消えてしまった刑事さん   作:片岬(旧:片霧)

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消えてしまった逆転――探索パート二日目――

夕神side

 

希月心音が宇宙センター爆破および、探査機《みらい》のカプセル盗難の容疑で逮捕された。法廷で導き出された事実、真相、そして新しく発見された証拠品。

そこから、希月心音が犯人であるという確固たる事実が提示される。

 

「……クソッタレが」

 

何が検事なのか。何が、相棒なのか。

やるべきことをやってきた。あの人がいなくなったあの日から、検事としてすべきことをただひたすらに。その結果がこれなのか。

大事なものが、こぼれ落ちていく。守ろうとすることさえ、夕神にはできない。

 

十二月二十日。午後一時二十三分。

夕神は容疑者の事情聴取を番刑事に任せ、ある人物と会うために警察署内を歩いていた。

容疑者とは、当然希月心音である。心音は突然の逮捕に、憔悴しているようだった。だが、それを表に出すまいと事情聴取を受けていた。赤く腫れた目で毅然と話す姿を見ていられなかった。

夕神を呼び出した人物がいる部屋に入る。そこには、椅子に座る夕神かぐや――夕神の姉がいた。

 

「姉貴、何しに来やがった」

「あんたはわたしに礼を言うべきよ。迅」

「なんだと?」

「娘が事件の容疑者になったって聞いて、話を聞きに行こうとする真理を止めたのはわたしなのよ」

 

反論の言葉は出なかった。姉のかぐやと同じく宇宙センターに勤めている希月真理は、夕神にとっての師匠だ。心理学の教授である彼女に、夕神は師事していた。

真理へ深い尊敬の念と、恩のある夕神にとって、彼女の言葉は重い。時には鋭利な刃にもなるだろう。だが、そんな相手に何を言われようと、夕神は検事としての仕事をしなくてはならない。

夕神の抱える苦悩を理解し、かぐやは真理を宇宙センターへ引き止めたのだ。

 

「一体どうなってるの? なんであの子が事件の容疑者なんかに」

「……決定的な証拠が出たのさ。言い訳のしようもない、証拠がな……」

 

弁護側が見学スペースと第一発射台との入れ替えがあったと証明しなければ、ここまでの効力は発揮しなかっただろう。だが、入れ替えは証明されてしまった。

 

「あんた、どうするの?」

 

どうするもこうするもない。夕神は検事だ。そして、この事件の担当だ。

することは一つしかない。被告人を徹底的に追い詰め、その罪を証明する。

それが夕神の、検事としてやるべきことだった。かつての相棒に言われた、最後の助言。

それが、相棒の仇を取るための道筋だと信じてきた。

口を開かない夕神に、かぐやが椅子から腰を上げた。

 

「わたしに何かできることはないの?」

「……姉貴に?」

「わかってるわよ。専門外だってことは。でも、真理が暗い顔してちゃ、わたしだって困るの」

 

夕神と似た鋭い瞳に見つめられる。

夕神は、小さく息をついた。

そう、思考を止めてはいけない。なぜならば、あの人もそうするだろうから。

 

 

 

 

王泥喜side

 

ニュースの報道を見た。葵大地は無罪判決を受けた。さすが、成歩堂さんたちだ。そう思いながらも、容疑者として連れて行かれたという希月のことを思う。

自分もあの正義感と思いやりに溢れた後輩を信じたい。だが、それにはまだ、証拠が足りない。

王泥喜は大河原宇宙センターへと足を運んだ。とある人物を探すためだ。

だが、施設内を探し回っても、見つからない。

留置所に行っても、すでに出て行ったということだった。すれ違いだったが、王泥喜には自分から逃げているように感じた。

絶対に話を聞かなくてはならない。――真実を。

 

「王泥喜くん、君もここに来てたのか」

「成歩堂さん……」

 

王泥喜が施設を歩き回り、中にいないことを確認してエントランスまで出てきた時だった。施設の入り口付近で、成歩堂が一人立っている。

おそらく、関係者に話を聞きに来たのだろう。先ほど、慌てて施設内に入っていった大河原とすれ違ったが、もしかして成歩堂か逃げていたのだろうか。

随分、裁判では成歩堂さんたちに締め上げられたって話だからな……と思いながら、小さく頭を下げる。

 

「関係者に話を聞きに来ていたんです」

「そうか。有用な話は聞けたかい?」

「いえ、肝心のその人物が見つからなくて……。あの、成歩堂さん、葵を見ませんでしたか?」

「葵さん? いや……留置所から出たとは聞いたけど、顔は見てないな。葵さんを探してたの?」

「そう、ですね。でも、宇宙センターにはいないようでした」

 

今日の裁判で無罪になった葵大地は、留置所から釈放された。そんな彼を、王泥喜はずっと探している。

宇宙センターだけでなく、彼の住んでいるアパートまで足を運んだ。しかし、そこでも見つからず、ならばと宇宙センターに来たのだった。

肩を落とせば、成歩堂に声をかけられる。

 

「それなら、一緒に他の関係者に話を聞きに行かないかい」

「え……。でも俺、事務所を……」

「ああ。けど、真実を求めているのは同じだろう? 一時的に、協力してもいいんじゃないかな」

 

君がいてくれると心強いし。そう笑って語る成歩堂に、少し考える。

確かに、宇宙センターなどの関係者から、今回の裁判を踏まえて聞きたい話もある。

 

「……じゃあ、ご一緒してもいいですか」

「ああ。行こう」

 

 

 

成歩堂の後ろをついて、再び施設内に入る。

そのままラウンジまで上がると、先ほどまでは見なかった人物がいた。

 

「星成さん!」

「ん? 王泥喜くんじゃないか! 来てたんだね」

「はい。星成さんは今までどこにいたんですか? さっきまで施設を回っていたんですけど、会いませんでしたよね」

「警察にあらためて話を聞かれてたんだ。ラウンジに第三者がいたって話になっただろう? だから、何か目撃してないかってね」

「えっ! 何か見たんですか?」

「いや……全く覚えていないんだ。本当に情けないよ……」

 

はああ、と星成は深いため息をつく。

しかし、それは仕方がない。星成は大量の精神安定剤を飲まされて、気絶していたのだ。

 

「あの、葵を見ませんでしたか?」

「葵? いや、見てないよ。もう釈放されたのか?」

「はい。留置所で確認してきたので、確かです」

「そうか……。まだこっちには顔を出していないよ。もしかして、俺がいて顔を合わせづらいのかな……」

 

星成が肩を落とす。

星成にとっては、センター長と弟子に裏切られた形だ。最初からロケットは飛ばない予定だった。それを、葵も知っていたのだろう。はっきり法廷で明言はしていなかったが、ラウンジまで意識があった葵が、第一発射台が見学スペースに入れ替えられていたのを気づかないわけがない。

 

「星成さん……」

「けど! 俺は諦めてないよ。センター長と葵の言葉を信じる。必ず葵と共に、宇宙へ行ってみせるさ!」

 

そう親指を突き上げて笑う姿は、まさに不屈の男だった。

 

「そういえば、警察から聞いたんだけど、ダストシュートから十口径の銃も《みらい》のカプセルも見つからなかったらしいよ」

「じゃあ……両方とも、犯人から持ち去ったってことになりますね」

 

事件当日、第一発射台と見学スペースの入れ替えがあった。犯人は見学スペースへと逃げ込み、証拠品と共に消えてしまった。

王泥喜が推理していた内容と、昨日の裁判は一致していた。いや、一致してしまった。というのが正しいかもしれない。

 

「犯人は、あの扉から逃げたんですよね」

「ああ。今は見学スペースに繋がってるみたいだ」

 

王泥喜も、施設内を探し回っているときに、第一発射台と見学スペースが入れ替わっているのには気づいた。

そのため、第一発射台にはいけたが、見学スペースには入れていなかった。第一ラウンジからの扉には、指紋認証があるためだ。

あの先に葵がいるとは思えないが、事件のために調査はしてみたい。

 

「星成さん。あの扉、開けてもらうことはできますか?」

「ああ。もちろん。俺の指紋で認証すれば……」

 

星成が近づき、セキュリティ装置に手を載せると、扉が左右に収納されるように開いた。

成歩堂に視線を向ければ、彼は頷いて「早速調べよう」と見学スペースの方へ足を踏み出した。

 

見学スペースへ続く通路は、第一発射台通路と外観はほぼ同じだ。

水平エスカレータがあり、両側が大きなガラスで覆わられている。

しかし、廊下に書かれた数字が”2”となっている。もともと、第二発射場として使われていた名残なのだろう。

ぐるりとその場を見渡すと、違和感のあるものがあった。

 

「こんなところに枯葉が落ちてますね」

 

通路の初め、扉のすぐ近くに枯葉が二枚ほど落ちていた。

宇宙センターの周囲は、騒音対策のためか自然が多く、枯葉も落ちているのを見かける。

 

「本当だ。誰かの靴にくっついてきた……にしては、この枯葉、踏まれたようには見えないね」

 

成歩堂が枯葉を見ながら首を捻る。

外から枯葉が入ってくるなら、足の裏についたぐらいしか考えられない。この通路のに窓はあるが、嵌め込み式で開かない設計だ。だが、この枯葉は風で飛ばされてきたような感じだった。

キョロキョロと周囲を見渡しても、枯葉が入ってくるような箇所は見当たらない。

何かしらのマジックのように、見えない抜け穴でもあるのだろうか。と考えて、時折手伝いをさせられているマジシャンの卵に影響を受けているな……と頭を振る。

扉の横には、ラウンジにあったようにセキュリティ装置がある。近づいてみると、近くにいた星成が解説してくれた。

 

「こっちには指紋の認証は必要ないんだ。ボタン一つでオープン・ザ・ドアさ!」

「そうすると……見学スペース通路に逃げ込んだ犯人が、第二ラウンジに出た時にも、必要なかったってことですね」

 

第三者が逃げおおせたルート。

気絶していた星成の指紋を使い、第一ラウンジから見学スペース通路へと入る。その後、大河原がそれを知らずに発射台の入れ替えを実行し、見学スペースと第一発射台が入れ替えられた。第二ラウンジと繋がった見学スペース通路から、指紋認証の必要ない扉を開けて第二ラウンジへ逃げ込む。

