Go! トラブルメーカー!  〜雑草は花園で咲く〜   作:ナッパー

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第八話 ヤバすぎるー!! プリキュアとヤンキーの事情聴取?!

 

 「おい、クソジジイ。これは一体どういう冗談だ?」

 

  俺は額に青筋を浮かべながら、目の前に座る村瀬のおっちゃんを睨みつけた。

 場所は、公園のすぐ近くにある交番の奥の部屋。

 蛍光灯がジジジ……と音を立ててやがる、狭苦しい空間だ。

 そこに、フリフリのドレスを着たプリキュア4人と、泥だらけでボロボロのブレザーを着た俺、そしてニヤニヤした刑事が一人。

 はたから見れば、コスプレ集団と喧嘩帰りの不良学生が補導されたみてぇなカオス極まりない絵面だ。

 だけどよぉ……俺がキレてんのはそこじゃねぇ。

 

 「なんで……! 俺だけ手錠かけられてんだよ!!」

 

 俺はガシャ! と音を立てて、銀色のブレスレットで繋がれた両手を突き出した。

 そう、俺だけだ。

 俺だけが、ガッツリと両手に手錠をかけられてパイプ椅子に座らされている。

 それに比べて、隣のソファに座ってるお姫様たちはどうだ?

 手錠なし。

 なんなら、若い警官が出してくれたお茶とお菓子まで前に置いてある。

 

 「随分と自由にさせてんじゃねぇかよ……あいつらはVIP待遇で、俺は凶悪犯扱いか? あぁん!?」

 

 俺がドスの効いた声で抗議すると、村瀬のおっちゃんは懐から取り出したカレーせんべいをバリッと齧りながら、悪びれもせず言った。

 

 「ガハハ! 怒んなよ春海。これはアレだ、職業病ってやつだ」

 

 「職業病で手錠かけられてたまるか! 外せ! 鼻くそ詰まってんだよ!」

 

 「ま、お前は見た目が一番やってそうだからな。念の為だ、念の為」

 

 おっちゃんはケラケラ笑いながら、手錠の鍵を指でクルクル回して遊んでやがる。

 ちくしょう……これが日頃の行いって奴か!

 

「それに勘違いすんなよ? これは『取り調べ』じゃなくて『事情聴取』だからな。お前らは被疑者じゃなくて、重要参考人ってやつだ」

 

 「だったら尚更この銀の輪っかは必要ねぇだろうが!」

 

 「形式美だよ、形式美。……ま、こっちのお嬢さん方に手錠かけるわけにもいかねぇしなぁ?」

 

 おっちゃんはソファに座る4人、まだ変身が解けていないプリキュアたちに視線を移した。

 

 「それにしても、近くで見るとすごい衣装だな。……生地もしっかりしてるし、フリルも細かい。最近のコスプレは進化してんねぇ」

 

 「コ、コスプレではありませんわ!」

 

 スカーレットがムッとして言い返す。

 そりゃそうだ。本物のプリンセスに向かってコスプレ呼ばわりは失礼にも程がある。

 

 「ええっと、その……私たちは……」

 

 フローラがお茶が入った湯呑みを持ったまま、オロオロと視線を泳がせている。

 この状況で変身を解くわけにもいかねぇし、かといってこの格好のまま事情聴取を受けるのもシュールすぎる。

 完全に詰んだろこいつら……まぁ俺はもっと詰んでるけどな。

 

 「ま、詳しい話はあとでゆっくり聞くとしてだ」

 

  おっちゃんは急に真顔になると、身を乗り出して俺を見た。

 

 「まずは、あの公園の惨状について説明してもらおうか。……特に、地面をひっくり返した犯人さんよぉ?」

 

 おっちゃんの鋭い視線が、手錠をかけられた俺に突き刺さる。

 ……ちっ。

 やっぱ、そこは誤魔化せねぇか。

 

「えーっと……そりゃあ、その……。」

 

 口をもごもごさせながら、俺は視線を右上の蛍光灯へ泳がせ、次に足元のコンクリートへ落とす。

 なんて言やぁいいんだこれ……。

 怪物がでたんで、地面めくって盾にしました。

 こいつらは魔法少女で、俺の中に影の化け物が眠っています。

 ……ダメだ。

 どう転んでも、頭のネジがぶっ飛んだ痛い奴の供述にしか聞こえねぇ。

 下手に本当のことを言えば病院送り、嘘をつけば公務執行妨害。

 完全に詰んでやがる。

 

「……あー、マジでなんて言えばいいんだこれ……」

 

 俺が頭を抱えて唸っていると、おっちゃんはふっと表情を緩め、持っていたペンを机の上に置いた。

 

 「安心しろ。ここで聞いた話は、よそには漏らさねぇ」

 

 「……あ?」

 

 「俺たちにゃあ守秘義務ってのがあるからな。それに、もしお前らが話す内容が……例えば空から降ってきた怪物と戦ったとかいうSFチックな話だったとしても、そんなもん報告書に書けねぇしな」

 

 おっちゃんはニカっと笑うと、タバコを咥えるふりをして続けた。

 

 「俺はただ真実が知りたいだけだ。お前が理由もなく公共物をぶっ壊すような奴じゃねぇってことは、俺が一番よく知ってるからな」

 

