ジェンティルドンナと幼馴染トレーナーのラブラブ生活   作:雅媛

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7 ジェンティルドンナとバレンタイン

 2月14日。聖バレンタインデー。

 それは、チョコを送りあうことで製菓業界が年間最大の売上を叩き出す日。

 ここトレセン学園においては、時にウマ娘たちが想い人へアタックする決戦の日であり、同時に人気者たちがその「格」を見せつける日でもあった。

 

 そして、ジェンティルドンナの朝は、山のような包み紙との格闘から始まった。

 

 

「……またですの?」

 

 

 登校して下駄箱を開ければ雪崩が起き、教室の机は色とりどりの箱で埋め尽くされている。

 送り主は、憧れの眼差しを向ける後輩のウマ娘たちや、あわよくばお近づきになりたい他チームのトレーナーたちだ。

 

 

「さっすがドンナちゃん! 今年も豊作だねえ~」

 

 

 同室のブエナビスタが、自身のチョコ(幼馴染用)を大事そうに抱えながらニコニコと茶化してくる。

 

 

「別に、嬉しくはありませんわ。毎年のことですもの」

「はいはい、余裕だねえ。あ、これ私から。友チョコ!」

「ありがとうございます、先輩」

 

 

 ブエナビスタからの友チョコを受け取り、ため息交じりに整理を始める。

 そこへ、騒がしい足音が近づいてきた。

 

 

「よう大将! 景気いいねえ! 一つくらい俺に寄越せよ」

「お断りします、ゴールドシップ。貴女、焼きそば味のチョコを配って回っているそうですわね。私には不要ですから」

「ちっ、バレたか。じゃあこれやるよ。普通のやつだ」

 

 

 ゴールドシップが放り投げてきた小袋を、片手でキャッチする。中身は本当に普通のチロルチョコだった。彼女なりの照れ隠しかもしれない。

 さらに、廊下ですれ違ったヴィルシーナも足を止めた。

 

 

「ごきげんよう、ジェンティルドンナさん。……これ、つまらないものだけど」

 

「ヴィルシーナさんまで?」

 

「ライバルへの礼儀として、ですわ。あと……貴女のトレーナーさんにも渡しておいてくださる? この前、トレーニングのアドバイスを頂いたお礼ですので」

 

 

 ヴィルシーナは律儀に二つの包みを差し出してきた。

 ジェンティルドンナは一瞬だけ眉をひそめたが、あくまで「お礼」という名目である以上、断る理由もない。

 

 

「……承りました。渡しておきます」

 

 

 結局、ジェンティルドンナは台車を借りて、山のような貢ぎ物を運ぶ羽目になった。

 これら全て、彼女にとっては「アスリートとしての評価」や「儀礼的な挨拶」に過ぎない。

 彼女の本命は、ただ一つ。

 バッグの底に隠した、保冷剤入りの重たい箱だけなのだから。

 

 

 

 

 

 トレーナー室。

 ジェンティルドンナが台車を押して入室すると、そこには予想通りの光景が広がっていた。

 

 

「……いつもながら壮観ですわね」

 

 

 トレーナーのデスクの上にもまた、小高い山脈が形成されていたのだ。

 数はジェンティルドンナほどではないが、一人で食べるには致死量に近い。

 

 

「あー……おはよう、ドンナ」

 

 

 山脈の向こうから、苦笑するトレーナーが顔を出した。

 彼はその場で、可愛らしいラッピングの包みを開け、中身のトリュフを口に放り込んでいるところだった。

 

 

「……食べてますわね」

 

「ん? ああ。せっかくの好意だ、無下にはできないだろ」

 

 

 彼は昔からそうだ。

 顔が良く、人当たりも良いため、幼い頃から近所のお姉さんや同級生によくチョコを貰っていた。

 そして「食べ物を粗末にしてはいけない」という教育と、生来の女好き……ではなくマメな性格から、怪しい手作り品以外は基本的に全て美味しく頂く主義なのだ。

 

 

「美味しいですの? 他の女からの愛の味は」

 

「美味しいよ。有名店のやつだし」

 

「……そうですか」

 

 

