突然のスコールに、森の緑のにおいがむわっとひろがった。
プリンプリン、ボンボン、オサゲ、カセイジン、そしてモンキーは雨宿りできる場所がないかと足早になる。
「プリンプリン、濡れないようにね」
ボンボンがいつも腰に巻いている赤い布を、ストールのようにして彼女に被せてきた。
オサゲもちっちゃな白いベストを貸してくれる。
「ありがとう、みんな」
プリンプリンが礼を言うと、モンキーがぴょんと飛び跳ねた。
「キー、キキー、キ〜ィィ」
細長い指が指しているのは小さな小屋。
「木こりをしてる人のものでしょう……お借りしましょう!」
カセイジンが濡れたメガネを拭きながらみんなをうながす。
プリンプリンたちは強くなってきた雨足から逃れるように、小屋へ駆け込んだ。
「ふぃ〜、ずぶ濡れだよ」
ボンボンが肩を落とし、薄荷色のベストを脱ぐ。それからギューッと雑巾のように絞った。
滝のように雨水が滴り落ちる。
「少しだけ……薪を借りましょう。後で食料を置いて出ていけば許してもらえるでしょうか」
カセイジンが小屋に積まれている薪を一、二本抱える。
よろめく背中をモンキーが支えた。
「ああ、力仕事はおれがやるよ」
背伸びしたボンボンがベストを小屋の梁に引っ掛けながらもカセイジンに声をかける。
「ぼくもぼくも」
オサゲも手を挙げた。
プリンプリンはというと、みんなが雨よけになってくれたおかげでほとんど濡れていなかった。
小屋の奥で肩身が狭そうに腰を下ろしている。華奢な肩にはボンボンの赤い布がかけられていた。
(ちょっとだけボンボンのにおいがする……)
男の子特有の汗のすえた匂い。その中に残る、まだ甘い乳臭い匂い。
それがわかってしまうのが、普段から距離が近いのだと改めてプリンプリンに感じさせた。
ボンボンはカセイジンのかわりにヒョイヒョイと薪を暖炉に放り込んでいる。
オサゲが火のついたマッチを放り込むと、室内が橙に色づいた。
外はまだ雨模様。空も灰色で小屋の中は薄暗い。
パチパチと火の爆ぜる音の中、オサゲが突然腰に巻いているピンクの布をずり下ろした。
「うへー、パンツまでびしょ濡れだ!」
そう言って、勢いよく下着にまで手をかけ……、
「きゃあああッ」
プリンプリンがとっさに手で目を覆い隠す。
オサゲがはだかんぼになってしまったからだ。
ふしぎそうにしているオサゲの頭に、ボンボンの鉄拳が見舞われた。
「あいてっ、ナンだいボンボン!」
「ナンだ、じゃない。お前さんプリンプリンにナンてモン見せてんだ!」
毛布をかぶせてやり、オサゲをすっぽり覆うボンボン。
プリンプリンは指の隙間からもう大丈夫だと見て、手を下ろす。
幼さの残るオサゲの体はイヤらしくはなかったものの、プリンプリンからすれば突然の男の子の体に驚いてしまったのだ。
「もう、オサゲったら……」
赤面しながらプリンプリンが横目で彼を見やる。
しかし視線を縫いとめられたのはボンボンのほうだった。
白い素肌が火の灯りを照り返して、暗がりに細い輪郭が浮かび上がっている。
まだ大人になりきれていない、華奢ではあるが筋肉を帯びはじめた肢体。
普段はベストに隠されているが薄い胸はほんのすこし筋肉で張りがあり、赤い布で隠されていた腹はうっすら腹筋があるものの少年らしく丸みもある。
これまでは視界の端でとらえていたボンボンの体が、目の前に飛び込んできてプリンプリンは言葉を失った。
オサゲの体より、よほど『男の子』を感じ取ってしまったからだ。
プリンプリンは頬が熱いのを感じて、ストールを肩から落とす。
「……ボンボン、きみも何か羽織ったほうがいいわ」
これ以上、ボンボンの匂いを感じながら彼の体を直視することはできなかった。
ボンボンが無邪気に首をひねると、白い綿毛のような髪から雫が顔を伝う。
彼はそのまま近づいてくると、プリンプリンの前で屈んだ。
「そうかなあ。
おれは、火のそばにいたらヘーキだよ。それより、プリンプリンのほうが……」
「いいから。これ、返すわね」
