ボンプリ短篇集   作:つるみ鎌太朗

2 / 4
青い空より澄みきった朝

 

 目覚めるとまだ薄暗かった。

 窓から見える空では太陽がのろのろと昇る最中で、空気はまだ冷たい。

 

(朝陽を見にいこう)

 

 ボンボンは寝巻きのまま起き上がった。ベッドからするりと降り、備えつけの洗面台へ駆けていき、顔を洗う。

 それから椅子に引っ掛けたままのガウンを羽織ると、ベッドでまだ夢の中のオサゲを小突いた。

 

「起きろよオサゲ。朝陽、見にいこうぜ」

 

 だが返ってきたのはムニャムニャという寝言だけだった。

 

「まだ、腹へった……もっと食いたァい……むにゃ」

「ダメだこりゃ」

 

 夢でも腹を空かしている彼にお手上げして、ボンボンはカセイジンの眠るベッドを見やる。

 オサゲはともかく、カセイジンは起こしたら怒るかな? と思って遠慮した。

 

(いつもアタマ使わせてるしな。よく休ませてやらねえと)

 

 仕方がないので一人で行くことにする。

 

 ガウンの前をキュッと結び、壁に立てかけてあった白いギターを掴んで部屋から飛び出した。

 階段をパタパタと駆け下りて、空席の宿の受付を通りすぎ、外へ。

 

 つめたい風が肌を刺し、ボンボンの白く柔らかい髪を舞い上がらせる。

 スリッパのまま出てきたことに気づいたが、もう戻る気になれなかった。

 

(後で洗って宿の人に返そうっと)

 

 地面を蹴るたびに、ギターが体にあたるので両手で持ち上げる。

 町のはずれにある小さな宿だから、周囲は林で裸の木ばかり。

 そろそろ冬が来る。ほとんどの木から葉が抜け落ちている。

 スリッパごしに乾いた葉がパリパリ鳴る感触がした。

 

 頬が冷気でヒリヒリする。

 だれもいない澄んだ世界。

 

 まるで自分がひとりじめしているみたいで気持ちがいい。

 ボンボンは思うままに唄って、行くあてもなく、ただただ暗い林を駆け抜けた。

 朝陽までそう長くはなさそうだ。

 特等席で見てやろう、と碧の瞳でキョロキョロと良さそうな場所を探していた――。

 

♢

 

 プリンプリンが目を覚ますと部屋に朝陽はまだ届いていなかった。

 上体だけ起こし、銀の長い髪を手ですこし梳いて、ベッドから滑りおりる。

 

 長いまつ毛でふちどられた、とび色の瞳はまだ寝ぼけ眼だった。

 彼女が洗面台へ向かおうとすると、足もとにモンキーが駆け寄ってくる。

 

「おはよう、モンキー」

 

 しっぽの長いお猿さんが洗面台を登り、プリンプリンが蛇口を捻った瞬間に頭を突っ込んだ。

 モンキーはきれい好きで、朝に水浴びするのが日課なのだ。

 

 その隣でプリンプリンは顔を洗い、くしで丁寧に髪を梳かす。

 部屋に戻っても、まだ薄暗い。

 ふと彼女は思いついて、かたわらのモンキーへ声をかけた。

 

「そうだわ、モンキー。朝陽を見に行きましょうよ。

 わたし、きのう素敵な丘を見つけたの。町全体を見渡せるのよ」

 

 モンキーも乗り気らしく、その場で宙返りしてみせる。

 プリンプリンが窓を見やると、まだ暗いものの悠長に着替えていたら日の出には間に合いそうにない。

 すこし悩んでからショールを羽織ってネグリジェを隠し、おしろいと紅だけ施した。

 まだ十五歳だから本格的な化粧品ではないものの女性としての最低限の身支度である。

 

(もしかしたら、誰かに会うかもしれない……)

 

 そう考えるくらいにはプリンプリンも年ごろの女の子だった。

 モンキーの体がしっかり乾くまで待ち、外へ出た。

 

♢

 

 視界の開けたところへ着くと、ボンボンは町を見下ろした。

 色とりどりの屋根が並んでいる。

 ひときわ大きいのは、城。きっと王族が暮らしているに違いない。

 きのう着いたばかりの国。

 まだ見知らぬ人がいて、もしかしたらプリンプリンの祖国かもしれない。

 

(どこから行こうかな)

 

 白い息を吐きながら丘上から面白そうな場所を探す。

 冒険のルートを思い描き、その場でギターをかすかに鳴らした。

 