 おっちゃん……。

 その言葉に、俺の肩から力が抜けた。

 相変わらずズルい大人だぜ。

 そうやって懐に入ってきやがって。

 

 「……はぁ。わーったよ。信じるか信じねぇかは任せるが……」

 

 俺が観念して口を開こうとした、その時だった。

 

 「あの……私が、説明します!」

 

 ソファから、凛とした声が上がった。

 キュアフローラ……春野はるかが湯呑みを置いて立ち上がっていた。

その瞳は真っ直ぐにおっちゃんを見据えている。

 

 「春海くんは、私たちを守るために一緒に戦ってくれたんです。だから……彼を責めないでください!」

 

 「ほう? そりゃあ随分と勇敢なこって。……で? 守るためってのは、一体何からだ?」

 

 おっちゃんが試すような視線を向ける。

 はるかは一瞬だけ俺を見て、それから深く息を吸い込むと、堂々と言い放った。

 

 「ゼツボーグ……人々の夢を絶望に変える怪物からです。そして私たちは……」

 

 彼女は胸に手を当て、誇らしげに名乗った。

 

 「世界中の夢を守るために戦う、プリンセスプリキュアです!」

 

 「おいおい……言っちまったよこのバカ」

 

 俺は天井を仰いで、ガシャリと手錠を鳴らした。

 おいおいマジかよ。

 世界を守る秘密のヒーローの正体をこんな薄汚い交番の、しかもカレー臭い刑事の前でゲロっちまうなんてよ。

 

 「いいのかよ? そんなペラペラ喋っちまってよ……秘密なんじゃねぇのか? そのプリキュアってのは」

 

 俺が呆れて突っ込むと、フローラはキョトンとした顔をして、それからニコッと笑った。

 

 「大丈夫だよ! だって、このおじさん……ううん、刑事さん、『守秘義務』があるから秘密にするって言ってくれたし!」

 

 「お前なぁ……大人の言うことを真に受けるんじゃねぇよ。このジジイは口から出まかせ言うのが仕事みたいなもんなんだぞ?」

 

 俺がジロリとおっちゃんを睨むと、フローラは首を横に振った。

 

 「ううん。私にはわかるよ。……春海くんが信頼してる人だもん。だから、私も信じる!」

 

 「……っ」

 

 真っ直ぐすぎるフローラの言葉に、俺は言葉を詰まらせた。

 俺が信頼してる……か。

 どんだけ甘ちゃんなんだよ。

 まぁ腐れ縁ではあるけどな……。

 確かにおっちゃんは約束だけは破らねぇ男だけどよ。

 

「それに、この状況で誤魔化すのは無理があるわ」

 

 マーメイドが静かに口を開いた。

 優雅に足を組み直すと、冷静に分析する。

 

 「変身したまま連行された時点で、言い逃れは不可能です。下手に嘘をついて春海……彼に迷惑をかけるより、真実を話して協力を仰ぐべきだと判断しました」

 

 「ま、あたしも賛成かなー」

 

 トゥインクルが軽い調子で続く。

 そして彼女は自分のフリフリの衣装をつまんで見せた。

 

 「見てよこの格好。これでただのコスプレですとか、演劇の練習ですなんて言っても、逆に怪しすぎるでしょ? だったら正直に言っちゃった方が楽じゃん?」

 

 「わたくしも、異論はありませんわ」

 

 最後にスカーレットが、堂々とした態度で頷いた。

 

 「王族たるもの、民を……警察官を欺くような真似はできません。それに、この方の目……悪意は感じられませんわ」

 

  「お前らなぁ……」

 

 どいつもこいつも、肝が据わってるというか、人を疑うことを知らねぇというか。

 俺は深いため息をついて、パイプ椅子の背もたれに体を預けた。

 

 「……だそうですぜ、おっちゃん……これでもまだ疑うか?」

 

 「ガハハハハ!! 勘違いすんなよ春海。俺は別に、お前らを疑ってるわけじゃねぇよ」

 

  おっちゃんは豪快に笑い飛ばすと、ボリボリと音を立てて最後のカレーせんべいを飲み込んだ。

 

「ただな、未成年が夕方の公園で派手に暴れてたんだ。その動機と理屈が通る説明が欲しいだけだ。……さぁ、聞かせてくれよ。そのプリキュアとやらのお伽話をな」

 

 おっちゃんは手帳を開き、ボールペンを構えた。

 その目は、ふざけているようでいて、絶対逃がさねぇという刑事の光を宿している。

 

 「……あー、クソッ。わーったよ、話せばいいんだろ」

 

 俺は観念して、重い口を開いた。

 だが、いざ説明しようとすると、言葉が出てこねぇ。

 

 「えーっと、だな。まず、ディス……なんだっけ? ディスコみたいな名前の悪の組織がいてよ」

 

 「ディスダーク、ですわ」

 

 すかさずスカーレットが訂正を入れる。

 

 「あ、そうそう、そのディスダークってのが、人様の夢を狙って襲ってくるんだよ。で、夢を鍵でガチャンって閉じて、絶望に変えちまうんだ」

 

