ジェンティルドンナと幼馴染トレーナーのラブラブ生活 作:雅媛
世代的にぶえーの方が年上だからね。しょうがないね。
栗東寮の一室。
ジェンティルドンナには、頭の痛い悩みの種が一つだけあった。
それは、同室の先輩であるブエナビスタの存在だ。
「んふふ~♪」
鼻歌交じりに部屋に戻ってきたブエナビスタは、見るからに浮かれていた。
その手には可愛らしいラッピングがされた小箱が握られている。
「……ご機嫌ですわね、ブエナ先輩」
「あら、ドンちゃん。聞いて聞いて、これね、トレーナー君に買ってもらったの!」
彼女は嬉しそうにリボンを見せびらかしてくる。
ブエナビスタとその担当トレーナーもまた、ジェンティルドンナたちと同じく「幼馴染」の関係であることは学園内でも有名だった。
だが、決定的に違う点が一つある。
あの二人は、二人の関係性を隠す気がないのだ。
「公衆の面前で贈り物ですか。少しはTPOというものを考えた方がよろしくてよ?」
「えー? だって、幼馴染だもん。仲良しなのは当たり前じゃない?」
「うぐっ……」
悪気のない直球が、ジェンティルドンナの急所を抉る。
正論だ。幼馴染なのだから仲が良いのは当然。
それを「貴婦人」の仮面のためにひた隠しにし、他人行儀に振る舞っている自分たちが、なんだかひどく不健全な気がしてくる。
「ドンちゃんのとこも、もっと甘えちゃえばいいのに。トレーナーさん、優しそうな人じゃない」
「わ、私はあの方とはビジネスライクな関係を築いていますので。馴れ合いは不要です」
「ふーん? もったいないなぁ」
ブエナビスタは不思議そうに首を傾げると、大事そうにプレゼントを抱えてベッドに転がった。
その幸せそうな背中を見ながら、ジェンティルドンナは手元の雑誌をギュッと握りしめた。
(……う、羨ましくなんてありませんわ!)
翌日の昼休み。
カフェテリアは多くのウマ娘たちで賑わっていた。
ジェンティルドンナは、いつものようにトレーナーと向かい合って食事を摂っていた。
トレーナーは今日も完璧にスーツを着こなしている。周囲から見れば、エリートトレーナーとその担当ウマ娘による、真面目なミーティング風景に見えるだろう。
「……で、次走のローテーションだが」
「はい。問題ありませんわ」
淡々と会話を進める二人。
そこへ、能天気な声が降ってきた。
「あ、ドンちゃんだー! やってるねえ!」
トレイを持ったブエナビスタと、そのトレーナーだ。
ブエナビスタのトレーナーは、優しげな雰囲気の青年で、彼女に振り回されることに慣れきっている様子だった。
「ここ、空いてる? 一緒に食べましょ!」
「え、あ、はい。構いませんけれど……」
断る理由もなく、4人掛けのテーブルでの相席となった。
これが、地獄の始まりだった。
「はい、あーん♪」
「いや、ブエナ。外だぞ、恥ずかしいって」
「いいじゃない、減るもんじゃなし。ほら、君の好きなハンバーグだよ?」
「……もがっ。……美味いけどさぁ」
隣の席で繰り広げられる、ピンク色の空間。
ブエナビスタは甲斐甲斐しくトレーナーの口にスプーンを運び、あまつさえ口元についたソースをナプキンで拭ってあげている。
完全に二人だけの世界だ。
ジェンティルドンナの眉間がピクリと動く。
目の前の自分のトレーナーを見る。彼特に気にすることなく黙々とサラダを食べていた。
この砂糖山もり空間に動じないのはさすがというべきだろうか。だがもう少し自分のことを意識してもいいのではないかとドンナは不満を覚えた。
「あらあら、ドンちゃんたちは静かねえ」
不意にブエナビスタが矛先を向けてきた。
「そんなにかしこまってないで、ドンちゃんも『あーん』してあげれば?」
「なっ……!?」
ジェンティルドンナは絶句した。
顔から火が出るかと思った。
「破廉恥ですよ先輩! 私とトレーナーは、あくまで選手と指導者です。そのような……子供じみた真似はいたしません!」
声が裏返りそうになるのを必死に抑え、鉄仮面を維持する。
そうだ。私は貴婦人。彼に相応しい完璧な淑女。人前でデレデレするなど言語道断。
「えー、つまんないの。ねえ、そちらのトレーナーさんも、もっとドンちゃんと仲良くしたいですよね?」
ブエナビスタに振られ、トレーナーは苦笑しながら肩をすくめた。
「まあ、俺は別に構わないんですけどね。ちょっとお行儀が悪いくらいの方が、親しみやすくていい気もしますし」
「なっ!?」
トレーナーの裏切り発言に、ジェンティルドンナが目を見開く。
彼は「まあブエナビスタさんたちほどベタベタなのは勘弁ですが」と付け加えつつ、まんざらでもない顔をしている。
(な、何を言ってますのこの人は! 私が必死に隠しているのに!)