 ジェンティルドンナの耳が、不快げに伏せられる。

 わかってはいた。彼がモテるのは今に始まったことではない。

 だが、自分の目の前で、他の誰かからの贈り物を咀嚼し、飲み込む姿を見せられるのは、やはり面白くない。

 ムッとして黙り込む彼女を見て、トレーナーはようやく彼女が押してきた台車に気づいた。

 

 

「……って、なんだその量は!? 全部チョコか?」

 

「ええ。処理に困りますわ」

 

「すげえな……! さすが学園のアイドル」

 

 

 彼は目を丸くして台車に近づき、積み上げられた箱の山を検分し始めた。

 

 

「うわ、これ老舗の高級チョコじゃん。こっちは……ファンレター付きか? 『先輩の走りに憧れてます』……へえ、可愛い後輩もいるもんだな」

 

 

 感心したように箱を手に取る彼。

 だが、ある一つの箱を見た瞬間、彼の目が据わった。

 

 

「……おい。これ、差出人が『〇〇チーム・チーフトレーナー』ってなってるぞ。男じゃないか」

 

「ああ、昼休みに渡されましたわ。『君の走りに勇気を貰った』とか何とか」

 

「はあ? なんだそれ、勧誘か? それとも個人的なアプローチか?」

 

 

 トレーナーの声のトーンが、明らかに下がった。

 彼は眉間に皺を寄せ、不機嫌そうにその箱を睨みつけている。

 

 

「……ドンナ、これ受け取ったのか?」

 

「無下に断るのも角が立ちますので。挨拶代わりですわ」

 

「挨拶代わりってなぁ……。中身、何が入ってるかわからないぞ」

 

「市販品ですし、そんなことはないと思いますが」

 

 

 あからさまな不機嫌。嫉妬。

 彼は、ジェンティルドンナが学園内でどれほどモテているのか、正確には把握していなかったのだろう。

 自分だけが彼女を独占しているつもりでいたのに、外野から手が伸びてきていることに、今更ながら焦りを覚えているようだ。

 

 

(……ふふ)

 

 

 その反応を見て、ジェンティルドンナの機嫌は一気に回復した。

 彼もまた、私と同じなのだ。

 他の誰かの影がちらつくのが嫌で、独り占めしたいと思ってくれている。

 

 

「……そんなに心配ならば、お兄ちゃんが食べればよくてよ」

 

「……ああ、そうさせてもらう。俺が責任を持って処分する」

 

 

 彼はブツブツと文句を言いながら、男トレーナーからのチョコを自分のデスクの「即刻処分エリア」へと放り投げはじめた。

 

 

 

 やがて、日が暮れ、学園の喧騒も遠ざかった頃。

 トレーナー室の鍵が閉ざされた。

 お互いの「戦利品」の確認と処分(仕分け)が終わり、ようやく二人きりの時間が訪れる。

 

 

「……ふぅ。やっと静かになりましたわ」

 

 

 ジェンティルドンナは大きく伸びをすると、ロッカーから保冷バッグを取り出した。

 それは、今日彼女が運んできたどのチョコよりも厳重に管理されていたものだ。

 

 

「……ドンナ? それは?」

 

「決まっていますわ。私からの、本命の贈り物です」

 

 

 彼女はドヤ顔で、デスクの上に「それ」を鎮座させた。

 箱を開ける。

 現れたのは、漆黒の塊だった。

 ザッハトルテ。それも、通常のレシピの倍以上の密度でチョコレートを練り込み、隙間なくコーティングされた、超重量級の一品だ。

 サイズは手のひら大だがその質量は、優にキログラム単位に達しているだろう。

 

「……重いな」

 

「市販のものでは、私の感謝と敬愛を表すには軽すぎますので」

 

 

 彼女は胸を張った。

 そして、ケーキの中央に乗ったホワイトチョコのプレートを指差す。

 そこには、達筆な文字でこう書かれていた。

 

 

『一心同体』

 

 

「……バレンタインのチョコに書く四字熟語じゃないな」

 

「愛とか恋とか書くのは、その……軽薄でしょう? 私たちの絆は、もっと重く、強固なものですから」

 

 

 照れ隠しの言い訳を並べ立てるが、頬は真っ赤だ。

 彼女なりに、精一杯の愛を込めたのだ。この質量に。この重さに。

 他の誰からのチョコよりも、重く、腹にたまるように。

 

 

「私の担当トレーナーなら、これくらいの愛、受け止められますわよね?」

 