 「それをゼツボーグと呼んでいます。さっき戦っていた怪物です」

 

  今度はマーメイドが冷静に補足する。

 

 「おう。で、そのゼツボーグってのが暴れまわるから、こいつらが……えっと、なんだっけ? 王国の秘宝?」

 

 「プリンセスパフュームと、ドレスアップキーだよ!」

 

 フローラが身を乗り出して教えてくれる。

 

 「そう、その香水と鍵を使って変身して、ショッカー見たいな悪者をドカーンとぶちのめす!………ってわけだ。わかったか?」

 

 俺は精一杯の説明を終えて、ふぅと息を吐いた。

 我ながら完璧な要約だ。

 だが、おっちゃんはペンを止めたまま、眉間に深いシワを寄せていた。

 

 「…………」

 

 沈黙。

 蛍光灯の音だけがジジジと響く。

 

 「……おい春海」

 

 おっちゃんがこめかみを揉みながら、唸るように言った。

 

 「なんだよ、その……ファイナルファンタジーみてぇな設定はよぉ……」

 

 おっちゃんは頭を抱えた。

 無理もねぇ。

 俺も最初そう思ったもん。

 いい歳したおっさんが聞くには、あまりにもファンシーでぶっ飛んだ話だ。

 

 「香水で変身だぁ? 絶望の怪物だぁ? ……お前、俺が疲れてると思って担いでんじゃねぇだろうな?」

 

 「んな訳ねぇだろ! 俺だって最初はおっちゃんと同じ反応だったわ!」

 

 俺はガチャガチャと手錠を鳴らして抗議する。

 ちきしょう……やっぱ言葉だけじゃ無理あるか。

 ていうかおっちゃんさっき言ったよな! どんなSF設定チックな設定でもいいとか何とか……信じるかどうかは別だってか。

 まぁでも確かに、あんな格好のままだと余計に現実味がなくて痛いごっこ遊びに見えちまうのかもしれねぇ。

 

 「だぁーもう! らちが明かねぇな!」

 

 俺はイライラしながら頭を掻きむしってソファの4人に向かって顎をしゃくった。

 

 「おいお前ら。もうここまできたらいっそのこと変身解いちまえよ」

 

 「えっ?」

 

  フローラが目を丸くする。

 

 「このドレス姿のままじゃ、おっちゃんも夢見る少女の戯言しか思わねぇしよ。それにお前らだっていつまでもその格好じゃ落ち着かねぇだろ?」

 

 俺の提案に、4人は顔を見合わせた。

 少しの間、無言の会議が行われる。

 そしてみなみが小さく頷いた。

 

 「……そうね。春海の言う通りだわ。このままでは話が進まないもの」

 

 「りょーかい。じゃあ、オープンにしちゃいますか」

 

  トゥインクルが軽く指を鳴らす。

 4人は頷き合うと、それぞれのドレスアップキーをパフュームから引き抜いた。

 その瞬間、淡い光が4人を包み込み、華やかなドレスが光の粒子となって消えていく。

 光が収まったあと、そこに座ってたのは……ノーブル学園の制服を着た、ただの女子中学生4人組、はるか、みなみ、きらら……そしてトワだった。

 

「おっ……おおお!?」

 

  目の前で起きた早着替え、いや変身解除の光景に、村瀬のおっちゃんは目をひん剥いてパイプ椅子からずり落ちそうになった。

 口からぽろっと火をつけてねぇタバコが落ちる。

 

 「す、すげぇなこれ……! どんなマジックだよ!?」

 

 おっちゃんは目をこすりながら、四人の周りをグルグルと回り始めた。

 ドレスが消えた空間を手で探ったり、はるかの制服をまじまじと見つめたりしている。

 

 「一体どういう仕掛けだ? プロジェクションマッピングか? それとも最新のホログラム技術か? ……今どきの科学はここまで進んでんのかよ!」

 

 子供みたいにはしゃぐおっちゃんに、四人は困ったように苦笑いしている。

 はるかなんざえへへ……と照れ笑いしてるし、トワに至ってはさぞ当たり前かのように不思議そうに首を傾げている。

 

「マジックじゃねぇっての! ……ったく、おっちゃんよぉ、いい加減現実見ろよ」

 

 俺はため息混じりに、足元を指差した。

 まぁ現実的じゃねぇことやってんのは俺らなんだけどな。

 

 「そこの足元にいる喋る犬とインコのことも考えてみろよ。……あいつらが日本語ペラペラなのも、マジックのタネ仕掛けで説明つくか?」

 

「ギクッ……」

「びくっ……」

 

  俺に名指しされた瞬間、ソファの陰に隠れていたアロマとパフがビクッと肩を震わせた。

 おっちゃんの視線が、ゆっくりと二匹に向けられる。

 

「あー……そういや、そうだったな」

 

 おっちゃんはニヤリと笑ってしゃがみ込むと、パフの鼻先を指でちょんとつついた。

 

 「おい、そこのワンコ。この前は腹の虫だなんて誤魔化してくれたがよ、今度こそ本当の声を聞かせてもらおうか?」

 

 「パ、パフゥ……」

 

