Go! トラブルメーカー! 〜雑草は花園で咲く〜 作:ナッパー
強く優しく美しく……たしか今から俺が三ヶ月間お世話になる学校のスローガン的な奴だ。
こう言っちゃなんだが、学校にすらまともに行かねぇ俺が、夢も希望もある訳ねぇだろうがよ。
「あーあ……面倒くさぁ」
上品な薔薇の装飾が施された門を見上げながら鼻くそをかっぽじる。
この門の雰囲気だけで、いかにも選ばれたもの以外は通れねぇ学校って感じだぜ。
俺の名前は春山春海。
まぁ……こう言っちゃなんだが、問題児だ。
中学上がってから、将来全部がどうでもよくなってよ、学校なんてほとんど行かなくなったし勉強も全くやらなくなった。
警察のお世話になった事も何回もあったっけなぁ。
だってしょうがねぇだろ? 俺がやりたい事全部悪い事だったんだもん。
俺には夢なんてねぇし希望もねぇ。
今が楽しければそれでいい……ずっとそうやって生きて行きたかったんだが……。
「ごきげんよう」
おもむろに門が開き、校舎に続くであろう長い一本道の奥から人影がこちらに向かってくる。
顔はあんまり見えねぇけどオーラだけでわかる。
めっちゃ上品やん。
この学園の奴らは生徒一人一人がお嬢様なのか?
「う……うぃーす」
やべぇ、緊張しすぎて変な挨拶になっちまったぜ。
しかしまぁ……めちゃくちゃ美人だな。
「春山春海さん……でいいかしら?」
風が吹くたびにさらっと揺れる青い髪、そして俺を見つめ優しく微笑む彼女は、いかにも礼儀正しいお嬢様って感じだ。
「あれ? 俺、名前言ったっけ?」
「学園長から色々お話は聞きましたよ? あなたをここで3ヶ月間、体験入学という形で面倒見て欲しいと……」
「な……なるほどなぁ」
気まずそうに目を逸らして、頭をポリポリと掻く。
「って事は、あんたは学園長経由で全部事情は知ってるってわけね?」
「事情は、学園長から伺っています。体験入学の経緯も、全て。ここでは過去のことは問いません。ですが……」
あれはつい一ヶ月前の事だ、いつものように喧嘩でサツにしょっぴかれて……俺を担当する少年課の刑事の村瀬っていうおっちゃんが、俺の面倒をみれるのはここしかないだのなんだので、そこのお偉いさんとたまたま友達だったから、強制的にここに入学させられた。
名前がノーブル学園……超がつくほど偏差値が高い私立の中学校で、入った奴は基本的に有名な芸能人になったり会社の社長になったりっていかにも紳士淑女しか通う事が許されねぇ学校だぜ。
まぁ……こんな場所に通うなんて反吐が出るような話だが、ここで心身鍛えてもらえー!っておっちゃんが怒鳴り散らすもんだから仕方なくな。
そもそも拒否権なんてないし。
「早速ですが、学園長からお話がありますので、私についてきて下さい」
「へいへい、わかりやした」
おいおい、早速かよ。
俺なんかがこの学園でやってけるかどうかの試験って奴か? まぁいい。
とりあえず色々めんどくせぇけど、まぁ3ヶ月間は我慢してやるさ。
ていうか、下手な試験で入学拒否られた方が俺からしたらありがてぇんだけどな。
「あぁそうだ、申し遅れました。私はこの学園の生徒会長をしてます、海藤みなみと申します」
そう言うと俺に深々と頭を下げお辞儀をする海藤さん。
「こりゃご丁寧にどうも」
俺もつられてお辞儀をする。
「では、行きましょうか」
「うぃーす」
海藤さんに案内されるままに校舎へと足を進める俺。
しかし……この学園はすげぇな。
門を潜ってから校舎までの道もめちゃくちゃ広いし、薔薇とか百合とか咲いてる花壇とかも綺麗に整備されてるぜ。
それにすれ違うこの学園の生徒は、それ違う度にみんな挨拶してくる。
男も女もすれ違う奴ら全員ごきげんようって挨拶してきやがるこんな奴らと3ヶ月間過ごすのか……なんか気が滅入りそうだ。
ていうかなんだよごきげんようって、今どきあったんだなそんな学校。
「着きました、ここが学園長室です」
「うぃーす……」
ギィッと音を立てて開かれる鉄製の扉。
その隙間から垣間見る部屋は……まさに学園長って感じの部屋だった。
「では、中へどうぞ」
「お邪魔しやーす」
言われるがまま海藤さんに促されるまま部屋の中へと入る俺。
その部屋の奥には、いかにも偉そうな机と椅子が置いてあったり……その椅子の背もたれには、なんか高そうな帽子がかけてあったり……なんかもう上品すぎて吐きそうになってきたわ……もう帰っていいかな? 俺、こんな所で過ごす自信ないんですけど。
「学園長、春山春海さんを連れて参りました」
海藤さんが椅子に座る人ににそう伝えると、その人ははゆっくりと立ち上がり俺に向かって軽く会釈をした。
「ごきげんよう、春山さん、学園長の望月ゆめと申します」
俺の前にやって来たのは、緑色のニット帽に花のアクセサリーをつけた物腰柔らかそうなおばあちゃんだった
この人が学園長ねぇ……。
なんて言うか、完全な偏見だけど絵本の読み聞かせとか上手そうな人だな。
「こんちわーす」
つられて軽く挨拶をしては見たものの、これでいいんかな?
