消えてしまった刑事さん   作:片岬(旧:片霧)

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消えてしまった逆転――探索パート一日目②&法廷パート二日目――

成歩堂side

 

窓ガラス越しに、廊下から親子の再会を見守る。

最初は気ごちなかったが、希月に気づいた真理が彼女に近づいて、そっと抱きしめた。成歩堂はその様子を見て、ようやく一息つく。

希月から、昔は親子の仲がギクシャクしていたことは聞いていた。それに、彼女の家庭環境を少し知っていたし、当事者でない成歩堂も緊張してしまっていた。

 

「まったく、どっちも不器用ね」

 

そう、不器用そうな人――希月をここまで連れてきたかぐや――が言うので、成歩堂は軽く笑うだけの返事をした。

 

「……ここ、慶二さんが亡くなった部屋ではないんですよね」

「そうよ。けど、だいたい内装は同じ。むしろ、今の四階研究室はわたしのロボットが置かれているから、こっちの方が当時に近いかもね」

「そうですか……」

「そういえば、アンタ、七年前の事件の関係者なの? 事件のこと詳しそうじゃない」

「少しだけですよ。それに、知ったのも最近ですし」

「ふぅん」

 

疑わしげな視線を向けるかぐやから目を逸らす。話題を変えよう、と成歩堂は口を開いた。

 

「そういえば、慶二さんと親しかったんですね」

「ほどほどにね。まぁ、あの人はここの誰とでも仲良く話してたけど」

「へぇ……相変わらずって感じですね」

「ええ。特に迅とあの子とはよく話してたわね」

「夕神検事とココネちゃんですか。夕神検事とは、やっぱり仕事の話を?」

「そうなんじゃないかしら。迅ったら面白くて、わたしと慶二さんが話してたら廊下で終わるまで待ってたりして。犬みたいだったわ」

 

あの夕神検事を犬のように待たせるとは。

しかし、優秀な刑事だった慶二と、新進気鋭の夕神検事の相性は悪くはなさそうだ。

それに、番刑事の話では、相棒と呼び合っていたほどだったとか。

 

(相棒、ね……)

 

そう内心で呟きつつ、成歩堂はかぐやに尋ねる。

 

「カグヤさんとはどんな話をしていたんですか?」

「機械工学とか、機械プログラム、ロボット開発についてよく話をしてたわね。刑事だっていうのに、興味があったみたいで。一話したら十理解しちゃうんだもの。研究者の方が絶対向いてたのに」

「はぁ……まぁ、あの人はなんでも出来る人ですし……」

「何、他にも得意なことがあるの?」

「そうですね……釣りとか……」

「釣り?」

 

眉を傾けるかぐやに、格闘技とかを言えばよかったか、と思ったが、それでも同じような反応だろう。

とかく、得意なものだらけの人だった。本人が自覚していたかは知らないが、なんでも出来る人というのは慶二のことを言うのだろう。逆に、どうして刑事と言う職業を選んだのか疑問なほどだ。

そう――確か、かぐやの話で疑問に思ったことがある。

 

「……警察に不信感を抱いていたって言ってましたよね」

「ああ、そうね。わたしが勝手に抱いた印象だけど」

「どうしてそう思ったんですか?」

「”上に任せたら、仕事が進まないんだよね”って、よく笑って言ってたわ」

「なるほど……」

 

不信感、といえばそうかもしれない。だが、慶二は仕事ができすぎる。そんな彼からすると、スピードの遅い上に不満があった。と言うだけな気も成歩堂はした。

 

「迅には言わないようにって口止めされたけど」

「慶二さんが? またどうして」

「彼、忙しすぎて、話せる機会も少なかったみたいだから、迅の不満の矛先が警察に向かないようにじゃないかしら」

「随分仲が良かったんですね……」

 

そう成歩堂が言うと、かぐやは「あいつ、歳上に弱いのよ」と肩をすくめた。

 

「慶二さん、法律にも思うところがあったんですかね」

「そうでしょうね。じゃなきゃ、あんなこと言わないでしょ。案外、何かあったから刑事になったのかもね」

「何か、ですか」

「ええ。アンタは何か知らないの?」

 

そう言われて、成歩堂は七年以上前を思い出す。

まだ慶二と交流があった頃。あの頃は、そこそこ話していたと思う。

というか、成歩堂たちが巻き込まれたトラブルに、慶二が偶然居合わせることが多かった。

二人だけでも話したことがある。敏腕刑事で、腕っぷしも強く、誰とでも親しくなれて、釣りが上手くて、休日でもパトロールをしていて、一人で家にいるのが嫌いで――淋しがりやな人。

それは、何か理由があったのだろうか。彼が友人という言葉に子供のように喜んだ理由、君から誘ってと願ってきた理由、あの幸せそうな顔の下に、それらを嬉しがる理由が隠されていたのだろうか。

 

「知りませんよ。あの人のことなんて」

 

知らなかった。何もかも。知る少し前に、あの男は永遠にいなくなってしまった。いや、もし近くにいても、一生知らなかったかもしれない。

結局、そういう男だったのだ。

成歩堂の言葉を聞いたかぐやが、へぇ、と感心した声を上げた。

 

「あの人のことが嫌いな人もいるんだ」

「えっ……なんで嫌いなんて」

「顔。あと声ね。あの子じゃなくてもわかるっつーの」

 

そんなに出ていたのか、と思うと同時に、自分は慶二さんが嫌いなのか? と疑問が浮かんだ。

嫌い――といえば、そうかもしれない。だが、それよりも、

 

「……全員に好かれる人なんていませんよ」

「それもそうね」

 

あっさりと返された言葉に、内心で安堵のため息をつく。もしこれが希月相手なら、理由を根掘り葉掘り聞かれそうだ。

そして、もう一つ聞きたいことがあったな、とかぐやに尋ねる。

 

「そうだ。慶二さんの事件、証拠がたくさんあったって言ってましたけど――」

「かぐや、ここにいたのね」

 

ガラリ、と扉が開いて、そこから着物の女性が現れた。青い宇宙センターのジャケットを肩を羽織っている女性は、希月心音の母、真理だ。

長い黒髪をポニーテールにした彼女は、親しげにかぐやに声をかける。

 

「ちょ、あの子と話してたんじゃないの?」

「ええ。その時に、ここに心音を誰が連れてきてくれたのかって話になったの」

『かぐや母さんが連れてきてくれたんですよ!』

「って、ポンタが」

 

真理の後ろから、ポンタと希月が姿を現す。

それに、ギッとかぐやが目を吊り上げる。

 

「勝手に話すんじゃないわよ!」

『うわーッ! どうして怒るんですか! 母さん助けてー!』

「ほら、そんなに怒らないで。お礼を言いたくて声をかけたんだから」

 

真理が微笑んでそう口にした。すると、拳を振り上げていたかぐやがパッと腕を後ろで組む。

 

「お、お礼なんていいわよ。その子が会いにいってないっていうから、連れてきただけよ」

「ええ。だから、ありがとう。かぐや」

 

真正面からお礼を言われ、かぐやは少し視線を逸らしながら「そう……」とだけ返した。

口数の少ないかぐやに、希月がニヤニヤと真理の後ろから様子を窺っている。

 

「変わらずお母さんとカグヤさん、仲良しなんですね!」

「アンタは随分うるさくなったわね!」

「照れ隠して凄んでも怖くないですよ!」

 

すっかり調子を取り戻した希月が、笑みを浮かべてかぐやに応戦している。

その二人を、真理が少し困ったように眺めていて、ポンタが「喧嘩はいけません!」と仲裁しようとして、かぐやに叩かれている。

なんだかんだで仲の良さそうな光景を、成歩堂は一歩下がった場所で眺める。

あの人が好きそうな光景だ。知り合いが仲良く和気藹々と話している。笑みを浮かべて見つめている姿が頭に浮かんだ。

生きていれば、この光景も拝めただろうにな。と死んだ刑事を想った。

 

 

 

宇宙センターで集められる情報は集められたと、最後に希月と共に留置所へ向かう。

取り調べは終わっていたらしく、葵大地とはすぐに会うことができることとなった。

ガラスに仕切られた面会室。そこに現れたのは、話に聞いていた宇宙服を着た人物ではなく、宇宙センターの青いジャケットを羽織った姿だった。

 

「あれ、宇宙服は脱いだんですか?」

「ああ。調べ尽くされて、もう脱いでいいって。筋トレになるから着たままでも良かったんだけど」

 

そう、希月へ爽やかな笑みで返した青年。鼻の真ん中あたりに白い絆創膏をつけ、GYAXAのマークがついた黒いバイザーを付けている。バイザーは長らくつけているらしく、ツバ部分のプラスチックが少しだけ欠けていた。

この子が王泥喜くんの親友か、確かに王泥喜くんと気が合いそうだな。と思いつつ、視線を合わせる。

 

