ジェンティルドンナと幼馴染トレーナーのラブラブ生活   作:雅媛

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終 ジェンティルドンナとトレーナーのお兄ちゃん

 夕暮れの学園。

 誤解も解け、契約更新の意志も固めた二人は、少し気まずさと、それ以上の幸福感を胸に帰路についていた。

 ジェンティルドンナはまだウェディングドレス姿のままだが、トレーナーの上着を肩に羽織っている。

 

 

「……帰りたくありませんわ」

 

「またそんなことを。皆が心配してるぞ」

 

「だって、帰ったらまた『日常』に戻ってしまうでしょう? もう少しだけ、この夢のような時間の余韻に……」

 

 

 彼女が名残惜しそうに呟いた、その時だった。

 

 カン、カン、カン、カン……♪

 

 学園の方角から、高らかな鐘の音が響き渡ってきた。

 それは、始業のチャイムではない。もっと祝福に満ちた、祝いの鐘の音だ。

 

 

「……なんですの、あの音」

 

「行ってみよう」

 

 

 二人が正門をくぐると、そこには信じられない光景が広がっていた。

 

 校舎へと続く並木道には、真っ赤なレッドカーペットが敷かれている。

 桜の木々にはイルミネーションとリボンが飾られ、即席のバージンロードが作られていた。

 そして、その両脇には、クラッカーや花びらを持ったウマ娘たちがずらりと並んでいるではないか。

 

 

「「「おめでとーーーーーっ!!!」」」

 

 

 割れんばかりの歓声。

 紙吹雪が舞う中、神父の格好をし、白い付け髭を付けたゴールドシップが、マイクを持って仁王立ちしていた。

 

 

「よぉ大将! お帰り! 待ちくたびれたぜぇ!」

 

「ゴ、ゴールドシップ!? これは一体……」

 

「あぁん? 見りゃわかんだろ。『結婚式』の準備だよ!」

 

 

 彼女はニカっと笑い、周囲を指差した。

 

 

「お前らがドレス着て『離さない!』とか叫びながら脱走したって聞いてな、全校生徒が『ついにやったか!』って大盛り上がりよ! 理事長まで『若人の門出を祝うべし!』って予算出してくれたんだぜ!」

 

「ご、誤解です! あれは勢いというか、その……!」

 

 

 ジェンティルドンナが顔を真っ赤にして否定しようとするが、ヴィルシーナが右腕で自分のトレーナー左腕をがっちり組みながら、左手ハンカチで目元を拭いつつ歩み寄ってきた。

 

 

「いいんですのよ、ジェンティルドンナさん。……ライバルとして、貴女の幸せを見届けるのが私の役目ですわ」

 

「ヴィルシーナさんまで!? 誤解ですってば!」

 

「ほらドンちゃん、往生際が悪いよ! 衣装も着てるんだし、このままやっちゃお!」

 

 

 ブエナビスタが背中を押す。

 カレンチャンがカメラを回し、エイシンフラッシュがスケジュールの確認をし、カワカミプリンセスが感極まって瓦を割っている。

 誰も彼もが、二人のゴールインを信じて疑っていない。善意の暴走機関車だ。

 

 

「ど、どうしましょうトレーナー! このままでは外堀どころか内堀まで埋められて……!」

 

 

 ジェンティルドンナは助けを求めて隣を見た。

 さぞかし困惑しているだろう、あるいは怒っているだろうと思って。

 

 だが。

 トレーナーは、驚くほど冷静だった。

 いや、冷静というよりは――覚悟を決めた男の顔で、騒がしい学園の風景を眺めていた。

 

 

「……トレーナー?」

 

「まあ、いいんじゃないか」

 

「は……?」

 

 

 彼は飄々と言い放ち、ネクタイの結び目をキュッと直した。

 

 

「せっかく皆が用意してくれたんだ。主役が逃げちゃ、申し訳ないだろ」

 

「しょ、正気ですか!? これは結婚式ですのよ!? 偽装とはいえ、こんな……」

 

「ドンナ」

 

 

 彼が静かに名前を呼ぶ。

 その声のトーンに、ジェンティルドンナは言葉を呑んだ。

 彼はゆっくりと彼女に向き直ると、その手を取った。

 

