ジェンティルドンナと幼馴染トレーナーのラブラブ生活 作:雅媛
夏。
それは、若者たちが理性を太陽に焦がし、新たな恋が生まれる季節。
トレセン学園恒例の夏合宿。今年の舞台は、青い海と白い砂浜が広がる某所であった。
「ふぅ……。日差しが強いですわね」
ジェンティルドンナは、つばの広い麦わら帽子を押さえながら、合宿所の玄関に降り立った。
表向きは「秋華賞へ向けた強化合宿」。
誰がどう見ても、隙のない完璧な貴婦人の佇まいだ。
だが、そのサングラスの下の瞳は、期待にギラギラと輝いていた。
(合宿……! それはつまり、一つ屋根の下での生活!)
(夜の浜辺の散歩、花火、肝試しでの吊り橋効果……! この夏こそ、お兄ちゃんとの関係を一気に進める好機ですわ!)
彼女の脳内では、既に「ひと夏のアバンチュール」の計画が緻密に組み立てられていた。
まずは初日のトレーニング。場所は砂浜だ。
開放的なシチュエーションで、彼の視線を釘付けにする。そのために、遊びの時に着る水着選びにも余念がない。
「よし、全員集合! これからビーチトレーニングを開始する!」
どこからともなくかかる号令に学校指定の水着になるジェンティルドンナ。
仕上がり切った肢体は素晴らしいもので、周囲の視線が集まる。「さすがジェンティルさん」「綺麗……」という溜息。
ふふん、と彼女は鼻を鳴らす。
さあ、トレーナー。私のこの美しさを見て、存分にドギマギしなさい。
そう思って、彼の方を振り返った瞬間だった。
「――っ!?」
ジェンティルドンナの思考が停止した。
いや、彼女だけではない。
その場にいたウマ娘たち、ヴィルシーナも、ゴールドシップも、通りすがりのモブウマ娘たちも、全員が目を剥いて凝固した。
そこには、一人の男が立っていた。
ジェンティルドンナの専属トレーナー。
彼は着ているジャージの上着を脱ぎ捨てていた。
それはいい。暑いのだから。
問題は、下だ。
彼が穿いていたのは、漆黒の、極めて布面積の少ない――ブーメランパンツ一丁だったのだ。
「…………は?」
誰かの呟きが、波音に消える。
無駄な脂肪が削ぎ落とされた、ボクサーのような引き締まった肉体。
きめの細かい白い肌。割れた腹筋。
そして、太腿の付け根まで大胆にカットされた、競泳用のビキニパンツ。
そこから伸びる長い脚。
あまりにも、刺激が強すぎた。
「よし、ドンナ。まずは砂浜ダッシュ10本だ。俺も並走してタイムを計るからな」
彼は爽やかな笑顔で、ストップウォッチを掲げた。
その健康的な笑顔と、下半身の際どさのギャップが、核爆弾級の破壊力を生んでいた。
「キャーッ!!」
「な、なにあれ凄い体……!」
「ジェンティルさんのトレーナーさん!? 眼福すぎるんですけど!」
一拍置いて、周囲のウマ娘たちから黄色い悲鳴が上がる。
顔を覆いながらも、指の隙間からガン見する者。スマホを取り出そうとして没収される者。
浜辺は一瞬にして「アイドルの撮影会」のような熱気に包まれた。
「な、な、な……っ!!」
ジェンティルドンナは、顔面から火が出るほどの衝撃を受けていた。
彼女は脱兎のごとくトレーナーに駆け寄ると、持っていたタオルを彼の下半身にバシィッ! と叩きつけた。
「な、ななな、なんですのその恰好はーッ!!??」
「ぐぇっ!? ……なんだよドンナ、いきなり」
「『なんだよ』ではありません! 破廉恥です! 公猥褻物陳列罪ですわよ!!」
「失礼な。これは由緒正しき競技用スイムウェアだぞ?」
彼はキョトンとして、自分の股間(タオルで隠された部分)を見た。
「海でのトレーニングだろ? 水の抵抗を減らすにはこれが一番なんだよ。俺も昔水泳やってた時はこれだったし」
「昔の話なんてしてません! 今は指導者でしょう!? 生徒たちの目の毒ですわ!」
「そうか? 動きやすくて機能的だと思うんだが……」
彼は全く悪びれていない。
そう、この男は基本的にハイスペックだが、こと「自分の露出」に関しては無頓着なのだ。
学生時代から水泳部でこれを穿き慣れているせいで、「水辺=この恰好」という刷り込みができているらしい。
「ほら、見てください! 周りの目が釘付けですわよ!」
「ん? ああ、俺の筋肉の付き方が参考になるのかな。いい教材だろ?」
「違いますわ馬鹿ーッ!!」
ジェンティルドンナは地団駄を踏んだ。
砂が舞い上がる。
彼女の視界には、頬を染めて彼を熱っぽい目で見つめるウマ娘たちが映っている。
泥棒猫。泥棒猫。泥棒猫。
全員が敵に見える。
「……隠してください! 今すぐ何か羽織ってください!」
「えー? 暑いし、これから海に入るのに濡れちゃうだろ」
「知りません! 命令です!!」
しかし、トレーニングは待ってくれない。
まとめ役の教官の笛が鳴る。
「はい、そこ揉めない! スタートしますよー!」
「くっ……! 覚えてらっしゃい!」
ジェンティルドンナは、かつてないほどの乱れた心拍数でスタートラインに立った。
集中できない。
隣に並ぶトレーナーの、逞しい太腿や、汗で光る広背筋が視界に入るたびに、心臓が早鐘を打つ。
これは「恋のときめき」なのか、それとも「誰かに見られる焦り」なのか。
