Go! トラブルメーカー! 〜雑草は花園で咲く〜 作:ナッパー
小話、春海の過去編
これは……この俺、春山春海がなぜノーブル学園に入ることになったのか……言わゆる過去編って奴である。
無機質な足音がコンクリートの壁に反響して近づいてくる。
重たい鉄の扉が開く音。
俺は手錠をかけられた両手を見つめたまま、顔も上げずにパイプ椅子に深く沈み込んでいた。
ここは警察署の取調室。
ドラマで見るようなカツ丼が出てくる人情味のある場所じゃねぇ。
ただ薄暗くて、カビ臭くて、絶望が染み付いたクソ狭い場所だ。
「あーあ……こりゃまたこっぴどくやられたなぁ春海」
聞き飽きたしゃがれ声と一緒に、ドカッと向かいの席に座ったのは、よれよれのスーツを着た中年の刑事――村瀬のおっちゃんだった。
「……うるせぇよ。俺の顔より相手の心配してやれよ」
俺はふてくされて、手錠をかけられた手で鼻糞をほじった。
擦りむいた傷が少ししみる。
ま、俺の怪我なんてせいぜい唇が切れたのと、拳が腫れた程度だ。
それに比べて相手の連中は今頃病院でミイラ男みたいになってるはずだろうよ。
「おう、したとも。隣の高校の不良グループ5人、全員全治一ヶ月だってよ。……一人で特撮ヒーローごっこでもしたつもりか? 相手は高校生だぞ?」
おっちゃんは呆れた顔で調書をペラペラめくりながら、懐からガサゴソと袋を取り出した。
静かな取調室に派手な袋を開ける音が響く。
途端に、強烈なスパイスの匂いが充満した。
「……おいクソジジイ、取調室でカレーせん食うな。くっせぇんだよ。」
「ガハハ! 腹が減っては取り調べはできぬってな。ほら、お前も食うか? 激辛だぞ」
「いらねぇよ!」
差し出されたせんべいを手で払いのける。
ったく、緊張感のかけらもねぇなぁ、この刑事さんはよ。
俺はため息をついて、パイプ椅子の背もたれにふんぞり返った。
「で? どうすんの? さっさと少年院にぶち込む手続きしろや。俺も暇じゃねぇんだ」
「ガッハッハッ! 生き急ぐんじゃねぇよ。……その前に動機を聞かせろ。お前、普段は売られた喧嘩しか買わねぇ主義だろ? なんで自分から相手の学校にカチコミかけた?」
おっちゃんがボリボリと音を立てながら聞いてくる。
その目は笑ってるようで、ちゃんと刑事の目をしてやがるからタチが悪い。
俺だけじゃねぇ、この目に睨まれた奴は大抵嘘をつけねぇでホントの事ゲロっちまうんだ。
「……別に? ムカついたから殴った。それだけだっての」
「嘘つけ。……ケンジだろ?」
「……ッ」
図星を突かれて俺は舌打ちした。
ケンジってのは、地元のツレで喧嘩も弱いくせに調子に乗るバカだ。
「あいつが昨日、ボコボコにされてチャリパクられたって泣きついてきたんだろ?」
「別にあいつが泣きついてきたんじゃねぇよ」
俺は天井を見上げながら、ボソッと呟く。
「あいつ、俺に借りてた『龍が如く』のソフト持ったままカツアゲされやがったんだよ。……だから俺は俺のゲームを取り返しに行っただけだ」
「おいおい……ゲームのために5人病院送りか。ゲーマーの鑑だな、お前さんは」
おっちゃんはケラケラ笑いながら、せんべいのカスを払った。
「ま、そういうことにしておいてやるよ。……友達思いのバカヤンキー君「 」
「うっせ。……で? 今度こそお務め確定だろ? いつ出発だ?」
俺が投げやりに聞くと、おっちゃんは急にニヤリと笑って、鞄から一枚のパンフレットを取り出した。
机の上に、バサッと放り投げられる。
そこには薔薇の紋章と、キラキラした金文字でこう書かれていた。
