ミミグル使い私、呪霊が怖すぎてダンジョンに引きこもりたい。 作:月日は花客
一人暮らしのために物件探しをすると言ったな。
あれは嘘だ。
もう16歳も終わる今世。
私は既に、この世界がだいぶ嫌になっていた。
施設の人は皆優しい。乙女ちゃんと話すのは楽しい。
しかし、それ以上に、あの化け物が邪魔でしょうがない。
一日に3回は必ず目にするし、施設、学校、道路と場所を問わず蠢いている。自分が見えるとわかればちょっかいをかけてきたり、襲ってきたり。授業や私生活にしつこい程邪魔をしてくる。
潰しても潰しても復活し、増える様子は正に害虫だ。
それでも、趣味である遊戯王に没頭できたなら気にならなかっただろう。決闘者友達を作り、カードショップに集まるような休日を、私も夢見ていた。
しかし、化け物に次ぐこの世界の変化なのか、遊戯王というコンテンツが存在しなかったのだ。まだ連載していないとかそういう話でも無い。正しく存在しない。
カードショップに一度行ったことがあるが、殆どが私の知らないカードゲームで埋まっていた。世代が違うのではなく、世界が違うのだと改めてわからされた瞬間である。
つまり、私の持つデッキは正真正銘世界に一つだけのデッキになってしまった。
それがわかった時の、あの虚しさは計り知れない。
化け物に、存在しない好きなもの。
そして身内もいない、卒業後には施設から放り出される身。
なんというか、真面目に勉強して、働いて、まともな人生を送るのに馬鹿らしくなってしまった。
前世の焼き回しより余程苦労のある将来になるだろうし、真面目に生きようと思える両親や家族もいない。施設の人は善人だが、子どもの時点で精神的には成人していたからか、あくまでも福祉の職員という見方が剥がれない。
本当に純朴なただの子どもなら、育ててくれた施設の人のために真面目に生きようと思えたかもしれないが、残念ながら私はそこまで入れ込めなかったらしい。
児相による保護だったので、今世での両親は接触禁止でも言い渡されているかもしれないが、下手に居場所を漏らすと面倒ごとを持ってくるかもしれない。介護や金の無心を血縁だからと強制させられるのは御免だ。
そもそもまともな親だったら私は今世での修学旅行や友人とのショッピングを諦めなくて良かったのに。
クソ親許すまじ。と怒ろうにも、関わりたくなさすぎて直接言うことはできない。
というわけで、今世は世間から離れようが好きに生きると決めた。
そもそもホラーが大嫌いなのに、化け物が蔓延るこの世界で中学卒業までは真面目に生きたのだ。この時点で花丸が欲しいほどである。
そうして、私は乙女ちゃんが進学予定の学校から程近い、廃墟にやって来ていた。
見た目としては廃ビル。三階建てのコンクリートが剥き出し、打ちっぱなしのボロ屋だ。
窓は割れるか埃で曇り、辺りには雑草が生え放題。不良の落書きや、ポイ捨てのゴミも散らばる。
普通なら近寄りたく無い場所だ。
不潔だし、ホームレスや不審者が滞在場所にしているかもしれない。倒壊も怖いだろう。
だがしかし、私はここを家にすると決めていた。
狂ったと思われそうだが、私だってこのままの状態で住もうとは考えていない。当たり前だ。
では、どうするのか?
「……練習した通りにやれば、いけるはず。練習通りに……」
私は、デッキから一枚の緑色をしたカード、《ミミグル・ダンジョン》を取り出した。ミミグルのフィールド魔法カードで、これがあるのと無いのではミミグルの打点はグッと変わる。
ミミグルデッキにおけるインフラ……早めに引き込んでおきたいカードだ。
スリーブに入ったそれをしっかり確認し、廃墟の中に入る。両開きの扉はガタついていて重い。手に土汚れが付くのに少し顔を顰めた。
中に入れば、埃臭さと植物特有の蒸れた匂いがむわっと鼻の中に侵入する。
深く吸い込みたいものではない。ここに立っているだけでなんらかの病原菌を拾いそうだ。
私はさっさと目的を果たすため、頭を振って意識を切り替える。
そして、手にあるカードに柔く口付けた。
「発動、《ミミグル・ダンジョン》」
隣に人が居ても聞こえないだろう小さな声量で、宣言する。
目を瞑り、意識をカードに集中させれば、数秒の揺れの後、空気が明確に変わったのがわかる。
乾いた、どこか冷たく焦げたような香りが漂う。舞っていた埃や塵は無くなり、代わりに昼にしては薄暗い影に覆われた。
目を開ければ、褐色のレンガによって造られた通路が、私の前に広がっている。
成功した、と内心で息を吐いた。
「魔法カードの発動……練習通りとはいえ、想像以上に上手くいったなぁ。どれ、外観確認」
廊下の先には行かず、一度外へ出てみる。
すると、明らかに内装が変わったと言うのに、建物の外観はそのままコンクリートの廃墟で、窓から覗く色も来た時と全く同じだ。
しかし扉の中に入ってしまえば、時代錯誤なレンガの空間が出迎える。
明らかに物理法則や諸々に反しているが、それが私が想定している正しい挙動だった。
魔法カードの現実での発動……は、私がジャイアントに助けられた時から、ずっと考え練習してきたものだ。