 パフが涙目になって俺に助けを求めてくる。

 諦めろ……多分おっちゃんは最初から分かってたぜ。

 もう逃げ場ねぇぞ。

 

 「……わかったロマ! もうこうなったら覚悟を決めるロマ!」

 

 次の瞬間アロマが意を決したように翼を広げて、ソファの上に飛び乗った。

 そして、仁王止まりで宣言した。

 

 「僕はアロマ! こっちは妹のパフ! ホープキングダムから来たロイヤルフェアリーだロマ!」

 

 「パ、パフはお菓子が大好きパフ~! おじさんのカレーせんべい、美味しかったパフ!」

 

 開き直った二匹が、ペラペラ喋り出す。

 

「…………」

 

 「春海……」

 

 「あ?」

 

 「……俺、明日から酒控えるわ」

 

 「だから現実だって言ってんだろ!!」

 

 俺のツッコミが狭い詰所に虚しく響き渡った。

 肝心のおっちゃんは口をぽかんと開けたまま、数秒間フリーズした。

 

「そうですよ刑事さん! 夢でも幻覚でもないです! これが私たち……プリンセスプリキュアの本当の姿なんです!」

 

 はるかが身を乗り出して、未だに口をパクパクさせているおっちゃんに力説する。

 その目は相変わらずキラキラしてて、嘘をついてるようにはとても見えねぇ。

 

 「唐突すぎて混乱されるのも無理はありませんけれど、全て本当の事なんです。私たちはただ、学園と……この街の夢を守りたいだけなんです」

 

 みなみが超生徒会長モードの真面目な顔で静かに頭を下げる。

 その横できららがニシシと楽しそうに笑った。

 

 「あはは、おじさん固まりすぎ。まぁいきなりあたしたちが光って制服になったら、誰だってビビるかー。…これ、門外不出のトップシークレットなんだからね? 特別大サービスだよ」

 

 「わたくしがホープキングダムの王女であることも、紛れもない事実ですわ。……もっとも、こちらの世界の常識では測りかねるでしょうけれど」

 

 トワが優雅に髪を払いながら、涼しい顔で言い放つ。

 こいつら……状況が状況なだけにもう完全に開き直ってやがるな。

 

 「…………」

 

 おっちゃんは、四人の顔と、俺の顔、そして足元の珍獣たちを交互に見比べて……。

 がっくりと項垂れた。

 

「ガハハ……マジかよ。俺の常識がガラガラと崩れ去っていく音が聞こえるぜ……こりゃ……報告書どう書けばいいんだ?」

 

 おっちゃんは疲れ切ったように額を抑えた。

 どうやら、やっと観念したらしい。

 

 「頼むぜおっちゃん。このことは墓場まで持ってってくれよな。……おっちゃんにとっても、こんなファンタジー話が報告書に載ったら頭おかしくなったって思われて左遷コースだろ?」

 

 俺はニヤリと笑いながら、わざとらしく両手を突き出した。

 ガシャガシャ、と銀色の輪っかが鳴る。

 

 「だからよぉ、とっととこれ外してくれって! 鼻くそほじれねぇし肩凝ってしょうがねぇんだよ」

 

 俺の言葉に、おっちゃんは深いため息をつくと、ポリポリと頭をかいた。

 

 「……まぁそうだな。元々お前らが化け物相手にド派手に立ち回ってるのは、この目でしっかり見ちまったからな。今さら嘘だ幻覚だと言われても、俺の目が節穴でしたって認めることになる」

 

 おっちゃんは懐から鍵を取り出すと、俺の手錠に差し込んだ。

 カチャっと軽い音がして、ようやく両手が自由になる。

 

 「う~……やっと自由の身だぜ」

 

 手首をプラプラさせながら、俺が安堵の息を吐こうとした、その時だった。

 

 「だが、春海」

 

 鍵をしまったおっちゃんの手がドン! と机を叩いた。

 その顔からヘラヘラした笑みが消えてやがる。

 取調室で何度も見た、あの刑事の目だ。

 

 「お嬢ちゃんたちが正義の味方だってのは、百歩譲って飲み込んでやるよ。キラキラしてていかにも子供番組のヒーローみたいだしな」

 

 おっちゃんは俺の顔を覗き込むように身を乗り出し、声を低くした。

 

 「だが……お前の中のアレは、別モンだろ?」

 

 「……ッ!?」

 

 心臓がギクリと跳ね起きた。

 

 「あの時、お前の背中から出てきた黒い泥……ありゃあ敵の化け物と同じ気配がしたぞ。お嬢ちゃんたちのキラキラした魔法とは、似ても似つかねぇ……ドス黒くてヤバい匂いがプンプンしやがった」

 

 おっちゃんの鋭い視線が、俺の胸元……影の鬼が眠るあたりを睨みつける。

 

 「なぁ春海。お前一体、何を腹の中に飼ってやがる?」

 

「……うっ」

 

 言葉に詰まった。

 喉の奥に餅でも詰まっちまったみたいに声が出てこねぇ。

 ごまかしてぇ。

 適当な嘘ついて笑ってやり過ごしてぇ。

 だけどよ、目の前にいるのは何年も俺みたいな不良どもの嘘とハッタリを見抜いてきた本職の刑事だ。

 中途半端な嘘は、今のこの空気じゃ通用しねぇってことくらい俺のの本能が一番よくわかってやがる。

 