「初めまして。弁護士の成歩堂龍一です」

「王泥喜の師匠の方ですね。話は聞いてます。王泥喜の代わりに弁護してくれるとか」

「ええ。突然で申し訳ないですが、よろしくお願いします」

「そんなことないですよ。王泥喜も、あなたと希月さんなら絶対に大丈夫って言ってましたから」

 

輝く瞳でそう断言する葵からは、心配や不安といった色合いは見えなかった。

 

「じゃあ、早速なんですが、新しい目撃者を見つけました。避難中の職員が、窓の外から現場を見ていたんです。そこで、犯人らしき姿を見たと」

「本当ですか! 一体、誰が……」

「それが……暗くて人相までは見えなかったみたいなんですよ」

「そ、そうなんですね……」

「でも、手がかりもありますよ! その犯人、地球の飾りのついたライターを持っていたらしいんです!」

「地球の飾りの、ライター?」

 

希月の言葉に、そう繰り返して首を捻る葵。

すると、突然「あッ!」と声を上げた。

 

「ど、どうしました? もしかして、何か思い出したとか?」

「え……い、いや、なんでもないよ!」

 

驚いて尋ねる希月に、葵は首を勢いよく横へ振った。

しかし、なんでもないという反応でもない。

 

「葵さん。なんでもいいんです。何か思い出したことがあったら、教えてくれませんか?」

「いや、本当になんでもないんです! きっと、俺の勘違いだろうから」

 

そう葵が口にした瞬間――視界から光が奪われる。

いや、詳細に語るとすれば、葵以外が見えなくなった。そして、暗闇に消えた周囲から、鉄の鎖が勢いよく飛び出してくる。

その鎖は葵の周囲に絡みつき、そして赤い南京錠が一つ現れた。

 

(サイコ・ロック……!)

 

宇宙センターで、番刑事にも現れたものだ。成歩堂の持っている霊力がこもった勾玉によって、人の秘密が可視化されたもの。

しかし、どうして葵が嘘をついているのか。地球の飾りがついたライター。それが、何か関係あるのか。

人の秘密に踏み入るのは良くないが、今の状況では仕方がない。

 

「葵さん。話してもらいますよ。地球の飾りがついたライターについて、知っていることを」

「だから、何も知らないんですって」

 

そう、少し眉を傾げて否定する葵に、知らないと語った証言と、証拠との相違を考える。

確か、法定資料では、葵はラウンジについたものの、薬の副作用で意識が朦朧としていた可能性がある。そして、幻覚を見たと語っていた。

葵の証言が書かれた資料を取り出し、彼自身に見せつける。

 

「確か、昨日の法廷であなたは、ラウンジで大河原さんの幻覚を見たと証言しましたね」

「え、ええ。そうです。パニックになっていて……」

「その時、どうして大河原さんだと思ったんですか?」

「どうしてって……」

 

葵は成歩堂からの質問に、明らかにまごついた。しかし、すぐに口を開く。

 

「姿が、薄ぼんやり見えたんです。ほら、ラウンジには排煙窓があるじゃないですか」

「そうでしょうか。ラウンジは広く、排煙窓は小さい。見えたとしても、人影ぐらいだったんじゃないでしょうか」

「ぐっ……!」

 

現場の目撃者――かぐやも、外から人影しか見えなかったと語っていた。

もしかすると、中では見えたのかもしれないが、かけた鎌に葵は引っかかった。言葉を失った様子に、人影しか見えていなかったのだと確信を得る。

 

「何か、他にその人物を見る手段があったんじゃないんですか?」

「な、何かって……」

「たとえばそう……手元が光っていたとか」

 

成歩堂がそう語れば、葵の南京錠がグラグラと揺れる。そして、耐えきれないように砕け散った。

それと同時、葵に絡みついていた鎖が引いていく。

成歩堂は内心で一息ついて、葵を改めてみやる。

 

「……確かに、そうかもしれません。地球の飾りのついたライターを持っている人影を見た気がします」

「それは、大河原さんがライターを持っていた、ということですか?」

「いや、俺が勝手にセンター長だと思っただけなので、センター長ではないはずです。思えば、誰かまでは分かりませんでした」

 

気落ちした様子でそう語る葵。それとは対照的に、希月はピョンと体を跳ねさせる。

 

「でもこれで、第三の人物がいたと分かりました! アオイさんの容疑、晴れるかもしれませんよ!」

「そうか。それなら良かったよ」

 

控えめに笑う葵を、成歩堂は見つめる。そう、第三の人物の存在が、彼の無罪を証明する鍵になる。

だというのに、これは一体どういうことなのか。

一度は壊れたサイコ・ロック。しかし、夥しい音を立て、再び大量の鎖が彼を覆っていた。

現れた南京錠は五つ――強固な秘密を、彼は抱えている。

 

 

 

十二月二十日。午前十時十五分。地方裁判所、第四法廷。

裁判二日目が開廷する。

 

被告人席には葵大地。弁護士席には成歩堂と希月、検事席には夕神検事が揃っていた。

結局、成歩堂は葵のサイコ・ロックを外すことはできなかった。秘密を暴く材料もなく、面会時間の終了が先に来てしまった。

厳重に絡んでいた鎖と、幾つも現れた南京錠。それが示す先――それは、葵大地が有罪という真実か、それとも。

 

(誰かを庇っているか……)

 

依頼人を信じる。それが成歩堂の弁護士としての矜持だ。

それならば、葵大地はロケット爆破も、カプセル盗難も行っていない。とすれば、考えられるのは真犯人を庇っている可能性だ。

そしてその人物は――幻影で見たとされる、大河原センター長か。

 

(けど、それもこれから分かるはずだ)

 

番刑事からの話で、今日の証人は賀来刑事ではないことは分かっている。

昨日話を聞いた大河原も、証言は法廷で行う。と言っていた。つまり、今回出てくるのは大河原のはずだ。

裁判が開廷し、葵大地の法廷が始まる。

 

「先日の裁判は、起爆スイッチの紛失騒ぎがあり、一時中断されました。ですが、起爆スイッチも、それを盗んだ犯人も見つかったそうで。安全が確保されたので、裁判は再開することになりました」

 

裁判長の言葉を聞いて、成歩堂は一つ頷いた。

そして、検察側から冒頭弁論が行われるはずだが――口を開かない夕神検事に、裁判長が察して冒頭弁論を始める。

さすが、面倒な検事には慣れてるな。と思いつつ、特にツッコミも入れずに裁判長からの冒頭弁論に耳を傾けた。

 

「前回の裁判では、被告人の葵大地さんが、星成太陽さんを担いで、第一発射台から脱出したこと。中央棟の二階と、ロケットに仕掛けられた爆弾が爆発し、二人は第一発射台通路を使って、ラウンジについたのでしたな」

「で?」

「葵大地さんはカプセルを先に落とし、星成さんを抱えて梯子を使って第一発射台の上層から中層へ降りました。その後、ラウンジへたどり着いたものの、パニックによりセンター長の大河原さんの幻覚を見た」

「だが実際はパニックじゃなく、てめェで飲んだ薬のせいで見た幻覚だった……。星成にも薬を盛った葵大地は、計画的に星成の意識を奪い、計画の邪魔にならないようにしたわけだ。そして葵大地へ有罪判決が行われようとしたところで」

 

太々しいにも程がある態度で、裁判長の冒頭弁論を引き継いで話し始めた夕神検事。息を吸うために夕神検事が一拍置いたところで、成歩堂が口を開く。

 

「爆弾の起爆スイッチ紛失事件が発生。審理は中断されてしまった」

「チッ。とんだ邪魔者だぜ。しかも、犯人は爆弾処理班だってェ? 腑抜けやがって……」

 

苛立ちの色を隠さずに舌打ちをする夕神検事は、どうやら相当お怒りのようだ。

しかも、そのせいで賀来刑事もそちらの調査に手を取られている。つまり、この裁判には出られない。怒り心頭なのも頷ける。

 

「だが、俺としちゃァ、有罪判決をもらうだけで万事問題なしだ」

「……いえ、まだ話を聞くべき証人がいます」

「ほう、誰ですかな?」

 

起爆スイッチの件がなければ、葵大地は有罪になっていた可能性が高い。何しろ、もう判決が出る直前だった。

夕神検事からすれば、手に入れ損ねた有罪判決をもらいたいところだろうが……そうはいかない。

証言の必要性を口にした成歩堂に、裁判長が誰かと尋ねる。

 

「現場の第一発見者です。ラウンジには、第三者がいた可能性があります」

「第三者……では……」

「ええ。弁護側は、ラウンジにいた第三者がカプセルを盗んだと主張します!」

 

机を叩き、成歩堂はそう宣言する。それに、低い「異議あり!」の声が飛んできた。

肩に鷹を乗せた夕神検事が、笑みを浮かべてこちらを見ている。

 

「ヘッ。法廷で妄言吐くたァ、ツラの厚い野郎だせ。ラウンジに第三者なんざァ、いやしねェぜ。その歳でモウロクしちまったかい? ……おっさん」

 