なんて言うか……雰囲気的に。
「あらあら、面白い子ですね」
口元に手を添えながら微笑む学園長は、なんだか母性溢れてそうな雰囲気してんなぁ。
こんなのが学園長ねぇ、もっと威厳あって厳しい人かと思ったんだけど。
「いえいえ、では早速本題に入りましょう」
「りょーす」
俺は軽く会釈をしてから海藤さんの横へと移動する。
「春山さん、この学園では3ヶ月間体験入学という形で通って頂きます」
学園長は改めて俺にそう告げた。
「へい」
俺は軽く会釈を返す。
「貴方が今まで素行不良で問題を起こしてきたのは村瀬さんから聞いています。」
あのクソジジイ……いや、でもまぁそりゃそうだろうな。
俺みたいな奴がこの学園に通えるなんてあり得ねぇもんなぁ?
「そこで、貴方にはこの学園の生徒達と触れ合い、寮生活で寝食を共にしそしてまずはこの学園がどんな所なのかを身をもって知って欲しいのです。」
「りょーかいっす」
うん、まぁ……それぐらいなら別に要するに普通の学校とやってる事は何も変わらねぇからな。
俺みたいな問題児を受け入れるって点以外はな。
ほとんどの言葉に対して適当に返事をする俺に構わず、淡々と話をつづける学園長さん。
「ただし、このノーブル学園に入学した生徒は、厳しい
受験勉強を必死に頑張り乗り越えて来た人たちばかりです。
春山さんは特別入学とはいえ、この学園に入学した以上は特別扱いはしません……しっかりと我が校の一人の生徒として扱います。」
「あーはい……そうっすね」
大袈裟に顔をしかめて、さっきよりも不機嫌そうに返事をする。
知らねぇってのそんなこと。
こっちは警察のおっちゃんに言われて強制的に連れられ来てんだ。
「春山さん……貴方はこの学園の生徒として、3ヶ月の間しっかりと生活する覚悟はありますか?」
急に声色が変わった学園長のその一言で、ずっと逸らしてた俺は学園長の目と初めて目が合った。
さっきまでの優しいおばあちゃんみたいな顔だったのに、真剣な眼差しで俺を見つめてやがる。
まさにこの学園の長に相応しい貫禄と威厳に満ち溢れているように感じた。
「……はい」
そんな学園長の気迫に圧倒されて思わず返事をしてしまう俺。
そしてそんな俺の返事に満足したのか、さっきの優しげな表情に戻った。
「わかりました。それではこの学園での寮生活を楽しんで下さいね?春山さん」
最後にニコッと微笑みながら俺にそう伝える学園長。
こうして、俺の特別体験入学が始まったのであった。
「では、春山さん、さっそく教室に行きましょうか……多分今の時間は最後の授業をやっているので見学がてらあなたが入るクラスを紹介します」
「うーす」
海藤さんに促されるように踵を返す。
えぇ……早速授業見に行くのかよ。
なんかもう色々めんどくさいからここから動きたくねぇよ、ていうか早く帰りたい……。
でもまぁとりあえず3ヶ月間ここで過ごすって事が決まればそれでいいや俺はよ。
おっちゃんからどやされなくて済むしな。
そして俺は海藤さんの後ろに引っ付いて学園長の前を去ろうとした。
「ねぇ、最後に一つ質問いいかしら?」
学園長さんが部屋から出る直前に、俺を呼び止める。
「なんすか?」
さっきよりも低いテンションで気だるそうに返事を返す。
一体どんな質問が来るんだ? まぁ、どうせしょうもない事だろ……。
「貴方には、何か夢はあるかしら?」
「夢?」
学園長のその一言で、俺にはその場に留まって少し考えてみる。
そして……ほぼ一瞬で答えがでた。
「ないっすよ、そんなもん……俺は今が楽しければそれでいいですよこれからもこの先もずっとね」
あっけらかんと答えてみせた俺の姿を見て、海藤さんは少し驚いたような表情を見せてきた。
いや、そんな顔されてもしょうがねぇじゃん、ないもんは無いんだからよ。
第一、俺みたいな奴がそんな大層なもん持ってる訳ねぇだろ。
「そう……わかったわ、ありがとう」
俺の答えに納得したのか、学園長はそれ以上何も言わずに微笑んできた。
結局なんだったんだ……今の質問はよ?