それができるのは、現在、一人しかいない。

 

見学スペース側通路は、それら以外には気になるところはなかった。見学スペースも、警察が捜査をしており、入ることは難しい。

第一ラウンジへ戻り、星成に別れを告げた二人は第一ラウンジからエレベータホールへ続く廊下へと出た。

 

「大河原さんに話を聞きたいですけど、成歩堂さん、逃げられてましたよね」

「そうなんだよなあ。プライドを傷つけちゃったみたいだ」

 

大河原を探して施設を歩く。彼は結局、裁判所で第一発射台と見学スペースの入れ替えをしたことを認めながらも、その理由を黙秘したという。

その理由が、何かしら事件に関わっているのは間違い無いだろう。

そうして歩いていると、廊下の前からゴロゴロと車輪が回る音がした。

 

「この音は……大河原さんの電動二輪車?」

「……よし、ぼくが対応したら逃げられるから、王泥喜くんは大河原さんを第一ラウンジまで連れてきてくれ」

「え?」

 

それだけ言うと、成歩堂は小走りで第一ラウンジへ入って行ってしまった。扉が閉まる。

同時に、前から大河原が電動二輪車に乗ってやってきた。

 

「あの、すみません。大河原さんですよね?」

「む? いかにも、ワシが大河原宇宙センターの長、大河原有忠である!」

 

堂々とそう告げる大河原に、はぁ、と思わず気の抜けた声が出た。

 

「ちょっとお話を伺いたいのですが」

「ワシの成し遂げてきた偉業を聞きたいか! いいだろう! では、まずは――」

「だ、第一ラウンジでゆっくりどうでしょう。廊下だと寒いですし」

「ふむ。それもそうだな」

 

王泥喜の言葉に、髭を触りながら大河原が同意する。

じゃあ、と王泥喜がドギマギしつつ、第一ラウンジへと向かう。扉が開き、大河原が続いて中に入ってくる。

そして、扉が後ろでしまったときに、成歩堂の声がした。

 

「大河原さん、お話を聞かせてください」

「むッ! 貴様は、ワシの栄光を奪いし者……!」

「王泥喜くん、見学スペースへの扉を塞いでくれ」

「え! は、はい!」

「何ィ!」

 

扉の真横に潜んでいたらしい成歩堂が、エレベータホールへ続く扉の前に立ち塞がっていた。

仰天した大河原が成歩堂を見ている中、指示を受けて慌てて今は見学スペースへ続いている扉の前に駆け寄る。

 

「ぬう! だがワシには管制室がある! 全艦、全速前進!」

 

大河原は顔を怒らせ、電動二輪車を動かして管制室への扉へと向かった。

しまった、と王泥喜が走り出そうとした時、管制室への扉の前に、誰かが立ち塞がる。

 

「ほ、星成!」

「センター長……。俺にも教えてくれませんか。どうしてあんなことをしたのか。センター長のことも、葵のことも信じてます。けど、真相を知らずに命は預けられません!」

 

扉の前に立ち塞がったのは星成だった。おそらく、成歩堂がまだ第一ラウンジに残っていた星成に協力を仰いでいたのだろう。

大河原は、ぬうう、とうめくと、諦めたかのように空を仰いだ。

 

「分かった。……真実を話そう」

 

観念した大河原は、電動二輪車から降り、ラウンジの椅子に腰を下ろした。同じ席の椅子に星成も習うように座る。

塞いでいた扉から離れた王泥喜たちも、星成から他の机に設置された椅子が動かせると教えてもらい、椅子を移動させて机を囲んだ。

大河原は揃ったのを確認すると、口元で手を組み、静かに話し始めた。

 

「ワシが発射台の入れ替えを決断した真の理由を知ってもらうには、七年前のあの事件から話さねばならんじゃろう」

「七年前……HAT-1号の打ち上げですか」

「そうだ。そこで事件が起きた。ロケットの発射前に警官が一人殺され……貴重な《月の石》までが盗み出された。すでに研究は済んでいたが、《月の石》は我が国の宇宙開発の象徴だ」

「《月の石》まで……」

「そうだ。当時のセンターには、厳重な警戒が敷かれていた上、出入りの際の手荷物検査まで行っていた。だが! その警備を担当していた刑事が殺されてしまったのだ。確か……今回の事件の捜査を担当した、番刑事の兄という話だった」

「大河原さんも、慶二さんと親しかったんですか?」

「む? ああ、確かそういう名前だったか。いや、面識はない。他のスタッフと親しくしていたとは、聞いていたが」

 

”慶二さん”。以前、王泥喜も事務所で聞いた名前だった。口にでかけた驚愕を飲み込む。まさか、七年前にここで起こった事件で亡くなっていたとは。

それで、過去に葵が口にしていた話と繋がりが見えた。葵が言っていた”亡くなった刑事”とは、この人のことだったのかもしれない。

話を聞いていた星成が、前のめりになって大河原へ尋ねる。

 

「その事件が、今回のことと関係があるんですか」

「ああ……。七年前、事件が起こる前に、電話で予告があった。そして今回も、電話で犯行予告があったのだ。電話の相手は《月の石》が盗まれたことを知っておった。あれは世間に公表されていない」

「同じ手口……同一犯ってことですか……」

 

星成が息を呑んだ。七年前に刑事を殺し、《月の石》を盗んだ犯人が、今度はロケットを爆破し、《みらい》のカプセルを盗んだ。

 

「その破壊工作の犯人、心当たりはないんですか?」

「犯人の正体は、ワシにもわからんのだ。……スパイという身の上以外はな」

 

成歩堂の問いに、大河原が口にしたのは”スパイ”という、日常では聞かない単語だった。

 

「す、スパイですか? あの、映画とかで見る……」

「犯行内容が、ロケットの爆破に研究材料の盗難だもんな……確かに、そんな話が出てきてもおかしくないのかもしれない」

 

信じられない王泥喜とは別に、成歩堂は納得しているようだった。

 

「いいか。宇宙開発では、国家間の熾烈な競争が行われているのじゃ。強引な手を使い、ライバル国の邪魔をしようとする者もいる」

「それでスパイを日本に送った……」

「七年前、ロケットの発射は無事に行われたが、刑事が殺され、《月の石》は盗まれた。その後、スパイが捕まったとは聞いておらん」

「任務を終えて、逃げおおせたわけですか」

 

そう口にした成歩堂の顔は険しい。大河原は頷きつつも「スパイを逃してしまったのは、理由がある」と続けた。

 

「我が国の政府による……隠蔽だ。スパイによる妨害を許してしまったという”国の恥”を、政府は認めるわけにはいかなかったのだ」

「もしかして、スパイの調査に圧力がかかったんですか?」

「ああ……。そして、妨害工作を隠すために、刑事殺害は宇宙センターで起きたとは報道されず、《月の石》の所在についても揉み消された」

 

酷い対応だと言わざるを得なかった。殺害された番慶二も浮かばれない。

犯人は野放しとなり、政府は名誉を守るため、スパイを捕まえられる可能性のある情報をもみ消した。

そして、今回の犯行予告。同じ手段を使い、そして同一犯でしか知らないことを口にした。

政府は当てにならない。だからこそ、自分の手でスタッフだけでも守ろうと、発射台の入れ替えをした。

 

「七年前のスパイによる爆破予告……。それが、発射台の入れ替えに踏み切った理由だったんですね」

「ああ。爆破予告の犯人は、隠蔽された七年前の事実を知っていた。刑事の殺害、月の石の盗難……。ヤツは、言ったよ。”七年前と同じようになりたくはないだろう?”……と。ワシは真っ先に中止を考えた。だが、政府が認めようとしなかったのだ! ”我が国は犯罪者には屈しない! 国の威信をかけて打ち上げろ!”と、ちょっとカッコいいことを言ってな」

 

カッコいい云々の前に、あまりにも後先を考えていなさすぎる。前回に死者が出たというのに、何も学んでいない。

 

「しかし、ワシにはわかっておった。予告があった以上、爆破は起こる。防ぎようはない。ワシがどんな手を使っても、ヤツは必ず仕掛けてくる。だからワシは、感動の救出劇をデッチ上げたのじゃ。まずワシは、誰もいない前日の夜中に、発射台を入れ替えた。星成たちが第一ラウンジから、見学スペースに行けるようにな。第二ラウンジから発射台へ続く扉には、”改装中”の看板を立てた」

「一般客が入れないようにですね。……準備は万全だったわけですか」

「葵をはじめ、何人かにも協力してもらったよ」

 

その言葉に、星成が眉を顰める。

 

「どうして俺には何も教えてくれなかったんですか」

「心は痛んだが、お前は嘘をつけないじゃろう」

「……うっ!」

 

反論できなかったのか、星成は顔を歪めて口をつぐむ。

 

「だから、星成には眠ってもらうことにしたのだ。途中までは計画通りだったのに……」

「カプセルは奪われてしまったんですね」

「真犯人が逃げた後、ワシは発射台の位置を元に戻した。入れ替えが外部にバレないようにな。そこまでしたというのに、カプセルは盗まれ、爆破されたHAT-2号はもう飛べん! 我らが故郷、宇宙の中心……大河原宇宙センターはオシマイだ!」

 

カプセルが盗まれたということは、犯人は葵がカプセルを持っていると知っていたのだろうか。

そもそも、見学スペースへ行く予定だった葵がカプセルを持っていたのは、それもまた大河原たちの計画だったということかもしれない。

 

「カプセル、葵がラウンジまで持ってきていましたよね。《みらい》が持ち帰った小惑星の石が入っていたとか。事件当日はなぜ葵の手に?」

「カプセルは、第一発射台の金庫に保管されていたのだが、爆発に巻き込まれないように、事前に葵が預かっていた。”奇跡の脱出”を演じるときに葵が持っていれば、脱出時に持ち出してきたように見える……という計画だ」

 

そういうことか、と思う。確かに、第一発射台にカプセルがあることが周知の事実なら、葵が持って来なければカプセルの所在がおかしなことになってしまう。事前に避難させてしまっていたら、大河原の計画がそこからバレる可能性がある。と言っても、すでに発射台の入れ替えは、法廷で成歩堂に暴露されてしまったのだが。

 

「貴重な研究材料だったのだが、スパイに奪われてしまった……」

 

肩を落とした大河原は、続けてこう言った。

 