成歩堂は今年で三十四だが、まだお兄さんと呼ばれることが多い。しっかりと異議を申し立て、事実を述べて反論を行った。

若干胸の傷が疼くが、気づかないふりをして成歩堂は資料を見ながら発言する。

 

「それに、葵さんは現場から、何者かが立ち去る姿を見ています。また、現場で怪しい人影を目撃したスタッフがいるのです」

「怪しい人影ですと! そんな証言が!」

「姉貴のヤツ……あのことを話しやがったのか」

 

新たな事実に、法廷がざわつく。夕神検事は舌打ちをしつつ、続いてこう言った。

 

「だが、姉貴はラウンジにいたヤツの顔をはっきり見ちゃいねェ。ソイツが”被告人でなかったことを示す証拠”はねえのさァ」

 

確かに、夕神検事の言う通りだった。かぐやが見たものが、第三者であるか、葵大地であるか、それは分からない。

 

「第三の人物なんてラウンジにいなかったと、わかりゃいいわけだ。だったら、第一発見者に証言させりゃいい」

「それでは係官。証人を呼んできてください」

 

希月が隣で「オオガワラさんのことですね」と小さく呟く。

そして、係官に連れられてきたのは、その通り、大河原だった。……電動二輪車に乗ったままの。

なんであれに乗ったまま来てるんだあの人……。と内心で顔を歪めつつ、しかし裁判長がツッコまないので黙る。

どうやら、さまざまな検事や証人を見てきた裁判長にとっては、法廷に電動二輪車に乗ってくるぐらいでは注意するに値しないようだ。いいのかそれで。

 

「大河原宇宙センターのセンター長。大河原有忠とは、ワシのことよ!」

 

相変わらずの姿勢で、大河原が宣言する。このノリで証言をするのか……時間がかかりそうだな……。と思っていれば、夕神検事がうまく丸め込み、さっさと証言をするように誘導していた。といっても「オツムが偉大」とか「涙がチョチョ切れそう」とか口にしていた。

普段の夕神検事を知っていなくとも、おちょくっていると分かりそうだ。だが、幸い、大河原は喜んでいた。

皮肉の効かない相手にはこういうやり方もあるのか。ちょっと勉強になる。

 

「ワシと賀来刑事は、一緒に現場に向かったのじゃ。管制室に入り、扉からラウンジの中の様子を伺った時……現場の中央あたりに立ち尽くす人影と、倒れた星成を目撃したのだ。あの人影は……葵だったのかもしれん」

「ふむう。なるほど。つまり証人が現場を発見したのは、被告人たちが発射台からラウンジまで逃げてきて、カプセルを盗んだ直後だったということですね」

「ふむ。恐る恐る現場をのぞいた時、人影と、倒れた星成の姿を見たからな。床にカプセルもなかった」

 

大河原の証言は、今の時点では何もおかしいところはない。そこから隠し事や勘違いを見つけ出すのが弁護士の役目だ。

さっそく成歩堂が尋問をすると、四つの情報が引き出せた。

一つは、第一ラウンジに入る扉は二つ――管制室側の扉とエレベータ側の扉が――あり、賀来刑事が管制室側の扉に行ってしまったため、大河原もそちら向かったこと。

二つ目はエレベータ側の扉は誰でも出入りが可能なため、そこから第三者が出られる可能性があったこと。

三つ目は、賀来刑事がラウンジにいた人物に対して威嚇射撃を二発行ったこと。

四つ目は、現場の中央あたりに立っていた人影は、突然部屋が真っ暗になった後、姿を消してしまったこと。

この中で、出てきた証言の中で、証拠品と食い違う点が出てきた。

 

「賀来刑事が威嚇射撃を二発行ったということですが、現場に残された弾丸は、一つしかありませんでした。弾痕が一つだけなら、当然、銃撃も一発のはずです。しかし、証人は発報は二発だった……と証言している」

 

成歩堂は、賀来刑事が銃弾を二発発砲したことについて、現場で発見された弾痕が立体映像部分にあった一発のみだったことを主張した。

だが、すぐに夕神検事の異議が出る。

 

「残念だが……証言に間違いはねェのさ。賀来刑事の拳銃から、二発の弾丸が発射されたことが確認されている。星成太陽が身につけていた酸素ボンベ。そのボンベは割れていた。ありゃァ、どうやら弾丸で割れたものだったらしくてなァ。星成が倒れていた付近から見つかったのさァ。三十八口径……賀来刑事の銃の口径と一致する弾丸がなァ」

「なんだってェ!」

 

成歩堂の主張は、夕神刑事からの新しい証拠品――被告人の近くから見つかったという、三十八口径の銃弾で矛盾は解消されてしまった。

賀来刑事の拳銃は三十八口径であり、その拳銃から発砲されたのは確実。

発砲された弾数が異なる矛盾は消えてしまったが、成歩堂たちはもう一つの銃弾の存在を知っている。

 

「“賀来刑事が三十八口径の拳銃で二発威嚇射撃を行った“それだけでは、説明のできない証拠品が、現場に残されていました。その証拠品こそ、第三者の存在を指し示しているのです」

「わかりました。では、証拠品を提示していただきましょう」

 

裁判長の言葉に、成歩堂が資料を取り出す。

ラウンジ南側の側溝から見つかった――十口径の弾丸だ。

 

「弾丸は、床の側溝に落ちていました。警察も見逃したようですね。そしてこの弾丸は……十口径なのです」

 

賀来刑事の銃は三十八口径。明らかにそれよりも小さい。

 

「ラウンジにはいたはずなんです。もう一人……十口径の弾丸を発射できる拳銃を持った"第三者"が!」

 

そう考えれば、賀来刑事が威嚇射撃をした理由がわかる。第三者が、証人たちに向かって十口径の銃で撃ってきたなら、賀来刑事も威嚇射撃をして当然だ。

成歩堂がそう主張すると、大河原は高らかに笑い、宣言する。

 

「そう! ナゾの人物は、ワシらに発砲してきたのじゃよ!」

「な、なんですとぉお!」

 

裁判長の叫び声を皮切りに、法廷がざわめく。

これで第三者の立証が――と思いきや、夕神刑事は「その推理は、葵大地が犯人だと考えても成立する」と跳ね返した。

出来の悪い生徒に教えるかのように夕神刑事はこう告げた。

 

「証人に見つかった葵は、十口径の拳銃を発砲。それに賀来刑事が応戦し、威嚇射撃を二発行った。そして、被告人は気絶を装い、第三者の存在をでっち上げたわけだ」

「待った!葵さんは拳銃を持っていなかったし、現場からも見つかっていない。第三者がいたとすれば持ちさることが出来ます!」

 

成歩堂の反論に、夕神刑事は額を人差し指でトントンと叩く。口には笑みを浮かべていた。

 

「現場にはダストシュートがある。拳銃なんざァ捨てちまえばいい」

 

確かに、現場の第一ラウンジには、第一発射台への扉の隣にダストシュートが設けられている。掃除ロボット用だが、人間も使うことは出来るだろう。

 

「ダストシュートは宇宙センターにある巨大なごみ収集場に続いてる。色んなゴミがごちゃ混ぜになっててなァ。埃やら食べもんやら衣服やら……。まだ調査の最中だが、いずれ見つかるはずだぜ。むしろ、拳銃も捨てられているなら、“例のアレ”がある場所の目印になって丁度いいってモンだ」

「例のあれ?」

「そうさァ。まだ見つかってねェ《みらい》のカプセル……それが見つかりゃァ、被告人が苦し紛れにダストシュートに捨てた証拠になるのさァ!」

「……くっ!」

 

探査機《みらい》のカプセルはまだ発見されていない。しかし、夕神検事はダストシュートに隠したとして捜索を行っていたのだ。もし、裁判中にゴミの中からカプセルが見つかってしばえば、更に葵に容疑が向けられてしまうだろう。

第三者がダストシュートに隠したとも考えられるが、第三者の存在を証明できていないこの状況。そして、裁判で不利な状況の葵にとってはあまりにも痛い。

 

夕神検事に主張を潰され、第三者の主張は通らなかった。

そこに、裁判長が別の疑問を上げる。

 

「しかし、十口径の弾丸はどこに当たったのでしょう」

 

確かに、十口径の弾丸は側溝に落ちていたが、どういった経緯でその中に入ったのだろうか?