「では、行きましょう春山さん」
「あいあいさー」
学園長室を出た俺は、改めて海藤みなみさんの後ろを歩き始めた。
――貴方には、何か夢はあるかしら?――
教室までの装飾された長い道を歩いている途中。
部屋を出る直前にあのおばあちゃん学園長から出された質問とあの時の海藤さんの表情が、頭にこびりついて離れねぇ。
「なぁ、海藤さん……だっけ?」
「はい、何でしょう?」
「あんた、なんでそんなに驚いた顔したんすか? 夢がないって言って、そんな変すか?」
教室に着くまでの雑談がてら、前を歩く海藤さんに質問してみた。
俺の問いかけに、みなみさんは足を止めず、少しだけ顔をこちらに向けた。彼女の長くて青い髪が、優雅に揺れる。
「変、というわけではないわ。ただ……この学園に入ってくる生徒は、多かれ少なかれ、皆、夢を抱いている。それは、具体的に女優になりたいとか医者になりたいというものから、誰かの役に立ちたいといった漠然としたものまで、様々だけれど」
「ふーん」
「夢が無い、とはっきり言い切る人に会うのは、久しぶりだったから」
締めくくりに呟く彼女の声色が、また少し曇った気がした。
「そりゃ、わざわざ夢を追うためにこんな学校に入りてぇ奴と、俺みてぇに強制連行されてきた奴じゃ、違って当たり前だと思いまっせ?」
そんな彼女に構わず鼻を鳴らしながら呑気そうに答えた。
自分を卑下しているわけでもねぇ。
俺からしたら、これはただの事実だって思ってる。
「そうね……。でも春山さん。私は、夢が無いことが悪いことだとは思わないわ」
「は?」
「夢は、誰かに無理に持たされるものではない。あなたにとって、今は『今が楽しいこと』が、一番大切なのかもしれない。けれど、もしこの学園で何か心が動く瞬間があったら、それを大切にしてほしい」
「心が動く瞬間……ねぇ」
そんなもんこの優雅で、俺からしたら鼻につくほど完璧な世界で見つかる気がしないぜ。
俺にとって心が動く瞬間? なんて、大抵は誰かと喧嘩してるか、数少ないダチと馬鹿みたいに騒いでるかのどっちかだっての。
「……では、教室にご案内します。一年星組です」
海藤さんはそれ以上何も言わず、また上品な歩調で廊下を進み始めた。
彼女が言った心が動く瞬間なんて、まさにここの学園のスローガンみたいで俺には全く響かねぇ。
全部綺麗事だろ? そういうの全部よ。
そう心の中で吐き捨てながらさっき言ってた一年星組? とかいう教室の重厚な扉の前で立ち止まり、海藤さんが軽くノックをする後ろで、大口を開けて欠伸をした。
「みなさん、授業中かと思いますが、転入生をご紹介します」
扉が開き、海藤さんに促されて、俺は一歩、教室の中へ足を踏み入れた。
窓からの光を浴びた教室には、数十名の男女が座っている。
あーあ……すげぇなおい。
全員が制服を完璧に着こなし、顔立ちも整ってる奴がほとんど。
まるでどっかのアイドルグループの集合写真見てぇだな。
んでもって俺に向けられた視線は、
なぜこんな人間が? っていう疑問をありありと含んでいる。
まぁそりゃそうか……雰囲気とか顔つきとか何から何まで明らか違うもんな?
でもそんなことは気にしねぇで、俺はふてぶてしく前いた中学校の学ランのポケットに手を突っ込んだまま教室を見回した。
「どーも。春山春海っす。不良ですが、ここで三ヶ月、世話になります、好きなラッパーは般若で好きなゲームは龍が如くです」
わざわざ不良って言葉を強調して、あえて強気に自己紹介をしてみる。
教壇に立っている担任らしき先生が、困ったような表情で咳払いをしやがった。
先生は呆れ半分、諦め半分といった口調でそう告げた。
ま、そりゃそうだわな。般若だの龍が如くだの、このお上品な空間じゃエイリアン語喋ってるようなもんだ。
まぁでもどこに行こうが俺は俺だ。
むしろ今ので俺には関わりたくなくなっただろ。
だって、こんな自己紹介した俺ですら、こんな奴と関わりたくねぇもん。
でも今の俺にはそれがいい。
このまま3ヶ月間誰とも関わらずに大人しくしてれば家に帰れるんだ。
ただ静かに、時間が過ぎるのを待つだけ……それが俺のノーブル学園での唯一の目標だ。
「あなたには窓側の一番後ろの席、天ノ川きららさんの隣に座ってもらいます」
「うぃーす」
先生に指さされた場所へ、俺はポケットに手を突っ込んだままダラダラと歩いていく。
クラス中の視線が突き刺さるが、知ったことか。俺は透明人間になるって決めたんだ。
指定された席にドカッと腰を下ろす。
隣を見ると、そこにはいかにも気が強そうな、派手な金髪の美少女が座っていた。
天ノ川きらら、か。
雑誌の表紙にでも出てきそうな顔立ちだぜ。
まぁこんなのもいるんだな。
彼女自身はは俺が隣に来てもチラリとこっちを見たただけで、すぐに興味なさそうに視線を逸らした。
へっ、上等だよ。そっちがその気なら好都合だ
俺はそのまま机に突っ伏して、目を閉じる。
夢なんてのは寝て見るもんだぜ。