 

「嫌か?」

 

「い、嫌では……ありませんけれど……。でも、順序とか、心の準備とか……」

 

「俺は、準備できてるぞ」

 

「えっ」

 

 彼女が顔を上げる。

 トレーナーは、いつもの軽薄な笑みではなく、どこまでも優しい、慈愛に満ちた瞳で彼女を見つめていた。

 

 

「だって俺は、昔からずっと、お前のことが好きだったからな」

 

 

 世界中の音が消えた気がした。

 鐘の音も、歓声も、自分の心臓の音さえも。

 

 

「……え……?」

 

「トレーナーになるって決めた時から、いや、もっと前。お前が俺の後ろをトコトコついて来てた頃からだ。お前が世界一強くなって、世界一幸せになる隣にいるのは、俺でありたいと思ってた」

 

 

 彼は照れくさそうに頬をかきながらも、視線は逸らさなかった。

 

 

「立場とか、年齢とか、いろいろ考えて誤魔化してたけど……もう、観念するよ。お前にあんな熱烈な愛の逃避行(さら)われ方をされちゃ、男としてカッコつけないわけにはいかないだろ」

 

「……ぅ……ぐ……」

 

 

 ジェンティルドンナの目から、ポロポロと涙が溢れ出した。

 今度の涙は、不安や悲しみではない。

 胸が張り裂けそうなほどの、歓喜の涙だ。

 

 

「……卑怯です。そんなの……反則ですわ……」

 

「はは、お互い様だろ」

 

 

 トレーナーは彼女の手を引いて、レッドカーペットの上へと一歩踏み出した。

 

 

「行こうか。俺たちの、新しいスタートラインへ」

 

「……はいっ、お兄ちゃん……ううん、あなた!」

 

 

 

 

 

 バージンロードを歩く二人。

 左右からはフラワーシャワーが降り注ぎ、「おめでとう!」「お幸せに!」という祝福の声が響く。

 その中を、最強のウマ娘と、そのトレーナーは堂々と歩いていく。

 

 祭壇(朝礼台)の前までたどり着くと、神父役のゴールドシップが咳ばらいをした。

 

「えー、では誓いの言葉だ。……健やかなる時も、病める時も、雨の日も重バ場の日も! 互いに手を取り合い、全レースをぶっちぎって勝利することを誓うか?」

 

「なんだその誓い」

 

 

 トレーナーが笑い、ジェンティルドンナも涙を拭いて微笑んだ。

 

 

「誓います。……彼と共に、世界の果てまで駆け抜けますわ」

 

「誓います。……彼女が最強であることを、俺が証明し続ける」

 

 

 二人の言葉に、会場が静まり返る。

 ゴールドシップがニヤリと笑った。

 

 

「よし! ならば誓いのキスをしな!」

 

 「キース! キース!」というコールの嵐。

 ジェンティルドンナは茹でダコのように赤くなり、トレーナーを見上げた。

 

 

「……いいんですの? 皆見てますわよ?」

 

「見せつけてやろうぜ。俺の自慢のパートナーを」

 

 

 トレーナーは彼女の腰を引き寄せ、もう片方の手で彼女の頬を優しく包み込んだ。

 ジェンティルドンナはゆっくりと瞳を閉じる。

 左手の薬指のリングが、夕日に照らされて輝いた。

 

 重なる唇。

 それは、幼馴染としての関係の終わりであり、人生を共にするパートナーとしての始まりの合図。

 

 一瞬の静寂の後、爆発するような歓声と拍手が空へと舞い上がった。

 

 

「……愛してますわ。世界で一番」

 

「ああ。俺もだ」

 

 

 額を合わせ、二人は笑い合った。

 

 最強の「貴婦人」ジェンティルドンナ。

 彼女の覇道はここからが本番だ。

 けれど、どんな困難が待ち受けていようとも、彼女が怯むことはないだろう。

 その隣には、いつだって彼女を愛し、支える最高の伴侶がいるのだから。

 

 ――これは、最強のウマ娘と、彼女に魅入られたトレーナーの、甘くて重い、愛の物語。

 

 

(完)




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