負弾のアリア ―混沌よりも這い寄るGランク― 作:有栖 志衣
「『いやーまいったなぁ』『まさか僕のこの完璧完全な潜入捜査が敵にモロバレしてるなんて』」
「黙れ」
ゴスッと、鈍い音が一面に響きその音の一拍程後にドサリと何かが地面へと倒れこむような音が聞こえた。
暗い、小さな古びた電球がチカリチカリと点滅する様に埃の多い人気のない倉庫の中を断続的に照らす。
まず目に入るのは、大勢の黒服の屈強な男たちであった。
仕立てのいいスーツなのだろう。シワ1つなく、パリッとした糊付けされているその格好はとても上品であるが、それを押し上げるほど膨れた筋肉がその男達の異質さをより一層引き立てていた。
その男達は円を作るように半径五メートル程広がり、ナニカを中心に据えて、腕を水平に構えていた。
黒光りするソレ―――銃を。
全体的に黒塗りで無骨なその銃はグロックと呼ばれるハンドガンである。それを何人もの男達が口を一文字に結び、ただただ何かに警戒するように―――何かに恐怖するかのように中心へと向けていた。
はて、ではその中心には一体何があるのが。体格だけでさえ誰もが畏怖してしまうような男達が一体何を恐れるのだろうか。
ちか、ちか、ちか、と点滅を繰り返していた電球が奇跡か偶然かカチッという軽い音を残して光をより強く、そして完全な点灯をした。
薄暗かったその廃倉庫と思わしき空間が光を取り戻し、何があるのかが完全に浮かび上がる。
それは黒い塊―――否、全体的に黒い服を着た、黒髪の青年であった。
「『あー、いったいなぁもう』『うわ、なんかぬるぬるする』『血が出てるじゃないかこれは酷い。入院決定だなぁ』」
そんな深刻な事を、戯言かのようにヘラヘラと笑みを浮かべながらただ零す。
なんてことの無い。本当にただの戯言なのだから。
その青年は血が流れるのを感じながら、イモムシのように地面をうぞうぞと這った。仕方ない。手足は頑丈そうなワイヤーで皮膚が切れ肉に食い込むほど強くしっかりと結ばれているのだから。
切れ味がいいとはいえ、束になったワイヤーは鈍く皮膚を切断し続ける。その痛みや苦しみはそうそう想像できるのもではなく、強がりならまだしもこの眼の前のナニカのような笑みを浮かべるのは易いことではない。
だからこそ、この異常な空気感に、男たちは冷や汗を流していた。
目の前の青年は弱い。周りの男たちはそう確信していた。彼らも伊達や酔狂に“裏の世界"で生きてるわけではない。彼我の実力など見分けるのは朝飯前である。だからこそ言える。彼らからすればこの青年は万が一、いや億が一あろうと脅威足り得ない、と。
一人、仕立てのいいスーツを着こなす中、真っ赤なシャツと真紅の髪を整髪剤で逆立てた男が嘲笑うように口を歪めた。
「……馬鹿な野郎だ。気づいてないとでも思ったかよこちとら裏社会の看板背負ってんだ……てめぇの胡散臭え捜査がばれねぇとでも思ったのか!?あぁ!?」
ヘラヘラと浮かべられた笑みに思わず苛ついたのか革靴の踵をガツガツと鳴らしながら近づき、青年の髪の毛を乱暴に掴みその頭にグロックを押し付けた。
「『いたいいたいいたーいってば』『おいおい乱暴に扱うなよ。僕は国民的アニメのパンのヒーローと違って頭の交換はできないんだぜ?』」
「……テメェ分かってんのか?この状況」
ついに正気かどうか怪しくなった彼は、訝しげな視線で眼の前の青年に問い掛ける。
その笑みはやはり、崩れない。
「『ん?おいおいなんだよ心配してくれるなんて君優しいじゃん』『さては僕に惚れたな?』『なんてね!冗談冗談!ほらほら皆もそんな硬くならないで!』『3日という僅かな時間だけど苦楽を共にした、仲間。そう!仲間じゃないか!』『それなのに酷いよみんなで寄ってたかって!』『こんないたいけな青年の腕を折ったり指を折って拷問したり!』『あまりに痛すぎて仲間の情報ばらしちゃったじゃないか!』『言えって言われたから言ってやったのにこんな所に連れてきてコンクリ詰めにするとか君らどんだけ外道なんだよ!あぁでも痛すぎて喋っちゃったなら仕方ないよね仕方ない。うんだから僕は』『悪くない』」
「梶さァん!こいつヤバイですよ!もうやっちゃいましょう!」
その声に、周りの男達も銃を構える手に力を入れ始める。殺意が、ドンドンと膨れていく。
それはつまりどういうことか。
そう、この文字通り手も足も出ないこの先の細い青年に、銃を構えたこの屈強な男たちが恐怖を催している、ということだ。
「しゃらくせぇぞテメェら!何ガキ一人にビビってんだ!お前等どいつもこいつも揃って玉無し野郎か!?あぁ!?舐め腐ってんじゃねぇぞォ!」
