ジェンティルドンナと幼馴染トレーナーのラブラブ生活   作:雅媛

6 / 12
 これ以降1日一回投稿にします。


6 ジェンティルドンナとクリスマス

 12月24日。都内某所の高級ホテル。

 シャンデリアの煌めきが、磨き上げられた大理石の床に反射している。

 ジェンティルドンナの実家が主催するクリスマスパーティー。それは、聖夜を祝うというよりも、一族の繁栄と人脈を確認するための社交の場であった。

 

 

「――ジェンティルドンナ。先日のG1勝利、おめでとう」

 

 

 ワイングラスを片手にした初老の男性――ジェンティルドンナの父が、抑揚のない声で言った。

 娘の快挙を称えているはずの言葉には、温度がない。

 

 

「ありがとうございます、お父様」

 

「だが、慢心するなよ。お前の目標はあくまでクラシック三冠、そして古馬王道路線だ。今の勝利は通過点に過ぎん」

 

「はい。肝に銘じます」

 

 

 ジェンティルドンナは、オートクチュールのドレスに身を包み、完璧な令嬢の笑みを貼り付けていた。

 一ミリの隙もない立ち居振る舞い。

 だが、その心は冷え切っていた。

 

 彼女の少し後ろには、黒いスーツを着たトレーナーが控えている。

 彼は壁の花として徹しているが、周囲の親族たちの視線は冷ややかだった。

 

 

「あれが、あの子の専属トレーナーか」

 

「随分と若いな。どこのウマの骨だか」

 

「所詮は平民出だろう。ジェンティルの才能にぶら下がっているだけじゃないのか」

 

 

 ヒソヒソと交わされる陰口。

 ウマ娘の聴覚には、それら全てが嫌でも届いてしまう。

 ジェンティルドンナの耳が、不快げに伏せられそうになるのを、彼女は必死の意志力で堪えた。

 

 

(……黙りなさい。貴方たちに、お兄ちゃんの何がわかるのです)

 

 

 叫び出したい衝動を飲み込む。

 今ここで騒ぎを起こせば、彼がさらに悪く言われるだけだ。

 私が結果を出し続けるしかない。彼が私にとって最良のパートナーであることを、数字で黙らせるしかないのだ。

 

 

「……少し、風に当たってきます」

 

 

 限界を感じた彼女は、父に一礼すると、逃げるようにバルコニーへと向かった。

 冬の夜風が、火照った頬ではなく、冷え切った心をさらに刺す。

 

 

「……ドンナ」

 

 

 背後から、聞き慣れた足音が近づいてきた。

 振り返らなくてもわかる。彼だ。

 彼は無言で自分のジャケットを脱ぐと、彼女の薄いドレスの肩にそっと掛けた。

 

 

「……耳、強張ってたぞ」

 

「……気づいていましたの?」

 

「お前のことならなんでもわかるさ。……辛かったな」

 

 

 その一言だけで、張り詰めていた糸が切れそうになる。

 ここは戦場だ。心休まる場所ではない。

 

 

「……もう、十分だろ。挨拶回りは終わった」

 

「え?」

 

「抜け出そうぜ。……『俺たち』のパーティーはこれからだろ?」

 

 

 彼は悪戯っぽく笑うと、会場の出口を親指で示した。

 

 

 

 

 

 電車に揺られることすこし。

 煌びやかな都心を離れ郊外の住宅街へとたどり着いた頃には、日付が変わる少し前になっていた。

 

 

「ただいまー」

 

「お邪魔します……」

 

 

 トレーナーの実家の玄関を開けると、中から温かい光と、揚げ物の匂いが溢れ出してきた。

 

 

「あら! お帰りなさい! ドンちゃんもいらっしゃい!」

 

「待ってたぞー。特番始まっちまったぞ」

 

 

 エプロン姿のトレーナーの母と、ビールですでに出来上がっている父。

 そこには、ドレスコードも、家柄も、将来へのプレッシャーもない。

 

 

「おばさま、おじさま、夜分遅くに申し訳ありません」

 

「いいのよいいのよ! さあさあ、寒いから早く入って! こたつ温まってるわよ!」

 

 

 背中を押され、リビングへ。

 ちゃぶ台の上には、山盛りの唐揚げ、ポテトサラダ、スーパーで買ってきたであろう半額シールのついたオードブル、そしてホールのクリスマスケーキが所狭しと並べられている。

 

 ジェンティルドンナは、貸し出されたトレーナーの高校時代のジャージに着替えると、こたつに半身を滑り込ませた。

 

 

「はぁ……生き返ります……」

 

 

 彼女の耳が、ぺたりとリラックスして倒れる。

 さっきまでの「貴婦人」はどこへやら。そこには、ただの「近所のドンちゃん」がいた。

 

「ほらドンちゃん、チキン食べなさい。また背が伸びたんじゃない?」

「ありがとうございます、おばさま。……ん、美味しい」

「ドンちゃんがG1勝ったって聞いた時は、父さんひっくり返っちゃってなぁ! 近所に自慢しまくってるんだぞ!」

「もうあなたったら、ドンちゃんが困るでしょ!」

 