「もしかすると、発射台の入れ替えも、ヤツに知られていたのかもしれん」

「え? ど、どうやって?」

「今日、警察の調べで判明した。盗聴器が仕掛けられていたのだ」

 

大河原の電動二輪車にも備え付けられている電話。そこに盗聴器が仕掛けられていたという。

 

「発射台の入れ替えの際、職員への指示に、これを使っていたのじゃ。今回の計画を知っていた、何人かの職員にな。だから事件前、職員は第一発射台に出入りしていた。おそらく亡霊は、その職員に紛れ、第一発射台に入ったのじゃろう」

 

そして、そこで第一発射台に爆弾を仕掛けた。大河原の指示を盗聴していたなら、問題なくできることだろう。

成歩堂は鋭い目で大河原をみやる。

 

「要するに……今回の事件の犯人も、七年前と同じスパイだと?」

「ああ。間違い無いだろう」

「そしてその正体は、夕神検事の追っていた……”亡霊”か」

「”亡霊”?」

 

聞きなれない単語に、王泥喜が成歩堂へ聞き返す。成歩堂は頷いた。

 

「番刑事から聞いたんだ。夕神検事は”亡霊”を七年前からずっと追っているってね」

「”亡霊”を……もしかして、夕神検事も七年前の事件に、何か関係が?」

「ああ。七年前に殺された刑事……番刑事のお兄さんが、彼の”相棒”だったそうだよ」

 

”相棒”。そんなに近い関係だったのか。

王泥喜は驚くと共に、奇妙に思った。番刑事の兄ということは、少し前にも成歩堂が口にしていたが、”慶二さん”という人物なのだろう。

慶二は成歩堂とも交流があったと、成歩堂自身が事務所でも話していた。だが、その口調は慶二が死んだことを悲しんでいるようなものではなく――

 

「そう、だったんですか……」

 

形容し難いそれに、王泥喜は相槌だけで答えた。

 

「しかし、ようやく敵がわかったね」

「……そうですね。この亡霊が何者かが分かれば、真相に辿り着ける」

「そして、ココネちゃんの疑いを晴らせる」

 

そう、はっきり口にする成歩堂を、王泥喜は眩しく感じる。

弁護人を最後まで信じるのが、成歩堂の信念だ。だが、今の王泥喜はその信念を持つことができない。

信じたい。だが、信じるだけではダメなのだ。やはり、成歩堂と王泥喜の考え方は違う。しかし、だからこそ信頼できた。

 

「そういえば、大河原さん。法廷で気になっていたんですが……」

 

成歩堂が大河原にそう前置きをする。

 

「胸元の勲章に銃弾が当たったことについて、勲章から外れても問題ない……みたいなことを呟いてましたが、あれは一体どういうことなんですか?」

「むッ……! そ、そうじゃな。元々、犯行予告があってワシも警戒していた。実は、中に防弾チョッキを着ていたのだ」

「防弾チョッキ? そんな重装備を……」

「ああ。なかなかに重かったが、命を守るためだ。ワシの豪運で今回は勲章に当たったが、ワシ以外では危なかったかもしれん。誰も犠牲が出なかったのは喜ぶべきことだ。しかし……あまりにも損害が大きすぎた」

 

そう重く語り、大河原は頭を振った。

 

「ワシから話せるのはこれぐらいだ。では、ワシは業務に戻る」

 

大河原は椅子から立ち上がり、電動二輪車に両足を乗せる。暗い様子の大河原に、何か話しかけたいとも思ったが、言葉は見つからなかった。

電動二輪車が動き出す――三百六十度。回転し出した。

 

「ふ……ふはははは! 終わりだ、もはや! 回れ回れーい! すべてオシマイ! 宇宙の中心の終焉だああッ!」

「お、大河原さん……」

 

どうやら自暴自棄になってしまったようだ。回転し続ける電動二輪車の上で、絶望を叫び散らしている。

なんとかしないと、少なくとも回転を止めないと。と、王泥喜があたふたしていれば、椅子に座っていた星成が立ち上がった。

そして回転する大河原の元へやってくると、その両手で回転し続けている電動二輪車に飛びつくように手を伸ばす。

 

「えっ!」

 

王泥喜が驚愕に声を上げると同時、電動二輪車は、星成の手が電動二輪車をガッシリと掴む。さらに、星成の片足が電動二輪車の乗り場を思い切り踏みつけている。その二つで、電動二輪車は完全に回転が止まった。ギュルギュルと回転しようともがくタイヤの床を擦る音が響く。

自分の意思だろうが、電動二輪車に振り回されていた大河原は目を回していた。だが、すぐに星成が無理やり止めたと理解したのか、目を丸くする。

 

「それは違いますよ。センター長。俺たちは何も終わっちゃいない」

「ほ、星成……」

「宇宙の中心は終わりません。広がり続けます。散々な目に遭ってるけど、俺たちは生きてる。そして宇宙は変わらずに有り続けてる。諦めなければ、いつか辿り着く! 俺は、諦めるつもりなんて毛頭ありませんよ!」

 

笑みを浮かべて、しかし意志の固い瞳で星成がそう告げる。

そうだ。これで終わりじゃない。確かにロケットは爆破され、カプセルは奪われた。だが、命も、意志もまだしっかりとそこにある。

 

「……ふぅ、やはり、お前は日本一の宇宙飛行士だな」

「ハハハ! ありがとうございます!」

 

大河原の顔に、うっすらと笑みが浮かぶ。どうやら、丸く収まったようだ。

さすが、星成さんだな。と王泥喜はその光景を眺める。ああいう星成だからこそ、葵も王泥喜も彼を尊敬している。

星成は、当然、葵も共に宇宙へ行くつもりなのだろう。そして、葵もそう思っているはずだ。

大河原と笑い合っていた星成の視線が、くるりと王泥喜へ向く。

 

「王泥喜くん」

「は、はい」

「葵のこと、頼んだよ」

 

葵は今日の裁判で無罪判決となった。それも、成歩堂たちの手で。王泥喜に星成が何かを頼むことなど、今の状況では無いように思える。

だが、王泥喜はなんとなく分かった。星成には分かっているのだ。葵が、星成にも言えない、何かを抱えていることを。

 

「はいッ!」

 

大声がラウンジに響く。今にも走り出したい気持ちだった。

 

 

王泥喜たちが次に足を運んだのは、見学スペースだった。

”亡霊”という、今回と七年前の事件を繋ぐ存在が浮上した。そのため、七年前の事件に関わる、HAT-1号についての情報も確認しようという話になったのだ。

見学スペースは、どうやら警察の捜査が終了していたようで、自由に出入りができるようになっていた。

中に入ると、見学スペースという名の通り、一般客が楽しめるような装飾品や掲示板、そして資料などが展示されていた。

そして、事件当日、葵たちが乗り込んだロケットのレプリカも展示してある。中を見られるようになっているが、本物そっくりに作られていた。確かに、これなら意識が朦朧としていた星成なら気付かないだろう。

HAT-1号についての資料を探すと、宇宙服やジャケット、写真、新聞記事などを発見できた。

写真には、当時の主要メンバーで撮ったらしいものもあった。そこには、まだ高校生だった葵も映り込んでいる。

 

「葵さん、星成さん、大河原さん、カグヤさんにポンコちゃん。そして一番右の人が、希月真理さんだね」

「希月?」

「そう。ココネちゃんのお母さんだよ。ココネちゃんは、昔ここに住んでたんだ」

 

どうりで、ここに捜査に来たときに施設に詳しかったわけだ。

希月は、王泥喜とともに捜査に来た時に、施設について博識だったり、ロボットのポンコと親しげにしていた。どうしてかと聞いても、はぐらかされていたが、そういう理由だったのか。

次に、新聞記事を見てみると、HAT-1号の打ち上げ前に書かれた記事が発見できた。

”HAT-1号打ち上げせまる”という見出しで、色付きの写真が載っている。

研究室内が映されており、メインになっている人よりも大きな装置は、探査機《みらい》だと分かった。電波を受信するアンテナが上についており、真ん中部分は四角い箱状になっていて、そこにカプセルが積み込まれているのだろう。

ただ、気になるのは背後の部屋の装飾だった。歴史を感じさせる刀や、能面、掛け軸、黒と黄色の色合いの石が飾られていた。

研究者の人の趣味だろうか、と思いながら新聞記事を読み込んでいく。

 

「事件や妨害のことは書かれていませんね……」

「大河原さんも秘密にされてるって言ってたからね」

 

残念ながら、記事に何か気になることは書かれていなかった。

他の資料を見ようと顔を上げた時、後ろから声が聞こえてきた。

 

「あの……」

 

振り返ると、そこには麦わら帽子を被った、髪を三つ編みにした少女がいた。

 

「森澄さん! どうしてここに」

 

王泥喜は、以前彼女を希月と共に弁護したことがある。彼女が通う学校で殺人未遂事件が起こり、その犯人として彼女が容疑者として逮捕されたのだ。

無事に無罪判決を得られ、釈放されている。その後は、希月が弁護をする裁判を傍聴しにきたりしていたのは知っていた。森澄は希月の幼馴染なのだという。

 

「ココちゃんが、逮捕されたって聞いて……。おどろきさんと、なるほどさんを探してたんです。事件現場に来れば会えるかなって」

 

不安げに顔を俯かせる彼女に、王泥喜は言葉がかけられなかった。王泥喜は成歩堂たちとは、別の道から真相を見つけようとしていたから。

しかし、すぐに成歩堂が声をかける。

 

「心配だろうけど、大丈夫だよ。ぼくが、弁護するからさ」

「ココちゃん、きっととても落ち込んでいると思うんです。本当は、この場所に来るだけでもツライはずなのに……」

「それって……七年前に、ここで起きた事件に関係があるのかな」

 

森澄の言葉に、成歩堂が聞き返す。彼女は控えめに頷いて「知ってたんですね」と言った。

 

「ロボット研究室という場所で、ココちゃんと仲の良かった刑事の方が、その、殺されてしまった事件です。その事件があってから、ココちゃん学校に来なくなりました」

 

王泥喜は、事務所で希月が嬉しそうにその刑事――慶二について語っていたことを思い出す。その様子通り、とても仲が良かったようだ。ショックを受けて、学校にも行けなくなるぐらいに。