 

 挑発的な視線。

 トレーナーは苦笑すると、ジャケットを脱ぎ、椅子に座り直した。

 

 

「……望むところだ。愛の重さごと、全部腹に収めてやるよ」

 

 

 切り分けられたケーキを口に運ぶ。

 濃厚だ。あまりにも濃厚で、甘く、重い。

 一口ごとに胃にずっしりと溜まる感覚。だが、丁寧に作られたそれは、今日食べたどの有名店のチョコよりも美味く感じられた。

 

 

「……美味いよ、ドンナ」

 

「! ……当然ですわ」

 

 

 嬉しそうに耳を揺らす彼女を見ながら、トレーナーは黙々とフォークを動かした。

 物理的な重さは愛の重さ。完食こそが誠意だ。

 

 最後のひと口を飲み込み、彼は深く息を吐いた。

 

 

「……ごちそうさん。最高だった」

 

「よく出来ました。褒めてあげます」

 

 

 満足げに微笑むジェンティルドンナ。

 勝った。ヴィルシーナにも、男トレーナーたちにも、この質量で勝った。

 そう確信して勝利の余韻に浸ろうとした、その時だった。

 

 

「じゃあ、次は俺の番だな」

 

「え?」

 

 

 トレーナーが、引き出しから小さな箱を取り出した。

 シックな紺色の箱に、銀のリボンがかけられている。

 

 

「……お兄ちゃん? それは?」

 

「バレンタインだろ? 俺からもチョコだ」

 

「えっ、手作り……?」

 

「ああ。最近は男も作る時代らしいからな」

 

 

 彼は照れくさそうに箱を開けた。

 中に入っていたのは、数粒のボンボンショコラだった。

 艶やかな光沢、繊細な金箔のあしらい。素人の手仕事とは思えない、プロ顔負けの完成度だ。

 彼は昔から手先が器用だったが、まさかここまでのクオリティとは。

 

 

「一粒、食べてみてくれ」

 

 

 彼がその中の一つを指先で摘まみ上げた。

 そして、そのままジェンティルドンナの口元へ差し出す。

 

 

「え、あ……」

 

「あーん」

 

「っ……!」

 

 

 昨日の昼休みにブエナビスタたちがやっていた、あの行為。

 それを、今度は彼から仕掛けてきたのだ。

 ジェンティルドンナは茹で上がったように顔を赤くし、覚悟を決めてパクリと口に含んだ。

 

 口の中に広がる、芳醇なカカオの香りと、とろけるようなガナッシュ。

 悔しいくらいに美味しい。

 

 

「……どうだ?」

 

「……美味しい、です……」

 

「そうか。よかった」

 

 

 彼は満足そうに笑うと、箱の底に入っていた小さなメッセージカードを指差した。

 

 

「ちゃんとメッセージも書いたんだぞ」

 

「え……?」

 

 

 彼女は震える手でカードを取り上げた。

 そこには、彼らしい流麗な文字で、短い英文が記されていた。

 

 

 『To my precious partner.』

 

 (私の大切なパートナーへ)

 

 

「…………」

 

 

 大切な、パートナー。

 それは、「最高の担当ウマ娘」という意味かもしれない。

 あるいは、「人生を共にする相手」という意味かもしれない。

 どちらとも取れる。けれど、どちらにしても「特別」であることに変わりはない。

 その曖昧さが、今の二人には心地よく、そして何より擽ったかった。

 

 

「……ずるいですわ」

 

 

 ジェンティルドンナはカードを胸に抱きしめ、潤んだ瞳で彼を睨んだ。

 

 

「こんなの、期待してしまうじゃありませんか」

 

「さあな。どう受け取るかは、ドンナ次第だ」

 

 

 トレーナーは悪戯っぽく笑い、彼女の頭をポンと撫でた。

 

 

「……来年は、もっと凄いの作りますから」

 

「お手柔らかに頼むよ。胃がもたれる」

 

「知りません。……覚悟しておいてくださいね、私のパートナーさん」

 

 

 彼女は左手の薬指にはまったリングを、愛おしそうに撫でた。

 机の上には、空になったケーキの皿と、一粒減った宝石箱。

 外の世界では多くの悲喜こもごもが生まれているだろうが、この密室の中には、世界で一番甘くて重い幸せが満ちていた。




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