 「……そ、それは……なんて言えばいいか……」

 

 俺は視線を泳がせ、脂汗を垂らしていると、おっちゃんの目がさらに鋭くなった。

 

 

 「なんだ? 言えねぇようなモンなのか? ……それとも、言ったら俺がお前を……排除しなきゃならなくなるようなモンなのか?」

 

 「ち、ちげぇよ! そういう危ないクスリとか、ヤマシイもんじゃ……いや、ヤマシイっちゃヤマシイけど……」

 

 しどろもどろになる俺。

 だぁーくそ……情けねぇなぁ俺。

 ゼツボーグ相手に啖呵切ったあの威勢はどこ行ったんだよ。

 

 「待ってください刑事さん! 春海くんをそんな目で責めないで!」

 

 次の瞬間、耐えかねたようにはるかが勢いよく立ち上がって、俺とおっちゃんの間に割って入っできやがった。

 

 「春海くんは……春海くんは、自分の身を犠牲にしてまで、私たちを助けてくれたんです!」

 

 「犠牲……だって?」

 

 「ええ。……包み隠さず申し上げますわ」

 

 続いてトワが静かに歩み出て、はるかの横に立った。

 その表情に迷いはねぇ。

 

 「刑事さんが感じた通りです。……春海の中にいるアレは、わたくしたちが倒すべき敵……ゼツボーグそのものですわ」

 

 「なっ……!?」

 

 おっちゃんの顔色が変わってガタリと椅子を鳴らして立ち上がった。

 

 「敵……だと? おい春海てめぇまさか……!」

 

 「誤解しないでください! 彼は敵の手先になったわけじゃありません!」

 

 みなみがすかさず言葉を継ぐ。

 

 「彼は……自分から生まれた絶望の怪物を、その強い意志でねじ伏せ、自らの体内に取り込んだんです。……暴走のリスクを背負ってまで、その力を私たちを守るために使うために……」

 

 「そゆこと。……普通なら心が壊れちゃうような無茶苦茶な事だよ……でもはるみんはやった。あたしたちを守るために、自分の中に爆弾を抱え込んだの」

 

 きららが俺の肩にポンって手を置く。

 

 「だから……怪物扱いしないでやってよ。こいつは、不器用だけど……最高の味方なんだからさ」

 

 「お前ら……」

 

 俺は呆然と四人の背中を見上げた。

 ……バカがよ。

 そこまで言っちまったら、俺は完全に危険人物確定じゃねぇか。

 だけど、こいつらが必死に俺を人間として、仲間として擁護してくれてることが……どうしようもなく胸に沁みやがる。

 

 「ガハハハハハ!!」

 

 突然、張り詰めた空気を切り裂くみてぇにおっちゃんの豪快に笑いやがった。

 おっちゃんは腹を抱えて、涙が出るほど笑ってやがる。

 

 「な、なんだよ! 何がおかしいんだよ! こっちは真剣に……」

 

 「いやいや、悪ぃ悪ぃ! ……そうかそうか、お前が仲間ねぇ」

 

 おっちゃんは笑い涙を指で拭うと、いきなり俺の頭にそのゴツい手を乗っけた。

 

 「いってっ!?」

 

 ガシガシガシッと万力みてぇな力で、俺の頭を乱暴に撫で回しやがる。

 髪の毛グチャグチャだ。

 

 「いい友達を持ったじゃねぇか、なぁ春海!」

 

 「あ……?」

 

 「自分の身を案じるより先に、お前を庇うために必死になりやがってよぉ。……こんなに想ってくれる連中に囲まれて、お前は幸せもんだなぁオイ!」

 

 「や、やかましい! 離せクソジジイ! 首折れるわ!」

 

 俺が必死に抵抗しても、おっちゃんは嬉しそうにガシガシ頭を撫で続ける。

 その顔には、さっきまでの刑事の鋭さは微塵もねぇ。

 ただの近所の世話焼きなオッサンの顔だ。

 

 「まぁ……だいたい事情はわかったよ。お前らが街を守ってくれたってのも、春海がその……時限爆弾を抱え込んでまで頑張ってるってのもな」

 

 ようやく俺の頭から手を離すと、おっちゃんは満足げに頷いた。

 

 「よし、今回の件は俺の胸ひとつに納めといてやる。……お前らはもう帰っていいぞ。これ以上遅くなると、寮の門限に間に合わなくなるだろ?」

 

 「えっ? いいんですか?」

 

 はるかが目を丸くする。

 

 「おうよ。事情聴取は終わりだ」

 

 「で、でも……公園の被害とか、学校への連絡とかは……」

 

 子犬みてぇにガタガタ震えながらおっちゃんに聞くはるかに、頭をポリポリ書いて気まずそうに答えた。

 

 

 「あー、まぁそっちは俺から上手いこと言っとくわ。……そうだな、不発弾の処理作業があったとか、地盤沈下の調査……とか適当に誤魔化して報告書上げとく。学園長にも俺から連絡しとくから、安心しろ」

 おっちゃんはシッシッ、と手で追い払う仕草をした。

 