 

「あたし、心配で……何度も何度もここに来たんです。でも会えなかった……。少しして、ココちゃんのお母さんから、ココちゃんはアメリカの親戚の元へ行ったって聞きました。しばらくしてから、何度か手紙はやりとりしたんですけど……結局、直接会うことはできないまま七年が経ちました」

「それで、この前の事件で七年ぶりに再会したんだね」

「はい。すごくびっくりしました。だって、ココちゃん。別人みたいに明るくなってたから」

 

別人……。確かに、本人も昔は引っ込み思案だったと言っていた。だが、別人とまで表現されるとは、そんなに性格が違ったのだろうか。

同じく疑問に思ったのか、成歩堂が森澄に尋ねる。

 

「子供の頃のココネちゃんってどんな子だったの?」

「すごく繊細なで優しい子でした。口数も少なくて、家でずっとお絵描きをしているような子だったんです。ココちゃん、人の感情がわかっちゃうから……あまり宇宙センターから出られなかったんです。人の多いところに来ると、飛び交う感情に酔ってしまうんですって」

 

今の希月も、人の感情に敏感で、涙脆かったりもする。だが、それとは比べ物にならないぐらい、大変な幼少期だったのだろうと想像がつく。

森澄は眉を下げて続ける。

 

「いつも、大きくて重そうなヘッドホンをしてました。お母さんが作ってくれた、研究用のものだって言ってましたけど……」

 

ヘッドホン、そういえば、事務所で話していた中でも、話に出ていた気がした。母親が作ってくれたヘッドホン。だが、幼い希月は、自分が研究材料にされていると一時期考えていたと。

 

「ココちゃんは力のせいであまり学校に行けなくて、あたしは体が弱くて学校を休みがちだったから、それで、気が合ったのかもしれないですね。よく宇宙センターで二人で遊んでました。懐かしいなあ。ココちゃん、仲の良かった刑事の人の話も、時々聞かせてくれて。その時はとても嬉しそうでした。たぶん……お父さんみたいに思ってたんじゃないかなって思います」

 

ずっと暗い顔をしていた森澄の顔に、笑顔が戻る。

 

「そんなに仲が良かったんだ」

「はい。その人たちと一緒に、庭に椿を植えたって嬉しそうに教えてくれて。毎日、水を上げてるんだって。驚きました。いつの間にか、ココちゃんが知らない人と仲良くなっていたから……。あ、でも、あたしも、その人に助けてもらったことがあって。無理して倒れてしまったところを助けてもらったんです。気を失っていたから、全然覚えていないんですけど……」

 

森澄の話に、宇宙センターの庭を思い出す。確かに、エントランスから施設の入り口に入る途中に、椿が植えてあった。大きな白椿が咲いた木々と、赤い椿が咲いた小さな木。もしかしたら、その小さな椿が話に出てきたものなのかもしれない。

一通り話を聞いたところで、成歩堂が礼を言う。

 

「色々教えてくれてありがとう。心配しないで。ココネちゃんのことは、ちゃんと守るから」

「はい。ココちゃんのこと、どうか願いします」

 

森澄の安堵した笑みから、気づかれないように目を逸らす。

彼女は頭を下げると、そのまま見学スペースから去っていった。

 

「残りは、七年前の事件現場のロボット研究室を調べるのと、ココネちゃんの話を聞くこと、かな」

「……希月さんとの面会ですけど、多分まだ取り調べが終わってないと思います」

「どうして王泥喜くんがそんなことを知っているんだい?」

「裁判終わりに葵に会いに留置所に行って……、その時にちょうど番刑事に会って、希月さんの取り調べをするって教えてもらったんです」

「そうか……。じゃあ、先にロボット研究室に行ってみよう」

 

希月が逮捕される決定的な証拠を見つけてきた番刑事。留置所で会った時も、まだ意気消沈気味だった。

おそらく取り調べは長くなる。まだ終わっていない可能性が高い。

二人はロボット研究室へと足を運んだ。ラウンジの上、四階にある部屋だ。

 

「昔は希月真理さんとカグヤさんが共同で使っていたそうだよ。今は、真理さんが五階に移動して、カグヤさんの専用研究室になっているらしい」

「そうなんですか?」

「ああ。昨日来た時に、教えてもらったんだ」

 

成歩堂からの説明を聞きつつ、四階へ上がる。ロボット研究室の前までやってきて、スライド式の扉を成歩堂が開けた。

 

「すみません、誰かいらっしゃいますか?」

「……あら、あなたは、確か心音の上司の……」

「あ、こんにちは。はい、成歩堂です。真理さん、ここにいらっしゃったんですね」

 

ロボット研究室にいたのは、和服を着た黒髪の女性だった。長髪をポニーテールにしており、古風な印象だ。

見学スペースで見た写真の中にいた女性。希月の母だった。

窓の外から、物憂げに外を眺めていた真理は、どうぞ。と二人を中へと促した。

ロボット研究室の中は、名前の通りの部屋だった。長方形に長い部屋で、巨大な、まるでアニメや漫画にでも出てきそうなロボットの胸部から上部分が、部屋の右側に置かれており、左側には机や、手術台のような器材が置かれている。

 

「もしかして、心音の裁判のことで来てくださったんですか?」

「はい。今回の事件に、七年前の事件が関係していそうだと思ったので、当時の事件現場を調べたいと思いまして……。しかし、どうして真理さんが? ここは、確かカグヤさんの研究室だと伺っていたんですが……」

「その通りです。実は、心音が逮捕されたと聞いて、警察の方に行こうとしたんですが……かぐやに止められて。”真理は今、混乱しているからここで休んでいて、代わりに私が様子を見に行くから”って。心音のことを知った直後は、歩けないぐらいでした。だから、かぐやに頼んで、ここに……。母親なのに、情けない……」

 

目を伏せる真理の声は、少し震えていた。

 

「仕方がありませんよ。誰だってそうなります。でも、カグヤさん、優しいですね」

「ええ……。かぐやは昔から、とても気が利いて、優しいんです。でも……ここに来たと言うことは、かぐやにも話が聞きたかったのでは?」

「当時のことを知っている人に話が聞きたかったので、真理さんがよければ、お話を伺ってもいいですか」

「もちろん。私でよければ、協力させてください」

 

暗かった雰囲気が、少しだけ払拭される。目に光が戻った顔は、強い母の姿だった。

 

「七年前の事件の日……真理さんもここにいたんですよね?」

「はい。事件は、ロケット発射の前日に起きました。でも、私たちは別の部屋に待機するように言われていたんです」

「待機ですか?」

「ええ。慶二さん……警備担当の刑事の方に、一時的に別の場所で待機していてほしいと言われて」

「慶二さんですね。ぼくも知ってますよ」

「あら、そうだったんですね。はい、施設内の点検をさせてほしいと言うことで、研究室ではなく別の部屋にいました」

「施設内の点検ですか……」

 

七年前、”亡霊”による犯行予告がされていたため、宇宙センターは厳戒警備にあった。

だがその事実を知っているのは、警察と、宇宙センターでは大河原だけだっただろう。

王泥喜は少し前に進み出た。

 

「当時、警察が点検すると言う話を聞いて、おかしいと思いませんでしたか? ……あ、すみません。俺は王泥喜法介と言います。弁護士をしています」

「王泥喜さん。知っていると思うけど、希月真理と言います。そうね……警察が来たのも突然だったし、とても大勢で警備をしていて、流石に私も、他の職員たちもおかしいと思っていました。けど、担当をしていたのが慶二さんだったから、みんな必要なことなんだろうと納得してました」

「えっと……その”慶二さん”だと、納得するようなことがあったんですか?」

「詳しい説明はしてくれなかったですけど、”みんなを守るためなんです”って。慶二さんは、事件より前から宇宙センターに来ていて、職員と仲良くしていました。だから、あの人が言うならと」

 

随分と信頼されている。ロケット発射の前日に、研究室から追い出し、点検をすると言っても、納得させられるほどには信用されていたのだろう。

 

「すみません。俺はその”慶二さん”について詳しくないんですが、その人は警備が始まる前から宇宙センターに来ていたんですか?」

「ええ。迅と一緒に仕事をされていたらしくて、彼に会いによく来ていました」

「……迅?」

「夕神迅という、私の弟子、みたいなものですね。かぐやの弟で、心理学を学びに私の元へ来ていたんです」

「そ、そうだったんですか……」

 

初耳だった。夕神検事は、法廷で心理操作を扱うが、まさかルーツがここだったとは。

それと同時に、夕神検事の心中が気になった。今回の事件、検事席に立つのは引き続き夕神検事だろう。そうすると、恩師の娘を有罪にするために動かなくてはいけないわけだ。

王泥喜が難しい顔をしていれば、成歩堂が真理に尋ねた。

 

「そういえば、慶二さんの弟が、今回の警備を担当していたって知っていましたか?」

「えっ! そうだったんですか? いえ、全く……。驚きました。慶二さんに弟がいたんですね」

「はい。どうやら、大河原さんは知っていたようです」

「そうなんですか。ああ、けど、確かに大河原さんはあの刑事の方と話していましたから、そこで聞いたのかもしれませんね。葵と一緒に、何か話していたのを見たことがあります」

 

成歩堂が今回の警備を担当した刑事――つまり番刑事について尋ねる。

確かに、先ほど大河原から話を聞いたときに、大河原は七年前に警備を担当したのが、番刑事の兄だと言っていた。

しかし、真理はそのことは知らなかったらしい。随分と兄弟で雰囲気が違うらしいと聞いていたし、やはり実際に言われないと、知り合いでも分からないようだ。

しかし、大河原と話していたのはわかるが、なぜ葵とも番刑事は話していたのだろうか。

気になり、横から声をかける。

 

「ちなみに、どんな話をしていましたか?」

「遠かったから、何を話しているかまでは分かりませんでした。けど、真剣に何か話していたようでしたよ」

「そうですか……」

 

警備についてのことでも話していたのだろうか。だが、そこに葵は必要だったのだろうか。

どこかで番刑事に話を聞きたいが、今日のところは難しそうに思える。

 

「真理さんは、七年前まではここで研究していたんですよね」

「はい。けど、事件が起こって五階へ移動しました。かぐやが気を利かせてくれたんです。私は大丈夫だと言ったのですが、心音も慶二さんが亡くなって塞ぎ込んでしまって……。結局、五階に移動して、そこで心音と過ごすようになりました」

