Go! トラブルメーカー!  〜雑草は花園で咲く〜   作:ナッパー

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小話、みなみとゼツボーグ……お好みは?

 

 

 「おい待てコラ……なんの冗談だよこれ」

 

 学園にあるレッスンスタジオの壁一面に張られた鏡の前で、俺は虚無の目で自分自身の姿を見ていた。

 そこに映ってたのは紛れもなく俺……なんだけどよ。

 その格好は真っ黒な、体のラインがくっきりと出る全身タイツみてぇな練習着。

 

 「なぁみなみパイセン……これじゃただのお笑い芸人じゃねぇか、ピチピチすぎて呼吸するだけで腹筋が浮き出るんだけど?」

 

 俺が鏡越しの背後にガンを飛ばすと、腕を組んで立っている海藤みなみが、呆れたようにため息をついた。

 

「文句を言わないの春海。眉間にシワが寄っているわよ」

 

 肝心のみなみはと言うと、青色の完璧なレオタード姿で、涼しい顔をしてやがった。

 

「うるせぇ! なんで俺がこんな格好させられなきゃなんねぇんだよ! 普通のジャージとかあんだろ!? ジャージとか!」

 

「それが一番体のラインが見えて指導しやすいのよ……それに」

 

 みなみはふっと口元を緩め、からかうような視線を俺に向けた。

 

「あなた、この間パフに言っていたじゃない。最近喧嘩してねぇから体が鈍ってしゃあねぇって……折角の機会だし、運動不足解消に私たちが付き合ってあげようと思って……」

 

「だからって、なんでよりによってバレエなんだよ! 運動っつったら普通、ランニングとか筋トレだろ!? なんで俺がこんなピチピチ着て、バレエなんざ踊らねぇと行けねぇんだよ!」

 

 みなみの言葉に食い込むように、俺がスタジオ中に響く声で吠えると、みなみはフッと呆れたように笑ってビシッと、人差し指を立てた。

 

 

 「あら、文句を言う筋合いはないわ。……いい? ノーブル学園の生徒たるもの、品格ある優雅な身のこなしは必要不可欠よ? それに授業の必修科目にはダンスだって含まれているわけだし……今のうちに慣らしておいても損はないんじゃないかしら?」

 

 

「はぁ?! 必修科目だぁ?! 聞いてねぇぞそんなの!」

 

 「それついては、最初に説明したはずよ? まぁいいわ……この私が直々に、基礎から叩き込んであげるのだから光栄に思いなさい。拒否権はないわ」

 

 聞く耳持たずかよこの生徒会長……一度言い出したらテコでも動かねぇな。

 こうなるんだったらちゃんとみなみパイセンの話最初に聞いておきゃ良かったぜ。

 そうすりゃ、ゴネてサボるなりなんなり……色々出来たはずなのによ!

 俺が頭を抱えていると、スタジオの端でストレッチをしていたはるかが、ここぞとばかりに割り込んできやがった。

 

「そうだよ春海くん! 観念して一緒に頑張ろうよ!」

 

 「……あぁん? はるか、お前まで何だよ」

 

 「だって、みなみさんの言う通りだもん! プリンセス……あ、春海くんの場合はプリンスかな? とにかく、強く、優しく、美しい姿勢は基本だよ!」

 

 はるかはピンク色のレオタード姿で、拳を握りしめて力説し始めやがった。

 

 「それに春海くん、その真っ黒なウェア……なんか漆黒のナイトって感じで、すっごくカッコいいと思う!」

 

「……てめぇ、それ絶対バカにしてんだろ」

 

 「バカになんてしてないよ! 本当だよ!」

 

 はるかは心底不思議そうな顔で、ぶんぶんと首を横に振った。

 

 「その黒い衣装、引き締まって見えて強そうだし……私、本気で似合ってると思うけどな」

 

 その真っ直ぐな瞳……あぁくそ、こいつはこういう奴だったなこいつは。

 皮肉とか嫌味とかじゃなく、多分100パー純粋な気持ちで言ってやがる。

 それが余計に俺のメンタル削ってるってことに気づいてねぇのがタチ悪い。

 俺が毒気を抜かれて黙り込むと、みなみがパンパン、と手を叩いて場の空気を切り替えた。

 

 「はいはい、おしゃべりはそこまで。早速始めるわ」

 

 みなみは俺の背後に回り込むと、有無を言わせぬ声色で告げた。

 

 「まずは基本中の基本、柔軟から始めましょうか、春海、床に座って足を前に伸ばしなさい」

 

「……へいへい」

 

 俺は諦めて、冷たい床の上にどかっと座り込み、足を投げ出した。

 これくらいなら、まあ耐えられるだろうな……とか思ったのが間違いだった。

 

「背筋を伸ばして。そのまま息を吐きながら、ゆっくりと上体を前に倒すの」

 

 簡単だ、言われた通りにやってみる。

 だが……。

 

「……あり?」

 

 俺の体は、直角からほんの数センチ倒れたところで、グキっと嫌な音を鳴らして見えない壁にぶつかったみてぇに動かなくなっちまった。

 

 「……おい、動かねぇぞ」

 