それに、大河原は、その疑問に背を向けて遠くを見ながら、過去を思い起こすように答える。

 

「……弾丸は、ワシに当たったのじゃ」

「それでは、あなたは、お、おおおオバケなのですか!」

 

などと裁判長が取り乱すことがありつつ。実際は、大河原の胸につけた金属製の勲章が、彼の命を弾丸から守ったことが明かされた。

胸に下げられた勲章は大きなもので、そこに弾丸が当たったのだという。確かに、よくよく見てみれば星形の意匠と思っていたものが、弾丸が当たって抉れた跡だと見てとれた。

あまりにも運がいい。というか、そんなことが起こり得るのか。

 

「なんだか、オオガワラさんが本物の偉人に見えてきました」

 

感心した様子で希月がそう言葉をこぼす。

 

「なんということでしょう。本当に幸運なのですね……」

「そうだ! ……と言っても、勲章からずれていても問題はなかったが……」

「はい?」

「ん、いや! なんでもないぞ!」

 

裁判長の驚きの言葉を聞いて、大河原がボソボソと何事かを返す。

すぐに誤魔化したが、希月が怪訝そうな顔で成歩堂を見た。

 

「なんか、勲章に当たっても平気とか言ってませんでした……?」

「言ってたね。勲章から少しでもずれていたら致命傷だよ……」

 

弾丸が当たった勲章は、大河原の左胸の部分だ。そこから少しでもずれていれば、胴体に当たってしまう。小さいとはいえ弾丸だ。致命傷になるだろう。

本当に勲章に当たってよかったな、あの人……。と眉を寄せる。

そして、大河原は新しい事実が追加された証言を始めた。

 

「ワシと賀来刑事が、一緒に管制室に駆けつけた後……部屋の中央辺りに立つ人影と、倒れた星成の姿が見えたのだ。その時、人影が東側の管制室にいるワシらを、撃ってきたのじゃ!」

 

問題になったのは、大河原に当たったという十口径の弾丸が発見された位置。それと、大河原のいた位置の食い違いだ。

十口径の弾丸はエレベータの扉側。つまり、ラウンジ南側の側溝から発見された。しかし、大河原は東の管制室側にいた際に、撃たれたと証言した。

大河原が東側にいたなら、大河原へ向かって撃たれた弾丸も東側から発見されなければおかしい。

弾丸の位置。些細だが、大きな食い違いだ。成歩堂の指摘に、大河原が言葉に詰まっていると、夕神検事が大河原へと声をかけた。

 

「おめえさん本当は、東側の管制室じゃなく……南側の扉の外から、現場を目撃したんじゃねえのかい?」

「……ぬおおおおおッ!」

 

大河原の叫び声が上がる。それに、成歩堂が夕神検事へ説明を求めた。

 

「どういうことですか?」

「証人と刑事は南側のエレベータ側の扉から、現場を目撃した。そこを犯人に撃たれた。それなら、弾丸も南側に落ちるだろう? さァ、証人! どうなんだ?」

「ぬ、ぐぅぅ……。そう、偉大なるワシは、南側の扉から、現場を目撃したのである!」

 

大河原は証言を変えた。本当はエレベータの扉から、つまり東側からラウンジに入ってきたと。

嘘をついていた理由は、部下を庇うため。管制室側から入ってきたといえば、指紋認証のないエレベータ側の扉から第三者が逃げられる。部下以外が犯行をしたと考えることができるためだ、とその後主張した。

 

証言を変えた大河原の言葉により、南側のエレベータ扉への逃げ道がなくなり、第三者の逃亡手段がなくなった。第一発射台通路に続く扉は、指紋認証があるのに加え、火の海になっている。管制室は大河原の指紋でしか開かない。

弁護側が主張していた、ラウンジにいた第三者が証明できなくなってしまった。

弁護士側が持っていたカードは「ラウンジに第三者が犯行を行った」というものだけだ。それが否定されてしまえば――あとは、判決しかない。

 

「弁護側の主張していた第三の人物の可能性は消えました」

「そ、そんな……!」

 

裁判長の声と、心音の焦りの声が耳に入る。

このままでは判決が下されてしまう。何か、間違っている。そう、前提自体が。

暗闇の中、成歩堂の中に浮かんだ、ある一筋の逆転の発想。

判決が下されそうになった窮地に、成歩堂の「異議あり!」の声が響いた。

 

「ひとつだけ……たったひとつだけ可能性があります」

「可能性ですと?」

「ただ一人だけ、いるんです。現場から脱出できる人物が。その人物は恐らく、誰よりも早く現場に駆けつけた……。そしてラウンジに入った直後、南側の扉に、二人目の発見者が来てしまった……。だからこそ、現場から急いで逃げ出したのでしょう。その人物にしか使えない、ただ一つの脱出手段を使って!」

「ふむ、そういうことでしたら伺いましょうか。ラウンジから、逃げ出すことのできる唯一の人物とは、誰なのですかな」

 

成歩堂の主張を聞いた裁判長が、その人物を言うように促す。

成歩堂は、迷いなく一人の人物を指し示した。

 

「大河原有忠、その人です」

 

そう、現場にいた関係者の中で、唯一大河原だけが逃げ出すことが出来る。管制室の扉は、大河原にしか開けることは出来ないのだ。

第一ラウンジに賀来刑事と共に入った、というのは大河原からの証言でしかない。そして、コロコロと変わる証言。その理由。

全ては、疑いを自分から逸らすため。

 

「第三の人物の正体――それは大河原有忠、あなただ!」

「なんじゃとおおお!」

 

大河原の電動二輪車が暴走し、フィギュアスケートの回転のように、その場で高速でスピンする。

その姿を背景に、法廷内がざわめきに支配される。

 

「成歩堂くん、詳しく解説してください!」

「恐らく、大河原さんは賀来刑事より先に現場に着き、一人でラウンジの中に入ったのでしょう。そこに遅れてやってきた賀来刑事が、ラウンジに立つ不審者、大河原さんを発見し、威嚇射撃を行った!」

 

成歩堂の言葉を聞いた大河原が、頭を抱えて呻く。しかし、認めようとはしなかった。

 

「我が艦は落ちぬ! 証拠という最終兵器がなければッ!」

 

証拠を出すまでは屈しないと、偉人の風格で主張をする。

だが、成歩堂には証拠があった。

 

「あなたの身体に刻まれた“第三者としての痕跡”……それをある証拠品と照合すれば、証明されるはずです。あなたがラウンジにいたことが!」

 

成歩堂が取り出した資料は、現場に落ちていた三十八口径の弾丸についてだった。

 

「現場に落ちていた三十八口径の弾丸は、酸素ボンベに当たったものではなく、大河原さんの勲章に当たって落ちたものだったのでしょう。勲章についた弾痕を詳しく調べれば、口径が一致するはずです。それが、三十八口径のものならば、あなたが第三者だったことが証明されます!」

「うぎゃああ!」

 

大河原の乗った電動二輪車が、動揺を表すようにその場で高速回転をする。振り落とされそうな電動二輪車にしがみついた大河原には、もう打つ手がないように見えた。

電動二輪車はその後も回り続け、法廷係官によってどうにか動きを止められることになったのだった。

 

「こいつが回っている間に調べさせたが、勲章に残っていた弾痕……三十八口径のものと判明した。やはり賀来刑事に撃たれたようだな」

 

そのどさくさの最中に、夕神検事が大河原の勲章の弾痕を調べており、勲章に残っていた弾痕は、三十八口径のものだと証明された。

 

「ちがう! 違うのだ……! 誤解なのじゃ!」

 

しかし、そこまで来ても大河原は自分が第三者だとは認めない。

裁判長や検事、弁護士にそれぞれ白状しろと追い詰められた大河原は、ようやく、正直に話す! と語り出した。

 

「全ては弁護士くんの言う通りじゃ。た、確かにワシはラウンジの中に、入っていたのじゃよ! 賀来刑事よりも先にラウンジに着いたワシは威嚇射撃を受けた。だから、真犯人だと思われることを恐れ、管制室に逃げ込んだのじゃ。そしてエレベータホールを通って、第一ラウンジへ再び戻った。賀来刑事の後ろから現れ、目撃者を装うために……!」

「全く……オツムの中身も行動も、ややこしいジイさんだぜ」

 

夕神検事も呆れ返っている。

大河原は、自身は第三者ではなく、善良な第一発見者だと主張した。なぜなら、

 

「ラウンジに一人でたどり着いた時、ワシは、真犯人の姿を見たのじゃ! 偉大なるワシが、歴史の目撃者となったのである!」

 

そう、彼は真犯人の姿を見たと主張し始めた。

弁護士側は、大河原自身が第三者、つまり真犯人だと主張したかったが、かぐやの話と大河原の行動を照らし合わせると、成歩堂の主張は否定されてしまう。

かぐやは避難はしごから、十時ジャストに真犯人らしきライターを持った人物を目撃した。しかし、大河原はその時間、別の階で避難誘導をしていた。他の職員たちも大河原を見ており、完璧なアリバイがある。

 

「ラウンジに入ろうとした時、中の真犯人が銃を撃ってきた! ワシは銃撃から逃れるため隠れたが……その後、再びのぞいてみたら、ヤツが消えておった! エレベータ側の扉にはワシがいたし、もちろん、第一発射台側の扉も、管制室側の扉も開かないはずなのだが……」

 

