「英雄になれだって……? この俺が?」
目の前のスライムからの突然の提案に、思わず間の抜けた声が漏れた。
「別に強制じゃない。お願いだよ」
「いや、そう言われてもな……」
意味が分からねえ。
なんで魔物が、俺なんかを英雄に仕立て上げようとしてる?
「元々はタケルが倒したことにする予定だったんだ。
でも、こいつ今やこの国のお偉いさんだからな。
人間と仲良くしたいなら、別に“人間側の英雄”が必要なんだよ」
「はぁ!?」
思わず声が裏返る。
タケルさんが魔物の国の重鎮?
人類の英雄みたいな人が?
信じられねえ。
……いや、信じたくねえ。
「英雄タケルが見込んだ男が、命懸けでオークロードへ挑んだ。
それに感銘を受けた魔物たちが、武器や食糧を支援した…
そういう形なら、人間側も受け入れやすいだろ?」
……全くもって無茶苦茶な話だ
タケルさんのことは信じたい…
だが、魔物の話をそのまま信じろってのは流石に…
「その計画、ブルムンド王国も協力できるかもしれません」
「お、本当か!?」
「知り合いの大臣に掛け合えば、周辺諸国へ噂を流す程度なら可能でしょう」
「おい!?あんたまで何でそんな乗り気なんだよ!
こいつら魔物だぞ!?」
リムルに対して、フューズが静かに頷いたことで思わず叫んでしまったが、フューズは落ち着いたまま口を開いた。
「君の困惑も分かる。
だが彼らとの友誼は、人心の混乱を防ぐ以上の価値がある」
「……どういう意味だ?」
「一つ教えておこう。
我々が確認した限り、この国の国民一万余りは、全員が
「………は?」
突然知らされた事実に背筋が凍る。
ネームドモンスターだと?しかも、一万?
「タケルがいるとはいえ、その気になれば、ここにいる我々どころか国一つ消えても不思議ではない」
その言葉でようやく理解した。
今俺たちは、“敵対してはいけない存在”のど真ん中にいるのだと。
だが…だからこそ分からねえ。
「……タケルさんは、それでいいのか?
自分の成果を他人に譲ってまで、何がしたいんだ?」
「譲る?違うよ」
タケルは不思議そうに首を傾げた。
「僕は“誰でもいいから英雄にしよう”なんて言ってない。
僕が認めた相手だから任せるんだ」
「認めた……?」
「うん、だから一つ教えてあげるよ。
君、多分“僕が認める”って言葉の意味を理解してない」
「……何を…ッ!?」
次の瞬間、全身から力が抜けた。
「がっ……!?」
膝が笑い、机に身体を預ける。
なんだこれは…息が重い…立てない。
「僕が認めるってことは、最低でも世界を任せられる器ってことだ。
その程度で潰れるなら、英雄なんて無理だよ」
……化け物かよ。
「俺に……勇者の真似事でもしろってのか?」
「勇者は駄目なのだ!」
ミリムが勢いよく割り込んできた。
「勇者は魔王と同じ特別な存在なのだ!
軽々しく名乗ると因果が寄ってくるぞ!
タケルくらい強くなければ早死にする!」
「そ、そうなのか……」
どうやらリムルも知らなかったらしい。
……いやそれよりもなんでこいつら、そこまでして俺を英雄にしたがる?
俺はただ、食っていければいいと思ってた。
適当に依頼を受けて、仲間と馬鹿やって、生きていければそれで十分だった。
なのに。
オークロードは既に倒されていて。
魔物からは“お前が倒したことにしてくれ”と言われて。
その上…子供の頃から憧れてた英雄に、
『英雄になれ』
なんて言われたら。
「……なりたく、なるだろうが」
タケルさんみたいに全部は救えねえ。
そんなことしたいとも思わねえ。
俺が助けたいのは、目の前にいる奴らだけだ。
それでも。
俺なりの英雄として生きるくらいなら……
自然と、身体に力が戻ってくる。
さっきまで立つことすらできなかったのに、今は不思議と足に力が入った。
「先に言っとく。
俺は、あんたみたいにはなれねえ」
タケルを真っ直ぐ見返す。
「俺にできるのは、せいぜい目の前にいる誰かを助けることだけだ。
それでも俺を英雄にするってのか?」
暫くの間沈黙が続き、空気が張り詰める。
だが次の瞬間、タケルがふっと笑った。
「うん、合格」
「……いいのかよ」
「中途半端な覚悟なら、英雄覇気を受けて立ち上がれないしね」
「タケル……見てる側からすると、かなり怖かったぞ。
逃げ出したらどうするつもりだったんだ」
「その時は、その程度だったってだけだよ」
「おい!!」
フューズのツッコミに、場の空気が少し緩む。
……どうやら俺は、本当に認められたらしい。
「とにかく、引き受けてくれてありがとな。
期待してるぞ、ヨウムくん」
「あ、ああ…」
返事をしかけた瞬間。
スライムだったはずのリムルが、銀髪の美少女へと姿を変えた。
「……は?」
いや、待て…なんだこれ…綺麗すぎるだろ。
「どうした?」
「いや……その……」
駄目だ、上手く言葉が出てこねえ。
その後もしばらく話していたが、長旅の疲れと緊張が一気に押し寄せてきた。
今日はもう休みたい…そう思った瞬間。
「じゃあ明日から、びしばし鍛えるからよろしくね」
「……は?」
嫌な予感しかしない。
「な、なあ…ちなみに誰が鍛えるんだ?」
「基本は僕かな。あと、たまにハクロウ」
その瞬間、リムルと、赤髪の鬼人が同時に手を合わせた。
「……なんで拝んでるんだ?」
「ヨウム。タケルの鍛錬は、厳しいとかそういう次元じゃない」
リムルが遠い目で呟いた。
「安心しろ。骨は拾ってやる」
「残ればの話だがな」
……今からでも英雄辞退できねえかな。