ミミグル使い私、呪霊が怖すぎてダンジョンに引きこもりたい。   作:月日は花客

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☆2:ミミグル・オバケ

 

 養護施設での生活にも慣れ、日常やルーティンもできてきた頃。

 

「ねぇ、お姉ちゃんが持ってるそのカード、見せて〜」

 

 年下の、施設内でも明るく元気な子として目立っていた子が私のカードに興味を示した。

 私はいつも通り、図書室で一人回しをしていた。

 その子はいつもは外で遊んでいるから、図書室に来るのは珍しい。今日は外の気温が40度を超え、流石に外出危険のニュースが出ていたから、大人に止められたのかもしれない。

 日焼けした肌は健康そうで、私のインドアによる白さとは違う活発さが見てわかる。

 さっきまでつまらなさそうに絵本を読んでいたから、集中が切れた時に私の手元が目に入ったのだろう。

 私のデッキはレアリティには拘っていないので、エースであるマスターとジャイアントはウルトラだが、それ以外は低レアリティのものがほとんどである。

 ちょうどフィールドに出していたマスターがキラキラしていたから気になったのだろうか、その子の視線はマスターに向けられている。

 年下といえど、人のものをよく分からず破ったり口に入れたりする程幼くはないし、カードに興味を持ってくれたことは純粋に嬉しい。

 その子としてはキラキラしてて綺麗なカード、くらいの認識だとしても、レアリティの高いカードの魅力は私もわかる。

 特に悩むこともなく、その子にマスターを渡した。

 

「すごーい! キラキラしてる!」

「綺麗でしょ。私のお気に入りなんだ」

「ねね、他にもキラキラある?」

 

 角度をつけて煌めくのを楽しんでいる子は微笑ましかった。

 私はEXデッキからジャイアントを出し、その子に渡す。

 きっと名前も効果もわかっていないだろうが、自分のカードが褒められて嬉しくない決闘者はいないだろう。

 その子は瞳をキラキラさせて、興奮気味にぴょんぴょん飛び跳ねた。

 

「かっこいー! これ、どうやって使うの?」

「ええと、このカードでね、闘うんだよ」

「どっちが強い?」

「え、うーん……どっち、だろう?」

 

 素の攻撃力なら1800あるマスターの方が強いが、効果付与や守備力を考えるとジャイアントの方が強い、か?

 低学年の子にわかりやすくハッキリと強弱を伝えるのは、私にはなかなか難しかった。

 どちらもミミグルデッキには欠かせないキーカードだし、ミラー対決なんてしたことないからわからない。

 

「おれはね、こっちが好き!」

 

 その子が掲げたのはマスターの方だった。

 負けたジャイアントにちょっと同情しつつ、ニコニコと持ち上げられているマスターに何故か照れ臭さもある。

 

「理由を聞いてもいいかな」

「おれね、オレンジが好きだから!」

「なるほど、オレンジだからか」

 

 効果モンスター特有の色が琴線に引っかかったらしい。

 エクシーズモンスターであるジャイアントの色は黒なので、イラストとは関係なく枠の方で順位が決まったらしい。

 その子はジャイアントを机の上に返すと、マスターをもう一度じっと見た。

 

「ねぇ! これさ、サト先生に見せていい?」

「先生に? どうして?」

「『楽しいことがあったら先生にも教えてほしい』って言われてんだ!」

 

 その言葉には私も覚えがあった。

 まだ施設に預けられて数日の、記憶や状況に戸惑っている頃だ。「今はまだ慣れないかもしれないけど、ここで何か、楽しいことがあったら教えてほしい。話してくれると、先生は嬉しいな」と優しく語りかけられた。

 ここに来る子ども達は何かしら辛い体験や記憶を抱えているから、塞ぎ込んでしまう者も多い。

 だから、その凍ってしまった心を少しでも溶かすための言葉だったのかもしれない。そして、それをこの子は律儀に守っているのだ。

 先生なら施設内のどこかにいるだろう。私はやはり、特に引っかかるところも無くOKを出した。

 

「でも、大事なものだから見せたら返してほしいな」

「うん! ちゃんと返すね、お姉ちゃん!」

 

 その子は元気に図書室を出ていく。走るなと先生が注意したが聞こえてはいないだろう。今でこそ元気だが、施設に入った当時はそうではなかったのかもしれないと思うと、悲しいやら、今は嬉しいやら。

 記憶の無い自分と違い、そういう辛い出来事を一生覚えているのかもしれないと思うと、なんとも言えない気持ちになる。

 この施設では、誰も、ここに来る前のことを話さない。

 それは暗黙の了解でもあるのだろう。今更、辛い時間をわざわざ言葉にする必要はない。

 だけれど、その時間が消えたわけでもない。

 

(あの化け物は、そんな私たちの過去?)