「勉強不足で申し訳ないんですが……。かぐやさんがロボットを作っているのは知っているんですが、真理さんは心理学を活用して何を作っているんでしょう?」

「私はロボットの心を作っているんです。内部プログラム……人間を理解し、共感し、手助けをする。それには、無機質な感情だけではいけない。宇宙で人を手助けする部分は、ロボットがさらに担っていくでしょう。その中で、人間と共存できるロボットを作るために、ここで働いています」

「じゃあ、センターにいるポンコたちも?」

「ええ。ボディはかぐやが作って、プログラムは私が。彼女たちは、私とかぐやの子供のようなものなんです」

 

そう答える真理の目は暖かかった。自分たちの研究に誇りを持ち、大事にしているのだろう。

 

「なるほど……。では、ロボットの中に真理さんが作った心があると」

「いえ、私が作ったプログラムは、彼女たちの中ではなく、別のコンピュータの中で動いているんです。そこから、遠隔操作でボディを動かしているような形です」

「へぇ、すごいんですねぇ……」

 

成歩堂がパッとしない顔でそう褒める。

なかなか、未来的すぎて頭が追いつかない話だ。すごいことは良くわかる。

 

「七年前の事件当時、真理さんは現場を見ましたか?」

「……はい。少しだけ。点検をすると聞いて、別の部屋に待機をしていたら、警察の方達が騒ぎ出して。気になってかぐやと一緒に足を運んでみたんです。そうしたら……慶二さんが、ロボット研究室で倒れていました」

「そうだったんですか……。ちなみに、その遺体を見つけたのは警察が?」

「いえ、どうやら……迅だったそうです。ただ……」

「ただ?」

「……他の警察が現場に来た時に、その場を離れたらしいんです。だから、私は迅を見ませんでした」

「その場を離れた? また、どうしてそんな」

「……現場に心音のヘッドホンが落ちていて、事件に巻き込まれたと思い、探していたそうです。心音は、待機するように言われていた場所から離れてしまっていて。結局センターの前庭で見つかったと。私は心音とは別の場所で待機していて、そのことも知らなかったので、後から教えてもらいました」

 

正式な第一発見者は、夕神検事だったと言うことだ。しかし、恩師の娘が事件に巻き込まれたと思い、そちらを優先して探した。

肝が冷えるどころではなかっただろう。部屋には相棒の遺体、そして部屋には小さな少女のヘッドホンのみが転がっている……。

 

「そうだったんですね……。遺体があった部屋は、どんな感じだったんでしょう」

「よく覚えています。私も使っていた部屋でしたから。慶二さんが仰向けに倒れていました……。凶器は、私が持っていた古い刀でした。希月家が昔から所持していたもので、譲り受けたものを飾っていたんです。刀が、胸元に深く突き刺さっていました……。刀は途中で折れていて、折れた刃先が床に転がっていました」

 

刀が折れるほど。どうやら相当な死闘があったように思えた。

しかし、刀で胸をひとつきとは、恐ろしい光景だっただろう。

 

「それから、梯子が降りていました」

「梯子? もしかして、ロボット研究室にある、避難梯子ですか。今回の避難の時にも使われた……」

「はい。それと同じものです。きっと、犯人はそこから逃げたのだと思います。梯子にも血がついていたので」

「梯子に血が? 犯人も負傷していたということですか」

「そうだと思います。そこまで形跡が残っていたので、犯人もすぐに見つかると思っていたんですが……」

「捕まらなかった、と」

「ええ。捕まったとは聞いていません」

 

凶器も、犯人の血痕も、逃走先もわかっていた。それでも犯人は見つからなかった。

 

「現場には、ココネちゃんのヘッドホンも落ちていたんですよね」

「そうです。ただ、私が最初に見たときは、部屋の隅に落ちていたので気づかなくて……。後で話を聞いて、血の気が引きました。心音は迅が見つけてくれましたが……」

「ココネちゃんに怪我とかは……?」

「ありませんでした。でも、茫然自失としていて……大きなショックを受けていました。数日は何もできないぐらい。回復した後に、警察に何があったかを聞かれていましたが、ほとんど覚えていないようでした」

 

真理は眉を寄せて、苦しげに語る。

 

「本当は、今回の事件も担当していると聞いた時、とても心配でした。昔の事件を思い出して、辛い思いをするんじゃないかと。けど、まさかこんなことになるなんて……」

 

依頼人の無実は証明したが、自分が容疑者になってしまった。

成歩堂は少し押し黙ってから、また口を開いた。

 

「……そうだったんですね。ほかに、何か変わったところはありましたか?」

「他は……変わったところではないのですが……《みらい》のカプセルはそのまま残っていて、安心しました」

「探査機《みらい》のカプセルですか」

「ええ。ロボット研究室に置かれていたんです。カプセルは壊れたりせず、そのままありました。迅の後に遺体を発見したのは、《みらい》へ積み込むためにカプセルを取りにきた職員と警察官だったそうです」

 

今回盗まれた《みらい》のカプセル。どうやら七年前の事件でも渦中にあったらしい。

七年前は無事だったが、結局奪われてしまった。

事件時の情報も聞きおえ、一旦、この場で確認できるところは終わったように思えた。王泥喜も、成歩堂が聞いたこと以上に尋ねたいことはもうなかった。

成歩堂が頭を下げる。王泥喜も続いて頭を下げた。

 

「わかりました。色々と教えてくれてありがとうございます」

「いいえ。……あの、もしかして心音に会いに行くんでしょうか」

「そのつもりです」

「そうですか……。どうか、どうか心音をお願いします」

 

真理がそう口にして、深々と頭を下げた。

声から感情を読み取る特殊な力がなくとも分かる。娘を心配し、愛している母親の声だった。

 

 

二人はロボット研究室を離れ、留置所へ向かっていた。

そろそろ面会時間の終わりも近い。急いで到着した二人を出迎えたのは、白スーツの刑事だった。

 

「やあ! 弁護士くんたちじゃないか。こんな場所で会うとは奇遇だな!」

「あ、番刑事……ここで何してるんですか?」

「実はな、馬等島晋吾への面会のためなのだ! ちょうど終わったところだぞ!」

「それって……起爆スイッチの窃盗犯の?」

「うむ。起爆スイッチの窃盗は、自身がやったのではないと言い出してな」

「えっ、無実を主張しているってことですか?」

「いや、今までの爆発物の横流しは認めているのだ。ただ、起爆スイッチの盗難は自分ではないと言い出してな」

 

留置所の中へ入った先にいたのは、番刑事だった。

彼の語った人物――馬等島晋吾、王泥喜もニュースでその名は知っていた。

王泥喜たちが弁護席に立っていた時、起爆スイッチ紛失のために法廷が中断された。その起爆スイッチ盗難の犯人とされている。私物から起爆スイッチが発見されたと報道されていた。ほかにも多くの余罪があるとも。

だが、その余罪は認めつつ、起爆スイッチの盗難だけ否定するとは。

 

「ちょっと気になるね」

「ですよね。俺もです」

 

目を合わせて成歩堂と頷き合う。

王泥喜が番刑事に尋ねる。

 

「馬等島はなんて主張していたんですか?」

「うむ。起爆スイッチの盗難が発生した時、馬等島は証拠品の爆弾を盗もうとしていたらしい。だが、そこに謎の人物がやってきた、と。そしてこう脅されたらしい”盗もうとしたことは黙っておいてやるから、私のことは警察に伝えるな”とな。そしてその人物は起爆スイッチを盗んでいった。馬等島は爆弾を諦め、その人物のことも黙っていたが、起爆スイッチの盗難が発覚。そして自分の私物から起爆スイッチが出てきたそうだ」

「謎の人物……。ちょっと無理があるような気がしますね」

「ああ。だが、実は起爆スイッチが盗まれたと分かったのは、あるタレコミがあったからなのだ」

「タレコミ?」

 

番刑事は一つ頷いた。

 

「うむ。賀来刑事宛に、電話が来たそうだ。裁判開始前の法廷から出てくる、何かのスイッチを持った怪しげな人物を見た。と」

「その人は誰だったんですか?」

「詳しい話を聞く前に、電話を切られてしまったらしい。非通知で、誰だか分からなかったそうだ。不審に思った賀来刑事は、爆弾の保管を担当していた馬等島に確認した。起爆スイッチが盗まれていたことを知っていた馬等島は、”確かに法廷前に確認したときに、スイッチがなかったかもしれない”と言ってあの騒ぎになったらしい」

 

つまり、タレコミがなければ、起爆スイッチが盗まれたと発覚しなかったわけだ。それはそれで、かなり恐ろしい自体だ。

 

「結局言うなら、盗まれた時から通報していればよかったのに……」

「まあ、脅されていて言えなかったのだろう。だが、爆弾の管理担当者である馬等島が、爆弾の異常について何も知らない方がおかしい。結局、タレコミを理由に調査されて起爆スイッチが紛失していることは発見されるのだから、言ってしまおうと思ったのだろうな。しかし、そのタレコミをした人物も怪しい」

「確かに……賀来刑事の電話番号を知っていたってことですからね」

「うむ。ちなみに、馬等島は賀来刑事の連絡先を知らなかった。と言うより、名前さえもお互いに認識していなかったらしい。担当している部署が違うのだから、当然と言えば当然なのだが」

 

ただ仕事で同じ現場にいた間柄、という感じなのだろう。

馬等島は、起爆スイッチを盗んだ真犯人から口止めをされており、タレコミをした人物は何故か賀来刑事の電話番号を知っていた。つまり、このタレコミをした人物が真犯人の可能性がある。

 

「そうすると起爆スイッチを盗んだ真犯人が別にいるってことですよね」

「そうだ! まあ、馬等島が犯人だというのが警察側の見解だが、主張を無視するわけにもいかんからね。追跡調査をしている。といっても、賀来刑事に電話した人物も、馬等島が言っていた謎の人物も全く手がかりが見つかっていないのだが!」

 

胸を張ってそう宣言する番刑事に、王泥喜は少し頭が痛くなった。

 