すぐそばにある彼の体温に心臓が早鐘のように鳴る。
そっぽを向くようになってしまい、ボンボンに借りていたストールを押しつけた。
「プリンプリン……?」
いつになく冷たいプリンプリンの反応に、ボンボンが傷ついたような声で呟く。
ちら、と見ると碧の瞳が揺らいでいた。
ボンボンは自分のストールを体に巻くと、何となく察したのかそそくさと離れていく。
それから毛布に覆われたオサゲの隣にしゃがみ込んで、シュンとうなだれていた。
雨音がやまない。
カセイジンがカバンをひっくり返して、何を礼として置いていこうかと物色している。
オサゲが明るく、ボンボンは気のない様子で一緒に考えていた。
ただプリンプリンだけは男の子たちの輪に入れず、小屋の奥でぎゅうと自分の体を両腕で抱きしめていた――。
♢
最近、プリンセスが坊やを避けている。モンキーはかわいらしい外見とはよそに冷静に現状を見守っていた。
プリンセス・プリンプリンは彼が仕える銀髪の姫だ。長い髪を左右でお団子にして、祖国のティアラを被っている。
彼女を託された身としては、プリンプリンにかかる毒牙――たとえば金でモノを言わせてプリンセスを我がものにしようとするランカーなどは排除する必要があった。
しかし驚異ではない坊やについては静観していた。
坊や……プリンセスから『ボンボン』と呼ばれている。幼いころからプリンプリンの友だちで『親友』。
白いふわふわの髪に、透きとおる碧の瞳。薄いくちびる。
将来有望そうな男の子だ。歳はプリンプリンと同じで十五歳。
彼は数年ほど前から『プリンプリンはおれの恋人』と公言するようになっていた。
もちろんプリンセスは了承はしていない。坊やが勝手に言っているだけだ。
しかし――プリンセスは強く否定もしていない。
『うふふ、ボンボンがまた勝手言っているわ』
などと笑うだけなのだ。
他の男性相手なら『わたしは十五歳だから恋愛については考えられません』。
『今は祖国についてしか考えられません』。
プリンセスは基本的に恋愛に積極的ではない。彼女の年齢と性格を考えれば当たり前だし、『祖国を見つける』という明確な目的がある以上、まじめな彼女が他にかまける余裕もない。
ただ、坊やに対しては基本的に甘いのだ。
モンキーは野生の勘で『ははぁ、これは上手くやってやらないといけないぞ』とわかっていた。
そんな時、事件が起きた。
数日前のスコール。雨宿りに寄った小屋での出来事である。
プリンプリンを雨から守って、坊や――と、いつでも腹ぺこな男の子オサゲ。それと『ヨカン』で一行を導くカセイジン。
ずぶ濡れになった三人は服を脱ぎ、暖炉で乾かす羽目になった。
腹ペコや大将……モンキーは二人をこう呼んでいる……は小柄なのでまだ子どもの体つきだった。
しかし坊やは思春期を迎えつつあり、すこし『男』を感じさせる体。
それがプリンセスには刺激が強すぎたらしい。明らかに顔を紅くして、見ないようにしていた。
だが坊やはプリンセスに恋心を抱いているわりに自分の体には無頓着なのか、無邪気に彼女へ近づいてしまった。
余計にプリンセスへ自分が『男』なのだと意識させた。無意識なのが恐ろしい。
その後プリンセスが彼を避け、文句のひとつも言えるはずもなく、ただ自分の気持ちに困惑している形だ。
坊やも避けられていると気づいたのか終始傷ついた顔をしている。
やれやれだ……。
新しく訪ねた国で、優しい人の厚意で身を寄せさせてもらっている家のリビング。そのテーブルの上でナッツをボリボリ食べながらモンキーはしっぽを揺らしていた。
そこへ、ふらりと人影が近づいてくる。白いふわふわの髪を揺らしつつ、まるで幽鬼のようだ。
「モ~~~ンキ〜〜〜〜ィ……」
ばたっとソファへ倒れ込み、上目でこちらを見てくる。
碧の瞳はちょっぴり涙ぐんでいた。
「おれ、プリンプリンに嫌われるようなことしたかなァ? 最近、明らかに避けてるよな。どうしたのか、お前さん知ってる?」
知っているがお前は猿語がわかるのか?
