光の魔法   作:六原

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ラティアSide




私が仕えているお屋敷には一人の少女がいる。

国民のほとんどが彼女の事を知らない。私だって知らなかった。この屋敷にとばされるまでは。

ある日屋敷を探検していると、謎の魔法陣を発見したので発動させてみた。すると地下へ続く階段が現れた。その階段の先には扉が一つだけ。古びた木製の扉だった。錆びた大きな鍵穴がある。おそるおそる扉を押してみる。扉は抵抗なく開いていく。

 

「失礼します…。」

 

真っ暗な部屋の中、一人の少女がこちらに背を向け、埃だらけの床に座り込んでいた。

美しい金色の髪に艶は無い。

 

「あの、私、この屋敷のメイドのラティアと申します。」

 

頭を下げる。

 

「...」

 

少女から返事は返ってこなかった。

 

結局あの後すぐに夕食の支度をしなければいけない時間だったので部屋をでた。あの部屋はなんのためにあるのだろう。少女の部屋というには粗末すぎるあの空間は。

 

 

「こんにちは。」

 

また扉を開く。

少女は昨日と同じ場所に座っていた。

そういえば食事はどうしているのだろうか。

 

「貴女、」

 

涼やかな声が響く。少女の声だ。

 

「っ、はい。何でしょうか。」

 

姿勢を正して返事をする。何というか、背筋がしゃきっとする。

 

「名前は?」

 

私の足元に目線を落として言う。吸い込まれるような深い蒼。

 

「私、メイドのラティア・エメリスと申します。」

 

お辞儀をすると、「そう」と軽く頷いた。

 

「どうしてこんなところにいるの?」

 

そう言われても理由なんてない。私の居場所なんて何処にも無いから、仕方なくこの屋敷にやってきただけで…。

 

「この屋敷に派遣されましたので。」

 

そういうと彼女は首を傾げた。

 

「そうじゃなくて、この部屋にいるのはなんでって聞いているの。」

 

あ、そっちか。

 

「えっと....探検していたら見つけました。」

 

益々首をかしげられる。謎な答えじゃないと思うけどなぁ。

 

「魔法陣があったはずなのだけどどうしたの。」

 

魔法陣…?ああそういえばあった気がする。

 

「発動させちゃったんですけど駄目でしたか?」

 

「え、」

 

なんか凄く引かれている気がする。やっぱ駄目だったのかな?

 

「まあ、いいわ。早く戻った方が良いわよ。」

 

「失礼します。」

 

扉を開くと外の廊下の明るさに目が眩む。

 

 

 

 

おかしい…。あの魔法陣はこの国最高の魔法使いと呼ばれるあいつ―父によるものなのだから。強さは私が一番よく知っている。ただのメイドに解けるようなものではない。そんな魔法陣を大して苦戦もせず…。

 

 

 

 

「貴女には名乗っておくべきかしら。」

 

ある日少女が呟いた。

「ぜひ教えていただきたいです。」

 

ずっとどうやって呼べばいいか困っていたので教えてもらいたい。

 

「私はこの屋敷に囚われた娘。一応嫁いだってことにはなってるけどほとんど身売り。」

 

そんなことが行われていただなんて…。

 

「あの、この部屋を出ようとは思わなかったのですか?」

 

私が聞くと少し顔を伏せた。

 

「....私にはあの魔法陣が解けなかったのよ。」

 

あっ...。それは申し訳ないことをしたなあ。いや、囚われから解放させたから申し訳なくは無いか。

 

「ではお嬢様?」嫁ぐということは名のある家の出ということになるから。

 

「まあ、そうなるかしらね。」お嬢様が頷く。

 

 

 

「お嬢様はこの家に来られたんですよね?」

 

お嬢様の髪を梳かしながらきく。

 

「ええ。」

 

お嬢様の鈴のなるような声が耳に心地よい。

 

「なんでこんな地下室に?」

 

この家には空き部屋もあるから、そこでよかったはずなのに。

 

「....私が魔女だから。」

 

ほとんど声が消えながら呟く。

 

「魔女…ですか。」

 

この国で魔女は敵とみなされている。きっとそれだからこんな場所に置かれてしまったのだろう。

 

「....魔女だから食事もいらないと言われたんですか?」

 

魔女は食事がなくとも生きてゆけるから。

 

「言われてはないけどそういうことでしょうね。」

 

生きるために必要だから食事をとるのではなく、楽しいからという理由で食べるべきであると思うけどなぁ。

 

 

 

 

ああ、お嬢様に空の色を見せて差し上げたい。言葉で空を感じるのでは無く、その目で、心であの蒼さと広さを感じて欲しい。

そう思いながら今日も今日とて階段を下る。そう思ったのには理由がある。今日私が庭掃除をしたから。美しいこの街をお嬢様は見ることができないのが惜しく思う。

今日も地下室は暗い。

 

「あの、お嬢様、気になっていることがあるのですが、」

 

お嬢様がちらと私を見る。森の深さと海の深さを持ったその目がいつも美しい。

そして傍らにはいつものように身長ほどの長さのある銀色の杖が置かれている。

…そういえばこの杖については教えられていない。

 