「それから宇宙センターの爆破で使用された爆弾の入手元も特定されたのだ」

「えっ、一体どこから?」

「うむ。実は警察が回収していた爆弾が使われていたようなのだ」

「え! それってもしかして……その馬等島という男が?」

 

馬等島は爆弾の横流しもしていた、と先ほど番刑事から聞いたばかりだ。

番刑事は一つ頷くと「その方向で警察も調べている」と答えた。

 

「だが、馬等島は犯行を否定している。あれほどの高火力の爆弾は、自分が管理できないもっと厳重なところに保管してあるはずだ、と」

「はあ……」

 

あまり説得力のない弁解だった。今まで爆弾を横流ししていた男が、今回に限ってやっていないというのは信憑性が低い。

起爆スイッチや爆弾など、気になるところはあるが、これ以上、情報は出て来なそうだ。

話がひと段落したところで、成歩堂を見やる。

 

「あの、成歩堂さん。番刑事に七年前の事件のことを聞いておきたいんですが」

「そうだね。まだ面会時間はギリギリ大丈夫そうだし……。先に聞いておこう」

 

馬等島の話が聞けたこともそうだが、留置所で番刑事に会えたのは好都合だった。聞きたいことがいくつかある。

 

「番刑事、七年前に宇宙センターで起こった事件について、教えてもらいたいんですが」

「む。それは……ジブンの兄が殺された事件だろうか」

「は、はい」

 

番刑事は、常に笑みを湛えているような人物だが、そう返してきた時も表情はそのままだった。少々ドキリとする。

 

「今回の事件に関わっているかもしれないんです。教えてもらえませんか?」

「何? やはりそうなのか! もちろんだとも。ジブンも、今回の事件は七年前の事件と関連性が多いと思っていたのだ!」

 

”やはり”という言葉に首を傾げていれば、成歩堂が王泥喜に「以前にも今回の事件と関連性が多いという話をしていたんだ」と教えた。

 

「ジブンも詳しく知っているわけではないが、教えよう! 警察での呼称は、《UR-1号事件》という。外部犯が、刑事の番慶二を殺したとされている未解決事件だ。多数の証拠が残されていたが、結局犯人に逃げられてしまったそうだ」

「多数の証拠というのは?」

「うむ。一つは使用された凶器の刀だ。研究室に飾られていたもので、現場に残されていた。だが、指紋は残っていなかった。もう一つは犯人が逃げたとされる避難梯子。血痕もついており、逃走先はそこからだったろうが、警察が捜索しても犯人は見つからなかった。それから、部屋にはいくつか血痕も残されていたが、全て被害者のものだった」

「形跡は残っておらず、逃走先を探しても見つからなかったと……」

「うむ。そうなのだ。ここまで証拠が残っていたというのに……よほど犯人は狡猾だったとみえる」

 

そうサングラスをあげて思案する姿に、なんとなく違和感を覚える。

 

「あの、番刑事はお兄さんと仲は良かったんですか?」

「ん? もちろんだとも! どうしてそんなことを?」

「いや……なんというか、結構さっぱりしているなと思って」

 

番刑事は感情豊かで、裁判中でも泣き出すぐらい涙脆い人物だ。それなのに、今こうしていると、家族を失った悲しさを感じない気がした。

耐えているだけなのかもしれないが、耐えるような人なのかとも思う。

番刑事は目を丸くした後に、考えるように腕を組んだ。

 

「むむ……そう見えるだろうか」

「あ、す、すみません。失礼なことを言って」

「いや、いいのだ! 兄とはとても仲が良かったぞ。子供の頃はよく遊んでもらって、友人と遊ぶより、兄と遊んでいる方が楽しいぐらいだった。兄も忙しい中で時間を作ってくれて、世話を焼いてくれたのだ。そんな兄がとても好きだった」

「いいお兄さんだったんですね」

「そう! だが……大きくなるにつれ、距離が出てきてしまった。というのも、兄が留学をすることになってね。遊ぶどころではなくなってしまったのだ。そして留学後から、兄が死んでしまうまで一度も会わなかった」

「そ、そうなんですか? またどうして……」

「兄は勉学や仕事で忙しく、実家に帰る機会がなかったのだ。確認で見た兄の遺体が、十数年越しに見た最後の姿だったよ。昔と比べて、大人になっていて、とても驚いた。当然なのだがね」

「十数年越し……」

「兄を殺した犯人を捕まえねばと思うし、もう二度と会えないことも、もちろん悲しい! だが、それよりも、なぜ自ら会いにいかなかったのだろうと思うのだ。ジブンも勉学や仕事が忙しくなっていたし、同じ職種なのだから、いつか会えるだろうと思っていたところがあるのかもしれない。だが、思い出すたびに、怒りや悲しさよりも、体が冷めていく感じがするのだ。なんと言っていいか、ジブンには分からないのだが……」

 

うまく説明できず、すまないな! と締めた番刑事に、慌てて首を横に振る。

 

「何も悪くないですよ。なんというか……全然、おかしなことじゃないと思います」

「そうだろうか? 兄の話をすることはあるが、こうしてジブンの内面を話すのはなかなかないからね。なんだかスッキリしたよ!」

「そうですか、なら良かったです……」

 

にこやかな様子の番刑事に、王泥喜はほっと息をついた。

つい、気になって本題からずれてしまった。王泥喜にはもう一つ、番刑事に聞かなければならないことがあったのだ。

 

「あの、宇宙センターで希月教授から聞いたんですが、今回の事件前に、大河原さんと葵と話していましたよね?」

「む? ……あ、ああ、そうだな。話していたぞ!」

「何を話していたか、知りたいんですが」

「何をと言っても……警備上のことだぞ! 彼らはセンター長と宇宙飛行士だからな、事前に話を聞いていたのだ!」

 

警備上のことを、センター長と宇宙飛行士に話していた……。それはおかしい。

 

「なら、どうしてその場に星成さんがいないんですか?」

「そ、それは……彼は、ちょうどその時にいなかったのだ! なので、その場にいた二人に話をしたというわけだ!」

 

爆破予告までされている最中、その場にいなかったという理由だけで、警備について話をしない訳が無い。

何かを隠している。と王泥喜が問い詰めようとしたところで、番刑事がつけていた腕時計をバッと見た。

 

「むむ! もうこんな時間だ! ジブンはもう行かなくては! 君たちも、そろそろ面会時間が終わってしまうぞ!」

「あっ、番刑事! 待ってください!」

「すまないが忙しくてね! では、さらばだ!」

 

そう言って、番刑事はまさしく逃げるように足速に去っていった。

番刑事の後ろ姿が消えた扉を呆気に取られて見つめていると、成歩堂が声をかけてくる。

 

「仕方がない。今はココネちゃんの面会をしよう。面会時間の終わりが迫っているのは確かだし」

「……そうですね。けど、番刑事。何か隠し事をしていますよね」

「ああ。それは間違いなさそうだ」

 

成歩堂も、感じ取ったものは同じようだった。

番刑事もいなくなり、ここでできることは心音への面会だけとなった。そのためにやってきたのだが、王泥喜はどうしても胸につっかえるものがある。

 

「……希月さんとの面会、俺も行っていいんでしょうか」

「どうしてだい?」

「俺は……事務所を離れた身です。それに……俺は、まだ希月さんを信じきれていません」

 

ずっと、王泥喜の胸にあった疑念だった。希月心音は、今回の事件に関連があるのではないか……。

最初は、ただの思い違いかと思った。だが、共に捜査をしているうちでも、彼女が隠し事をしていると分かった。分かってしまった。王泥喜は、今は包帯で隠しているが、特殊な目の力がある。相手が嘘をついているとき、その体に現れる僅かな行動でそれが分かる。

きっと、包帯を巻いていなければ、先ほどの番刑事の体の反応も見えただろう。

だからこそ、希月が嘘をついていると理解してしまった。宇宙センターを捜査しているうちに、何度も何度も反応があった。何より反応があったのは、現場にあったナイフ……。

そして、成歩堂には言っていないが、決定的な証拠があるのだ。ライターの指紋以外の、王泥喜が独自で調べて手に入れた証拠。

それとライターを掛け合わせると、希月しか犯人はいなくなってしまう。

そして、信じられない人物は、もう一人いた。

 

(葵……)

 

葵大地。彼と話す時、王泥喜の目は嘘をついていることを見抜いてしまった。

信用したい相手が、どちらも嘘をついている。そして真実を話してはくれない。

ただ、盲目的に信じることが、正しいのか。真相を知るためには、信じるだけではいけないのではないか。

だが一人で捜査をしていても、二人を信じ切れるほどの証拠を見つけられなかった。葵に関しては、姿も消してしまった。

 

「弁護士は、最後まで依頼人を信じ抜く、それがぼくが師匠から習ったことだ」

「……じゃあ、俺は弁護士失格ですね」

「違うよ。君は、君なりにそうあろうとしているだけだろう? ぼくは一度、依頼人をよく知りもせず信じて、大変な目にあったことがある。確かに、王泥喜くんの姿勢はぼくとは違うかもしれないけど、間違っているとは思わない」

「成歩堂さん……」

「一緒に話を聞いてみないかい。それから判断すればいい。それに……ココネちゃんが心配な気持ちは、王泥喜くんも同じだろ?」

「……はい!」

 

思わず喉から声が出る。

成歩堂に後押しされ、王泥喜は成歩堂と共に希月の面会に立ち会うことになった。

面会を申請し、少し待つ。面会室はこじんまりした場所で、留置所に勾留されている被告人とガラス越しに会うことができ、マイク越しに話ができる。コンクリート作りの薄ら寒いところだった。

そうして、ガラスの向こう側の扉が開き、オレンジ髪の少女が現れる。

 

「あ! ナルホドさん! それに……オドロキさんも!」

 

瞠目していた彼女だが、すぐに明るい笑みを浮かべる。

 

「いやー、来てくれると思ってました。基本ですもんね。被告人と話すのは」

「いいや。ここへ来たのは、キミが心配だったからだよ」

 

成歩堂の言葉に、希月が目を瞬かせる。それから、少しだけ目を伏せた。

 

「えへへ。ナルホドさんたち、優しいな」

「……心配してるのは、ぼくらだけじゃないさ」

「え?」

「今日、森澄さんに会ったよ。心配して、会いに来てくれたんだ。それに、真理さんにも」

「しのぶ……お母さん……」

「キミのことを、とても心配してたよ。七年前のことを含めてね」

「そっか……。私、お母さんに迷惑かけてばかりなのに、心配、してくれたんですね」

 

