リザードマンの首領とソウエイとの会合を果たしてから四日後、
首領は戦況の報告を受けて安堵していた。
予想よりも被害が抑えられている、それが何よりの救いだった。
ソウエイが洞窟を去ってしばらくして、オークが攻め込み始めた。
天然の迷宮は確かに有効だ。だが、物量に任せた侵攻の前ではそれだけでは足りない。
それでも、通路に罠を張り巡らせ、迎撃部隊を頻繁に交代させることで被害は最小限に抑えている。
厳しい戦況には違いないがなんとか耐えられている。
それは頼もしい援軍が来るという、確かな希望があるからである。
ソウエイのように名を得て鬼人へと至った者達。そして、その者達に名を与えた存在。いずれも頼もしいことこの上ないと言えるのなだが何よりも…
「ふっ、本来なら我らの天敵であるはずの英雄が味方につくとは……世の中、何が起きるか分からぬものだな」
【三賢人】の一人、タケル。
その存在が味方につくというだけで、これほど心強いとは思いもしなかった。
オークロードという脅威に対し、やむを得ず助けを求めた…その程度の認識であったはずだ。
だが今は違う、同盟を結んだことそのものが既に大きな意味を持っている。
そして、そのタケルに並び立つと認められた魔物の主。
その実力もまた、推して知るべしであろう。
「間もなく援軍が到着するはずだ!
我らが今なすべきは殲滅ではない!
恐怖に屈し、立て籠もるためでもない!
来るべき決戦に備えるのだ!
…故に、ここで死ぬことは許さん!」
あと一日……いや、オークの存在を考えれば二日で到着するだろうか。…いや、あの男ならばその程度は問題にもすまい。
自分達はその時まで持ち堪えていればいい、そう考えた矢先だった。
息子、ガビルが帰還したという報告が入ったのは。
「何故ですか、親父殿!?」
「落ち着け。何も別に逃げ隠れろと言っているのではない。
同盟者と合流するまでは、防衛に徹するべきだと判断しただけだ」
憤る息子をなだめるが、その怒りが収まる気配はない。
「なぜ、同盟者などに縋るのですか!
誇り高きリザードマンとして、恥ずかしくはないのですか!」
「誇りは大事だ。だが、それで一族を滅ぼしては意味がない」
「……」
納得したようには見えない。
だが、沈黙したことで話は終わったかに思えた…その時だった。
「……老いたな、親父」
「なに?」
思わず声が漏れる。
見れば、ガビルは覚悟を決めたような表情をしていた。
「確かにこの洞窟を利用するのは悪くない。
だが、それでは戦力を分散させすぎる。
戦力の集中による迎撃ができないのだ」
そう言って、右手を掲げる。
直後ガビルの親衛隊がぞろぞろと入り込んできた。
「ガビル殿!? これは一体…」
「落ち着け、親衛隊長。危害を加えるつもりはない」
娘の声にもガビルは耳を貸さない。
「待て、息子よ! 勝手なことは許さぬ!」
私の制止の声も届かない。
「ガビル様、これを……」
そう言ってガビルの親衛隊が差し出したのは私の槍だった。
その槍は
「おぉ……やはり、この武器は吾輩にこそ相応しい」
ガビルがそれに手を伸ばすのをただじっと見ていることしかできないことに歯痒さを感じる。
(なぜ、あの時……)
後悔が胸を締め付ける。
確かにオークロードの脅威は伝えていた。
だが、数百年に1度現れるかというほどの伝説的な存在故に、その本質までは語らなかった。
そして…同盟者からの警告。
それすらも、息子ならば大丈夫だと信じていた。
その結果が、これだ。
(これでは同盟者から見捨てられても、おかしくはない……)
「な、何故身体が……」
「これは……どういうことだ?」
槍に触れる寸前で、ガビルの手が完全に静止している。
いや手だけではない、身体を動かそうにも身動きがとれなくなっているようだ。
「我が主より監視及び謀反時の制止を命じられている。
故に動きは封じさせてもらった」
予想外の事態に混乱していると暗闇から声がした。
その瞬間には…既にそこにいた。
いつからいたのか分からない。
最初から存在していたかのように、影の男は立っていた。
「ソウエイ……!すまない、助かった…」
「気にすることはない、俺はただ任務を遂行しただけだ」
淡々とした声で喋る様子から感情を伺うことはできなかった。
「よ、よせ! 確かに謀反は認める! だが殺すのだけは――!」
「同盟相手は、極力殺すなと命じられている」
あまりにも冷え切った表情故にガビルが殺されてしまうと止めようとしたがどうやら主は心優しい御方らしい。
ガビルが酷い目に遭うことはない…と安堵していたのだが、
「ここに来る途中で捕らえたオークから情報を得ようと試みた。
どうやら情報共有の秘術が施されているらしい。
……だが、こいつからなら引き出せる可能性がある」
「尋問なら、我々が行う!」
思わず声が出た、殺されはしないだろう。
だが…この男は情報を得るために手段を選ばない男だ。
何をしでかすかは分からない。
「それを俺が信用するとでも?」
「同盟相手の首領の言葉だ。それでも足りぬか」
「……勝手にしろ」
暫くの間睨み合いが続いたが、
その言葉を残し…煙のように消えた。
「ガビルを牢へ連行しろ!」
私の言葉を合図に固まって動けなくなっていた兵たちがようやく動き出す。ひとまずの危機は去った…
そう思っていたのだが脅威はまだ残っていた。
洞窟の奥から、低く重い振動が伝わってくる。
……嫌な予感がした。
「報告! オークの本隊が接近中です!」
……早すぎる。
先ほどまでとは比較にならぬ数。
この戦力差では、いかに地の利があろうと…
いや、ようやく希望が目の前に近づいてきたのだ。
ここで諦める訳にはいかない。
「迎撃準備を…」
力強く拳を握りしめて、命じかけたところでとあることに気づく。
先程まで地響きが鳴り響いていた筈なのに静かだった。
あれほど迫っていたはずの気配が、消えている。
「……何が起きた?」
前線の確認を命じる。
戻ってきた兵の顔は、青ざめていた。
「報告しろ」
「……オークの兵が……壊滅しています」
壊滅だと?あの数が?
一体誰が?…いや、考えるまでもない。
思い浮かぶのは、ただ一人である。
それを理解した瞬間冷や汗が溢れ出た。
あれは…本当に同盟相手と言える関係なのか?
我らが必死に抗う敵を、あの男はただ処理したに過ぎない。
勝てるかどうかではない。
…敵に回した時点で、終わっている。
だが同時に、確信する。
あの影が、味方である限り…
我らが滅びることはない。