「キー、キッキャ、キッキ」
いちおう説明してみる。
「……なに言ってンのか全然わかんない」
坊やも自分から聞いてきたくせに無慈悲だった。モンキーは思わず『ギギャッ』と威嚇する。
坊やが目を白黒させて身構えた。
「そんな怒ンなよ。ほら抱っこしてやる」
頼んでもないのに両手を広げられる。
ただ坊やは温もりを求めていそうだ。しぶしぶその腕の中に収まると、後ろ頭に頬を寄せられ、
「ふわふわ……」
と呟かれる。
満足気な坊やにモンキーも大人しくしていた。
少年らしく細く、しかし骨ばった指が胸元の毛をすいてくる。
「なあ、モンキー。お前さんはいつもプリンプリンのそばにいられていいね」
くすぐったさにモンキーが身をよじっていると坊やがさらに頬を押しつけてきた。
「プリンプリンはね、お前さんを唯一の家族だと思っているんだよ。だからイチバン大事にしているんだ……。
超能力で頼れるしな。たぶん、お前さんはプリンプリンに見放される心配なんて露ほどもないだろうね」
震えた声と、モンキーの大きな耳へかかる吐息。
坊やは何の予行演習をしているのだろうか? これをプリンセスにやったら、さすがのモンキーもこのふわふわ綿毛頭をスパコーンと引っ叩かなければなるまい。
覚悟を決めつつあるとボンボンがモンキーを抱き上げ、ゆっくりとソファへ仰向けになった。
まるで幼児をあやすような体勢になる。
「おれは……どうだろう。そりゃ今は子どもだから何も持ってなくて当たり前さ。
あ、顔は二枚目だけどね。あと腕力なら自信があるかな。
でも、それだけ。どこにでもいる、何の変哲もない男の子」
モンキーをギュッと抱きしめ、不安をつらつらと言い連ねた。
「……怖いんだ。プリンプリンが、いつかどこかに行っちゃうんじゃないかと思うと。
おれは、おれはね、プリンプリンの祖国が見つかったらその国で生きようと考えてる。アルトコの親父とおふくろがナンて言うかわかんないけど」
彼の腕が震え、身をしっかりモンキーへ寄せ、ぴたりとくっつけてしまう。
「プリンプリンと離れたくないんだ」
切実な想い。
うすうす勘づいていたが坊やはとっくに腹を括っていたようだ。
それがどれほど大変な苦労がわかってはいなさそうだが……。
坊やの体温がすこしずつ高くなっている気がする。
「でも、プリンプリンがそんなこと望んでいなかったらどうする?
おれと離れたい、と言ったら……何が残るんだ? すごすごとアルトコまで帰れって?
……できるかよ!」
いきなり声を荒げられ、直接耳を貫かれたモンキーは『ギッ』と短く鳴いた。
坊やはお構いなしに喚き散らしている。
「でもプリンプリンの負担になるなら、おれは……いや、でもッ、耐えられない!
