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フューズの仲介のもと、ブルムンド王国の国王と極秘会談を行う約束を取り付けた俺は、その日は近くの旅館に泊まることにした。
フューズは一国の主をそんな安っぽい宿に泊まらせるわけにはいかないと言っていたが、わざわざ目立つような真似はしたくないので、頑なに遠慮しておいた。
……まあ、ギルドから出る際にフューズの怒号が響き渡るまで冒険者達にもみくちゃにされたので、どこに泊まろうと大して変わらなかったかもしれないが。
それにしても、好き勝手に色々と言ってくれるものだ。
タケルの真の後継者だの、次代を担う英雄だの……
完全に俺を通してタケルのことしか見ていないじゃないか。
別に、それ自体は悪いことではない。
タケルのことを認めて信頼してくれている。そしてそんなタケルが信頼する俺のことも信頼してくれている。
それでいいはずだ。
……そう、いいはずなんだ。
……ん?
あれ?だとしたらなんで俺、こんなに苛立っていたんだ?
そして翌日。
俺達は今、ブルムンド王国の大臣であるベルヤード男爵の邸宅を訪れていた。
「お初にお目にかかります、魔物の国の主殿。
私はブルムンド王国の大臣、ベルヤードと申します。
どうかお見知りおきを」
「初めまして、リムル=テンペストです。礼儀作法には疎いので、失礼があったらご容赦ください」
今回の極秘会談では、テンペストとブルムンド王国の間で条約を結ぶことになっている。
その内容については、事前にベルヤード男爵と協議しておく手筈だ。
……そんな大事な協議の直前に言うのもなんだが、正直なところ今すぐ帰りたい。
緊張感がとんでもない勢いで俺の胃にダメージを与えてくる。
いや、スライムに胃なんてないんだけどさ。
うぅ……シュナとタケルがいないのが心細い。
一応、タケルにも条約を結ぶことになったから来てくれと伝えておいた。あいつなら協議が始まるまでに来られると思ったからだ。
あいつがいてくれれば、少なくとも舐めた態度を取られることはないだろう……そう思っていたのだが。
返ってきた返事は、たった三文字。
【頑張れ】
最初は意味が分からなかった。
だが少し考えてから、これくらいのことは自分でできるようになれ、という意味なのだと気づいてしまった。
その瞬間、俺は頭を抱えた。
……あいつ、絶対に俺を助ける気がないな?
実際、タケルは協議の場に現れる気配すらない。
完全に俺に任せるつもりらしい。
……失敗しても知らないからな!
「時間は有限です。早速、始めましょう」
ベルヤード男爵の言葉で俺は意識を切り替えた。
今回、テンペストとブルムンド王国が国交を結ぶにあたって重要となるのは相互安全通商保障条約だ。
内容は大きく分けて二つ。
一つ目は、両国間の相互通行許可。
簡単に言えば無条件とまではいかないものの、テンペストとブルムンド、それぞれの国民が互いの国を行き来できるようにするということだ。
二つ目は、相互安全保障。
こちらは一つ目の条項を守るために、具体的にどうするかという話になる。
例えば冒険者がジュラの大森林で活動する際の補給物資の提供や、互いの国の安全を脅かす事態が発生した際、可能な限り協力して対処することなどだ。
表向きは、互いの交易を円滑に進めるため、安全を確保しましょうという話なのだろう。
だが、俺達が他国の助けを必要とする場面といえば強力な魔物に襲われた時くらいだ。
……正直、ブルムンド王国が相手では、そこまで頼りになるとは思えない。
むしろ、こちらに安全保障の義務を負わせることで、自国の安全を確保したいという思惑が透けて見える。
「いかがでしょうか?確かに相応の対価を用意するとはいえ、相互安全保障に関してはテンペストにとってあまり利益がないように思えます。
しかし、テンペストの安全を保障できるのであれば、問題はないのではないでしょうか?」
「確かにそうだな、俺達はあくまで人間と仲良くすることだからな。
ある程度の妥協も必要だろう」
ここで強硬な姿勢を取って、せっかくの国交に水を差すわけにもいかない。
「その代わり、商人が商売をするために入国する際には、関税をかけさせてもらう」
「ふむ……」
しばらくすれば、テンペストにも大勢の商人がやってくるだろう。
そうなれば国の収益も増えるはずだ。
それにテンペストの産業はまだ安定しているとは言い難い。
自国の商人を守るためにも関税は必要になる。
「ですが商人達に負担がかかるとなれば、交易が滞る可能性もあるのでは?」
「それなら商人達が負担する関税を、当面の間は国が肩代わりするというのはどうだ?」
「国が、ですか?」
「ああ、互いの交易がある程度安定して商人達に関税を負担させても問題ないと判断できれば、その時点で商人達に支払ってもらう。
反対に負担が大きすぎるようなら、関税そのものを撤廃することも検討しよう」
もちろん国が関税を肩代わりするとなれば、請求額をごまかすような問題も出てくるかもしれない。
だがそんなことをいちいち疑っていては、互いの信頼関係など築けるはずもない。
そこまで疑わなければならない相手なら、そもそも国交を続けること自体が難しいだろう。
「分かりました。先ほどは、我が国にとって最も重要な安全保障の件で譲歩していただきました。今度はこちらが譲歩する番でしょう」
「そうか。ありがとう」
多少の揉め事は覚悟していたが、無事にまとまってよかった。
この条約なら、タケルも問題ないと判断するだろう。
……ん?
タケル?
そうだ。なんで今まで忘れていたんだ?
タケルが……【三賢人】がいるじゃないか。
ジュラの大森林から魔物がやってきてブルムンド王国を襲ったとしても、タケルがなんとかしてくれるはずだ。
だからこそ、ブルムンド王国に手を出すことがどれだけ危険なのか、周辺国も理解しているはず。
それはジュラの大森林に住む魔物だけじゃない。魔王カリオンが支配するユーラザニアの獣人達も同じだ。
……だったら、どうしてブルムンド王国は安全保障をそこまで重要視していたんだ?
そういえば、タケルは人類のために行動すると言っていた。
そこから考えられるのは……人間同士の争いか?
……そうじゃん!
東の帝国の存在を忘れていた!
確か、あそこはいくつもの国を武力で併合してきたんだったな。
ブルムンド王国にとっても東の帝国は脅威のはずだ。
しかも、人間同士の争いとなれば、タケルは介入する理由がないと判断する可能性がある。
……となると、東の帝国がブルムンド王国に攻め込んできた場合、俺達が守らなきゃいけないのか?
つまり、いずれ東の帝国と戦争をすることになるかもしれない、と。
くそっ!
俺達が防衛を担わなきゃいけないと考えれば、関税程度の負担なんて大したことないと思えてくるじゃないか!
なんだか負けた気分だが、顔に出すわけにはいかない。
深呼吸だ。落ち着け、俺。
すう……はぁ……。
すぅ……はあ……。
ふう……今さら落ち込んだところで仕方がない。
ここから状況を打開する方法を考え……
……いや、待てよ。
よく考えたら、東の帝国がブルムンド王国に攻め込むとなれば、俺達の勢力圏を無視するわけにはいかない。
もちろん、別のルートを使う可能性もあるだろうが、どちらにせよ俺達と無関係ではいられないはずだ。
……なら、この条約があろうとなかろうと、東の帝国と衝突する可能性は十分にあるわけか。
おお、よかったじゃないか!
……いや、東の帝国と戦う可能性が高い時点で、何もよくないんだが?
なんで俺は条約を結ぶために来たはずなのに、想定していなかったところで頭を悩ませる羽目になっているんだよ!