ビリビリ、と空気が震えるほどの声で一喝したのは梶と呼ばれた赤髪の男だ。
その声に、威圧に、周りの男達は平常心を取り戻し始める。
しかし、それを許す彼ではなかった。
「『おー。おー。随分とまぁ』『こんな弱っちい僕なんかの為にスポ根根性見せてくれちゃって』『流石は裏社会の看板(笑)ドラマも一味違うね(笑)』」
その、軽い調子の言葉に。
パァン。と、軽い引き金は下ろされた。
「か、梶さん!?」
ドサリ、と倒れ伏せる青年の頭からは、脳漿と血の混じったような液体がだらだらと流れでる。
「ヤクザ舐めすぎだ……クソガキが。……おいテメェら、急いで処理すんぞ。お前は“掃除屋"に電話入れろ。硝煙反応なんて残させんなよ」
先程までの威圧は何だったのか、間違いなく死んだ彼の姿を見た瞬間、どっとした安心感と疲れが彼らの身に降り注いだ。
これでもう終わる。全員の考えが一致した時だ。
「『おいおいなんてことするんだよ。脳天一発とかどっかの13も真っ青じゃないか』」
「!?テメェら!」
梶という男は、その声にすぐさま反応し、そしてその梶の声に男たちもすぐに対応した。
即ち。
パァンパパパパァンパパッパァンパパパパァン!!!と、銃声が重なるようにして、ひとつの目標へと降り注ぐ。
「『あ、ぐぁ』『う、ぐ?』『ぉ、ひど、いな』『ぁ』『皆で、動く、事も儘ならなぁ、い。青、ねんにむか、って、』『こんな乱射』『なんて』『ヤングマガ、ジン』『でもこれ、はないよ』」
射たれながらもヘラヘラと笑いながら喋るその姿を見て平常心を保てる人間がどこにいるだろうか。負けるはずのない、この手の内にある武器が、これほどまでに無力に思えるのは何故だろうか。
やがて、弾も撃ち切り、男達は銃口をそのままに視線を硝煙の煙の先に向けた。
「『仲間はいなくて、助けも来ない廃倉庫』『敵は複数の武器所持』『おまけに武器は奪われ手足の自由もない』『あははなんだよこのスリーアウトバッターチェンジなこの状況』『まったく―――何時も通りじゃないか』」
「しゃ、しゃべるなぁ!この、バ、化物!」
常識がついて行かない。なぜ、この男は生きているのか。なぜ、こんな笑っているのか。なぜ、なゼ、ナゼ―――。
「『バケモノって君達散々銃でこっちの事撃ちぬいといていふ台詞じゃあないよね』『ケフケフ、これでも結構痛いんだぜ?』」
「ひ、ひぃ!?」
彼らの耳にその言葉は届いていなかった。ただ彼らは怯える。梶という男も、声を上げる事も出来ずに、その未知なる脅威に銃を構えることしか出来なかった。
「『はぁ』『これじゃあまた綴ちゃんに小言を貰うよなぁ。僕なりに頑張ってるんだけど』『まぁ、いいか。それじゃあ早速終わらせようかな』」
そんな軽い口調と共に、彼の体は“元に戻っていた"。
「……は?え……?」
誰もがまともに反応することなどできない。ただ目の前にあるその異常を、呆けた顔で見ることしかできないのだ。
「『ま』『どうせ忘れちゃうだろうけど自己紹介するよ』『どうも始めまして東京武偵高校からやってきましたナイスガイ!後輩から風と呼ばれて親しまれる僕は』『たった一人のGランク』
『
そう言いながら、いつの間にか自由になった手足で立ち上がり、不気味なほど大きい人の頭ほどあるヘッドの螺子を掲げ、場にそぐわない横ピースをする男は安そうなシューズでこちらへ歩み寄り、ピトリ、とネジの切っ先を男の額へくっつけた。
「『ほいじゃま』『薬物とか人身売買とかその他諸々の罪で君等全員』『現行犯逮捕だよ!』」
軽い口調で述べられたその言葉に、男達は悲鳴を上げることさえ叶わなかった。
◆
「『あ?綴ちゃん?僕僕。』『ちゃんづけて呼ぶなって?照れるなよ。あ、切んないで切んないで』『あ、そうそう潜入捜査ね。もーバレてたみたいで酷い目にあったよ』『うん、一応みんな気絶させてあるから迎えに来て欲しいなーって』『あはは、駄目だねぇ。どうやら僕に潜入は向かないみたい!』『ん、それじゃあね!はーい!』」
ピ、と電子音を鳴らして通話が切れた後、彼は最近ブレイクしている三人ユニットの歌手が壁紙にされているスマートフォンをポケットに仕舞い、気だるげに頭を掻いた。
「『はぁ……今回の潜入少し自信あったんだけどな……』『……やっぱり僕って奴はどこまで行ってもマイナスなんだなぁ』」
とぼとぼとした足取りでいつの間にか暗くなった空に目を向ける。
空にひとつだけ大きく光る満月をしばらくぼやと見ながら、これまた何時も通り、呟いた。
「『――また、勝てなかった』」
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