おれが去ったあとに他の男と一緒になるプリンプリンなんて考えたくもない。
そいつをいくらブン殴っても足りねえぐらいだ。絶対にプリンプリンを他の誰にもやるもんか――」
物騒なことを平然と大声で言い、周囲で聞かれでもしたら完全に危ない奴と認定されるに違いない。
白いふわふわ頭に細い体。甘ったるい外見に反して牙を常に研ぐ狼のようだ。
吊り上がった碧の瞳だけがそれを如実に語っている。
しかし、そんな獣にも弱みはあるようで。
「でも、プリンプリンが本気でそいつを愛してるなら……」
モンキーの知る限りそんな人はいない。何の心配をしているのか。
本気で、自分の裸身がプリンセスの目の毒になった可能性は頭にないようだ。
まさか自分が愛玩動物の一種だとでも思っているのだろうか。だとしたら、この自己肯定感の低さも納得がいく。
全く状況を把握していない、というモンキーの評価は変わりないが……。
当の本人はそんなモンキーの思考も知らずにあさっての方向で悩みつづけている。
「やーだー! ヤダヤダヤダッ! プリンプリンはおれの恋人なのに。
嫌われたくない! 前と同じように笑ってほしいッ! そばにいさせてほしい……。
どーして、おれを避けるんだよッ! え?
モンキー、やっぱりナンか知ってるだろ? ほら紙とペンやるから筆談ぐらいお前さんできるだろ、何か書けよ」
プリンセスの繊細な気持ちを紙とペンで書き表せるか。
おまえのように単純じゃないんだよ、とモンキーは言ってやりたかった。
「キーキキー、キー」
でもお猿さんなので『キー』ぐらいしか発声できなかった。
♢
寝やがった。
さんざん泣きじゃくって、モンキーを馬鹿力で抱きしめたまま坊やは寝た。
おかげで身動きが取れない。
「キィ〜……」
弱々しく助けを求めてみる。
すると隣の廊下に続く扉が開いた。
「モンキー、いるの?」
銀の髪を揺らしながら、プリンセスが入ってくる。普段の薄桃のドレスに、金色のネックレスがまだあどけない美貌を引き立てていた。
「キーィィ」
モンキーは坊やの腕の中で彼女を呼ぶ。
プリンセスはハッとした顔をして、おそるおそる足を運んだ。
やはりまだ坊やを意識しているらしく、すこし離れた距離からモンキーに話しかけてくる。
「モンキー。あなた、ボンボンのお腹をあっためてあげてるの? 優しいわね」
そうじゃない。
プリンセスもプリンセスですこし天然なところがある。
モンキーが坊やの腕をぐいぐい押しやると、彼女にやっと伝わった。
「あら、出られないの……。ちょっと待ってね」
そう言って足早に立ち去ると、すぐにブランケットを持って帰ってきた。
プリンセスはブランケットをソファの背もたれにかけ、坊やの腕をこじ開けようとする。
「よいしょ……」
両腕を外してモンキーを自由にしてくれる。
モンキーはチョロチョロとプリンセスの腕を駆け上がると、彼女の肩に留まった。
彼女のたおやかな手がモンキーの胸元のふさふさした毛を撫でる。
それから坊やへブランケットを体全体へ丁寧にかけてやっていた。
ふと、プリンセスのとび色の瞳が坊やの寝顔を見つめる。
そこにいるのは『男』ではなく、まだ幼い少年。
薄い唇をわずかに開け、すやすやと寝息をたてていた。
プリンセスがその場で膝を着く。
坊やの白く柔らかな髪に触れ、愛おしそうに撫でた。
「おやすみなさい、ボンボン」
プリンセスの声音はどことなく甘やかで、それからしばらく彼の髪を指先でそっと弄ぶ。
モンキーは横で眺めながら、まるで毛繕いでもしているみたいだなとため息をついた。
おわり
ボンプリ好きですか?
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だーいすき
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他CPが推しだけど好き
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あんまりCP萌えってしないなあ
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ボンボンの夢女子(夢男子)です!
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プリンプリンの夢男子(夢女子)です!