ジャイアントは、あの事件の後も、私が化け物によって明確に命の危機に瀕した時は、必ず出て来て助けてくれた。
直接襲われたり、階段の前で突き落とすなど間接的な強襲にも駆けつけてくれて、私を守り化け物を潰した。
これは自分では喚べず、あくまでもジャイアントが自主的に動くことでしか実体化しなかった。
しかし、ジャイアントが実体化できるのなら、他のミミグルモンスターやカードも、また実体化したり効果を使えるのではないか、と私は考えたのだ。
そして、それを能動的に使えるようになれれば、私は自分だけでなく、見えているけれど対抗策は持たない乙女ちゃんを守ることができる。
乙女ちゃんはジャイアントが助けてくれる私と違い、化け物から身を守る術を持たない。それによって、化け物による怪我や被害を被っているのを何度も見てきた。
奇跡的に命は落とすことがなかったが、かわいい顔にガーゼを貼った乙女ちゃんを見るたびに、化け物への恨みと自分の無力さが積み重なっていく。
だからこそ、自分や私が認めた誰かが防衛のためにカードの力を使えるよう、研究と練習を重ねたのである。
いきなりエクシーズモンスターを出すのは難しいのかもしれないと、他のミミグルモンスターや魔法カードを試してみたり。
ただ宣言するのではなく、何か手順や集中が必要なのかもしれないとあれこれ試してみたり。
残念ながらデュエルディスクのような便利なものは無いので、諸々苦戦し、もうダンボールなんかで作ってしまおうかと迷走していた頃に、施設の子どもたちが観ていたテレビが目に入った。
知らないアニメで、女児向けらしいそれは、かわいらしい女の子が変身する時にアイテムにキスをしていた。
それで、なんとなくヤケクソでキスを試してみたら、なんかいけたのである。私のカードはキスをご所望だったのだろうか、と複雑な気分になった。
年齢からか中学の時点で一人部屋に移されたので、あとはもう自室で可能な限り実験と練習を積み重ね、またそれによる一人暮らしの計画を編んだ。
乙女ちゃんの行く学校に近く、使われていない廃墟、あるいは空き地。そしてしばらくは取り壊しなどが行われないであろう場所。
地図やまだ最適化されていないネット環境を駆使しながら、見つけたのがこのビルの廃墟だ。
土地というものは誰かが、あるいは国が所有している。あの廃ビルも所有者がいるのだが、複数人が所有権を持っていることと、規模的に解体費用が8桁を超えるのがほぼ確定しており、解体したとして立地が微妙なので新しい建物も建てづらいと放置されているそう。
無駄に廃墟の解体問題についての知識を得たが、あの人の寄りつかない、絶妙なバランスによって解体されることもない廃ビルを利用することにした。
不法侵入や不法住居という突っ込みには、今更そんなものが怖くて生きていられるかと叩き落としておこう。
こちとら警察よりも怖い化け物に何度も命の危機を感じているのだ。それから逃げられるならムショにでも入るぞ私は。
ジャイアントが化け物に対抗できるように、カードが関わった空間や現象は化け物に有効らしく、例えばダンジョン内には化け物は入ってこれない。
自室だろうがお構いなく朝から化け物とこんにちはする日々が無くなるのだ。踊りだしたいくらいよ。
そうして、廃墟をダンジョンに変え、諸々改造して居心地の良い空間を作って引き篭ろう!
というのが、私の狙いだ。
一先ず階層は外観に合わせて三層構造にしたが、いずれは内外の広さを歪めて増やしたい。
まだ他人にカードを使わせる方向は目処が立っていないので、乙女ちゃんの受験が終わり次第、事情を話して付き合ってもらおうと思う。
乙女ちゃんも、あれで突飛な現象にも素早く順応する柔らかさが高い。笑って協力してくれるはずだ。
お兄ちゃんも化け物が見えるらしいので、何か自衛手段を渡せると良いな。
乙女ちゃんから聞くお兄ちゃんの話は、どれも楽しそうで、また乙女ちゃんを可愛がっていることがよくわかる。
兄妹の関係性が良好なようで微笑ましい。
会ったことはないが、私も乙女ちゃんにお世話になっている身。何かしら挨拶をしておきたいのだが、会う機会がなかなか取れない。
乙女ちゃんも、そろそろ受験本番と追い込みをかけているので、それまでにこのダンジョンを快適に改造していこうと思う。
念のため、侵入者用の設備も整えておくが……まぁこんな変な空間、常人には察知すらできないんだから、杞憂に終わりそうだけどね!
カツカツと足音が響く通路を歩きながら、私は改造案を諸々考えていた。
乙女ちゃん用にキッチンを置いて、ソファやベット、生活のための設備を整えて……一人は寂しいから、ミミグルモンスターもどんどん喚んでいきたい。
正しく私の城になる褐色のレンガを撫でれば、冬が近づく冷たさを指先に伝えながらも、前世の家に似た、ぼんやりとした安心感が、久しぶりに私の身体を包み込む。
「……とりあえず、エレベーター付けよう」
想像以上に高かった三階までの階段に息切れしつつ、第一に設置するものを決めた私だった。
こんな常人にはわからないダンジョンに人なんて来ないよなぁ!!(フラグ)