大河原はそう証言をした。

真犯人が撃った弾丸は、大河原には当たらず、星成の酸素ボンベに当たったという。ボン! と破裂音がしたのを大河原が聞いていた。

しかし、この証言は弁護士たちを不利にする。なぜなら、どこにも逃げ場がない状態で真犯人が消えたのなら――その場にいた人物が真犯人となる。つまり、葵が倒れたふりをすれば、真犯人消失が実現できてしまう。それでは葵を無罪にはできない。真犯人を見たという大河原は、床に倒れている星成は確認していた。しかし、葵が倒れていたかまでは見ていないという。

 

今回の証言は、今までのものと違って、しっかりと筋が通っている。矛盾が見当たらない。成歩堂がどう尋問しようかと思案していれば、隣の希月が声をかけてきた。

 

「あの。ここはわたしに手伝わせえてもらえませんか?」

「え?」

「さっきからずっと聞こえてるんです。とっても複雑な《ノイズ》が……」

「つまり、隠された感情があるってことか……。うん。ココネちゃんの力、貸してもらえると助かるよ」

 

希月の能力、人の声から感情を読み解く力が、大河原のノイズに気がついたらしい。

頼む旨を伝えると、希月は頷いて首元にあるモニ太を起動した。

人の心を解き明かす、ココロスコープ。大河原の証言が、感情の面から解剖されていく。

モニ太が映し出すモニターに、大河原の証言と、それに応じた感情が表示される。四方に喜怒哀驚で表示された顔文字が、証言によって光ったり消えたりと変化していた。

希月が感じ取った大河原の感情を、モニ太が画面に映し出しているのだ。

その中で、二人は証言と食い違う奇妙な感情を見つけた。

それは、真犯人から銃撃された後、ラウンジを覗き込んだ時の感情だった。

 

「真犯人は跡形もなく消え失せ、とても不思議だった。そうですね?」

「そうだ。そんなことは、常識では考えられんからな」

「しかしあなたは、その時ほとんど《驚き》を感じなかったのでは?」

「ぬッ……な、なぜそれを……ぬぬぬぬぬッ!」

 

動揺する様子に、どうやら間違いないと察する。彼のリアクションの大きさに、ここでは感謝だった。頭を抑える大河原に、成歩堂は追撃をする。

 

「真犯人の消失に驚かなかった。考えられる理由はひとつです。あなたには、逃げた先の見当がついていたんじゃありませんか?」

「ぬうううッ! い、いや、そんなことは……! そもそも管制室はワシしか入れん。その上、発射台の側の扉の先は煙だらけ。逃げることんどできん! それに、南側の扉には、他ならぬ、ワシ自身がいたのじゃ。真犯人が逃げられるところなどなかろう」

 

確かにそうだ。だが、実際に真犯人は逃げている。なにか手があるはずだ。

 

「証人が星成さんたちを確認するために、ラウンジに入った後、南側の扉の影に隠れていた犯人が、スッと逃げ出したのでは?」

「それはありえん。なぜなら、ワシがラウンジに入った直後、南側の扉には、すぐに賀来刑事が駆けつけたのだ。やはり、真犯人が逃げることなど、できなかったはずじゃ」

「本当に、真犯人の逃げ道は、なかったんですかね?」

「ぬうう」

 

呻く証人に追撃をしたいと思いつつも、これ以上の手がない。

そんな中、隣で希月が追加された情報をモニターに打ち込む。

 

「ビンゴ! 感情のノイズが減りました! どうやら、指摘は間違ってなかったようですね」

「そうか。ならやはり、大河原さんは犯人の逃げ道を知っていたことになる。おかしな感情がないか、詳しく調べよう」

 

さらに大河原の証言を見てみると、第一発射台の扉について証言するときに、怯えの感情が見られることが判明した。それと先ほどの感情の差異を組み合わせた時、成歩堂に一つのアイデアが浮かんだ。

 

「犯人は、第一発射台の扉を通って逃げたのでは?」

「うぐぐぐ、だが、あの扉には指紋認証があったのだぞ! あそこを通れるのは、星成、葵、ワシの三人だけだ。真犯人とやらが、アレをどう突破したというのじゃあ!」

「ラウンジには、星成さんが倒れていたんですよ。彼の指紋を使えば、誰でもセキュリティを突破できたことになります。実際、セキュリティ装置から星成さんの指紋が検出されています」

「ぎゃああああ!」

 

大河原がコマのように回転する。

昨日にラウンジを調べた際、指紋認証のセキュリティ装置についていた指紋は、星成のものだと確認済みだ。

しかし、仮に真犯人が第一発射台の扉をくぐれたとして。その先は煙が充満している、逃げ場のない隔離空間だ。その謎を解かなければならない。

 

「ワシは銃撃から逃れるため隠れた。真犯人が消えた後、ラウンジに入ったが……エレベータ側から刑事が現れた。しかも、刑事はワシを撃ってきた! やはり、真犯人逃げた先は発射台しかないのか……」

 

成歩堂から指摘された後の大河原の証言は、少し情報が追加されていた。

賀来刑事がやってきた際のことだ。しかし、ここでもおかしな感情があった。

賀来刑事が現れた時と、その後の撃たれた時。普通の人間ならば、拳銃で撃たれたとなれば、これ以上ないほど驚くはずだ。だが、大河原は撃たれた驚きは小さく、それよりも賀来刑事がラウンジに訪れた時の方が、驚きが強かった。

 

「賀来刑事に撃たれた時より、見つかった時の方が、はるかに大きく驚いていたようですね。ただ見つかっただけで撃たれる以上に驚いたとなれば……その場で、よほどやましいことをしていたと考えるしかない!」

 

成歩堂がそう突きつける。大河原は、被弾したような悲鳴をあげ、電動二輪車は大回転した。あれもう降りた方がいいのでは。と成歩堂は思った。

 

「ノイズが減りました! ということは、あの扉の前で、何かやましいことを、してたんじゃないでしょうか?」

「何かやましいことをしていたなら、大河原さんが来る前と後で、何かが変わってるかもしれないね」

「バン刑事からもらった現場発見後の写真があるので比べてみましょうよ」

 

希月が取り出したのは、葵たちが第一発射場から逃げ延びてきた監視カメラの映像を写真にしたもの。もう一つは大河原がラウンジに入った後の扉の写真だ。

その二つを見比べたとき、成歩堂はその違いに気づいた。

成歩堂は、大河原に写真たちを見せながら語る。

 

「おおがわらさん。賀来刑事に見つかったとき、あなたが何をしていたのか……答えは、このスイッチですね」

「ぬぐわああッ! そこはッ!」

 

大河原の苦しげな声を聞きながら、成歩堂は続ける。

 

「裁判長。こちらの映像をご覧ください。発射台への扉のそばにある赤いスイッチ、ここでは、水平になってますよね」

「そのようですな」

「しかし、昨日ぼくたちが現場を調べた時は、垂直になっていたんですよ、これ」

 

第一発射台の扉、その隣にあった顔の大きさほどもあるロータリースイッチ――ガスコンロのような回転方式のスイッチがあったのだ。ガラスに守られたそれは、事件の前後で方向が横から縦へと変わっている。

 

「ふむ……つまり?」

「大河原さんが現場に来る前と来た後で……スイッチが切り替えられていたのです!」

「ぬぐおおおおおお!」

「現場発見後、スイッチを操作できたのは、あなただけです。さあ、大河原さん! 話してください! あなたは扉のスイッチを操作して、何をしようとしていたのですか!」

 

成歩堂の指摘に、大河原が呻き声をあげ、目を回しながら答える。

 

「よ、よかろうッ! 認めよう! 確かにワシは、あのスイッチを操作していた。あれは、安全装置だったのじゃ。発射台を移動させるためのな。また爆発が起こるかもしれん。それを恐れたワシは、発射台を打ち上げ場まで遠ざけようとしたのだ!」

 

大河原が眉を吊りげてそう証言する。それに、反応したのは希月だ。

 

「発射台の移動って、ポンコの言ってたものですよね。完成した発射台は、打ち上げ場に移動させることができる。でも、そのためにはラウンジの安全装置を解除する必要があるって」

「あの扉の横の赤いスイッチが安全装置だったようだね」

「あ! じゃあ、真犯人が第一発射台通路に逃げたなら、そのまま一緒に、打ち上げ場まで運ばれたとか?」

「いや……第一発射台通路は、煙が充満してたんだ。あの扉から発射台通路には、逃げられなかったはずだよ」

 

また一つ、大きな事実が明かされた。だが、真犯人の逃亡先が見つからない。

 

「証人! 発射台の移動について、詳しく話してもらいます!」

「いいだろう! ワシは、安全装置を外すしかなかったのだ。また爆発するかもしれんから……発射台を遠ざける必要があった! にくき真犯人の逃げ道は、発射台への扉しかない。だが、そっちには煙があった、か……。くそおお! どこへ消えたというのじゃ!」

 

大河原は感情を露わにして証言をする。すでに何度も何度も嘘を暴かれ、感情が隠せなくなってきている。すぐに粗は見つかった。

モニターに映る、喜びの感情。成歩堂はまっすぐにそれを指摘した。

 