 適当に歌詞をのせていたら幹の太い樹があるのが見える。

 あの上からのほうが見晴らしがいい。

 ボンボンはギターを背中に背負うと、すぐに『よいしょ』と樹を昇りはじめた。

 慣れたもので、あっという間にいちばん高い枝までたどり着く。

 

 しっかりした枝に腰を降ろして、もういちど町並みを眺めた。

 一国だけでなくて、その先にある道や山々まで見える。

 

 プリンプリンの祖国を探す旅に出るまで、ボンボンはアル国アルトコ県アルトコ市から出たことがなかった。

 家族と旅行ぐらいはしたことがあっても、こんなに家を留守にしたのは初めてだ。

 たまに手紙を送ったりするが、住所不定なので返事は受け取れない。

 

(それでも、プリンプリンがいるから寂しくない。オサゲやカセイジン……チョット頼りないけどマイホームさんとワットさんもいるしな)

 

 自分にそう言い聞かせて馴染みある白いギターに頬を寄せた。

 立ち寄った町で何度このギターを弾いただろう。

 旅立ちへの希望、不安。プリンプリンへの好意など苦楽をともにしてきたギター。

 

 奏でるメロディもふしぎとその時々の気持ちがにじみ出る。

 自分では気づいていない感情も音になって表れる。

 ボンボンが弦を軽く爪弾くと、薄暗がりの空へさびしい音が響いた。

 十五の男の子にとって、親元を長く離れてホームシックにならないほうがおかしい。

 

(早く朝陽がのぼればいいのに)

 

 待てどもなかなか見えない朝陽が待ち遠しくて、ボンボンは手慰みにギターをかき鳴らしていた。

 

♢

 

 プリンプリンはまだ暗い林道をゆっくり歩いていた。

 モンキーが長いしっぽを揺らしながら後をついてくる。

 

「キッ、キッ」

 

 冷たい風がモンキーの茶色い毛並みを揺らした。天然の毛皮に覆われているからか、モンキーはちっとも寒そうではない。

 

「いいわね。モンキー」

 

 ショールは羊毛で織られたものだが届かぬ足元は心もとない。

 プリンプリンの桜色の唇から白い息が浮かぶ。

 

 だが彼女は笑っていた。

 肺から凍える空気に体を清められるようで心地よい。

 アルトコにいたころからそうだった。

 海辺だと山なりのこの地域よりずっと寒いが、プリンプリンは構わず冬の海を見にいった。

 時間を気にせずに海面が揺れるのを眺めていると、すうと頭の中まで洗われるようだから。

 

「キー」

 

 モンキーがプリンプリンが肩からかけたショールのすそを握って、器用に肩までのぼってくる。

 無防備な首もとが天然の毛並みで覆われた。

 これもアルトコから変わらない。

 考えごとをしていたらモンキーが引っついてきて、彼女を現実へ引き戻してくれる。

 

「モンキーがいないと、わたし、一人で凍っても気づかないかもしれないわ」

 

 クスクスと笑いながら物騒なことを言ってのけるプリンプリン。

 歩を進めると視界がパッと開ける。

 まだ仄暗いが地平線に薄明が覗いていた。

 

「間に合ったわね」

 

 パタパタと軽やかな足取りで丘を駆け上がり、モンキーとともに町を見下ろす。

 色違いの屋根がジグソーパズルのように並んでいた。

 

「ここが、わたしの祖国かもしれない……」

 

 モンキーを胸に抱き、プリンプリンはひとりごちる。

 思わず唇からかすかな歌が溢れだした。彼女の、祖国への想いを唄ったあの歌が。

 透きとおった唄声が薄闇を縫い、あたりの冷気を震わせてゆく。

 か細い音とともに銀糸の髪が風に舞った。

 共鳴するかのようにギターの音が続く。一弦一弦、じわりと音を残して彼女の声を追いかけてくる。

 

 冷たい空気を吸い、その調べの聴こえるほうへプリンプリンは視線を巡らせた。

 

 ぽつねんと天へそびえたつ、古樹の太い枝に腰を下ろした少年。

 白い綿毛のような髪が風になびき、淡いベージュのガウンが沿う細い腿でギターを支えていた。

 

「ボンボーン」

 

 プリンプリンが手を振るとボンボンもギターで応じる。

 

「登っといでよ!」

 