心の中でそう呟きながら、意識が遠のいていく中、聞こえてくるのは教師の眠くなるような講義と、周りの優等生たちが真面目にノートを取る音だけ。
俺には関係ねぇ世界だ。
――――――――――
「それでは、ホームルームを終わります、ごきげんよう」
「「ごきげんよう!」」
やかましいチャイムの音と一斉に響くごきげんようの大合唱が俺の耳をつんざいた。
寝ぼけた頭で周りを見渡すと
優等生たちは、とっくに帰りの支度を済ませて教室を出て行こうとしている。
黒板にはぎっしり連絡事項らしき文字が並んでて……そっか、どうやら俺、寝ちまってたみたいだな。
しかも授業どころかホームルームをもまたいで……。
「春山さん」
突然氷みてぇに冷ややかな声が俺の頭上に落っこちてきた。
顔を上げると、そこには腕を組み、俺を見下ろす海藤みなみさんの姿が……。
「うげ、しまった」
「うげとはご挨拶ですね。……よく眠れたかしら?」
険しい表情でこっちを見下ろしながら冷たく言い放ってくる。
「おうよ。寝心地最高だったぜ。この学校の授業は随分と眠れる子守唄だ」
そんな彼女の冷たい態度にイラッときたもんで、つい強気な口調で言い返しちまう。
だけど海藤さんはそんな俺の憎まれ口にはひるまず一つ溜息をつきピシャリと言い放った。
「呆れたわ……見学とはいえ、体験入学初日から授業を放棄するなんて。この学園の生徒たちは皆、夢に向かって一分一秒を惜しんで努力しています。貴方のその怠惰な態度は、彼らへの冒涜とも取れますよ」
「ぼうとく……? なんだその難しそうな言葉、漢字書けねぇよそんなの」
って俺は鼻で笑ってやったけど、全然ビビってねぇじゃん。
むしろ、内心はこっちの方がビクビクしてたぜ。
その青い目が俺のことガン見して離さねぇし。マジ怖ぇ。
「事実です」
ズバッと言いきられる。
その一言で完全に俺の言葉が詰まっちまった。
「これは忠告ですが、学園長から貴方の更生を頼まれている以上、私は貴方の生活態度を厳しく監督する義務があります」
うわ、なんか難しい言葉を早口で言ってきた。
ていうかなんだよ監督って……野球かよ。
とか思ってたら、海藤さんが一歩グイッと踏み出して、俺の顔を覗き込んでくる。
その瞬間鼻先にフワッてすげぇいい匂いが引っ付いてきたが、顔がマジすぎてそれどころじゃねぇ。
こっちの心臓が縮み上がるわ。
「今後、授業中の居眠りは今後一切禁止します。……いいですね?」
めんどくせぇ。
これ以上口答えしたら、なんかすごい長い説教コースになりそうな気がする。
そういうのは俺の脳みそがパンクするから、一番勘弁してほしいんだよな。
俺は降参って感じで両手を挙げた。
「……へいへい、善処しますよ」
「善処ではなく約束してください……まあいいでしょう、その言葉、覚えておきますからね」
海藤さんはやっと怖い顔をやめて、くるっと後ろを向いた。
また髪の毛がファサってなった。シャンプー何使ってんだろ。高そう。
「よろしい。では、寮へ案内します。ついてきなさい」
「うぃーす」
俺はダルそうに立ち上がって、その後ろをついていく。
マジかよ、すげぇのに捕まっちまったな。
寮に着くまでまたなんか言われそうで、マジだりぃ。
「ついてきなさい」
そう言って歩き出した海藤さんの背中は、なんかもう隙がねぇっていうか、背中に定規でも入ってんじゃねぇかって疑うレベルでピンとしてる。
歩く速さも結構早くて、俺はポケットに手を突っ込んだまま、少し小走りでついていく羽目になった。
校舎を出て、無駄に広い中庭を抜ける。
そこには、城みたいなデカい建物が二つ、少し離れて並
んでいた。
「あちらに見えますのが、私たちが生活する女子寮。そして……」
海藤さんが足を止め、もう一方の建物を指差す。
「春山さんがこれから三ヶ月間生活するのは、こちらの男子寮になります」
「へぇ、別々なのかよ。つまんねーの」
俺がボソッと言うと、海藤さんはジロリと冷たい視線をよこした。
「当たり前よ、ノーブル学園は紳士淑女を育てる場所、節度ある行動が求められます」
「はいはい、わーってらぁ」
男女別とか、まあそりゃそうか。
こんなお上品な学校で、俺みたいなのが女子寮うろついてたら、それこそSPみたいなのにぶっ殺されちまうか……。
そんな妄想をしながら俺たちは男子寮の玄関をくぐった。
中に入っても、やっぱりすげぇ。
床はピカピカだし、天井からはシャンデリアみたいなのがぶら下がってるし、どっかの高級ホテルに迷い込んだ気分だ。
すれ違う男子生徒たちも、みんなシュッとしてて、育ちが良さそうな顔をしてやがる。
俺のことなんか空気みたいにスルーだ。ま、そっちの方がありがてぇけどよ。
「ここです」
海藤さんが立ち止まったのは、二階の奥にある部屋の前だった。
プレートには201号室とある。
「ここが貴方の部屋です。ルームメイトは……もう戻っているようですね」
部屋の中から、なんかフンッ! ハッ!みたいな妙な掛け声が聞こえてくる。
なんだ? 筋トレか?
