェリルジョーダン、今一着でゴールイン!』

 

『やりました、シェリルジョーダン! 天才の評判に偽りなし! 母から受け継いだ中距離適性を見事見せつけて、皐月賞で堂々のレコード勝ちです!!』

 

「つ、強い……」

 

圧倒的な強さを見せつけたシェリルを見て、誰かが小声でつぶやいた。

 

「私、青葉賞でいい成績残せたらダービー挑戦しようって考えてたけど……やっぱやめとこうかな……あんな天才に、勝てっこないよ」

「正直、私もそう思った……。クラシック級デビューだったけど、せっかくダービーには間に合いそうだったのに……」

「私なんか、わざわざ皐月賞回避して春の目標をダービー一本に絞ってたんだよ! あんな天才と同じ年に生まれちゃうだなんて、ツイてなさすぎでしょ……」

 

皐月賞に出走していなかった、シェリルの同期たちが絶望的な声色と表情で言葉をかわしている。

 

今日のシェリルの勝ち方は、それだけ強かった。

私も彼女と同期だったら、間違いなく彼女たちと同じように思っていただろう。

 

もし私の同期に、あれほどの天才がいたとしたら。

私は心折れずに、そのウマ娘に立ち向かえるだろうか?

 

「でも、サイレンスレイナさんもこれから大変だね」

「えっ……」

 

そんなことを考えていると、なぜだか少し同情じみた感じの声で声を掛けられた。

 

話しかけてくれたのは、どうやら同じ高等部1年の娘らしい。

着ているジャージの袖に入っているラインが、1年生の青色になっている(昔は学年を識別するこういうマークがなかったそうだ)。

 

「どうして?」

「いやだって。サイレンスレイナさん、今年学園に来たばかりの新入生でしょ? 同じ部屋の娘がGⅠウマ娘とか、結構居づらくない?」

 

話しぶりからすると、彼女は中等部からトレセン学園にいる内部進学のウマ娘なのだろう。

……ネットで調べたことぐらいしか分からない私なんかより、よっぽどこの学園内の力関係に詳しくて敏感なのは間違いない。

 

華やかで自由な校風のトレセン学園も、結局は弱肉強食の勝負の世界。

勝っている者は本人の意志など関係なく、どうしてもカーストの上位に祭り上げられてしまう。

 

もちろんそんなことは一切気にせず、年齢やレースのキャリアの長さを尊重して仲間や先輩と接する娘もいるそうだ。

レースとプライベートは完全に切り離して、同期や同学年のウマ娘と普通に付き合う娘も。

 

「どうなのかしら……。シェリルは結構、その辺フランクそうだから」

「えっ!? アンタ、シェリルジョーダンさんのことシェリルって呼んでるの?」

 

そういう彼女の声色には、明らかに非難めいたものが含まれている。

 

「えっ、ええ……。シェリルがそう呼んでほしいって言ったから」

「はぁ……。やっぱ新入生とは言え、サイレンスレイナさんみたいな鳴り物入りの大物は違うのかしらね~。私ならいくらルームメイトで同学年と言っても、すでに重賞勝っている娘を呼び捨てにはできんわ」

「……」

 

私だって、そのあたりは当然気を配ったつもりだった。

でもシェリル本人が、敬語使いやさん付けはしなくていいって言ってくれたんだ。

それとも私は社交辞令を真に受けた、空気の読めないヤツだったのだろうか。

 

ルームメイトの彼女とは、これから長い付き合いになる。

もう一度、二人の距離感のことはしっかり話し合っていたほうがいいかもしれない。

 

「……ごめん。私そろそろ、部屋に戻るわね」

 

腑に落ちないものを同級生に植え付けられた私は、そそくさとその場から急ぎ足で退散した。

 

*

 

夕食も済んで一息ついた、その日の午後7時ぐらい。

 

「あっはっはっはっはっ! エガオで『皐月賞優勝おめでとう!』って言ってくれたと思ったら、いきなしシンミョーな顔になって『話しておきたいことがあるの』なんて言うから、なんかあったんかな? と思ったらそんなことか。レイナってば気にしすぎ!」

 

寮の部屋に凱旋した皐月賞ウマ娘・シェリルジョーダンは、私の相談と心のもやもやを呵々大笑して笑い飛ばした。

 