「安全装置を外すしかなかった。まるで、仕方なしの行動のように聞こえますが、あなたはその時、“やったぞ”と“喜び”を感じたのでは?」

「うぐおおお! な、なぜだ! なぜさっきから手に取るように……ッ!」

「気に入ってもらえました? これが心理学の力です!」

 

取り繕う力もない大河原が、疲弊した様子で語る。それに、希月が胸を張って答えた。

大河原はスイッチを操作して喜びを覚えた――本題はここからだ。

 

「これまでの事実から推理した結果、導き出される結論としては……例えば、発射台を仕方なく遠ざける以外に、何か目的があったとか?」

「ぐおおお! そこまで、分かってしまうのかッ!」

 

たんなる当てずっぽうであったが、証人が認めるなら正解になる。

だが、それに待ったをかける相手がいた。

 

「さっきから聞いてりゃ、コイツの証言は嘘ばっかりじゃねぇか。おめえさんは人類の歴史に刻まれる偉人なんかじゃねェ。人類史に残る……天下の大ボラ吹きさァ」

「お、お、お、おおぼらああああああ!」

 

心臓を貫くような、行いからすれば真っ当な罵倒が大河原を襲う。

 

「第一発射台を事件後、移動させたってェのも真っ赤なウソ。矛盾してんだよ」

「え? どういうことですか?」

「いいかァ? 事件の直後、あの第一発射台は、第一ラウンジ側にあったのさァ。現場にいた刑事が確認してンだ」

 

夕神検事が述べた現場の状況。それと大河原の証言が食い違う。

第一発射台を動かしていたのならば、確かに第一ラウンジ側にあるのはおかしい。動いていないことになってしまう。

だが、安全装置のスイッチは動かされていた。それは証拠品が語る純然たる事実だ。

この矛盾を、合理性をもって証明しなくてはならない。

動かしたものが、元の位置から変わっていない。本来ならおかしいことだ。成歩堂の脳裏に、さまざまな証拠品や大河原の証言が過ぎる。そして、ふと思いついた。

……もしも逆だったとしたら?

 

「あの。スイッチを操作したのは、発射台を移動させるためではなく、いつもの場所に戻すためだったのではないでしょうか?」

「……どういうことだ」

「恐らく事件の日、発射台は最初から、打ち上げ場にあったのです。だから大河原さんは、事件後、発射台をいつもの場所に戻したのでしょう。それなら、事件後大河原さんがスイッチを操作すれば、発射台はいつもの位置に戻ってきます!――ぎゃあ!」

 

推理を言い終わるや否や、夕神検事の手刀が成歩堂を襲う。

恐ろしいことに、夕神検事の手刀はどういう原理なのか、離れた場所を実際に切ってしまう。落ちた前髪が弁護士席に落ちた。

どでかいため息が、検事席から聞こえてくる。

 

「……いいかァ? おめえさんが言うにゃァ、証人が安全装置を操作したのは、現場発見後のことだ。だったら、飛行士達が逃げ出して来た時、発射台はラウンジの先にあったはず。事実、発射台から逃げ出す姿が、監視カメラに映ってただろう?」

 

それは――その通りだった。言い訳のしようもない。

成歩堂の顔から汗が流れ始める。背筋が冷たくなる感じ。何度も経験したことがあった。

 

「事件前、発射台が打ち上げ場にあっただァ? そんなこたァあり得ねェのさ。夢見る弁護士さんよォ」

「うおおおおおおッ!」

 

大河原に負けず劣らずの悲鳴が口から出る。

おかしい、状況が大きく変わったはずなのに、また戻されてしまう。

成歩堂の推理はついさっき思いついたものだが、それでも推理自体は間違いないはずなのに。

 

「ど、どういうことなんでしょう? 発射台の移動はあったはずなのに」

「推理の結果と現実が矛盾しているなんて……」

「じゃあ、葵さん達は最初からロケットに乗り込まなかったとか。監視カメラの映像は、事件後に替え玉で撮影されたものなんですよ!」

 

そう拳を握って希月が主張するが、言った後に「いくらなんでもあり得ないか」と肩を落とした。

最初からロケットに乗り込まなかった。

そうだ。そんなことはあり得ない。

だが――あり得るとしたら。

 

「夕神検事! 葵さん達は、最初から発射台のロケットではなく、第一ラウンジから“別の場所”に乗り込んでいた。そして、大河原さんは発射台を打ち上げ場からではなく“別の場所から戻していた”と考えれば、矛盾が消えませんか?」

 

そう。全ては、最初から逆転していた!

 

「大河原さんが発射台を移動させた真の目的は……発射台を別の場所と入れ替えるためだったのです!」

「入れ替え、ですか? はて、発射台と入れ変えられるものなど、宇宙センターにあったでしょうか?」

 

裁判長が、至極真っ当な疑問を口にする。

だが、あるのだ。全てを逆転させる。そうすれば、答えは見えてくる。

 

「第一発射台はこの場所――ロケット見学スペースと入れ替わっていたのです」

「け、見学スペースと入れ替わっていた、だと?」

「見学スペースは、かつて第二発射台として使われていました。機能は、第一発射台と同じ。打ち上げ場への移動が可能です。つまり、発射台と見学スペースは”入れ替える“ことができる」

「で、では……まさか?」

 

裁判長の震える声に、成歩堂は大きく頷いた。

 

「葵さんたちが乗り込んだのは第一発射台のロケットではなく……見学スペースのロケットだったのです!」

 

成歩堂の前提を逆転させる主張に、法廷中がざわめいた。

驚愕の声が響く中、成歩堂は資料を手にし、自身の推理を語る。

 

「いいですか? こう考えれば、事件の謎はことごとく解決する。これが事件前の宇宙センターの状態です」

 

成歩堂が取り出したのは、宇宙センターの上面図だ。丸い敷地内があり、中央に円形の中央塔。そして中央塔の第一ラウンジから続く”左側“にロケット見学スペース。中央塔の第二ラウンジから続く”右側“に第一発射台の建物が、それぞれ通路で繋がった形で描かれている。

 

「第一発射台と見学スペースが入れ替わっていますな」

「はい。この状態なら、葵さん達は、第一ラウンジから見学スペースに向かい、真犯人は第二ラウンジから第一発射台に入って、ロケットに爆弾を仕掛けることができたことになります」

「そういえば、第二ラウンジの扉は……」

「そう。第二ラウンジの扉は誰でも通ることができるんだ。あの指紋認証システムを、通過する必要はない」

 

心音の言葉に、はっきりと答える。

カプセル盗難とともにかけられていた宇宙センター爆破容疑。ここにきて、葵以外がロケットに爆弾を仕掛けられなかった状況についても、光が差し込む。

 

「つまり、二つの発射台が逆転していたなら、葵さん以外でも爆弾を仕掛けることができるのです!」

 

これで、完全に推理が繋がった。

 

「恐らく、真犯人は爆弾を仕掛けた後、第一ラウンジに潜んだのでしょう。見学スペースから逃げ出してくる葵さんの持ったカプセルを奪うために。事実、カグヤさん達は、ラウンジで怪しい人影を目撃しています。そして真犯人は葵さんからカプセルを奪った後、ロケット見学スペースへ逃げ込んでいった。その後、大河原さんは、真犯人が見学スペースにいることに気付かず、二つの発射台を入れ替えてしまった」

 

全ての証言が、第三者が葵大地からカプセルを奪い、逃げおおせたことを証明している!

 

「こうして犯人は、見学スペースからまんまと逃げ出したのです!」

「黙りなァ!」

 

しかし、成歩堂の推理に検事席から野太い異議が上がった。

 

「その名刀”ハッタリ“も、証明できなきゃナマクラだぜ?」

「どうやら、証拠はあるようですよ」

「……まァた、口から出まかせじゃねえだろうなァ?」

「この監視カメラの映像を見てください」

 

成歩堂が資料から、葵たちがラウンジへ入ってくる映像を選び映す。

法廷の機材にその映像が映し出され、映像が途切れる直前で停止された。

 

「第一発射台通路の床には、“1“と数字が書かれていました。しかし、この監視カメラに映った通路の床を見てください。見えますか? 宇宙飛行士たちの後ろに見えている数字が!」

 

監視カメラの映像に、僅かに映る床の数字。宇宙飛行士たちの姿によって大きく隠れてしまっているが、数字の”1“と”2“は明らかな違いがある。その映像には、”2“の頭部分――丸い形がしっかりと映し出されていた。

 

「な……にぃ……!」

「なぜ数字が違うのか。それは、これがロケット見学スペースへの通路だからに他なりません!」

「ぐおおおおおおおお!」

 

夕神検事が袈裟斬りにされたように体をのけぞらせる。前提を逆転させる事実、それを証明する証拠品。それらが出揃った。

夕神検事が胸を抑え、息を荒くしている。明らかに追い詰められている。

 