海藤さんは慣れた手つきでノックをすると、ガチャリとドアを開けた。
「失礼します」
俺もその後ろから、のっそりと部屋の中を覗き込む。
部屋の中は、男の部屋にしちゃあ随分と小綺麗に片付いていた。
ベッドが二つ並んでて、その真ん中のスペースで……
ビュンッ!!
テニスラケットを思いっきり素振りしてる奴がいた。
「……お?」
ラケットを振り切った体勢のまま、そいつがバッとこっちを振り向く。
短めの髪に、いかにもスポーツやってますって感じの日に焼けた肌。
汗を拭いながら、そいつは海藤さんに気づいて慌てて姿勢を正した。
「あ、生徒会長! ごきげんよう!」
「ごきげんよう、藍原さん。……精が出ますね」
藍原?
なんか聞いたことあるようなねぇような。
ていうか部屋の中でラケット振るなよ危ねぇな。
海藤さんが、事務的な口調で紹介を始めた。
「藍原さん、紹介します。今日から体験入学でこの部屋に入ることになった、春山春海さんです」
「ああ、聞いてますよ! お前が転入生の……」
そいつ――藍原ゆうきは、ラケットを小脇に抱えながら、俺の顔をマジマジと見てきやがった。
その目はなんていうか、やたらと熱いというか、真っ直ぐすぎてウザい。
正直俺が嫌いなタイプだぜ。
俺はわざと不機嫌そうに、片手をあげて挨拶した。
「うぃーす。春山っす。よろしく」
「俺は藍原ゆうきテニス部に所属してんだ、よろしくな」
藍原はニカっと笑って自己紹介しやがった。
こりゃまた、随分と暑苦しいのが相方になっちまったもんだ。
HIPHOP聞いて聞いてウェイウェイするような奴じゃねぇことだけは確かだな。
趣味は合わなそうだ。
「では春山さん、学校案内の続きはまた明日から再開します。
くれぐれも問題を起こさないように」
ごきげんようと挨拶と一緒に最後に釘を刺すような視線を俺に残して、海藤さんは部屋を出て行った。
バタン、とドアが閉まる音が、やけに重く響く。
さーてと
この熱血テニス馬鹿と二人きりか。
俺は自分の荷物が置いてある空いてる方のベッドにドカッと腰を下ろした。
しかしまぁ……暇だなぁ。
娯楽なんにも持ってこなかったわ。
「なぁおいテニス」
俺はベッドに寝転がったまま、ラケットの手入れを始めた藍原に声をかけた。
「藍原だっつってんだろ。……なんか用か?」
藍原はラケットの網みたいな所を指で弾いて音を確かめながら、めんどくさそうに返事をした。
「ここ、漫画とかねぇの? ジャンプとかマガジンとか。せめてコロコロでもいいぜ」
「漫画ぁ? ……ハッ、ガキかよお前」
藍原は鼻で笑って、机の上に置いてあった雑誌を俺の方に放り投げた。
バサッと俺の腹の上に落ちてきた雑誌の表紙には、暑苦しい男がスマッシュを決めている写真。
タイトルは月刊スマッシュ。
「いらねぇよ、 なんで俺が他人の玉遊びの解説読まなきゃなんねぇんだよ」
俺は雑誌を藍原のベッドに投げ返す。
「なんだと! 玉遊びじゃねぇ! テニスはメンタルとフィジカルの芸術だ!」
「はいはい……じゃあテレビは? バラエティ観てぇんだけど」
「テレビなら談話室にあるけど、俺は行かねぇぞ。これから昨日のテニスの録画見直して、フォームの研究しなきゃなんねぇからな」
こいつの夢……聞かなくてもわかるわ、絶対テニスプレイヤーだろ。
「お前さぁ、人生の楽しみテニスしかねぇの?」
「テニスがあれば十分だろ。……あー、もう! 話しかけんな。イメージトレーニングが途切れる」
藍原はそう言うと、あからさまに俺に背中を向けやがった。
ブツブツとここでステップを刻んで……とか呟いてる。
「うわぁ、マジモンだこいつ」
ダメだこりゃ。
予想はしてたけど話が合わねぇ。
文字通りの監獄じゃねぇか、ここは。
こりゃ寮ガチャ外れたなぁ。
心の中でそう呟いたあと、俺は左側に寝返りを打った。
俺の目に映るのは、事前に持ってこさせられた大きめのトランクケースひとつ……。