「なになに? ひょっとして、誰かになんか言われたん?」

「うん。実はね……」

 

私は昼間に談話室であった出来事を、端的に、できるだけ自分の感情を交えずに伝える。

 

「あ~……なるなる。いるよね、そういうヤツ」

 

シェリルは端正な顔を歪めながら、ウンウン、と小刻みに首を縦に振る。

 

「友だちとの競走成績の差をやたら気にする娘っているけど、あたしはあんまり気にならないな~。だってその友だちが未勝利でもGⅠウマ娘でも、その娘はその娘っしょ。気が合うから友だち。一緒にいて楽しいから友だち。それでいいじゃん」

「シェリル……」

 

入寮してきたあの日に言ってくれたことは、社交辞令なんかじゃなかった。

この娘がルームメイトで、本当に良かった。

 

「それにレイナは、みんなに期待されてこの学園に来たっしょ? 言っちゃなんだけど、注目されてるレイナへのヒガミみたいなもんもあったんだと思うよ」

「そうなのかしら……」

 

私が僻まれるほどの走力を持っていないのは、先日の併走で嫌と言うほど思い知らされたんだけどね……。

 

私は多分あのサイレンススズカの娘と言うだけで今まで過大評価されていて、自己評価も高く見積もりすぎていたんだと思う。

 

それは少し、いやかなり悔しいことだったけど、現実は現実として受け入れなければ、先に進めない。

 

「そうそう。そんなのは気にしないのが一番! そんなことより、あたしの優勝パーティーの計画立てようよ。そうだ、GⅠ優勝したらいっぱいお金入ってくるからさ。あたしのカレシとか友だちも呼んでセーダイに……」

 

と言いかけたところで、シェリルのベッドの上に投げ出されていたスマホが軽快な着信音を奏でた。

 

「ごめ、電話みたいだわ」

 

いいとこなのに、みたいな顔をしながらスマホを手に取ったのに、通知を見たとたん、急に彼女の頬が緩んだ。

 

「って、ママからじゃん! ちょっと出るね。……もしもし?」

 

家族との会話だ。

私はいないほうがいいだろうと思って席を立つと、そんな私を見てシェリルは頬にスマホを当てたままフルフルと首を横に振る。

 

いても別に気にしないよ、ということらしい。

それなら、と座り直して、私は彼女の電話が終わるのを待つことにした。

 

「あ~、うん。ママも今日は休みでゆっくりしてるかな、と思ってLANEにしておいたんだけど……そだね。こんな時ぐらい電話で直接伝えるべきだったね。ごめん」

 

シェリルは謝ったけど、普段仕事を頑張ってくれている親の休日を自分の都合で邪魔したくない、という気持ちはよく分かる。

……まぁ私の場合、父と話すのが気まずくてあまり連絡を入れてない、っていうのが実情ではあるけど。

 

「……うん、うん。ママはクラシックには……そうだね。きっと天国のパパも、喜んでくれてると思う」

 

明るかったシェリルの声が、震えたような涙声に変わる。

 

彼女のそんな声を聞いていると、私まで鼻の奥がツン、としてきてしまった。

 

確か彼女のお母さんは、その素質を認められながらも体質的な理由でクラシックに出走できなかったはず。

 

それだけに(シェリル)のクラシック制覇は、トーセンジョーダンさんにとっても格別の思いがあったのかもしれない。

 

「うん、次走はダービーに出走するつもりだよ。……分かってる。あたしも十分気をつけてるし、トレーナーさんも神経質なぐらい気を配ってくれてる。きっと、大丈夫」

 

電話の向こうのトーセンジョーダンさんは、母親らしい心配をしているのだろう。

 

そんなお母さんに安心してもらおうと、シェリルも力強く返事する。

 

……私もお母さんが生きていたら、こんなやり取りをしたのかもしれない。

 

「うん。じゃあ、そろそろ切るね……。えっ! レイナに? え~っと。ちょっと待ってね」

 

一瞬驚きの表情を浮かべたシェリルは、今度は苦笑いしながら私の方へスマホを差し出してきた。

 

「ママがね、挨拶したいからちょっと電話代わってほしいって」

「あ、うん。分かったわ……」

 

少し困惑しながらスマホを受け取り、

 