「ということは、この映像に映っている通路には、そもそも煙がなかったんですね」

「そうだね。見学スペースでは、爆発なんてなかったのだから……。爆発があったのは、第一発射台。見学スペースの反対側にあったんだ」

 

心音の言葉に成歩堂は頷いた。

これを前提に、もう一度話を組み立て直す。

 

「二人が見学スペースから、逃げて来たと考えると“ハシゴを降りる方法”も簡単に説明できます。葵さんはカプセルを落として星成さんを担いで降りたと言っていましたが、実際は違ったと考えられます。葵さんは、星成さんを担ぎ、カプセルを持ったまま、エレベータで上層から、中層に降りられたはずです」

 

エレベータが使えなかったのは第一ロケット発射場のみ。見学スペースでは爆発は起こっておらず、しかも第一発射台と構造が同じだ。当然エレベータもあり、乗ることができる。

そして、この発射台を入れ替えるという大それた移動を成し遂げるための、下準備がすでにされていた。爆発が発生していた宇宙センターでは、全員地下シェルターに避難していた。そのため、地上で発射台の入れ替えが起こっていても気づけなかったのだ。

 

「ぬううううう、ぬおおおおおおッッ!」

「ノイズゼロパーセントです!」

 

モニターに“0%”の数字が浮かぶ。

成歩堂は弁護士席を両手で力強く叩き、人差し指を突きつけて大河原を追い詰める。

 

「大河原さん! もうホラは通用しませんよ! 観念して……本当の事を話してください!」

「ぬおおおおおおッ! ワシの名誉が崩れ去るううううッ!」

 

大河原は現実から逃避するように叫び、そして電動二輪車を拳でぶっ叩き――今までも十分怪しい挙動を見せてきた電動二輪車がトドメをさされた。

おかしなエンジン音を出し、ガタガタと電動二輪車が動き出す。そして爆音と共に、その場から見当もつかないところを全速力で疾走を始める。大河原の叫びと共に、電動二輪車にしがみつく大河原を連れ、法廷内を駆け巡る。暴走した電動二輪車と大河原は、裁判所の扉を突き破り、その奥へと消えていったのだった。

 

 

 

「どうやら無事に、戻ってこられたようですな」

 

扉を破壊し、暴走する電動二輪車に連れ去られてしまった大河原。裁判所の係官たちが、どうにか大河原を救出し、法廷内へ戻ってきていた。

 

「大河原さん。発射台の入れ替え、認めてくれますね?」

「ぬ……ぬう。事実と認めざるを得ない……。たしかに、ロケット見学スペースと第一発射台を入れ替えた……」

 

乗り物に振り回され、すっかり萎れた大河原が沈んだ面持ちで応える。

しかし、まだ疑問がいくつも残されていた。

 

「……いくつか気になる点があります。まず、葵さんは発射台の入れ替えを知っていたのかどうか……。精神安定剤を大量に飲まされていた星成さんはともかく、葵さんは見学スペースに入った際に気がついたはず。第一発射台と見学スペースが入れ替えられていたことに。では、なぜ葵さんは、爆発のなかった見学スペースから、あんな脱出劇を繰り広げる必要があったのか?」

 

成歩堂の脳裏に、面会室で見た、葵に絡むたくさんの鎖と南京錠が頭をよぎる。

まだ、明かされていないことがある。それも、大きな何かが。

 

「そして、発射台と見学スペースを入れ替えた目的……教えてもらえますか?」

 

大河原は肩を落とし、斜めった帽子をそのままにしつつ、小さな声でこう言った。

 

「それについては……黙秘させていただく。だが、ワシは部下たちを爆発から助けたかった。そのためには、ああするしかなかったのだ……」

 

そう、視線を床に落としながらボソボソと語る様子は、普段のうるさいほど堂々とした様子からは想像もできない姿だった。

隣にいた希月が、大河原を見つめながら言う。

 

「オオガワラさん、とても怖がってます。本当のことを言えない理由が、あるんじゃないでしょうか」

「無理に聞き出すのは、難しそうだね……」

 

意気消沈している大河原を見る。

理由を知りたい、だが、弁護士としてはこれ以上の探索は無意味ではあった。

そう、なぜならば――

 

「どうやら、被告人以外の犯行の可能性が浮かび上がったようです。被告人。いかがですかな?」

 

被告人席に座る葵に、裁判長が問いかける。

この事件で、被告人として立件されている葵大地。彼以外の犯行の可能性が浮かび上がったことで、彼の有罪が遠ざかった。

 

「あなたは、見学スペースに星成さんと共に入っていった。脱出まで意識のあったあなたが、それを知らなかったとは思えませんが……」

「……俺も、黙秘させていただきます」

「ふむ……」

 

もしかしたら、ここまで真実に近づけば話してくれるかと思った。だが、そう簡単ではないらしい。そうでなければ、あれほど南京錠が出ないかもしれないが。

真相はわからぬまま、法廷は進む――と思われた時、傍聴席から声が響いた。

 

「納得いかない!」

「ほ、星成さん……!?」

 

声が上がった先、成歩堂が視線を向ければ、そこには星成がいた。

唇をかみしめて、大河原と葵を見つめている。

 

「センター長。どうしてあなたはあんなことを? あなたは、最初からロケットを飛ばすつもりはなかったんですね。オレは……オレは! 騙されていたんですか!」

「星成くん、すまない。だが、くわしい理由は話せん……。センターを守るには、ああするしかなかったのだ……!」

 

星成は鋭い目で、歯を噛み締める。

そしてその目を葵へと向けた。

 

「葵! 一緒に宇宙へ行くんじゃなかったのか! “大丈夫”って言葉は、嘘だったのか?」

「星成さん……」

 

被告人席にいた葵が、星成からの血の滲むような言葉を聞いて、苦しげに眉を寄せる。バイザーを手にかけ、ぎゅっと握りしめていた。

 

「センター長、葵! ひとつだけ聞かせてくれ。オレは、オレ達はまた、宇宙に行けるよな?」

 

祈るような声に、星成の気持ちが伺えた。ただひたすらに宇宙を目指し、信じる仲間と共にロケットに乗り込もうとしていた男。その仲間達からの裏切りのような行い。それでも、信じたいという気持ちは痛いほど伝わってきた。

 

「……ああ。必ずな。ワシも諦めるつもりはない。必ず、君たちを宇宙に」

 

大河原がそう語る。その言葉には、確かに重みがあるように思えた。

そして、その言葉に背中を押されるように、葵が顔を上げて口を開く。

 

「はい。行きましょう。俺たち二人で……絶対に、“大丈夫”ですから!」

 

目を合わせ、力強く葵がそう叫ぶ。

それに、星成の強張っていた顔が解ける――その時、

 

「黙りなァ!」

 

法廷の空気を引き裂く大声が響く。

その先は、もちろん陣羽織を羽織った鷹匠の男。夕神検事は鼻で笑った。

 

「おめえさんが行くのは宇宙じゃねェ。監獄さ。逃しはしねェぜ」

 

夕神検事は、歪に笑みを浮かべながら続ける。

 

「確かに発射台の入れ替えは、あったかもしれねェ。現場に第三者がいたなら、逃げ出すことができたンだろうよ。だが、第三者が見学スペースに逃げた証拠なんて、ねェだろう?」

「あ! たしかに、その通りです!」

 

裁判長が目を丸くして同意する。

夕神検事の言葉に、内心で眉を歪める。確かに、証拠はなかった。

 

「葵大地ッ! てめェの知ってること、洗いざらいぶちまけやがれ!」

 

異議の出せない成歩堂を前に、夕神検事の鋭すぎる双眸が葵を貫く。

 

「あの爆弾をどこで手に入れた? おとなしく吐けッ! 観念して話さねェと……叩き斬るぞッ!」

 

腰を屈めた姿は、手刀を見舞う直前の姿だ。

今までは弁護士たちの髪を切る程度だったが、今の夕神検事の迫力は今までとは違う。

刃を突きつけられたような状態になった葵は、しかしはっきりした眼光で夕神検事に対峙する。

 

「いいえ……何もいうことはありません!」

 

そう断言した葵に、夕神検事の眼光が鈍く光った。

希月が、血の気が引いた顔で「あ、危ない……!」と悲鳴のような声を上げる。

夕神検事の腕が、目にも止まらぬ速さで動き――

 

「あぶなーーーーい!」

 

法廷内にそんな声が響いた。

 

振り切られた夕神検事の腕は、確かにものを斬った。

だが、その斬った先は――葵大地を庇った番刑事であった。

 

「ぬうう! 夕神くん、なんと危ないことを! 葵くんが怪我をしたらどうするつもりなのだ! ジブンが間に合ったから良かったものの!」

「ば、番刑事……」

「おお、弁護士くん! 遅れてすまない! 正義の味方、番轟三。ただいま参上ッ!」

「あの、斬れてますけど……顎」

「む? 顎は元から割れているぞ!」

 