 声を張り上げる彼にうなずくプリンプリン。

 実はおてんばで、木登りもお手のものなプリンセスにとって訳ないことだった。モンキーが後を追いながら彼女を押し上げる。

 最後にボンボンが彼女の手を取り、引き上げた。

 

「どうしてここにいるの?」

 

 ボンボンが白い息を吐きながら八重歯を見せて笑う。

 

「えへへ……朝陽が昇るのを見て作曲でもしようかと……」

「すてきね」

「ウフフフフ……」

 

 プリンプリンにはボンボンの背伸びがわかっていた。

 ちょっと格好つけているが、足元は素足にスリッパ。今にも地面まで滑り落ちてしまいそう。

 だが、そんな彼を微笑ましいと感じていた。

 

「プリンプリンに会えるなんて、思っていなかった……」

 

 ボンボンが碧い瞳を糸のようにする。

 昔から変わらぬ無邪気な笑顔。大人ぶっていても、にじみでるあどけなさがプリンプリンを落ち着かせてくれる。

 

「わたしもよ。ここは、きのう見つけたの。あなたは?」

「偶然来た。だから、きみに会えたのは奇跡さ」

 

 大げさだなぁ、とプリンプリンは吹き出した。

 

「アハハハハ……何を言っているの。宿からそう遠くないでしょう」

「ン〜? でも同じ朝に同じ場所へ来るなんてめったにないじゃない」

「それはそうだけど」

 

 抱き締めているモンキーへ目配せすると『ケッション』と鳴かれる。呆れた時の声だ。

 

「ねえ、ボンボン。この国はわたしの祖国なのかしら。ここから見ると、とっても美しい街だけれど」

「どうかな。毎回、深く関わるとロクなコトないからな」

「でも、きっと良い出逢いがあるわ……これまでもそうだったでしょ」

 

 プリンプリンがとび色の目を輝かせると、ボンボンは面白くなさそうだった。

 

「そうだねえ。まあ、きみにふさわしい男はおれしかいないと思うけどね」

「? また妙なこと言ってる。そんな話、していないわよ」

 

 プリンプリンが指摘するとボンボンにツーンと顔を背けられた。

 どうしても異性の話に持っていきたがる。プリンプリンは、祖国探しで恋愛に割く時間などないのに……。

 

(困っちゃうな……)

 

 この話は辞めにして別の話題を振ることにした。

 

「ねえ、きのうはありがとう。弾き語りで旅費を稼いでくれて」

 

 昨日の働きを労うとコロッと表情を変えてくる。

 鋭い目つきから極限まで目尻が下がり、打って変わって人懐っこい子どもの顔。

 

「プリンプリンのためならワケないさ。思ったより人が来てビックリしちゃったよ……」

「きみの声がきれいだからよ」

 

 素直に褒めれば、ギターに頬を擦り寄せて照れられる。

 

「ウフフ……そう? 本当にそう思う?」

「ええ。ギターも上手だわ」

「デヘヘヘヘヘヘ……」

 

 面白いほど機嫌を直してくれたのでプリンプリンはホッと一安心。

 

「オサゲもクルクル踊っていてかわいかった。カセイジンがお金の管理をしてくれて……」

「最後には三人で唄ったんだよな。

いやぁ、回を重ねるごとにお客さんを呼べるようになって、旅も安泰安泰!」

 

『おれの実力なら朝飯前さぁ』なんて大口叩きながら、プリンプリンの膝上にいるモンキーの頭をボンボンがクシャクシャ撫でる。

 モンキーが『ギー』と不満げに鳴いてもお構いなしだった。

 細くも節張った手を目で追いながらプリンプリンが呟く。

 

「……ねえ、次はわたしも唄おうかしら。いつもみんなにばかり頼って申し訳ないから……」

 

 前から考えていたことを吐露すると、物凄い速さでボンボンから拒まれた。

 

「それはダメだよ。プリンプリンの大事な祖国の歌をお金儲けに使うなんて絶対にイヤだ」

「でも……わたし、自分の旅だから自分でナンとかしなくっちゃ」

 

 彼女は強い口調で言い募る。

 とび色の瞳に普段の柔和な光だけではなく、まるで火花でも散ったかのような決意が灯っていた。

 

「わたしが、みんなに祖国を一緒に探してほしいと言ったの。それできみたちはここまで来てくれた……。

おんぶに抱っこじゃ、いけないわ。わたしのことなんだから」

 

 その言葉には周囲の冷気さえ切り裂く鋭さがある。

 ボンボンが肩をすくめた。

 

「わかったよ。じゃあ、こうしよう?