「お電話代わりました。はじめまして、サイレンスレイナです」

 

と、型どおりにご挨拶させていただくと、ハキハキとした明るい声が返ってきた。

 

「こんばんわ! 急にごめんなさいね」

「いえ……」

 

と言っても、初対面の友人の母親と、一体何を話せばいいのやら。

 

「あ、ごめんごめん。はじめましての挨拶が遅れたね。あたし、トーセンジョーダンっていうの。よろしくね」

「はい。こちらこそよろしくお願いします」

 

ご高名はかねがね、なんて言おうかと思ったが、そんなことを言う子供は勘が鋭くなくても嫌われるだろうから、さすがにやめておいた。

 

「うちのコ、家庭環境のせいもあるのか、賑やかなのが好きだからさ。ひょっとしたらちょ~っと調子に乗って、騒ぎに巻き込んじゃう時があるかもしれないけど、よかったら仲良くしてあげてね。あ、もちろんハメ外しすぎるようなマネしたら、遠慮なく蹴っていいから!」

 

いや、お母様。

いくら私がデビュー前の非力なウマ娘とはいえ、蹴ったらさすがに骨ぐらい折ってしまうと思いますよ……。

 

「いえいえ。シェリルの明るい性格に、新入生の私はすごく助けられていますよ。シェリルとルームメイトになれて、本当に良かったって思います」

「そう言ってもらえると、親としても嬉しいわ。うん、レイナさんみたいなしっかりした子がルームメイトなら、何の心配もいらないね。うちのコのこと、どうぞよろしくね~」

「はい、こちらこそ」

 

別に私は特にしっかりした子というわけでもないんだけど……私はにこやかに頷いておいた。

 

「ごめん。おやすみって言ってあげたいから、少しシェリルに代わってもらえるかな?」

「もちろんです。少々お待ちください」

「うん。レイナさんも、おやすみ」

「……はい、おやすみなさい」

 

電話を代わってしまうのを少し名残惜しく感じたのは、お母さんと同世代の女性と話したのが久しぶりだったせいだろう。

 

そんな心の内が顔に出ないよう、私は平静を装ってシェリルにスマホを返す。

 

「はい」

「ん、まだなんか話あんのかな? もしもし、代わったけど。あ~、うん。おやすみ。ってそれだけ? じゃ、また連絡するね~」

 

トーセンジョーダンさんは娘に就寝の挨拶だけすると、それだけで電話を終わらせたようだった。

 

「ママってば……。おやすみっていうだけなら、別にわざわざ電話代わらなくても良かったのに」

 

そんな憎まれ口を叩くシェリルは、どこか嬉しそうだ。

 

「そうかしら。やっぱり、日常の挨拶って大切だと思うけど」

 

彼女の気持ちを理解しつつも、私が野暮なツッコミを入れると、シェリルはキャラにあわない神妙な顔つきで緩やかなため息をついた。

 

「そうだね。こういう当たり前の日常って、いつまで続くか分かんないもんね……」

 

そう言って彼女は、少し物憂げな視線を今まで母親と通話していたスマホに向ける。

 

昔あった当たり前の日常――亡くなったお父様がいて、明るいお母様がいて、その真ん中で自分が笑っていたような――を、思い出したのだろうか。

 

そうだ。

私も、よく知っている。

 

当たり前だと思っていた日常は、ある日突然、崩れ去ってしまうということを。

 

その残酷な現実を思い出したせいだろうか。

背中に嫌な汗がにじみ出てきて、お腹の真ん中が重たくなってくる。

 

「ごめ、なんかちょっと、イミシンに聞こえちゃったね! で、さっきのパーティー計画の続きだけどさ……」

 

そんな私からなにか感じさせてしまったのか、シェリルは話題と表情をいつものネアカな彼女のものに戻した。

 

これ以上余計なことを思い出したくなかった私は、彼女が楽しそうに話すパーティー計画の立案に大きな耳を傾けることにした。

 




イラストを掲載することにしましたが、最近の生成AIのできが素晴らしく良いために、
自分で描いたものか、どちらを掲載しようか迷っています。
よろしければアンケートのご回答をお願いいします。

参考AIイラスト(こちらのウマ娘は原作・当小説ともに無関係のものです) 
【挿絵表示】
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