いや、そうじゃなくて……。という気力はなかった。安堵なのか気が抜けたのか、その光景をただ眺める。

夕神刑事の本当に斬れる手刀が葵に見舞われた後。直前で番刑事が突入し、葵を庇った。だが、完全には避けきれなかったらしい。番刑事の顎――割れている顎のちょうど中央に刃が当たったのか、そこから赤い血が流れ出ていた。

よりにもよって、どうしてそこに……? と思いつつ、止まる調子のない声を聞く。

 

「急いだのだが、横断歩道を渡る老人を助けたり……ネコの喧嘩を仲裁したり、正義を遂行していたら遅れてしまった!」

「ね、ネコの喧嘩? ……えっと、あなたは何をしに来たんですか?」

 

いや、何をというか、夕神検事の凶刃から葵を守ったので、そのために来たのだろうか。

しかし、何かをしに来た雰囲気の番刑事に、困惑しつつ尋ねる。

 

「被告人は犯人ではない! その……ジャスティスを証明しに来たのだ!」

 

そう、ガンホルダーから警察手帳を出して見せつけながら番刑事は主張した。

だめだ。何もわからない。

 

「……えっと、あの。何を言っているか、わからないんですが……」

「……オッサン。前からヤベェと思っていたが、ついに限界を突破しちまったか?」

「夕神くん。キミは、亡霊に囚われて、目が曇っている!」

 

番刑事の言動に、弁護士側、検事側それぞれから疑問の言葉が出るが、番刑事は調子を全く変えず、夕神検事にそう語る。

番刑事の言葉に、夕神検事の目元が鋭さを取り戻す。検事席を叩き壊さんばかりの音が、鳴り響く。夕神検事の拳が思い切り机を強打した音だった。

 

「てめェ……何言ってんだ! てめェは、兄貴の仇を取りたくねェってのか!」

「取りたいに決まっているだろう! だからこそ、ジブンはキミの目を覚まさせなければならないのだ!」

 

夕神検事の息を呑むような怒声に、しかし番刑事は一歩も譲らずにそう叫び返す。

 

「この正義の証拠品が、キミの目を覚ますはずだァ!」

 

証拠品――思えば、前日宇宙センターで番刑事にあった時に、役立つ証拠品を探すと口にしていた。

番刑事が取り出した証拠品――それは、銀色の四角い小さな小物。ライターだった。

証拠品のライター。思い当たるのは、一つしかない。

 

「それは、もしかして……!」

「そう! 犯人が使っていたと思われるライター! 見学スペース担当の掃除ロボットが回収していたのだ! しかも、真犯人の指紋が付いているッ!」

「な、な、なんだってえええ!」

 

法廷中が驚愕に包まれる。

これぞ、決定的な証拠品であった。

 

「番刑事! 指紋は、被告人のものではなかったのですか!」

「その通りだッ! 葵くんは無実だ!」

 

かぐやの目撃証言から、ナイフを手にしていた人物が、ライターを持っていたことが分かっている。そのライターには地球の飾りがあり――番刑事の持ってきたライターにも、同じく地球の飾りがあった。

 

「裁判長! これは、弁護側の主張を裏付ける決定的な証拠です!」

「な、成歩堂くん。説明をお願いします」

「まず、肝心なのはライターが発見された場所です。これが見学スペースに落ちていたということは、真犯人は葵さんからカプセルを奪った後、ライターを持って見学スペースに、逃げ込んだということになります。その時にでも、ライターを落としてしまったのでしょう。その後、発射台は入れ替えられ、犯人は第二ラウンジを通って、逃走しました」

 

そう、それならば……。

 

「一方で、葵さんはちょうどその時、第一ラウンジに倒れていました。その様子を大河原さんにも発見されています。それなら……葵さんが見学スペースに、ライターを落とせるわけがないッ!」

 

しかも、大河原が第一ラウンジにライターを持った人物を目撃し、そのすぐ後にラウンジに入り倒れている葵を発見している。葵に指紋認証の扉を開けて、見学スペースにライターを落とす時間はない。このライターは真犯人にしか落とせない!

 

「そして何より、ライターから出た指紋は葵さんのものではなかった。もうおわかりですね? この証拠品の存在は……葵さんが犯人でないことを、完全に証明するのです!」

「ぐ、ぐおおおおおおおおおッ!」

 

成歩堂の言葉に、夕神検事の声が法廷に響く。

裁判長が、動揺しながらも成歩堂の主張に頷いた。

 

「た、確かに、これは弁護人の主張を裏付ける決定的な証拠品です」

「被告人のポケットに入っていた起爆スイッチも……葵さんが意識が朦朧としている時に、犯人が忍ばせたのでしょうね」

「ば、バカな……。おかしい。何かが……」

 

夕神検事が拳を握り、歯を食いしばる。異議は、もう出せないのだろう。だが、それでも諦めきれない瞳が、長い前髪から見開かれている。

 

「夕神くん。気持ちはわかる。だが、冷静にならなければ……。犯人を捕まえることも大事だ。だが、何よりも“犠牲者を出さないこと“を優先すべきだ」

 

犠牲者――七年前、殺されてしまった男。そして今は、無実の罪を着せられようとしている葵大地のことなのだろう。

夕神検事の口元から、ギリリと歯が噛み締められる音が聞こえる。

 

「七年、七年だぞ……!」

「……分かっている。だが、キミならできる! 兄の相棒だった、キミならば!」

 

その言葉が決定打だった。

夕神検事は、拳を握り締め、そして静かに机に置いていた手を腰に戻した。

 

「ふむ。何はともあれ、被告人の無実は証明されたようですな。被告人に犯行は不可能だった。それは、たしかなことのようです。事件に関して謎も残りましたが、今後の捜査に期待しましょう」

 

検事側の異議がないことを確認し、裁判長が木槌を握る。

 

「それでは、葵大地へ判決を申し渡します」

 

”無罪“。その二文字が、裁判長から正式に言い渡される。

法廷には紙吹雪が舞い、葵や希月の顔にも笑みが溢れた。

 

「やりましたね! ナルホドさん!」

「うん。なんとかね」

 

これは、番刑事の証拠品に助けられたと言っていいだろう。

安堵しながら、無罪判決を受けた葵を見やる。

そこには、笑みを浮かべながらも、どこか煮え切らない表情の葵がいた。

 

「先輩にも、知らせてあげたいですね。葵さんの無罪判決」

 

希月の言葉に、そうだね。と頷く。

彼は今、何をしているのだろうか。

裁判長が、終了した法廷を締めるため、木槌を鳴らす。

ざわめきが落ち着き、裁判が終わった――それと同時に、”異議あり“の声が響いた。

 

「ありえねェ……。こんなのは……」

「ゆ、夕神検事。判決に不服があるのですか?」

 

裁判長の言葉に、しかし夕神検事は返さず、番刑事を呼ぶ。

 

「オッサン! この……鑑定結果の名前は、どういうことだ?」

「ん? 指紋鑑定の結果の名前……?」

 

夕神検事の詰問に、番刑事は大きく笑い。そうした後に、また大きく笑って言った。

 

「いや。その……急いでいたし、ネコの喧嘩を仲裁していたし……。葵くんのものではないと聞いて、舞い上がってしまったし……」

「よ、読んでなかったのか……」

 

徐々に小さくなる番刑事の声量に、夕神検事が呆然とした声を出す。

一体、何が書いてあったのか。どこか不穏な気配を感じ、成歩堂は夕神検事に問いただす。

 

「夕神検事! その指紋! 誰のものかわかったんですか!」

 

成歩堂の問いに、夕神はしばらく沈黙した後、口を開いた。

 

「”指紋を鑑定した結果、希月心音のものと一致した“だそうだぜ」

 

きづき、ここね……?

これは、何かの聞き間違いか。それとも、記載間違いか。

まさか、そんなことがあるわけが――。

 

「き、希月弁護士! この証拠品……どう説明するのですか? このライターの指紋は……この事件の真犯人のものであると、さきほど証明されたのですぞ!」

「し、知りません! わたし、犯人なんかじゃありません!」

 

裁判長の言葉に、希月が身を乗り出して否定する。だが、その主張も、明かされた驚愕の事実の前ではあまりにも小さい声だった。法廷内の困惑と熱気が、どんどん上昇していく。

 

「ぐおおおお! ジ、ジブンは何を? すまぬううううう! うわあああ!」

「せ、静粛に! 静粛にィ! コラ! 番刑事も泣き止みなさい!」

 

成歩堂たちが積み上げてきた事実。それらは確かに真実のはずだった。

だが、それが導き出したのは希月心音が容疑者という結論。

喧噪はその後も収まることなく、法廷は大混乱のまま終わった。

 

一体、何が起きているのか。

 

困惑と喧噪の中、一人の男の背中が思い浮かぶ。大きな、頼りになる黒コートの男の姿。

彼がいてくれたらと僅かに思い、成歩堂はその気持ちを握りつぶす。

その男は、もう”頼りにはならない“のだから。

 

 

 

 

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