おれの歌を唄ってくれないか……あの、新しい世界への門出の歌を。それなら許すよ」

 

 なぜ許しを乞わねばならないのかわからなかったが、ボンボンもボンボンで強情なためプリンプリンが折れることにした。

 

「あの歌、わたし好きよ……たぶん唄えると思う」

「合わせてみるかい」

 

 ボンボンがギターで弦をつま弾く。

 その指の奏でる音に身をゆだね、プリンプリンは唄いはじめた。

 もちろん周囲に聴こえるか聴こえないか、抑えた唄声で。

 この瞬間。彼女の唄声を知るのは隣でギターを弾くボンボンと、膝の上のモンキーだけ。

 

 そろそろ陽が昇る時。

 

 透明で清らかな声が朝陽を連れてくる。

 すると、彼女の高音へもう一人の声が寄り添った。声変わりは終えているものの、どこか少年の儚さが同居した唄声。

 少女と少年の声が睦み合うように重なり合う。

 ギターの音色が道筋を示すかのように先を行き、二人で追いかける。

 

 やがて朝陽が地平線から顔を出し、プリンプリンとボンボンを暖かく照らした。

 いつのまにか互いに寄りかかるような格好になっていた二人は、唄い終えるとしばらく甘い余韻に浸った。

 折り重なる姿は、まるでつがいの鳥。

 

「キィ〜」

 

 二人が彫刻にでもなったかのように沈黙していると、モンキーが静けさを打ち破った。

 ハ、と二人が同時に顔を上げる。

 

「あ、ああ……ボンボン、ありがとう。あなたがリードしてくれて、とっても唄いやすかった」

「プリンプリンも、初めてであんなに上手く唄えるなんてスゴいね」

 

 正直な気持ちなハズなのになぜかお世辞みたいに聞こえてしまう。

 くっつきあっていた肩を離し、すっかり昇りきった朝陽を見つめる。

 

「……昇るとこ、見てなかった」

 

 ボンボンがぽつりとこぼした。

 プリンプリンもだ。唄っている間、妙な熱に浮かされて周りが見えていなかった。

 思い返すと少しだけ怖い。

 でも。

 あの瞬間、心に陽が差し込むような心地がした。

 温かい何かが確かに体を包んでいた。

 

「……帰りましょうか」

 

 プリンプリンがうながすと、ボンボンも『そうだね』と素っ気なく応じる。

 よいしょ、と彼が先に降りる体勢になった。プリンプリンが落っこちないように下で支えるつもりらしい。

 ボンボンが半ばまで降りるまで待ってから、プリンプリンも降りはじめた。

 古い木の皮に足を引っかけ、用心深く地上へ向かう。

 

 ボンボンが地に足をつけると『おーい』と下から呼びかけてきた。

 プリンプリンは声の方向をチラリと見やり、着地地点を確認しようとして――

 

「きゃっ!」

 

 バランスを崩す。

 そこまで高い位置ではなかったが、背中から地面へ叩きつけられるより前に。

 

「プリンプリン!」

 

 ボンボンが抱きとめた。

 力強い腕だった。

 

「あ……」

 

 プリンプリンはちょうど上向く格好になって、彼と顔を突き合わせる。

 真剣なまなざしと視線がぶつかる。

 

「……大丈夫?」

 

 普段より低い声。

 プリンプリンは慌てて彼の腕から離れ、姿勢を正した。

 

「……ありがとう……」

「ウン、無事でよかった」

 

 他人行儀なやりとり。

 ぎくしゃくしながら、二人は相手をおそるおそる見た。

 なぜだか強ばり、口をへの字にして真顔。

 とてつもない違和感が腹からせりあがり、緊張が弾けた。

 手で口を隠し、プリンプリンが体を折り曲げる。

 

「なんて顔してるの」

「きみこそ」

 

 ボンボンも両手で腹を抱え、大笑いしはじめた。

 いつのまにか降りたモンキーが二人をふしぎそうに見比べている。

 

「さ、行こう」

 

 ギターを背負ったボンボンがガウンのポケットに手を突っ込んで歩きだした。

 プリンプリンも続く。

 肩を並べ、朝陽が明るく照らす道を二人と一匹が辿っていった。

 

 おわり

 

ボンプリ好きですか?

  • だーいすき
  • 他CPが推しだけど好き
  • あんまりCP萌えってしないなあ
  • ボンボンの夢女子(夢男子)です!
  • プリンプリンの夢男子(夢女子)です!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。