ジェンティルドンナと幼馴染トレーナーのラブラブ生活 作:雅媛
6月。梅雨の晴れ間。
オークスを圧倒的な強さで制し、二冠ウマ娘となったジェンティルドンナは、今、トレセン学園の掲示板の前で、レースの時よりも鋭い眼光を放っていた。
「……これですわ」
彼女が見つめるポスターには、華やかな文字でこう書かれていた。
『第Ⅹ回 ビューティードリームカップ開催! 優勝者にはあのビューティ安心沢作成のウェディングドレス風勝負服を贈呈!』
「ジューンブライド……。6月の花嫁は幸せになれると言われています。つまり、これを手に入れることは、私の将来の幸福(と既成事実)を確定させるも同然の儀式……!」
ゴゴゴゴ……と背後から気迫が溢れ出ている。
隣に立っていたトレーナーは、いつものスーツの襟を正しながら苦笑した。
「いや、あくまでファン感謝イベントの一環だぞ? バラエティ色が強いって聞いてるし。あと俺が一緒に行く必要あるか?」
「あります! 今回は『トレーナー同伴』が条件ですのよ。貴方も覚悟を決めてくださいませ」
彼女はバッと振り返り、トレーナーの胸元をビシッと指差した。
「なにより私が花嫁衣装を着る隣には、貴方がいなければ意味がありませんわ。……いいえ、なんでもありません。とにかく、優勝しますわよ!」
「はあ……まあ、ドンナがそこまで言うなら付き合うけど」
だが、ドンナはまだ気づいていなかった。
このイベントが、G1レース以上に過酷な「戦い」になることを。
イベント当日。学園の大講堂は、熱気と殺気に包まれていた。
ステージ上には、選ばれしウマ娘とそのパートナーであるトレーナーたちが整列している。
「ごきげんよう、ジェンティルドンナさん。オークスの借りは、ここで返させていただきますわ!」
燃える闘志を隠さない、ヴィルシーナ。
彼女の隣には、少し緊張した面持ちの優しそうなトレーナーが控えている。
「へっ、シケたツラしてんじゃねーよドンナ! 祭りは楽しまなきゃ損だぜぇ!」
そしてもう一人。なぜか焼きそばのヘラを二刀流で構えているゴールドシップ。
彼女のトレーナーは「なんで俺まで……」と遠い目をしているが、既に諦めの境地に達しているようだ。
「ふん。有象無象がどれだけ集まろうと、主役は私ですわ」
ジェンティルドンナは、隣に立つ自分のトレーナーの腕をギュッと抱き寄せた。
その力強さに、トレーナーが「い、痛いぞドンナ」と小声で呻く。
そこへ、ファンファーレが鳴り響いた。
『それでは、ビューティードリームカップ、開幕です! 今年の審査テーマは【真の美しさは、心・技・体に宿る】! 厳正なる審査員の皆様、お願いします!』
スポットライトが審査員席を照らす。
『力』のカワカミプリンセス、『技』のニシノフラワー、そして『愛』のカレンチャン。
最強の布陣が、参加者たちを見下ろしていた。
【第1審査:『美しさは力(パワー)!』】
「花嫁とはッ! 愛する人を守り抜く強靭なフィジカルですわーッ!!」
第1審査の担当、カワカミプリンセスが拳を突き上げて絶叫した。
ステージ中央に運び込まれたのは、ゲームセンターにあるようなパンチングマシーン。ただし、ウマ娘用に強化された特注品だ。
「ルールは簡単! これを思いっきり殴って、その数値と『殴る姿の美しさ』を競います!」
「ならあたしから行かせてもらおうか」
そういってまずはゴールドシップが挑戦をする。
「うぉぉらぁぁ!」と奇声を上げながらドロップキックを放ち、「パンチじゃねえ!」と減点された。
続いてヴィルシーナは、美しいフォームで正拳突きを放ち、高得点を叩き出す。真面目な彼女らしいしっかりとした正拳突きだ。
「最後は、ジェンティルドンナ選手!」
ジェンティルドンナは静かにマシーンの前に立つと、優雅にスカートの裾を払った。
「野蛮な真似は好みませんが……愛する人を守るためなら、致し方ありませんわね」
呼吸を整える。
その瞬間、彼女の背後に「鬼神」の如きオーラが立ち昇った。
「――失礼」
ドォォォォンッ!!