 

 「春海? ふざけているの?」

 

 「ふざけてねぇって! こっから先全然動かねぇんだけど!」

 

 太ももの裏と腰が悲鳴を上げてやがる。

 これ以上行ったら、ぜってぇ何かが切れる。

 確実に。

 

「ダメね。全然曲がっていないわ……少しお手伝いが必要かしら」

 

 みなみの声が、上からから降ってきた。

 その瞬間、俺の背筋にイヤーな予感が走る。

 

「お、おい……ちょい待てみなみパイセン……何をする気?」

 

 「大丈夫、力を抜いてリラックスして。痛くはしないわ……たぶん」

 

「たぶんって言ったか今?! おい止めろ、背中に手を置くんじゃねぇ」

 

「はい、息を吐いてー」

 

 ぐぐぐと嫌な音をたてて、みなみの体重が俺の背中に乗っかって来やがった。

 

 「ぎゃああああああああ!?!?!? 折れる! 背骨が! 背骨がイくッ!!」

 

「ほら甘えないで! 息を吐いて! 力を抜いて!」

 

  そんな俺の叫びなんか意に返さずに、みなみは氷みてぇに冷たく、んでもってて有無を言わせぬ厳しい声で言い放つと、緩めるどころかさらにグイッと体重を乗せてきやがった。

 

 「タップ! タップタップタップ!! ギブ! ギブアップ!!」

 

 俺は必死に掌で床をバンバン叩いた。完全にプロレスで凶悪な関節技を決められた時のリアクションだぜ。

 だけどよぉ、背中に乗っている生徒会長に、慈悲の二文字はねぇらしい。

 

「そのまま10秒キープよ! 10、9……」

 

 みなみの無慈悲なカウントダウンとともに、俺の股関節と背骨から、ミシミシって人体からしちゃいけねぇ音が連続して響きやがる。

 俺の体は今、限界を超えて折り畳まれようとしていた。

 

 「すごいね春海くん……」

 

 そんな拷問を受けている俺の横で、はるかがと引きつった苦笑いを浮かべながら俺の顔を覗き込んできた。

 

「ここまで体が硬い人、私初めて見たかも……。なんかね、いまにも小枝みたいにパキンッて折れちゃいそうだよ!」

 

「うるせぇ! 例えが不吉なんだよ! 感心してねぇで助けろや!」

 

 ――――――

 

 

 「……ぜぇ、ぜぇ……マ……マジで死ぬかと思った……」

 

 地獄の柔軟という名の拷問が終わって、俺は生まれたての子鹿みてぇにプルプルと震える足で、なんとか立ち上がった。

 背骨と股関節が、今までにない角度に曲げられたせいで、体の感覚がおかしい。

 

 「休憩している暇はないわよ。次はバーを使ったレッスンに移るわ」

 

 みなみは涼しい顔で、壁に取り付けられた手すりの方に歩いてきやがる。

 こいつマジで鬼だ。

 鬼生徒会長が!

 

 「次は足を大きく蹴り上げる動き……グラン・バットマンよ」

 

 「……あぁん? バットマン?」

 

  俺は耳を疑った。

 

 「なんじゃそりゃ? アメコミヒーローか?」

 

 「違うわ」

 

 みなみは真顔で即答した。

 

 「フランス語で『大きな(グラン)』『打つ(バットマン)』という意味よ。片手でバーを持って、背筋を伸ばして……その状態から、足を勢いよく高く振り上げるの」

 

 次の瞬間、みなみはスッとバーに手を添えると、その長い足を頭の高さまで軽々と蹴り上げた。

 スカートがふわっと舞い上がって、その動きは鋭く、かつ優雅で美しいぜ。

 

 「やっぱりみなみさんすごいや……足が頭より高いく上がってる!」

 

 はるかがパチパチと拍手をしながら、歓声を上げる。

 

 「春海、やってみなさい。そうね……あなたの得意な喧嘩の蹴りだと思えば、イメージしやすいでしょう?」

 

「なるほど蹴りねぇ……それなら行けるかも知んねぇな!」

 

 俺はバーを鷲掴みにすると、少しヤケクソ気味に構えた。

 バットマンだがなんだか知らねぇが、要は喧嘩と同じだ。

 相手の顎に蹴りをぶち込む感じでやりゃいいんだろ?柔軟で恥かかされた分、ここらで男を見せてやるとするぜ。

 

「いくぞ……オラァッ!!」

 

 俺は気合一閃、軸足に力を込め、右足を思いっきり振り上げ――ブチッ。

 

 「ぎゃああああああああ!! つった! 足つった!! ふくらはぎが爆発したァァァ!!」

 

 足は腰の高さにも届かず、無様に空を切っただけだった。

 代わりに、激痛が俺の太ももをを襲う。

 

 「力が入りすぎよ! もっとリラックスして、股関節から足を投げ出すように!」

 

 「投げ出せるかボケェッ! 足が重てぇんだよ!」

 

 「やはりダメね……私が軌道をガイドしてあげるわ」

 

 呆れたようにため息をつくと、みなみは俺の前に歩いてきて当然、俺の右足首をガシっと掴みやがった。

 

 「ちょ! パイセン! 少しは手加減を……」

 

「問答無用よ! アン・ドゥー……トゥロワ!」

 

 みなみのかけ声とほぼ同時、反射的に俺は右足を無理やり跳ね上がた。

 だが次の瞬間だった……さっきの柔軟のおかげか、俺の股関節の可動域は想像以上に広がっちまってたらしい。

 思いっきり上がった俺の足は、ガイドしようと顔を近づけてたみなみの顔面へ思いっきり吸い込まれた。

 ――ドゴォッ!!