「未成年がこんな夜更けまでウロウロしてんじゃねぇ。……ほら、とっとと帰んな! ご協力ありがとうございました」

 

 「あ、ありがとうございます!」

 

 「助かりますわ!」

 

 四人が深々と頭を下げる。

 パフとアロマもありがとうパフ! だの、助かったロマ!だのって嬉しそうだ。

 

 「……チッ。借り一個だかんな」

 

 俺はボサボサになった頭を直しながら、憎まれ口を叩いて立ち上がった。

 でも、背中越しにおっちゃんに手を振る。

 

 「じゃあな。……サンキュ」

 

 「おう、気をつけて帰れよ。……あと春海、喧嘩もほどほどにな」

 

 俺たちは交番を後にして、夜の道を歩き出した。

 一時はどうなるかと思ったけど、まぁ良かったわ。

 おっちゃんに感謝だなこりゃ。

 

 

 ――――

 俺らが去って、再び静寂が戻った交番の奥。

 おっちゃんはパイプ椅子に深く座り直すと、大きく息を吐き出した。

 

 「……やれやれ。まさか俺の管轄でアレにお目にかかるとはなぁ」

 

 彼は懐からタバコを取り出し、今度はカチリとライターで火をつけた。

 煙が、蛍光灯の光の中をゆっくりと昇っていく。

 

 「ディスダークに、ゼツボーグ……そして、ホープキングダムか」

 

 その口から呟かれた言葉は、初めて聞いた単語を聞いたって感じじゃねぇ。

 まるでかつて知ってたかのような懐かしい、そして忌まわしい名前を呼ぶような響きを含んでやがった。

 

 「ここ何十年もご無沙汰だったが……随分と懐かしい名前を聞いちまったもんだ」

 

 おっちゃんは煙を天井に吐き出しながら、遠い昔を思い出すように目を細める。

 その瞳の奥にゃ、ただの刑事にはあるはずのねぇ、深い闇と、古い記憶の光が揺らめいていた。

 

 「まだあの国は……完全に終わっちゃいなかったってことか」

 

  誰もいない部屋で、おっちゃんの独り言だけが溶けて消えた。

 

 ――――

 

 

 

 

 交番を出て、学園へと続く夜道を歩く。

 ピーンと張り詰めていた空気が緩んだせいか、隣を歩くはるかが盛大なため息をついて、その場にへたり込みそうになった。

 

 「き、緊張したぁ……! ホントのホントに、心臓が口から飛び出るかと思ったよぉ……」

 

 「あらあら、はるか。取り調べを受けていたのは春海だというのに、あなたが一番消耗していてどうしますの」

 

 トワがクスリと笑いながら、はるかの背中をさする。

 そういうトワも、少し肩の力が抜けたような顔してやがった。

 

 「でも、本当によかったわ。村瀬刑事が理解のある方で」

 

 みなみも胸をなでおろすように言った。

 凛としたいつもの口調だ。

 さっきまでの張り詰めた空気は消えている。

 

 「理解があるっていうか、許容範囲が広すぎっていうか……ま、結果オーライだけどね。はぁー、学園がスマホ禁止じゃなきゃ、はるみんの手錠姿バッチリ写真に撮って保存したのにー」

 

 きららがニシシと笑いながら、残念そうに空でシャッターを切る真似をして俺の顔を覗き込んでくる。

 こいつめ……人の不幸をエンタメにしやがってこの野郎。

 まさか校則に感謝する日が来るとはな。

 

「うっせ。二度とゴメンだわ、あんな銀のブレスレットはよ」

 

 俺は手首をさすりながら悪態をついたが、ふと足を止めた。

 前を歩く四人の背中を見る。

 さっきの交番での光景が、脳裏に焼き付いて離れねぇ。

 

 ――春海くんは、私たちを守るために一緒に戦ってくれたんです!

 ――彼は最高の味方なんだから……

 

 こいつらは、迷いなく俺を庇ってくれた。

 俺の中の化け物を知ってもなお、俺を人間として認めてくれた。

 

「……おい」

 

 俺が声をかけると、四人が振り返る。

 パフとアロマも、キョトンとしてこっちを見た。

 

 「その、さっきは……ありがとな。お前らが口裏合わせてくれなきゃ、今頃俺は留置所行きだったかもしんねぇ」

 

 俺はボソッと言って、視線を少し逸らした。

 礼を言うのはガラじゃねぇけどよ、ちゃんと筋は通さねぇとな。

 

 「えへへ、どういたしまして!」

 

 はるかが満面の笑みで答える。

 

 「礼には及ばないわ。事実を述べたまでですもの」

 

 みなみも微笑む。

 だが、俺はそこで言葉を切らず、ポケットに手を突っ込んで続けた。

 

 「……けどよ、勘違いすんなよ」

 

 「え?」

 

 俺は四人の顔を順に見回し、ハッキリと言ってやった。

 最後にこれだけははっきりしときてぇ。

 

 「俺は別に、お前らを守りたくて体を張ったわけじゃねぇ」

 

 「……春海?」

 

 みなみの目が少し細められる。

 俺は鼻を鳴らして、自分の胸……影が影が眠るあたりを親指で指した。

 