轟音。
数値が表示されるより先に、マシーンのパッド部分が根元からへし折れ、後方の壁にめり込んだ。
静まり返る会場。
「あら、力の加減を間違えましたわ。……これ、減点対象かしら?」
彼女が何食わぬ顔で振り返ると、カワカミプリンセスが目を輝かせて「100点満点ですわーッ!! これぞパワー! これぞ愛の力!」と叫んだ。
【第2審査:『美しさはご奉仕!』】
セット転換の時間はなく、そのままステージ上に長机が並べられる。
エプロン姿のニシノフラワーが、可愛らしく宣言した。
「次は、家庭的な一面を見せていただきます! 課題は『リンゴの皮むき』です!」
いかに長く、薄く、美しく剥けるか。
ナイフ1本での勝負だ。
ゴールドシップは、ナタのような包丁をリンゴに叩きつけた。
「食えりゃいいんだよ!」とのたまう彼女が掲げたリンゴはなぜかリアリティあふれるウサギの形に刻まれていた。それ自体の芸術性は高かったが、皮の長さも審査対象だったためあまりいい評価はされなかった。「ちっ、私の芸術性に世界がついてこれなかったか」とは彼女の弁である。
ヴィルシーナは完璧だった。途切れることなく皮を剥き終える。「素晴らしいです!」とニシノフラワーも絶賛する。
そしてジェンティルドンナ。
彼女はペティナイフを手に取り、リンゴを見据えた。
「料理は科学。そして芸術ですわ」
シュババババ!
目にも止まらぬナイフ捌き。皮が途切れることなく、スルスルと剥かれていく。
その速度はまさにマシーン。正確無比。
だが、あまりにも殺気立っていた。まるで敵の首を狩るような鋭い眼光でリンゴを剥く姿に、ニシノフラワーは「す、すごいですけど……ちょっと怖いです……」と引き気味だ。
「完璧でしょう?」
「は、はい……技術点は満点です……!」
その圧倒的なスキルでここも上位に食い込む。
この時点での総合得点ではジェンティルドンナが首位。
だが、最大の難関は最後に待っていた。
【第3審査:『美しさはカワイイ!』】
「最後はやっぱりこれだよね♪ 世界で一番カワイイのは~?」
審査員席のカレンチャンがウインクを飛ばす。
会場中が「カレンチャーン!」と叫ぶ中、最後の課題が発表された。
「テーマは『パートナーへの甘え』! トレーナーさんにお願い事をして、とびっきり可愛いアピールをしてね♪」
ざわつく会場。
ここにきて、純粋な「乙女力」が試される。
ジェンティルドンナの表情が凍りついた。
(こ、ここで『カワイイ』アピール……!?)
(しかも、この大観衆の前で……!?)
彼女の視線の先には、心配そうにこちらを見ているトレーナーがいる。
二人きりの密室ならまだしも、こんな衆人環視の中で甘えるなど、彼女のプライドが許さない。
トップバッターはヴィルシーナ。
彼女は少し頬を染めながら、トレーナーの袖をちょこんと摘まんだ。
「あ、あの……次の休み、また一緒にお出かけしたい、な……ダメ?」
上目遣いでのデートのおねだり。王道にして至高。会場の男性陣が胸を押さえて倒れる音がする。
カレンチャンも「うんうん、健気でいいね!」と満点評価。
続くゴールドシップ。
彼女はニヤリと笑うと、トレーナーに背中から飛びついた。
「おんぶー! ラーメン屋まで連れてけー!」
甘えというか運搬要請だが、その無邪気な笑顔は悔しいほどに可愛かった。会場も大盛り上がりだ。
そして、ジェンティルドンナの番が来た。
スポットライトが二人を照らす。
「さあ、ジェンティルドンナさん! どうぞ!」
逃げ場はない。
トレーナーは「無理しなくていいぞ」と小声で言ってくれるが、それでは負けてしまう。
あの花嫁衣装は、譲れない。
「……あ、あの……お、おに……」
『お兄ちゃん』と呼ぼうとして、言葉が詰まる。
喉が張り付く。顔が火が出るほど熱い。
(無理……! こんなに人がいては……!)