多分やらないと行けないこと色々あるけど……もういいや明日で。
「――ろ! おい! 起きろ春山!」
「……んあ?」
けたたましい怒鳴り声と、勢いよく体を揺さぶられる不快な感覚……目を開けると、視界いっぱいに藍原のドアップがあった。
「うわっ、ちけぇよ!」
俺は反射的にのけぞって、そのままベッドから転げ落ちた。
ドサッ! と鈍い音を立てて床に背中を強打する。
「いってぇ……何しやがる」
「何しやがる……じゃねぇわ! もう点呼の時間だぞ!」
「うぇ? もう?!」
どうやらあの後俺は朝になるまでねむりこけていたみたいだった。
藍原が腰に手を当てて、カーテンを勢いよく開け放った。
シャッ! という音と共に、暴力的な朝日が俺の眼球を焼く。
「うぐっ……! 眩しい……溶ける」
「吸血鬼かお前は。ほら、さっさと着替えろ、みんなもう先行ってんだ。
遅刻したら連帯責任で俺まで怒られるんだからな」
藍原はすでに制服を完璧に着こなし、髪もセット済みだ。
こいつ、朝から元気すぎんだろ。エネルギーの塊がよ。
「へいへい……わーってらぁ」
床から芋虫みてぇにのそりと這い上がって、枕元に畳んで置かれた制服を手に取る俺。
どうやら昨日の俺は、あれから飯も食わず前の学校の制服も脱がずに寝ちまったみたいだ。
「ブレザーねぇ……こういうの初めて」
ゆっくり学ランとズボンを脱ぎ新品のブレザーに手を通す。
なんか体が締め付けられる気分だ。
ベッタリ体に張り付いてる感じがして気持ち悪ぃ
来たばっかりだってのに早く脱ぎたくなってきた。
「……よし、完了」
鏡も見ずに適当にボタンを留め、ネクタイを首に引っ掛けるだけ。
第一ボタン? 留めるわけねぇだろ、窒息死するわ。なんならボタン全部開けてぇよ。
ズボンのベルトも緩めに締めて、さぁ準備完了!
そのまま意気揚々にドアノブに手をかける。
「待て」
後ろから襟首をガシッと掴まれ、俺の体は強制停止させられた。
「あぐっ!? ……おい、首絞まってんだろ離せ!」
「お前、鏡見てないだろ」
藍原は俺の手を振りほどくと、呆れたように俺の全身を指差した。
「襟が折れ曲がってる、ネクタイは緩すぎ、シャツの裾は出放題。だらしないにも程があるぞ」
「うっせぇなぁ! 朝から小言ばっか言いやがって。これはラフ・スタイルっていう高等な着こなしなんだよ」
「寝癖がついたままのラフ・スタイルがあるかよ! ここはノーブル学園だぞ、身だしなみは心の乱れだ!」
藍原はそう言うと、有無を言わさず俺の襟元に手を伸ばしてきた。
「ちょ、やめ……!」
「動くな! シャツを入れる!」
「お前昨日から思ってたんだけど距離が近いんだよ! 暑苦しい!」
抵抗する俺を無視して、藍原は強引に襟を直し、ネクタイをキュッと締め上げやがった。
グエッ、とカエルの潰れたような声が出る。
「……よし。最低限これなら許容範囲か」
自分の納得いく形に俺を整えて満足したのか、藍原は一つ頷いてスタスタとドアへ向かう。
「……チッ。お前、絶対将来ハゲるぞ。ストレスで」
「ハゲねぇよ! 俺は心身ともに健康だ! ほら、行くぞ!」
俺は直されたばかりのネクタイをこっそり少し緩めてから、舌打ち混じりにその後ろをついていった。
「……あー、だりぃ」
鼻くそをほじりながら、窓際最後尾とかいう一番先生に見つからなさそうな場所でボケっと窓の外を眺める。
周りを見渡せば、どいつもこいつも背筋ピーン。
量産型のエリート製造工場に迷い込んだ気分だぜ。
「……ふぁ~あ」
顎が外れそうなほどデカいあくびをぶちかまして、ふと俺は隣を見た。
昨日の派手金髪女……確か名前は天ノ川きららだっけ?
彼女は優雅にシャーペンを走らせている。
おっ、派手なくせに真面目じゃん……と思いきや、
教科書の陰に、こっそり隠された小さなノート。
そこに描かれているのは、なんかトゲトゲした星型の……謎の物体?