彼女は飛び出した。
だが、その走りはいつもの冷静沈着なものではなかった。
『うおおおおおーっ!!』
完全に「掛かって」いた。
ペース配分もフォームもあったものではない。
ただひたすら、怒りと興奮を推進力に変えて、砂浜を爆走する暴走機関車。
「お、おいドンナ! ペース速すぎだ! もっと抑えろ!」
「うるさいですわ露出狂!! ついて来ないでください!!」
彼女が蹴り上げる砂が、噴火のように舞い上げられる。
それは、地獄のようなトレーニングの幕開けだった。
昼休憩。
浜辺の休憩所にて。
トレーナーはパラソルの下で、スポーツドリンクを飲んでいた。
もちろん、恰好はそのままである。
「……ふぅ。いい天気だなあ」
彼がのんきに空を見上げていると、どこからともなく影が忍び寄ってきた。
他チームのウマ娘たちだ。
「あのぉ……トレーナーさん、ですよね?」
「これ、差し入れの冷えたタオルです。よかったら使ってください♡」
「背中、サンオイル塗りましょうか?」
わらわらと集まる乙女たち。
彼女たちの目は、明らかに彼の大胸筋と、際どい水着のラインに吸い寄せられている。
ジェンティルドンナという猛獣が席を外している隙を狙った、決死のアタックだ。
「おっ、ありがとう。助かるよ」
彼は爽やかに礼を言う。その笑顔がまた、彼女たちを悩殺する。
「へっ、やるじゃん兄ちゃん。モテモテだな」
そこへ、焼きそばを持ったゴールドシップが通りかかった。
彼女はニヤニヤしながら、トレーナーの腹筋をペチペチと叩く。
「いい筋肉してんじゃねーか。どうだ? 一緒に海で相撲とらねえか?」
「遠慮しとくよ。ゴルシとやったら砂浜に埋められそうだ」
「ちぇっ。ま、その恰好じゃあドンナの奴が気絶するのも無理ねーな」
少し離れたところでは、ヴィルシーナも顔を赤らめながら見ていた。
「はしたないですわ……でも、あんなに鍛えられてるなんて……目のやり場に困りますけれど、つい……」
彼女でさえ、チラチラと視線を送っている。
まさに、入れ食い状態。
その包囲網を、冷徹な声が切り裂いた。
「――そこまでですわ」
空気が凍る。
ウマ娘たちが振り返ると、そこには仁王立ちするジェンティルドンナの姿があった。
手には、売店で買ってきた特大のバスタオルが握られている。
彼女の背後には、修羅のようなオーラが渦巻いていた。
「ひっ……!?」
「ジェンティルさん……!」
彼女は一歩踏み出す。
砂浜がミシリと音を立てた気がした。
「貴方たち。……私のトレーナーを、いえ、私のトレーナーの筋肉を、許可なく鑑賞することは禁止されています」
「そ、そんな校則ありませんけど……」
「今、作りましたわ!!」
理不尽な暴論。
だが、その迫力に誰も反論できない。
ジェンティルドンナは群がるウマ娘たちを睨みつけると、ズカズカとトレーナーの元へ歩み寄り、バサァッ!! とバスタオルを彼に被せた。
頭からすっぽりと。
「むぐっ!? な、なんだよドンナ!」
「確保しました。これよりこの不埒者は私が隔離・管理します!」
彼女はミノムシ状態になったトレーナーを引きずりながら、周囲を威嚇した。
「解散! 解散ですわ! さっさと自分のトレーニングに戻りなさい!」
「は、はーい……」
「にげろー!!」
蜘蛛の子を散らすように去っていくウマ娘たち。
ジェンティルドンナは荒い息を吐きながら、タオルの中でもがく愛しい人を抱きしめた。
「……もう。油断も隙もありませんわ」
夜。宿舎のベランダ。
海風が心地よい。
風呂上がりのトレーナーは、手すりにもたれて涼んでいた。
「……悪かったよ。まさかあんなに騒ぎになるとは思わなくてな」
「反省しているなら、明日は普通の海パンにしてください。もっと丈の長いやつに」
隣に立つジェンティルドンナが、むくれた顔で言う。
彼女の手には、軟膏のチューブがあった。
「……背中、焼けて赤くなってますわよ」
「ああ、ヒリヒリするんだ。塗ってくれるか?」
「……仕方ありませんわね」
彼が背中を向ける。
彼女は指先にひんやりとした薬を取り、彼の広い背中にそっと触れた。
昼間、あんなに大勢のウマ娘たちに見せつけていた背中。
でも、こうして触れることができるのは、私だけ。
「……それにしても昼間は視線がすごかったな」
「誰のせいですか。……貴方が不用心に肌を晒すから、虫が寄ってくるんです」
「虫ってなぁ。……まあ、お前が守ってくれたおかげで助かったよ」
彼は少し振り返り、優しく笑った。
「ありがとうな、騎士(ナイト)様」
「……っ、ふん」
ジェンティルドンナは顔を背けたが、指先の動きは優しかった。
薬を塗り広げながら、彼女は小さく呟く。
「……あんな恰好、二度としないでくださいね」
「善処する」
「……するなら、私と二人きりの時だけにしてください」
「ん? なんか言ったか?」
「な、なんでもありません! さあ、終わりましたわ!」
彼女はパシンと背中を叩き、逃げるように部屋の中へと戻っていった。
赤くなった頬が、月明かりに照らされていた。
トレーナーは苦笑しながら、夜の海を眺めた。彼女との夏は、まだ始まったばかりだった。