「そちらにある杖について教えていただけませんか?」

 

お嬢様はそっと傍らに置かれた杖に触れ、じっと杖を見つめた。

 

「これは、私と、エルセリア家の唯一の繋がり。」

 

お嬢様の声だけが部屋に響く。他には何も音がしない。

 

「エルセリア家…」

 

エルセリア家…?聞いたことがあるようなないような。

 

「調べてみなさい。この家にも書家ぐらいあるでしょう?」

 

お嬢様にお辞儀をして部屋を出る。

 

 

 

『魔法使いの名家であるエルセリア家。この国で魔法使いと言われて真っ先に思い浮かぶ家でもある。特に猛威をふるったのは今から200年ほど前。その歴史は長く、代々その強力無比な魔力が受け継がれてきた。そして当主には杖が受け継がれてきた。』本には杖の写真と代々の当主の名が載っていた。

 

 

お嬢様の持っている杖と写真の杖は全く同じだった。

つまりお嬢様はエルセリア家の当主であるということだろうか。

 

「あの、お嬢様。エルセリア家について調べてきました。」

 

地下室でお嬢様に話す。

 

「つまりお嬢様はご当主ということですね?」

 

私の言葉を聞いて顔に影が差す。

 

「はぁ。本当は誰にも話さないつもりだったんだけどここまで足を踏み込んだのなら教えるわ。」

 

お嬢様が立ち上がる。

 

「気になるんでしょう?」

 

この地下室でお嬢様と出逢ったその日から質問したいことばかりだ。

 

「はい。」

 

私の頷きを確認して、お嬢様が引き出しを開く。そこには一冊の分厚い本。

 

「貴女、ここに手を置いて。」

 

言われるがままに手を置く。本の表面には劣化を感じなかった。

私が手を置くと、魔法陣が浮かび上がる。

 

「これは一体…?」

 

こんなもの見たことがない。

 

「これは魔導書。魔法を使うために必要なものよ。」

 

「見ていなさい。」とお嬢様が手を置く。

しかし何も起こらない。これは…。

 

「私は魔力が無いのよ。生まれつき。だから当主にはなれなかった。だから、エルセリア家当主は私の父。」

 

つまり杖はここにあるべきでないということ?

 

「だからこれはここに来る前に盗ったの。」

 

盗った!?そんな簡単に盗めちゃったら駄目な気がする。

 

「この杖が私の元にあり続ければ私はエルセリア家の娘でいられる。そんな甘い考えに縋りついたのよ。」

 

つまりほぼ勘当だったということだろうか。

お嬢様がいつもより小さく見える。私よりずっと威厳がある目上の方であったのが今はただのどこにでもいる少女のようだ。

 

「貴女、魔法使いの才能があるわよ。」

 

!?私はただの家出身だけれど…。

 

「少なくとも私よりもあるわ。だからこの杖を貴女のものにしてちょうだい。」と杖を差し出す。

えっと、なんでこうなったの。

 

「そんな、恐れ多いです。家の大切なものでしょうから。」

 

「私があげると言っているのだから正当よ。」

 

ほら、と渡される。

 

「ありがとうございます…。」と杖を受け取る。

 

「ではお嬢様。お礼と言っては何ですが私の家のものを差し上げますね。」

 

 

 

私の部屋に戻り、トランクの中から“それ”を取り出す。

杖を手に入れた私にはもう必要ないもの。そもそも初めから必要なかったけれど。

私とエメリス家を無理やりつないでいたものを手放す。これほど嬉しいことはない。お嬢様も同じ気持ちだったのだろうか。

 

 

 

「お待たせしました。どうぞ。」とエメリス家の剣を差し出す。

 

「私が言うのもなんだけど手放していいのね?」と剣を見つめながらお嬢様が聞く。

 

ずっと手放したくても手放せなかった。これが私という存在を肯定していたようなものだったから。でも、今はもう必要ない。

 

「はい。持つべきは私ではなくお嬢様だと感じましたから。それに、私にはもう“これ”がありますから。」

 

「そうね。受け取っておくわ。」

 

ああ、これでやっとただの『ラティア』になれる。お嬢様だってきっとただの少女になれただろう。お嬢様に私の重しを渡すなんて従者とは思えないけど。でもきっとこれでいい。

 

あれから私はお嬢様の部屋に魔法陣を張ったのがお嬢様の父であるエルセリア家当主であること、魔女と言うことを隠して家は育てようとしたがオッドアイであるためか魔女とみなされ、魔女として生きてゆくしかなくなってしまったことを知った。

 

 

「お嬢様、望みってありますか?」

 

そっと呟いてみる。きっとこれまでお嬢様は他人に従って生きてきたのだろう。

 

「望みって何かしら。」と話を逸らされる。

 

「こうしたいなぁって思うことですよ。私は幸せに生きていきたい、とか。」

 

「私もそう思うわ。」

 

本当に思っているか怪しいがお嬢様は幸せを望むと答えた。

それならば私はお嬢様の幸せを望む。

そのためにも私は向かわねばならない。

こんなところに留まっていては叶えることはできない。

お嬢様が光に包まれて生きてゆけるように。

私は…。

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