「ほらー! トレーナーさんもこう言ってるよ? ドンちゃん、チャンスじゃない!」
「……お断りします。私の美学に反しますので」
頑なに拒否する。
だが、ジェンティルドンナの胸の中では、どす黒い炎が燃え上がっていた。
(お兄ちゃんはバカ! 私が誰のために我慢してると思ってるの!)
(でも……でも、本当はお兄ちゃんに『あーん』とかしたいのに! されたいのに!)
ブエナビスタたちが楽しそうにじゃれ合っているのを見れば見るほど、自分たちの「正装」が窮屈に感じられる。
トレーナーは「お前が嫌ならしないけど」という顔で、平然と食事を続けている。その余裕が腹立たしい。
ドンッ。
「ぐっ!?」
テーブルの下で、トレーナーが小さく呻いた。
ジェンティルドンナがかかとで彼の革靴をグリグリと踏みつけたのだ。
「……どうしました? トレーナー」
彼女は涼しい顔でサラダを口に運びながら、足元ではさらに力を込める。
(気づきなさいよバカ!)
(貴方から来なさいよ! 私からはできないんだから!)
無言の圧力。理不尽な要求。
だが、長年の付き合いであるトレーナーは、彼女の瞳の奥にある「寂しさ」と「嫉妬」、そして「助けて」というサインを読み取った。
「……いや、なんでもない」
彼は苦笑すると、自分の皿に乗っていたデザートのプチケーキをフォークに刺した。
そして、それを自然な動作でジェンティルドンナの口元へ差し出した。
「おっと、俺にはちょっと甘すぎるかな。ドンナ、これ食べるか?」
それは「あーん」ではない。あくまで「余ったからあげる」という体(てい)だ。
だが、ジェンティルドンナがギリギリ受け入れられるラインを見極めた、精一杯のパスだった。
「…………」
ジェンティルドンナは一瞬きょとんとし、次いで耳をピコピコと動かした。
ブエナビスタたちのあからさまな愛には及ばない。
けれど、彼なりに歩み寄ってくれたのだ。
「……仕方ありませんわね。処分してさしあげます」
彼女はツンとした態度で、しかし素早くそのケーキをパクっと口に含んだ。
甘いクリームの味が広がる。
テーブルの下の足は、もう踏みつけてはいなかった。代わりに、彼の足にコツン、と甘えるように爪先を当てていた。
「あら~、なんだかんだ仲良しじゃない」
「……うるさいですわ、ブエナ先輩」
そんなこちらのことを理解してかしないでか、ブエナビスタは自分のトレーナーの方に頭を預けて甘えていた。
放課後。トレーナー室。
ガチャリ、と鍵がかかった瞬間。
「むー!! むー!!」
「わかった、わかったから!」
ジェンティルドンナは膨れっ面でトレーナーの背中をポカポカと叩いていた。
「なんで先輩たちはあんなに堂々としてるんですの!? 私たちだって幼馴染なのに! お兄ちゃんなのに!」
「あっちはもう公認だからな……それに、ドンナが『外では礼儀正しく甘えた姿を見せない』って決めたんだろ?」
「そうですけど! でも、お兄ちゃんがもっと上手くリードしてくれれば、自然にイチャイチャできましたわ!」
「無茶言うなよ。俺だって、あんな人前でベタベタするのは恥ずかしいんだぞ」
駄々をこねる彼女を、トレーナーは宥めるように抱き寄せた。
スーツ越しに伝わる体温に、ようやく彼女の動きが止まる。
「……でも、さっきのケーキ、美味かったろ?」
「……小さすぎましたわ。全然足りません」
「じゃあ、今度埋め合わせするよ。……個室の店でな」
「ブエナ先輩たちより、もっと甘やかしてくれなきゃ嫌ですからね」
彼女は彼の胸に顔を埋め、くぐもった声で呟いた。