やろうとすればするほど、表情が強張り、いつもの「鉄仮面(怖い顔)」になってしまう。
カレンチャンが「うーん、ちょっと固いかな~?」と首を傾げる。
会場の空気も「やっぱりジェンティルドンナに『カワイイ』は無理か」という諦めに変わりつつあった。
その空気が、彼女の逆鱗に触れた。
(無理? 私に不可能があるとでも?)
(可愛い? 媚びることだけが可愛さだと?)
(違う……私の、私と彼の関係は、そんな安っぽいものではありませんわ!!)
ブチッ、と何かが切れた。
「――ええい、じれったい!!」
ジェンティルドンナは叫ぶと、ドレスの裾を翻してトレーナーに詰め寄った。
「え、ドンナ?」
「貴方は黙って、私に身を委ねなさい!」
彼女はトレーナーの腰に手を回すと、なんとそのまま彼を「お姫様抱っこ」の体勢で持ち上げた。
「うわあっ!?」
「キャーッ!!」
会場がどよめく。
180センチ近いスーツ姿の男性を、軽々と、まるで羽根のように抱き上げる剛腕。
だが、その顔は――怒っているようで、泣きそうで、でも最高に幸せそうに赤らんでいた。
「見なさい! これが私の、愛の形ですわ!!」
彼女はトレーナーを抱えたまま、ステージ上を疾走した。
腕の中のトレーナーは、目を白黒させながらも、振り落とされないように必死に彼女の首にしがみついている。
「ど、ドンナ! 降ろせ! あぶな、あぶない!!」
「降ろしません! 貴方は私が守ります! 一生、離してなんてあげませんから!!」
それは、可愛さアピールというよりは、強引な略奪婚。
あるいは、魂の叫び。
けれど、その姿は誰よりも輝いていた。
ステージを駆け抜けた瞬間、会場は静まり返り――次の瞬間、割れんばかりの大歓声が巻き起こった。
「す、すごーい! 新しい! 新しすぎるよドンナちゃん!」
カレンチャンが目を丸くして拍手した。
「普通の可愛さじゃないけど……その『離さない』っていう執着心! トレーナーさんへの激重な愛! ゾクゾクするね! 文句なしの合格だよっ♪」
そうして結果は決まった。
結果、優勝はジェンティルドンナの手に輝いた。
純白のレースとフリルがあしらわれた、特注の花嫁風勝負服。
それを手に入れた彼女はさっそくトレーナー室で試着し彼に見せていた。
「……どう、かしら?」
カーテンを開け、彼女がおずおずと姿を現す。
イベント時の暴走ゴリラっぷりはどこへやら。
純白のドレスに身を包み、頬を薄桃色に染めて俯く姿は、紛れもなく「可憐な花嫁」そのものだった。
G1の時の勝負服とは違う、柔らかく、守ってあげたくなるような美しさ。
トレーナーは、しばらく言葉を失って見惚れていた。
あの時自分を担いで走っていたウマ娘と同一人物とは信じられない。
「……似合うよ。すごく、綺麗だ」
「……ほんとに?」
「ああ。世界一の花嫁さんだ」
その言葉に、ジェンティルドンナの耳がパタパタと嬉しそうに揺れる。
彼女はゆっくりと彼に歩み寄り、今度は担ぎ上げるのではなく、そっと彼のジャケットの袖を掴んだ。
「……予行演習、成功ですわね」
「予行演習?」
「いつか本番を迎える日のための、です。……その時まで、ちゃんと鍛えておいてくださいね? 今度はお兄ちゃんが私をお姫様抱っこするんですから」
上目遣いでねだる彼女に、トレーナーは苦笑して頷いた。
「善処するよ。……まあ、ドンナより強くなるのは骨が折れそうだけどな」
二人は顔を見合わせ、小さく笑い合った。
窓の外では雨が上がり、美しい虹がかかっていた。
最強のウマ娘は、花嫁としても最強であることを証明し、二人の絆はまた一つ、強固なものとなったのだった。