俺は体を斜めに傾けて、小声で囁いた。
「なんだそれ……新しい鈍器かなんかか?」
きららのペンがピタリと止まる。
ゆっくりと首だけが回ってきて、呆れたような目が俺を捉えた。
「は? ドーナツの新作ラフだけど」
「ドーナツぅ? 嘘つけ、どう見ても鉄球だろそれ。食ったら口の中血まみれになんぞ」
「アンタ、感性終わってんじゃない? ……これは『キラキラ・スター・ドーナツ』食べる芸術なの」
「へぇ、なんか胃の中で暴れそうな芸術だな」
俺が鼻で笑った、その瞬間だった。
突然、長年の補導回避スキルが警鐘を鳴らす。
俺は思考より先に首をコキッと横に曲げた。
カツーンという音を立てて、
ちょうど笑っていた俺の鼻先数センチを、チョークが音速で通り過ぎて後ろの黒板に突き刺さって粉がパラパラと舞い散ってやがる。
「……おぉ、あぶねっ。殺す気かよ」
「貴様ぁぁ……! 春山ぁ!」
教壇には、投球フォームのまま固まっている歴史教師、名前は……わかんねぇけど体型がゴリラみたいだからゴリラでいいわ。
「授業中に、鈍器だの血まみれだの、物騒な単語を叫ぶんじゃない!」
「いや先生、チョーク投げんのも十分物騒だと思いますけど? 凶器っすよよアレ」
「黙れ! 避けたならペナルティだ! 名誉挽回したければ、この問題に答えろ!」
理不尽すぎるだろ。
ゴリラ先生はドラミングみたいな勢いで黒板をバンバン叩く。
「鎌倉幕府の成立年! これを答えられなければ、今日の放課後は補習だと思え!」
うわ、めんどくせぇ。補習とかマジ勘弁。
でもまずったなぁ。
俺の脳内ライブラリに歴史なんて高尚なデータはねぇ。あるのは『龍が如くの登場人物名鑑くらいだ。
やべぇ終わった。
俺が白目を剥きかけた、その時。
「……1192」
隣から、独り言みたいな声が聞こえた。
チラリと見ると、きららはこっちを見もせず、涼しい顔で鉄球ドーナツに色を塗ってやがる。
へっ、ツンケンしてる割にはお優しいこって!
俺はネッチャリと笑うと、自信満々に立ち上がった。
「先生! そんな簡単な問題、俺への侮辱っすよ!」
「ほう、なら言ってみろ」
俺はビシッと指を突き立てて叫んだ。
「答えは1192年! 『イイクニ作ろう鎌倉幕府』だ!!」
ドヤ顔で言い放つ俺。
勝ったな……。
しかし、教室の反応は微妙だった。
周りからはクスクスという忍び笑いと、憐れむような視線。
「……残念だったな」
「なに?!」
ゴリラ先生がニヤリと笑う。
「今は研究が進んで、『1185年』(いいはこ)説が主流なんだよ。教科書をよく読んでおくように」
「は……はぁ!? いつの間に変わったんだよ! 詐欺だろそんなの!」
ドヤ顔をかますゴリラに、勢い余って机から身を乗り出して抗議する。
「時代は変わるものだ。貴様の頭の中は昭和で止まっているようだな。……まあいい、正解に近いから座ってよし」
「ちぇっ……なんか納得いかねぇ」
俺は渋々椅子に座り直す。
隣を見ると、きららが口元だけで小さく笑っていた。
「……お前やったな? ハメたな?」
「ハメた? じょーだん。私はただ『アンタが覚えてそうな古い年号』を教えてあげただけ」
きららは悪戯っぽく目を細めて、小声で続けた。
「……ま、補習は回避できたんだから感謝しなさいよ。時代遅れのヤンキーくん?」
「誰が時代遅れだ。平成生まれ平成育ちだっての」
このドーナツ女が……やっぱ人は見かけによりやがるぜ。
デカすぎんだろ、態度も格好もよ! いや、格好は俺の方が派手か、さっきの点呼で髪色怒られたし。
やれやれ。
でも、とんでもねぇ食わせ者かと思ったが、意外と話せるかもしれねぇ。
俺は小さく鼻を鳴らし、再びあくびを噛み殺して、ぼーっと正面を見続けた。
キーンコーンカーンコーン……。
救いのチャイムが鳴り響く。
ゴリラ先生が教室を出て行った瞬間、張り詰めていた空気が一気に緩んだ。
「……っし、やっと解放された」
俺は大きく伸びをして、凝り固まった肩をボキボキと鳴らす。
隣のドーナツ女は、チャイムと同時に慌ただしく立ち上がり、早足で教室を出て行っちまった。
なんか急いでんなぁ……ドーナツでも食いに行くんか?