 

 暗がりでたびたび認識されるのを確認してくるあいつらは、ここにいる子ども達の背後にある過去に似ている。

 人の醜悪さを煮詰めたような声は、トラウマの具現化のよう。

 寒気のする影を避けて、私も図書室を出ることにした。

 化け物がいる場所を見ないように、通らないように移動するせいで、別の部屋に移動する時、変なルートを通ることになる。

 基本的に大回りに、無駄に距離を踏んで。運動不足の身体には何度も階段を上り下りする方が健康的だろう。不気味な声で囁かれるよりはマシだ。

 冷房の無い廊下は蒸し暑いが、あと数ヶ月もすればそれが恋しくなる寒さがやってくる。

 図書室のクーラーは暖房にスイッチが切り替わり、今の薄手のワンピースは厚いニットに変わるだろう。

 それでも、あの化け物は何一つ変わらないことが何故かわかっていた。

 

「────!」

 

 コーナーガードが貼られた階段を登り始めたところで、耳に甲高い泣き声が届いた。

 声変わり前の子どもの泣く声は個人の判断がし辛いけれど、なんだか自分に関係のある事件のような気がして、素早く駆け上がった。

 三階、子ども達の寝る部屋が並ぶ廊下で、サト先生がさっきの子どもをなんとか宥めようとしていた。大粒の涙を流し、大声で泣き喚くその子は、私の姿を確認すると更に酷く泣き始めた。

 

「ごめんなさいーっ! お姉ちゃん、ごめん、なさいっ!」

「落ち着いて、ね? 先生も一緒に探すから」

「ゔぁぁああ! ごめんなざい!」

「えっと……」

 

 ズビズビと鼻を鳴らしながら泣き続ける姿に、思わず怯んでしまったが、その言葉を聞くとこの子が何をやらかしたのかなんとなく理解できた。

 サト先生が私の登場に少し困った顔をしたのも、納得の話だ。

 おそらく渡したカードに何かあったのだろう。

 私は自分のカードのことも気がかりだが、ひとまず目の前の大号泣を先生と一緒に落ち着かせることにした。

 こんなに涙を流しているんだから、泣き終わったらきっと目が真っ赤に腫れるだろう。ハンカチで目元を拭いつつ、頭を撫でてあげた。

 

「……ごめんなさい」

「うん、うん。怒らないから、どうしたのか話せるかな。それともサト先生に話してもらう?」

「ううん、自分で言う……」

 

 力強く30分ほど泣いた後、ようやく落ち着いたその子は喉を枯らしていた。

 廊下で話を聞くのも暑いので、目を冷やすためにも医務室に保冷剤とタオルを求めて移動し、やっと何があったのか聞ける。

 案の定真っ赤に腫れた瞼を冷やしつつ、泣き疲れたのだろう少し小さな声で話される顛末を静かに聞く。

 

 どうやらマスターのカードを失くしたらしい。

 失くしちゃったかぁ、と私はデッキに一枚しか入っていないマスターのイラストを頭に浮かべる。ピン刺ししていなかったらまだ耐えれたかもしれないが、ミミグルデッキの心臓を担うピン刺しのマスターが持っていかれたことに内心焦っている。

 無くても闘えはするだろうが、エクシーズモンスターの機能の一部がインクのシミになるのはキツイ。しかもテーマの表紙を飾るメインカードだ。

 しかし感情的に怒り怒鳴りつけるのは違うだろう、この子はもう十分過ぎるほど後悔して謝って反省した。

 見せに行く過程について行かなかった私も悪い。

 

「大丈夫、建物からは出てないんでしょ? なら、探したら見つかるかも」

「頑張って探しましょう、まだ見つからないとは限らないから」

「……うん」

 

 別に変な通路や外を通っていないのなら、案外廊下にポツンと落ちているかもしれない。傷は入っている可能性が高いが、覚悟しておこう。

 白カケや折れ目がついていても、決闘で使えないわけじゃない。

 名誉の傷と、笑って流してしまおう。

 売る予定も無いのだし。

 

「カードを持って歩いた道は覚えてる?」

「うん、わかるよ」

「じゃあ、そこから探していこう。三人で探したらきっと見つかるよ」

 

 目の腫れが落ち着き、大量に水分を排出したから補給を済ませ、私たちは捜索を開始した。

 サト先生はカードを見ていないので、見本で似たような効果カードを見せておく。キラ加工がされているから、日が当たっていたら分かり易いはずとも。

 図書室から順に、歩いたルートを辿って、探していく。

 廊下には殆ど物が無いので、せいぜい花瓶が置いてある小机の下だとかに入り込んでいるだけだろう、と予想していたが、それに反しマスターは全く見つからなかった。

 階段や窓際もくまなく確認したが、どうにも、不自然に消えたみたいに何も無い。

 夕食の時、誰かが見つけて持っているかもしれない可能性に賭けて先生が全員に声をかけても、誰もカードなんて見てないと素直に答えていた。

 すっかり私の前で縮こまり、今にも泣き出しそうな子を宥めつつ、私は渋々捜索のために通った廊下にいた化け物の笑顔を思い出す。

 

「ナくしタ、なくシた」

 

 ケタケタと笑うそれを睨みつけたくなった。

 直感が、カードを盗んだのはアイツと言っている。

 人が大切なものを失ったことが、何よりご馳走だと言うかのような下劣な笑みは、私に恐怖と共に怒りを抱かせた。

 今日一日、ずっと私に謝っていたこの子の優しさを踏みつけられた気分だ。人の無邪気な笑顔を歪ませる事を愉しむソレに心底殺意が湧く。

 なにより、キーカードが欠けてしまったデッキを抱えている私に、前よりしつこく話しかけてくるようになったのだ。

 まるで、デッキ(武器)を持たない私は怖くないと言うように。

 

「二階、資料室横、廊下……」

「お姉ちゃん?」

「ううん、大丈夫。君が泣く必要はないの」

 

 潰してやる、と私はデッキケースを握る手に力を込めた。

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