 タイミングが完璧すぎた、何もかもな。

 俺のハイキックが、鈍い音を立ててみなみの顔面を見事クリーンヒット! 重たい打撃音がスタジオに響き渡る。

 

「ブフッ……」

 

 俺の蹴りをまともに受けたみなみが、短く呻いてふらっとよろめく。

 そして、両手で鼻のあたりを押さえたまま、ゆっくりとその場にうずくまった。

 

 「み、みなみさんッ!!」

 

 俺たちの様子を見てたはるかが、悲鳴のような声を上げて駆け寄って来る。

 

 「大丈夫ですか!? 見せてください! 鼻血とか出てないですか!?」

 

 はるかは大焦りで、うずくまるみなみの背中をさすって必死に覗き込もうとしてた。

 その声は優しく、本気で心配しているのが伝わってきやがる。

 やっちまった……俺の全身から、みるみる血の気が引いていく。

 

 「わ、悪りぃ! マジでわざとじゃねぇんだ! 不可抗力っつーか、お前が無理やり上げるから……!」

 

 俺が慌てて言い訳を並べ立てると、うずくまっていたみなみが、スッ……と片手を挙げて大丈夫というジェスチャーをした。

 

 「……心配ないわ、はるか。少し……星が見えただけよ」

 

 みなみはゆっくりと、本当にゆっくりと立ち上がった。

 その顔は伏せられたままで、表情は見えねぇ。

 だけど、その整った青い髪がゆらりと揺れた瞬間……スタジオの気温が5度くらい下がった気がした。

 

 「そ、そうですか……? よかったぁ……」

 

 はるかがホッと息をつく横で、俺だけは気づいていた。

 みなみの背後から、どす黒いオーラ……いや、荒れ狂う冬の日本海みてぇなプレッシャーが立ち昇っていることに。

 見なくてもわかる、やばいやつやん。

 

 「……春海」

 

 静かな、あまりにも静かな声だった。

 みなみがゆっくりと顔を上げる。

 鼻の頭は赤くなって、生理現象ってやつなのか、目には涙が溜まってやがった。

 だが、その瞳。

 その瞳だけが、光を一切宿していない。

 

 「……へ、へい……」

 

 俺は反射的に直立不動になった。

 みなみは聖母みてぇに優しく微笑んでたぜ……口元だけはな。

 だけど、その目は深海の底みてぇに冷徹で、ゼツボーグと戦ってたあの時よりも怖い。

 

 「事故……なのよね?」

 

 優しい声でみなみは微笑む。

 

 「あ、当たり前じゃないすか! 俺がパイセンを蹴るわけねぇじゃん! 不可抗力だって!」

 

 「ええ、分かっているわ。不可抗力ですものね。……でも」

 

 みなみが一歩、俺に近づく。

 これは……うん、おれオワタな。

 

  「み……みなみさん! 春海くんだって、わざとやった訳じゃないと思うんですよ……多分」

 

  俺とみなみをチラチラ交互に見ながら、はるかがみなみを落ち着かせようと、額に汗をかきながら必死に説得する……だが。

 

 「大丈夫よはるか、別に私は怒ってなんかいないわ……ただ、私の指導が未熟だったせいで、あなたの足が制御できなかった……つまり、制御できるまで、私が責任を持って徹底的に鍛え直す……必要があるということね?」

 

 「え? いや、あの、みなみパイセン? いや、みなみさん? 目が笑ってないんすけど?」

 

 「さあ、立ちなさい春海。レッスンはまだ始まったばかりよ」

 

 みなみが俺の肩に手を置いた。

 普通の女の子の握力じゃねぇ。

 爪が食い込んでる。絶対に逃がさねぇって意思を感じる。

 

 「今日中に、その足が私の頭の上まで優雅に、美しく……そして安全に上がるようになるまで……帰れると思わないことね?」

 

 美しい顔で微笑む鬼がそこにはいやがった。

 俺は助けを求めてはるかを見たが、はるかは何も言わねぇで引きつった笑顔で後ずさりして、サッと目を逸らした。

 ちくしょう! こいつ俺を見捨てやがった!

 

 「それでは、1000本ノックならぬ、1000本バットマンを始めましょうか……お覚悟は、よろしくて?」

 

 「うぎゃああああ! 殺されるぅぅぅぅ!!!!!」

 

 俺の口から言えんのはここまでだ、あとは皆様のご想像におまかせするよ。

 だが一つだけ言えること……生徒会長を怒らせるな。

 そしてもう一つ、次の日、俺の両足の感覚が無くなってやがった。

 

 

 

 

 

 

 

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