ミミグル使い私、呪霊が怖すぎてダンジョンに引きこもりたい。   作:月日は花客

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☆3:ミミグル・バトル

 

 私は右手にバールを持って廊下に立っていた。

 

 深夜2時、丑三つ時。草気も眠るこの時間にも、化け物達はブツブツ呟いている。

 私は身体の年齢に引っ張られた早めの眠気をなんとか耐え、施設職員の見回りを掻い潜り、倉庫からバールを持ち出して件の化け物の前まで来ていた。

 10歳の力では金属のバールはすこぶる重く、振り回すのにも一苦労だ。

 しかし、古今東西バールは最強という言葉があるのだから、仕方ない。

 私だって、こんな深夜に一人で出歩きたくはない。前世だって、夜トイレに行く時は絶対に廊下の電気を点けていたくらい暗闇は怖い。

 しかも正真正銘化け物と対峙しなくちゃならないのなら、バールのような縋るものが無いと満足に歩けもしないのだ。

 化け物への殺意は本物だが、ソレと同時に恐怖も本物だった。

 倒せるかはわからない。物理攻撃が効くのかさえわからない。

 しかし、人を底まで嘲笑うアレに、やられっぱなしでもいけなかった。

 

 決闘者にとって、デッキとは命より大切なもの。

 その命のパーツである、カードを奪ったというのなら、殺されても文句は言えない。

 36枚持っていた? これがあると勝てないから? ただ純粋に見せしめのため?

 なんであれ、魂のカードを奪われたなら、その(タマ)獲るつもりでこちらも行かせてもらう。

 脳裏には「死なば諸共」の文字が浮かんでいた。

 

 客観的な思考の一部が、私が怒りと慣れない夜更かしによる深夜テンションでおかしなことになっていると自覚していたが、それで今更止められるものでもなかった。

 

「アハ、あは、アは」

「怖くない……怖くない……潰す、潰す、潰すだけ」

 

 自分に暗示をかけるように、両手でバールを握る。

 化け物はそんな私をニヤニヤと見つめるだけだ。私の無力さを嘲笑っているようで、より脳内の炎にガソリンが注がれる。

 長い間使われていなかったのか、錆びたバールの凹凸が柔らかい手に痛かった。

 倉庫に撮りに行って、二階に上がるまでもその重さと偏った重心で息が上がった。

 暗い内装は昼とは別の世界のように、じっとりとした湿気と熱気が肌にまとわりついた。

 小学生の小娘の抵抗なんてたかが知れているけれど、怖くて仕方がないけれど、せめて一発ぶん殴りたかったのだ。

 

「っう、──やぁ!!」

 

 覇気の無い叫びと共に、バールを化け物に振り翳す。

 バール本体の重さに身体が持ってかれて、体重は乗ったけれど、受け身は取れなかった。

 振り切った時は、バールを離さないのに必死で、目を瞑ってしまっていたから、化け物に当たったのかはわからない。

 手応えは、何も無かった。

 

「うっ……!」

 

 倒れこみ、バールの釘抜きの部分がお腹に食い込んだ。確実に青痣ができる痛さだ。

 しかしその痛みが逆に反射を促したのか、私は上半身だけ素早く床から起こす。

 

「あ────」

 

 そうして目に入ったのは、無傷の化け物が、今まさに私を食いちぎらんと歪な歯を向けている瞬間だった。

 死んだ、と脳が恐るべき伝達速度で身体中に信号を送り、爪先の数ミリすら動かせなくなる。

 身体が固まる。

 走馬灯はほぼ無く、脳裏に過るのはマスターを失くしたあの子の泣き顔だけだった。

 

「アハハハハハハハ!!」

 

 化け物の歯が、私の頭を噛み砕く、コンマ数秒の果ての前。

 

「ぎッ」

 

 化け物が、青い骨の腕に潰された。

 

「えっ?」

 

 化け物は聞くに耐えない断末魔をあげながら、鋭い爪を持つ骨の腕によって丁寧にすり潰されていく。

 ボキボキ、グチャグチャと身体が握り潰される音が、脳が精神を守るためなのかどこか遠くで聞こえているようだ。

 やがて断末魔も消え、血と体液を撒き散らしていた化け物本体も蒸発するように消えた。

 残されたのは、バールと共に廊下にへたり込む私と、一枚のカード。そして化け物をすり潰した腕の存在だけだ。

 あの化け物を丁寧に、できるだけ苦痛を味合わせるが如く爪を食い込ませていた骨は、確かに見覚えがあった。

 固くなった自分の身体をなんとか動かして、背後を見れば、巨大な宝箱からそれは飛び出している。

 宝箱は牙を尖らせ、中はよく見えないがこちらを睨むような目の光が爛々と輝いている。

 凶悪だけど、どこかコミカルでポップな見た目をしたこれは、完全に《ジャイアント・ミミグル》のイラストと一致していた。

 