 「俺はな、舐められるのが一番嫌ぇなんだよ。少なくともあの時は……ゼツボーグとかいう化け物も、それを使役してるロックとか言うクソガキも、俺のことを見下してきやがった。空っぽだの、絶望だのってな」

 

 俺の脳裏に、あの時の怒りが蘇る。

 てめぇを勝手に定義されて、見下されて、哀れまれることへの、どうしようもない嫌悪感。

 

「だから俺は、そいつらをぶちのめすために力を使った。……俺の喧嘩の理由は、いつだって俺自身のためだ。お前らを守るナイト気取りでやったわけじゃねぇ」

 

 これは照れ隠しでもなんでもねぇ。本心だ。

 俺はお前らが思うような立派な人間じゃねぇんだよ。

 そう突き放すように言ってやった。

 てっきり、場の空気が少し重くなるかと思った。

 だけどよ……。

 

 「ふふっ。知ってるよ」

 

 はるかは、あっけらかんと笑いやがった。

 

 「ほえ?」

 

 「だって春海くん、あの時すっごく怒ってたもん! 俺を見下ろすな!って!」

 

 「そうね。あなたのその反骨心こそが、あの絶望を打ち破った原動力……ちゃんと分かっているわ」

 

 みなみも納得したように頷く。

 

 「ま、動機がなんであれ、結果的にあたしたちを助けてくれたんだから、いいんじゃない? ……そういうとこ、ブレなくて嫌いじゃないよ、はるみん」

 

 きららが軽く肩をすくめてウィンクする。

 

 「……お前らさぁ」

 

 俺はガシガシと頭を掻いた。

 突き放したつもりだったのによぉ、なんでこいつらはこうもあっさりと受け入れやがるんだ。

 調子狂うぜまったく。

 夜空はすっかり真っ暗になって、星がキラキラ輝いていた。

 俺たちはまた歩き出す。

 俺の影は、街灯に照らされて長く伸びてたが……もう勝手にうごめいたりはしていなかった。

 

「ふぅー……。やっと着いたかよ」

 

 長い坂道を登りきると、そこにはドデカい校舎が夜の闇に沈んでそびえ立っていた。

 窓の明かりは全部消えてて、ステンドグラスが月明かりを反射してるだけ。

 昼間はあんなにキラキラしてて眩しい場所だってのに、夜に見ると完全に幽霊屋敷じゃねぇか。

 これお化け嫌いなみなみパイセンビビりそうだな。

 

 

「すっかり真っ暗になっちゃったね……」

 

 はるかが夜空を見上げて、申し訳なさそうに呟く。

 

 「ごめんねみんな……。私が余計なこと言っちゃったせいで、長引かせちゃって」

 

 「気にすんなよ。どうせ全部ぶちまけなきゃもっと長引いてたぜ」

 

 俺は欠伸を噛み殺しながら、男子寮の方へと足を向けた。

 あー疲れた。

 精神的にも肉体的にも、今日はもう限界だ。

 早く部屋に戻って、あの暑苦しいテニス馬鹿が寝てる横で泥のように眠りてぇ。

 ……ん?

 いや待てよ?

 俺はふと、ある重大な事実に気づいて足を止めた。

 

 「おい、ちょっと待て」

 

 「ん? どうしたのはるみん?」

 

 きららが不思議そうに振り返る。

 俺は恐る恐る、校舎の時計塔を見上げた。

 針はとっくに門限の時刻を過ぎてやがる。

 

 「ここ、オートロックとかじゃねぇよな? ……鍵、開いてっかな?」

 

 「あっ……!」

 

 全員の顔色がサッと変わった。

 そうだ、ここは全寮制の規律正しい名門校。

 夜間の外泊届け無しに門限を過ぎたら、当然玄関の鍵は閉められる。

 

「ま、まさか……閉め出されちゃった!?」

 

 はるかが慌てて女子寮の玄関に駆け寄って、ドアノブをガチャガチャと回す。

 ……開かない。

 金属音がカチャカチャ鳴るだけだ。

 

 「嘘でしょ……? う、裏口は!?」

 

 きららがオロオロ焦り出した。

 

 「ダメよ。全ての出入り口は、時間になると施錠されるわ。……警備システムも作動しているはずよ」

 

 みなみが顔を青くして呟く。

 生徒会長の言葉だ、間違いねぇだろうよ。

 

「お、おいおいマジかよ……。これもしかして野宿確定か?」

 

 俺は頭を抱えた。

 散々戦って、警察に絞られて、最後は玄関の前で野垂れ死にかよ。

 どんなバッドエンドだってんだちくしょう。

 

 「ど、どうしましょう……。わたくし、野宿などしたことありませんわ……」

 

 トワが不安げにアロマを抱きしめる。

 

 「うわぁ、最悪。あたしお肌のゴールデンタイム逃したくないんだけど……どうにかなんないの?」

 

 きららがげんなりして肩を落とす。

 絶望的な空気が流れる中、俺がデカいため息をつこうとした、その時だった。

 

 「――寮母の白金です」

「「「「「!?!?」」」」」

 

 突然、背後から音もなく声がかかった。

 ビビったぁ! 心臓が口から飛び出るかと思ったぜ!