希月の頬が少し上がるが、瞳は少しだけ潤んでいた。

 

「ああ。キミのことを頼まれたからね。話を聞かせてくれるかな」

「……はい。なんでも聞いてください!」

 

希月は頭を振って、胸を張る。強い子だな、と王泥喜は思う。同時に、そんな彼女を信じきれない自分が弱いとも。

 

「事件があった日のこと、教えてくれるかな」

「実は、あの日……わたし宇宙センターにいたんです。それも……見学スペースの中に」

 

そう、希月は事件当日、見学スペースにいたのだ。王泥喜が集めた情報と一致していた。

 

「わたし、ずっと七年前の事件に向き合えないままでいました。でも、HAT-2号を扱ったテレビで久々にセンターを見て、もう一度ここに来れば、何かが変わるかもって思ったんです。それで、爆発の前日の夕方に見学スペースに行ったんです。まだ、発射台が入れ替えられる前で、人が入れないように、扉に”改装中”の看板が立ってました」

「人がいたら、発射台の入れ替えができないもんな」

「だけど、こっそり忍び込んじゃって。展示品を見ていました。だけど……トラウマって、そんなに簡単に治るものじゃないんですよね。突然、慶二さんの顔を思い出して、そこから、昔のことが一気に頭に蘇ってきちゃって。目の前が真っ白になって、何も見えなくなっちゃって……それでも、なんとか外に出ようとしたんですが……気を失っちゃったみたいなんです」

 

トラウマ――希月は、七年前の事件で、慶二が殺された現場にいた。最も衝撃的な場面を見ていたのかもしれない。

目を伏せた希月は、続けて語った。

 

「それで、起きた時は、ロケットの裏側にある通路にいて……。ちょうど、ロケットの影になって、外から見えにくい位置に」

「外に出るどころか、見当違いのところに行っちゃったわけか」

「はい。結局、翌日の昼ごろまで眠ってました。ロケットの爆発にも気づかずに……。起きても、誰もいなかったから、第二ラウンジに出ていったんです。まだ頭がぼーっとしていたせいか、その後の記憶があやふやで……どうやって家に着いたか、覚えてないんです……」

「記憶がない、か……」

 

成歩堂がそう呟くのを、横目で見る。

記憶がない。それは弁護士が主張する、被告人側の潔白を主張する内容がない、と言うことだ。

どうやって家に着いたかも覚えていないとすると、どう行動したかも覚えていないのだろう。

 

「そうだ、森澄さんに聞いたよ。昔はいつもヘッドホンをしてたって」

「懐かしいですね……。外出するときは、必ずアレをつける決まりになってたんです。わたしは、それがイヤでイヤで。でも、聞いてもらえなかった」

「けど、それはココネちゃんのためだったんだよね。慶二さんが教えてくれたって前言ってたね」

 

心音の顔が、パッと明るくなった。

 

「はい! 慶二さんが小さいわたしにも分かるように教えてくれたんです。ヘッドホンを調節して、声の聴き比べをさせてくれて。お母さんにも色々教えてもらっていたけど、子供には難しくて、何も分かってませんでした。それからは、イヤだったヘッドホンが少しだけ好きになりました」

「そっか。そういえば、しのぶさんから聞いたよ。前庭に椿を一緒に植えたんだってね」

「椿……。はい、慶二さんと、夕神検事……夕神さんと一緒に苗木を植えたんです。花が咲くのが楽しみで、毎日楽しみにしてました。けど……」

 

明るかった希月の顔が、暗く翳る。

 

「慶二さんが亡くなって、その椿が、怖くなりました。椿が成長しても、慶二さんはいない……。咲いた花を、慶二さんたちと一緒に見るのを、ずっと楽しみにしていたんです。そのうち、慶二さんとの楽しい記憶がたくさんあった宇宙センターにいることも怖くなって……。お母さんに頼んで、アメリカの親戚のところへ」

「宇宙センター自体がトラウマになっちゃったのか」

「そうかもしれません。元々、お母さんの想いを勘違いしていたから、宇宙センターで思い悩むことも多かったんです。それが、夕神さんや、慶二さんが来てくれて変わっていった。でも慶二さんが亡くなって、夕神さんも来なくなって……暗い闇の中にいるような気持ちでした。以前、感じていた孤独よりも、もっと深い……。お母さんは寄り添ってくれたのに、わたしは宇宙センターにいることが耐えられなくなってしまって……」

「仕方がないよ。むしろ、事件の調査中はよく耐えられていたね」

「前を向かなくちゃと思って。それに、わたし一人じゃなかったので」

 

気丈に希月は笑う。それに、話をしていた成歩堂も笑みを浮かべていた。

 

「そうか。ところで、ココネちゃんは、昔の夕神検事とは親しかったのかい?」

「はい。夕神さんは、よくお母さんのところに来てました。心理学の勉強をしたり、時には検事として事件の相談をしたり。あの頃は、とても優しくて思慮深い、まっすぐな人でしたよ」

 

希月の言葉に、王泥喜は、検事席にいる男を思い浮かべる。優しさや真っ直ぐさとはかけ離れた猛禽類のような検事だと思う。しかも、獲物を痛めつけるタイプの。

彼を変えたのは――やはり、七年前の事件なのだろうか。

 

「けど、夕神検事とは違って、弁護士になることにしたんだね」

「はい。アメリカの親戚の家に移っても、ずっと自分の殻に閉じこもってました。けど、ある時に思ったんです。人を助けられる人になろうって」

「人を助けられる……」

「慶二さんと、約束したことを思い出したんです。慶二さん、大切な人を守ってほしいって、わたしに言ってくれました。自分が死ぬよりも、大切な人がいなくなる方が、ずっと怖いんだって……。わたしに自信をつけさせたかっただけかもしれませんけど、慶二さんの気持ちは本物でした。だから、強くなって、慶二さんが守れなくなってしまったものを、わたしが守るんだって」

「彼が、守れなかったものを……」

「はい。でも、弁護士になろうと思ったのは、ナルホドさんに出会ったからなんですよ。人を助けられる人になると言っても、何をしていいか分からなくて。検事になろうかとも考えました。そんな時にナルホドさんに出会って、弁護士についてちゃんと知りました。弁護士になれば、人を助けられる。そして、心理学の知識も、そのために役立てることができるって」

 

彼女が辛く思っていた力も、心理学を持って役立たせることができる。希月にとっては光明だったのだろう。目に光を湛えつつ、希月が言う。

 

「それに、思い出したんです。慶二さんも、弁護士に向いてるって言ってくれてたって。記憶に蓋をしていたからか、すっかり忘れていたんですけど……。ナルホドさんに出会って弁護士を目指して……。まるで予言ですよね。慶二さんが天国から導いてくれているみたいです」

 

過去を想う目をして笑みを浮かべる希月にとって、亡くなってなお、慶二という人物は大きな人物だったのだろう。

けれど、目の前で聞いていた成歩堂は、何も言葉を返さなかった。

 

「けど、だからこそ驚きました。探していた慶二さんの弟さんが、番刑事だったなんて」

「ああ……確かに。すごく驚いてたよね」

「夕神検事なら知っているかなと思っていたんですけど。どこかのタイミングで聞こうと思っていたら、まさか既に何度も会っていたなんて」

「弟も、大切な人だって言ってたんだ」

「はい。慶二さんから、いつか紹介できるかもって言われたんですけど……。でも、見つけられてよかったです」

 

ホッと肩を下ろして希月が笑った。

そんな希月に、成歩堂が真剣な顔で尋ねる。

 

「ココネちゃん。聞きたいことがあるんだ。七年前の事件のこと……。真理さんは、事件現場にココネちゃんのヘッドホンが落ちていたと言っていた。……何か、覚えていることはないかな」

「覚えていること……」

 

希月は顔を伏せて、眉を寄せて必死に考えているようだった。

少しして目をぎゅっと瞑る。それは痛みに耐えているような顔にも見えた。

そして、絞り出すように、か細い声で「すみません……」と聞こえた。

 

「何も、覚えていないんです。思い出すことも、出来なくて……。ただ、いつの間にか宇宙センターの庭にいたんです。椿の前で、うずくまっているところを夕神さんに助けられたことしか……」

「……そうか。分かった。辛いことを聞いてごめんね」

 

希月が力なく首を横にふる。

それと同時、面会時間の終わりを告げられる。

別れ際、成歩堂は希月を励ますと、希月は明るく笑った。そして、警官に連れられて面会室を出ていった。

 

 

 

二人で留置所から出て、暗くなった空の下、道を歩く。

 

「どうだった?」

 

そう短く成歩堂から尋ねられる。王泥喜は、少し黙ってから口を開いた。

 

「信じたい、とは思います。けど、確信が、持てません……」

「葵くんのことも?」

「……絶対に爆破も、カプセルを盗むなんてこともしていないと思います。どちらも……けど、何かしらに関わっている。そんな気がしてならないんです」

 

そう語る王泥喜に、成歩堂が立ち止まった。王泥喜を真っ直ぐに見据えて言う。

 

「なら、明日は弁護士席に立とう」

「……へ。え、は、話聞いてましたか?」

「聞いてたよ。信じたいけど、信じきれないって」

「お、俺は、弁護士なのに、依頼人のことを信じきれないって言ってるんですよ!」

「分かってる。だから、弁護をするのはボクだ。君は、横から怪しいと思うところを言ってくれればいい」

「あ、怪しいと思うところって……」

「怪しいと思うっていうことは、何か隠されてるってことだ。きっと、真相へ繋がるヒントになる」

 

街頭に青スーツの男が照らされている。胸につけた弁護士バッジが光っていた。

成歩堂弁護士事務所を離れ、一人で調査をしていた時。ずっと胸に靄がかかっているようだった。だが、そんな状態で事務所の二人といる方が、不誠実だと思った。自分のできる限りで、信じるために行動しようと。情報は出てきた。だが、それだけでは信じ切るに値しない。