 賑やかで、少し狭くて、温かい空間。

 テレビのバラエティ番組の音がBGM。

 ジェンティルドンナは、口いっぱいに唐揚げを頬張りながら、隣に座るトレーナーを見た。

 彼はスーツのネクタイを緩め、リラックスした表情で両親と話している。

 

(……ああ)

 

 これが、私の帰りたかった場所。

 冷たいシャンデリアの下ではなく、この暖かな場所こそが、私の本当に帰りたい場所なのだとつくづくと感じていた。

 

 

 

 

 

 

 宴もたけなわとなり、トレーナーの両親が寝室へ下がった後。

 二人は2階にあるトレーナーの部屋へと移動していた。

 勉強机とベッド、本棚には昔の漫画。

 時間が止まったような空間で、二人は並んで座っていた。

 

 

「……今日は、ごめんなさい」

 

 

 不意に、ジェンティルドンナがぽつりと呟いた。

 

 

「あっちのパーティー、居心地悪かったでしょ。親戚の人たち、ひどいこと言ってたし……」

 

「予想してたことだし気にしてないよ。それに事実は事実だ。俺はまだ、お前の家柄に見合うだけの実績が足りていない」

 

「そんなことない!」

 

 

 彼女は強く否定し、彼の袖を掴んだ。

 

 

「お兄ちゃんは最高のトレーナーよ。私を勝たせてくれたじゃない。誰が何と言おうと、私にとっては貴方が一番なの」

 

 

 彼女は潤んだ瞳で彼を見上げ、切実な思いを吐露し始めた。

 

 

「……私ね、お兄ちゃん」

 

「ん?」

 

「あっちの家は、戦場なの。常に結果を求められて、息をするのも苦しい場所」

 

「……そうだな」

 

「だから……ここが、私の本当の家ならよかったのにって、ずっと思ってる」

 

 

 それは、切実な願い。もし私が貴方の家族になれたなら。この温かい場所で、ずっと暮らしていけるのに。

 トレーナーは少し困ったように、でも愛おしそうに彼女の頭を撫でた。

 

 

「……俺の家は、いつだってお前の家みたいなもんだろ。幼馴染なんだから」

 

「……今は、まだ幼馴染だけどね」

 

 

 ジェンティルドンナは小さく、誰にも聞こえない声で付け加えた。

 今はまだ、この関係でいい。

 けれどいつか必ず、この場所に「ただいま」と言って帰ってこれる、本当の家族になってみせる。そんな思いを胸にしまう。

 

 

「まあ、焦らず行こうぜ。……そうだ、ほら」

 

 

 しんみりした空気を変えるように、彼は優しく笑って机の引き出しから小さな包みを取り出した。

 

 

「はい、これ」

 

「え……?」

 

「クリスマスプレゼント。……そんな高いものじゃないけど」

 

 

 渡された包みを開けると、そこには小さな指輪が入っていた。

 肌馴染みの良いピンクゴールドのリング。宝石もなくシンプルだが可愛らしいデザインだ。

 

 

「……指輪?」

 

「最近学園内ではやっていると聞いてね。ピンキーリングなら、まあファッションとして重くないかなって思って」

 

 

 彼は照れくさそうに頬をかいた。

 ピンキーリング。小指につける指輪だ。それなら「贈り物」として重すぎず、お守り代わりにもなるだろうという彼なりの配慮だった。

 

 

「……嬉しい」

 

 

 ジェンティルドンナは頬を染め、震える手でそれを小指にはめようとした。

 だが。

 

 

「……あれ?」

 

 

 するり、と指輪は小指を通り越してしまった。

 彼が適当に見繕っていたため、サイズが違ったらしい。彼女の指は、彼が思っているよりもずっと細く、繊細だったのだ。

 

 

「あー……悪い。サイズ、大きすぎたか? 今度交換して……」

 

「いいえ、待って」

 

 

 彼女は首を振ると、その指輪を隣の指――薬指へと滑らせた。

 

 すっ。

 

 まるで、最初からそこにあるべきだったかのように。

 指輪は左手の薬指の根元で、ピタリと止まった。

 

 

「……ふふ。ぴったり」

 

「……お、おい。ドンナ」

 

 

 トレーナーがギョッとして声を上げる。

 左手の薬指。それは、特別な意味を持つ場所だ。

 幼馴染からのプレゼントとはいえ、そこにはめるのは誤解を招くというか、意味合いが変わってくるというか……。

 

 

「そこは、その……意味が……」

 

「サイズが合うのが、ここしかなかったんですもの。仕方ありませんわ」

 

 

 彼女は左手を掲げ、照明にかざしてうっとりと眺めた。

 ピンクゴールドの輝きが、彼女の幸せそうな表情を照らしている。

 その顔があまりにも嬉しそうで。

 あまりにも、愛おしくて。

 

 

「……絶対、外さない」

 

 

 大事そうに手を胸に抱く彼女を見て、トレーナーは出かかった言葉を飲み込んだ。

 

 

(……まあ、いいか)

 

 

 彼女が笑顔なら、それでいい。

 彼はそう思い直した。

 

 彼女は薬指を握りしめたまま、彼の肩に頭を預けた。

 窓の外では、雪が音もなく降り積もっていたが、この部屋の中は、春のように暖かかった。




 永遠の証

評価お気に入り・感想お待ちしております

雑談等はディスコード鯖
https://discord.gg/92whXVTDUF

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。