 全員でビクッとして振り返ると――。

 いつの間にか俺たちのすぐ後ろに、一人のばあちゃんが立っていた。

 白髪を上品に結い上げて優しげな、だけど底知れない光を宿した目。

 手には、ジャラッと音を立てる鍵束が握られている。

 

「うおぉっ!? い、いつからそこにいたんだよ?!」

 

 俺は思わず飛び退いた。

 気配がなかった。

 マジで、今の今までそこに誰もいなかったはずだぜ!?

 いや忍者かよ!?

 婆ちゃん……白金さんは腰を抜かしそうになってる俺たちを見て、フフッと穏やかに微笑んだ。

 

 「お困りのようですね」

 

 夜の空気に溶け込んじまいそうな静かな声……その声に俺たちはちょいとだけ安心感を覚えた。

 

 「村瀬様から連絡を受けておりました。……皆様、随分と『課外活動』に熱が入っていたようですね」

 

 白金さんはそう言うと、手元の鍵をキラリと光らせる。

 まるで、全てをお見通しだと言わんばかりにな。

 

 「マジであんがとな、えっと、白金の婆ちゃん! あんたが神様に見えるぜ」

 

 俺は魂が抜けたみたいに、へなへとその場に座り込みそうになりながら、盛大にため息を吐き出した。

 「白金さん……! ありがとうございます!」

 

 はるかが泣きそうな顔で白金さんに駆け寄る。

 

 「ご迷惑をおかけしました。……村瀬刑事からの連絡がなければ、どうなっていたことか」

 

 みなみも、心の底から安心したように胸を撫で下ろしている。

 生徒会長として全員を野宿させるわけにはいかなかっただろうからな。

 あと絶対夜の校舎なんかで寝れねぇだろ……幽霊とか出るかもしれねぇからな。

 

「よかったー。これでお風呂入れるし、ベッドで寝れるじゃん。ナイスタイミング! 白金さん!」

 

 きららが伸びをしながらウィンクする。

 こいつは最後までマイペースだな。

 

 「感謝いたしますわ。この御恩は忘れません」

 

 トワも優雅に一礼した。

 

 「助かったパフ~!」

 

 「野宿は勘弁願いたいロマ!」

 

 パフとアロマも、俺の足元で小声で話しながら喜びの舞を踊ってやがった。

 

 そんな俺たちの様子を見て、白金さんはふふっとまた笑った。

 だが、その目が一瞬だけキラリと光ったのを俺は見逃さねぇ。

 

 「今回は村瀬様からの『事情聴取』という特例ですので不問といたします。……ですが」

 

 白金さんはガチャリと重厚な鍵を開けながら、静かに、けれど有無を言わせぬ響きで釘を差した。

 

 「門限は守ってこその規律です。皆様、次はございませんよ? ……さぁ、お入りなさい。夜風が冷えますから」

 

 「は、はい!」

 

  重たい扉がゆっくりと開く。

 そこから漏れるロビーの明かりが、妙に温かく感じられた。

 

 「ったくよぉ、寿命が縮んだぜ」

 

 俺はボソッと呟きながら、みんなの後ろについてあったけぇ光の中へと足を踏み入れた。

 長い長い一日は、こうしてようやく幕を閉じたのだった。

 

 「おっと、春海さん」

 

 温かいロビーに足を踏み入れようとしたその瞬間、白金さんの静かな声が俺の足を止めた。

 振り返ると彼女は真顔のままスッと俺の前に手をかざして通せんぼをしていた。

 

 「ここは女子寮でございます。男子禁制。……殿方は、あちらの男子寮へお帰りくださいませ」

 

 白金さんが指差したのは、闇に沈む向かい側の建物……男子寮だ。

 

 「あ……」

 

 俺はポカンと口を開けた。

 そういえばそうだった。

 あまりにも自然な流れでついてきちゃったけど、俺男だったわ。

 

 「あーーーっ!!」

 

 その時、はるかが素っ頓狂な声を上げて頭を抱えた。

 

 「ご、ごめんね春海くん! 私ったらうっかりしてて、そのまま連れてきちゃった!」

 

 「お前なぁ……。俺を不審者にする気かよ」

 

 俺がジト目で睨むと、はるかはてへへ……ってな感じでバツが悪そうに舌を出した。

 

 「相変わらずね、はるかは」

 

 みなみがクスリと笑う。

 

 「ま、ハルハルらしいっちゃらしいけどねー」

 

 きららも呆れつつ楽しそうだ。

 

 「ふふっ。春海、残念でしたわね」

 

 トワまで上品に口元を隠して笑ってやがる。

 

 「うるせぇよ! 誰が好き好んで女の園に入りたがるかってんだ ……んじゃな、お休み!」

 

 俺は赤くなった顔を隠すように背を向けると、逃げるように男子寮に歩き出した。

 背後から、どっと沸くみんなの笑い声が聞こえてくる。

 ったく、最後まで締まんねぇ一日だったぜ。

 でもまぁ……悪くねぇ夜だ。

 夜空に響いてる笑い声を背に、俺は少しだけ口元を緩めながら白金さんに連れられて自分の部屋へと帰っていったのだった。

 

 

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