宇宙センターで真っ先に調べたのは、第二ラウンジの監視カメラだった。第一ラウンジにあるのだから、第二ラウンジにも監視カメラあると王泥喜は考えた。

そして、その予想は当たり、第二ラウンジにも監視カメラがあった。爆破で一時的に映像が乱れていたり、カメラの位置がずれていたりしたが、しっかり映像は残っていた。

そして――監視カメラの映像から、事件後に見学スペースから第二ラウンジに出てきたのは希月しか写っていなかったのだ。

大河原に十口径の拳銃を発砲し、見学スペース通路に逃げた第三者……。その第三者しか、第二ラウンジからは出てこないはずだ。

そして何より、現場に残されていたナイフ。王泥喜が目を包帯で覆う前、共に宇宙センターを調査していた時。王泥喜はその目によって、確信を得てしまった。希月はナイフを知っていて、そしてそれを隠している。

 

どれもが、希月が現場でカプセルを奪った第三者だと告げている。

そして、葵。彼も、嘘をついていた。王泥喜が法廷で説得しても、口を開かず、そして釈放後に姿を消してしまった。信じていると口にした言葉、それさえも嘘だったのか。誰かを庇っているのか、もしかすると、宇宙センターの仲間である希月教授の娘を……。

 

信じたいからこそ、妥協したくない。いや、妥協できない。大事な後輩と、親友なのだから。

 

「……いいんですか。俺は、止められませんよ。……自分でも」

「そう自分で理解してるなら上々だよ」

 

成歩堂が苦く笑う。そして「行こう」と歩き出す。

そう、明日はすぐに裁判だ。そこで、全てを明らかにする。

王泥喜は歩き出した。

 

 

 

成歩堂side

 

王泥喜と別れ、成歩堂は事務所にいた。心音も王泥喜もいない。そして当然、昔は助手をしていた綾里真宵も、今は霊媒師としての修行のために長らく海外にいる。事務所には、その真宵からの手紙が届いていた。どうやら、事務所に誰もいない時に春美――真宵の従兄弟の少女だ――が来て、部屋の片付けと、真宵からの手紙を置いて行ってくれていたらしい。春美の書き置きも見つけた。

二人の手紙を見て、固まっていた体がようやく少しほぐれた。たわいもないことや、部屋が汚いことへのお叱りの言葉だったりしたが、今はそういう日常が欲しかった。

手持ち無沙汰に、テレビの電源をつける。夜のニュースが流れていた。

 

『防衛大臣の――氏が、今晩、外遊先の――から、日本へ――』

 

そこには、大河原宇宙センターでの事件ではなく、海外へ外遊していた政治家が日本へ帰国してきた。というものだった。

興味もなく、事件にも役に立たない情報だ。それを、ぼうっと見つめる。

 

王泥喜も、心音も事務所にいない。心音は容疑者として捕まり、王泥喜は共に弁護士席には立つが、方向は異なる。それを是としたのは成歩堂だ。間違っているとは思っていない。だが、やはり上司として、部下たちにこんな思いをさせているのは未熟だと思う。

部屋のソファに置かれた、特大のトノサマンぬいぐるみを見やる。大きくて、邪魔だ。ずっと前からそう思っている。けれど捨てられない。もう、事務所の一員のような顔をして居座っていた。慶二からプレゼントされたのは真宵だったが、「ここにあるのがしっくりくるから」と置いて行ったのだ。

邪魔だった。当然のように居座っている。勝手に消えたくせに、誰の心にも当たり前のように存在している。ふとした時に顔を出して、思い出させる。

トノサマンを見つめていると、ポケットに入れていた電話が鳴った。手にとって通話ボタンを押す。

 

「御剣」

『今メールを見た。”急ぎの頼み”とはなんだ?』

 

聞き慣れた声が電話越しに聞こえてくる。成歩堂は事務所に来てすぐ、彼に連絡していた。

御剣怜侍――かつて、若き天才として持ち上げられながら、その裏で苦悩を抱えていた検事。十年ほど前に過去の因縁から抜け出し、法曹界で日本を良くするために奔走してきた男だ。そして今は、一年前から検事局長として忙しなく働いていた。

 

「七年前の事件……UR-1号事件についての資料が欲しいんだ」

『……やはり、今回の事件にも関係があったか』

「ああ。お前の読み通りだ。もしかしたら、裁判で必要になるかもしれない」

『分かった。至急用意しよう。明日の裁判までには間に合うだろう』

 

優秀な検事局長は話が早い。きっと夜のうちに資料は送られてくるだろう。

御剣は、今回の事件が発生した時から、七年前に発生した事件との関連性を嗅ぎ取っていた。そして、成歩堂に事情を話していたのだった。

七年前の未解決事件、番慶二が殺された、UR-1号事件。

だが、成歩堂の頼みはまだあった。

 

「それから、もう一つ頼みがあるんだ」

『む? 何が必要なのだ?』

「お前だよ。明日の法廷に、傍聴に来て欲しいんだ」

『……傍聴に? しかし、それで何をするというのだ』

 

忙しいから、と言ってすぐに断らない御剣は、成歩堂の言葉に意味があると察しているようだった。

 

「きっとお前の力が必要になる。そのとき呼び出すんじゃ遅いからな。法廷にいて欲しいんだ」

『……分かった。私も裁判の行方は知りたい。なら明日、裁判の資料を持って君の元へ行こう』

「ああ。そうしてもらえるとありがたい。頼むよ」

 

それから「じゃあ」と言って電話を切る。

 

七年間。多くの人が、あの人が死んだ事件を解決しようと奔走していた。

それはきっと、夕神検事も同じなのだろう。成歩堂は、御剣から彼が七年前の事件の犯人を、ずっと追っていると聞いていた。

もちろん、御剣も事件を解決しようとしている者の一人だ。

しかし七年間、なんの進展もなかった。それが、動き出すかもしれない。

だが、成歩堂にとって一番大事なのは、心音の無罪を勝ち取ることだ。七年前の事件は、おまけに過ぎない。

しかし、それも困難を極めるだろう。成歩堂は心音との面会中に見てしまった。――サイコ・ロックを。

しかも、普通のサイコ・ロックではない。通常は赤い南京錠が心の鍵として勾玉を通して目に映る。だが、心音に見えたのは”黒い南京錠”……。サイコ・ロックに詳しい春美に、確認しなければならない。とても、嫌な予感がしていた。

 

ずっと胸に燻っている。死んだ刑事、約束を果たさなかった男。その割に、人には約束を押し付け、忘れさせない。

心音に、夕神検事、御剣。弟の番刑事。そして、成歩堂。きっと、もっと多くの心に住み着いている。

 

(そろそろ、あなたは消えるべきだ)

 

消え去った男に、胸の内でそう呟いた。

 

 

 

十二月二十一日。午前九時五十三分。地方裁判所。被告人第四控室。

日本の現在の法律、序審法廷では、裁判は三日間のうちに必ず終了する。

今回は被告人が変わるという例外はあったものの、その例に漏れない。

つまり、本日中に無罪判決を勝ち取れなければ、希月心音は宇宙センター爆破と、カプセル盗難の容疑で有罪となってしまう。

 

被告人第四控室には、王泥喜と、綾里春美が集まっていた。

王泥喜は目の包帯はそのままだった。春美は以前と変わらず、紫色の霊媒師の装束を着て、頭の上で髪をまとめている。

 

「朝早くからごめんね。春美ちゃん」

「いいえ! なるほどくんの頼みですから」

 

成歩堂の持っている勾玉は、綾里家に伝わるもので、元々は春美から貰ったものだ。

霊力を込めることで、相手の秘密を見ることができる。

 

「なるほどくんが見たという、特別なサイコ・ロックについてですが、赤いサイコ・ロックは、その人が自分の意志で心にかけた鍵。問い詰められ、観念すると砕け、本心がさらけ出されます」

「確かに、今までも、砕けた後は本当のことを話してくれてたよ」

「でも、”黒色”は……本人も知らない、心の最深部の暗闇の色は滲んだものだとか」

「本人も、知らない……?」

「わざと嘘をついているわけではないのです。何かの原因で、意思とは関係なく心と記憶が封印されている」

「じゃあ、そのサイコ・ロックを外せれば……」

「文献には……こう書いてありました。黒いサイコ・ロックは、心臓に直接重い鎖を巻き付けているようなもの。無理に引きちぎれば、心は壊れ、二度と治ることはないかもしれない」

 

心は壊れ、二度と戻ることはない……一筋縄ではいかないどころではなさそうだ。

だが、心音の閉ざされた記憶が、鍵を握っている可能性も十分にある。その時が来たら、挑まなくてはならない。あの、黒いサイコ・ロックに。

昔は小さな子供だった春美も、今やしっかり者の少女だ。成歩堂は彼女に心音のそばにいるように頼んで、春美を見送った。

 

「準備はいいかい。王泥喜くん」

「どうでしょう……。成歩堂さんはどうなんですか?」

「心は落ち着いているし、頭も冴えてる。普段通りさ。後は、あいつが来るのを待つだけだ」

「あいつ?」

 

険しい顔をしていた王泥喜が、首を傾げる。

ちょうどそんな会話をしている時に、扉がノックされた。

扉から現れたのは、ワインレッドのウェストコートを着た、首元のフリフリと、銀色の髪が特徴的な検事。

 

「成歩堂、持ってきたぞ」

「み、御剣検事局長……!」

「王泥喜くんもいたのだな。久しぶりだな」

「は、はい……」

 

目を丸くした王泥喜が、御剣に挨拶をされて軽く会釈をする。

本当にたまにだが、御剣は成歩堂弁護士事務所に来ることがある。一度だけ王泥喜も出会ったことがあるのだ。

その時も仰天していたが、今も相当驚いているらしく、まじまじと御剣を見ている。

普通は一介の弁護士と検事局長がこうして話すことはあり得ないだろうから、その反応は間違ってはいない。

 

「あの、それは……?」

「今回の裁判で、必要になるであろう資料だよ」

 

それを聞いた王泥喜の目が、一気に真剣なものとなる。

 

「これで準備は整った」

「そうか……。では、傍聴席で聴かせてもらうとしよう。お前の弁護を、な」

 

ニヒルな笑みは、以前と違って、四角いメガネに縁取られている。

それに同じように笑い返しながら、法廷へ続く扉を見た。

今日で、裁判は三日目。何をどう足掻いても、今日で全てが終わる。

今日、全てに決着をつけよう。

 

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