『私立ノーブル学園 ~夢に向かって、強く、優しく、美しく~』
「……あ?」
俺はパンフレットとおっちゃんの顔を10回くらい交互に見た。
頭の中にクエスチョンマークが100個くらい浮かんでやがる。
「なんこれ? 新しい少年院の名前か? 随分とファンシーだな」
「バカ野郎、ここは名門校だ。全寮制の、超がつくほどのお嬢様学校だよ。お前も聞いた事くらいはあるだろ?」
俺はパンフレットを手に取って、表面と裏面の隅から隅まで見渡した。
今思い出したぜ。
聞いた事あるも何も……確か俺の姉ちゃんがこの学園で寮生活してんだよ、夏休みとか冬休みにたまに帰ってくるぐらいでそんなに話す事もねぇけどな。
確か夢を叶える学園とかなんとかで……卒業した奴には有名人だったり芸能人も多いんだろ? この前その学園に在籍中の有名モデル……だったかが特集されてんのをテレビで見たぜ。
「……で、なんでそれを俺に見せんの?」
取調室の机に、雑にパンフレットぶん投げながらパイプ椅子にもたれかかる。
そんな俺の姿をみて、おっちゃんは態度を変えることもなく、ただ一言俺に告げた。
「お前の行き先だ」
……は?
時が止まった。
俺の耳がおかしくなったのか、このおっちゃんの頭がスパイスで沸いたのか。
「い、いやいやいや! 待て待て! おかしいだろ! 俺は傷害事件起こした不良だぞ!? 行くなら少年院だろ!? なんでお嬢様学校!?」
「お前みたいなのはな、普通の更生施設じゃ治らねぇんだよ。……だから、俺のダチがやってるこの学校にねじ込むことにした」
悪びれもしねぇで言い切ったぞぞこのジジイ。
「ここの学園長の望月先生に頼み込んだんだ。骨のある面白い馬鹿がいるから、拾ってやってくれ……ってな」
「てめぇ面白がってんじゃねぇよ! ていうか無理だろ! 俺、英語とかハローとファックしか知らねぇぞ!?」
「安心しろ。体験入学って名目の『更生プログラム』だ。期間は3ヶ月」
おっちゃんは身を乗り出して、ニカっと笑った。
「ここで3ヶ月、何も問題起こさずに紳士として生活できたら、今回の件は不問にしてやる。前科もつかねぇ。……どうだ? 美味い話だろ?」
「美味いとかの問題じゃねぇ! 紳士だぁ? 俺が?」
想像してみろ。
この赤髪にピアスの俺が、フリフリの制服着たお嬢様たちに混ざってごきげんようとか言ってる姿を。
……地獄絵図だろうが。
少年院のほうが100倍マシだ。
「断るぜ! 俺は塀の中に行く! 臭い飯の方が性に合ってる!」
「あっそう? ケンジ君が知ったら悲しむだろうなぁ……俺のせいで春海が前科者にって一生負い目を感じて生きていくことになるなぁ……おーいおいおい……」
おっちゃんはおもむろに顔面に毛深い手を当てて、大袈裟に嘘泣きをかましやがった。
「くっ……! 汚ねぇぞてめぇ!」
一番痛いところを突きやがって!
俺が黙り込むと、おっちゃんは勝ち誇った顔でパンフレットを俺の胸に押し付けた。
「決定だ。荷物はまとめといてやるから、明日の朝出発な」
「あ、明日ぁ!?」
「ああ。制服も特注させといた。……お前ブレザー似合いそうだしな! ガハハハ!」
「笑い事じゃねぇぇぇ!!」
こうして俺の意思とは関係なく、最悪の進路が決まっちまった。
ケンジの仇を取ったら、なぜかお嬢様学校に放り込まれる。
意味がわからん。
前世でどんな悪いことしたらこんな目に遭うんだよ。
取調室に、俺の絶叫と、おっちゃんのカレーせんべいをかじる音が虚しく響き渡ってやがるのだった。