さて、俺も購買でも探して……と立ち上がろうとした時だ。
「失礼しまーす! あの、転入生の春山くんっていますか?」
教室の入り口から、やけに通る元気な声が響いてきやがった。
クラス中の視線が一斉にドアの方へ向く。
そこに立っていたのは、栗色の髪をお団子にしてる女子生徒だった。
ノーブル学園の制服が歩いているみたいな、いかにも育ちの良さそうな雰囲気だが……なんか圧がすごい。
まだここに来て2日目ではあるけどよ、この学園の奴らは多かれ少なかれなんかこう気品さみたいな物を持ってる感じがするが、こいつに関してはそういうのがあんま見えない、むしろその気品さを天真爛漫さに全振りしたような奴がきやがった。
そして彼女の後ろには、メガネをかけた髪が三つ編みの大人しそうな女子を一人引き連れている。
「あー、俺だけど。なんか用?」
俺が頬杖をついたまま気だるげに返事をすると、その女子はパァッと顔を輝かせて、ズカズカと教室に入り込んでくる。
「あ! いた! あなたが春山くんだね!」
おいおい、他クラスの奴がそんな堂々と入って来ていいのか? 周りの優等生たちが
「え、誰?」 とヒソヒソ噂してるのが聞こえる。
「隣のクラスの春野さんじゃ……」
彼女は俺の席の前まで来ると、満面の笑みで言った。
「ごきげんよう! 私、隣のクラスの春野はるかっていいます!」
「……へぇ。で、その隣のクラスの春野さんが俺になんの用っすか?」
俺があくび混じりに気だるそうに尋ねて見たが、こいつは全く動じてねぇみたいだ。
むしろ興味津々といった目で俺の頭――赤髪をジロジロ見てきやがる。
「噂を聞いて挨拶に来たの! なんか、すっごく個性的な転入生が入ってきたって!」
「いや、個性的ってか、ただの不審者扱いだろ。……用がないなら帰ってくれよ、俺ぁ眠いんだわ」
シッシッ、としかめっ面で手で追い払う仕草をするが、はるかとかいう奴はめげない。
それどころか、後ろに隠れていたメガネ女子をグイッと前に押し出した。
「紹介するね! 私のルームメイトの、七瀬ゆいちゃん!」
「あ、ああの……七瀬、ゆいです……よ、よろしくお願いします……!」
小動物みたいにプルプル震えながら、上目遣いで俺を見ている。
あからさまにビビってるじゃねぇか。これが普通の反応だぞ、春野サンよ。
俺はため息を一つついて、椅子の背もたれにダラっと体を預けた。
「……俺は春山。よろしゅう」
両手を広げ少しドスが聞いたような声で軽い挨拶をする。
「ひぃっ……! ご、ごめんなさいぃ……!」
が、なぜかゆいって女子はビクッと跳ね上がって再びはるかの背中にシュバッ! と隠れてしまった。
速ぇな……残像拳かと思ったわ。
「ちょっと春山くん! ゆいちゃんを怖がらせないで!」
「怖がらせてねぇよ。俺はただ座ってるだけだろ」
俺はダルそうに頭を掻きながら、隠れているゆいに声をかける。
「おいメガネちゃん、そんな震えんなよ別に取って食ったりしねぇからさぁ……めんどくせぇし」
「め、めんどくさい……?」
「そ、俺は基本、事なかれ主義なんだよ。……売られた喧嘩以外はな」
俺がやる気なさそうに言うと、ゆいはまだ警戒しつつも、少しだけホッとしたように肩の力を抜いた。
それを見たはるかが、うんうんと満足そうに頷く。
「ふふ、やっぱり春山くんって面白い人だね! ちっとも怖くないじゃん!」
「はぁ? お前さぁ……目の玉どこについてんだ? 眼科行ったほうがいいぜ?」
「大丈夫だよ! 目はいいもん! ……あ、そうだ!」
すると突然はるかは手をポンと叩くと、とんでもねぇことを言い出しやがった。
「春山くん、お昼まだでしょ? もしよかったら、私たちと一緒に食べない?」
「……はぁ?!」
いきなりの提案に、俺とゆいが同時に声を上げた。
「は、はるかちゃん!? 春山さんはその……男子ですし……初対面ですし……!」
「そうだぜ! 俺ら初対面だし、なんなら気が変わったらそこのメガネちゃんとって食っちまうかもしんねぇじゃねぇぜ?」
大袈裟な声でゆいをの目を見ながら口を開けて噛み付くふりをしてみる。
その瞬間彼女はひぇっと声を裏返してまたはるかの背中に残像を残して消えていきやがった。
「だからゆいちゃんをいじめないでってば! でもほぼ転校初日だし、一人じゃ寂しいでしょ? お天気もいいから中庭でピクニックしようよ!」
こいつ……マジか。
この学園で浮きまくりなこの俺を……会って3分の女子がランチ会に誘う?
同部屋のテニス馬鹿といい、この学園の奴らはどいつもこいつもネジがぶっ飛んでんのか?
なんか本気で怖くなってきたんだけどこの学園……俺居ていいんかな?
「でもすまんな、せっかくのお誘い申し訳ねぇけど俺はパスだ。一人で寝てたいんだよ……」
一瞬言葉にできない不安が頭をよぎったが、冷静さを装って断ろうと机に突っ伏したその時。
グゥゥゥゥ……。
俺の腹が、雷みたいな音を立てて鳴り響いた。
「…………」
教室に静寂が走る。
「あはは! 春山くんのお腹、正直だね!」
はるかがケラケラと笑う。
「ゆいちゃんのサンドイッチ、すっごく美味しいんだよ! 行こ!」
「笑うなったく……」
顔が熱くなるのを感じながら、俺は観念してのっそりと立ち上がった。
「わーったよ。サンドイッチの具次第では付き合ってやる」
「やった! 行こ行こ!」
こうして俺は、転校初日からピンクのタイフーン、こと春野はるか、そして小動物七瀬ゆいに連行されて、中庭へと向かうことになったのだった。
だが、平和ボケしたこの時の俺はまだなんにも知らなかったよ。
この2日間で出会った3人が、ただこの学園に3ヶ月間だけ過ごせば良かったこの俺の運命を、大きく変えていく存在になる事にな。