「な、んで……?」

 

 何故か実体化しているモンスターに、私はただ疑問を呟くしかできなくて。

 牙や爪と物騒なパーツがあるのに、感じるのは絶大な安心感と信頼。あの化け物の何倍も体積があるのに、全く怖くない。むしろ、頼もしい。

 ジャイアントは、床に落ちていたカードを器用に爪で拾い上げると、私の手の中に落とした。

 それはマスターのカードで、やっぱりあの化け物が盗んでいたんだと、遅く理解する。

 カードには傷一つなく、変わらずキラキラと夜光を反射していた。

 それに酷く安心して、安心し過ぎて、私はとうとう泣き出してしまった。

 夜だから声は出せないが、ボロボロと涙が溢れて止まらない。

 本当に死んだと思ったのだ。あのまま頭を砕かれて死ぬんだと、本能が予測していた。そしてそれはジャイアントが止めてくれなければ、現実になっていただろう。

 私のバールはなんの痛痒にもなっていなかったのだから。

 

 突然泣き出した私に、ジャイアントはあたふたして、どこからか取り出した白いハンカチで私の顔を恐る恐る拭った。

 尖った爪で傷つけないよう細心の注意を払っているその仕草に、今まで感じていた恐怖が緩み消えていく。

 今世でここまで泣いたのは初めてだろう。肉体に経験が無いからか止め方がわからず、拭っても拭っても涙は溢れる。

 それに慌てているジャイアントの姿が優しくて、私はただ笑いながら取り戻したマスターのカードをデッキに戻した。

 39枚から40枚に戻ったデッキは正しく武器の形を取り戻し、ひとつの魂に成った。

 それからしばらく涙に振り回された後、落ち着いた私はジャイアントの真っ青な骨を撫でた。

 

「ありがとう」

 

 そう言えば、ジャイアントはピタリと動きを止め、その闇に光る瞳を嬉しそうに細めた。

 びちゃびちゃになったハンカチは仕舞われ、その骨の指の腹でゆっくりと頭を撫でられる。

 骨らしく硬い感触がしたけれど、痛くはなかった。

 私が笑顔を取り戻し、周囲に危険が無いとわかったのか、ジャイアントは満足そうに宝箱を揺らし、消えた。

 静かなひとりの暗闇が戻ってきたけれど、今の私には怖くなかった。

 デッキケースを撫でて、バールを持ち上げる。

 運が良かったのか、別の要因なのかこの騒ぎに誰も気づいていないらしい。

 バールを元の場所に戻して、手についた錆を洗ったら、もう寝てしまおう。

 きっと、もう3時を過ぎているはずだ。

 目元も、タオルか何かで冷やさないと。ジャイアントが拭ってくれたのでそこまで酷くはないが、熱を持って微妙に痛い。

 

 朝になったら、あの子にマスターのカードを見つけたことを言って、もう気にしなくていいと頭を撫でてあげよう。

 適当に、階段の手すりの死角にあったとでも言っておけばいいか。化け物から取り戻したなんてより余程現実的だし。

 しかし、どうしてジャイアントは実体化できたのだろうか?

 カードの精霊? この世界特有の現象?

 わからないが、助けられたことは素直に嬉しい。

 ジャイアントにも、明日改めてお礼を言おう。

 カードの状態で伝わるかはわからないけれど、あの一言では到底足りない。命の恩人だ。

 

 身体はヘトヘトだし、手には錆と凹凸で細かい傷が沢山できていたし、お腹には内出血ができていたけれど、その夜は今までで一番安心して眠ることができた。

 これが、私の化け物との戦いの一番初めの出来事であり、ミミグルモンスター達との二度目の出会いの始まりだった。

 しかし、その時の私は、まさかこれがどんどんエスカレートしていくなんて、思ってもいなかったのである。

 深夜の不思議な戦いとして、幼い記憶の思い出として止まってくれていたら、どれだけ良かったか。

 やはり私は、暗闇が嫌いだ。

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